ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/03/06 句読点や細かい部分を修正


第254話 最期の時は

「さて、これで打てる手は全て打ったか?」

「そうだね、出来る事は全部やれたんじゃないかな」

「後は知盛さん次第だな……」

 

 知盛を眠りの森に送り届けた後、二人はそんな会話を交わしていた。

 

「さて、これからどうするかな」

「そうだね、楓ちゃんと遊ぶつもりだったけど、急に検査する事になっちゃったしね」

 

 経子は状況の変化に対応する為に、急ぎ楓の検査をする事を決めていた。

そんな時、明日奈の携帯に章三から着信が入った。

 

「もしもし、お父さん?どうかした?」

 

 そして明日奈はしばらく章三と会話をしていたのだが、

電話を切るなり八幡にこう言った。

 

「何かね、今兄さんがこっちに来てるみたいなんだけど、

レクトの系列会社の会合で、一緒に私も紹介したいから、

可能ならちょっと顔を出してくれないかって」

「人脈作りにもなるだろうし、いいんじゃないか?

うちにもいずれ関係してくる人もいるだろうし、明日奈の目で、

どの人がどんな性格かとかを見極めてきてくれると助かるかもな」

「そうだね、それじゃあ今後の為にもちょっと行ってくるね」

「俺は行かなくてもいいんだろ?」

「そうだね、お父さんは八幡君を連れてって、他の人に自慢したかったらしいんだけど、

八幡君はレクトの関係者というよりはソレイユの関係者だから、今回は諦めたみたい。

それに八幡君が行っちゃうと、うちの兄さんが目立たなくなっちゃうからね」

「それはまずいな」

 

 明日奈のその言葉に、八幡は苦笑しながらそう答えた。

 

「俺は適当に観光でもしておくから、明日奈はとりあえず行ってくるといい」

「うん、ごめんね」

 

 そしてほどなく迎えが来た為、明日奈は去っていった。

八幡は明日奈を見送った後、どうしたものかと考え、

先日会った双子の姉妹の事を思い出し、何となくそちらの方へと進んでいった。

二人は病室で暇を持て余していたようで、

八幡の姿を見付けると、嬉しそうに、ちらに駆け寄ってきた。

 

「よぉ、アイ、ユウ」

「八幡、また来てくれたんだ」

「朝、あの車が来たのは見てたんだけど、一度どこかに行っちゃったから、

今日はもう来ないのかって思ってたよ」

「そうか、ユウは気が付かなかったんだな、ほら、あそこに停車してるだろ」

「あっ、本当だ、お~い、お~い」

 

 ユウは無邪気にキットに手を振った。

そして何とキットは、ドアを上下に開閉させてユウに答えた。

八幡はキットの成長を喜びつつ、慎重に言葉を選んで二人に話し掛けた。

 

「二人は体調はどうなんだ?もうすぐ東京に行く事になるけど、

長距離を移動するのは平気なのか?」

「うん、大丈夫、この前教えてもらってから、もう楽しみで楽しみで元気いっぱいだよ」

「そうね、私も大丈夫かな、凄く楽しみ」

「あ、ボクちょっとトイレに行ってくるね」

「廊下は走るなよ」

「八幡は先生か!」

 

 そう言いながらも、八幡の言い付けを素直に守り、

ユウは走らずにトイレへと向かって歩いていった。

 

「あの子が誰かに懐くなんて、初めてかもしれないわね」

「お前は懐いてないのか?アイ」

 

 八幡は冗談めかしてそう言った。アイは頬を膨らませながら、八幡に抗議した。

 

「もう、初めて会った時の事を言ってるの?

私の立場だと、ユウを守る為に、そう簡単に他の人に気を許す訳にはいかないのよ」

「いいお姉さんしてるんだな」

「だって、多分私の方が、ユウより先にいなくなるもの」

「おい……」

「でも多分本当よ、私の方が症状の進みが早い気がするの」

 

 八幡は、困ったような顔でアイの方を見た。

 

「そんな事を言うな」

「それじゃああなたが、私達を救ってくれる?」

「……努力はする」

「無責任な言葉ね」

 

 アイのその言葉に、八幡は少し悔しそうにこう言った。

 

「これでも一応、楓の治療の目処は立てたんだぜ、もしかしたら楓を救えるかもしれない。

それくらいは俺にも出来る」

「そ、そうなの?」

「ああ」

「そう……楓ちゃん、助かる可能性が出てきたんだ」

「あくまでまだ可能性だけどな」

「それでも凄いわ」

 

 アイは少し考え込むと、先ほどよりは明るい表情で八幡に言った。

 

「それじゃあ、ちょっとは期待しておくわ」

「そうか」

「もし期待に応えてもらえたら、私達二人を、あなたのお嫁さんにしてあげてもいいわよ」

「生憎嫁は間に合ってるんだ」

「そういえばそうだったわね……」

 

 アイはそう呟くと、次にこう言った。

 

「それじゃあ……愛人?」

 

 八幡はそれを聞き、呆れたように言った。

 

「お前、いきなり何を訳の分からない事を言ってるんだよ」

「だってもう、それしか残ってないじゃない」

「友人っていう選択肢は無いのか?」

 

 その八幡の言葉に、アイはキッパリとそう答えた。

 

「男女の間に、友情なんか存在しないわ」

「お前、そういうとこは変にドライなのな……」

「ふふっ、せっかく繋いだ縁ですもの、あなたいい人そうだし、将来性もありそうだし、

この縁を私達の幸せに生かさないとね」

「更に計算高いのな」

 

 アイはそれを聞き、少し諦めたような口調で言った。

 

「だって仕方ないじゃない、この歳までずっと病気で、

まともに社会生活を送ってない私達を好きになってくれる人が、どこにいるって言うのよ」

「そんな奴、そこら中に沢山いるだろ、お前達は二人ともかわいいからな」

「かっ、かわいい?」

 

 アイは初めてそう言われたのか、頬を赤らめた。そんなアイに、八幡は続けて言った。

 

「それに大事なのは、誰に好きになってもらうかじゃない、お前達が誰を好きになるかだ」

 

 その言葉に、アイはニヤリとしながら言った。

 

「それなら尚更問題無いじゃない、私達は二人ともあなたの事が好きよ。

この前お別れした後、二人であなたの事を話したんだけど、

二人の意見は、あなたはまるで王子様みたいって事で完全に一致したもの」

「ここでも王子様扱いかよ……」

「え?本当にそう呼ばれたりしてるの?」

「ちょっと学校でな……」

「あは、そうなのね」

「何?随分楽しそうだけど何の話?」

 

 そこにユウがトイレから戻ってきて、話に加わった。

 

「八幡って、やっぱり学校で王子様って呼ばれてるらしいわよ」

「そうなんだ、この前話してた通りだったんだね」

「だからってお前らまで俺を王子様扱いするなよ、これでも困ってるんだからな」

「困ってるんだ?」

「まあ見れば分かるだろ、俺は王子様なんて柄じゃない」

「え?」

「どこからどう見ても」

「王子様に見えるんだけど」

「ね~?」

「うるさい、とにかく王子は無しだ」

 

 八幡は、同じ顔の二人に交互にそう言われながらも、頑なにそれを否定した。

 

「あと将来お嫁にもらってくれないかって言ったけど、あっさり断られたわ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ユウはとても悲しそうな顔で八幡に言った。

 

「ええ~?八幡は、ボク達の事が嫌いなの?」

「お前の中には、好きか嫌いかの二択しか無いのかよ」

「じゃあ好き?」

 

 八幡はその問いに淡々とこう答えた。

 

「普通だ普通。お前もそろそろ、友人という選択肢を選べる女になれよ」

 

 そう言われたユウは、呆れた顔でこう答えた。

 

「え~?男と女の間に友情なんて存在しないよ?」

 

 それを聞いた瞬間に、八幡はアイをじろっと見ながら言った。

 

「おいアイ、お前、ユウに色々吹き込みすぎだぞ」

「あ、バレた?」

「ユウはそういうタイプじゃなさそうだしな」

「あら、ユウの事をよく分かってるじゃない、やっぱり好きなんじゃないの?」

「普通だ」

「しょぼ~ん」

 

 ユウは、本当に落ち込んだようにそう声に出して言った。

その様子が本当に寂しそうだったので、八幡は慌ててこう言った。

 

「す、好きか嫌いの二択なら、まあ好きになるんだろうから、

そんなに寂しそうな顔をするなよユウ」

 

 その言葉を聞いたユウはパッと顔を上げ、明るい顔で八幡に言った。

 

「やっぱり八幡は優しいね、何だかお兄ちゃんって感じ」

「おう、俺には妹がいるからな、俺のお兄ちゃんスキルは中々のもんだぞ」

「そうなんだ、じゃあ遠慮なくお兄ちゃん扱いしてもいいね」

 

 そうニコニコするユウに、アイはニヤニヤしながら言った。

 

「あら、お嫁さんになるのは諦めるの?」

「だって八幡には彼女がいるんでしょ?」

「覚えてたのね、それじゃあ愛人は?」

「それは有り!」

「有りなのかよ……」

「だって八幡なら、ボクの最期を優しく看取ってくれそうだし」

 

 八幡とアイは、そのユウの言葉に直ぐには何も言えず、顔を見合わせた。

そして八幡は、真面目な顔でユウに言った。

 

「ユウ、そんな事言うなよ、俺もお前達の為に出来るだけの努力はするから、な?」

「本当に?それなら期待しないで待ってるね!」

「期待しろなんて無責任な事は言えないが、全力で努力する事は約束する」

「うん、それでも駄目なら、最期の時はボクの傍にいてくれる?」

 

 八幡は悔しい気持ちを押し殺しながら、笑顔を作り、こう答えた。

 

「分かった、お前もアイも、最期の時は俺のこの腕の中で迎えさせてやる。

だがこれだけは言っておくぞ、俺も諦めないから、お前らも絶対に諦めるな、約束だ」

 

 二人はその八幡の言葉に、頷き合いながらこう答えた。

 

「これで最期の時も、幸せな気持ちで死ねるかしらね」

「うん、何か凄く嬉しいかも」

 

 そして二人は同時に八幡に言った。

 

「「でも、絶対に諦めないって約束する」」

「ああ、東京に行ったら、皆で頑張ろうな」

「うん!」

「これからも宜しくね、八幡」

 

 そんな三人の様子を、いつの間に来ていたのか、そっと経子が見つめていた。

経子は、私も絶対に諦めないと改めて誓い、そっとその場を後にしたのだった。

そしてしばらく話した後、二人がやや疲れた様子を見せた為、

八幡は、今日はもう帰ると二人に告げた。そして八幡はキットの下へと向かい、

二人はそんな八幡を、再び病室から見送った。

帰り際、八幡が二人に手を振ると、二人も嬉しそうに八幡に手を振り返した。

八幡が車を発車させた後も、バックミラーに映る二人は、

その姿が見えなくなるまでずっと手を振り続けていた。

八幡は決意を新たにし、とりあえずこれからどうしようかと思い、

詩乃に頼まれていたおみやげの事を思い出し、繁華街へと向かった。




明日は思ったよりちょっと長くなりました。
久々のあの人と、初めてのあの人の二人組の登場です。

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