「さて、これで打てる手は全て打ったか?」
「そうだね、出来る事は全部やれたんじゃないかな」
「後は知盛さん次第だな……」
知盛を眠りの森に送り届けた後、二人はそんな会話を交わしていた。
「さて、これからどうするかな」
「そうだね、楓ちゃんと遊ぶつもりだったけど、急に検査する事になっちゃったしね」
経子は状況の変化に対応する為に、急ぎ楓の検査をする事を決めていた。
そんな時、明日奈の携帯に章三から着信が入った。
「もしもし、お父さん?どうかした?」
そして明日奈はしばらく章三と会話をしていたのだが、
電話を切るなり八幡にこう言った。
「何かね、今兄さんがこっちに来てるみたいなんだけど、
レクトの系列会社の会合で、一緒に私も紹介したいから、
可能ならちょっと顔を出してくれないかって」
「人脈作りにもなるだろうし、いいんじゃないか?
うちにもいずれ関係してくる人もいるだろうし、明日奈の目で、
どの人がどんな性格かとかを見極めてきてくれると助かるかもな」
「そうだね、それじゃあ今後の為にもちょっと行ってくるね」
「俺は行かなくてもいいんだろ?」
「そうだね、お父さんは八幡君を連れてって、他の人に自慢したかったらしいんだけど、
八幡君はレクトの関係者というよりはソレイユの関係者だから、今回は諦めたみたい。
それに八幡君が行っちゃうと、うちの兄さんが目立たなくなっちゃうからね」
「それはまずいな」
明日奈のその言葉に、八幡は苦笑しながらそう答えた。
「俺は適当に観光でもしておくから、明日奈はとりあえず行ってくるといい」
「うん、ごめんね」
そしてほどなく迎えが来た為、明日奈は去っていった。
八幡は明日奈を見送った後、どうしたものかと考え、
先日会った双子の姉妹の事を思い出し、何となくそちらの方へと進んでいった。
二人は病室で暇を持て余していたようで、
八幡の姿を見付けると、嬉しそうに、ちらに駆け寄ってきた。
「よぉ、アイ、ユウ」
「八幡、また来てくれたんだ」
「朝、あの車が来たのは見てたんだけど、一度どこかに行っちゃったから、
今日はもう来ないのかって思ってたよ」
「そうか、ユウは気が付かなかったんだな、ほら、あそこに停車してるだろ」
「あっ、本当だ、お~い、お~い」
ユウは無邪気にキットに手を振った。
そして何とキットは、ドアを上下に開閉させてユウに答えた。
八幡はキットの成長を喜びつつ、慎重に言葉を選んで二人に話し掛けた。
「二人は体調はどうなんだ?もうすぐ東京に行く事になるけど、
長距離を移動するのは平気なのか?」
「うん、大丈夫、この前教えてもらってから、もう楽しみで楽しみで元気いっぱいだよ」
「そうね、私も大丈夫かな、凄く楽しみ」
「あ、ボクちょっとトイレに行ってくるね」
「廊下は走るなよ」
「八幡は先生か!」
そう言いながらも、八幡の言い付けを素直に守り、
ユウは走らずにトイレへと向かって歩いていった。
「あの子が誰かに懐くなんて、初めてかもしれないわね」
「お前は懐いてないのか?アイ」
八幡は冗談めかしてそう言った。アイは頬を膨らませながら、八幡に抗議した。
「もう、初めて会った時の事を言ってるの?
私の立場だと、ユウを守る為に、そう簡単に他の人に気を許す訳にはいかないのよ」
「いいお姉さんしてるんだな」
「だって、多分私の方が、ユウより先にいなくなるもの」
「おい……」
「でも多分本当よ、私の方が症状の進みが早い気がするの」
八幡は、困ったような顔でアイの方を見た。
「そんな事を言うな」
「それじゃああなたが、私達を救ってくれる?」
「……努力はする」
「無責任な言葉ね」
アイのその言葉に、八幡は少し悔しそうにこう言った。
「これでも一応、楓の治療の目処は立てたんだぜ、もしかしたら楓を救えるかもしれない。
それくらいは俺にも出来る」
「そ、そうなの?」
「ああ」
「そう……楓ちゃん、助かる可能性が出てきたんだ」
「あくまでまだ可能性だけどな」
「それでも凄いわ」
アイは少し考え込むと、先ほどよりは明るい表情で八幡に言った。
「それじゃあ、ちょっとは期待しておくわ」
「そうか」
「もし期待に応えてもらえたら、私達二人を、あなたのお嫁さんにしてあげてもいいわよ」
「生憎嫁は間に合ってるんだ」
「そういえばそうだったわね……」
アイはそう呟くと、次にこう言った。
「それじゃあ……愛人?」
八幡はそれを聞き、呆れたように言った。
「お前、いきなり何を訳の分からない事を言ってるんだよ」
「だってもう、それしか残ってないじゃない」
「友人っていう選択肢は無いのか?」
その八幡の言葉に、アイはキッパリとそう答えた。
「男女の間に、友情なんか存在しないわ」
「お前、そういうとこは変にドライなのな……」
「ふふっ、せっかく繋いだ縁ですもの、あなたいい人そうだし、将来性もありそうだし、
この縁を私達の幸せに生かさないとね」
「更に計算高いのな」
アイはそれを聞き、少し諦めたような口調で言った。
「だって仕方ないじゃない、この歳までずっと病気で、
まともに社会生活を送ってない私達を好きになってくれる人が、どこにいるって言うのよ」
「そんな奴、そこら中に沢山いるだろ、お前達は二人ともかわいいからな」
「かっ、かわいい?」
アイは初めてそう言われたのか、頬を赤らめた。そんなアイに、八幡は続けて言った。
「それに大事なのは、誰に好きになってもらうかじゃない、お前達が誰を好きになるかだ」
その言葉に、アイはニヤリとしながら言った。
「それなら尚更問題無いじゃない、私達は二人ともあなたの事が好きよ。
この前お別れした後、二人であなたの事を話したんだけど、
二人の意見は、あなたはまるで王子様みたいって事で完全に一致したもの」
「ここでも王子様扱いかよ……」
「え?本当にそう呼ばれたりしてるの?」
「ちょっと学校でな……」
「あは、そうなのね」
「何?随分楽しそうだけど何の話?」
そこにユウがトイレから戻ってきて、話に加わった。
「八幡って、やっぱり学校で王子様って呼ばれてるらしいわよ」
「そうなんだ、この前話してた通りだったんだね」
「だからってお前らまで俺を王子様扱いするなよ、これでも困ってるんだからな」
「困ってるんだ?」
「まあ見れば分かるだろ、俺は王子様なんて柄じゃない」
「え?」
「どこからどう見ても」
「王子様に見えるんだけど」
「ね~?」
「うるさい、とにかく王子は無しだ」
八幡は、同じ顔の二人に交互にそう言われながらも、頑なにそれを否定した。
「あと将来お嫁にもらってくれないかって言ったけど、あっさり断られたわ」
その言葉を聞いた瞬間、ユウはとても悲しそうな顔で八幡に言った。
「ええ~?八幡は、ボク達の事が嫌いなの?」
「お前の中には、好きか嫌いかの二択しか無いのかよ」
「じゃあ好き?」
八幡はその問いに淡々とこう答えた。
「普通だ普通。お前もそろそろ、友人という選択肢を選べる女になれよ」
そう言われたユウは、呆れた顔でこう答えた。
「え~?男と女の間に友情なんて存在しないよ?」
それを聞いた瞬間に、八幡はアイをじろっと見ながら言った。
「おいアイ、お前、ユウに色々吹き込みすぎだぞ」
「あ、バレた?」
「ユウはそういうタイプじゃなさそうだしな」
「あら、ユウの事をよく分かってるじゃない、やっぱり好きなんじゃないの?」
「普通だ」
「しょぼ~ん」
ユウは、本当に落ち込んだようにそう声に出して言った。
その様子が本当に寂しそうだったので、八幡は慌ててこう言った。
「す、好きか嫌いの二択なら、まあ好きになるんだろうから、
そんなに寂しそうな顔をするなよユウ」
その言葉を聞いたユウはパッと顔を上げ、明るい顔で八幡に言った。
「やっぱり八幡は優しいね、何だかお兄ちゃんって感じ」
「おう、俺には妹がいるからな、俺のお兄ちゃんスキルは中々のもんだぞ」
「そうなんだ、じゃあ遠慮なくお兄ちゃん扱いしてもいいね」
そうニコニコするユウに、アイはニヤニヤしながら言った。
「あら、お嫁さんになるのは諦めるの?」
「だって八幡には彼女がいるんでしょ?」
「覚えてたのね、それじゃあ愛人は?」
「それは有り!」
「有りなのかよ……」
「だって八幡なら、ボクの最期を優しく看取ってくれそうだし」
八幡とアイは、そのユウの言葉に直ぐには何も言えず、顔を見合わせた。
そして八幡は、真面目な顔でユウに言った。
「ユウ、そんな事言うなよ、俺もお前達の為に出来るだけの努力はするから、な?」
「本当に?それなら期待しないで待ってるね!」
「期待しろなんて無責任な事は言えないが、全力で努力する事は約束する」
「うん、それでも駄目なら、最期の時はボクの傍にいてくれる?」
八幡は悔しい気持ちを押し殺しながら、笑顔を作り、こう答えた。
「分かった、お前もアイも、最期の時は俺のこの腕の中で迎えさせてやる。
だがこれだけは言っておくぞ、俺も諦めないから、お前らも絶対に諦めるな、約束だ」
二人はその八幡の言葉に、頷き合いながらこう答えた。
「これで最期の時も、幸せな気持ちで死ねるかしらね」
「うん、何か凄く嬉しいかも」
そして二人は同時に八幡に言った。
「「でも、絶対に諦めないって約束する」」
「ああ、東京に行ったら、皆で頑張ろうな」
「うん!」
「これからも宜しくね、八幡」
そんな三人の様子を、いつの間に来ていたのか、そっと経子が見つめていた。
経子は、私も絶対に諦めないと改めて誓い、そっとその場を後にしたのだった。
そしてしばらく話した後、二人がやや疲れた様子を見せた為、
八幡は、今日はもう帰ると二人に告げた。そして八幡はキットの下へと向かい、
二人はそんな八幡を、再び病室から見送った。
帰り際、八幡が二人に手を振ると、二人も嬉しそうに八幡に手を振り返した。
八幡が車を発車させた後も、バックミラーに映る二人は、
その姿が見えなくなるまでずっと手を振り続けていた。
八幡は決意を新たにし、とりあえずこれからどうしようかと思い、
詩乃に頼まれていたおみやげの事を思い出し、繁華街へと向かった。
明日は思ったよりちょっと長くなりました。
久々のあの人と、初めてのあの人の二人組の登場です。