八幡は、繁華街へとやってきたのはいいものの、
どこへ行けばいいかまったく分からず困り果てていた。
「そもそも女性用の身に付ける物ってのが、俺にはハードルが高すぎるんだよ。
せめてここが千葉なら、ららぽーとにでも行けば何とかなるんだが……」
そう呟きながら八幡は、うろうろと辺りを歩き回った。
「う~む、やっぱり分からん、適当な店に入るか……」
そう言って八幡は、今来た方へと戻ろうと体の向きを変えた。
そしてその瞬間、後ろから歩いてきた女性にぶつかってしまった。
「きゃっ」
「あっ、す、すみません、失礼しました」
「いえいえこちらこそ、連れが不注意ですみません、ほらかおり、立てる?」
その倒れた女性の連れらしき女性が、丁寧な口調でそう言った。
その声に何となく聞き覚えがあった八幡は、
倒れた女性を助け起こそうとそちらの方を見た。
その瞬間にその女性とバッチリ目が合った八幡は、
驚きながらも、その女性の名前を口に出した。
「あれ……お前まさか折本か?それじゃあそっちは、え~っと確か……仲……仲町さんか?」
「え、嘘、比企谷じゃない。何で比企谷がこんな所にいるの?」
「それはこっちの台詞だっての。二人は旅行か何かか?」
「うん、千佳と一緒に冬の京都を楽しもうと思って、ほら千佳、比企谷の事は覚えてる?」
「えっと……」
千佳は、咄嗟には八幡の事が思い出せなかったようで、じっと八幡の事を見つめた。
そしてその目が驚愕に見開かれた。
「えっ?比企谷君ってあの時の?嘘、昔と全然印象が違うんだけど」
「それはよく言われる。あ~……あの時は、不愉快な思いをさせて本当に申し訳なかった」
八幡は昔の事を思い出し、千佳にそう頭を下げた。
千佳は恐縮した様子で、逆に八幡に謝ってきた。
「謝るのはこっちの方だよ、今考えると、あの時の私達は本当に最低だったと思う。
本当にごめんなさい、比企谷君」
「それじゃあお互い様って事で、仲直りって事でいいか?」
「うん、それでお願い。でも本当に変わったように見えるよね、何でだろ?」
「他の奴らが言うには、現実に帰還してから俺の目の腐りが取れたらしい」
「現実に……?あっ!」
千佳はその言葉を聞いて、何かに気付いたのか、ハッとした様子で八幡に言った。
「お帰りなさい比企谷君、本当に無事で良かったね」
「あれ、仲町さんは学校が違うのに、俺がどうなってたか知ってたのか?」
「うん、かおりがすっごい泣きながら、私に教えてくれたからね」
「泣きながら、ねぇ」
八幡はチラッとかおりの方を見た後にそう言った。
かおりは顔を真っ赤にしながら千佳に抗議した。
「もう、そんな恥ずかしい事言わないでよ、千佳」
「え~?じゃあ、比企谷君が無事だって聞いた時、
その時以上に大泣きしてた事も言っちゃ駄目?」
「言ってるじゃない!もう……」
「悪い折本、本当に心配かけてたんだな」
「ううん、別にいいよ、こうして無事に帰ってきてくれたんだからさ」
かおりは笑顔でそう言い、千佳も八幡に微笑んだ。
「二人とも、ありがとな」
「お帰り、比企谷」
「お帰りなさい」
「ああ、ただいま」
そして八幡は、何かを思いついたのか二人にこう尋ねた。
「そうだ、もし時間があるなら、ちょっと二人に頼みがあるんだよ。
女性が身に付けるようなお土産を売ってる店を、いくつか案内してくれないか?
俺はどうしてもこういうのは苦手で、困ってたんだよ」
「女性へのお土産?それって明日奈用の?」
「いや、別の奴だな。明日奈もこっちに来てるから、今日は会えなくて残念だったな、折本」
「あ、そうなんだ、久しぶりに明日奈に会いたかったのにな」
「まあたまには遊びに誘ってやってくれよ、きっと明日奈も喜ぶから」
「うん、私で良ければ!あ、千佳も一緒に遊ぼう!」
そのかおりの言葉に、千佳は興味津々だったのか、こう聞き返してきた。
「ねぇかおり、明日奈って誰?」
「あ、明日奈は、比企谷の彼女だよ?」
その言葉に千佳はとても驚いたようだ。
「えっ、本当に?」
「うん、あ、比企谷、明日奈の写真があるなら千佳に見せてあげてくれない?
ほら、いずれ待ち合わせをする事になるかもだしさ」
「そうだな、仲町さん、これが明日奈だ」
「あ、ありがとう、え~っと……うわ、この美人さんが比企谷君の彼女さん?」
「ああ」
「やったね比企谷君、かおりよりもよっぽど美人じゃない!」
その言葉に、八幡は何と返していいかとても困ってしまった。
そしてかおりは、頬を膨らませながら千佳に文句を言った。
「千佳、確かに事実だけど一言多いよ!」
「あは、ごめんごめん、かおりもかわいいよ、うん」
「今更取って付けたみたいな事を言っても遅いから!」
「ま、まあまあそのくらいで……」
「そうだよかおり、とりあえず比企谷君を、色々な店に案内してあげよう」
「ん~、そうだね、それじゃ行こっか!」
「お世話になります」
そして三人はいくつかの店を回り、色々な物を見て回った。
そして何軒目かの店で、八幡はとあるブローチに目がいった。
「ん、これは……」
「どれどれ?あ、これ、つまみ細工って奴だね」
横からかおりが顔を覗かせてそう言った。
かおりが見ていたのは大きめの派手な物だったが、
八幡はその横にある小さな物を手に取り、かおりに尋ねた。
「なぁ折本、長めの黒髪をこう、顔の左右で白いリボンで縛ってたとするだろ?」
「ふむふむ」
「そのリボンにこの小さめの奴をつけるとしたら、どう見えると思う?」
「ん~、私はそれ、すごくかわいいと思うけど、千佳はどう思う?」
千佳はその言葉を受け、八幡にこう尋ねた。
「その女の子って、大人しめの子だったりする?もしかして雪ノ下さん?」
「いや、雪乃じゃないが、まあ、見た目は大人しめだな」
「それなら確かに、こういう大きなのよりもそっちの方がいいかもしれないね。
うん、きっとすごくかわいいと思う」
「そうか……よし、これにするか」
八幡はそう言うと、支払いをし、そのつまみ細工のブローチを綺麗に包装してもらうと、
ホッと安心したような顔で店を出た。
「ねぇ、一つでいいの?」
「ん、ああ、そうだな……最終的には、いくつだ……
雪乃、結衣、優美子、いろは、小町、珪子、エルザ、小猫、アルゴ、南辺りには、
こんな感じの奴が必要か……他の男どもは食べ物でいいか。里香と直葉はどうするか……
まあ残りは明日奈と相談しながら決めるから問題無い」
その八幡の言葉に、二人はぽかんとした。
「ひ、比企谷、それって全員女の子だよね?随分女の子の友達が増えたんだね……」
「うん、ちょっと驚いた……」
「まあな。そうだ、そろそろ昼時だし、お礼も兼ねて飯は俺が奢るわ、
二人は何か食べたい物はあるか?」
「え、いいの?」
「やった、比企谷君、太っ腹!」
そして二人はきょろきょろと辺りを見回しながら、何がいいかなと楽しそうに相談し始めた。
「京都といえば、やっぱりああいう懐石とかか?」
八幡がどこかの店を指差し、二人はその店をよく確認もせずに、同意した。
「懐石ランチ、確かに京都ならありかもね」
「うんうん、いいかも。でも……」
ちょっと値段が高いよねと千佳が言い掛けたのだが、それより先に八幡がこう言った。
「よし、それじゃあそこにしよう、早速行こうぜ、ちょっと腹が減っちまった」
「あ、その……」
千佳は困った顔でかおりを見た。かおりは空気を読んで、千佳の代わりに八幡に言った。
「でも比企谷、あそこって、凄く値段が高いんだよね。
私達はもっと安いファーストフードとかで全然オッケーだから」
「ん?どれ……おお、ランチでこの値段か、逆に興味が沸くな、
大丈夫だから気にせず入ろうぜ。支払いの事なら心配しなくていいから」
「そ、そう……?」
「ああ、遠慮なんかしなくていいって、お礼なんだからな」
「う、うん……」
そう言って八幡は店の中に入っていった。
かおりと千佳は、そんな八幡を見てひそひそと会話を交わした。
「ねぇかおり、比企谷君の家ってお金持ち?」
「ううん、まったく普通のはずなんだけど……」
「もしかしてちゃんと値段を見てなかったのかな?一人一万五千円だよ?」
「ううん、この値段かって言ってたし、確実に見てたと思う」
「まあ、せっかくああ言ってくれてる事だし、とりあえず私達も入る……?」
「う、うん、そうだね……」
そして二人はおずおずと八幡の後に続いた。
席に案内されると八幡は、笑顔で二人に何を頼むか聞いた。
「それじゃ、遠慮しないで何でも頼んでくれ」
「う、うん」
「何でも、ね……」
そして二人はメニューを開き、その値段に気が遠くなりそうになった。
「やっぱり高いね……」
「まあ本場の懐石ランチってなら、こんなもんじゃないか?」
「確かにそうかもだけど……」
そんな二人のぎこちない態度を見て、八幡は首を傾げた。
「さっきから二人とも随分緊張してるみたいだが、何かあったのか?」
「あ、いや、緊張っていうか……」
「やっぱり値段がちょっと、ね」
「たまにはいいだろ、俺が払うんだし、二人は気にしないで好きな物をだな……ああ」
八幡はそう言いながら、二人が何に対して緊張しているのか理解した。
「そうか、いきなりこんな所で好きな物を頼めと言われても、普通遠慮しちまうよな。
最近ちょっと金銭感覚が麻痺しちまってるのかもしれないな、すまん」
そんな八幡に、かおりがこう質問してきた。
「えっと……もしかして比企谷、宝クジでも当たったの?」
「いや、ちょっと仕事関係でな……」
「あれ、比企谷って帰還者用学校の学生じゃなかったっけ?」
「ん~、俺はちょっと特殊でな、もう既にソレイユへの内定が決まってるんだよ」
その八幡の言葉に、かおりはのけぞった。
少し驚きすぎだろと思った八幡は、次のかおりの言葉に自分がのけぞる事になった。
「それ、私と同じ会社……」
「え、まじで?」
「う、うん……比企谷もソレイユなの?」
「お、おう……まじか、まさかお前、社長秘書じゃないだろうな?」
「ううん、私は受付かな」
「そうか、俺の直属じゃ無かったか……」
「うん……」
その会話を聞いた千佳は、目を見開いて八幡に尋ねた。
「ちょっとかおり、何普通に返事してんのよ、ねぇ八幡君、今直属って言わなかった?
社長秘書が直属の部下って……」
「え?え?あっ、普通に返事しちゃったけど、確かにそう聞こえたかも」
「お、おう……実は俺、何故かソレイユの次期社長って事にされてるんだよな」
その言葉に、さすがの二人も驚きを隠せなかったようだ。
「ええっ!?」
「ど、どういう事?何でそんな事に?」
「う~ん、何て言ったらいいのか……なぁ折本、昔さ、葉山を紹介するって言って、
実際に紹介してくれた女性がいただろ?その人の顔、覚えてるか?」
「あっ、うん覚えてる覚えてる、凄い美人だったよね」
「私もその人なら覚えてるかも」
「あれがソレイユの社長だ。面接の時にいなかったか?」
そう言われたかおりは、きょとんとした後、驚いて八幡に聞き返した。
「ええっ、あの人がソレイユの社長なの?ううん、私の時に面接してくれたのは、
顔にヒゲを書いた不思議な女の人だったかな。
他の人は皆落ちたらしくて、何故か私だけ採用されたんだよね。
てっきり落ちると思って駄目元で受けた所だったから、本当にびっくりだったよ」
「あの時は私も本当に驚いたんだけど、今回の旅行もそのお祝いを兼ねてるんだよね」
「そうか、アルゴの差し金か……ちょっと電話で聞いてみるわ」
「う、うん」
八幡は二人にそう言うと、アルゴに電話を掛けた。
『ハー坊、今度はどうしタ?』
「おいアルゴ、お前、折本かおりって子の面接を担当したか?」
『ああ、あの時な、ボスがオレっちに面接を押し付けて逃げたから、
たまたま参加してた、ハー坊と中学で同じクラスだったその子を採用にしといたゾ』
「適当だなおい!分かった、忙しいとこすまなかったな」
『一応言っておくけど、それはあくまで最後の決め手だからナ』
「そうか……なるほどよく分かった、ありがとな」
『あいヨ』
八幡は電話を切ると、何とも言えない表情でかおりに言った。
「あ~……どうやら折本が採用されたのは、最後の部分で俺のコネがきいてたらしいわ」
「あ、そうだったんだ、逆に凄い納得した。ありがとう比企谷!」
「あくまで最後の部分だから、それまでの過程ではいい感触だったんだと思うから、
それは誇っていいと思うぞ。でもそんなんで、本当に良かったのか……?」
八幡は言いづらそうに、かおりにそう尋ねた。
「え?いいに決まってるじゃない、ねぇ、千佳」
「うんうん、比企谷君、ソレイユってね、学生の中じゃ、凄く人気で競争率が激高な、
かなり注目されてる企業なんだよ」
「そ、そうなのか……」
「うん、だから比企谷にはもう頭が上がらないよ、あの時は本当に嬉しかったもん」
「お祝いにこうして旅行に来るくらいね」
「そうか、それなら良かったよ、折本」
「うん!」
そして八幡は、改めて二人にこう言った。
「まあそんな訳で、資金的にはまったく問題無いから、遠慮なく何でも頼んでくれ」
「まあ」
「そういう事なら、ね」
そして二人は緊張が解けたようで、楽しそうに何を食べるか相談し始めた。
そして注文が終わった後、八幡はトイレに行くと言って席を立った。
八幡が部屋を出た後、千佳はかおりに言った。
「ねぇかおり」
「うん?」
「あんた分かってる?確かに就職で少し取り戻したけど、
あんたの人生、かなり失敗してるよね」
そのストレートな指摘にかおりは苦笑した。
「あ~、それある……」
「あんたどうして中学の時、比企谷君と素直に付き合っておかなかったのよ。
彼、昔とは全然別人じゃない、見た目も凄く格好良くなったし、
財力も権力もある、まさにこれぞ勝ち組って感じ」
「だよね……別に嫌いな訳じゃ無かったし、当時は確かに付き合うのは無理だなと思ったけど、
後で話したら友達としてはありかなって思ったし、
そう考えると、もっとよく比企谷の事を見ていたら、付き合うのもありかなって思ったかも」
「まあ今更言っても仕方ないか、今夜は私が慰めてあげるよ」
「うん」
そして食事が終わった後、しばらく一緒に観光をする事になり、
せっかくだから八幡の車で行こうという話になったので、三人はキットの下へと向かった。
そこでかおりと千佳は、お約束のように再び驚愕する事になった。
「うわ、凄いね……これは今夜慰め甲斐がありそう」
「言わないで……」
そして三人は、元々かおり達が回る予定だった場所を回り、更に時間に余裕が出来た為、
キットの案内で他にも色々な場所を回る事が出来た。
そして夕方、そろそろお開きという事になり、八幡は二人を宿泊先のホテルに送り届けた。
「今日は楽しかった、本当にありがとね、比企谷」
「予定よりもたくさんの場所に行けて、凄く楽しかった」
「いや、こっちこそプレゼント選びで助けてもらったし、ありがとな、二人とも」
「比企谷はいつから働き始めるの?」
「そうだな、多分進学する事になるから、五~六年後くらいかな」
「そっか」
かおりはそう言うと、姿勢を正し、八幡に頭を下げた。
「社長のお越しを、受付でお待ちしていますね」
「お、おう……」
「なんてね」
「かおり、比企谷君が来るまでクビにならないようにね」
「うん、頑張る!」
「あ、そういえば仲町さんも、もしかしてうちの会社を受けてたりとか……?」
八幡は、もしそれで落ちてたら気まずいなと思い、恐る恐る千佳に尋ねた。
「あ、ううん、うちは花屋だから、卒業したらその後を継ぐ事になるかな。
もし良かったら、花が必要な時はうちに買いに来てね」
「そっか、それじゃあ機会があったら必ず」
「あは、宜しくね、比企谷君」
「それじゃあまた向こうでね、比企谷!」
「比企谷君、またね、キットもまたね!」
「ああ、また向こうで」
『かおり、千佳、いずれまたどこかで』
そして八幡はキットと共に走り去り、二人はずっとその背中に手を振り続けていた。
「かおり、逃した魚は大きいよ?」
「うん、まあ仕方ないかな。明日奈は凄くいい子だし、二人はとてもお似合いだもん」
「本心は?」
「う~、比企谷格好良かったよね……中学に戻ってやり直したいよ」
「あは、本当に今夜は慰め甲斐がありそうね」
「うん、まじでお願い……」
そしてかおりは、八幡が去っていった方向を何となく眺めた。
(羨ましいな、でも絶対幸せになってね、比企谷、明日奈)
そして二人は笑いながらホテルへと入っていったのだった。