ホテルの部屋に戻ると、八幡はソファーに横たわった。
「後は知盛さん次第だが、それとは別に、明日はあのじじいと対決する事になるか……
でもこれは楓の望みだから、絶対に叶えてやらないとな」
そんな事を考えつつ、八幡はいつしか眠りに落ちていった。
むにゅっ、とした手触りを感じ、八幡は目を覚ました。
既に外は暗くなっているようで、窓の外にはネオンの明かりが輝いていた。
(んっ、寝ちまったのか、それにしてもこれは……)
どうやら部屋には誰かがいるらしく、
その人物が八幡の腕を持ち上げ、何かしているらしい。
そう理解した八幡は、そっと目を開けた。
「やっぱりこういうのは、ちゃんと朝晩やっておかないと……んっ、こんな感じかな」
(明日奈?)
そして八幡が目にしたのは、自分の胸に八幡の手を押し当てている明日奈の姿だった。
明日奈の表情は真剣であり、八幡はどうしたものかと困り果てた。
そしてそんな八幡と明日奈の目が、お約束のようにバッチリ交差した。
明日奈はビシッと固まると、黙って八幡の手を下ろし、身だしなみを整えると、
何事も無かったかのように八幡に笑顔を向けた。
「あ、起きたんだ、おはよう、八幡君」
「…………なぁ、明日奈」
「何かな?八幡君」
「今お前……」
「何かな?八幡君」
「いや、何でもない」
「うんそうだね、何でもないよね」
そしてソファーに並んで座った二人は、今日あった事を報告しあった。
「こっちは特に何も無かったかな、嫌な視線でじろじろ見てくる人は結構いたけど、
お父さんがさりげなく八幡君の事を説明して、ガードしてくれてたし」
「例の嫌な奴らか、まったく、駒央以外にはろくな奴がいないんだな」
「その駒央君も来てたんだけど、こっそりシノのんのヘカートIIの事を伝えておいたよ。
強化する気満々で、色々調べてみるって」
「そうか、それは丁度良かったな」
「八幡君はどうだった?」
明日奈のその問いに、八幡はかおり達と偶然会った事を説明した。
「あっ、そうなんだ、ちょっと電話してみようかな」
「ああ、折本も喜ぶんじゃないか」
そして明日奈はかおりに電話を掛け、しばらく楽しそうに喋っていたのだが、
ちょっと待ってねと言って、八幡にいきなりこう尋ねた。
「ねぇ八幡君、お昼に何かあった?」
「ん?あの二人に懐石ランチを奢ってやったけど、それがどうかしたか?」
「ああ~そういう事かぁ……」
「ん?どうかしたのか?」
「あのね、八幡君の奢りで夕食でも一緒にどう?って言ったんだけど、
すごく遠慮してくるから、どうしたのかなって思って」
「ああ、それは遠慮するよな。まあこんな機会は滅多に無いだろうから、
今日は気にせず黙って奢られろって伝えてやってくれ」
明日奈はどうやらスピーカーモードにしていたらしく、
電話の向こうのかおりに向かって言った。
「だってさ、うん、やった、それじゃホテルまで迎えに行くから待っててね」
そして電話を切った明日奈は、よそ行きの格好に着替え始めた。
八幡もそれに倣い、支度を始めた。といっても、財布を忘れないようにするくらいだったが。
そしてかおり達の宿泊するホテルに着くと、二人が外で待っていてくれた為、
明日奈は手を振りながら、かおりの方へと走っていった。
「明日奈!」
「かおり、久しぶり!あ、仲町さん初めまして、結城明日奈です。
私の事は明日奈って呼んでね」
「初めまして、仲町千佳です。それじゃあ私の事も千佳でお願い」
三人はすぐに仲良くなったようで、
八幡は、明日奈に同世代の友人が増えた事を素直に喜んだ。
「よし、それじゃあ何を食べに行く?何でも構わないぞ」
「お昼は懐石を食べさせてもらっちゃったから、夜は多少重めの物がいいかな」
「それある!」
「ん~、私もそれで問題無いかな。実はお昼にパーティーに参加させられてたから、
あまり食べてないんだよね」
パーティーという物に参加する事は、一般人には普通ありえない。
二人はもしかしてと思いながら、明日奈に尋ねた。
「えっと、実は明日奈って、どこかのお嬢様?」
「明日奈はレクトの社長の娘だぞ」
「う、うん、一応」
「ええっ!?」
「そうだったんだ!」
確かに明日奈は上品な雰囲気を漂わせているので、二人はやはりと思いつつも、
そこまでの大企業の社長令嬢だとまでは思っていなかったようで、ひたすら驚いていた。
「うちの社長の奥さんが、レクトの社長令嬢かぁ、
いずれ合併とかいう話になったりするのかな?」
「どうだろうね……って、うちの?」
明日奈は、そのかおりの言葉の頭の部分に引っかかりを覚えた。
うちのという事は、つまりそういう事だからだ。
「実はな、折本は、うちの会社の面接に受かって、受付をやる事に内定したらしい」
「あ、やっぱりそうなんだ!」
「まあ、比企谷のコネらしいんだけどね」
かおりは苦笑しながらそう言った。
「コネ、らしい?」
らしいとはどういう事だろうかと、明日奈がきょとんとした為、
八幡は明日奈に、事の経緯を説明した。
「ああ、その時の面接官は、どうやらアルゴだったらしいんだけどな、
俺と折本が中学でクラスが一緒だった事を、多分事前に調べてたんだろうな、
それでアッサリと、折本だけ採用する事に決めちまったらしいぞ。
俺も折本も知らなかったから、だから、らしい、だな」
「そういう事なんだ」
「まあさすがのアルゴも、適当に選ぶなんて事はしないはずだから、
同じくらいの条件の候補者の中から誰か一人選ぶのに、
最後の決め手になったとか、そんな理由だと思うぞ」
「ソレイユは実力主義だもんね」
そんな訳で、かおりの内定祝いも兼ねて、ちょっと奮発する事になり、
四人はかなり値段の高い焼肉屋にいく事となった。
「そういえば俺、焼肉屋に来るのは初めてだな」
「あっ、私もかも」
「え、そうなの?」
「これはかおりが肉奉行をするしかないね!」
「分かった、任せて!」
かおりはそう言うと、慣れた感じで注文し始めたのだが、
やはり遠慮したのか、それほど高い物は注文出来なかった。
それを八幡が、全て特上に変更するというハプニングもあったのだが、
四人は心ゆくまで肉、肉、肉三昧な時間を過ごした。
そして食後の雑談の席で、かおりが八幡にこんな質問をした。
「そういえばちゃんと聞いてなかったけど、二人は何で京都にいるの?」
「え~っと、どうやって説明すればいいのかな?」
「そうだな……」
一言で説明するには、事情は複雑になりすぎていたのだが、
八幡は何とか要点を二つに絞り、二人に説明した。
「簡単に説明するのは難しいんだが、要するにお家騒動の解決と人助けだな」
「人助け?誰か怪我か病気でもしたの?」
「ああ、その子は楓といって、明日奈の親戚なんだが、実はかなりの難病にかかっててな、
一応俺も手は打ったんだが、果たして手術が成功するかどうか……
で、うちの特殊なVR技術を提供して、先日楓と、VR環境の中で一緒に遊んだんだよ。
そしたら楓が、おじいちゃんとも一緒に遊びたいって言うから、
その偏屈じじいを、力ずくでゲームの中に突っ込もうと、明日突撃する予定だ」
「力ずくって……」
「そこでさっきのお家騒動の話が出てくるんだよな。
実は明日奈の家は分家筋でな、その本家が京都にあるんだが、
そこの当主の偏屈じじいが今度引退するから、その後継者をこっち寄りの人にしちまおうと、
今色々と手を回してる所なんだよ」
「うわ、本物の権力争いだ」
「何それ、ウケるし」
「でもそのじじい、いきなり日本刀で斬りかかってくるような危ないじじいなんだよな」
「うわ、それはウケないわ」
「だ、大丈夫だったの?」
千佳は心配そうに八幡にそう尋ねた。
八幡は、千佳に普段持ち歩いている護身用の警棒を見せると、
ニヤリとしながらこう言った。
「大丈夫だ、これを使って取り押さえた。ちなみに明日奈と二人でな」
「ええっ、二人とも、そんな事が出来るんだ……」
「ゲームの中だと余裕なんだけどな、現実だと、
上手く使えるように練習するのが、確かにちょっと大変だったな」
「私はまだ武器とかは上手には扱えないから手刀だったけど、まあ足運びくらいはね」
「うわ、何か二人とも凄い……」
「だって千佳、この二人はSAOを……あ、ごめん、な、なんでもない」
明日奈はかおりが何を言い掛け、何に気を遣ってやめたのかを悟り、
八幡と顔を見合わせ、八幡が頷いた為、かおりに言った。
「かおり、別に言っちゃってもいいよ」
「えっ、いいの?」
「まあ実際のところ、うちの学校じゃ公然の事実だし、
千佳に教えるのはまったく問題無いと思う」
その明日奈の言葉を聞いて、本当は千佳に教えたくてうずうずしていたのか、
かおりは嬉しそうに千佳に説明を始めた。
「そっか、えっとね千佳、この二人は、SAOのクリアに一番貢献した三人の中の二人なの」
「ええっ!?それって、ネットで英雄扱いされてるあの三人?」
「うん、それそれ」
「銀影、閃光、黒の剣士だっけ?」
「その呼び方はやっぱりちょっと恥ずかしいんだよな……俺は銀影で、明日奈は閃光だな」
「うわ、知り合いが英雄とか、
有名人が友達だって自慢する人の気持ちがちょっと分かっちゃったかも……」
八幡はその千佳の言葉に苦笑しながら、ついでに一つ補足した。
「まあ実は、貢献したのは三人じゃなく四人なんだけどな」
「それは初耳かも」
「残りの一人は二つ名がついてなかったから、広まらなかったんだろうな。
ちなみにそいつとは、京都で先日再会したばっかりだ」
「おお、それは嬉しい出来事だね!」
「会えたのは偶然だったんだが、やっぱり嬉しいよな」
「それあるある!」
「で、何の話だったっけか……」
そういえばと思い、四人は一瞬考え込んだのだが、直ぐにかおりがこう言った。
「日本刀を持ったじじいを叩きのめしてやったぜ!って比企谷が言った所からかな」
「そうだったな、実は明日、またそのじじいを叩きのめさないといけないんだよな。
もう一回本物の日本刀を相手にしないといけないかと思うと、少し面倒だな……」
「ねぇ、それって、ゲームの中じゃいけないの?」
突然かおりがそんな事を言った。
「ゲームの……中?」
「うん、現実でやりあうなんて、やっぱり危ないじゃない。
だから、挑発するなり、相手に少し有利な条件をつけるなりして、
上手くゲームの中で戦えるように相手を誘導してさ、
そしたら比企谷は、ゲームの中でなら、多少不利な条件でも無敵なんだし、
そしたらこっちの圧勝なんじゃない?」
その発想に、二人は意表を突かれた。
「それは思いつかなかったよ……」
「はっ、ははっ、ははははは、その発想は無かったわ、
さすが受付とはいえ、たった一人だけうちの内定をもらっただけの事はあるな、折本」
「はっ、社長、光栄であります!」
かおりは冗談めかしてそう言うと、更にこう付け加えた。
「それにほら、そういう口実でゲームに接続させちゃえば、
もし万が一比企谷が負けても、その楓ちゃんと遊ばせるっていう目的は、
問題なく達成されるんじゃない?」
「折本、お前天才かよ……確かに最近ちょっと、力に頼りすぎていたかもしれないな、
これは反省しないといけない部分だな」
「役に立ちましたか?社長」
「ああ、金一封ものだぞ折本君」
「それは今日の二度の食事で十分であります、社長!」
そして四人は顔を見合わせると、楽しそうに笑った。
「よし、そうと決まったら、明日は散々煽ってやるか」
「八幡君、煽るの得意だもんね」
「おう任せろ、得意分野だ」
「比企谷、頑張れ!」
「遠くから応援してるからね」
こうしてかおりにヒントをもらう事が出来、この日の夕食は、
八幡にとってはリスクを避ける上で、とても有意義なものとなったのだった。
次回「八幡は牙をむき、そして戦いの鐘が鳴る」
戦いの開始までの経緯が語られます。八幡の本気をお楽しみに!