ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


第259話 逆鱗に触れる

「おい小僧、お主、一体何をするつもりじゃ?」

 

 清盛は、いぶかしげな表情で、八幡にそう問いかけた。

 

「明日、楓の手術を行う」

 

 清盛は、その言葉を聞き、憤慨したように八幡に言った。

 

「何を勝手な、そもそも一体誰に執刀させるつもりじゃ?」

「知盛さんだ」

「無理じゃな」

 

 清盛は、取り付く島も無くそう言った。

 

「あやつは確かに、儂の息子の中では一番優秀じゃが、

所詮他人のコピーしか出来ない男じゃ」

「そうらしいな」

「何じゃお主、その事が分かってて、あやつに執刀させるつもりかの?」

「その通りだ。じじい、これを見ろ」

 

 八幡はそう言うと、スマホを取り出し、とある映像を、清盛に見せた。

その映像をじっと見つめ、何の映像なのか把握した清盛は、仰天した。

 

「こ、これは、楓と同じ病気の患者の手術の映像じゃな?小僧、どこでこれを……」

「やっぱり分かるのか、伊達に大病院の理事長をやってる訳じゃないんだな。

この際だから正直に言うが、これは茅場晶彦のPCから発見された映像だよ、じじい」

「何と……」

 

 驚く清盛に、更に八幡は、こう言った。

 

「おいじじい、執刀医の顔をよく見てみろよ」

「ぬっ」

 

 そう言われた清盛は、目をこらし、その執刀医が誰なのか確認しようとした。

そして次の瞬間、驚いた顔で、八幡に言った。

 

「こ、これはまさか知盛なのか?あやつがこの手術の執刀経験があるなんて、

儂は今までまったく知らなかったぞ!」

「その答えは、じじい自身が、さっきまで体験してたんだけどな」

「何っ?そうか、そういう事じゃったか……しかしこれはどう見ても、本物にしか見えんぞ。

これが本当に、仮想現実の映像だと言うのか?」

 

 清盛は、驚くべき理解力を示し、正確に正解を言い当てた。

 

「だよな、俺もそう思う。まあ要するにだ、あんたも十分化け物じみてると思うが、

世の中には、俺達なんかの想像を遥かに超える、途方もない化け物がいるって事だな」

「確かにのう……」

 

 清盛は、感慨深げにそう言うと、続けて八幡にこう尋ねた。

 

「で、知盛は、モノになったのかの?」

「ああ、最初はオートで勝手に手が動く、トレースモードから始めて、

それから徐々に、動きの自由度を増やしてもらって、

今はもう、完全に自力で動けるようになったらしいぞ。

ちなみに昨日の朝からずっとこもりっきりで、延々とこれをやってもらってる」

「そんな事をして、知盛の体力はもつのか?」

 

 意外にも清盛は、知盛の体の事を心配したのか、そう尋ねてきた。

 

「肉体的な疲労は無いに等しいから、そこは大丈夫だ。

後は気力の問題なんだが、あんたの息子だけあって、そこらへんは問題無いそうだ」

「子供のころから、厳しくしてきたからの」

 

 清盛は八幡に頷くと、腕組みをしながら言った。

 

「それで小僧、お主は儂に、なにをさせるつもりじゃ?」

「あんたの命を俺にくれ」

「ぬっ……」

 

 清盛は、その八幡の言葉に虚を突かれた。

 

「どういう意味じゃ?」

「あんたも聞いただろ?楓が自分の事を、どう思ってるかを」

「あれか……」

 

 清盛の頭の中を、先ほど楓から投げかけられた言葉がリフレインした。

 

『これでもう、何も思い残す事は無いよ、お爺ちゃん。

もし楓がいなくなっても、お爺ちゃんはこれからも、ずっと笑っててね!』

 

 清盛は、当の楓がそう思っている限り、技術的には問題が無くても、

手術は成功しないかもしれないと、焦りにも似た気持ちを覚えた。

そんな清盛に、八幡は言った。

 

「実は楓は、昨日からずっと、メディキュボイドを使ってフルダイブしたままなんだ」

「そう……だったのか」

「今の楓には、現実と仮想世界の区別がついていないはずだ。

そこでじじいの出番だ。じじいには、これから楓と同じようにフルダイブしてもらって、

楓に、生きたいと思わせるように努力してもらいたい。

期限は明日の手術が終わるまでずっとという事になる。

じじいの年で、それだけの長い時間、フルダイブしっぱなしになるのは、

正直命の危険も伴うかもしれない程、過酷かもしれない。

あんたの命を俺にくれというのは、つまりそういう意味だ」

 

 清盛は、その言葉に、ギラリを目を光らせると、少し怒った顔で、八幡に言った。

 

「儂がその程度でくたばるものかよ、儂はお主に負けた身じゃ、

それがお主の願いであるならば、儂はそれを、無条件で引き受けよう」

「まあ、じじいの為でもあるから当然だな。

後、俺と明日奈もあんたに付き合って、一緒にダイブするから、

あんたが上手く、場を仕切ってくれよ」

「お主らもか」

「ああ、楓を救いたい気持ちは、あんたと同じだからな」

「そうか……感……いや」

 

 清盛は、感謝すると言い掛け、そのまま言葉を飲み込んだ。

その言葉は、手術が成功した時に言おう、そう思った清盛は、

助けられっぱなしなのも癪なので、八幡に一つ、アドバイスを送る事にした。

 

「ところでお主、気付いておるかの?」

「何にだ?」

「首を刎ねられるというのは、お主が思う以上に、驚きで心臓に負担がかかるもんじゃ。

若い奴ならともかく、儂のような老人には特にな。

いや、若者でも、人によっては危険な状態になる可能性が、無い訳じゃない。

その可能性を、常に忘れてはならぬ。

特にお主は、これから、大勢の社員の人生を背負って立つ立場になるんじゃろ?

そういう人間はな、どんなに機械が完璧だろうとも、そういうリスクについて、

常に頭の片隅に、入れておかねばならぬぞ」

 

 八幡は、その清盛の言葉を受け、目をつぶると、ぼそっと呟いた。

 

「折本といい、じじいといい、昨日から、忘れかけていた事を思い出させてもらってるな」

 

 そして八幡は、その場に正座をすると、清盛に頭を下げながら言った。

 

「清盛さん、そのご忠告、決して忘れないように、しっかりと、心に刻み付けます」

「うむ、これからも精進するのじゃぞ、八幡よ」

 

 この時、八幡も清盛も、始めてお互いの事を、名前で呼んだ。

明日奈は、その光景を、微笑ましそうに見ていたのだが、次の清盛の言葉で、顔色を変えた。

 

「ところで八幡、お主、楓と結婚して、正式に儂の孫にならんかの?」

「大叔父様、いきなり何を?」

 

 その明日奈の底冷えする声に、清盛は気圧されつつも、何とか虚勢を張った。

 

「な、何じゃ明日奈よ、老い先短い老人の頼みじゃぞ、少しは考えてくれても良かろう?」

「老い先短い……大叔父様、どの口がそれを言うのですか?」

 

 明日奈は清盛に、ニッコリとそう言った。

 

「ど、どう見ても儂は、死にかけの老人ではないか!」

「殺しても後二十年は死なないだろうという話なら聞いています、大叔父様」

「な、何と言われようとも、儂はそう簡単には諦めんぞ!」

「へぇ……」

 

 それを聞いた明日奈の目が鋭くなった。一歩も引こうとはしない清盛に対し、

明日奈は、こう宣言した。

 

「それならば、大叔父様の流儀に従い、戦いで決着をつけましょう」

「な、何だと?明日奈よ、あの戦いを見て尚、儂に勝てるつもりか?」

 

 明日奈はその問いには答えず、八幡の方を向いて言った。

 

「八幡君、準備」

「お、おう……」

「お主ら、一体何を……」

「せっかくだから、私達夫婦の恐ろしさを関係者全員に知らしめる為にも、中継しよっか」

「夫…………い、いや、そうだな」

 

 八幡は、冷や汗をかきながらそう答えると、清盛に足払いをし、

布団に尻餅をつかせ、容赦なくその頭に、アミュスフィアをかぶせた。

 

「いきなり何をする!」

「強制リンク開始」

 

 そして八幡は、アルゴに電話を掛け、こう言った。

 

「アルゴ、中継再開だ」

「お?いきなりどうしタ?」

「じじいがちょっと、明日奈の逆鱗に触れてな……」

「ああ……それじゃあ仕方ないナ」

 

 そして、一族や関係者の下に、中継が再開される事が告知され、

視聴可能な者達は、今度は何が起こるのかと少し緊張しながら、

再びモニターのスイッチを入れた。中継が始まった途端、携帯への着信が無くなり、

やっと一息つく事が出来た義賢は、画面に見入っている駒央に尋ねた。

 

「駒央、今度は何が始まるんだ?」

「清盛さんが出現したから、多分清盛さんと誰かが戦うんだと思うんだけど、

多分明日奈さんかな」

「明日奈……章三さんの娘さんだな、見た目は大人しそうに見えるが、

あの子は本当に強いのか?」

「まあ見てれば分かるよ、父さん」

 

 駒央はそう言うと、改めて画面に見入った。

そして明日奈が登場した瞬間、駒央は興奮のあまり、その場にぶっ倒れた。

 

「うおおおおお」

「ど、どうした駒央」

 

 義賢は、またかと思いながら、駒央にそう声を掛けた。

駒央は、モニターを指差しながら、興奮さめやらぬ口調で、義賢に言った。

 

「と、父さん、あれはね、SAOで、最強の名を欲しいままにしたギルド、

血盟騎士団の制服なんだよ。明日奈さんはそこの副団長だったからね。

って、まさか……まさか!うおおおおおおお!」

 

 再び駒央が、興奮して叫び出した。さすがの義賢も呆れ返り、

仕方なくといった感じで、駒央に尋ねた。

 

「今度は何だ?」

「あ、あの八幡さんの服装、あれは、本当に限られた人しか実際に目にした事が無い、

血盟騎士団の参謀服なんだよ。攻略組に限らず、戦ってた人達ほぼ全てが憧れていた、

伝説の制服なんだよ、父さん!」

「ほほう、伝説か」

 

 義賢も、実はそういうのが好きらしく、その説明に食いついた。

 

「赤と白が合わさって、最強に見えるな駒央」

「でしょ!さすが父さん、絶対に分かってくれると思ってた!」

「うむ、注目だな」

 

 一方八幡と明日奈は、ログインした瞬間、お互いの服装を見て、意表を突かれた。

 

「まさかこうくるとは、中々手回しがいいな、アルゴ」

『まあ、データは残ってるから、見た目を再現するだけなら簡単だったゾ』

 

 アルゴはそう言うと、清盛の手元に、先ほどと同じ日本刀を出現させた。

 

『清じいの武器は、またそれでいいカ?』

「清じい……儂の事か?馴れ馴れしい奴じゃのお主。ああ、これで構わん」

『アーちゃんはどうすル?』

「そうだねぇ……やっぱりランベントライト?」

 

 明日奈がそう言った瞬間、明日奈がゲームクリア時に使っていた、

リズベット作の名剣、ランベントライトが空中に出現し、明日奈の横に突き立った。

 

「見た目だけとはいえ、久しぶりだね」

 

 明日奈はそう言いながら、ランベントライトを軽く振った。

 

「でもこれだと慣れすぎちゃってるし、愛刀を使ってる訳じゃない大叔父様とは、

ハンデが大きすぎるかなぁ……八幡君、どう思う?」

「それはあるかもしれないな、老い先短い老人らしいから、手加減してやるといい」

 

 八幡のその言葉に、清盛は、ぐぬぬと唸ったが、

例え方便とは言え、自分で言った事なので、その言葉に反論する事は出来なかった。

 

「そっか、それじゃあアルゴさん、シバルリックレイピアって可能?」

『ちょっと待ってな……よし、いいぞ』

 

 そしてそのアルゴの言葉通り、再び空中に、一本の美しい剣が出現した。

月を宝石に溶かしたようなその輝きは、見ていた者達を魅了した。

 

「シバルリックレイピア、来たああああああああ!」

「あれはどんな武器なんだ、駒央」

「ダークエルフの鍛治師が鍛え上げた、序盤で最強と言われた、明日奈さんの武器だよ」

「そうか、最強か。それは素晴らしいな、駒央」

「うん、これで道具は揃ったね、ここからはもう目が離せないよ、父さん」

 

 義賢は、完全に駒央のペースに乗せられてしまっていた。

まあしかし、これも元々彼に備わっていた資質なのだろう。

伝説とまで言われた武器や防具を目にすると興奮する、やはり彼も、国友の男なのである。

 

「さて皆さん、とある事情で、ここにいる清盛さんと、うちの明日奈が戦う事になりました。

今回は、難しい事は何も考えず、ただ二人の楽しみをお楽しみ下さい」

 

 こうして、八幡のアナウンスを受け、二人は構えをとった。

 

「よし、始め!」

 

 その言葉と共に、明日奈は清盛へと突進した。

清盛は、八幡とは随分戦闘スタイルが違うなと思いながら、迎え撃つ体制をとった。

清盛は、最初に放たれた、明日奈の突きを、簡単に斬り払うと、

やはりこんなものかと、すぐに反撃しようとした。

その清盛の目の前に、明日奈の次の突きが迫っており、清盛は慌てて刀でそれを防いだ。

 

「うおっ……」

 

 焦る清盛をよそに、明日奈は続けて何度も突きを放っていく。

上かと思えば下、かと思えばフェイント、その変幻自在にして、

目で追うのもやっとな攻撃を、清盛は意地で何とか捌き続けた。

 

「我が一族に、お前のような剛の者がいたとは……だが、儂とてそう簡単にやられはせん!」

 

 そう言うと清盛は、何とか明日奈の懐に入ろうと、強引に明日奈のレイピアを、

右から左に強めに払った。その瞬間に明日奈は、流れに逆らわず、

清盛の刀の背を転がるように時計まわりに回転し、

清盛の咽喉に、レイピアの切っ先を突きつけた。

 

「はい、おしまい」

「ぐっ……」

 

 清盛は目を閉じ、天を仰ぐと、悔しそうにこう言った。

 

「仕方ない、さっきの件は諦めたわ!まあこの明日奈とて、儂の一族には変わりがないから、

うちの一族に、お主の血が入る事は確定だしの。今日はこのくらいで勘弁しておいてやるわ」

「でも私達家族は、大叔父様や一族の人には疎まれてるんで、

私としては、このまま縁を切った方がいいんじゃないかって思うんですよ、大叔父様」

「……分かった分かった、儂の負けじゃ、完敗じゃ!」

 

 八幡には、曖昧にしか、負けたと言わなかった清盛は、

ここで始めて、ハッキリと負けを認めた。

 

「これを見ている者達に告ぐ。今後、章三の家族の事を悪く言う事は、儂が許さん。

その旨、しかと皆に伝えよ。更にここにいるこの八幡が、異例ではあるが、

病院とは関係無く、結城一族の正式な後継者だという事も、ここに宣言しておく」

「えっ?それって当主を八幡君にするって事ですか?大叔父様」

「おいじじい、何を勝手な事を……」

「うるさいわ、老い先短いじじいの頼みを断るでない!

儂は今後、まだまだ何十年かは死なぬからの、

その頃にはお主は四十か五十くらいにはなってるじゃろ。

それくらいの歳までは、うちの事は気にせんでいいから、

儂が死んだ後の事くらいは引き受けよ」

「死ぬのか死なないのか、一体どっちなんだよじじい!」

「黙れ小僧、そんなのは儂の気分一つじゃ!」

 

 二人の口喧嘩はしばらく続き、関係者は全員、二人の仲の良さを嫌という程見せ付けられ、

暫定的にではあるが、八幡が後継者である事を、認めざるをえなかった。

そしてこの時を境に、明日奈とその家族に対する嫌がらせ等は、一切無くなる事となった。

八幡に負けただけであったのなら、清盛の態度は、ここまで軟化する事は無かっただろう。

それは、あくまで八幡個人が力を示しただけであり、

章三一家が、何かの力を示した事にはならないからだ。

それを明日奈は、そこまで計算していた訳では当然無いのだが、

直接戦って力を示す事により、一人でひっくり返した。

あくまで偶然ではあるが、これが明日奈の、この旅での最大の戦果となったのである。

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