「おい小僧、お主、一体何をするつもりじゃ?」
清盛は、いぶかしげな表情で、八幡にそう問いかけた。
「明日、楓の手術を行う」
清盛は、その言葉を聞き、憤慨したように八幡に言った。
「何を勝手な、そもそも一体誰に執刀させるつもりじゃ?」
「知盛さんだ」
「無理じゃな」
清盛は、取り付く島も無くそう言った。
「あやつは確かに、儂の息子の中では一番優秀じゃが、
所詮他人のコピーしか出来ない男じゃ」
「そうらしいな」
「何じゃお主、その事が分かってて、あやつに執刀させるつもりかの?」
「その通りだ。じじい、これを見ろ」
八幡はそう言うと、スマホを取り出し、とある映像を、清盛に見せた。
その映像をじっと見つめ、何の映像なのか把握した清盛は、仰天した。
「こ、これは、楓と同じ病気の患者の手術の映像じゃな?小僧、どこでこれを……」
「やっぱり分かるのか、伊達に大病院の理事長をやってる訳じゃないんだな。
この際だから正直に言うが、これは茅場晶彦のPCから発見された映像だよ、じじい」
「何と……」
驚く清盛に、更に八幡は、こう言った。
「おいじじい、執刀医の顔をよく見てみろよ」
「ぬっ」
そう言われた清盛は、目をこらし、その執刀医が誰なのか確認しようとした。
そして次の瞬間、驚いた顔で、八幡に言った。
「こ、これはまさか知盛なのか?あやつがこの手術の執刀経験があるなんて、
儂は今までまったく知らなかったぞ!」
「その答えは、じじい自身が、さっきまで体験してたんだけどな」
「何っ?そうか、そういう事じゃったか……しかしこれはどう見ても、本物にしか見えんぞ。
これが本当に、仮想現実の映像だと言うのか?」
清盛は、驚くべき理解力を示し、正確に正解を言い当てた。
「だよな、俺もそう思う。まあ要するにだ、あんたも十分化け物じみてると思うが、
世の中には、俺達なんかの想像を遥かに超える、途方もない化け物がいるって事だな」
「確かにのう……」
清盛は、感慨深げにそう言うと、続けて八幡にこう尋ねた。
「で、知盛は、モノになったのかの?」
「ああ、最初はオートで勝手に手が動く、トレースモードから始めて、
それから徐々に、動きの自由度を増やしてもらって、
今はもう、完全に自力で動けるようになったらしいぞ。
ちなみに昨日の朝からずっとこもりっきりで、延々とこれをやってもらってる」
「そんな事をして、知盛の体力はもつのか?」
意外にも清盛は、知盛の体の事を心配したのか、そう尋ねてきた。
「肉体的な疲労は無いに等しいから、そこは大丈夫だ。
後は気力の問題なんだが、あんたの息子だけあって、そこらへんは問題無いそうだ」
「子供のころから、厳しくしてきたからの」
清盛は八幡に頷くと、腕組みをしながら言った。
「それで小僧、お主は儂に、なにをさせるつもりじゃ?」
「あんたの命を俺にくれ」
「ぬっ……」
清盛は、その八幡の言葉に虚を突かれた。
「どういう意味じゃ?」
「あんたも聞いただろ?楓が自分の事を、どう思ってるかを」
「あれか……」
清盛の頭の中を、先ほど楓から投げかけられた言葉がリフレインした。
『これでもう、何も思い残す事は無いよ、お爺ちゃん。
もし楓がいなくなっても、お爺ちゃんはこれからも、ずっと笑っててね!』
清盛は、当の楓がそう思っている限り、技術的には問題が無くても、
手術は成功しないかもしれないと、焦りにも似た気持ちを覚えた。
そんな清盛に、八幡は言った。
「実は楓は、昨日からずっと、メディキュボイドを使ってフルダイブしたままなんだ」
「そう……だったのか」
「今の楓には、現実と仮想世界の区別がついていないはずだ。
そこでじじいの出番だ。じじいには、これから楓と同じようにフルダイブしてもらって、
楓に、生きたいと思わせるように努力してもらいたい。
期限は明日の手術が終わるまでずっとという事になる。
じじいの年で、それだけの長い時間、フルダイブしっぱなしになるのは、
正直命の危険も伴うかもしれない程、過酷かもしれない。
あんたの命を俺にくれというのは、つまりそういう意味だ」
清盛は、その言葉に、ギラリを目を光らせると、少し怒った顔で、八幡に言った。
「儂がその程度でくたばるものかよ、儂はお主に負けた身じゃ、
それがお主の願いであるならば、儂はそれを、無条件で引き受けよう」
「まあ、じじいの為でもあるから当然だな。
後、俺と明日奈もあんたに付き合って、一緒にダイブするから、
あんたが上手く、場を仕切ってくれよ」
「お主らもか」
「ああ、楓を救いたい気持ちは、あんたと同じだからな」
「そうか……感……いや」
清盛は、感謝すると言い掛け、そのまま言葉を飲み込んだ。
その言葉は、手術が成功した時に言おう、そう思った清盛は、
助けられっぱなしなのも癪なので、八幡に一つ、アドバイスを送る事にした。
「ところでお主、気付いておるかの?」
「何にだ?」
「首を刎ねられるというのは、お主が思う以上に、驚きで心臓に負担がかかるもんじゃ。
若い奴ならともかく、儂のような老人には特にな。
いや、若者でも、人によっては危険な状態になる可能性が、無い訳じゃない。
その可能性を、常に忘れてはならぬ。
特にお主は、これから、大勢の社員の人生を背負って立つ立場になるんじゃろ?
そういう人間はな、どんなに機械が完璧だろうとも、そういうリスクについて、
常に頭の片隅に、入れておかねばならぬぞ」
八幡は、その清盛の言葉を受け、目をつぶると、ぼそっと呟いた。
「折本といい、じじいといい、昨日から、忘れかけていた事を思い出させてもらってるな」
そして八幡は、その場に正座をすると、清盛に頭を下げながら言った。
「清盛さん、そのご忠告、決して忘れないように、しっかりと、心に刻み付けます」
「うむ、これからも精進するのじゃぞ、八幡よ」
この時、八幡も清盛も、始めてお互いの事を、名前で呼んだ。
明日奈は、その光景を、微笑ましそうに見ていたのだが、次の清盛の言葉で、顔色を変えた。
「ところで八幡、お主、楓と結婚して、正式に儂の孫にならんかの?」
「大叔父様、いきなり何を?」
その明日奈の底冷えする声に、清盛は気圧されつつも、何とか虚勢を張った。
「な、何じゃ明日奈よ、老い先短い老人の頼みじゃぞ、少しは考えてくれても良かろう?」
「老い先短い……大叔父様、どの口がそれを言うのですか?」
明日奈は清盛に、ニッコリとそう言った。
「ど、どう見ても儂は、死にかけの老人ではないか!」
「殺しても後二十年は死なないだろうという話なら聞いています、大叔父様」
「な、何と言われようとも、儂はそう簡単には諦めんぞ!」
「へぇ……」
それを聞いた明日奈の目が鋭くなった。一歩も引こうとはしない清盛に対し、
明日奈は、こう宣言した。
「それならば、大叔父様の流儀に従い、戦いで決着をつけましょう」
「な、何だと?明日奈よ、あの戦いを見て尚、儂に勝てるつもりか?」
明日奈はその問いには答えず、八幡の方を向いて言った。
「八幡君、準備」
「お、おう……」
「お主ら、一体何を……」
「せっかくだから、私達夫婦の恐ろしさを関係者全員に知らしめる為にも、中継しよっか」
「夫…………い、いや、そうだな」
八幡は、冷や汗をかきながらそう答えると、清盛に足払いをし、
布団に尻餅をつかせ、容赦なくその頭に、アミュスフィアをかぶせた。
「いきなり何をする!」
「強制リンク開始」
そして八幡は、アルゴに電話を掛け、こう言った。
「アルゴ、中継再開だ」
「お?いきなりどうしタ?」
「じじいがちょっと、明日奈の逆鱗に触れてな……」
「ああ……それじゃあ仕方ないナ」
そして、一族や関係者の下に、中継が再開される事が告知され、
視聴可能な者達は、今度は何が起こるのかと少し緊張しながら、
再びモニターのスイッチを入れた。中継が始まった途端、携帯への着信が無くなり、
やっと一息つく事が出来た義賢は、画面に見入っている駒央に尋ねた。
「駒央、今度は何が始まるんだ?」
「清盛さんが出現したから、多分清盛さんと誰かが戦うんだと思うんだけど、
多分明日奈さんかな」
「明日奈……章三さんの娘さんだな、見た目は大人しそうに見えるが、
あの子は本当に強いのか?」
「まあ見てれば分かるよ、父さん」
駒央はそう言うと、改めて画面に見入った。
そして明日奈が登場した瞬間、駒央は興奮のあまり、その場にぶっ倒れた。
「うおおおおお」
「ど、どうした駒央」
義賢は、またかと思いながら、駒央にそう声を掛けた。
駒央は、モニターを指差しながら、興奮さめやらぬ口調で、義賢に言った。
「と、父さん、あれはね、SAOで、最強の名を欲しいままにしたギルド、
血盟騎士団の制服なんだよ。明日奈さんはそこの副団長だったからね。
って、まさか……まさか!うおおおおおおお!」
再び駒央が、興奮して叫び出した。さすがの義賢も呆れ返り、
仕方なくといった感じで、駒央に尋ねた。
「今度は何だ?」
「あ、あの八幡さんの服装、あれは、本当に限られた人しか実際に目にした事が無い、
血盟騎士団の参謀服なんだよ。攻略組に限らず、戦ってた人達ほぼ全てが憧れていた、
伝説の制服なんだよ、父さん!」
「ほほう、伝説か」
義賢も、実はそういうのが好きらしく、その説明に食いついた。
「赤と白が合わさって、最強に見えるな駒央」
「でしょ!さすが父さん、絶対に分かってくれると思ってた!」
「うむ、注目だな」
一方八幡と明日奈は、ログインした瞬間、お互いの服装を見て、意表を突かれた。
「まさかこうくるとは、中々手回しがいいな、アルゴ」
『まあ、データは残ってるから、見た目を再現するだけなら簡単だったゾ』
アルゴはそう言うと、清盛の手元に、先ほどと同じ日本刀を出現させた。
『清じいの武器は、またそれでいいカ?』
「清じい……儂の事か?馴れ馴れしい奴じゃのお主。ああ、これで構わん」
『アーちゃんはどうすル?』
「そうだねぇ……やっぱりランベントライト?」
明日奈がそう言った瞬間、明日奈がゲームクリア時に使っていた、
リズベット作の名剣、ランベントライトが空中に出現し、明日奈の横に突き立った。
「見た目だけとはいえ、久しぶりだね」
明日奈はそう言いながら、ランベントライトを軽く振った。
「でもこれだと慣れすぎちゃってるし、愛刀を使ってる訳じゃない大叔父様とは、
ハンデが大きすぎるかなぁ……八幡君、どう思う?」
「それはあるかもしれないな、老い先短い老人らしいから、手加減してやるといい」
八幡のその言葉に、清盛は、ぐぬぬと唸ったが、
例え方便とは言え、自分で言った事なので、その言葉に反論する事は出来なかった。
「そっか、それじゃあアルゴさん、シバルリックレイピアって可能?」
『ちょっと待ってな……よし、いいぞ』
そしてそのアルゴの言葉通り、再び空中に、一本の美しい剣が出現した。
月を宝石に溶かしたようなその輝きは、見ていた者達を魅了した。
「シバルリックレイピア、来たああああああああ!」
「あれはどんな武器なんだ、駒央」
「ダークエルフの鍛治師が鍛え上げた、序盤で最強と言われた、明日奈さんの武器だよ」
「そうか、最強か。それは素晴らしいな、駒央」
「うん、これで道具は揃ったね、ここからはもう目が離せないよ、父さん」
義賢は、完全に駒央のペースに乗せられてしまっていた。
まあしかし、これも元々彼に備わっていた資質なのだろう。
伝説とまで言われた武器や防具を目にすると興奮する、やはり彼も、国友の男なのである。
「さて皆さん、とある事情で、ここにいる清盛さんと、うちの明日奈が戦う事になりました。
今回は、難しい事は何も考えず、ただ二人の楽しみをお楽しみ下さい」
こうして、八幡のアナウンスを受け、二人は構えをとった。
「よし、始め!」
その言葉と共に、明日奈は清盛へと突進した。
清盛は、八幡とは随分戦闘スタイルが違うなと思いながら、迎え撃つ体制をとった。
清盛は、最初に放たれた、明日奈の突きを、簡単に斬り払うと、
やはりこんなものかと、すぐに反撃しようとした。
その清盛の目の前に、明日奈の次の突きが迫っており、清盛は慌てて刀でそれを防いだ。
「うおっ……」
焦る清盛をよそに、明日奈は続けて何度も突きを放っていく。
上かと思えば下、かと思えばフェイント、その変幻自在にして、
目で追うのもやっとな攻撃を、清盛は意地で何とか捌き続けた。
「我が一族に、お前のような剛の者がいたとは……だが、儂とてそう簡単にやられはせん!」
そう言うと清盛は、何とか明日奈の懐に入ろうと、強引に明日奈のレイピアを、
右から左に強めに払った。その瞬間に明日奈は、流れに逆らわず、
清盛の刀の背を転がるように時計まわりに回転し、
清盛の咽喉に、レイピアの切っ先を突きつけた。
「はい、おしまい」
「ぐっ……」
清盛は目を閉じ、天を仰ぐと、悔しそうにこう言った。
「仕方ない、さっきの件は諦めたわ!まあこの明日奈とて、儂の一族には変わりがないから、
うちの一族に、お主の血が入る事は確定だしの。今日はこのくらいで勘弁しておいてやるわ」
「でも私達家族は、大叔父様や一族の人には疎まれてるんで、
私としては、このまま縁を切った方がいいんじゃないかって思うんですよ、大叔父様」
「……分かった分かった、儂の負けじゃ、完敗じゃ!」
八幡には、曖昧にしか、負けたと言わなかった清盛は、
ここで始めて、ハッキリと負けを認めた。
「これを見ている者達に告ぐ。今後、章三の家族の事を悪く言う事は、儂が許さん。
その旨、しかと皆に伝えよ。更にここにいるこの八幡が、異例ではあるが、
病院とは関係無く、結城一族の正式な後継者だという事も、ここに宣言しておく」
「えっ?それって当主を八幡君にするって事ですか?大叔父様」
「おいじじい、何を勝手な事を……」
「うるさいわ、老い先短いじじいの頼みを断るでない!
儂は今後、まだまだ何十年かは死なぬからの、
その頃にはお主は四十か五十くらいにはなってるじゃろ。
それくらいの歳までは、うちの事は気にせんでいいから、
儂が死んだ後の事くらいは引き受けよ」
「死ぬのか死なないのか、一体どっちなんだよじじい!」
「黙れ小僧、そんなのは儂の気分一つじゃ!」
二人の口喧嘩はしばらく続き、関係者は全員、二人の仲の良さを嫌という程見せ付けられ、
暫定的にではあるが、八幡が後継者である事を、認めざるをえなかった。
そしてこの時を境に、明日奈とその家族に対する嫌がらせ等は、一切無くなる事となった。
八幡に負けただけであったのなら、清盛の態度は、ここまで軟化する事は無かっただろう。
それは、あくまで八幡個人が力を示しただけであり、
章三一家が、何かの力を示した事にはならないからだ。
それを明日奈は、そこまで計算していた訳では当然無いのだが、
直接戦って力を示す事により、一人でひっくり返した。
あくまで偶然ではあるが、これが明日奈の、この旅での最大の戦果となったのである。