ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

261 / 1227
2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


第260話 未来に向けて

『おいハー坊、楽しそうなところを悪いんだが、

そろそろ眠りの森の受け入れ準備が整うみたいだから、そちらに向かってくれヨ』

 

 アルゴが八幡にそう声を掛け、その声を合図に、二人はピタリと言い合いをやめた。

 

「おいアルゴ、俺とこのじじいは、まったく仲良くはない」

「そうじゃそうじゃ、言うならば犬猿の仲じゃな」

『そう言いながら、息はピッタリじゃねーカ』

 

 アルゴは呆れた声で、そう言った。

そして二人は、明日奈と共にログアウトし、今後の方針について、相談を始めた。

 

「じじい、今聞いた通り、楓の待つ世界にダイブするのは、眠りの森からという事になる」

「まあ当然じゃの」

「食事は無しで、点滴で済ませる事になるんだよね」

「ああ、飯は楓と一緒に中でとりたいしな。その時は経子さんにも同席してもらうとしよう。

とりあえず料理に関しては、楓が、経子さんと明日奈に教えてもらう形がいいかな」

「儂、和食以外は苦手なんじゃが……」

「何が出てきても、文句を言わずに喜んで食えよ、じじい」

 

 そして三人は、眠りの森へと到着すると、知盛と経子と対面した。

 

「お父様、今日は楓の為に、本当にありがとう」

「経子……今回儂は……儂は……」

「お父様は今、ここにいる、それで十分じゃないですか」

「すまん……」

 

 そんな殊勝な清盛を見て、知盛は面白そうに言った。

 

「まさか親父のこんな姿を見る事が出来るなんてな」

「知盛、もし手術に失敗したら、儂がお前の首を刎ねるからの」

 

 知盛は、その清盛の、恫喝まがいの言葉にも一切動じず、真面目な顔で言った。

「最善は尽くすさ。それより親父こそ、頼むぜ。

一番大事なのは、本人の生きる意思なんだからな」

「分かっとるわい」

「ところで八幡君を後継者に指名するとか、随分思い切った事をしたな、親父。

兄貴はその事に、納得してるのか?」

「あやつはここに来る途中、嬉々として連絡してきよったわ。

これでやっと、色々なしがらみから解放されて、清々するとな。

あやつからおぬしに伝言じゃ、『俺はアメリカに渡って、研究に没頭するから、

こっちの事はお前に任せる、悪く思うな』だとよ」

「うわ、汚ねぇ……」

 

 知盛は、こんなはずではと頭を抱えて落ち込んだ。

そんな知盛に、八幡が、追い討ちをかけた。

 

「あ、知盛さん、もしこのくそじじいが死んだら、

俺の権限で、知盛さんを、当主代行に任命しますね。

という訳で、形式上の当主は俺でもいいんで、後の事は全部お任せします」

 

 それを聞いた明日奈は、驚いた顔で八幡に言った。

 

「八幡君、名前だけとはいえ、あの頼み、受けるつもりなんだ。すごく意外」

「いや、そりゃまあ、じじいの遺言くらいは聞いてやらないと、

毎日恨みがましい目で、このじじいに枕元に立たれたら、気持ち悪いじゃないかよ」

「だから儂はそう簡単にはくたばらんと言っておるじゃろ!」

「でも、いざとなったらそれを遺言にするつもりなんだろ?」

「う……それはまあ……」

「だったらいきなり言われるより、今のうちに手をうっておいた方が、全然ましだろ。

そうじゃないと、知盛さんが、足場を固める時間が足りなくなっちまうしな」

 

(まあ本当は、今のうちから心構えをしてもらって、

もし本当にそうなっても、俺が逃げやすくする為なんだけどな)

 

 八幡のそんな考えは露知らず、清盛は、まあ受けてくれるならと、大人しく引き下がった。

八幡は内心ニヤリとしながらも、殊勝そうな顔で、黙って頷いた。

 

「よし……行くか」

 

 八幡がそう言い、三人は、特別に設置されたベッドに寝そべり、

楓が待つ世界へとログインした。楓はまだベッドの中におり、

清盛はそれを見て、一人涙した。

 

「じじい、泣くなって」

「だからこれは汗だと」

「この世界だとな、泣くのを我慢する事は出来ないんだよ。

だからまあ、そう主張するのは構わないが、楓の前で泣かないように、

感情を上手く制御してくれよ、じじい」

「そうなのか……分かった、そこは気を付けるわい」

 

 そして三人は、楓が起きるのを待つ間、茶の間で雑談をする事にした。

 

「しかし、まさかじじいと、こうやって顔を突き合わせて話をする事になるとはな」

「まあそういう縁だったという事じゃろ。とりあえず、SAOの話でもしてくれい」

「何だよじじい、興味があるのか?」

「まあなんだかんだ、それなりに心配はしておったからの」

 

 そう言いながら、清盛はチラリと明日奈の顔を見た。

明日奈はその視線を受け、ニコリと笑った。

 

「大叔父様は、素直じゃないだけなんですよね」

「うむ……そう言われると、反発したくもなるのじゃが、さすがに今回は、儂も反省した。

自分にとって大切な物が何かを、見誤ってはいかんの。

楓と一緒に遊ぶ事が出来て、それを痛感したわ」

「まあ仕方ないだろ、じじいに力ずくで言う事を聞かせられる奴なんか、

一族どころか関係者の中にも、誰もいなかっただろうからな」

「始めてそれを成し遂げたのが、皮肉にも、何の力も無いただの成り上がりだと思っていた、

章三の関係者だとは、皮肉なもんじゃがの」

 

 清盛はそう言いながらため息をついた後、八幡の方を見ながらこう言った。

 

「まあ、あ奴の一番の功績は、お主を我が一族に迎え入れる事に成功した事じゃな」

「俺の事を買いかぶりすぎだぞ、じじい。

そもそも功績って言うなら、それは全て、明日奈の功績だろ」

「確かにな。で、二人は一体どんな出会い方をして、どんな戦いを繰り広げてきたのかの?」

「そうだな、じじいには色々話しておかないといけないか、何せ、現当主様だからな」

「何か、他の者には話せない事もありそうな言い方じゃの」

「まあ、いくつかはな」

「あ、私、お茶の用意をしてくるね」

 

 明日奈はそう言って、席を立った。

 

「よく気が付くいい娘じゃの、それによく笑う」

「今までそれに気が付かなかったあんたの方に、俺は驚いているんだが」

「まあ……儂の目が曇っていたと言われれば、それはそうなんじゃが、

儂の前に立つ時のあの一家は、常に卑屈さを感じさせる、

儂にしてみれば、癇にさわる一家じゃったからの。

考えてみれば、それは伝統と格式を重んじ過ぎる、我が一族の方に問題があったのじゃろう」

「なるほどな」

「だからこれからは、無駄な慣習は排除し、色々な可能性を排除しない、

風通しの良い一族の姿を模索するつもりじゃ」

「本当に頼むぜじじい」

「ああ、儂が死ぬまでに、何とか成し遂げてみせるわ」

 

 八幡は、頑固じじいのくせに、一度反省すると、すごく柔軟になるんだなと、

清盛の事を、改めて見直した。その上で八幡は、清盛に、一つの要望を出した。

 

「なあじじい、一族の若手がな、眠りの森に視察に来て、

患者の子達にあまり良くない態度で接する事が、かなりあるみたいなんだよ。

なので、改革するにしても、締めるところはキッチリと締めてくれよな」

「ふむ」

「もしかしたら楓のあの考え方も、そういった奴らに影響を受けた可能性もあると、

俺は睨んでいる。例えば偶然そんな事を、立ち話で言っていたのを、楓が聞いてたとかな」

「何か思い当たるフシがあるのか?」

「いやな、他の患者とも、偶然話す機会があったんだがな、

その姉妹も、楓と同じように、自分達が死ぬ事を、さも当然のように言っていたんだよ。

だが、俺が経子さんや、スタッフの皆から感じたのは、

何としても患者を救いたいっていう、熱意だけでな、

そんなズレが生じる理由が、俺には他に思い当たらなくてな」

 

 清盛はそれを聞き、少し考え込むようなそぶりを見せたが、

やがて考えが纏まったのか、こう言った。

 

「なるほど……確かに筋は通っておるな、すぐに調査させよう。

そしてその結果次第では、儂がじきじきに、そやつらを矯正もしくは粛清しよう」

「まあお手柔らかにな。それとじじい、これは事後承諾になっちまってすまないんだが、

この眠りの森な、東京に持っていくぞ」

「何じゃと?」

「理由は二つ、東京に、メディキュボイドを試験運用する為の施設がもうすぐ完成する事、

そしてもう一つは、一族の馬鹿どもの心無い態度から、患者達を守る事だ」

「そうか、儂が態度を変えなかった時の為に、既に手は打ってあったんじゃな」

「まあ、一族の引き締めは、さっき言ってた通りで頼むぜ。

いずれ関西にも、同じような施設を作る事になるかもしれないからな」

「分かった、このじじいに任せておけい」

 

 そして丁度そのタイミングで、明日奈がお茶を持って戻ってきた。

清盛は、そのお茶を一口すすると、驚いた顔で明日奈に尋ねた。

 

「美味い……このお茶は、一体どうやって……」

「私は用意されていたお茶の葉を使っただけだから、

多分経子さん辺りのアドバイスで、そういう味の設定にしたんだと思います、大叔父様」

「そうか……これは経子の仕業じゃったか……懐かしい味じゃな」

 

 清盛は、感慨深げにそう呟くと、二人に向かって言った。

 

「それじゃあ、一息ついたところで、二人の話を聞かせてもらおうかの」

「おう」

 

 そして清盛は、八幡と明日奈の話を、時には頷き、時には驚きながら、

しかし楽しそうに聞いていた。

そんな清盛も、さすがにラフコフの話になると、表情を引き締めた。

 

「そんな奴らがおったのか……」

「ああ、そういった訳で、俺は確かにこの手で、人を殺したんだ」

「お主の肝の据わり方は、そういった背景もあったのじゃな」

「私は結果的に、人を殺す事無く終わったけど、でも、彼の背負った物は、

私が一生を掛けて、一緒に背負います」

「そうか……さすがは我が一族の娘じゃ。それにしても、

そんなお主の本質に気が付かないとは、儂の目は、本当に節穴だったんじゃのう」

「それは、私達の態度にも問題があったと思うので、どうか気に病まないで下さいね」

「そうは言われてもの……」

「その分は、これから取り返せばいいだろ、じじい」

「そうじゃな、何か困ったら、いつでも頼ってくれていいからの」

「はい、大叔父様」

 

 明日奈は嬉しそうに、そう微笑んだ。

そして話はついに、最後の戦いの場面へと差し掛かった。

 

「何と……では、最大の味方が最大の敵じゃったのか」

「ああ、この事は誰にも話すなよ、じじい。国からも秘密って言われてるからな」

「しかし、その敵の技術のおかげで、今こうして儂達が、

楓を救えるかもしれないところまで漕ぎ着けられたのかと思うと、複雑な気分になるのう」

「だから俺はあの人を、どうしても憎めないんだよ。

こうして明日奈に会えたのも、ある意味あの人のおかげだからな」

「確かにのう……しかし今日は、いい話を聞かせてもらった。

これで死んだ後、あの世で婆さんにしてやれる、土産話が出来たわい」

 

 八幡は、清盛に何か言おうとしたが、その瞬間に、楓が目覚めた事を示す音が鳴った。

 

「どうやら楓が目を覚ましたようだな、行くぞ、じじい」

「うむ、最後に一つ、お主に伝えておく事がある。

うちの婆さんも、実は楓と同じ病気で亡くなっとるんじゃよ。

だからこれは、うちの婆さんの弔い合戦でもあるんじゃ」

「そうだったのか……」

 

 八幡はその事実に、目を伏せながらそう言った。

そして八幡は、顔を上げ、清盛の目を真っ直ぐ見ながらこう言った。

 

「それじゃあじじい、婆さんに褒めてもらえるように、絶対に楓を助けないとな」

「そうじゃな、この勝負、絶対に勝つぞ、小僧」

 

 清盛は、その八幡の言葉に、力強く頷いたのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。