『おいハー坊、楽しそうなところを悪いんだが、
そろそろ眠りの森の受け入れ準備が整うみたいだから、そちらに向かってくれヨ』
アルゴが八幡にそう声を掛け、その声を合図に、二人はピタリと言い合いをやめた。
「おいアルゴ、俺とこのじじいは、まったく仲良くはない」
「そうじゃそうじゃ、言うならば犬猿の仲じゃな」
『そう言いながら、息はピッタリじゃねーカ』
アルゴは呆れた声で、そう言った。
そして二人は、明日奈と共にログアウトし、今後の方針について、相談を始めた。
「じじい、今聞いた通り、楓の待つ世界にダイブするのは、眠りの森からという事になる」
「まあ当然じゃの」
「食事は無しで、点滴で済ませる事になるんだよね」
「ああ、飯は楓と一緒に中でとりたいしな。その時は経子さんにも同席してもらうとしよう。
とりあえず料理に関しては、楓が、経子さんと明日奈に教えてもらう形がいいかな」
「儂、和食以外は苦手なんじゃが……」
「何が出てきても、文句を言わずに喜んで食えよ、じじい」
そして三人は、眠りの森へと到着すると、知盛と経子と対面した。
「お父様、今日は楓の為に、本当にありがとう」
「経子……今回儂は……儂は……」
「お父様は今、ここにいる、それで十分じゃないですか」
「すまん……」
そんな殊勝な清盛を見て、知盛は面白そうに言った。
「まさか親父のこんな姿を見る事が出来るなんてな」
「知盛、もし手術に失敗したら、儂がお前の首を刎ねるからの」
知盛は、その清盛の、恫喝まがいの言葉にも一切動じず、真面目な顔で言った。
「最善は尽くすさ。それより親父こそ、頼むぜ。
一番大事なのは、本人の生きる意思なんだからな」
「分かっとるわい」
「ところで八幡君を後継者に指名するとか、随分思い切った事をしたな、親父。
兄貴はその事に、納得してるのか?」
「あやつはここに来る途中、嬉々として連絡してきよったわ。
これでやっと、色々なしがらみから解放されて、清々するとな。
あやつからおぬしに伝言じゃ、『俺はアメリカに渡って、研究に没頭するから、
こっちの事はお前に任せる、悪く思うな』だとよ」
「うわ、汚ねぇ……」
知盛は、こんなはずではと頭を抱えて落ち込んだ。
そんな知盛に、八幡が、追い討ちをかけた。
「あ、知盛さん、もしこのくそじじいが死んだら、
俺の権限で、知盛さんを、当主代行に任命しますね。
という訳で、形式上の当主は俺でもいいんで、後の事は全部お任せします」
それを聞いた明日奈は、驚いた顔で八幡に言った。
「八幡君、名前だけとはいえ、あの頼み、受けるつもりなんだ。すごく意外」
「いや、そりゃまあ、じじいの遺言くらいは聞いてやらないと、
毎日恨みがましい目で、このじじいに枕元に立たれたら、気持ち悪いじゃないかよ」
「だから儂はそう簡単にはくたばらんと言っておるじゃろ!」
「でも、いざとなったらそれを遺言にするつもりなんだろ?」
「う……それはまあ……」
「だったらいきなり言われるより、今のうちに手をうっておいた方が、全然ましだろ。
そうじゃないと、知盛さんが、足場を固める時間が足りなくなっちまうしな」
(まあ本当は、今のうちから心構えをしてもらって、
もし本当にそうなっても、俺が逃げやすくする為なんだけどな)
八幡のそんな考えは露知らず、清盛は、まあ受けてくれるならと、大人しく引き下がった。
八幡は内心ニヤリとしながらも、殊勝そうな顔で、黙って頷いた。
「よし……行くか」
八幡がそう言い、三人は、特別に設置されたベッドに寝そべり、
楓が待つ世界へとログインした。楓はまだベッドの中におり、
清盛はそれを見て、一人涙した。
「じじい、泣くなって」
「だからこれは汗だと」
「この世界だとな、泣くのを我慢する事は出来ないんだよ。
だからまあ、そう主張するのは構わないが、楓の前で泣かないように、
感情を上手く制御してくれよ、じじい」
「そうなのか……分かった、そこは気を付けるわい」
そして三人は、楓が起きるのを待つ間、茶の間で雑談をする事にした。
「しかし、まさかじじいと、こうやって顔を突き合わせて話をする事になるとはな」
「まあそういう縁だったという事じゃろ。とりあえず、SAOの話でもしてくれい」
「何だよじじい、興味があるのか?」
「まあなんだかんだ、それなりに心配はしておったからの」
そう言いながら、清盛はチラリと明日奈の顔を見た。
明日奈はその視線を受け、ニコリと笑った。
「大叔父様は、素直じゃないだけなんですよね」
「うむ……そう言われると、反発したくもなるのじゃが、さすがに今回は、儂も反省した。
自分にとって大切な物が何かを、見誤ってはいかんの。
楓と一緒に遊ぶ事が出来て、それを痛感したわ」
「まあ仕方ないだろ、じじいに力ずくで言う事を聞かせられる奴なんか、
一族どころか関係者の中にも、誰もいなかっただろうからな」
「始めてそれを成し遂げたのが、皮肉にも、何の力も無いただの成り上がりだと思っていた、
章三の関係者だとは、皮肉なもんじゃがの」
清盛はそう言いながらため息をついた後、八幡の方を見ながらこう言った。
「まあ、あ奴の一番の功績は、お主を我が一族に迎え入れる事に成功した事じゃな」
「俺の事を買いかぶりすぎだぞ、じじい。
そもそも功績って言うなら、それは全て、明日奈の功績だろ」
「確かにな。で、二人は一体どんな出会い方をして、どんな戦いを繰り広げてきたのかの?」
「そうだな、じじいには色々話しておかないといけないか、何せ、現当主様だからな」
「何か、他の者には話せない事もありそうな言い方じゃの」
「まあ、いくつかはな」
「あ、私、お茶の用意をしてくるね」
明日奈はそう言って、席を立った。
「よく気が付くいい娘じゃの、それによく笑う」
「今までそれに気が付かなかったあんたの方に、俺は驚いているんだが」
「まあ……儂の目が曇っていたと言われれば、それはそうなんじゃが、
儂の前に立つ時のあの一家は、常に卑屈さを感じさせる、
儂にしてみれば、癇にさわる一家じゃったからの。
考えてみれば、それは伝統と格式を重んじ過ぎる、我が一族の方に問題があったのじゃろう」
「なるほどな」
「だからこれからは、無駄な慣習は排除し、色々な可能性を排除しない、
風通しの良い一族の姿を模索するつもりじゃ」
「本当に頼むぜじじい」
「ああ、儂が死ぬまでに、何とか成し遂げてみせるわ」
八幡は、頑固じじいのくせに、一度反省すると、すごく柔軟になるんだなと、
清盛の事を、改めて見直した。その上で八幡は、清盛に、一つの要望を出した。
「なあじじい、一族の若手がな、眠りの森に視察に来て、
患者の子達にあまり良くない態度で接する事が、かなりあるみたいなんだよ。
なので、改革するにしても、締めるところはキッチリと締めてくれよな」
「ふむ」
「もしかしたら楓のあの考え方も、そういった奴らに影響を受けた可能性もあると、
俺は睨んでいる。例えば偶然そんな事を、立ち話で言っていたのを、楓が聞いてたとかな」
「何か思い当たるフシがあるのか?」
「いやな、他の患者とも、偶然話す機会があったんだがな、
その姉妹も、楓と同じように、自分達が死ぬ事を、さも当然のように言っていたんだよ。
だが、俺が経子さんや、スタッフの皆から感じたのは、
何としても患者を救いたいっていう、熱意だけでな、
そんなズレが生じる理由が、俺には他に思い当たらなくてな」
清盛はそれを聞き、少し考え込むようなそぶりを見せたが、
やがて考えが纏まったのか、こう言った。
「なるほど……確かに筋は通っておるな、すぐに調査させよう。
そしてその結果次第では、儂がじきじきに、そやつらを矯正もしくは粛清しよう」
「まあお手柔らかにな。それとじじい、これは事後承諾になっちまってすまないんだが、
この眠りの森な、東京に持っていくぞ」
「何じゃと?」
「理由は二つ、東京に、メディキュボイドを試験運用する為の施設がもうすぐ完成する事、
そしてもう一つは、一族の馬鹿どもの心無い態度から、患者達を守る事だ」
「そうか、儂が態度を変えなかった時の為に、既に手は打ってあったんじゃな」
「まあ、一族の引き締めは、さっき言ってた通りで頼むぜ。
いずれ関西にも、同じような施設を作る事になるかもしれないからな」
「分かった、このじじいに任せておけい」
そして丁度そのタイミングで、明日奈がお茶を持って戻ってきた。
清盛は、そのお茶を一口すすると、驚いた顔で明日奈に尋ねた。
「美味い……このお茶は、一体どうやって……」
「私は用意されていたお茶の葉を使っただけだから、
多分経子さん辺りのアドバイスで、そういう味の設定にしたんだと思います、大叔父様」
「そうか……これは経子の仕業じゃったか……懐かしい味じゃな」
清盛は、感慨深げにそう呟くと、二人に向かって言った。
「それじゃあ、一息ついたところで、二人の話を聞かせてもらおうかの」
「おう」
そして清盛は、八幡と明日奈の話を、時には頷き、時には驚きながら、
しかし楽しそうに聞いていた。
そんな清盛も、さすがにラフコフの話になると、表情を引き締めた。
「そんな奴らがおったのか……」
「ああ、そういった訳で、俺は確かにこの手で、人を殺したんだ」
「お主の肝の据わり方は、そういった背景もあったのじゃな」
「私は結果的に、人を殺す事無く終わったけど、でも、彼の背負った物は、
私が一生を掛けて、一緒に背負います」
「そうか……さすがは我が一族の娘じゃ。それにしても、
そんなお主の本質に気が付かないとは、儂の目は、本当に節穴だったんじゃのう」
「それは、私達の態度にも問題があったと思うので、どうか気に病まないで下さいね」
「そうは言われてもの……」
「その分は、これから取り返せばいいだろ、じじい」
「そうじゃな、何か困ったら、いつでも頼ってくれていいからの」
「はい、大叔父様」
明日奈は嬉しそうに、そう微笑んだ。
そして話はついに、最後の戦いの場面へと差し掛かった。
「何と……では、最大の味方が最大の敵じゃったのか」
「ああ、この事は誰にも話すなよ、じじい。国からも秘密って言われてるからな」
「しかし、その敵の技術のおかげで、今こうして儂達が、
楓を救えるかもしれないところまで漕ぎ着けられたのかと思うと、複雑な気分になるのう」
「だから俺はあの人を、どうしても憎めないんだよ。
こうして明日奈に会えたのも、ある意味あの人のおかげだからな」
「確かにのう……しかし今日は、いい話を聞かせてもらった。
これで死んだ後、あの世で婆さんにしてやれる、土産話が出来たわい」
八幡は、清盛に何か言おうとしたが、その瞬間に、楓が目覚めた事を示す音が鳴った。
「どうやら楓が目を覚ましたようだな、行くぞ、じじい」
「うむ、最後に一つ、お主に伝えておく事がある。
うちの婆さんも、実は楓と同じ病気で亡くなっとるんじゃよ。
だからこれは、うちの婆さんの弔い合戦でもあるんじゃ」
「そうだったのか……」
八幡はその事実に、目を伏せながらそう言った。
そして八幡は、顔を上げ、清盛の目を真っ直ぐ見ながらこう言った。
「それじゃあじじい、婆さんに褒めてもらえるように、絶対に楓を助けないとな」
「そうじゃな、この勝負、絶対に勝つぞ、小僧」
清盛は、その八幡の言葉に、力強く頷いたのだった。