ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


第262話 いつかその場所で

「あれ……ここってもしかして、眠りの森……?

そっか、私、またここに戻る事になっちゃったんだ……」

 

 楓は、自宅で寝ていたと思い込んでいた為、そう勘違いし、

少し落ち込んだように、そう呟いた。

 

「せっかく生きようって決めたのに、あれは夢だったのかな……」

 

 楓はそう考え、泣きそうになったのだが、気丈にも、必死で涙を堪えた。

 

「でも、楓も一緒に戦うって決めたんだから、泣いてなんかいられないよね、うん」

 

 楓が決意も新たにそう言った瞬間、部屋の扉が開き、

清盛が、息を切らせながら中に入ってきた。

 

「楓!」

「お爺ちゃん!」

 

 清盛は、入ってくるなり楓を抱きしめ、おいおいと泣き出した。

楓は驚きながら、清盛に尋ねた。

 

「お爺ちゃん、どうして泣いてるの?

楓、夢の中で約束した通り、ちゃんと病気と戦うから、だから泣かないで?」

「違うんじゃ、違うんじゃよ楓、楓はもう、立派に病気と戦って、

そしてついに、その病気に勝ったんじゃよ」

「え……?」

 

 楓は最初、何を言われたのか分からず、首を傾げていたが、

やがて清盛の言葉の意味を理解すると、目を大きく見開き、

その目から、大粒の涙を流し始めた。そして自分の状態に気が付いた楓は、

慌てて清盛に、こう言った。

 

「あ、あれ?お爺ちゃんごめんなさい、楓、もう泣かないって決めたのに、

なのに、どうしてだろう、全然涙が止まらないよ……」

「いいんじゃ楓、それは嬉しい時に流れる涙じゃからの。

そういう時は、いくらでも泣いていいんじゃよ。

だから楓も、今まで悲しかった分、ここで思いっきり泣くといい」

「お爺ちゃん!」

 

 そして楓は、清盛の腕の中で、わんわんと泣き始めた。

状況は一緒だが、それは先日、同じように清盛の腕の中で、

死にたくないと叫びながら泣いた時の涙とは正反対の、喜びに満ちた涙であった。

そしてその光景を、経子と知盛が、微笑みながら見守っていた。

一方八幡と明日奈は、最初は家族だけでという事で遠慮し、ロビーで待っていた。

二人は特に何か会話をしている訳では無かったが、その表情は、満足げであった。

そして清盛が二人を呼びに来た。どうやら楓が二人を呼んでいるらしい。

そしてすれ違いざまに清盛は、八幡にこう言った。

 

「例の、楓に余計な事を吹き込んだ奴らの目星がついたぞい」

「そうか、どうするつもりなんだ?じじい」

「この世には、死ぬよりもつらい場所があるという事を、教えてやるわい」

「何をするつもりだよ、じじい……」

「なぁに、ちょっと一年ほど、結城塾に強制入塾してもらうだけじゃよ」

「は?何だそれ?」

 

 八幡は、その聞き慣れない言葉にきょとんとした。

そんな八幡に、明日奈がそっと耳打ちした。

 

「えっと、そういう色々な問題を抱えた人達を、矯正する為の施設みたいだよ。

噂でしか聞いた事が無いんだけど、その塾に入った人は、

どんな悪い人でも、一年後には、借りてきた猫みたいに大人しくなるんだって」

「そんなものまで経営してんのかよ……」

「まあ正直儂は、自らの手で制裁を加えたいと思っていたんじゃがの、

あそこのしごきは死ぬよりもつらいはずじゃから、まあこの辺りが落とし所じゃろ」

「まあ、正直俺も、そいつらに会ったら殺意を抑える自信が無かったから、

じじいがそこまで言うなら、任せるわ」

「ああ、任せておけい。さあ二人とも、楓が待っておるから、早く行ってやるといい」

「後で今後の相談をしに、じじいの家に行くからな」

「おう、待っておるぞ」

 

 そして二人は、楓の病室へと向かい、そこでニコニコ笑顔の楓に迎えられる事となった。

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃん!」

「楓!」

「楓ちゃん!」

 

 明日奈は楓の手を握って共に喜び、八幡は、楓の頭を優しくなでた。

 

「私、お兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒に、ちゃんと戦えたのかな?」

「ああ、楓がいてくれたから、とても心強かったぞ」

「楓ちゃんは本当に強かったよ。よくやったね、えらいね」

「そっか、やったね、お兄ちゃんお姉ちゃん!」

「やったな、楓!」

「やったね、楓ちゃん!」

 

 そして楓は、色々と検査があるようで、知盛に連れられていった。

八幡はそれを見送ると、少し困った顔で、経子に言った。

 

「経子さん、例の眠りの森の、東京移転の話なんですけど、

このままだと楓を、じじいから引き離す事になっちゃいますよね?

出来ればそれはちょっと避けたいですよね。さてどうしたもんか……」

「あら、それなら大丈夫よ、お父さん、もう公の場から完全に引退して、

東京で楓と一緒に余生を過ごす事にしたみたいよ」

「ええっ?」

「まじっすか……」

 

 その言葉を聞いた八幡は、さすがに驚きを隠せなかった。

 

「あのじじい、行動力だけはありやがるな……」

「まあ、たまに顔を出してあげればいいんじゃない?」

「元々言い出したのは俺だし、それくらいは仕方ないか……」

「ふふっ、ごめんなさいね、日本刀はちゃんと取り上げておくわね」

 

 そして八幡は、経子と今後の事について話す為、もう少しここに残る事にした。

一方明日奈は、もうすぐ東京に帰る事になるので、陽乃と一緒に、

仲間達用のおみやげを確保する為のショッピングに向かう事となった。

 

「明日奈、そっちの方は任せたぞ、男連中への土産は、適当な食い物でいいからな」

「うん、任せといて!」

「あ、それから、詩乃の分はもう買ってあるから、気にしなくていいからな」

「え、そうなんだ……八幡君、シノのんにだけ甘くない?」

「いやな、俺自身が選べって、この前念を押されちまったから、仕方なくな……」

「むぅ、やっぱりシノのんが、一番侮れない……それじゃ行ってくるね!」

「宜しく頼む」

 

 そして八幡は、経子から、移動する予定の患者達のデータを受け取り、

いくつかの注意点を聞き、それをしっかりメモした。

向こうに行ってしばらくは、三人の住む所の面倒を見る事や、

専門的なスタッフの確保の事等、確認すべき事をしっかりと確認した八幡は、

ふと何となく、どこかから見られている気がして、きょろきょろと辺りを見回した。

 

「あら、八幡君、どうかしたの?」

「いや、どこかから見られてる気がしたんで……」

「ああ、それならあれじゃないかしら」

 

 経子はそう言って、窓の外を指差した。

その指先には一つの窓があり、そこに見覚えのある顔が二つ並んでいた。

 

「あいつらか……」

「ふふっ、随分あの二人に懐かれたみたいね」

「そうなんですかね、まあ、嫌われるよりはいいですけどね」

「八幡君、あの二人の事なんだけどね」

「あ、はい」

「今は元気そうに見えるかもしれないけど、実は病状が、あまり思わしくないのよね。

まあそれは、他の子も一緒なんだけど」

「そう……ですか」

 

 八幡は、自分に出来る事があったら何でもしようと思いながら、

その言葉を、辛い気持ちで聞いていた。

 

「そこでね、東京に移転して、準備が出来次第、

ここの患者全員を、メディキュボイドに、常時接続状態にしたいと思うのよ」

「常時……ですか」

「それで確実に、皆の病気の進行を、一定程度抑える事が可能なの」

「なるほど……」

「なので、仮想現実の中で普通に生活出来るような、そんな場を作れないかなって思って」

「分かりました、ちょっと相談してみますね」

「ごめんなさいね、何でもかんでも頼ってしまって……」

 

 経子はとてもすまなそうに、八幡にそう言った。

八幡は首を振ると、力強い口調でこう言った。

 

「メディキュボイドがこちらの手の中にある以上、言い方は悪いですが、

そんな先行投資は、すぐに取り返せますし、いつか日本中の病院に、

メディキュボイドが設置されるようになった時の為にも、

そういった環境の整備は絶対に必要になる事なんで、気にしないで下さい」

 

 その八幡の言葉を聞いた経子は、微笑みながら言った。

 

「ふふっ、さすが次期当主様は頼りになるわね」

「からかわないで下さいよ、経子さん。

俺としては、知盛さんに押し付ける気満々なんですから」

「あなたに会ってから、何というか、急に目の前が開けた感じがするの。

未来に希望が見えてきたというか、そんな感じね。

八幡君、楓の事、本当にありがとう。この恩は、いつか必ず返すわ」

「恩だなんて、そんな事気にしないで下さいよ。もうすぐ親戚になる訳ですし」

「そういえばそうだったわね、結婚式には、呼んで頂戴ね」

「じじい以外は必ず」

「そんな事したら、お父さん、絶対に式に乱入するわよ」

 

 その八幡の言葉に、経子は楽しそうに笑った。そして八幡は、予定通り、

清盛の下へと向かう事にしたのだが、そんな八幡に、経子は言った。

 

「帰る前に、あの二人の所に顔を出さないと、多分あの二人、すごく拗ねるわよ」

「そういえばそうでした。あ、経子さん、その前に、ちょっとあの二人の病気について、

詳しく教えてもらってもいいですか?」

「ええ、もちろん構わないわよ。あの二人の病気はね……」

 

 そして八幡は、二人の病気について、詳しく聞いた後、二人の病室へと向かった。

 

「よお、待たせたか?」

「遅いわよ、八幡」

「もう、待ちくたびれたよ」

「す、すまん……」

 

 八幡は、いきなりそう言われ、素直に謝ったのだが、そんな八幡に、二人は微笑んだ。

 

「ふふっ、冗談よ」

「冗談だってば、八幡。ところで八幡、楓ちゃんの病気を治したって、本当?」

「ああ、本当だ。まあ、俺が治した訳じゃないんだけどな」

「うわぁ、やっぱり八幡は凄いなぁ」

「やっぱりメディキュボイドの力なのかしら」

「いや、まあ、確かにあれもその一つではあるんだが、まあ、色々だ」

「そっか、とにかく良かった良かった!」

「ええ、本当に良かったわね」

 

 二人は笑顔でそう言った。そんな二人に八幡は、真面目な顔で言った。

 

「二人とも、最近具合はどうなんだ?あまり良くないと聞いたが」

「う~ん、確かにちょっと体が重いかもね」

「そうね、確かにあまり良くはないわね」

「そうか……出来るだけ早く、メディキュボイドが使えるように、手配を急がせるから、

もう少しだけ我慢してくれよな。その上で、ちょっと言いにくいんだが……」

 

 そんな煮え切らない八幡を見て、二人は顔を見合わせた。

 

「どうかしたの?」

「気にせず何でも言っていいわよ?今更何を言われても、別に驚かないわ」

「いやな、東京に行ったら、二人の病気の進行を抑える為に、

多分メディキュボイドに、常時接続してもらう事になると思うんだよ。

まあ、快適に過ごせるように、拠点はちゃんと整備するつもりだが、

今のうちに、心構えだけしてもらえればと思ってな」

 

 二人はその言葉を聞いて、再び顔を見合わせた。

 

「なるほど、治療に集中する為には、その方がいいという事なのね」

「俺には詳しい事は分からないが、多分そういう事なんだと思う」

 

 そしてユウが、興味深げに八幡に尋ねてきた。

 

「ねぇ八幡、メディキュボイドの中って、どんな感じ?」

「それって、仮想現実の中の事か?」

「そうそう、それ!」

「ん~そうだな……まあ現実と、ほとんど変わらないかもな。

一部については、現実よりも便利だしな……」

「それって、長期間入りっぱなしでも、平気なものなの?」

 

 八幡は、そう問われ、二人を安心させる為に、あえて自分の素性の一部を晒す事にした。

 

「まあ、俺も二年以上中に入りっぱなしだったけど、平気だったな」

「二年以上?」

「もしかして八幡って、SAOサバイバーなの?」

「ああ、だから経験に基づいた意見だから、信用してくれていい」

「そうだったんだ……それじゃあ八幡が強いのも頷けるわね」

 

 二人はその八幡の言葉を、自然に受け入れたようだった。

以前、サトライザーとの戦いの映像を見た事があったのも、その一因であっただろう。

そしてユウは、アイに、こんな事を言った。

 

「そっかぁ……ねぇアイ、それじゃあボク達も、仲間と一緒に色々なゲームをしてみる?」

「そうね、それも楽しいかもしれないわね」

「いいんじゃないか?お勉強用のソフトなんかやっても、楽しくも何ともないだろうしな」

「それはある意味拷問よね……」

「まあ、たまにならいいけどね、ごくごくたまにはね!」

「で、八幡は、一体何のゲームをしているの?」

「俺は……」

 

 八幡は、ラフコフ絡みの事もある為、少し迷ったが、結局正直に話す事にした。

 

「主にALOとGGOっていう、二つのゲームをやってるな。

まあメインはALOなんだけどな」

「そうなのね、それじゃあユウ、その二つのゲームは最後に回しましょう」

「ええっ?ボク、八幡と一緒に遊びたいんだけど」

「あくまでも、そのALOってゲームだけの話よ。

色々なゲームをやってみて、八幡と一緒に戦えるくらい強くなったと思えたら、

その時に、ALOの中にいる、八幡に会いに行きましょう」

「そっか、うん、そうだね!」

「そうか、それじゃあALOで待ってるからな」

「ええ、楽しみにしていて頂戴。

あ、でも、たまには、仮想現実での私達の拠点に遊びに来なさいよね、ユウが寂しがるから」

「それはアイでしょ!」

「わ、私は別に……」

 

 もじもじしながらそう言うアイを見て、八幡は、肩を竦めた。

 

「へいへい、仰せの通りに」

「何よその言い方は、レディーに対する教育がなってないわよ」

「まあまあアイ、それじゃあ色々調べないとだね」

 

 そして八幡は、清盛の所に向かう為、そろそろ二人の病室から去る事にした。

 

「次に会うのは、多分東京でという事になりそうだ」

「八幡、もう東京に帰っちゃうんだ」

「まあ、正確には千葉なんだけどな」

「う~、向こうに行ったら、ちゃんとボク達に会いにきてよね!」

「ああ、約束だ」

「それじゃあ約束の印ね」

 

 そう言ってアイは、八幡の頬に軽くキスをした。

それを見たユウは、負けじと八幡の逆の頬に、軽くキスをした。

 

「ふふっ、これで約束は絶対になったわね」

「うん!」

「べ、別に俺は、約束を破ったりはしないぞ」

 

 八幡は、いきなりのその行為に焦りながらも、何とかそう言った。

そして部屋を出ていこうとする八幡に、二人はこう言った。

 

「もう一つの約束も、絶対に守るわよ」

「何があっても、ボク達、病気の事、絶対に諦めないからね」

 

 八幡はその言葉を聞くと、二人の下へと引き返し、二人の頭を抱えながら言った。

 

「ああ、約束通り、俺も最善を尽くす。絶対に絶対だ」

「うん、絶対ね」

「ええ、絶対よ」

 

 そして八幡は、二人に見送られながら病室を去り、今度こそ清盛の下へと向かった。


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