ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


第263話 さらば京都よ

「おう、じじい、待たせたな」

「まあお主にも、色々とやる事があるんじゃろうて、気にするんじゃないわい」

「最初の時と比べると、全然態度が違うのな……」

 

 八幡は、少し呆れながらそう言った。

 

「いきなり儂を殺そうとした癖に、何を言う!」

「ちょっと殺気を飛ばしただけだろうが、あれはどこからどう見ても、俺の正当防衛だ」

「ぐぬぬ、確かに事情を知らない者から見ると、そう見えたかもしれんの」

 

 そう言いながら清盛は、八幡に、ポンとメモのような物を放ってきた。

 

「何だこれは?」

「結城塾のカリキュラムじゃよ、興味があるじゃろ?」

「ほほう?」

 

 そして八幡は、そのメモの内容を確認すると、呆れた顔で言った。

 

「おいじじい、これ、本気か?」

「本気も何も、実際に行われている内容を、そのまま書いただけじゃぞ」

「東海道五十三次徒歩の旅……?」

「それは卒業旅行じゃな」

「食事は基本自給自足?」

「毎日の滝行も欠かせんじゃろ?」

「確かにこれを一年もやるとか、きついなんてもんじゃないな」

「毎日へとへとにさせると、人はおかしな事は考えなくなるもんなんじゃよ」

「まあ、この内容なら罰としては文句は無いな」

 

 八幡は、自業自得だと思い、そう切って捨てた。

 

「さて、それでは未来の話を始めようかの」

「未来ねぇ……こっちとしては、倉エージェンシーとの提携を進めさせてもらえれば、

それだけで良かったんだが、色々と大事になっちまったもんだな……」

「うむ、お主のせいじゃな」

「どう考えてもじじい、お前のせいだろうが!」

「ほっほ、最近物覚えが悪くなってのう」

 

 八幡は、そんな清盛を憎々しげに見つめると、ぼそっと呟いた。

 

「よし、じじいの家だけ、楓達と別にするからな」

「ま、待て、人質ならぬ、家質をとるとは卑怯だぞ、お主それでも結城の男か!」

「俺は結城の男じゃねえよ」

「ぐぬぬ……」

 

 清盛は、しばらく葛藤していたが、やがて諦めたように、

頭を下げながら、八幡に言った。

 

「儂が狭量じゃった、勘弁せい」

 

 その瞬間に、ガラッと襖が開き、見知らぬ男が部屋に入ってきた。

八幡は、誰かが近付いてきている事には気付いていたが、

一声掛けてくるだろうと予想していた為、少し面食らった。

その人物は、頭を下げる清盛の姿を見て、呆然と言った。

 

「と、父さんが人に頭を下げてる所を始めて見た……」

「何じゃ宗盛か、声くらい掛けんかい」

「ごめん、静かだったから、まさか誰かいるなんて思わなくてさ」

「ふん」

 

 八幡は、清盛の長男である宗盛に会うのはこれが初めてだったので、

そちらに向き直り、丁寧な挨拶をした。

 

「こちらから挨拶にも行かず、本当にすみません、比企谷八幡です」

「結城宗盛です、初めまして、期待の次期当主君」

 

 八幡は、宗盛の言葉からは、嫌味も何も感じられず、

むしろその言葉の端々に、嬉しさが滲んでいるように感じられた為、

やっぱり当主なんて、名目上だけでも引き受けるんじゃなかったかと、少し後悔した。

 

「宗盛よ、すぐにアメリカに旅立つのか?」

「ええ、僕なんかよりも、よっぽど頼りになる後継者も見つかった事ですし、

理事長も、知盛が上手くやってくれるでしょう。

僕は僕で、これからは製薬会社とも連携して、少しでも医学の進歩に貢献出来るように、

あっちで頑張るつもりです」

「そうか……まあ、好きにするがいい」

「それじゃあ父さんに挨拶も出来た事だし、僕はこれで。比企谷君、またいつかね」

 

 そう言って、宗盛は去っていった。

八幡は、少し気にしていた事があった為、清盛に一言断って、その後を追った。

 

「じじい、これまでほとんど話せなかったし、ちょっと宗盛さんを見送ってくるわ」

「む、そうか、それじゃあ儂は茶でも飲んで待ってるわい」

 

 そして八幡は、鼻歌を歌いながら家を出ようとした宗盛に追いつくと、声を掛けた。

 

「宗盛さん」

「ん、比企谷君、どうかしたのかい?」

「あの、今回の事、結果的に宗盛さんを追い出すような形になってしまって、

本当にすみませんでした」

「え?」

 

 宗盛はそれを聞くと、一瞬驚いたような顔をしたが、

やがて何かに納得したのか、苦笑すると、八幡に言った。

 

「別に追い出されたって意識は無いから、そんな事気にしなくていいよ。

僕はむしろ、君に感謝してるんだよ」

「感謝……ですか?」

「ああ、僕もあの戦いの映像は見ていたけどね、

見事に父さんの鼻っ柱をへし折ってくれたじゃないか。

さすがに父さんが現役のままだったら、僕もこんな事、決断出来なかったからね。

八幡君、僕はね、父さんに逆らわないように、目立たないようにって生きてきたから、

今までは自分のやりたい事を、何も出来なかったんだよ。

だけど今回、君という黒船が現れて、父さんに引退を確約させるという偉業を成し遂げた。

だから僕は、これ幸いと、知盛に全てを押し付けて、逃げ出す事にした、それだけさ」

 

 八幡は、その言葉に納得しつつも、やはり完全には、うしろめたさを拭えなかった。

 

「そう……ですか」

「とはいえ、うちの家と関係を絶つ訳じゃないし、

新しく理事長になる知盛ともちゃんと連携していくつもりだから、

僕達の関係には、そこまで大きな変化は無いから心配いらないよ。

ただ、特権意識を持っていた一部の一族の者は、粛清される事になると思うけどね」

「あ、宗盛さんも、その事は知ってるんですね」

「ああ、父さんに言われて、楓に余計な事を吹き込んだ馬鹿を特定したのは、僕だからね」

「そうだったんですか」

「調べてみて愕然としたよ、うちの一族は、こんなに腐ってたのかとね。

だからこれからは、僕が外、知盛が中から、うちの家を変えていくんだ。

そして生まれ変わった結城の家を、君に引き継いでもらう、最高じゃないか」

 

 八幡は宗盛にそう言われ、おずおずとこう返した。

 

「あ、あの、俺は、知盛さんに全部押し付ける気満々だったんですが……」

 

 宗盛はその言葉に、一瞬固まったかと思うと、とても楽しそうに笑い始めた。

 

「あはははは、そうなんだ、それじゃあ知盛に、死ぬほど苦労してもらう事にしようか。

まあ、名目上の当主は引き受けてくれるんだろう?

だったらまあ、知盛に何か相談された時に、アドバイスくらいはしてあげてよ」

「はい、それはもちろんです」

「今回は、一気にうちの家の風通しを良くしてくれて、本当にありがとう。

君がいてくれて、本当に良かったよ。明日奈ちゃんにも宜しく伝えておいてくれ」

「あ、あの、宗盛さん、ちょっとお願いがあるんですが」

「ん?」

 

 そう言って八幡は、懐から、経子に渡された、眠りの森の患者の病気に関してのメモを、

宗盛に差し出しながら言った。

 

「ちょっとこれを見てもらえますか?」

「これは……そうか、経子の患者さん達の……」

「あの、もし良かったら、ここに書いてあるリストの病気について、

何かあっちで医学的に進展があったら、俺に教えて欲しいんです。

もちろん守秘義務もあると思うんで、話せるようになったらで構わないんですが」

「そうか、君は楓だけじゃなく、他の子達も、助けたいんだね」

「はい、全員を救えるなんて、さすがに思ってはいませんが、

もし俺の手が届くなら、そこは全力で掴みたいって思うんです」

 

 宗盛は頷くと、八幡の手をしっかりと握りながら言った。

 

「分かった、当面僕も、このリストにある病気の治療をメインに考えて、

これから活動していく事にするよ」

「ありがとうございます、宗盛さん」

「何か分かったら必ず連絡する。それじゃあ八幡君、すまないが、

こっちでの眠りの森の患者さん達の事は、宜しく頼むよ」

「はい、メディキュボイドを有効活用して、最大限努力します」

 

 そして宗盛は去っていき、八幡はそれを見送ると、清盛の下へと戻った。

 

「随分長く話していたの、何か有意義な話でも出来たかの?」

「ああ、じじいと話しているよりは、よっぽどな」

「ふむ……なぁ小僧、儂は宗盛の、重荷になっていたのかのう……」

「じじいは一族の重荷だろ、過去の自分をしっかりと反省しろ」

「それはさすがに言い過ぎじゃろ!」

「まあ、頑固だったのは事実だろ」

「うぬ……」

 

 清盛は、少し落ち込んだ様子で黙り込んだ。そんな清盛に、八幡は言った。

 

「じじいはもっと肩の力を抜いて、他人に頼る事を覚えろよ。

俺だって、SAOじゃ、一人じゃ何も出来なかったんだからな。

これからはまあ、細かい事は他人に任せて、じじいは楓の為に、いいお爺ちゃんになれよな」

「言われんでもそうするわい!」

「それじゃ、俺達は明日帰るから、また向こうでな」

「おう、首を洗って待っとれい」

「再会を約束する言葉としては、どうなんだよそれ……」

 

 そして八幡は、明日奈達と合流し、残りのお土産選びに付き合う事となった。

 

「残りは誰の分なんだ?明日奈」

「えっとね、キリト君、クラインさん、ピトかな」

「キリトとクラインは、八ツ橋とかでいいんじゃないか?」

「実は八ツ橋はね、私が多めにまとめ買いして、小町ちゃんへの説明書きと共に、

既に八幡君の家に送ってあるのよ」

 

 その問いに、陽乃がこう答えた。

 

「だから今は、個人用に、ちょっとした物を選んでたんだよね」

「なるほどな、よし、それなら任せろ」

 

 八幡はそう言うと、近くの土産物屋にスタスタと入り、一本の模造刀を手にとった。

 

「よし、キリトはこれだな、あいつはこういうのが好きなはずだから、これでいい」

「ま、まあ、確かに好きそうだね……」

 

 そして次に八幡は、新撰組の羽織を二つ手に取った。

 

「クラインと静先生は、セットでこれでいい。

クラインがどう思うかより、静先生がどう思うかの方が重要だ。

多分先生は学生の頃、これが欲しくてたまらなかったはずだが、

友達の手前、さすがに買えなくて悔しい思いをしたはずだ」

「そ、そうなの……」

「ああ、間違いない」

 

 そして八幡は、その二つを自宅に送る手配をした後、

一本のかんざしを綺麗に包んでもらい、バッグに入れ、店から出てきた。

 

「それがピトへのおみやげ?」

「いや、ピトには、俺と明日奈がじじいと戦った時の映像を、DVDにでもして渡せばいい」

「あ~、確かにそれが一番かもね……」

「そしてこれは、うちの学校の理事長のための物だな。

今回ちょっと長く学校を休む事になっちまったから、まあ一応な」

「そっか、八幡君、気配りがえらい!」

「これをもらった時、どんな反応をするのか見てみたいわ」

 

 陽乃は、多分狂喜乱舞するんだろうなと思いつつも、そう言った。

 

「よし、それじゃあこのまま観光をした後、ホテルに戻って章三さん達と合流して、

明日の午前中に帰るとするか」

「理事長選挙の結果は見なくていいの?」

「どうやらそれは、無投票で知盛さんに決まるみたいだからな、見るまでもないだろ」

「そっか、そうだね」

「他にも色々な物を背負っちまったが、とりあえずこれで、こっちに来た目的は全て達成だ」

「後は向こうに戻ってから、最後の仕上げだね」

「ああ、いよいよ、クラディ-ルとご対面って事になる。

正直顔も見たくないんだが、多分、会うのも次が最後になるから、まあいいか」

 

 こうして次の日、一行は、沢山の出会いがあった京都を後にした。


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