ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


第264話 八幡、帰京す

「いやぁ、ここに来る前に、叔父さんの所に挨拶にいったんだが、

思わず、『誰ですか?』って言ったら、やっぱり怒鳴られたよ」

「お父さん、それは当たり前だから……」

 

 冗談なのかどうかは分からないが、章三がそう言い、

明日奈は呆れたように、章三に言った。

 

「いや、本当に、最初誰だか分からなかったんだって。

いやぁ、まさかあの叔父さんが、あんなに丸くなるとは、やっぱり八幡君は凄いんだねぇ」

「あれはまあ、上手くこっちの土俵に引っ張り込めたせいなんで、作戦勝ちって奴ですね」

「しかも、あの難しい、楓ちゃんの手術まで成功させるなんて、

医学会にも、メディキュボイドの可能性に、激震が走ったと思うよ」

「まあ確かに、各医師の手術の腕は、平均的に、どんどん上がっていく気がしますね」

 

 菊岡がそう言い、八幡は、皮肉っぽい口調で菊岡に言った。

 

「ずっと遊んでたのかと思ったら、情報収集はしっかりしてたんですね、菊岡さん」

「失礼な、ついでだよ、ついで」

 

 八幡は、遊びと情報収集の、どっちがついでなのだろうと思いつつも、

菊岡が、駒央に再会するキッカケを作ってくれたのは確かなので、

それ以上いじるのはやめる事にした。その代わり、次にこういう機会があったら、

とことん利用しつくしてやろうと、内心で黒い笑みを浮かべた。

 

「ところで八幡君、宗盛さんがやろうとしてる事に、補助金を出せないか、

今根回しを進めている所だから、もし駄目なら、君の方から支援してあげてね」

 

 八幡の内心を読んだかのように、いきなり菊岡がそう言った。

八幡は、これだからこの人は侮れないんだよなと思いつつ、その言葉に頷いた。

そして会話も一段落したと思われたその時、陽乃が爆弾を投下した。

 

「で、二人の間には、本当に何も無かったの?」

「そうだ明日奈、何て事をしてくれたんだ、お父さんは本当に悲しいよ」

「そうよ明日奈、私はあなたをそんな子に育てた覚えはありませんよ」

「お父さん、お母さん!」

 

 章三がとても残念そうにそう言い、京子もそれに同意した為、明日奈は慌ててそう言った。

他の乗客から見れば、若い二人が、両親に怒られているように見えたかもしれないが、

もちろん事実は逆である。章三も京子も、早く孫の顔を見たくて仕方がないようだ。

 

「章三さん、ちょっと待って下さい、それは違います」

 

 そこに陽乃が、そう口を挟んだ。明日奈は、陽乃が味方してくれるのかと思い、

パッと顔を明るくさせた。そして陽乃は、とても真面目な顔で、こう言った。

 

「何て事をしてくれたんだ、というのは、ちょっと違うと思います。

正確に言うなら、何で何もしてくれなかったんだ、

もしくは、何故強引に事を運ばなかったんだ、が、正しいと思います」

「姉さん!」

 

 明日奈は、裏切られたという表情で、愕然と陽乃の顔を見た。

その言葉に章三は、確かにそうだと頷き、菊岡は下を向いて笑いを堪えていた。

そして八幡は明日奈を庇うように、横からそっと口を挟んだ。

 

「今回は、予想外に色々な事があって、さすがに疲れちゃって無理でしたけど、

そのうち必ずお二人に、かわいい孫の姿を見せますから、のんびりと待ってて下さい」

「そ、そうだね、人生はまだ長いんだ、焦る事は無いか」

「明日奈、それまでしっかりと、八幡君と愛をはぐくむのよ!」

「う、うん、お父さん、お母さん、ありがとう」

「チッ」

 

 章三と京子は、八幡のその言葉に落ち着いたのか、明日奈に笑顔で話し掛けたのだが、

八幡は、陽乃がそう舌打ちするのを聞き逃さなかった。

 

「おい馬鹿姉、まさかこの前のアレ、本気だったんじゃないだろうな?」

「うるさいわね、乙女の夢を邪魔するんじゃないわよ」

「おい……」

「もうこうなったら、睡眠薬で眠らせてる間に事におよんで、

子供だけ授かるという手も……もしあれなら他の子達とも協力して……」

「おいこら、それは犯罪だ」

「あなたが訴えなければ犯罪にはならないわ。そしてあなたは訴えない、違う?」

 

 八幡は、うっと言葉に詰まったが、何とか気をとりなおし、陽乃に言った。

 

「と、とにかくおかしな事ばっかり考えるんじゃねえ、分かったか?」

「いやねぇ、冗談に決まってるじゃない」

「まったく信用出来ねえ……」

 

 そうこうしている間に、新幹線は東京駅に着き、章三と陽乃はそのまま会社へ、

菊岡も報告があるとかで、霞ヶ関に向かう事となり、京子も自宅へと帰るようで、

八幡と明日奈は、とりあえずこれからどうするか、相談を始めた。

 

「荷物、もう届いてるかな?」

「とりあえず確認する為にも、一旦うちに戻るか」

「そうだね、どうやって行く?」

「ちょっと待っててくれ、キットの現在位置を確認するわ」

 

 そして八幡は、キットに直接連絡し、今どこにいるか確認すると、明日奈に言った。

 

「今はソレイユの車庫にいるらしいから、このまま姉さんのタクシーに便乗していくか」

「そうだね、そうしよっか」

「ついでにアルゴから、ピトへの土産用のDVDを受け取っておこう」

 

 そして二人は、陽乃と共に、ソレイユへと向かった。

 

「材木座、アルゴ、小……薔薇、今帰ったぞ」

「八幡、八幡ではないか、久しぶりだな!」

「おう、お帰り、ハー坊、アーちゃン」

「あんた今……いや、何でもないわ、お帰り」

「悪い、三人とも、お土産は家に送ってあるから、明日持ってくるわ。

アルゴ、頼んでたDVD、出来てるか?」

「ああ、もちろんだぞ。ほら、これダ」

「サンキュー、それじゃまた明日来るわ」

 

 そして八幡は、キットと合流すると、そのまま八幡の自宅へと向かった。

幸い荷物は、既に宅配ボックスに入っており、

昨日送った荷物の行方を宅配会社のサイトで確認すると、

そちらも間もなく到着する事が分かったので、

とりあえず二人は、荷物の仕分けをする事にした。

 

「まず八ツ橋を一つずつ分けて、名前のタグを付けて……」

「さすがに多いね、私、現実に戻ってきてから、一気に友達が増えたよ」

「確かにそうだよな、どうだ明日奈、友達が増えて、楽しいか?」

「うん、とっても!」

「なら良かった」

 

 そう言いながらも、テキパキと、誰に何を渡すかが、分けられていく。

そして玄関のチャイムが鳴り、昨日八幡が送った箱の他に、もう一つの荷物が届いた。

どうやらそれは、先に明日奈と陽乃が送った、他の者への土産の箱のようだった。

 

「こっちの仕分けは、明日奈に任せればいいか」

「うん」

 

 八幡は、明日奈に指示された通りの名前の上に、

渡されたお土産を、どんどん置いていった。

 

「なぁ明日奈」

「ん、何?」

「この量だと、明日は車で学校に行かないと、持ちきれないよな」

「そうだね、学校以外の人の分も、乗せないといけないしね」

「渡せる奴の分は、今日のうちに渡しちまった方がいいか……」

「明日の放課後、雪乃達と会う約束をしてるから、

雪乃と結衣と優美子と南といろはちゃんは、その時がいいかな」

「それじゃあ帰りに、約束の場所まで車で送るか」

「そこからは別行動で、効率よく配ればいいね」

「残りはどうするか……」

 

 そんな八幡に、明日奈は言った。

 

「とりあえず、今日はここに泊まるから、私、夕飯の材料を買いにいってくるよ。

その間に八幡君は、ダイシーカフェにでも行って、エギルさんや、

クラインさんを呼び出すか何かして、お土産を渡しちゃえばいいんじゃないかな」

 

 八幡はその提案に納得し、遼太郎に電話をした。

遼太郎はすぐに電話に出ると、今丁度外回りの最中だからという事で、

後でダイシーカフェで落ち合う事になった。

 

「そうだな、ついでに詩乃と理事長の所にも顔を出すか」

「ピトはどうする?」

「そうだな……詩乃は学校前で待ってればいいとしても、ピトはな……

なぁ明日奈、お前、ピトの連絡先、知ってるか?」

「ううん、さすがに芸能人に、連絡先を聞くのはちょっとって思って、

その流れでシノのんの連絡先も知らないんだよね」

「まあ確かにそうなんだよな、とりあえずGGOにログインして、

ピトがいるかどうか確かめてみるわ」

「それじゃあ私、買い物にいってくるね」

「送らなくていいのか?」

「うん、すぐ近くだから大丈夫」

「分かった、それじゃあ後でな」

 

 そして八幡は、GGOへとログインしてみた。

まさかとは思ったが、案の定、目の前には、ピトフーイがいた為、

八幡は、呆れた顔でピトフーイに言った。

 

「お前の野生の勘は、一体どうなってるんだよ……」

「え~?愛の力なら当然じゃない?」

「お前の愛は重すぎんぞ……」

「いやぁ、そこまで褒められると、愛を重くしてきた甲斐があったよぉ」

 

 八幡は、そのピトフーイの言葉をスルーした。

ピトは気にした様子も無く、八幡に尋ねた。

 

「で、今日はシズ達は?」

「今日は別件だ、ついさっき、こっちに帰ってきたんでな、

お前にお土産を渡そうと思って、連絡をとる為にインしてみたんだよ」

「そうなんだ!ありがとう、シャナ!それじゃあどこで待ち合わせにする?」

「お前の都合のいい場所でいいぞ」

「ん~、じゃあまた、ソレイユの前でいいかなぁ?」

「あそこでいいのか?」

「うん、あそこって、実はうちの事務所から近くて都合がいいんだよね」

「そうなのか」

 

 そして時間を決めた二人は、すぐにログアウトした。

 

「それじゃあ予定を変更して、ついでにソレイユにも寄るか……」

 

 八幡はそう呟くと、必要なお土産をキットに乗せ、最初にダイシーカフェへと向かった。

ダイシーカフェに到着すると、八幡は、入り口のドアを開け、

暇そうにしていたエギルに声を掛けた。

 

「よぉ」

「おう、八幡じゃねーか、今日はどうしたんだ?」

「何か暇そうだな、エギル。こんなんで経営は大丈夫なのか?」

「まあ、この時間はな、もう少し早いか遅いかすると、かなり混んでるから大丈夫だ」

「それならいいんだが」

 

 そう言って八幡は、エギルに土産を手渡した。

 

「これ、明日奈が選んだんだが、八ツ橋と、どうやら京都の特産品の詰め合わせらしい」

「お、見た事のない食材が沢山だな、これは料理のし甲斐があるぜ」

「クラインもそろそろ来るはずなんだが……」

 

 丁度その時、入り口から、遼太郎が姿を現した。

 

「すまん、待たせちまったか?」

「いや、今来たところだ」

「そっかそっか、で、土産をくれるんだっけか?何か気を遣わせてすまないな」

「いや、問題ない、というわけで、これだ」

「こ、これは……」

 

 遼太郎は、八幡の差し出した新撰組の羽織に、目を奪われていた。

 

「うおお、やっぱり格好いいな、新撰組の、浅葱色のだんだら羽織!」

「お前なら、絶対気に入ってくれると思ってたよ、あとこれ、静先生の分な」

「おお、さすがは良く分かってるじゃねーか、静さんも、絶対気に入ると思うぜ」

「当然だ、お前よりも、あの人との付き合いは長いからな」

「本当にありがとな、八幡!」

「おう、それじゃあ、またALOでな、二人とも。

エギルすまん、注文は、今度時間のある時に、改めてゆっくりとさせてもらう」

「気にすんなって、土産、ありがとな!」

「おう」

 

 そして八幡は、次にソレイユへと向かった。

ピトとの待ち合わせの時間には、まだもう少しあるので、

八幡は先に、材木座達の下へと向かった。

 

「よぉ」

「あれ、八幡、明日来るのではなかったのか?」

「ちょっと予定が変わってな、ほれ材木座、八ツ橋な」

 

 八幡は、実際のところ、材木座の事をすっかり忘れていたのだが、

明日奈が気をきかせて、多めに八ツ橋を買っていた為、無事に土産を渡す事が出来た。

 

「アルゴにはこれらしい、猫と鼠の彫り物だそうだ」

「……よくあったな、こんな物」

「鼠のくせに猫っぽい、お前らしいだろ」

「そうだな、有難く飾っておくゾ」

「そして薔薇には、もちろん小猫だ」

「ええ、そうよね、もちろん予想はしてたわよ」

 

 それは、小猫をかたどった、髪留めだった。

 

「京都の伝統技術で作られたうんぬんの、小猫の髪留めだ。

お前は髪が長いから、まあ有効活用してくれ」

「あ、ありがとう」

「せっかくだから、ハー坊につけてもらったらどうダ?」

「えっ?で、でも……」

「それくらいなら別に構わんが、どこに付けるかとか、俺には分からないぞ」

「そ、それじゃあこの辺りに」

「ここか?」

「え、ええ、そこでいいわ」

 

 薔薇はすぐに鏡に向かい、自分の姿を見て、ニマニマしていた。

八幡は、どうやら気に入ってくれたみたいだなと安堵し、

行く所があるからと、ソレイユを後にした。

そして八幡は、その場で少し待つと、そこに息をきらせて、エルザが走ってきた。

エルザは変装のつもりなのだろう、帽子を目深にかぶり、サングラスをしていた。

 

「八幡!」

「おう、忙しいところを呼び出してすまないな、今日帰ってきたぞ」

「うん、お帰りなさい!で、お土産って何?」

「これだ」

 

 八幡はそう言って、一枚のDVDを取り出した。

 

「DVD?」

「ああ、何か京都っぽい物がいいかとも思ったんだが、お前にはこれが一番、

いい土産になると思ったんでな、あっちでの、俺と明日奈の戦いの記録だ」

「おおおおおおお」

 

 エルザは興奮が抑えられないかのように、そう言った。

 

「忙しいんだろ?詳しい話は、今度それを見た後にでも、

GGOの中なり、現実なりで、話してやるよ」

 

 八幡のその言葉に、エルザは残念そうに言った。

 

「うん、そうなんだよね、独立に備えて、色々やらないといけない事があってさ……」

「その独立の話なんだが、結城本家との話がついたから、今度倉エージェンシーに、

お前を連れて乗り込むから、その覚悟だけはしておいてくれ。

エムにも、俺から連絡が入り次第、独立話を実行に移せと伝えておいてくれ」

「わっ、そうなんだ!さっすが八幡、私の愛する神!」

「愛するとか神とか簡単に言うんじゃねえよ。ほら、早く仕事に戻れ」

「うん、ごめんね八幡、また今度ね!」

「おう、またな」

 

 そして八幡は、エルザと別れた後、次に学校に向かった。

当然まだ授業中であり、同じクラスの仲間に土産を渡すのは明日にしてあった為、

八幡は、真っ直ぐ理事長室に向かった。

 

「失礼します」

「あら、八幡君、帰ってきたのね。今日はその報告かしら?」

「いえ、それもあるんですが、これをお土産にと思いまして」

「あら、私に?まあまあ、素敵なかんざしね」

「はい、理事長は、和服でいる事が多いので、これがいいんじゃないかと思って、

ちょっと古めかしい品かもとは思いましたけど、俺が自分で選びました」

「あなたが自分で?そう……どう、似合うかしら?」

「はい、とても」

 

 理事長は、まるで少女のようにはしゃぎながら、

鏡の前で、クルクルと回ると、感極まったように、八幡に抱きついた。

 

「ちょ、理事長」

「ありがとう八幡君、まさか私までお土産をもらえるなんて、思ってもいなかったわ」

「い、いえ、喜んで頂けて良かったです。学校には、明日から登校しますので」

「分かったわ、そのように伝えておくわね」

 

 そして最後に八幡は、また注目を集めてしまうかと心配しつつも、

詩乃の学校へと向かい、駐車場に車を止め、詩乃が出てくるのを待つ事にした。




一応繰り返しますが、明日は朝8時の投稿を予定しています、ご注意下さい。
そして最後の展開からも分かる通り、明日は詩乃回となります。
タイトルは「この日の放課後、詩乃達は」
第236話と対になる話となります。文字数は、過去最長の8500文字となりました。
分けようかと思ったのですが、年末ですし、まあいかなと思い、そのまま投稿しました。


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