ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


第265話 この日の放課後、詩乃達は

「あっ」

 

 突然前の席に座っていた友達~名前は美衣という~が立ち上がった為、

詩乃は何事かと思ったが、美衣が教師に注意され、すぐに座った為、

詩乃は再び黒板に目をやり、ノートをとる事に集中した。

前回八幡が、学校帰りの詩乃の下を訪れてから、詩乃の生活は激変した。

以前のように、他のクラスメート達から敬遠される事も無く、

むしろ平謝りされるくらいであり、遠藤達はあからさまに詩乃を避けていた。

どうやら家でかなり厳しく怒られたらしいと、後に詩乃は風の噂で聞いた。

バイトも家で出来るものへと変わり、時間も短縮され、生活に余裕が出来た事で、

放課後、それほど親しくなかったクラスメート達に遊びに誘われた時も、

詩乃はおずおずとだが、肯定の返事をする事が出来た。

相変わらず八幡以外の男子は苦手だったが、その事を聞いた時、そのクラスメート達は、

詩乃には八幡がいるのだから、それもまあ当然だなと勝手に勘違いしてくれたのか、

詩乃を誘って遊びに行く時は、常に女子だけで行く事となった。

そしてそんな事を繰り返すうちに、詩乃にも何人か、友達と呼べる存在が出来た。

目の前の席に座っている美衣は、その中の一人であった。

その美衣が、ノートをとっている詩乃に、こっそりと後ろ手でメモを差し出してきた。

詩乃がそっとメモを受け取り、中を開くと、

そこには『大変、外を見て!』とだけ書いてあり、詩乃は何気なくそちらを見た。

そこには見覚えのある派手な車が止まっており、中で八幡が、

シートを倒してのんびりと横になっている姿が見えた為、詩乃は思わず立ち上がった。

 

「朝田君まで、一体さっきから、どうしたのかね?」

「あ……す、すみません」

 

 教師にそう注意され、詩乃は焦ってそう返事をし、席についた。

そして授業が終わった瞬間に、美衣が詩乃に話し掛けてきた。

 

「詩乃、見た?あれってやっぱりそうだよね?」

「うん、間違いないみたい」

 

 他にも何人かが車の存在に気付いていたらしく、

たちまち詩乃の周りに人だかりが出来た。

 

「朝田さん、もしかして今日も迎えに来てる?」

「いいなぁ、私もあんな風に迎えに来てくれる彼氏が欲しい」

「あっとごめん、早く行かないと、彼を待たせちゃうよね」

「うん、ごめんね」

 

 詩乃はそう言われ、帰り支度をして席を立った。八幡が来てくれた事は嬉しいのだが、

しかしそれに付随する諸々の面倒を考えると、詩乃は複雑な気分になった。

だが、その足取りは軽く、早く彼の顔が見たいという詩乃の本心が、

そこには如実に現れていた。そんな詩乃を、美衣の他に、映子、椎奈という、

三人の友達が取り囲み、詩乃は注目の中、その三人に守られるように廊下を進んだ。

 

「詩乃っち、良かったね、憧れの王子様がまた迎えに来てくれて」

「詩乃、頑張って彼をものにするんだよ」

 

 映子と美衣が詩乃にそう言った。

 

「でも、どうして今日来てくれたのか、まったく分からないんだよね……」

 

 詩乃は戸惑いながらも、正直にそう説明した。

そんな詩乃に、椎奈はあっけらかんとした口調でこう言った。

 

「そうなんだ、じゃあ、本来会える予定じゃなかったなら、逆にラッキーじゃない」

「あ……確かにそう……なのかな?」

「そうだよそうだよ、頑張りなよ、詩乃」

「う、うん」

 

 その三人は、今の詩乃にとっては学校で一番仲の良い友達であり、

詩乃は三人に、八幡が彼氏だと嘘をつき続けるのが躊躇われた為、

八幡が本当は彼氏などではなく、自分を助ける為に彼氏だと言ってくれた事、

直接会ったのはあの日が初めてだった事、そして自分はそんな彼が大好きなのだと、

本当の事を話していた、唯一の友達でもあった。

ちなみに八幡が詩乃の彼氏だという話は、やけになった遠藤があちこちで触れ回ったらしく、

既に学校中の共通認識として広まっていた。

その事を告白した時、詩乃は三人から罵声を浴びる事も覚悟していた。

だが三人から返ってきたのは、自分達の態度を反省する言葉と、八幡を賞賛する言葉だった。

 

「そうだったんだ……ごめんね詩乃っち、今までずっと、見て見ぬふりなんかして……」

「ううん、今はこうして私と一緒にいても、誰も何も言わなくなったけど、

昔のままだったら、私が映子の立場でも、同じように仲間外れにされるのが怖くて、

何も出来なかったと思うから、そんなの気にしないで」

「本当にあの日から、劇的に変わったよね、うちのクラス」

「あの日初めて会ったって、とてもそんな風には見えなかったしね」

「っていうか、会った事も無い人の為にあそこまで出来る人って、本当にいるんだね……

いいなぁ詩乃、凄く羨ましい」

「う、うん、私も最初、目の前で起こってる事が全く信じられなかった……」

「でも詩乃、よく話してくれたね、私はそれが凄く嬉しいよ」

「美衣……」

「だね、これからも仲良くしてね、詩乃」

「ありがとう、椎奈」

 

 その時から詩乃にとって、この三人はかけがえのない友達となった。

そんな三人に守られながら、詩乃は昇降口を抜け、八幡の下へと走った。

だが八幡は、前回のように車の外では待っておらず、

ただ生徒達が、興味深そうに遠巻きに車を囲んでいるだけだった。

 

「どうしたのかな?」

「詩乃に気付いてない?」

「詩乃、もっと近くにいってみれば?」

「う、うん」

 

 そして三人は、詩乃の為に露払いを始めた。

 

「はい、ちょっと通りますよ~」

「ごめんね、その車の人は、この子のいい人だから」

「ほら詩乃、こっちこっち」

「みんな、ありがとう」

 

 そして詩乃は、前回のように注目を浴びながらも車に近付いた。

だが八幡に動く気配は無い。詩乃が思い切って窓から中を覗き込むと、

そこには、気持ち良さそうに眠っている八幡の姿があった。

詩乃は笑いを堪えながら、三人の所に戻り、こう言った。

 

「寝てた」

「え?」

「まじ?」

「見せて見せて」

「うん、みんなも見てみて」

 

 そして詩乃の後に続き、三人も窓から中を覗き込んだ。

 

「うわ、本当に寝てる」

「ぐっすりだねぇ」

「詩乃、このチャンスに唇を奪っちゃえば?」

「む、無理だって!」

「まあそれは冗談として、とりあえず起こせば?」

「うん、そうする」

 

 詩乃はその提案を受け、そっとキットのドアに手をかけた。

が、鍵がかかっているようで、ドアはまったく開かなかった。

そして詩乃は、突然ある事を思い出し、口に出してこう言った。

 

「あ……そうか、キット、うん、キットだ」

「何の事?」

「鍵がかかってるみたいだから、キットに開けてもらおうと思って」

「キットって何?チョコの名前?」

「この車の名前」

「あ、そうなんだ、でもどういう事?」

「こういう事」

 

 詩乃は三人にウィンクすると、そっとキットに話し掛けた。

 

「キット、私、詩乃よ、覚えてる?」

『ええ、もちろん覚えていますよ』

「わっ!」

「そっか、この車、喋るんだったね」

 

 それと同時に、周囲の生徒からも、おおっという声が上がった。

 

「ごめん、八幡を起こしたいんだけど、ドアを開けてもらってもいい?」

『分かりました、今開けますね』

 

 そして、八幡の側のドアがするすると上に開いた。

それを見た詩乃は、自分の失敗に気付いてしまった。

 

「あっ」

「どうしたの、詩乃」

「この車のドア、上に開けるのを忘れてて、横に開けようとしてたわ……」

『はい、確かに鍵はかかっていなかったので、詩乃にお教えしようと思ったのですが、

何と声を掛ければいいか、正直少し迷っていました』

「ご、ごめんねキット、気を遣わせちゃって」

『いえいえ』

 

 その会話を聞いた三人は、とても驚いた。

 

「うわ、人に気を遣える車って、何か凄いね……」

「高性能~!」

「本当にこの車、一体いくらするんだろう……」

 

 そして詩乃は、八幡を起こそうと車の中を覗き込んだ。

そして詩乃は、必死に笑いを堪えている八幡とバッチリ目が合い、顔を赤くした。

 

「い、いつから起きてたの?」

「そりゃお前、キットの声がすれば、誰だって起きるだろ?」

「そ、それは確かにそうかもだけど!」

「いやぁ、俺が寝てる間に、まさかお前がドアを横に開けようとしていたとはな」

「ちょっとした気の迷いよ、いいからさっさと忘れなさい」

「へいへい、で、その後ろの三人は友達か?」

 

 八幡は、前回は一人だった詩乃の周囲に、

今回は三人、別の女の子がいる事に気が付き、そう質問してきた。

詩乃はその質問に、嬉しそうに答えた。

 

「うん、友達だよ、これも八幡のおかげかな」

「そうか」

 

 八幡はその答えに嬉しそうにそう頷くと、車を出て三人に挨拶をした。

 

「俺は比企谷八幡だ、気軽に八幡と呼んでくれ」

「あ、私は昼岡映子です」

「夕雲美衣です」

「夜野椎奈です」

 

 三人は八幡に挨拶され、そう自己紹介をした。

そして映子が、最初に抜け駆けぎみにこう言った。

 

「わ、私も詩乃と同じように、映子って呼び捨てで構わないので!」

「ずるい映子、それじゃあ私も美衣で!」

「私も椎奈でお願いします」

「お、おう……映子、美衣、椎奈、宜しくな」

 

 その三人の迫力に、八幡は少し押されながらもそう答えた。

そして八幡は詩乃に、今日ここに来た理由を説明した。

 

「実は今日、京都から帰ってきてな、詩乃にお土産を持ってきたんだが……」

 

 そして八幡は、周囲を見回した後、続けて言った。

 

「……ここじゃ注目を集めすぎてるから、ちょっと移動するか」

「うん!」

 

 詩乃はお土産と聞いて、身を乗り出しながらそう答えたのだが、

その直後に詩乃が、このまま一人で行っていいものかと三人を気にするそぶりを見せた為、

八幡は、せっかく詩乃に友達が出来たんだからと思い、詩乃にこう提案した。

 

「あ~、詩乃さえ良かったら、三人も一緒に軽くドライブでもするか?」

「えっ、いいの?」

「まだ時間も早いし、お前がいいなら、俺に断る理由なんか別に無いしな」

「ありがとう、八幡!」

 

 詩乃は嬉しそうに三人の下に駆け寄ると、八幡の言葉を三人に伝えた。

 

「八幡が、三人も一緒にどうかって」

「え、いいの?」

「うわ、八幡さん、ありがとうございます!」

「一度乗ってみたかったんだよね」

 

 そして三人は、少し緊張しながらも、後部座席に乗り込み、詩乃が助手席に乗ると、

八幡はそのままキットをスタートさせた。

 

「うわ、ぜんぜん揺れないね……」

「私、いつもは車酔いするんだけど、今日は全然平気」

「そういえば確かにな……キット、どうなってるんだ?」

『前方の地面の段差を計測し、事前にそれに備え、衝撃を吸収しています、八幡』

「……だそうだ」

「凄い凄い!」

「やばい、楽しい!」

 

 後部座席の三人が喜んでいるのを、詩乃が嬉しそうに見つめているのを見て、

八幡は、どうやら想像以上に仲が良さそうだと思い、

詩乃の学校生活も特に問題は無いみたいだなと安心した。

 

「詩乃、学校は楽しいか?」

「う、うん、正直もう諦めかけてたんだけど、こうして友達も出来たし、今は凄く楽しい。

何から何まで本当にありがとう、八幡」

「そうか、それなら良かった」

「あの……ごめんなさい、私、今までちっとも詩乃っちの力になれなくて……」

「いや、まあ学校ってのは、そういう所があるからな、それは仕方ない。

でも今は詩乃と仲良くしてくれてるんだろ?それならそれでいい」

「はい、詩乃は話してみると全然普通で、とてもかわいかったです」

「ツンデレだしね」

 

 その最後の言葉に、詩乃は抗議した。

 

「ちょっと、三人とも、べ、別に私は、ツンデレじゃないんだからね」

「やっぱりツンデレじゃない」

「ツンデレだよね」

「うん、ツンデレ」

「むしろ詩乃がツンデレじゃなかったら、この世の中にツンデレは存在しないまである」

「もう、八幡まで!」

 

 そして四人は明るく笑い、詩乃だけが頬を膨らませていた。

 

「でも八幡さん、私達、八幡さんの事、凄く尊敬してるんですよ」

「尊敬?」

「だって八幡さん、会った事も無い詩乃の彼氏のフリまでして、

詩乃の事を守ろうとしたじゃないですか」

「うんうん、八幡さんと詩乃っちが初対面だったなんて、全然分からなかったし」

「そうか、ちゃんと話したんだな、詩乃」

「うん、どうしても嘘をついているのが嫌だったから……」

「俺はいいと思うぞ。友達ってのはそういうもんだろ」

「そ、そうだよね、いいんだよね」

「ああ、お前は何も間違ってない」

 

 詩乃は八幡に肯定された事で、想像以上に自分が喜びを覚えている事に気が付いた。

そんな詩乃を、映子達は嬉しそうに見つめていた。

 

「ところで八幡さん、あの遠藤をどうやって大人しくさせたんですか?」

「詩乃も、それだけは教えてくれないんですよ」

「もしかして、話したらやばい事だったり?」

「ん?そうなのか?詩乃」

「まあ、一応あんたの評判に関わる事だから……」

 

 八幡はそれを聞き、呆れた顔で言った。

 

「お前、気にしすぎだろ。あれはな、ちょっと権力を使って、

これ以上詩乃に何かしたら、お前の親が職を失うぞって圧力をかけたんだよ」

「えっ、そんな事出来るの?」

「八幡さんって、学生だって聞いたけど、実は何者?」

「黒い……でもそこがいい……」

「八幡、本当に言っちゃっていいの?」

「あんまりペラペラと言う事じゃないがな、もし遠藤がやけになって何かしてきたとして、

この三人にその事実が伝わってれば、それが抑止力になるかもしれないからな」

 

 それを聞いた三人は、力強く言った。

 

「任せて、詩乃っちは私達が必ず守るから!」

「昔と違って、今は周りは味方だらけだしね」

「だから詩乃、安心してね」

「あ、ありがとう、みんな」

 

 八幡はその三人の姿を見て、詳しく説明をしておく事にした。

 

「とりあえず、どうやったか詳しく話しておくが、誰にも言わないでくれよ」

「うん」

「先ず俺はSAOサバイバーだ。だから学生は学生でも、帰還者用学校の学生だな」

「えっ?」

「そ、そうだったんだ!」

 

 八幡は、いきなり爆弾を放り込んだ後、すぐに次の爆弾を放った。

 

「で、俺は実は、ソレイユの社長に気に入られていてな、

一応ソレイユの次期社長って事になってるんだよ。この車は社長の専用車扱いになる」

「ええっ!?」

「これは予想外だった……」

「てっきりお父さんか誰かが、どこかの会社のえらい人だとばかり……」

「あの遠藤ってのの父親は、ソレイユの取引先の社員でな、

その伝手で圧力をかけたと、まあそんな感じだ」

「うわ……マジもんの権力者だ……」

「黒い……でもそこがいい……」

「椎奈、あんたさっきからそればっかりね……」

 

 そして八幡は、最後の爆弾を放った。

 

「そして俺の彼女は、レクトの社長の娘だ。

だから実は、そっちからも圧力をかける事が可能なんだ。

遠藤って奴は、つまりこの業界に父親がいる限り、完全に詰んでるって訳だな」

 

「えっ?」

「レクトってあのレクト?超大企業じゃない……」

「いずれ二つの会社は統合する?まさかね……」

 

 ここまでの話での、三人の驚きは想像以上のものであり、

詩乃は、まさか八幡がそこまで話すとは思っていなかった為、少し心配になった。

だが八幡が話していいと思ったなら、きっと大丈夫なのだろうと思い、

そのまま大人しく話を聞く事にした。

 

「だから、遠藤に限らず、もし学校で何かあった場合、こう言ってくれ。

『詩乃のバックは、ソレイユとレクトと、帰還者用学校の全生徒だ』とな。

証拠としては、この車の事を出せばいい。喋る車なんて、普通の企業の社長クラスでも、

持っている訳が無いからな。ソレイユとレクトの技術力があってこそ、

成り立つ車だろうと、そう説明してやれば、大抵の奴は納得するだろ。

もしくは、帰還者用学校の誰にでもいいから、俺の名前を言って確認しろと言えばいい。

それが誰であろうと、そいつは俺の名前を聞いた途端に、何もかも全部肯定するはずだ」

「えっと、誰であろうと?どの生徒でも?」

「ああ、あの学校で、俺の名前を知らない奴は存在しないからな」

「え……本当に?」

「ああっ!」

 

 その時椎奈が、突然叫んだ。

 

「私、ネットで見た事あるよ、帰還者用学校の、ダブル王子!

確か噂だと、SAOがクリアされたのはその人達のおかげだから、

誰もかもが、その二人ともう一人の女の人の言う事には無条件で従うって聞いた!」

「そんな事が書いてあるのか……人の口に戸は立てられないって事だな」

 

 八幡がそう言った為、三人は呆然とした。

 

「やっぱりその噂、本当だったんだ……」

「ああ、そのもう一人の女の人ってのが、俺の彼女だしな」

「うわ……」

「とんでもない事実を知ってしまった……」

「絶対に秘密だからな。代わりにそうだな、詩乃の事を、ちゃんと守り通してくれたら、

もし就職する時は、うちの会社でもレクトでも、俺が口聞きをすると約束しよう」

「任せて、絶対に約束するから!」

「何があろうと、私達で詩乃を守ります!」

「何があっても、この秘密は守り通すよ!」

「そうか、頼むな、三人とも」

「あんた達ね……」

「お、この辺りでいいか」

 

 そして八幡は、海の見える公園で車を止めた。さすがに冬なので、人はあまりいない。

 

「うわ、海だ!」

「いつの間にこんな所まで……」

「さて、そろそろ土産を渡さないとな。詩乃、ちょっとこっちに来てくれ」

「う、うん」

 

 詩乃は、一体何をくれるのだろうと、ドキドキしながらその時を待った。

 

「ちょっと目をつぶってくれよな」

「えっ?あ、はい」

 

 詩乃は、まさか友達の前で、いきなりキスされるのだろうかと、

少しおかしなテンションで、おかしな事を考えていた。

そしてそんな詩乃の緊張をよそに、八幡が自分の髪に優しく触れる気配がして、

しばらくした後に、八幡がこう言った。

 

「よし、目を開けていいぞ」

「うわ、詩乃、凄く似合ってる!」

「やば、地味だった詩乃が凄く懐かしい!」

「うん、いいね!」

 

 詩乃は目を開け、八幡は一体何をしたのだろうと、自分の姿を確認した。

そんな詩乃に、八幡が鏡を差し出してきた。

 

「ほら、詩乃、これ」

「う、うん」

 

 詩乃は鏡を見ると、自分の姿がどこかいつもと違う事に気が付いた。

そして詩乃は、自分がいつも、髪を纏めるのに使っているリボンに、

綺麗な水色の、花のような物が付けられている事に気が付いた。

 

「これ……」

「ああ、控えめだけど存在感がある、お前みたいな感じだろ?

まあGGOの中のお前は、控えめでも何でも無いけどな」

「あ、ありがとう」

 

 その、古い日本の伝統技術を駆使して作られたと見える、二つの水色の花のブローチは、

白地のリボンによく映え、詩乃の雰囲気を、一変させていた。

決して高い物では無さそうだが、例えどんなに高い宝石をもらうよりも、

詩乃は、この方が自分に相応しいと胸を張って言えた。

 

「気に入ってくれて良かったよ、正直そういうのを選ぶセンスは、俺には皆無だからな」

「一生大切にするね、八幡」

「そこまでの物じゃないんだがな」

「ううん、絶対に大切にする」

「お、おう」

 

 そんな二人を、映子達三人は、とても羨ましそうに見つめていた。

そして四人は八幡に送ってもらい、学校近くの公園で下ろしてもらった。

そして八幡が去った後、四人はこんな会話を交わしていた。

 

「詩乃、良かったね」

「うん、ありがとう」

「それにしても八幡さん、凄い人だったよねぇ……

もし詩乃っちが八幡さんを射止めたら、完全に玉の輿だよ玉の輿!」

「とてもそうは見えないのに、学校一つを仕切ってるしね。

あ、違う、それだけじゃない、SAOから生還した人は六千人いる訳で、

その頂点に君臨してるって事でしょ?」

「影響力が凄そうだよね、六千人と、その家族に感謝されてる訳で……」

「でも彼女が強敵だよね、レクトの社長の娘で、八幡さんと同じように、

SAOの生還者の頂点な訳じゃない、詩乃、これはやばいよ」

 

 詩乃はそう言われ、あっさりとこう言った。

 

「うん、明日奈は友達だから、それは知ってる」

「友達なのかよ!」

「頑張れ詩乃っち、私達が味方だ!」

「ついでに就職まで面倒を見てもらえる、ついに私達の時代がきたわ!」

「美衣が打算まみれになってる……」

 

 美衣はそう言われ、開き直ったように言った。

 

「仕方ないじゃない、レクト?ソレイユ?もし就職出来たら、

これはもう、人生薔薇色だし!」

「もしっていうか、まあ八幡なら、本当に実行してくれるでしょうね」

「ここまでしてくれるとか、愛されてますねぇ、詩乃っち」

「違うわよ、あれは多分、仲間を絶対に守ろうという彼の優しさなの。

彼はそういう人だって、私、よく知ってるもの」

「でも、それだけ詩乃が大事に思われてるって事。それは間違いない」

「うん、だから私も、どうしてもこの恋を諦めきれないんだよね」

「だったら前に進むしかないっしょ」

「そうそう、防御は私達に任せて、詩乃は思いっきり突撃あるのみ!」

「でも今は、彼と一緒に行動してるだけで楽しくて仕方ないから、

恋愛関係はもう少し後でもいいかな」

「よし、今日は詩乃っちの家にお泊りで、ずっと語り明かすよ!」

「おー!」

「えっ、本当に?でもまあ、たまにはいいかもね」

 

 こうして三人は、一度家に帰った後、しっかりとお泊りの準備をし、

そのまま詩乃の家に泊る事になるのだが、

そこでアミュスフィアを見た三人は、詩乃がどんなバイトをやっているのかを聞かされ、

その時給の高さに再び仰天する事になったのだった。

余談ではあるが、八幡は彼の事を心から尊敬する、

三人の忠実な部下を、いずれ手に入れる事となる。




友達三人の名前は、特に意味はありません。
苗字は『朝』田から、昼、夕、夜と続き、
名前は映子(えいこ)→A 美衣(みい)→B 椎奈(しいな)→Cとなっておりますので、
ABCで呼んで頂いても、差し支えはありません!
しかし八幡、とんでもなく過保護ですね!

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