さて、クラディールの運命やいかに!前編です!
2018/06/15 句読点や細かい部分を修正
「社長、朝景です、お客様をお連れしました」
「おお、ちょっと待っていてくれ」
そう返事があったかと思うと、ドアが開き、
中からいかにも感じのいい老紳士が顔を覗かせた。
どうやら一行を出迎える為に、社長が自らの手で、わざわざドアを開けてくれたようだ。
「ささ、こちらへお掛け下さい。今飲み物の準備をさせますので」
そして倉エージェンシー社長、倉景清は、内線を使ってどこかに連絡し、
多分秘書なのだろう、穏やかそうな雰囲気の女性が、すぐにお茶を持って現れた。
そしてその女性を下がらせた後、景清は、満面の笑みで話し出した。
「初めまして、倉景清です。今日はわざわざご足労頂き、ありがとうございます」
「ソレイユ・コーポレーション社長、雪ノ下陽乃です、
お目にかかれて光栄ですわ、倉社長」
「比企谷八幡です。私はレクトの社員という訳ではないのですが、
今日は結城社長の依頼で、レクトの代理人としてこちらに参りました、宜しくお願いします」
「ソレイユ・コーポレーションIT事業部部長の、雪ノ下夢乃です。宜しくお願いしまス」
八幡は、その明らかな偽名を聞き、ひっくり返りそうになったが、
何か事情があるのだろうと思い、動揺を表に出さないようにした。
そしてそんな八幡の手を、景清は、感極まったようにしっかりと握り、
八幡に、感謝の言葉を述べ始めた。
「比企谷君、是非お会いして、直接お礼を言いたいと思っていたんだが、
やっと願いがかなったよ。息子の命を救ってくれて、本当にありがとう。
景時ももうすぐやって来るはずなので、是非会っていって下さい」
八幡は、その言葉を聞き、何ともいえない気分になったが、表情には出さなかった。
そして、事前に考えていた通り、こう答えた。
「私は自分にやれる事をやっただけですので」
そして、更に何か言おうとした景清を、陽乃がさりげなく制した。
「それでは社長、今回のご提案について、簡単に説明しますわ。
その間に、簡単な準備をしたいのですが、
ちょっとあちらのモニターを使わせて頂いても宜しいですか?」
「おお、もちろんです、どうぞお好きなようになさって下さい」
「ありがとうございます。それでは夢乃、お願いね」
そして陽乃は、景清と差し向かいで話し出し、
八幡は、モニターに何かの機械を取り付けているアルゴに、そっと話し掛けた。
「おい、夢乃、どういう事だ?」
「ハー坊にそう呼ばれると気持ち悪いな……ほら、オレっちって、脛に傷持つ身だろ?
だからこういう場では、ボスの遠縁って事で、夢乃って名乗る事にしてるんだよ。
ちなみに菊岡の旦那のお墨付きだからナ」
「そういう事か、納得したよ、夢乃」
「だから気持ち悪いっテ」
そして八幡は、さりげなく陽乃の隣に腰を下ろし、そのまま会話に参加した。
「……という訳で、私共は、以前からの知り合いだった朝景さんに、
この話を持ち込んだと、そういう訳です」
「なるほど、ですがそのお話だと、うちを選んで頂いた理由が、
まったく分からないというのが正直な所なのですが。
特にレクトと関係の深い結城家は、もっと大手のプロダクションと、提携しているはずです。
いや、うちとしては、願っても無い話なのですがね」
「それには一つ理由がありまして」
そして陽乃の目配せを受け、朝景がどこかに連絡をした。
そしてすぐに、入り口のドアがノックされ、朝景がドアを開けると、
そこには、神崎エルザが立っていた。
「エルザじゃないか、今日はどうしたのかね?」
「彼女がその理由ですわ、社長」
「ふむ」
「エルザちゃん、とりあえず八幡君の隣へ」
「はい」
エルザは、その朝景の勧めに従い、八幡の隣に腰を下ろした。
エルザは、このチャンスを逃すまいと、必要以上に八幡に密着した為、
八幡は、後でお仕置きだなと思いつつも、それが逆効果だという事に気が付き、
仕方なく、そのまま好きなようにさせる事にした。
「で、彼女がどう関係してくるのですかな?」
そして今度は八幡が、その問いに対し、説明を始めた。
「そこからは私が話します。私は以前から、この神崎エルザさんとは知り合いなのですが、
彼女から色々相談を受けていた事の一つに、こんなものがあったんです。
それは、もし可能なら、独立して、自分の力を試してみたいというものでした。
しかし彼女は、大恩ある社長を裏切る訳にはいかないからと、
その気持ちを、決して私以外の者の前では、口に出そうとはしませんでした。
そこで私はエルザにこう提案しました。私が、自分の出来る範囲で協力して、
エルザが独立する以上の利益を社長に提示出来るようにするから、
それを背景に、社長に相談するだけ相談してみてはと。
もちろん、駄目なら素直に諦めるという条件でです。
そして今回、相談の機会を得て、こちらにやって来たと、そういう事になります」
「なるほど、二人は以前からお知り合いだったのですな」
「はい」
そして景清は、考え込みながらこう言った。
「ううむ、私としては、残念な気持ちと、応援してやりたい気持ちが半々なのですがね、
エルザ、私の事は気にしなくていいから、自分の口で、どうしたいか言ってごらん?」
「わ、私は……」
そしてエルザはハッキリと、景清に言った。
「私、社長には本当に感謝しています。でもどうしても、誰の助けも無い状態で、
自分の力がどこまで通用するか、試してみたいんです!」
「うんうん、分かった、確かに残念だが、その代わりにこちらのお二人が、
うちの会社にもっと大きな利益をもたらす提案を持ってきてくれたからね。
これもエルザの力と言えない事も無いだろう。だから気にせず、独立して頑張ってみなさい」
「ありがとうございます、社長!」
「朝景もそれでいいな?」
「はい」
「後は景時だが……」
丁度その時、景時ことクラディールが会社に到着したと、フロントから連絡が入った。
そしてすぐに扉がノックされ、クラディールが、中に入ってきた。
「父さん、今日は一体何の用事ですか?」
そしてクラディールは、最初に陽乃を見て、好色そうな表情を浮かべた。
陽乃は笑顔で会釈をしたが、その陽乃は、八幡にだけ聞こえるように、ボソッと呟いた。
「気持ち悪い男ね……」
そして次にクラディールは、エルザを見て、両手を広げながら、そちらに近付いた。
「エルザじゃないか、ここに居たのか。最近連絡がとれなかったから、心配していたんだよ」
エルザはクラディールがそう言いながら近付いてくるのを見ると、
八幡の腕にすがりつき、その耳元で、そっと囁いた。
「うぅ、八幡、気持ち悪いよぉ……」
そのエルザの動きに、始めてクラディールは、陽乃とエルザの間にいる男に目を向けた。
そしてそれが誰なのか分かった瞬間、完全に固まった。
「ま、まさか……そんな……」
その言葉を感動か何かと勘違いしたのか、景清は、笑顔でクラディールにこう言った。
「景時、こちらが、お前をSAOから救い出してくれた、比企谷八幡さんだ。
もしかして、知り合いだったのか?」
「あ……ええと……」
「はい社長、前からの知り合いです。なあ?クラディール」
「あ……はい」
「それじゃあ社長、早速エルザの事、彼に意見を聞いてみましょう」
八幡は、相手に考える暇を与えないようにそう言い、
景清は、その言葉に従い、クラディールに現状を説明する事にした。
「景時、こちらは、ソレイユ・コーポレーションの社長の雪ノ下陽乃さんと、
そちらで作業中なのが、部長の雪ノ下夢乃さん、それにお前もよく知る、比企谷八幡さんだ。
今日はレクトの代理人として、こちらに来て頂いている」
「レクトの!?そ、そうでしたか……」
「で、今日の議題なんだが、レクト並びにソレイユと、うちとの業務提携と、
それに伴う、この神崎エルザの独立についての話となっている」
「ど、独立ですか?そんなのは絶対に認め……」
クラディールは、一瞬怒りの表情を見せ、反対の意思表明をしようとした。
その瞬間に、八幡は、凄まじい殺気を放った。
何の心得も無い景清と朝景は、その殺気にはまったく気が付かなかったが、
合気道の免許皆伝の腕前を持つ陽乃は、わずかに身を引いた。
アルゴは作業中だったのだが、一瞬振り向いただけで、そのまますぐに、作業に戻った。
エルザは一人興奮していたが、幸いその表情は、八幡の陰に隠れ、誰にも気付かれなかった。
そしてその殺気をまともに受けたクラディールは、ビクッとしたが、
さすがに過去に、修羅場をくぐった経験があった為、多少耐性があるのか、すぐに立ち直り、
しかし八幡に睨まれている状態で、反対意見を述べる事も出来ず、おずおずと言った。
「い、いいと思います」
「そうか、それなら全員賛成という事で、この話はその線で進めよう。
頑張るんだよ、エルザ。私も陰ながら応援しているからね」
「はい!」
「ありがとうございます、社長」
八幡はそう言うと、間髪入れず、朝景に目配せした。
朝景はそれを受け、クラディールに言った。
「そういえば兄さん、頼まれていた資料、比企谷さんに持ってきてもらったよ」
「へ?」
突然そう言われ、クラディールは、まぬけな声を上げた。
そして八幡は、考える余裕を与えないように、クラディールに封筒を差し出した。
「それじゃこれ、頼まれていた留学の為の資料と、あっちのビジネススクールの入会案内。
そうか、ただお兄さんって聞いてたけど、クラディールの事だったんだな」
「留学ですと?」
景清は、その八幡の言葉に、驚いたように言った。
そして八幡は、満面の笑顔で、景清に言った。
「あ、まだ本人から、何も聞いてなかったんですね。実は彼が、このまま社長を継いでも、
やはり二年以上のブランクがあるせいで、上手くやっていける自信が無いから、
社長の座は朝景さんに任せて、自分は海外で、一から経営について学び直し、
そして帰ってきたら、そのまま朝景さんの補佐に回るつもりだと言い出したと聞いて、
それで私が急いで資料を集めたんですよ。本当に昔から、立派な男ですよ彼は」
「うん、ごめんね父さん、事後承諾みたいになっちゃって。
でも兄さんの決意が固いみたいだったから、僕も板ばさみにあってしまってね……」
「なっ……俺はそんな……」
「これがその資料です」
そのまま反論しようとする気配を見せたクラディールに、八幡は、封筒の中身を見せた。
そこには、案内の書類とは別に、ラフコフのマークが大きく描かれた紙と、
クラディールが最後、牢獄にいた事を示すログが書かれた紙が入っており、
それを見たクラディールは、怒りに震えながらも、何も言う事が出来ず、黙り込んだ。
「景時、そうなのか?」
景清に、確認するようにそう問われ、クラディールは、苦渋に満ちた顔をしたが、
さすがにここで反論して、自分の醜悪な過去を親に知られる事は、避けたかったようだ。
「う、うん……そうなんだ、父さん」
「そうか……立派になったな、景時」
「あ、ありがとう……」
クラディールはそう答えつつも、内心は、はらわたが煮えくり返る思いだった。
その答えを確認した八幡は、元の席に戻ったのだが、その八幡の腕に、
嬉しそうにすがりつくエルザの存在が、クラディールの感情を、更に逆なでした。
(このクソ女、俺の事が好きだった癖に、簡単に別の男になびきやがって……
俺の事が好きだったくせに、俺を裏切った、あのアスナと一緒だな。
それよりもハチマン……あいつをどうにかしないとまずい……)
クラディールは、彼なりに、どうすればこの状況を逆転出来るか考え始めた。
実はこの時クラディールは、懐にサバイバルナイフを忍ばせていた。
クラディールは、先日ラフコフのマークが机の上に置かれていた日から、
護身用にとそれを持ち歩いていたのだった。
(優秀な俺が、この状況を打開出来ないはずがない、考えろ……
ハチマンと朝景さえ排除出来れば、こんな状況は、簡単にひっくり返せる。
そして俺の手の中には、このナイフがある……
このフロアは、階段を上ってすぐの踊り場と、その横の部屋が、監視カメラの死角になる。
そこであいつらを殺し、横の部屋に運び込み、夜になったら運び出して、どこかに捨てる。
これだ、この計画しかない。この華麗な計画で、あいつらを排除する。その為には……)
クラディールは、そんな彼が考える、最高に華麗な計画を実行に移す為、
精一杯の笑顔を作り、八幡と朝景に言った。
「比企谷さん、朝景、今後の事を、下の階の会議室で、三人で相談しようじゃないか、
そんな訳で、ちょっと席を外すね、父さん」
「そうか、分かった。存分に話してくるといい」
「それじゃ行こう、二人とも」
「ああ」
「分かった」
そしてそんな三人を横目で見ながら、アルゴが影景にこう言った。
「それじゃあその間に、こちらのモニターを使って、試しに設置した機器の説明をしますネ」
「お願いします」
そしてクラディールは、扉に向かって歩き出した。
八幡と朝景も立ち上がって、そんなクラディールの後に続いた。
そしてクラディールは扉を開け、二人が外に出るのを待つ事で、
二人を先に行かせる事に成功し、そのまま静かに二人の後に続いた。
廊下では、誰も何も喋らず、その場には、妙な緊張感が流れていた。
そして問題の踊り場に差し掛かると、クラディールは静かにサバイバルナイフを抜き、
先ず最初に始末すべき、八幡の頭目掛けて、そのナイフを振り下ろした。
その瞬間に、八幡の姿が消えた。
「なっ……」
そして、バチッという音と共に、クラディールの右手に激痛が走り、
クラディールは、その痛みに耐えられず、持っていたナイフを取り落とした。
「やっぱりこうなったか……残念だよ、クラディール」