ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


第271話 いくら光が大きくとも

 そして迎えたクリスマスイベントの日、シュピーゲルは、ダインのパーティに加わり、

自分達の出番を、今か今かと待ち構えていた。実はシュピーゲルは、何日か前にシノンに、

一緒のチームでイベントに参加しないかと誘いをかけていたのだが、

ちょっと無理の一言で断られ、微妙にへこんでいた。

 

(まあ、最近ずっと姿を見せてなかったし、忙しいんだろうな)

 

 実際の所、シュピーゲルのログイン時間は、基本朝から晩までであり、

最近シノンがログインする事が多い、夜十時くらいには、

うとうとしてしまっている事が多かった為、

フレンドリストに表示されていたシノンの名前を、見逃してしまったのだろう。

何回かは、リストを見れば、ログイン中なのが確認出来る機会があったはずなのだが、

シノンのリアルをよく知るシュピーゲルは、

心に傷を負い、基本他人に心を開く事が無いシノンが、

自分以外の他人と、自分から一緒に行動する可能性など、まったく考えてもいなかった。

ましてや、学校で親友と呼べる者を三人も作っている事など、想像すらしなかった。

まあこれは、わざわざ彼に、学校での出来事を、

自主的に教えてくれるような友達がいなかった為、ある意味仕方がない事なのだろう。

そして、アナウンスにより、イベントの開始が告げられ、

効率よくイベントを進める為に用意された十個のステージに、

出番が来たプレイヤーが、どんどん入っていった。

 

「シュピーゲル、そろそろ出番だぞ」

「あ、はい、今行きます、ダインさん」

「くそ、別のステージでは、同じ時間にシャナが出るって話なんだよな、

見てみたかったぜ、あいつの戦闘を」

「そうなんですか」

 

 シュピーゲルは、そういえば前、シノンと一緒の時、シャナに撃たれたっけと思いながら、

自分の出番に備え、準備を開始した。そのシャナの隣に、今まさに、シノンが立っていた。

 

「さて、観衆の度肝を抜いてやりましょうか」

「お前のヘカートIIも、ついにお披露目だな」

「うん、あれから何度か野良パーティに参加したけど、

その時はまったく使わなかったからね」

「まあ、これからは、そうもいかなくなるかもだけどな」

「そうね、事故でロストしないように、細心の注意を払うわ」

「そうだな、それだけは気を付けろ。もしそれを使う時は、安易に前には出るなよ」

 

 このイベントは、リーダーに、開始のタイミングが委ねられていた。

もっとも時間制限があり、スタート時間から、二分以内に戦闘を開始しないと、失格となる。

ちなみにシャナ達が中に入ってから、既に三十秒が経過していた。

その間に、シズカ達四人は、敵の正面へと固まって移動しており、

シャナとシノンは、そろそろだなと頷き合うと、その場に寝そべり、狙撃体制をとった。

そしてシズカ達が、武器を取り出した瞬間、周りの観衆はざわついた。

 

「おい、あれって……」

「全員マシンガンの二丁装備?確かにありだとは思うが……」

「でもあれって、装弾数が多いだけで、威力はほとんど無い奴だろ?

そもそもあれを両手に持って、移動しながら狙いをつけるのは厳しいだろ」

「でも、あのシャナがいるんだ、正面の四人は囮で、

その間にシャナが、横から狙撃する作戦じゃないのか?」

「まあ、そう考えるのが妥当だろうが、あのシャナだからな……」

 

 そんな観衆を横目に、次に出番を控えたゼクシードが、あざ笑うように言った。

 

「おやおや、シャナさんは、どうやら最初から、勝負を捨てちまったらしいな、

あれじゃあ多少狙撃で攻撃を当てようとも、正面の奴らが、敵の突進で粉砕された瞬間に、

何もかもが終わっちまうじゃないかよ、あはははははは」

 

 そしてユッコとハルカも、多少知識がついた為か、状況を把握し、

ゼクシードの隣で、同じように野次を飛ばしていた。

 

「そうよそうよ、今度こそ私達の勝利よ!」

「失格するくらいなら、いっそリタイアすればあ?」

 

 ゼクシードとシャナの確執は有名であり、周りの観衆の多くは、またゼクシード一派かと、

呆れた顔で、そちらを見つめた。ちなみに残りの三人は雇われであり、

自分達に悪い評判が立たないように、極力目立たないようにしていた。

一般的には、ゼクシードが一方的にシャナを敵視しているだけだと、

もっぱらの評判だったのだが、今回に限り、確かにその言葉にも、一理あった。

ここまでの最短タイムは十五分であり、上位陣全てが、散開からの、

いわゆる『逃げながら撃つ』戦法をとっていたからであり、

いわゆる陣形を組んでのガチンコ勝負を挑んだチームは、

ここまで全て、時間切れで失格となっていたからだ。ちなみに制限時間は、三十分である。

その為か、他にも何人かの者が、ゼクシード達と同じように、野次を飛ばしていた。

もっともそのほとんどが、女性プレイヤーを四人も擁するシャナに、嫉妬した者達だった。

ちなみに目端のきく、一部の実力者達は、既に気付いていた。

シャナの隣にいるシノンが構えているのが、GGOのサービス開始以来、

ついに現れた、二丁目となる対物ライフルだという事を。

そういった者達は、頭では無謀だと思っていたが、

しかし、シャナなら何かやるかもしれないと、事の成り行きを、興味深く見守っていた。

そして開始間際に、ピトフーイが言った。

 

「黙れよ、実力も無いひよっこどもが、これからの一分間、黙って大人しく、そこで見てな」

 

 その顔の刺青の迫力と相まって、身内では絶対に言わないような、ドスの利いたその声に、

周りの観衆は、一分間という言葉に疑問を持つ事もなく、シンと静まり返った。

 

「よし、いくぞ」

「「「「「おう!」」」」」

 

 その開始の合図と共に、シャナは、空中に浮かんだ開始ボタンを押し、

仲間達は、威勢よくそう返事をした。

予想通り、機械仕掛けのサンタトナカイが、四人の方に爆走していく。

 

「嘘だろ?」

「おい、本気か?」

 

 観客から、驚きの声があがる。それは、その四人が、

トナカイの方へと、全力で疾走していったからだった。

 

「無謀だろ!」

「どうするんだよあれ」

 

 そんな観客の怒号が飛び交う中、シャナとシノンは、冷静にそのトリガーを引いた。

そして、凄まじい銃の発射音と共に、二筋の光が煌いたかと思うと、

次の瞬間、その光は、空中に浮いていた、トナカイの左前足と左後ろ足にヒットし、

その二本の足は、横に盛大に跳ね飛ばされた。

そして、まともに着地する事が不可能になったトナカイは、そのままどっと地面に倒れた。

 

「は?」

「ええっ?」

「あの速さで走る敵の足を、正確に撃ちぬいたのか!?」

 

 そして次の瞬間、倒れたトナカイに向け、疾走していた四人は、

両手に持ったマシンガンの、一斉射撃を開始した。

ダダダダダダ、という音が延々と続き、その弾は全て、横たわったトナカイの、

頭に、体に、吸い込まれていった。時折繰り出される、首振りによる角での攻撃も、

四人は難なく避けつつ、一方的に銃弾を叩き込み続けていく。

だがさすがに、永遠にその状態が続くはずもなく、

トナカイは、最初に撃たれた二本の足に、全体重を掛け、何とか立ち上がろうとした。

その瞬間に、再び二筋の光が走り、その二本の足の、先ほどとまったく同じ場所に直撃した。

さすがに、最初と同じ場所に、二発連続で、強力な対物ライフルの攻撃を受けた為か、

そのトナカイの足は、二本ともポッキリと折られ、

トナカイは、再び地面へと、倒れる事となった。

その間に、容赦なく、マシンガン八丁の一斉射撃は続き、ついにシャナとシノンまでもが、

トナカイの体めがけて、連続して狙撃を開始した。

客席のあちこちから、ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえ、

次の瞬間、憐れなトナカイは、光の粒子となり、完全に消滅した。

その瞬間、電光掲示板のタイマーがストップした。その時間は、実に開始から五十八秒。

この瞬間に、シャナ達の優勝と、当てた弾の数賞、及び、被ダメージの少なさ賞の、

複数同時獲得が、決定的となった。最初にシノンがシャナに抱き付き、

シズカとピトフーイが、シャナに駆け寄り、抱き付いた瞬間、

客席から、すさまじい大歓声があがった。

 

「うおおおお、まじかよ!」

「あれってまさか、対物ライフル?」

「そんな話聞いてねえよ!」

「あれって確か、シャナゼク動画に出てた子だよな?」

「さすが俺達のシャナ!お前がナンバーワンだ!」

 

 そんな大歓声の中、イコマは、さすがに男の自分がシャナに抱き付くのもどうかと思い、

ベンケイと一緒にその場に留まり、誇らしげな気分で、観客に手を振っていたが、

三人がシャナから離れたタイミングを見計らって、シャナに駆け寄り、

とても嬉しそうな声でシャナに報告をした。

 

「シャナさん、レベルがいっぱい上がりました、これはちょっと凄いですよ!」

「そうか、頑張った甲斐があったな、よくやったぞイコマ」

「シャナ、私、ちゃんと出来たよね?」

「ああ、よくやったぞ、シノン」

 

 シャナは嬉しそうにそう言い、シノンは、自分はやり遂げたんだという、

満足感に満たされていた。そして六人は、イベント終了まで時間を潰すべく、

拠点へと戻る事にしたのだが、六人がいなくなった後もしばらく、

観客達は熱狂し、雄たけびを上げていた。

そんな中、羞恥にまみれながら、立ち尽くしていたゼクシード達は、

自分達の番が来ると、こそこそと、隠れるように戦闘を開始した。

ちなみにゼクシード達の醜態に突っ込む者は、誰もいなかった。

観客が皆、シャナ達にしか興味が無かった事が、ゼクシード達には幸いした。

 

 

 

「何だ?」

 

 遠く離れたステージから、すさまじい歓声が聞こえてきた為、

シュピーゲルは、何があったんだろうと思いながら、銃のトリガーを引いた。

 

「あの方向は……シャナか!あいつ、やっぱり何かしでかしやがった!」

 

 ダインのその言葉に、シュピーゲルは、ああ、やっぱりあいつは凄いんだなと、

今更ながら、思い知らされた。だが、今はとりあえず、目の前の敵に集中だ。

シュピーゲルは、そう自分に言い聞かせ、重い足を引きずりながら、必死に戦った。

そして十五分後、敵は倒れ、シュピーゲルは、ダイン達と共に喜びを分かち合った。

タイムは、十六分二十五秒と表示されていた。

 

「現在八位か、微妙ですかね?」

 

 シュピーゲルは、このタイムなら多分そのくらいの順位だろうと考え、

最初から、結果が表示されたボードの、下の部分しか見ていなかった為、

不安と期待を滲ませた声で、ダインに尋ねた。だが、いつまでたっても答えは無い。

 

「ダインさん?」

 

 シュピーゲルがそちらを見ると、ダインは、わなわなと震えながら、

ボードの一番上を指差していた。シュピーゲルは、何だろうと思い、そちらを見た。

 

『五十八秒』

 

 ボードの一位の数字を見た瞬間、シュピーゲルの頭は、真っ白になった。

当たり前だろう、二位でさえ、そのタイムは十三分であり、二桁を切っていないのだ。

ちなみにそのタイムは、たった今、ゼクシード達が出したものである。

ユッコとハルカも、思ったより成長しているようだ。

 

「嘘だろ……」

 

 ダインが呆然と呟く声を、聞くようで聞いていなかったシュピーゲルは、

その後、自分達の順位がギリギリ十位に確定したと、ダインに声を掛けられるまで、

自分がどんな状態だったのか、まったく覚えていなかった。

 

「まあギリギリ景品がもらえる順位だったんだ、今日はそれで良しとしようや」

「ですね」

 

 そしてダインや他の仲間達と連れ立って、十位入賞の景品を受け取る為、

表彰台の方へと向かったシュピーゲルは、そこで、ありえない光景を目にする事になった。

 

「え……シノン……?」

「おう、お前があの子をチームに誘ったって聞いた時は、そりゃ無理だろって思ったが、

まあ当たり前だよな、あの子も、シャナの女だからな。

いや、どっちかっていうと、あの子の方が、シャナにベタ惚れって感じなのかな」

「え……?」

 

(イマナントキコエタ?シャナノオンナ?ベタボレ?)

 

「何だ、やっぱり知らなかったのか?今日落ちたら、シャナ、ゼクシードで検索してみろよ。

まあ、シャナゼク動画でもいいけどな。そこにあの子も、バッチリ映ってるぜ」

 

(ウツッテル?ナニガ?)

 

「まあ、相手があのシャナなら、仕方ないよな。今回の数字だって、一体どうやったのか、

まったく見当もつかねえや。いやぁ、さすがだわ、まさに最強だな」

 

(チガウ、シノンハオレノオンナダ……オレダケノ……)

 

「おい、シュピーゲル、聞いてるのか?おい?」

「!?……は、はい、すみません」

「大丈夫かおい、そろそろ俺達が報酬を選ぶ番だぞ」

「あ、はい、大丈夫です」

「しかしまさかあの子が、GGOで二番目の、対物ライフル持ちだったとはな、

俺たちと一緒の時に使わなかったのは、事故で失うのを恐れたんだろうな、

まあ、初見の相手と組む時は、仕方ないわな」

「え?ま、まさかそんな……」

「ヘカートIIか、すげーよな、あの子もこれで、一躍有名人だな。

友達としてどうだ?鼻が高いか?」

「あ、はい……そうですね」

「まあさっきも言ったが、今日落ちたら、シャナ、ゼクシードで、一度検索してみろって、

本当にすげーからよ」

「……さっきも?は、はい」

 

 遠くでは、シャナ達がまだ、遠巻きに群集に囲まれており、賞賛を受けている最中だった。

そしてシノンは、とても嬉しそうな笑顔で、シャナの腕に抱き付いていた。

 

(……シノンのあんな顔、始めて見たな。

それにヘカートII?GGOで二番目?何がどうなってるンダヨ、意味ガ分カンナイヨ)

 

 そしてシュピーゲルは、ログアウトした後、

ダインに言われた通りに検索をかけ、ついにその動画を見付けた。

そこに映っていたシノンは、自分の知る、時折暗い表情を見せる、孤独なシノンではなく、

どう見ても、全身全霊で恋をしている、幸せいっぱいのシノンであった。

それを理解した瞬間、シュピーゲルの頭の中に、狂気という名の種が蒔かれた。

まだ発芽はしていないが、その種は、シノンという太陽を求めて、

芽を伸ばそうともがき続け、後に、発芽の時を迎える事になる。

いくら光が大きくとも、そこには必ず、影が出来るのだ。

 

 

 

 こうしてこの日始めて、シュピーゲルこと新川恭二は、シャナとシノンの関係を知った。




クリスマスイベントの話ながら、メインストーリーにぐぐっと迫る話となりました。
明日はGGO組のクリスマスパーティー!『最初で最高のクリスマス』を、お送りします。
ちなみにタイトルを予告する時は、実は大事な話だと、頭の片隅にでも入れておいて頂ければと思います!

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