そして迎えたクリスマスイベントの日、シュピーゲルは、ダインのパーティに加わり、
自分達の出番を、今か今かと待ち構えていた。実はシュピーゲルは、何日か前にシノンに、
一緒のチームでイベントに参加しないかと誘いをかけていたのだが、
ちょっと無理の一言で断られ、微妙にへこんでいた。
(まあ、最近ずっと姿を見せてなかったし、忙しいんだろうな)
実際の所、シュピーゲルのログイン時間は、基本朝から晩までであり、
最近シノンがログインする事が多い、夜十時くらいには、
うとうとしてしまっている事が多かった為、
フレンドリストに表示されていたシノンの名前を、見逃してしまったのだろう。
何回かは、リストを見れば、ログイン中なのが確認出来る機会があったはずなのだが、
シノンのリアルをよく知るシュピーゲルは、
心に傷を負い、基本他人に心を開く事が無いシノンが、
自分以外の他人と、自分から一緒に行動する可能性など、まったく考えてもいなかった。
ましてや、学校で親友と呼べる者を三人も作っている事など、想像すらしなかった。
まあこれは、わざわざ彼に、学校での出来事を、
自主的に教えてくれるような友達がいなかった為、ある意味仕方がない事なのだろう。
そして、アナウンスにより、イベントの開始が告げられ、
効率よくイベントを進める為に用意された十個のステージに、
出番が来たプレイヤーが、どんどん入っていった。
「シュピーゲル、そろそろ出番だぞ」
「あ、はい、今行きます、ダインさん」
「くそ、別のステージでは、同じ時間にシャナが出るって話なんだよな、
見てみたかったぜ、あいつの戦闘を」
「そうなんですか」
シュピーゲルは、そういえば前、シノンと一緒の時、シャナに撃たれたっけと思いながら、
自分の出番に備え、準備を開始した。そのシャナの隣に、今まさに、シノンが立っていた。
「さて、観衆の度肝を抜いてやりましょうか」
「お前のヘカートIIも、ついにお披露目だな」
「うん、あれから何度か野良パーティに参加したけど、
その時はまったく使わなかったからね」
「まあ、これからは、そうもいかなくなるかもだけどな」
「そうね、事故でロストしないように、細心の注意を払うわ」
「そうだな、それだけは気を付けろ。もしそれを使う時は、安易に前には出るなよ」
このイベントは、リーダーに、開始のタイミングが委ねられていた。
もっとも時間制限があり、スタート時間から、二分以内に戦闘を開始しないと、失格となる。
ちなみにシャナ達が中に入ってから、既に三十秒が経過していた。
その間に、シズカ達四人は、敵の正面へと固まって移動しており、
シャナとシノンは、そろそろだなと頷き合うと、その場に寝そべり、狙撃体制をとった。
そしてシズカ達が、武器を取り出した瞬間、周りの観衆はざわついた。
「おい、あれって……」
「全員マシンガンの二丁装備?確かにありだとは思うが……」
「でもあれって、装弾数が多いだけで、威力はほとんど無い奴だろ?
そもそもあれを両手に持って、移動しながら狙いをつけるのは厳しいだろ」
「でも、あのシャナがいるんだ、正面の四人は囮で、
その間にシャナが、横から狙撃する作戦じゃないのか?」
「まあ、そう考えるのが妥当だろうが、あのシャナだからな……」
そんな観衆を横目に、次に出番を控えたゼクシードが、あざ笑うように言った。
「おやおや、シャナさんは、どうやら最初から、勝負を捨てちまったらしいな、
あれじゃあ多少狙撃で攻撃を当てようとも、正面の奴らが、敵の突進で粉砕された瞬間に、
何もかもが終わっちまうじゃないかよ、あはははははは」
そしてユッコとハルカも、多少知識がついた為か、状況を把握し、
ゼクシードの隣で、同じように野次を飛ばしていた。
「そうよそうよ、今度こそ私達の勝利よ!」
「失格するくらいなら、いっそリタイアすればあ?」
ゼクシードとシャナの確執は有名であり、周りの観衆の多くは、またゼクシード一派かと、
呆れた顔で、そちらを見つめた。ちなみに残りの三人は雇われであり、
自分達に悪い評判が立たないように、極力目立たないようにしていた。
一般的には、ゼクシードが一方的にシャナを敵視しているだけだと、
もっぱらの評判だったのだが、今回に限り、確かにその言葉にも、一理あった。
ここまでの最短タイムは十五分であり、上位陣全てが、散開からの、
いわゆる『逃げながら撃つ』戦法をとっていたからであり、
いわゆる陣形を組んでのガチンコ勝負を挑んだチームは、
ここまで全て、時間切れで失格となっていたからだ。ちなみに制限時間は、三十分である。
その為か、他にも何人かの者が、ゼクシード達と同じように、野次を飛ばしていた。
もっともそのほとんどが、女性プレイヤーを四人も擁するシャナに、嫉妬した者達だった。
ちなみに目端のきく、一部の実力者達は、既に気付いていた。
シャナの隣にいるシノンが構えているのが、GGOのサービス開始以来、
ついに現れた、二丁目となる対物ライフルだという事を。
そういった者達は、頭では無謀だと思っていたが、
しかし、シャナなら何かやるかもしれないと、事の成り行きを、興味深く見守っていた。
そして開始間際に、ピトフーイが言った。
「黙れよ、実力も無いひよっこどもが、これからの一分間、黙って大人しく、そこで見てな」
その顔の刺青の迫力と相まって、身内では絶対に言わないような、ドスの利いたその声に、
周りの観衆は、一分間という言葉に疑問を持つ事もなく、シンと静まり返った。
「よし、いくぞ」
「「「「「おう!」」」」」
その開始の合図と共に、シャナは、空中に浮かんだ開始ボタンを押し、
仲間達は、威勢よくそう返事をした。
予想通り、機械仕掛けのサンタトナカイが、四人の方に爆走していく。
「嘘だろ?」
「おい、本気か?」
観客から、驚きの声があがる。それは、その四人が、
トナカイの方へと、全力で疾走していったからだった。
「無謀だろ!」
「どうするんだよあれ」
そんな観客の怒号が飛び交う中、シャナとシノンは、冷静にそのトリガーを引いた。
そして、凄まじい銃の発射音と共に、二筋の光が煌いたかと思うと、
次の瞬間、その光は、空中に浮いていた、トナカイの左前足と左後ろ足にヒットし、
その二本の足は、横に盛大に跳ね飛ばされた。
そして、まともに着地する事が不可能になったトナカイは、そのままどっと地面に倒れた。
「は?」
「ええっ?」
「あの速さで走る敵の足を、正確に撃ちぬいたのか!?」
そして次の瞬間、倒れたトナカイに向け、疾走していた四人は、
両手に持ったマシンガンの、一斉射撃を開始した。
ダダダダダダ、という音が延々と続き、その弾は全て、横たわったトナカイの、
頭に、体に、吸い込まれていった。時折繰り出される、首振りによる角での攻撃も、
四人は難なく避けつつ、一方的に銃弾を叩き込み続けていく。
だがさすがに、永遠にその状態が続くはずもなく、
トナカイは、最初に撃たれた二本の足に、全体重を掛け、何とか立ち上がろうとした。
その瞬間に、再び二筋の光が走り、その二本の足の、先ほどとまったく同じ場所に直撃した。
さすがに、最初と同じ場所に、二発連続で、強力な対物ライフルの攻撃を受けた為か、
そのトナカイの足は、二本ともポッキリと折られ、
トナカイは、再び地面へと、倒れる事となった。
その間に、容赦なく、マシンガン八丁の一斉射撃は続き、ついにシャナとシノンまでもが、
トナカイの体めがけて、連続して狙撃を開始した。
客席のあちこちから、ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえ、
次の瞬間、憐れなトナカイは、光の粒子となり、完全に消滅した。
その瞬間、電光掲示板のタイマーがストップした。その時間は、実に開始から五十八秒。
この瞬間に、シャナ達の優勝と、当てた弾の数賞、及び、被ダメージの少なさ賞の、
複数同時獲得が、決定的となった。最初にシノンがシャナに抱き付き、
シズカとピトフーイが、シャナに駆け寄り、抱き付いた瞬間、
客席から、すさまじい大歓声があがった。
「うおおおお、まじかよ!」
「あれってまさか、対物ライフル?」
「そんな話聞いてねえよ!」
「あれって確か、シャナゼク動画に出てた子だよな?」
「さすが俺達のシャナ!お前がナンバーワンだ!」
そんな大歓声の中、イコマは、さすがに男の自分がシャナに抱き付くのもどうかと思い、
ベンケイと一緒にその場に留まり、誇らしげな気分で、観客に手を振っていたが、
三人がシャナから離れたタイミングを見計らって、シャナに駆け寄り、
とても嬉しそうな声でシャナに報告をした。
「シャナさん、レベルがいっぱい上がりました、これはちょっと凄いですよ!」
「そうか、頑張った甲斐があったな、よくやったぞイコマ」
「シャナ、私、ちゃんと出来たよね?」
「ああ、よくやったぞ、シノン」
シャナは嬉しそうにそう言い、シノンは、自分はやり遂げたんだという、
満足感に満たされていた。そして六人は、イベント終了まで時間を潰すべく、
拠点へと戻る事にしたのだが、六人がいなくなった後もしばらく、
観客達は熱狂し、雄たけびを上げていた。
そんな中、羞恥にまみれながら、立ち尽くしていたゼクシード達は、
自分達の番が来ると、こそこそと、隠れるように戦闘を開始した。
ちなみにゼクシード達の醜態に突っ込む者は、誰もいなかった。
観客が皆、シャナ達にしか興味が無かった事が、ゼクシード達には幸いした。
「何だ?」
遠く離れたステージから、すさまじい歓声が聞こえてきた為、
シュピーゲルは、何があったんだろうと思いながら、銃のトリガーを引いた。
「あの方向は……シャナか!あいつ、やっぱり何かしでかしやがった!」
ダインのその言葉に、シュピーゲルは、ああ、やっぱりあいつは凄いんだなと、
今更ながら、思い知らされた。だが、今はとりあえず、目の前の敵に集中だ。
シュピーゲルは、そう自分に言い聞かせ、重い足を引きずりながら、必死に戦った。
そして十五分後、敵は倒れ、シュピーゲルは、ダイン達と共に喜びを分かち合った。
タイムは、十六分二十五秒と表示されていた。
「現在八位か、微妙ですかね?」
シュピーゲルは、このタイムなら多分そのくらいの順位だろうと考え、
最初から、結果が表示されたボードの、下の部分しか見ていなかった為、
不安と期待を滲ませた声で、ダインに尋ねた。だが、いつまでたっても答えは無い。
「ダインさん?」
シュピーゲルがそちらを見ると、ダインは、わなわなと震えながら、
ボードの一番上を指差していた。シュピーゲルは、何だろうと思い、そちらを見た。
『五十八秒』
ボードの一位の数字を見た瞬間、シュピーゲルの頭は、真っ白になった。
当たり前だろう、二位でさえ、そのタイムは十三分であり、二桁を切っていないのだ。
ちなみにそのタイムは、たった今、ゼクシード達が出したものである。
ユッコとハルカも、思ったより成長しているようだ。
「嘘だろ……」
ダインが呆然と呟く声を、聞くようで聞いていなかったシュピーゲルは、
その後、自分達の順位がギリギリ十位に確定したと、ダインに声を掛けられるまで、
自分がどんな状態だったのか、まったく覚えていなかった。
「まあギリギリ景品がもらえる順位だったんだ、今日はそれで良しとしようや」
「ですね」
そしてダインや他の仲間達と連れ立って、十位入賞の景品を受け取る為、
表彰台の方へと向かったシュピーゲルは、そこで、ありえない光景を目にする事になった。
「え……シノン……?」
「おう、お前があの子をチームに誘ったって聞いた時は、そりゃ無理だろって思ったが、
まあ当たり前だよな、あの子も、シャナの女だからな。
いや、どっちかっていうと、あの子の方が、シャナにベタ惚れって感じなのかな」
「え……?」
(イマナントキコエタ?シャナノオンナ?ベタボレ?)
「何だ、やっぱり知らなかったのか?今日落ちたら、シャナ、ゼクシードで検索してみろよ。
まあ、シャナゼク動画でもいいけどな。そこにあの子も、バッチリ映ってるぜ」
(ウツッテル?ナニガ?)
「まあ、相手があのシャナなら、仕方ないよな。今回の数字だって、一体どうやったのか、
まったく見当もつかねえや。いやぁ、さすがだわ、まさに最強だな」
(チガウ、シノンハオレノオンナダ……オレダケノ……)
「おい、シュピーゲル、聞いてるのか?おい?」
「!?……は、はい、すみません」
「大丈夫かおい、そろそろ俺達が報酬を選ぶ番だぞ」
「あ、はい、大丈夫です」
「しかしまさかあの子が、GGOで二番目の、対物ライフル持ちだったとはな、
俺たちと一緒の時に使わなかったのは、事故で失うのを恐れたんだろうな、
まあ、初見の相手と組む時は、仕方ないわな」
「え?ま、まさかそんな……」
「ヘカートIIか、すげーよな、あの子もこれで、一躍有名人だな。
友達としてどうだ?鼻が高いか?」
「あ、はい……そうですね」
「まあさっきも言ったが、今日落ちたら、シャナ、ゼクシードで、一度検索してみろって、
本当にすげーからよ」
「……さっきも?は、はい」
遠くでは、シャナ達がまだ、遠巻きに群集に囲まれており、賞賛を受けている最中だった。
そしてシノンは、とても嬉しそうな笑顔で、シャナの腕に抱き付いていた。
(……シノンのあんな顔、始めて見たな。
それにヘカートII?GGOで二番目?何がどうなってるンダヨ、意味ガ分カンナイヨ)
そしてシュピーゲルは、ログアウトした後、
ダインに言われた通りに検索をかけ、ついにその動画を見付けた。
そこに映っていたシノンは、自分の知る、時折暗い表情を見せる、孤独なシノンではなく、
どう見ても、全身全霊で恋をしている、幸せいっぱいのシノンであった。
それを理解した瞬間、シュピーゲルの頭の中に、狂気という名の種が蒔かれた。
まだ発芽はしていないが、その種は、シノンという太陽を求めて、
芽を伸ばそうともがき続け、後に、発芽の時を迎える事になる。
いくら光が大きくとも、そこには必ず、影が出来るのだ。
こうしてこの日始めて、シュピーゲルこと新川恭二は、シャナとシノンの関係を知った。
クリスマスイベントの話ながら、メインストーリーにぐぐっと迫る話となりました。
明日はGGO組のクリスマスパーティー!『最初で最高のクリスマス』を、お送りします。
ちなみにタイトルを予告する時は、実は大事な話だと、頭の片隅にでも入れておいて頂ければと思います!