ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


第272話 最初で最高のクリスマス

「それじゃ、シノンとピトは、事前に決めた待ち合わせ場所で待っててくれ」

「は~い」

「寒いんだから、早く迎えに来なさいよね」

「へいへい」

「お兄ちゃん、私、先に行って、キットに景品を積んどくね」

「あ、私も手伝うよ、ケイ」

 

 クリスマスイベントで、大量の素材を入手する事に成功した一同は、

祝勝会という名のクリスマスパーティーを行う為、

都内に借りた、レンタルスペースへと向かう予定になっていた。

料理やケーキは事前に準備されているらしく、

一行が到着し次第、サーブされる事になっていた。

 

「それじゃ、また後でな」

「うん、待ってるね!」

「また後で」

「イコマも、楓達の事、頼むな」

「はい!」

 

 そして六人は、そのままログアウトした。

ちなみにゼクシード達も、ゲーム内でだが祝勝会を行っていた。

二位という結果ではあったが、シャナ達が素材を独り占めした結果、

ゼクシード達の手には、高性能の銃と、多くの資金が渡る事となっていたのだった。

ユッコとハルカは、先ほどまで自分達が羞恥にまみれていた事などすっかり忘れ、

単純に、GGOを始める時に使った資金をあっさりと回収出来た事を喜んでいた。

 

「ねぇハルカ、まさかこんなに早くノルマを達成出来るなんて思わなかったね」

「うん、ここでやめちゃうのも、一つの手ではあるんだろうけど……」

 

 二人はそこで、ゼクシードの方をチラッと見た。

 

「……もう少し稼がせてもらおっか」

「そうだね、まあ、もうちょっとだけね」

 

 実はこの瞬間が、ゼクシードチームにとっては一番の解散の危機だったのだが、

実際のところ二人は、多少なりとも、ゼクシードに情がうつってしまっていた為、

お金の事を言い訳に、そのままチームに所属し続ける事となった。

ちなみに二人に、ゼクシードへの恋愛感情は一切無い。

 

 

 

「悪い、待たせたか」

「ううん、丁度今荷物をトランクに入れ終わった所だよ、お兄ちゃん」

「そうか」

 

 遠くからチラッと見た限りだと、何か大きな物を、

二人がトランクに積んでいたように見えた八幡は、少し心配そうに小町に尋ねた。

 

「なぁ、随分大きな景品があるのが見えけど、本当に小町の懐は痛んでないんだよな?」

「うん、全部陽乃お姉ちゃんにもらった物だから」

「……姉さんに?」

「うん、だから大丈夫」

「まあ、それならいいが、困った時はすぐにお兄ちゃんに言うんだぞ」

「うん!」

 

 八幡は、陽乃から提供されたという部分に少し引っ掛かりを覚えたが、

まあ、あの馬鹿姉も、さすがに常識くらいは弁えているだろうとそれはそのままにし、

シノンとピトフーイを拾う為、キットのエンジンをスタートさせた。

 

「しかし今年は寒いな」

「うん、寒いね」

 

 明日奈がそう答え、八幡は小町が何も言わないので、チラリとバックミラーを見た。

小町は見慣れぬコートを身に纏い、暖かそうにしていた。

 

「小町、そのコート、新しく買ったのか?」

「ほえ?あ、これは、え~っと……陽乃お姉ちゃんにもらった奴」

「姉さんに……?」

 

 八幡はその時、微妙に嫌な予感がしたのだが、根拠は何も無い為、そのまま流す事にした。

そして一行は、途中で詩乃とエルザを拾い、無事に目的地に到着した。

案内された部屋に入るとそこには既に、

量はそれほどではないが、その分しっかりと手の込んだ料理が並んでおり、

冷蔵庫の中には、丁度六人で食べきれるくらいの、豪華なケーキが入っていた。

そしてほどなく薔薇も到着し、六人はテーブルについたのだが、

何故か八幡の座る椅子だけ違うデザインの物が用意されていた。

八幡は何でだろうと思ったが、まあ、数が足りなかったんだろうと、

細かい事を気にするのはやめ、そのまま大人しく席についた。

そして八幡が音頭をとり、乾杯の挨拶をする事になった。

 

「よし、それじゃあ今日の勝利を祝って、メリークリスマス!」

「「「「「メリークリスマス!」」」」」

 

 そして六人は、今日の戦闘について振り返りながら、料理と会話を楽しんだ。

 

「それにしてもシノのん、今日は完璧な出だしだったね」

「当たり前じゃない、私を誰だと思ってるのよ」

「おお~、シノのんがまだ強気だ!」

 

 エルザが詩乃にそう話し掛け、詩乃は胸を張りながらそう答えた。

 

「今は、的を外す気がしないんだろ?」

「うん、そんな感じ」

 

 八幡の言葉に、詩乃はそう頷いた。

 

「それじゃあ後は実戦あるのみだな、とにかく撃ちまくれ」

「うん、最近野良パーティにも混じるようになったけど、

信頼できそうな腕の持ち主が多そうな時は、積極的にやってみる」

「いいなぁ、たまには私も混ぜて!」

「あ~……うん、まあ可能な時はね……」

 

 そのエルザの頼みに言葉を濁しつつも、詩乃はとりあえずそう答えた。

そしてそういえばという顔で、薔薇がエルザに話し掛けた。

 

「そういえばあんた、クリスマスって本業の方が忙しいんじゃないの?」

「あ、うん、確かに明日からしばらく忙しいかも。

本当に、イベントが明日とかじゃなくて良かったよ」

「やっぱりクリスマスってライブとかの予定が詰まってるんだ、大変ね」

「うん、まあ大丈夫、戦うのと同じくらい、歌う事は大好きだからね」

 

 そう言うと、エルザはとある歌を口ずさみ始めた。

 

「まいごのまいごのこねこちゃん~」

「あんた、何でその歌をチョイスしたのよ!」

 

 即座に突っ込んだ薔薇に、八幡は笑顔で言った。

 

「何でだよ、いいチョイスじゃないかよ小猫」

「またあんたはそうやって、私の事を……」

「別にいいじゃないか、俺はお前の名前を気に入ってるんだからな」

 

 そう八幡に言われた薔薇は、嬉しさ半分とまどい半分な表情で、ぼそぼそとこう呟いた。

 

「そ、それならまあ、別に文句は無いんだけど……」

「お前、本当に昔と比べると完全に別人だよな。最初に俺がお前を見た時の印象は、

とにかく嫌な表情をするクソ女だなって感じだったんだが、

今のお前は何ていうか……なぁ?」

 

 その先が素直に言えないのか、そう話を振ってきた八幡の代わりに、四人はこう言った。

 

「今の小猫さんは、凄く穏やかでかわいくなったと思う!」

「小猫さん、マーベラスです!デリシャスです!」

「小猫ちゃんは見ててかわいいから、からかい甲斐があるよね!」

「小猫さんの昔の話は私には分からないけど、でも今の小猫さんは凄く素敵だと思う」

「まあそういう事だ」

 

 薔薇は、その仲間からの言葉に恥じらい、俯きながらぼそっと言った。

 

「あ、ありがと……」

 

 ちなみにその後、他の者達は、もうそっちに慣れてしまっていた為、

薔薇という呼び方を続ける事になったのだが、

八幡だけは、機嫌のいい時に限り、公然と薔薇を小猫と呼ぶようになり、

それが一つの、八幡の感情を知る上での、バロメーターとされる事となった。

 

「さて、ここで本日のメインイベントです!

これから豪華景品の当たるゲーム大会を開催したいと思います!

ちなみに小町は不参加ですので、四人で頑張って下さいね!」

「不参加?四人?」

 

 そう怪訝そうな顔をする八幡に、小町は笑顔のままこう言った。

 

「それはこういう事だよ、お兄ちゃん」

 

 そして小町が何かのスイッチを取り出し、そのボタンを押した。

その瞬間に、八幡の座っている椅子からベルトが飛び出し、八幡の体をガッチリと拘束した。

 

「なっ……」

 

 驚き、何か言おうとする八幡を制し、小町はアナウンスを続けた。

 

「はい、という訳で、陽乃お姉ちゃん提供による、

お兄ちゃんグッズ争奪ビンゴ大会の開催を、ここに宣言しまっす!」

「待ってました!」

「ここからが本番ね」

「賞品は何なのかなぁ?」

「わ、私は別にそんなの欲しくないけど、ここで一人だけ和を乱す訳にはいかないしね」

 

 その言葉と同時に四人がそう言った為、

八幡は、自分以外はこの事を知っていたのだと、今更ながら気付かされた。

 

「こ、小町、一体これは……」

「ごめんねお兄ちゃん、でも仕方ないんだよ、小町はもう、今回の企画の司会をやる報酬を、

陽乃お姉ちゃんからもらっちゃってるから……」

 

 その言葉で八幡は、小町が着ていたコートの事を思い出した。

 

「ま、まさかお前、あのコートは……」

「うん、あれって日本じゃ入手しにくい、海外の人気ブランドのやつだから、

あんないい物をもらっちゃったら、

小町はどうしてもお兄ちゃんを裏切るしかなかったのです、ごめんなさい、てへっ」

 

 小町は、ちっとも悪いと思っていない顔で八幡に言った。

八幡はこれはどうしようもないと思い、最後の希望を込め、明日奈に声を掛けた。

 

「なあ明日奈、助け……」

 

 明日奈は、八幡に話し掛けられるのを予想していたのか、

その言葉を途中で遮り、苦しそうに早口でこう言った。

 

「ごめんね八幡君、私もこういうのはどうかなって思わないでもなかったんだけど、

あんな賞品を見せられたら、私にももうどうしようもないの」

 

 表情こそ苦しそうだが、よく聞くと完全に欲望に塗れたその言葉を聞き、

八幡は何もかも諦めた顔で、こう呟いた。

 

「つまり明日奈も、何か欲しい物があったんだな……」

 

 明日奈はその言葉を聞き、切なそうな顔で八幡に訴えかけた。

 

「仕方ないの、私も一位の賞品が欲しいの!というか、全部欲しいの!」

「お、おう……それなら仕方ないな……」

 

 八幡は、明日奈の表情が本気だった為、そう言うと、大人しく成り行きを見守る事にし、

おかしな物が景品にされていませんようにと天に祈った。

そして小町から、今日の賞品が公開された。

 

「それでは今日の賞品をお知らせします!第四位は……

陽乃姉さん秘蔵の、お兄ちゃん生写真、百枚セット!」

「……」

 

 八幡は、まあそこらへんはあるだろうと思っていたので、

案外平然と、その言葉を聞いていた。

 

「この写真、確かにどれも見た事が無い……」

「明日奈がそう言うなら、まさにお宝だね!」

「ほほう」

「ふ~ん」

 

 詩乃だけは、気の無さそうな雰囲気を漂わせていたのだが、

その視線は、チラチラと何度もその写真に向けられていた。

 

「第三位、お兄ちゃん抱き枕!」

「何だそれは……そんな物欲しがる奴がいる訳無いだろ……」

 

 八幡は、呆れた顔でそう言いながら、四人の方を見た。

四人は八幡の視線を受け、顔を背けたが、視線だけはその抱き枕に釘付けになっていた。

 

「お、お前らな……」

「はいはい、お兄ちゃんは静かにしててね、第二位、お兄ちゃん目覚まし時計!」

 

 小町が何か操作すると、その時計は、八幡の声で次々と言った。

 

『明日奈、朝だぞ、ほら、起きろ』

『詩乃、朝だぞ、ほら、起きろ』

『エルザ、朝だぞ、ほら、起きろ』

『小猫、朝だぞ、ほら、起きろ』

 

「このように、スイッチ一つで、四人の名前を呼んでくれるのです!

しかもお泊り会にも対応です!」

 

『明日奈、詩乃、朝だぞ、ほら、起きろ』

 

「スイッチの組み合わせにより、一人から四人まで、自在に呼ぶ名前を変えられます!

他にもセリフがあるので、それは手に入れた人のお楽しみって事で!」

「……」

 

 八幡はもう色々と諦めたのか、無言でその目覚まし時計を見つめていた。

 

「そして第一位、デフォルメお兄ちゃんぬいぐるみ、通称はちまんくん!」

「お、二位より平凡ぽいな」

 

 八幡はその平凡さが意外だったのか、思わずそう声を出した。

 

「ううん、それがこれね……」

 

 明日奈がそう言い、ぬいぐるみの背後についていたスイッチを操作した。

するとそのぬいぐるみは、伸びをしたり、ちょこちょこ歩いたり、

いくつかの動作を、自由に行い始めた。

 

「うわっ」

「かわいい……」

「会話もある程度出来るよ、こんにちは」

『おう、こんにちは』

 

 その言葉に反応し、はちまんくんは手をピッと上げ、そう挨拶した。

それを見た八幡は、その無駄な技術力にぽかんとした。

だが、他の者の反応はまったく違った。

 

「何これええええええ!」

「か、かわいいいいい!」

「欲しい、これ、絶対に欲しい!」

 

 三人はその愛らしさに絶叫した。あの詩乃でさえ、欲しい欲しいと我を忘れていた。

 

「はちまんくん、おはよう!」

『おう、よく眠れたか?』

「はちまんくん、頑張ろうね!」

『やれやれ、面倒臭いが仕方が無いな』

「はちまんくんの好きな人は?」

『……そんなの、鏡を見れば分かるだろ』

「はちまんくん……」

「お前ら、そこまでだ!いいからさっさとビンゴを始めろ!」

 

 さすがにその羞恥プレイに耐えられなくなったのか、八幡はそう絶叫した。

その言葉を合図に、小町がゲームの開始を宣言した。

 

「はい、それでは平凡ですが、ビンゴを始めたいと思います!

最初に皆さん、中央の穴を開けて下さいね!」

 

 そして小町が、順番に出た目を読み上げていった。

四人は番号を聞く度に一喜一憂し、八幡はそれを見て、

まあ楽しそうだから、たまにはこんなのもいいかと思い、

馬鹿姉への制裁の時は少し手加減してやるかと考えた。

当然、制裁自体をやめようなどとは、微塵も思ってもいない。

そしてついに決着の時が訪れた。四人にリーチがかかる混戦の中、

ついにその栄冠を手にしたのは、詩乃だった。

 

「きたあああああああ!」

「嫌あああああああ!」

「ううううう、今までの人生で一番悔しい……」

「くっ……すさまじい強運ね」

「マスター登録は、朝田詩乃っと」

 

 結局順位は、二位・明日奈、三位・エルザ、四位・小猫と決まった。

明日奈は、何とか二位を確保する事が出来てほっとし、

エルザは、目覚ましよりは抱き枕が欲しかったので満足した。

小猫は、まあ私の立ち位置なら、これくらいが妥当かなと、

そのささやかな成果に、顔をほころばせていた。

そして八幡は解放された後、五人に何か言おうとしたのだが、

そんな八幡に、五人はそっとプレゼントを差し出した。

 

「……あ?わ、悪い、俺は今日は何も用意してないんだが……」

 

 ちなみに後日、八幡はちゃんと五人にプレゼントをした事だけは報告しておく。

 

「いいのいいの」

「五人で話し合って決めたんだよ、お兄ちゃん」

「うん、だから気にしないで受け取って」

 

 そして八幡は先ず明日奈から、手編みのマフラーを受け取った。

 

「まあ、手編みは正妻の特権かな」

 

 次に八幡は小町からハンカチを、薔薇からネクタイを受け取った。

 

「小町はまあ、平凡でいいかなって」

「私は、あんたの背広姿をよく見てるから、それに合う奴を選んだつもり」

 

 そしてエルザは、八幡の為に歌ったという、新曲の入ったメモリを渡した。

 

「私作詞作曲、短い曲だけど、一般には販売しない唯一の曲かな!」

「まじか……ほんまもんのお宝じゃね-か」

「うわ、神崎エルザの永遠の未発表曲?それはすごい値段が付きそうね」

 

 そして最後に詩乃は、八幡に銀色の懐中時計を差し出した。

 

「懐中時計か」

「う、うん、買い物に行って見かけた瞬間、これだって思って……」

「うん、いいな、これ」

 

 八幡が気に入ったようで、詩乃はほっと安堵した。

 

「みんなありがとな、その、大切にするわ」

 

 五人はそれを聞き、満面の笑顔になった。

その後一同は、存分に甘いケーキに舌鼓を打ち、その日の会は盛況のうちに幕を閉じた。

そして家に帰った後、エルザは早速抱き枕を使い、存分にハァハァした。

詩乃は当然、熱心にはちまんくんに話し掛けていた。

 

「はちまんくん、今日は楽しかったね」

『まあ、楽しくなくはなかったな』

「ぷっ、こっちのはちまんくんも素直じゃないのね。

はちまんくん、私、ちょっとお風呂に入ってくるね」

『べ、別に断らなくても、覗いたりはしねーよ』

 

 そしてお風呂から出た詩乃は、はちまんくんを抱いて寝る事にした。

 

「はちまんくん、おやすみ」

『おう、いい夢見ろよ』

 

 物心ついてから、初めて自分の意思で、待ち望んで迎えた詩乃のクリスマスは、

こうして幸せに包まれたまま幕を閉じる事となった。




ストーリーの都合上、詩乃寄りの話になっております。
まあ、タイトルで、分かってた方もいそうですね。
ちなみにはちまんくんは、この後も何度か話に登場してきます。

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