「それじゃ、シノンとピトは、事前に決めた待ち合わせ場所で待っててくれ」
「は~い」
「寒いんだから、早く迎えに来なさいよね」
「へいへい」
「お兄ちゃん、私、先に行って、キットに景品を積んどくね」
「あ、私も手伝うよ、ケイ」
クリスマスイベントで、大量の素材を入手する事に成功した一同は、
祝勝会という名のクリスマスパーティーを行う為、
都内に借りた、レンタルスペースへと向かう予定になっていた。
料理やケーキは事前に準備されているらしく、
一行が到着し次第、サーブされる事になっていた。
「それじゃ、また後でな」
「うん、待ってるね!」
「また後で」
「イコマも、楓達の事、頼むな」
「はい!」
そして六人は、そのままログアウトした。
ちなみにゼクシード達も、ゲーム内でだが祝勝会を行っていた。
二位という結果ではあったが、シャナ達が素材を独り占めした結果、
ゼクシード達の手には、高性能の銃と、多くの資金が渡る事となっていたのだった。
ユッコとハルカは、先ほどまで自分達が羞恥にまみれていた事などすっかり忘れ、
単純に、GGOを始める時に使った資金をあっさりと回収出来た事を喜んでいた。
「ねぇハルカ、まさかこんなに早くノルマを達成出来るなんて思わなかったね」
「うん、ここでやめちゃうのも、一つの手ではあるんだろうけど……」
二人はそこで、ゼクシードの方をチラッと見た。
「……もう少し稼がせてもらおっか」
「そうだね、まあ、もうちょっとだけね」
実はこの瞬間が、ゼクシードチームにとっては一番の解散の危機だったのだが、
実際のところ二人は、多少なりとも、ゼクシードに情がうつってしまっていた為、
お金の事を言い訳に、そのままチームに所属し続ける事となった。
ちなみに二人に、ゼクシードへの恋愛感情は一切無い。
「悪い、待たせたか」
「ううん、丁度今荷物をトランクに入れ終わった所だよ、お兄ちゃん」
「そうか」
遠くからチラッと見た限りだと、何か大きな物を、
二人がトランクに積んでいたように見えた八幡は、少し心配そうに小町に尋ねた。
「なぁ、随分大きな景品があるのが見えけど、本当に小町の懐は痛んでないんだよな?」
「うん、全部陽乃お姉ちゃんにもらった物だから」
「……姉さんに?」
「うん、だから大丈夫」
「まあ、それならいいが、困った時はすぐにお兄ちゃんに言うんだぞ」
「うん!」
八幡は、陽乃から提供されたという部分に少し引っ掛かりを覚えたが、
まあ、あの馬鹿姉も、さすがに常識くらいは弁えているだろうとそれはそのままにし、
シノンとピトフーイを拾う為、キットのエンジンをスタートさせた。
「しかし今年は寒いな」
「うん、寒いね」
明日奈がそう答え、八幡は小町が何も言わないので、チラリとバックミラーを見た。
小町は見慣れぬコートを身に纏い、暖かそうにしていた。
「小町、そのコート、新しく買ったのか?」
「ほえ?あ、これは、え~っと……陽乃お姉ちゃんにもらった奴」
「姉さんに……?」
八幡はその時、微妙に嫌な予感がしたのだが、根拠は何も無い為、そのまま流す事にした。
そして一行は、途中で詩乃とエルザを拾い、無事に目的地に到着した。
案内された部屋に入るとそこには既に、
量はそれほどではないが、その分しっかりと手の込んだ料理が並んでおり、
冷蔵庫の中には、丁度六人で食べきれるくらいの、豪華なケーキが入っていた。
そしてほどなく薔薇も到着し、六人はテーブルについたのだが、
何故か八幡の座る椅子だけ違うデザインの物が用意されていた。
八幡は何でだろうと思ったが、まあ、数が足りなかったんだろうと、
細かい事を気にするのはやめ、そのまま大人しく席についた。
そして八幡が音頭をとり、乾杯の挨拶をする事になった。
「よし、それじゃあ今日の勝利を祝って、メリークリスマス!」
「「「「「メリークリスマス!」」」」」
そして六人は、今日の戦闘について振り返りながら、料理と会話を楽しんだ。
「それにしてもシノのん、今日は完璧な出だしだったね」
「当たり前じゃない、私を誰だと思ってるのよ」
「おお~、シノのんがまだ強気だ!」
エルザが詩乃にそう話し掛け、詩乃は胸を張りながらそう答えた。
「今は、的を外す気がしないんだろ?」
「うん、そんな感じ」
八幡の言葉に、詩乃はそう頷いた。
「それじゃあ後は実戦あるのみだな、とにかく撃ちまくれ」
「うん、最近野良パーティにも混じるようになったけど、
信頼できそうな腕の持ち主が多そうな時は、積極的にやってみる」
「いいなぁ、たまには私も混ぜて!」
「あ~……うん、まあ可能な時はね……」
そのエルザの頼みに言葉を濁しつつも、詩乃はとりあえずそう答えた。
そしてそういえばという顔で、薔薇がエルザに話し掛けた。
「そういえばあんた、クリスマスって本業の方が忙しいんじゃないの?」
「あ、うん、確かに明日からしばらく忙しいかも。
本当に、イベントが明日とかじゃなくて良かったよ」
「やっぱりクリスマスってライブとかの予定が詰まってるんだ、大変ね」
「うん、まあ大丈夫、戦うのと同じくらい、歌う事は大好きだからね」
そう言うと、エルザはとある歌を口ずさみ始めた。
「まいごのまいごのこねこちゃん~」
「あんた、何でその歌をチョイスしたのよ!」
即座に突っ込んだ薔薇に、八幡は笑顔で言った。
「何でだよ、いいチョイスじゃないかよ小猫」
「またあんたはそうやって、私の事を……」
「別にいいじゃないか、俺はお前の名前を気に入ってるんだからな」
そう八幡に言われた薔薇は、嬉しさ半分とまどい半分な表情で、ぼそぼそとこう呟いた。
「そ、それならまあ、別に文句は無いんだけど……」
「お前、本当に昔と比べると完全に別人だよな。最初に俺がお前を見た時の印象は、
とにかく嫌な表情をするクソ女だなって感じだったんだが、
今のお前は何ていうか……なぁ?」
その先が素直に言えないのか、そう話を振ってきた八幡の代わりに、四人はこう言った。
「今の小猫さんは、凄く穏やかでかわいくなったと思う!」
「小猫さん、マーベラスです!デリシャスです!」
「小猫ちゃんは見ててかわいいから、からかい甲斐があるよね!」
「小猫さんの昔の話は私には分からないけど、でも今の小猫さんは凄く素敵だと思う」
「まあそういう事だ」
薔薇は、その仲間からの言葉に恥じらい、俯きながらぼそっと言った。
「あ、ありがと……」
ちなみにその後、他の者達は、もうそっちに慣れてしまっていた為、
薔薇という呼び方を続ける事になったのだが、
八幡だけは、機嫌のいい時に限り、公然と薔薇を小猫と呼ぶようになり、
それが一つの、八幡の感情を知る上での、バロメーターとされる事となった。
「さて、ここで本日のメインイベントです!
これから豪華景品の当たるゲーム大会を開催したいと思います!
ちなみに小町は不参加ですので、四人で頑張って下さいね!」
「不参加?四人?」
そう怪訝そうな顔をする八幡に、小町は笑顔のままこう言った。
「それはこういう事だよ、お兄ちゃん」
そして小町が何かのスイッチを取り出し、そのボタンを押した。
その瞬間に、八幡の座っている椅子からベルトが飛び出し、八幡の体をガッチリと拘束した。
「なっ……」
驚き、何か言おうとする八幡を制し、小町はアナウンスを続けた。
「はい、という訳で、陽乃お姉ちゃん提供による、
お兄ちゃんグッズ争奪ビンゴ大会の開催を、ここに宣言しまっす!」
「待ってました!」
「ここからが本番ね」
「賞品は何なのかなぁ?」
「わ、私は別にそんなの欲しくないけど、ここで一人だけ和を乱す訳にはいかないしね」
その言葉と同時に四人がそう言った為、
八幡は、自分以外はこの事を知っていたのだと、今更ながら気付かされた。
「こ、小町、一体これは……」
「ごめんねお兄ちゃん、でも仕方ないんだよ、小町はもう、今回の企画の司会をやる報酬を、
陽乃お姉ちゃんからもらっちゃってるから……」
その言葉で八幡は、小町が着ていたコートの事を思い出した。
「ま、まさかお前、あのコートは……」
「うん、あれって日本じゃ入手しにくい、海外の人気ブランドのやつだから、
あんないい物をもらっちゃったら、
小町はどうしてもお兄ちゃんを裏切るしかなかったのです、ごめんなさい、てへっ」
小町は、ちっとも悪いと思っていない顔で八幡に言った。
八幡はこれはどうしようもないと思い、最後の希望を込め、明日奈に声を掛けた。
「なあ明日奈、助け……」
明日奈は、八幡に話し掛けられるのを予想していたのか、
その言葉を途中で遮り、苦しそうに早口でこう言った。
「ごめんね八幡君、私もこういうのはどうかなって思わないでもなかったんだけど、
あんな賞品を見せられたら、私にももうどうしようもないの」
表情こそ苦しそうだが、よく聞くと完全に欲望に塗れたその言葉を聞き、
八幡は何もかも諦めた顔で、こう呟いた。
「つまり明日奈も、何か欲しい物があったんだな……」
明日奈はその言葉を聞き、切なそうな顔で八幡に訴えかけた。
「仕方ないの、私も一位の賞品が欲しいの!というか、全部欲しいの!」
「お、おう……それなら仕方ないな……」
八幡は、明日奈の表情が本気だった為、そう言うと、大人しく成り行きを見守る事にし、
おかしな物が景品にされていませんようにと天に祈った。
そして小町から、今日の賞品が公開された。
「それでは今日の賞品をお知らせします!第四位は……
陽乃姉さん秘蔵の、お兄ちゃん生写真、百枚セット!」
「……」
八幡は、まあそこらへんはあるだろうと思っていたので、
案外平然と、その言葉を聞いていた。
「この写真、確かにどれも見た事が無い……」
「明日奈がそう言うなら、まさにお宝だね!」
「ほほう」
「ふ~ん」
詩乃だけは、気の無さそうな雰囲気を漂わせていたのだが、
その視線は、チラチラと何度もその写真に向けられていた。
「第三位、お兄ちゃん抱き枕!」
「何だそれは……そんな物欲しがる奴がいる訳無いだろ……」
八幡は、呆れた顔でそう言いながら、四人の方を見た。
四人は八幡の視線を受け、顔を背けたが、視線だけはその抱き枕に釘付けになっていた。
「お、お前らな……」
「はいはい、お兄ちゃんは静かにしててね、第二位、お兄ちゃん目覚まし時計!」
小町が何か操作すると、その時計は、八幡の声で次々と言った。
『明日奈、朝だぞ、ほら、起きろ』
『詩乃、朝だぞ、ほら、起きろ』
『エルザ、朝だぞ、ほら、起きろ』
『小猫、朝だぞ、ほら、起きろ』
「このように、スイッチ一つで、四人の名前を呼んでくれるのです!
しかもお泊り会にも対応です!」
『明日奈、詩乃、朝だぞ、ほら、起きろ』
「スイッチの組み合わせにより、一人から四人まで、自在に呼ぶ名前を変えられます!
他にもセリフがあるので、それは手に入れた人のお楽しみって事で!」
「……」
八幡はもう色々と諦めたのか、無言でその目覚まし時計を見つめていた。
「そして第一位、デフォルメお兄ちゃんぬいぐるみ、通称はちまんくん!」
「お、二位より平凡ぽいな」
八幡はその平凡さが意外だったのか、思わずそう声を出した。
「ううん、それがこれね……」
明日奈がそう言い、ぬいぐるみの背後についていたスイッチを操作した。
するとそのぬいぐるみは、伸びをしたり、ちょこちょこ歩いたり、
いくつかの動作を、自由に行い始めた。
「うわっ」
「かわいい……」
「会話もある程度出来るよ、こんにちは」
『おう、こんにちは』
その言葉に反応し、はちまんくんは手をピッと上げ、そう挨拶した。
それを見た八幡は、その無駄な技術力にぽかんとした。
だが、他の者の反応はまったく違った。
「何これええええええ!」
「か、かわいいいいい!」
「欲しい、これ、絶対に欲しい!」
三人はその愛らしさに絶叫した。あの詩乃でさえ、欲しい欲しいと我を忘れていた。
「はちまんくん、おはよう!」
『おう、よく眠れたか?』
「はちまんくん、頑張ろうね!」
『やれやれ、面倒臭いが仕方が無いな』
「はちまんくんの好きな人は?」
『……そんなの、鏡を見れば分かるだろ』
「はちまんくん……」
「お前ら、そこまでだ!いいからさっさとビンゴを始めろ!」
さすがにその羞恥プレイに耐えられなくなったのか、八幡はそう絶叫した。
その言葉を合図に、小町がゲームの開始を宣言した。
「はい、それでは平凡ですが、ビンゴを始めたいと思います!
最初に皆さん、中央の穴を開けて下さいね!」
そして小町が、順番に出た目を読み上げていった。
四人は番号を聞く度に一喜一憂し、八幡はそれを見て、
まあ楽しそうだから、たまにはこんなのもいいかと思い、
馬鹿姉への制裁の時は少し手加減してやるかと考えた。
当然、制裁自体をやめようなどとは、微塵も思ってもいない。
そしてついに決着の時が訪れた。四人にリーチがかかる混戦の中、
ついにその栄冠を手にしたのは、詩乃だった。
「きたあああああああ!」
「嫌あああああああ!」
「ううううう、今までの人生で一番悔しい……」
「くっ……すさまじい強運ね」
「マスター登録は、朝田詩乃っと」
結局順位は、二位・明日奈、三位・エルザ、四位・小猫と決まった。
明日奈は、何とか二位を確保する事が出来てほっとし、
エルザは、目覚ましよりは抱き枕が欲しかったので満足した。
小猫は、まあ私の立ち位置なら、これくらいが妥当かなと、
そのささやかな成果に、顔をほころばせていた。
そして八幡は解放された後、五人に何か言おうとしたのだが、
そんな八幡に、五人はそっとプレゼントを差し出した。
「……あ?わ、悪い、俺は今日は何も用意してないんだが……」
ちなみに後日、八幡はちゃんと五人にプレゼントをした事だけは報告しておく。
「いいのいいの」
「五人で話し合って決めたんだよ、お兄ちゃん」
「うん、だから気にしないで受け取って」
そして八幡は先ず明日奈から、手編みのマフラーを受け取った。
「まあ、手編みは正妻の特権かな」
次に八幡は小町からハンカチを、薔薇からネクタイを受け取った。
「小町はまあ、平凡でいいかなって」
「私は、あんたの背広姿をよく見てるから、それに合う奴を選んだつもり」
そしてエルザは、八幡の為に歌ったという、新曲の入ったメモリを渡した。
「私作詞作曲、短い曲だけど、一般には販売しない唯一の曲かな!」
「まじか……ほんまもんのお宝じゃね-か」
「うわ、神崎エルザの永遠の未発表曲?それはすごい値段が付きそうね」
そして最後に詩乃は、八幡に銀色の懐中時計を差し出した。
「懐中時計か」
「う、うん、買い物に行って見かけた瞬間、これだって思って……」
「うん、いいな、これ」
八幡が気に入ったようで、詩乃はほっと安堵した。
「みんなありがとな、その、大切にするわ」
五人はそれを聞き、満面の笑顔になった。
その後一同は、存分に甘いケーキに舌鼓を打ち、その日の会は盛況のうちに幕を閉じた。
そして家に帰った後、エルザは早速抱き枕を使い、存分にハァハァした。
詩乃は当然、熱心にはちまんくんに話し掛けていた。
「はちまんくん、今日は楽しかったね」
『まあ、楽しくなくはなかったな』
「ぷっ、こっちのはちまんくんも素直じゃないのね。
はちまんくん、私、ちょっとお風呂に入ってくるね」
『べ、別に断らなくても、覗いたりはしねーよ』
そしてお風呂から出た詩乃は、はちまんくんを抱いて寝る事にした。
「はちまんくん、おやすみ」
『おう、いい夢見ろよ』
物心ついてから、初めて自分の意思で、待ち望んで迎えた詩乃のクリスマスは、
こうして幸せに包まれたまま幕を閉じる事となった。
ストーリーの都合上、詩乃寄りの話になっております。
まあ、タイトルで、分かってた方もいそうですね。
ちなみにはちまんくんは、この後も何度か話に登場してきます。