ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


第274話 ニアミス

 太陽が真上に来た頃、詩乃以外の三人は、偶然一緒に目を覚まし、

顔を見合わせた後、同時に時計を見て、今がもうお昼だという事に気が付いた。

 

「やばい、寝過ぎた!」

「はちまんくんとの会話が楽しすぎたね……

何て言うか、絶対間違いのおきない、男の子とのお泊り会みたいで」

「確かにそうだよね、っていうか、それよりももうお昼じゃない、今日は学校だよ!」

「ちょっと詩乃っち、起きて!」

 

 先に目覚めた三人は、慌てた様子で、まだ幸せそうに寝ている詩乃を起こそうとした。

ちなみに今日、十二月二十五日は金曜日である。

 

「う……ん、おはよう、みんな」

「おはようじゃないよ詩乃っち、時計見て、時計!」

 

 詩乃はそう言われ、寝惚け眼で時計を見て、一瞬驚いたような顔をしたが、

眠気が勝ったのだろう、再び横になると、面倒臭そうに言った。

 

「もう無理、今日は学校サボる」

「詩乃姫がご乱心でござる!」

「確かにもうこんな時間だけど……」

「どうしよう……あ、そうだ、詩乃っち、安易に学校をサボると、八幡さんに嫌われるよ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ビクッとした詩乃は、慌てて起き上がった。

それを見て三人は、ニヤニヤしながら詩乃に言った。

 

「おやぁ?さすがは効果てきめんですなぁ」

「恋する乙女ってやつ?」

「いや~ん、詩乃かわいい~!」

「あ・ん・た・ら・ね・え」

 

 詩乃は三人にからかわれ、額に青筋を浮かべながらも、

確かに八幡なら、ちゃんと学校には行けと言うかもしれないと思い、どうするべきか悩んだ。

そんな詩乃の目に、充電され、待機状態のはちまんくんの姿が映った。

 

「そうだ、本人に聞いてみればいいわ」

 

 そう言って詩乃は、はちまんくんのスイッチを入れた。

 

『よぉ』

 

 はちまんくんは、スイッチが入った瞬間、ぴょこっと手を上げ、詩乃に挨拶をした。

 

「はちまんくん、実は今日学校なんだけど、ちょっと寝過ごしちゃって、もうお昼なの。

こういう時って、やっぱり午後からでも学校に行った方がいい?」

『あ?単位が足りてて授業の遅れをしっかりと取り戻せるなら、

わざわざ行く必要は無いだろ、好きにしろ』

 

 その言葉に、我が意を得たりと思った詩乃は、ドヤ顔で首をくるっと回し、

三人の方へと振り返った。だが三人は、だらだらと寝そべったまま、

本を読んだりスマホをいじったり髪をいじったりしており、

その姿からは、学校に行こうとするような気配は、微塵も感じられなかった。

詩乃は、再び額に青筋を浮かべながら言った。

 

「あ・ん・た・ら・ね・え……」

「え?はちまんくんに聞こうと思った時点で、もうサボるのは決定的でしょ?」

「そうそう、昨日話した感じ、基本面倒臭がりなはちまんくんが、

わざわざ今から学校に行けなんて言う訳ないじゃない」

「詩乃、はちまんくんに対する理解が足りないんじゃないの?要するにさ……」

 

 そして三人は、声を合わせて言った。

 

「「「愛が足りない!」」」

 

 三人は、怒るか恥らうか、はたまた拗ねるか、

詩乃から何らかのリアクションがあると予想していたのだが、

その予想を裏切り、詩乃は三人に背を向けたまま、

何もしようとはせず、その場から動かなかった。

三人は怪訝に思ったのだが、その耳に詩乃の呟きが聞こえてきた。

 

「これはもう、殺すしかない……どうする、包丁?それともいっそ……」

「きゃ~、詩乃姫ご乱心!」

「殿中でござる、殿中でござるぞ!」

「はちまんくん助けて!」

『おう、任せろ』

 

 はちまんくんはそう言われ、サッと立ち上がると、

三人を庇うように、詩乃の前に立ちはだかった。

そしてはちまんくんは、詩乃にとてとてっと駆け寄り、昨日と同じように、

詩乃の膝をぽんぽんと撫でようとした……ように見えた。

だが困った事に、今の詩乃は後ろ向きなのである。

はちまんくんは、仕方なく詩乃の正面へと回り込もうとしたのだが、

それだと位置関係的に、三人を詩乃から守れなくなるとでも思ったのだろう、

そちらに移動しかけてピタッと止まり、何か考えるようなそぶりを見せた。

そして次の瞬間はちまんくんは、何か思いついたように、ぽんっと手を叩き、

そのまま詩乃の真後ろにとことこと歩み寄ると、膝の代わりに詩乃のお尻を撫で始めた。

詩乃はその不意打ちを受け、思わず声を上げた。

 

「きゃっ」

「おほぉ、そうきますか」

「いや~ん、はちまんくん、大胆!」

「これってやっぱり本物も、同じ事をするのかな?」

 

 三人は、はちまんくんの意外な行動に、それぞれそう感想を述べた。

 

「な、な、な……」

『どうだ詩乃、落ち着いたか?まあいきなりで悪かったとは思うが、

非常事態だ、勘弁してくれ』

「い、いいからその手を離しなさいよ!」

『すまんすまん、いい触り心地だったから、ついな』

「触っ……心地……って……」

 

 本物の八幡なら、そんな事は言わないはずなのだが、

このはちまんくんは、詩乃がマスターだと登録されたせいで、

明らかにおかしい時以外は、基本詩乃を持ち上げるように設定されている。

どういう思考回路によって、はちまんくんがこんな行動をとったのかは分からないが、

詩乃の状態を、声の高さや顔色や発汗状態からしっかりと見極めている為、

案外本物よりも、詩乃の望みに沿った行動をとっている可能性は、無きにしもあらずなのだ。

ちなみに詩乃は、さっき椎奈が呟いていた言葉をしっかりと聞いていた為、

まさか本物も、こういう時にこういう事をし、こういう事を言うのだろうかと、

顔を真っ赤にし、パニック状態に陥ったのだが、

はちまんくんが、どうやら本気で詩乃を落ち着かせようと努力しているのだと気が付き、

そんなはちまんくんに、八幡の姿を重ね、愛おしそうにその頭をなでた。

 

「詩乃っちが懐柔された!?」

「これが愛の力なのね!」

「どこまで本物に近いのかは分からないけど、さすがは八幡さん……」

 

 詩乃は落ち着いたせいか、その言葉にもまったく動じず、

上から見下ろすように、三人に言った。

 

「少なくとも私は、こうやって彼に大切に思われているわ、

悔しかったら、自分の事を大切に思ってくれる人を早く見つければ?」

「うわ、詩乃っちが、急に強気になった!」

「敵の戦闘力は強大だ!繰り返す、敵の戦闘力は強大だ!」

「全力で離脱だ!退避、退避!」

「ほら、馬鹿な事を言ってないでお昼を食べにいくわよ、もちろん三人のおごりね。

一宿一飯の義理は果たしなさい」

「「「は~い」」」

 

 三人はその言葉に、最初からそのつもりだったのか、素直に返事をした。

なんだかんだ仲のいい四人である。

 

「それじゃはちまんくん、留守をお願いね」

『任せろ、賊が侵入してきたとしても、俺が必ずお前の下着を守ってやる。

ってのはまあ冗談だが、留守は任された、楽しんでこいよ」

 

 はちまんくんはそう言いながら、ぴこぴこと手を振った。

はちまんくんは冗談も言えるのかと、四人はその高性能っぷりに、改めて驚いたのだが、

詩乃はそれだけではなく、前回八幡に、下着を見られた時の事を思い出し、こう言った。

 

「ちょっと、この前の事があるんだから、冗談でもそういう事は……」

 

 詩乃は、本人相手でもないのにうっかりそう言い掛け、

次の瞬間、しまったという風に自分の口を塞いだ。

詩乃が恐る恐る三人の方を見ると、三人は、いい事を聞いたという風に、

ニタ~ッと笑いながら詩乃に向かって言った。

 

「この前の事ぉ?」

「き、気のせいよ、何もある訳が無いじゃない」

「つまり、詩乃の下着絡みで八幡さんと何かあったって事だよね?」

「だ、だから違うって」

「うん、その話はまあ、歩きながらじっくり聞こうか」

「ちょ、ちょっと、離してよ、別に逃げたりしないから!」

 

 そして詩乃は三人に取り囲まれ、まるで囚人のように、連行されていった。

 

 

 

 クリスマスイブの夜、恭二は、一人で眠れない夜を過ごしていた。

本当は、勇気を出して、詩乃をどこかへ誘ってみようかとも考えたのだが、

恭二はそもそも、詩乃のリアルの住所も、連絡先も知らない為、かなわなかった。

実は恭二は一度、詩乃に連絡先を教えてくれと、冗談めかせて言った事があるのだが、

以前の遠藤の件絡みで、男性全体に対し、苦手意識を持っていた詩乃は、

それなりの信頼関係を築いていた恭二相手でも、ゲームの中で連絡をとればいいと、

決して自分の連絡先を、教えようとはしなかったのだ。

 

(あの男嫌いの朝田さんに限って、そんな事は無いと思うけど……でも……)

 

 恭二はそう思いながらも、昨日の夜に見た動画の事を思い出し、

今まさに、シャナの腕の中に、詩乃がいるのではという疑いを消す事が出来ず、

朝まで一睡もする事が出来なかった。そんな恭二も、いつの間にか眠ってしまったらしく、

目を覚ますと、既に時刻は昼になっていた。

 

「いつの間にか寝ちゃったのか……うう、頭が痛い」

 

 変な寝かたをしてしまった為か、頭痛に襲われた恭二は、

とりあえず何か食べる物を買いに行こうかと、コンビニへ行く事にした。

 

(そういえば、朝田さんと最初に会ったのも、この辺りだったっけ)

 

 恭二はそんな事を考えながら歩いていたのだが、そんな恭二の耳に、

いきなり詩乃の声が飛び込んできた為、恭二は驚き、咄嗟に近くの電柱の陰に隠れた。

 

(今の声は確かに……あ、やっぱり朝田さんだ!)

 

 恭二は、前方の交差点を横切ろうとする詩乃を見付け、声を掛けようとしたのだが、

直後にその後ろから、詩乃の友達らしき三人組が現れた為、その足を止めた。

 

(あの三人は、学校で見た事があるような……)

 

 映子達三人も、当然恭二と同じクラスだったのだが、

恭二には、仲の良い女子などはまったくおらず、話し掛けてくる者もいなかった為、

恭二は、その三人の名前を思い出す事が出来なかった。

どうやら詩乃は、その三人にからかわれているようで、

恭二の目には、恥ずかしがっているように見えた。

その顔は不快そうではなく、とても楽しそうなものであった。

 

(友達なのかな……あの感じだと、まさか絡まれているような事は無いと思うけど……)

 

 そう思った恭二は、詩乃達の姿が交差点から消えた直後に、

詩乃達を追うように、曲がり角の手前まで走り、そこで足を止めた。

そして恭二の耳に、途切れ途切れながら、詩乃達の話し声が聞こえてきた。

 

「いや~、昨日の夜のお泊り会は……」

「うんうん、楽しかった…………」

「さて…………ましょうか」

「…………ってだけの話だってば」

「え、それだけ?…………だけだと」

「っていうか、詩乃…………んだ!?」

「た、確かに………無かったから!」

「なるほど………下着を………」

 

 その、下着という言葉が聞こえた瞬間、焦った恭二は、

さすがにこれ以上、四人の会話を盗み聞きするのは躊躇われた為、

黙ってその場に留まり、詩乃達の姿が完全に見えなくなった後、

詩乃達が向かった方向とは別の方向にあるコンビニへ向け、再び歩き始めた。

 

(町中で下着の話をするとか、心臓に悪いからやめて欲しいよ……

でもそんな話をするって事は、やっぱりあの三人は、

朝田さんにとって、かなり親しい友達みたいだな。しかし朝田さん、

いつの間にあんな親しげな友達を、三人も作ったんだろ……しかも多分、同じクラスだよな。

朝田さん、クラスでは、僕と同じでずっと一人だったはずなのに……)

 

 恭二は、詩乃が同じクラスの者達から良く思われておらず、

全員から、敬遠されるか無視されるかしていたのを知っていた為、

もしかしてシャナの正体は、大きな影響力を持つ、同じ学校のトップカーストの誰かで、

そのせいで遠藤達も手が出せないようになり、その副産物として、クラスメイト達の、

詩乃に対する態度も改善されたのではないかと、至極まっとうな事を考えた。

さすがの恭二にも、外部の人間である八幡が、いきなり学校に乗り込んできて、

何もかも一瞬にして解決しまったなどとは、想像だにしなかったようだ。

 

(もしかしたら、その線から、シャナの正体が分かるかもしれないな、

後で誰かに電話で、それとなく聞いてみるかな)

 

 そして恭二は、もう一度、四人の会話に出てきた単語を思い出した。

 

(とりあえず昨日は、朝田さんの家でお泊り会だったみたいだな、

良かった、シャナと一緒じゃなくて)

 

 恭二は、詩乃の連れが、シャナらしき男じゃなくて良かったと、ほっとした。

 

(まあさすがに朝田さんも、例えゲームの中ではシャナに好意を抱いていたとしても、

よく知らない男をいきなり自分の家に上げたりはしないか)

 

 恭二は更にそう考えたのだが、四人の会話を全て聞いていたならば、

ここまで落ち着いてはいられなかっただろう。

恭二が一部の単語しか聞き取れなかった四人の会話は、実はこんなものだった。

 

「いや~、昨日の夜のお泊り会は、サプライズ満載だったね」

「うんうん、楽しかったね、はちまんくんと話すの」

「さて、それじゃあそろそろ、詩乃っちに色々と白状してもらいましょうか」

「誤解だって、最初に八幡に迎えに来てもらった時、うちに上がってもらったんだけど、

その時にうっかり、洗濯物を取り込んだまま放置しちゃってて、

で、しまい忘れてた下着を見られちゃったってだけの話だってば」

「え、それだけ?部屋にぽつんと置かれていた詩乃の下着を、八幡さんに見られただけだと」

「っていうか詩乃っち、八幡さんを、いきなり家に上げたんだ!?大胆~!」

「た、確かに軽率だったかもだけど、でもその時は、八幡とは何も無かったから!」

「なるほど、わざと下着を見せたにも関わらず、何も無かったと………」

「違うわよ、何をどう聞いたらそうなるのよ!」

「でも、何も無くて、ちょっと残念だったんでしょ?」

「まあ、それはそうだけど……って違うから!そんな事無いから!」

「詩乃っちってば、誘導尋問に引っかかりすぎ」

「うぅ……」

 

 もしこんな会話を聞かされていたとしたら、恭二は一瞬で闇堕ちしていたであろう。

だが、幸か不幸か恭二は、この時は、この会話を耳にしなかった。

そして恭二は、無事コンビニで食料を手に入れた後、家に帰り、

携帯を片手に、かつて通っていた学校の授業が終わる時間を、じっと待つ事にした。




『そして恭二は、いくつかの真実を知る』

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