ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


第275話 そして恭二は、いくつかの真実を知る

 待っている間、恭二は、学校で詩乃に何があったのか、色々と想像していた。

そして授業が終わった頃を見計らって、以前、交流のあった元クラスメイトに、

無事連絡をとる事に成功した恭二は、慎重に言葉を選びながら、詩乃の事を尋ねた。

 

『おう、恭二か、久しぶり、元気?』

「うん、まあぼちぼちかな、そのうち大検を受けろって、親にせっつかれてはいるけどね」

『恭二の家って医者の家系だっけ?大変だよな、大検から医学部って』

 

 恭二の父親は、都内の総合病院の院長をしており、

恭二は、学校をやめる条件として、父親に、必ず大検を受け、

どこかの医学部に入るようにと、厳命されていたのだった。

 

『で、今日はいきなりどうしたんだ?』

「うん、実はちょっと聞きたい事があって……」

『聞きたい事?俺に分かる事なら別に構わないけど、何?』

「実は、朝田さんの事なんだけど……最近学校で、朝田さんに何かあった?」

『姫……あっと、朝田さんの事?恭二、朝田さんと仲良かったっけ?』

 

 恭二は、相手が姫と言い掛けた事で、やはり学校で、

何か特別な事があったのだと確信した。クラスメイトを姫と呼ぶなど、普通ありえない。

 

「う、うん、ほら、僕と朝田さんって、学校で、よく似た境遇だったじゃない?

孤立してるっていうか、まあ、そんな感じ。僕の方が先に学校をやめちゃったけど、

まあそのせいで、僕と朝田さんは、今でも交流があるんだよね。

で、最近ちょっと、朝田さんの様子がおかしい事に気が付いて、

でもさすがに、本人に直接聞くのは躊躇われてさ……」

『あ~……そっか、ごめんな、恭二が学校をやめた時、何も力になれなくてさ……』

「う、ううん、気にしないで、僕は僕で楽しくやってるからさ」

『そっか、それなら良かったよ。しかしなるほどな、そういう関係か。

まあ俺もそこまで詳しい訳じゃないけど、別に秘密って訳じゃないし、

学校のほとんどの奴が知ってる事だから、教えるのは別に構わないぜ』

「そうなんだ、一個人の話が、そんなに広まってるって、何か凄いね」

『いや、あれはまあ、その後の展開も含めて、かなり衝撃的な出来事だったからな』

「衝撃的……?」

 

 恭二はその言葉に、何かよほどの事があったのだろうと思い、

一言も聞き逃すまいと、話を聞く事に集中した。

 

『ちょっと前に、校門の所に、えらい格好良くて高そうな車が止まっててよ、

あ、ちなみにその車、車のくせに、喋るんだぜ、あれにはすげ~驚いたわ。

で、その持ち主が、俺達より少し年上に見えたんだけど、

誰かを待ってるような様子で、車の横に立っててな、

女子連中が、きゃ~きゃ~言いながら、その人を囲んでたんだよ』

 

 恭二は、その訳の分からない出だしに、少し混乱しながらも、

特に質問とかはせず、黙って続きを聞く事にした。

 

『で、その人が、突然姫……朝田……ああもう、実は学校のかなりの生徒が、男女を問わず、

朝田さんの事を、こっそり姫って呼んでるから、これからはそう呼ばせてもらうわ。

まああいつと親しい、昼岡さんや、夕雲さん、夜野さんは、

面と向かって姫って呼ぶ事もあるみたいだけどな、

俺達は本人が嫌がるから、まあこっそりだ、こっそり』

「う、うん、分かった」

 

(多分、あの三人の事だな)

 

 恭二は、先ほどの出来事を思い出し、そう断定した。

 

『で、その人が、突然姫に声を掛けたんだよ。実は俺もその場にいたんだけど、

姫は最初、相手の事が誰だか分からなかったみたいで、きょとんとしててな、

恐る恐るって感じでその人に近付いて、言葉を交わした直後に、

まさかって言いながら、その場に座り込んじゃったんだよ。

あれは絶対初対面だったな、多分SNSか何かで知り合ったんだろう』

 

(まさか……いや、間違いない、シャナだ)

 

 恭二は、まさかと思いつつも、それがシャナだと確信した。

 

『問題はその後だ、その人が、姫の耳元で何かを言った直後に、

姫は、ぼ~っとした顔で、遠藤の事を指差したんだよ。

それでその人が、遠藤の所にいって、あいつの耳元で、何か囁いたんだが、

次の瞬間、遠藤は、真っ青な顔になって、取り巻きと一緒に逃げちまったんだよ。

後で聞いた噂だと、どうやらその人は、姫にちょっかいを出し続けていた遠藤の事を知って、

それをやめさせる為に、あいつにかなり強烈な脅しをかけたらしい。

実際遠藤は、それ以来、姫を避け続けているから、それは事実なんだろうな。

で、その後その人が、まだ座り込んだままだった姫を、

優しくお姫様抱っこして、車に乗せてな、二人はそのまま、どこかに行っちまった。

姫の顔が、凄く嬉しそうだったのが、印象的だったわ』

「そ、そうなんだ……」

 

 恭二は、そのありえない話を聞き、そう言う事しか出来なかった。

 

『で、遠藤がな、説明を求められる度にこう言うんだよ。

あの人が姫の彼氏だ、自分はもう関係無いから、ほっといてくれってな。

つまり姫は、SNSで知り合った、会った事も無い男と付き合ってたって事になる。

まあ、お互いの写真はやり取りしてただろうし、こんな時代だ、そういう事もあるよな。

そして、その姫のお相手は、とてつもない大当たりだった。

凄いよな、会った事も無い自分の彼女を守る為に、わざわざ学校に乗り込んできて、

一瞬で全て解決しちまう、その行動力、財力、それを鼻にかけない親しみやすさ、

だから俺達はあの人を、敬意を込めて、ブラックプリンスって呼んでるんだ』

「ブラック……プリンス」

『そんな訳で、うちの学校じゃ今、すごい人気なんだよ、ブラックプリンス。

で、次の日から、俺達にとっても姫にとっても、世界が変わった』

「世界……が……変わった?」

 

 恭二は、二人の関係が、ゲームの中だけだという可能性を捨てきれていなかった為、

リアルにまで及んでいた事にショックを受けていたが、何とかそう尋ねる事が出来た。

 

『遠藤達に何か言われる心配が無くなったせいもあると思うけど、

沢山の人が姫の所に行き、ブラックプリンスの話を聞きたがった。

もちろん俺もその一人だぜ、まあ俺が聞きたかったのは、主に車の話なんだけどな。

姫は最初戸惑っていたけど、相手のプライベートに触れないように気を付けながら、

恥ずかしがりながらも、色々な事を丁寧に教えてくれて、まったく鼻にかける事も無かった。

それで俺達は、自分達が間違ってたって思い知らされて、

それからはもう、謝罪ラッシュっていうか、一時は行列が出来る程だったな。

そんな訳で、それから俺達は、朝田さんの事を、

ブラックプリンスにちなんで、姫って呼ぶようになって、

姫にも、特に仲がいい友達が三人も出来て、クラスの雰囲気も、すげ~明るくなったんだよ』

「そ、そっか、そんな事があったんだね……」

『姫は確かに人を殺したかもしれない、でもそれは事故だ。俺達は、その事から目を背け、

遠藤の口車に乗って、ただイメージだけで、姫を仲間外れにしてきた。

だけど姫は、今はもう、自分はいじめられない立場になったのに、

俺達に、絶対に遠藤を仲間外れにしないようにって言ってきたんだ。

もうマジで、昔の自分が情けないよ。ちゃんと話してみれば、

姫は話も面白くて、その上凄く優しい、こんなにもいい奴だったのにさ。

だから俺達は、二度とこんな事はしないって誓ったんだよ。

それからは、他のクラスでも、いじめとかは無くなって、

うちの学校全体が今、凄くいい雰囲気だと思う』

「それは……凄いね……」

 

 恭二は、その偉業とも呼べる話を聞き、完全に打ちのめされた。

二人とも、自分と比べると、人間としての器が違い過ぎる。

例え立場が同じでも、二人のような行動は、自分には絶対に出来ないと、

恭二は改めて、自分の矮小さを思い知らされた。

 

『それからは先生達も、ブラックプリンスが学校に来る事は黙認状態でさ、

むしろ逆に感謝してるみたいだったな。もっともその後は、一度しか来てないんだけどな』

「あ、もう一回来たんだ」

『その時は、姫だけじゃなく、例の三人も一緒に車に乗せてもらってさ、

くそ、マジ羨ましい……俺も一度でいいから、あの車に乗ってみたい……』

「あ、あは……」

『まあ俺の話はこんな所だ、どうだ、安心したか?』

「安心?」

『ん、お前、姫の事が心配で、俺に連絡してきたんだろ?』

「あ、う、うん、話を聞いて、凄く安心した」

 

 恭二は、自分が最初に説明した事を思い出し、慌ててそう言った。

もちろん内心では、安心などはしていない。

 

「今日は詳しく教えてくれてありがとね」

『おう、それじゃまたな、恭二』

「うん、またね」

 

 電話を切った後、恭二は、ぼそっと呟いた。

 

「ゲームの中では英雄で、リアルじゃ優しくて格好良くて金持ちで……

何なんだよ、何なんだよそれ……」

 

 恭二は、今までは何となく、虚構の存在だと思っていたシャナが、

急に現実の存在として、自分の近くに迫ってきたように感じ、その圧迫感に、身を固くした。

恭二とて、決して見た目が悪い訳ではなく、家は財力もある。

いずれ医学部に進む予定でいるだけに、頭の出来も良い方で、

シャナさえいなければ、いずれ詩乃と付き合う事も、不可能ではなかっただろう。

だがその場合、詩乃がこうして救われる事も無かったはずで、

恭二に出来たのは、詩乃と共にじっと耐える事だけで、銃に関するトラウマも、

そこから逃げる事で、解決しようとしただろう。

遠藤のような者がいない限り、日常生活に銃が関わる事など、日本では普通ありえないのだ。

恭二の不幸は、相手がシャナだった事であり、これは彼の責任ではない。

たまたま出合ったシャナに差し出された手を、詩乃が全力で掴んだ結果であり、

恭二の差し出した手は弱弱しく、とても詩乃の体を支えられるような代物では無かったと、

本当に、ただそれだけの事なのである。

 

「確かに僕には何も出来なかった、でもそれが何なんだよ、

朝田さんの隣に僕がいて、何が悪いっていうんだよ」

 

 確かに悪くはない、でも、それが詩乃にとって、良い訳でもない。

恭二はその事を理解せず、さりとて、詩乃を恨む気にもなれず、

シャナに対抗出来る気もまったくしなかった為、

ただひたすら、他力本願で、詩乃の目が、再び自分に向くように祈る事しか出来なかった。

 

 

 

 それからどれくらいの時間が経ったのだろう、気が付くと、辺りはもう暗くなっていた。

恭二は母親に、夕飯だと告げられ、重い体を引きずりながら、食堂へと向かった。

 

「恭二、それじゃあ先にこれ、昌一の所に持っていって」

「うん」

 

 恭二の兄、昌一は、実はSAOサバイバーであった。

昌一と恭二は、そこまで仲がいい訳ではなかったが、

それでも恭二は、SAOがクリアされ、兄が目覚めた時は、嬉しさを覚えた。

恭二にとって、昌一は、たった一人の兄弟なのである。

その昌一は、目覚めた後、何をするでもなく、自由気ままに過ごしていた。

部屋にこもりきりという事も無く、普通に外出もする。

だが昌一は、生産的な事は何もしておらず、厳格な父も、何故かそれを黙認していた。

自分には、医学部へと進む事を強制し、何を言ってもまったく聞かなかった、あの父がだ。

 

(最初は父さんも、兄さんには普通に接していたんだよな、

でもそれが変わったのは、多分、あの菊岡って人と話をしてからだな……)

 

 ある日新川家に、菊岡という、政府の人間が尋ねてきた。

菊岡と父は、長時間二人きりで話をしていた。途中、激高する父の声も聞こえ、

恭二は何事かと思いつつも、自分には関係ないと、部屋に篭っていた。

そして階段を上る、複数の足音が聞こえ、父と、おそらく菊岡が、昌一の部屋に入っていき、

そこで何かを話し始めた。再び激高する父の声が聞こえたが、

昌一はそれに耳を塞ぎ、あくまで他人事のように、知らんぷりをしていた。

父の様子が変わったのは、それからだった。

父は妙に昌一に気を遣うようになり、基本お金だけ与えて、好きにさせるようになった。

昌一もそれを、唯々諾々と受け入れ、昌一は、同じ家で生活しているにも関わらず、

一人暮らしをしているような、そんな状態となった。

昌一は基本、他人にまったく迷惑をかけなかったが、唯一の例外は、恭二だった。

昌一が部屋で一人で夕食をとる事になった為、その部屋に夕食を運ぶのが、

恭二の仕事となり、恭二はそれを、面倒臭いと思いながらも、唯一の兄との接点として、

毎日昌一の部屋に夕食を運び続けた。ちなみに食器を片付けるのは、母の仕事である。

その事が、母と兄との唯一の接点なのだと、恭二は理解していた。

そしてこの日も恭二は、日課として、昌一の部屋へと夕食を運んだ。

 

「兄さん、夕飯、ここに置いておくからね」

「ああ」

 

 ここ数年代わり映えのしない、そんな兄とのやり取りが、今日も繰り返されるはずだった。

だがこの日は違った。久しぶりに恭二は、『ああ』以外の、昌一の声を聞く事となったのだ。

 

「待て、恭二」

 

 そう言われた恭二は、何だろうと思い、足を止めた。

 

「珍しいね、どうかしたの?兄さん」

「お前……いかれてやがるな、昨日はまだ普通だったのに、

今日は昨日とはまったく違って、俺にとっては懐かしい雰囲気になってやがる」

「いかれて……?そんな訳無いでしょ兄さん、僕はまったく普通だよ」

「いかれてる奴は、皆そう言うもんだ。お前……誰かを殺したいと思ってるな?」

「はぁ?」

 

 恭二はそう言いつつも、心臓がドクンと跳ね上がるのを感じた。

自分は確かに今日、色々と打ちのめされた。

その過程で確かに、シャナを殺して詩乃の横に立つ自分の姿を、想像した事はあった。

だが、想像はやはり想像であり、実際に人を殺す事など、自分に出来るはずもない。

そう考えた恭二は、その兄の言葉を、当然のように否定した。

 

「そんな事、一般人の僕に出来る訳無いでしょ、そりゃ、考えた事くらいはあるけどさ」

「……じゃあお前、人殺しが、俺に出来ると思うか?」

 

 恭二は一瞬言葉に詰まったが、当然のように、その兄の言葉にこう答えた。

 

「そんなの、思わないに決まってるよ、当たり前でしょ?」

「当たり前……か」

 

 そして昌一は、恭二の顔を見て、ニタリと笑った。

ニヤリではなく、ニタリという表現が似つかわしい程、

その表情は、どこか歪んだように見え、恭二は、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「お前には話した事が無かったな、俺のSAOでのプレイヤーネームは、ザザという。

通称、赤目のザザだ。もし興味があるなら、その名前で検索してみるといい。

多分どこかに、俺の事が書いてあるだろう。もしそれだけじゃ検索出来なかったら、

ラフィンコフィン、あるいはジョニーブラック、PoH辺りで検索してみろ」

 

 いつも口数が少ない昌一は、珍しく長く喋った後、再び恭二に背を向けた。

恭二は、うすら寒いものを感じながらも、黙って昌一の部屋を後にし、

普通に夕食を食べ、自分の部屋に戻ると、PCのスイッチを入れ、

先ほど言われた複数の単語を入力し、それが何なのか、調べ始めた。

そして恭二は、数時間後、兄の真実の姿を知った。




こうして、『狂気の舞台の幕が開く』

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