「まさかそんな……こんな事って……」
恭二は検索の結果、辿り着いた真実を前に呆然としていた。
「殺人ギルドの幹部?プレイヤー全ての敵?あの兄さんが、そんな……」
だが何度検索しても、どこを検索しても、結果は変わらなかった。
「それじゃあ、父さんが兄さんを放置するようになったのは……」
恭二は、父にその事を伝えたのは、あの菊岡という政府の人間だと、直感的にそう思った。
あの日父は、階下で激高し、更に昌一の部屋で再び激高した。
それから父の態度が変わった事を考えると、答えは見えてくる。
要するに父は真実を知らされて激高し、それを否定しようとして、
昌一本人に尋ねた所、そこでも肯定され、再び激高したのではないかという事だ。
「ああそうか、朝田さんのお母さんは、こんな気分だったんだな……
これは確かにきつい……」
恭二はそう思い、自分の身内が大量殺人者だという事実に押し潰されないよう、
必死でその重圧に抗った。昌一が逮捕されていない以上、それは罪には問われないのだろう。
だが大量の人間を死に追いやった事は間違いない。
(兄さんは僕が人を殺したがっていると言った。
かつて殺人ギルドにいた時、そういった人達とかなり交流があった兄さんがそう言うんだ。
もしかしたらそう見えたのかもしれないが、僕にそんな気はまったくない。
どうすれば違うと証明出来るんだろう、どうすれば……)
そして恭二は、昼に買っておいたペットボトルのお茶を飲み、ベッドに横たわった。
(考えを変えよう、確かに兄さんがそう言うなら、僕はそんな目をしていたのだろう。
でもそんなの、誰だって多かれ少なかれ、思った事くらいあるんじゃないか?
そもそも僕に人が殺せるのか?どうやって?僕は決して力が強い方ではないし、
凶器になるような物も持ち歩いてはいない。ゲームの中なら別だけど……ん、ゲーム?)
そこまで考えて、恭二はある事に気が付いた。
(そうだよ、SAOならともかく、GGOでいくら敵を殺しても、
それでプレイヤーが死ぬ事なんかありえない。あれは本当に特別なケースなんだ。
だから僕が、兄さんと一緒にGGOの中で敵を殺しまくって、
それでも誰も死なないって兄さんが理解してくれれば、きっと兄さんの心も、
昔みたいに普通に戻るんじゃないか?そうだよ、兄さんは殺人ギルドとはいえ、
幹部まで上りつめた程の人なんだ、きっと戦闘のテクニックも沢山知っているはず。
そんな兄さんに戦闘を教われば、僕だってもしかしたらシャナに勝てるかもしれない。
うんそうだ、諦めるのはまだ早い、全てを解決する方法があるじゃないか!)
そして恭二は、その方法を口に出して言った。
「兄さんに鍛えてもらって、あのシャナを僕がこの手で倒す。そして兄さんには、
もうゲームの中で人が死ぬ事は無いとハッキリ理解してもらう。そうすれば全て解決だ」
恭二は自分の考えを伝えようと、再び昌一の部屋へと向かった。
この時点では恭二は、まだどちらかというと健全な精神を保っており、
理想論ではあるが、その考えも、詩乃の事以外は比較的まともだと言えよう。
そう、詩乃の事以外は、なのだ。先ほどの恭二の言葉が全て表している。
恭二は詩乃を手に入れる為に、シャナ以上の強さを欲しており、
その為に兄の力を欲しただけなのであって、一番大事なのは自分なのである。
だから最初にこう言ったのだ、あのシャナを、僕がこの手で倒すと。
だが世の中はそれほど甘くはない。物事が全て計画通りに進む事などあるのだろうか?
いくら鍛えても、シャナに勝てなかったら、その時恭二はどうするのか。
昌一が、ゲームの中で敵を殺すだけでは満足しなかったら?
恭二はそんな事はまったく考えず、これが正しいと、自分の考えに酔っていた。
「兄さん、ちょっといい?」
「恭二か、入れ」
昌一の部屋のドアをノックした恭二はそう言われ、中に入った。
「調べたか」
「うん」
「で?」
「兄さんに現実を分かってもらう」
その答えに、さすがの昌一も意表を突かれた。
「お前が何を言いたいのか、さっぱり分からん」
「兄さん、僕は今、GGOっていうゲームをやってるんだけど」
「人の話を聞けよ……それは知ってる、で?」
「そのGGOだけど……一緒にやってみない?」
「ああ?」
「僕は思うんだけど、兄さんは確かにゲームの中で人を殺したよね?
そのせいで、結果的に現実世界でプレイヤーが死んだのかもしれない。
でも結果はどうあれ、兄さんはゲームの中で人を殺しただけじゃない?」
「やはりさっぱり分からん」
「だからね、兄さんには、GGOの中で人を殺して殺して殺しまくってもらいたいんだよ」
「はぁ?」
昌一は恭二の意図がまったく分からず、少しイラついたようにそう言った。
「そうすれば兄さんも、結局ゲームの中でいくら人を殺しても、
もう今は誰も死ぬ事が無いって、分かってくれるんじゃないかと思ってさ……
もちろん僕も、もっと強くなる為に、兄さんに人との戦い方を教えてもらおうって、
虫のいい事を考えてたりもするんだけど……」
「要するにお前は、俺が現実で人を殺さないように、
ゲームで満足出来るようになれと、そう言いたいのか?」
その言葉を受けて恭二は、困ったようにこう言った。
「あ~……うん、身も蓋も無い言い方だと、そうなるのかな……」
「本当にそれが目的か?本当は……いや、何でもない」
昌一が明らかに落胆しているように見えた為、恭二はさすがに虫が良すぎたかと思い、
何か別の提案を考えようと、昌一に謝り、自分の部屋に戻っていった。
「ごめん……虫が良すぎたね。それじゃ僕は部屋に戻るよ、おやすみなさい、兄さん」
「いや、そうじゃなく……まあいい、おやすみ」
そして恭二が出ていった後、昌一は一人毒づいた。
どうやら独り言の時は、昌一もまともに喋るらしい。
「まったく、せっかくいい感じに恭二が狂ってきたと思ったら、結局これかよ。
やっぱりリーダーみたいに、自分の狂気を理解して、
ショータイムにしちまえるような奴はそうそういないって事だな。
まあでもあいつが化ける可能性はまだある。
女への執着は、成長する為の最高のスパイスだからな」
ここで昌一が言う成長とは、もちろん悪い方への成長という意味である。
昌一にとっては、それはいい方向で間違い無いのかもしれないが、
一般的には、やはり悪い方への成長と言うべきなのだろう。
昌一は恭二の中に、確実に狂気の芽が育っている事を確信していた。
「さっきのあいつの目は、あれは間違いなく、欲望にまみれた豚の目だ。
おそらく女絡みだと思うが、正直に俺に、女を手に入れる為に協力しろと言えたなら、
俺は喜んであいつの事を手伝ってやったんだがな……あいつは話している間中ずっと、
自分が心から俺の事を心配していて、それで提案していると、完全に思い込んでいやがった。
そんな自分の事も分からないような馬鹿と一緒じゃ、楽しい遊びは出来ねえよ」
昌一は恭二の事をそう分析した。辛辣な言葉に聞こえるかもしれないが、
昌一の目には恭二がそう映っており、その分析は正解なのだから、仕方がないだろう。
「しかしGGOねぇ……確かに一時、換金目当てでやってみようかと思って、
何人かに連絡はしてみたものの、結局やらなかったんだよな。
調べれば調べる程、子供の遊びとしか思えなかったしな。
まあ結局、他のゲームも全部子供の遊びなんだが、まあその中ではましな方か……」
どうやら当初、薔薇に伝わった、ラフコフがGGOを始めそうだという情報は、
この事が伝わったものであるようだ。
そしてそう言った後、昌一は何となく、GGO関連の動画をネットで漁り始めた。
そして昌一は、ついにその動画に辿り着いた。
「BoB?これが最高峰のプレイヤー達の戦いだと?はっ、やっぱり遊びじゃねえか」
動画の紹介を見て、嘲笑うかのようにそう呟いた昌一であったが、
シャナがゼクシードを真っ二つにした瞬間、昌一の目付きが変わった。
「おいおい、頭から真っ二つかよ、どこにでも強い奴はいるって事か」
そしてサトライザーとシャナの戦いを見た昌一は、今度は顔色を変えた。
「まさか……このサトライザーって奴、ヘッドか?
でもどこか違う気がするな……ヘッドと違って、こいつからは、あまり狂気を感じねえ。
そしてこのシャナ……こいつを見ていると、どうしようもなくイラつくな……
まさかハチマンか?う~ん……俺の相手はキリトの糞野郎だったから、あまり自信がねえな」
そして昌一は、サトライザーの名前で再検索をかけたが、
他に該当する動画は出てこなかった。
その代わり、サトライザーが出てこなくなった理由として、
北米サーバーから日本サーバーにログイン出来なくなったという書き込みを見付けた。
「なるほど、このサトライザーって奴に直接会うのは、もう無理って事か」
次に昌一は、シャナの名前で再検索をかけた。こちらはたくさん見つかったが、
多くは隠し撮りのような動画で、昌一にとっては、無価値な物ばかりだった。
だがその中に、昌一にとって、とても価値のある動画が一つ、紛れ込んでいた。
「こいつは間違い無い、閃光のアスナだ。って事は、やっぱりシャナって奴は、
ハチマンだと見て間違いないようだな。これは面白くなってきやがった……
よし、方針変更だ、恭二の提案に乗るとするか、
恭二の成長を待つんじゃなく、促す事にする。そうだ、ついでにあいつも誘ってみるか」
そして昌一は携帯を手にとり、どこかに電話を掛けようとした。
だが昌一は、ふと何かに気付いたように、電話を掛けるのを思いとどまった。
「待て待て、つい最近、政府の奴らからの、俺への監視が無くなったのは確認したが、
俺の携帯からあいつの携帯への通話記録が残るのは、やはりまずい気がするな。
仕方ない、どこかの公衆電話から掛けるか……」
そして昌一は何とか公衆電話を探し出し、唯一友人と呼べる、かつての仲間に連絡した。
「誰だ?」
「俺だ、昌一だ」
「おう、久しぶりだな、しかしお前がわざわざ連絡してきたって事は、
お前も監視の目が無くなった事に気が付いたのか?」
「ああ」
「相変わらずお前、一人の時以外は口数が少ないのな」
「すまん、敦」
その電話の相手、ジョニー・ブラックこと金本敦は、相変わらずの昌一の様子に苦笑した。
「いや、お前が饒舌になってたらその方がびっくりするって。で、今日はどうしたんだ?」
「見てもらいたい物がある」
そして昌一は、先ほど見た動画を見るように敦に頼んだ。
そして動画を見た敦は興奮した様子で言った。
「おいこれ、ハチマンとアスナじゃねえかよ」
「やっぱりか、サトライザーは?」
「あ?ああ……お前もサトライザーがヘッドなんじゃないかって、そう思ったんだな。
だがこいつはヘッドじゃない、癖が違う。そして多分こいつ、ヘッドより強いな」
「そうか」
「で、この動画がどうしたんだ?一緒にGGOをやってみないかってか?」
「そうだ」
「う~んしかしな、確かにこいつらはイラつく野郎どもだが、
実際問題、GGOの中でこいつらを殺しても、もう意味が無いだろ?」
「あいつらはただのスパイスだ、確かにキッカケにはなったが、実際の目的は違う」
そしてザザは、不器用な口調で、自分に弟がいる事、
そしてその弟の狂気を目覚めさせてみたい事を敦に伝えた。
「実の弟にその仕打ちかよ、よし、気に入った、手伝うぜ」
「助かる」
こうしてあっさりと、第三回BoBの終わりまで続く、狂気の舞台の幕が開いた。
そして家に帰った昌一は、恭二の部屋を訪れ、GGOを始める事にしたと言った。
恭二は単純に喜び、昌一は恭二に、もう一人友人を誘う事を告げ、
街で自分達と接触する時は、新しいキャラを作って、そのキャラで接触する事、
そして、今使っているキャラでは、絶対に自分達と接触しないようにという指示をした。
「えっと、何でそんな事を?」
「GGOには俺の事を知っている奴がいる、そのための保険だ」
「……そっか、うん、分かった」
昌一は、これくらいしないと、ハチマン=シャナ相手にはまともに戦えないと考えていた。
そしてその考えは正しかった。何故なら既にシュピーゲルは、
シャナの指示により、ロザリアに監視されているからだ。
この昌一の指示により、ザザ達の存在自体には直ぐ気が付いたシャナも、
誰がザザなのかを特定する事と、シュピーゲルとの関係を突き止めるのには、
少し時間がかかる事となってしまったのだった。
次回、ラフィンコフィン侵攻開始!『その日運命は悪に微笑んだ』