ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/02/18 句読点や細かい部分を修正


第276話 狂気の舞台の幕が開く

「まさかそんな……こんな事って……」

 

 恭二は検索の結果、辿り着いた真実を前に呆然としていた。

 

「殺人ギルドの幹部?プレイヤー全ての敵?あの兄さんが、そんな……」

 

 だが何度検索しても、どこを検索しても、結果は変わらなかった。

 

「それじゃあ、父さんが兄さんを放置するようになったのは……」

 

 恭二は、父にその事を伝えたのは、あの菊岡という政府の人間だと、直感的にそう思った。

あの日父は、階下で激高し、更に昌一の部屋で再び激高した。

それから父の態度が変わった事を考えると、答えは見えてくる。

要するに父は真実を知らされて激高し、それを否定しようとして、

昌一本人に尋ねた所、そこでも肯定され、再び激高したのではないかという事だ。

 

「ああそうか、朝田さんのお母さんは、こんな気分だったんだな……

これは確かにきつい……」

 

 恭二はそう思い、自分の身内が大量殺人者だという事実に押し潰されないよう、

必死でその重圧に抗った。昌一が逮捕されていない以上、それは罪には問われないのだろう。

だが大量の人間を死に追いやった事は間違いない。

 

(兄さんは僕が人を殺したがっていると言った。

かつて殺人ギルドにいた時、そういった人達とかなり交流があった兄さんがそう言うんだ。

もしかしたらそう見えたのかもしれないが、僕にそんな気はまったくない。

どうすれば違うと証明出来るんだろう、どうすれば……)

 

 そして恭二は、昼に買っておいたペットボトルのお茶を飲み、ベッドに横たわった。

 

(考えを変えよう、確かに兄さんがそう言うなら、僕はそんな目をしていたのだろう。

でもそんなの、誰だって多かれ少なかれ、思った事くらいあるんじゃないか?

そもそも僕に人が殺せるのか?どうやって?僕は決して力が強い方ではないし、

凶器になるような物も持ち歩いてはいない。ゲームの中なら別だけど……ん、ゲーム?)

 

 そこまで考えて、恭二はある事に気が付いた。

 

(そうだよ、SAOならともかく、GGOでいくら敵を殺しても、

それでプレイヤーが死ぬ事なんかありえない。あれは本当に特別なケースなんだ。

だから僕が、兄さんと一緒にGGOの中で敵を殺しまくって、

それでも誰も死なないって兄さんが理解してくれれば、きっと兄さんの心も、

昔みたいに普通に戻るんじゃないか?そうだよ、兄さんは殺人ギルドとはいえ、

幹部まで上りつめた程の人なんだ、きっと戦闘のテクニックも沢山知っているはず。

そんな兄さんに戦闘を教われば、僕だってもしかしたらシャナに勝てるかもしれない。

うんそうだ、諦めるのはまだ早い、全てを解決する方法があるじゃないか!)

 

 そして恭二は、その方法を口に出して言った。

 

「兄さんに鍛えてもらって、あのシャナを僕がこの手で倒す。そして兄さんには、

もうゲームの中で人が死ぬ事は無いとハッキリ理解してもらう。そうすれば全て解決だ」

 

 恭二は自分の考えを伝えようと、再び昌一の部屋へと向かった。

この時点では恭二は、まだどちらかというと健全な精神を保っており、

理想論ではあるが、その考えも、詩乃の事以外は比較的まともだと言えよう。

そう、詩乃の事以外は、なのだ。先ほどの恭二の言葉が全て表している。

恭二は詩乃を手に入れる為に、シャナ以上の強さを欲しており、

その為に兄の力を欲しただけなのであって、一番大事なのは自分なのである。

だから最初にこう言ったのだ、あのシャナを、僕がこの手で倒すと。

だが世の中はそれほど甘くはない。物事が全て計画通りに進む事などあるのだろうか?

いくら鍛えても、シャナに勝てなかったら、その時恭二はどうするのか。

昌一が、ゲームの中で敵を殺すだけでは満足しなかったら?

恭二はそんな事はまったく考えず、これが正しいと、自分の考えに酔っていた。

 

「兄さん、ちょっといい?」

「恭二か、入れ」

 

 昌一の部屋のドアをノックした恭二はそう言われ、中に入った。

 

「調べたか」

「うん」

「で?」

「兄さんに現実を分かってもらう」

 

 その答えに、さすがの昌一も意表を突かれた。

 

「お前が何を言いたいのか、さっぱり分からん」

「兄さん、僕は今、GGOっていうゲームをやってるんだけど」

「人の話を聞けよ……それは知ってる、で?」

「そのGGOだけど……一緒にやってみない?」

「ああ?」

「僕は思うんだけど、兄さんは確かにゲームの中で人を殺したよね?

そのせいで、結果的に現実世界でプレイヤーが死んだのかもしれない。

でも結果はどうあれ、兄さんはゲームの中で人を殺しただけじゃない?」

「やはりさっぱり分からん」

「だからね、兄さんには、GGOの中で人を殺して殺して殺しまくってもらいたいんだよ」

「はぁ?」

 

 昌一は恭二の意図がまったく分からず、少しイラついたようにそう言った。

 

「そうすれば兄さんも、結局ゲームの中でいくら人を殺しても、

もう今は誰も死ぬ事が無いって、分かってくれるんじゃないかと思ってさ……

もちろん僕も、もっと強くなる為に、兄さんに人との戦い方を教えてもらおうって、

虫のいい事を考えてたりもするんだけど……」

「要するにお前は、俺が現実で人を殺さないように、

ゲームで満足出来るようになれと、そう言いたいのか?」

 

 その言葉を受けて恭二は、困ったようにこう言った。

 

「あ~……うん、身も蓋も無い言い方だと、そうなるのかな……」

「本当にそれが目的か?本当は……いや、何でもない」

 

 昌一が明らかに落胆しているように見えた為、恭二はさすがに虫が良すぎたかと思い、

何か別の提案を考えようと、昌一に謝り、自分の部屋に戻っていった。

 

「ごめん……虫が良すぎたね。それじゃ僕は部屋に戻るよ、おやすみなさい、兄さん」

「いや、そうじゃなく……まあいい、おやすみ」

 

 そして恭二が出ていった後、昌一は一人毒づいた。

どうやら独り言の時は、昌一もまともに喋るらしい。

 

「まったく、せっかくいい感じに恭二が狂ってきたと思ったら、結局これかよ。

やっぱりリーダーみたいに、自分の狂気を理解して、

ショータイムにしちまえるような奴はそうそういないって事だな。

まあでもあいつが化ける可能性はまだある。

女への執着は、成長する為の最高のスパイスだからな」

 

 ここで昌一が言う成長とは、もちろん悪い方への成長という意味である。

昌一にとっては、それはいい方向で間違い無いのかもしれないが、

一般的には、やはり悪い方への成長と言うべきなのだろう。

昌一は恭二の中に、確実に狂気の芽が育っている事を確信していた。

 

「さっきのあいつの目は、あれは間違いなく、欲望にまみれた豚の目だ。

おそらく女絡みだと思うが、正直に俺に、女を手に入れる為に協力しろと言えたなら、

俺は喜んであいつの事を手伝ってやったんだがな……あいつは話している間中ずっと、

自分が心から俺の事を心配していて、それで提案していると、完全に思い込んでいやがった。

そんな自分の事も分からないような馬鹿と一緒じゃ、楽しい遊びは出来ねえよ」

 

 昌一は恭二の事をそう分析した。辛辣な言葉に聞こえるかもしれないが、

昌一の目には恭二がそう映っており、その分析は正解なのだから、仕方がないだろう。

 

「しかしGGOねぇ……確かに一時、換金目当てでやってみようかと思って、

何人かに連絡はしてみたものの、結局やらなかったんだよな。

調べれば調べる程、子供の遊びとしか思えなかったしな。

まあ結局、他のゲームも全部子供の遊びなんだが、まあその中ではましな方か……」

 

 どうやら当初、薔薇に伝わった、ラフコフがGGOを始めそうだという情報は、

この事が伝わったものであるようだ。

そしてそう言った後、昌一は何となく、GGO関連の動画をネットで漁り始めた。

そして昌一は、ついにその動画に辿り着いた。

 

「BoB?これが最高峰のプレイヤー達の戦いだと?はっ、やっぱり遊びじゃねえか」

 

 動画の紹介を見て、嘲笑うかのようにそう呟いた昌一であったが、

シャナがゼクシードを真っ二つにした瞬間、昌一の目付きが変わった。

 

「おいおい、頭から真っ二つかよ、どこにでも強い奴はいるって事か」

 

 そしてサトライザーとシャナの戦いを見た昌一は、今度は顔色を変えた。

 

「まさか……このサトライザーって奴、ヘッドか?

でもどこか違う気がするな……ヘッドと違って、こいつからは、あまり狂気を感じねえ。

そしてこのシャナ……こいつを見ていると、どうしようもなくイラつくな……

まさかハチマンか?う~ん……俺の相手はキリトの糞野郎だったから、あまり自信がねえな」

 

 そして昌一は、サトライザーの名前で再検索をかけたが、

他に該当する動画は出てこなかった。

その代わり、サトライザーが出てこなくなった理由として、

北米サーバーから日本サーバーにログイン出来なくなったという書き込みを見付けた。

 

「なるほど、このサトライザーって奴に直接会うのは、もう無理って事か」

 

 次に昌一は、シャナの名前で再検索をかけた。こちらはたくさん見つかったが、

多くは隠し撮りのような動画で、昌一にとっては、無価値な物ばかりだった。

だがその中に、昌一にとって、とても価値のある動画が一つ、紛れ込んでいた。

 

「こいつは間違い無い、閃光のアスナだ。って事は、やっぱりシャナって奴は、

ハチマンだと見て間違いないようだな。これは面白くなってきやがった……

よし、方針変更だ、恭二の提案に乗るとするか、

恭二の成長を待つんじゃなく、促す事にする。そうだ、ついでにあいつも誘ってみるか」

 

 そして昌一は携帯を手にとり、どこかに電話を掛けようとした。

だが昌一は、ふと何かに気付いたように、電話を掛けるのを思いとどまった。

 

「待て待て、つい最近、政府の奴らからの、俺への監視が無くなったのは確認したが、

俺の携帯からあいつの携帯への通話記録が残るのは、やはりまずい気がするな。

仕方ない、どこかの公衆電話から掛けるか……」

 

 そして昌一は何とか公衆電話を探し出し、唯一友人と呼べる、かつての仲間に連絡した。

 

「誰だ?」

「俺だ、昌一だ」

「おう、久しぶりだな、しかしお前がわざわざ連絡してきたって事は、

お前も監視の目が無くなった事に気が付いたのか?」

「ああ」

「相変わらずお前、一人の時以外は口数が少ないのな」

「すまん、敦」

 

 その電話の相手、ジョニー・ブラックこと金本敦は、相変わらずの昌一の様子に苦笑した。

 

「いや、お前が饒舌になってたらその方がびっくりするって。で、今日はどうしたんだ?」

「見てもらいたい物がある」

 

 そして昌一は、先ほど見た動画を見るように敦に頼んだ。

そして動画を見た敦は興奮した様子で言った。

 

「おいこれ、ハチマンとアスナじゃねえかよ」

「やっぱりか、サトライザーは?」

「あ?ああ……お前もサトライザーがヘッドなんじゃないかって、そう思ったんだな。

だがこいつはヘッドじゃない、癖が違う。そして多分こいつ、ヘッドより強いな」

「そうか」

「で、この動画がどうしたんだ?一緒にGGOをやってみないかってか?」

「そうだ」

「う~んしかしな、確かにこいつらはイラつく野郎どもだが、

実際問題、GGOの中でこいつらを殺しても、もう意味が無いだろ?」

「あいつらはただのスパイスだ、確かにキッカケにはなったが、実際の目的は違う」

 

 そしてザザは、不器用な口調で、自分に弟がいる事、

そしてその弟の狂気を目覚めさせてみたい事を敦に伝えた。

 

「実の弟にその仕打ちかよ、よし、気に入った、手伝うぜ」

「助かる」

 

 こうしてあっさりと、第三回BoBの終わりまで続く、狂気の舞台の幕が開いた。

そして家に帰った昌一は、恭二の部屋を訪れ、GGOを始める事にしたと言った。

恭二は単純に喜び、昌一は恭二に、もう一人友人を誘う事を告げ、

街で自分達と接触する時は、新しいキャラを作って、そのキャラで接触する事、

そして、今使っているキャラでは、絶対に自分達と接触しないようにという指示をした。

 

「えっと、何でそんな事を?」

「GGOには俺の事を知っている奴がいる、そのための保険だ」

「……そっか、うん、分かった」

 

 昌一は、これくらいしないと、ハチマン=シャナ相手にはまともに戦えないと考えていた。

そしてその考えは正しかった。何故なら既にシュピーゲルは、

シャナの指示により、ロザリアに監視されているからだ。

この昌一の指示により、ザザ達の存在自体には直ぐ気が付いたシャナも、

誰がザザなのかを特定する事と、シュピーゲルとの関係を突き止めるのには、

少し時間がかかる事となってしまったのだった。




次回、ラフィンコフィン侵攻開始!『その日運命は悪に微笑んだ』

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