そして次の日、昌一は、新たに作成したキャラ『ステルベン』で、
初めてGGOの世界へと足を踏み入れた。
同じ頃、敦も『ノワール』というキャラでログインし、
ゲーム内ではあるが、二人は久しぶりに再会する事となった。
「久しぶりだな、えっと……」
「ステルベンだ」
「ちなみにどういう意味だ?」
「ドイツ語の医学用語で、死を意味する」
「なるほど、俺はノワールだ。ちなみにこのキャラは育成しないつもりだけどな」
突然ノワールから投げ掛けられたその言葉に、ステルベンは首を傾げた。
「……どういう事だ?」
「あれからちょっと考えたんだけどよ、お前も見ただろ?シャナの戦闘をよ」
「ああ」
「で、これから俺達が個別にキャラを育てたとして、あいつに追いつくと思うか?」
「…………」
ステルベンはその困難さに思い至り、黙り込んだ。
「まあそうだよな、多分無理だ。まあ俺達の目的は、別にあいつを倒す事じゃないから、
勝てないなら勝てないで別に構わないんだが、最初から諦めるってのは無いだろ?」
「まあな」
「だから俺はこう考えた。だったら俺とお前で交代でそのキャラを動かして、
倍のスピードで育成しちまえばいいってな」
「……なるほどな、でもお前の意図はそれだけじゃないんだろ?」
そのステルベンの言葉にノワールは、我が意を得たりという顔をした。
「さすが相棒だな、よく分かってる。俺達は別にここに遊びに来た訳じゃねえ、
殺しに来たんだ。だがゲーム内にいる間はそれは不可能だ」
「外で殺すのか?俺はただの殺人鬼になるつもりはないぞ」
「当然だ、俺達は生粋のレッドプレイヤーであって、決して殺人鬼じゃねえ。
だから、それを両立させる方策を考えるのが、俺達のこれからの課題となる。
その方法さえ確立しちまえば、お前の弟にそれを実行させる事も可能だ」
「何か思いついたのか?」
「いや、まだ全然だが、結局誰かが外で活動する事になるのは間違いない、違うか?」
「違わないな」
ステルベンはその説明に納得したのか、素直に頷いた。
「そうなると、やはり複数のキャラを育てるのは無駄だと思わないか?」
「確かにそうだな」
「なので、このキャラは情報収集にのみ活用する事にして、
二人でそっちのキャラを育てるって事でどうだろうか」
「異議は無いな」
「それじゃ決まりだな、お前の弟と顔合わせしたら、俺は情報収集に入る。
お前はとりあえず育成の方を頼む」
「分かった」
こうして全てのリソースが、ステルベンにつぎ込まれる事が決定した。
「しかしゲームの中と外での殺人の両立っていうと、
タイミングを合わせて同時に殺すくらいしか思いつかないよな」
「それ以外に無いだろうな」
「タイミングを合わせる事自体は可能か?」
「中の様子の生配信は出来るらしい」
「そうか、それじゃあ鍵付きで配信すればいけるな」
「ああ」
こうして二人の話は流れるように進んでいった。さすがに息はピッタリのようだ。
「そうすると必要になるのは、殺す奴の住所と殺す手段って事になるな」
「住所がやっかいだな、殺す手段は何でもいいだろう」
「いや、住居侵入がセットって事になると、さすがに派手な痕跡が残るのはまずい。
理想としては、警察が詳しく痕跡を調べないように、明らかな病死に見せかける事なんだが」
「不可能犯罪は難易度が高いぞ」
ノワールはその言葉に、確かに不可能犯罪を目指す事になるなと頭を抱えた。
「だな……とりあえず狙うのは、死体が発見されにくい一人暮らしのプレイヤーにしよう、
実行は死体が腐敗しやすい夏がいいだろう。それなら殺す手段によってはかなり誤魔化せる」
「賛成だ」
「そこで殺す手段だが……」
二人は俯いて考え込み、ステルベンが何か思いついたのか、先に顔を上げた。
「物理手段は論外か?」
「そうだな、痕跡がでかいから、誰かに殺されたって簡単にバレちまうだろうな」
ステルベンは、やはりそうかという風に頷いた後、ノワールにこう言った。
「ならば毒だ」
「毒物を買うのって足がつきやすいんじゃなかったか?」
「うちの親は病院の院長だ、物によっては極秘に入手可能だ」
「おっ、そうなのか、それじゃあどの毒が良さそうか、後で調べとくわ」
「頼む」
こうして二人の殺人計画はどんどん形になっていった。
「大分いい感じに話が纏まってきたな」
「問題は住所の入手だ」
「それな……」
その時遠くから、見知らぬプレイヤーが二人に近付いてきた為、
二人はそこで話すのをやめた。そのプレイヤーはステルベンにこう話し掛けてきた。
「こんにちは、こう寒いともう笑うしかありませんね」
それが事前に決められていた合言葉だったらしく、
ステルベンはそのプレイヤーに頷くと、ノワールに向かって言った。
「弟だ」
「おっ、初めましてだな、俺はノワールだ」
「ステルベンだ」
「初めまして、メッセンジャーです。どうします?最初に少し街の中を案内しますか?」
「そうだな、頼む」
「分かりました」
そして三人は雑談しながら酒場へと向かった。ゲームでの情報収集の基本である。
ちなみに雑談といっても、喋っていたのは主にノワールとメッセンジャーであり、
ステルベンは基本無言を貫いていた。
「しかしメッセンジャーとは、らしい名前だな」
「あはは、僕キャラクターに名前を付けるのって苦手なんですよ」
「奇遇だな、俺もだよ」
そしてほどなく三人は、酒場へと到着した。
「パーティ募集とかも基本ここで行われますね」
「まあ定番だしな」
「とりあえず中の施設の説明をしますね」
そして一通りの説明が終わると、次にメッセンジャーは、総督府へと向かった。
「ここが総督府ですね、主に色々なイベントの参加手続きとかを……あっ、シノン」
ステルベンとノワールはその言葉を聞いて、メッセンジャーの視線の先を追った。
「知り合いか?」
「は、はあ」
メッセンジャーはその質問に生返事をした。
どうやらあの女性プレイヤーの事が気になって仕方がないようだ。
その顔に見覚えのあったノワールは、ひそひそとステルベンに話し掛けた。
「おい、あれって例の動画に出てた、シノンとかいうシャナの女じゃないか?」
「そうだな」
「って事は、お前の弟のライバルは、よりによってあのシャナかよ」
「そのようだ」
「まあ閃光がいるから、あの女が一方的にシャナに好意を持ってるんだろうが、
そうなるともう、お前の弟に勝ち目なんか無いんじゃないのか?」
「シャナは仲間を大事にするから一方的かどうかは分からないが、
うちの弟を煽る材料になりさえすればいい」
「うわ、やっぱりお前、実の弟相手に容赦ないな」
二人がそう話しながら、メッセンジャーの方を見た瞬間、
メッセンジャーはとても苦しそうな声でこう呟いた。
「シャナ……」
その言葉を聞いた二人は、慌ててそちらの方を向いた。
ノワールは無意識に殺気を放ってしまったのだが、
ステルベンがそれを制し、二人はそのままシャナを観察した。
どうやらシノンが、ここからは見えない位置にいたシャナを、手招きで呼び寄せたようだ。
二人は、どう見ても恋人同士にしか見えない距離感で、
シノンが操作していたらしいコンソールのような物を、一緒に覗き込んでいた。
それを見たメッセンジャーは、何かに必死で耐えるように唇を噛んでいた。
「見た目は昔とまったく違うが、動きは確かにあいつと一緒だな、手強そうだ」
「お前は直接やりあった仲だしな」
「ああ、いずれあいつも俺の手で殺してやるさ」
そう言いながら、ノワールが今度は意識して殺気を放った瞬間にそれは起こった。
シャナがいきなりシノンを庇うように動き、周囲を警戒し始めたのだ。
「まずい、あいつ俺の殺気に気が付きやがった!おいメッセンジャー、こっちを見ろ!
絶対にあのシノンって女の方を見るな!」
「え?え?」
メッセンジャーはそう言われ、慌てて二人の方に向き直った。
「このまま会話してるように見せかけて移動だ、あくまで自然にな」
そして三人は移動を開始し、何とかシャナの視線の届かない場所へと移動した。
幸いシャナは、三人を追ってくるようなそぶりを見せなかった。
「な、何があったんですか?」
「いやな、あのシャナって野郎、俺の殺気に気が付きやがったんだよ」
「ええっ?」
「まあそんな訳で、トラブルを回避する為に逃げ出したって訳さ」
「そ、そんな事、普通の人間に出来るもんなんですか?」
「あいつには出来るんだろうよ、さすがは英雄様って所か」
ノワールのその言葉は、SAO時代の事を指して言った物だったのだが、
メッセンジャーはそれを、BoBの動画を指しているものだと解釈したようだ。
「あ、BoBの動画を見たんですか?」
「…………ああ」
「そっか、やっぱりあの人って有名ですよね」
「まあな」
「ところでお前の知り合いのシノンって子は、あそこで何をしてたんだ?」
ノワールは、総督府での説明が中途半端になってしまった為、
とりあえず疑問に思った事をメッセンジャーに尋ねた。
「あれはBoBへの参加申し込みをしてたんですよ」
「参加申し込みって、どうやるんだ?」
「自分の名前を入力して参加ボタンを押すだけですよ。
あ、でも入賞した時の景品を自宅に送ってもらう場合には、
自分の本名と住所を入力しないといけないんですけどね」
「本名と住所?」
その言葉を聞いたステルベンとノワールの表情が険しくなった事に、
メッセンジャーはまったく気が付かなかった。
「はいそうです。あれ、そういえばシノンがこの前、
景品を希望するって言ってたような……」
「だがあのシノンって子は、自分の入力画面をシャナって奴に平気で見せてたよな?」
「あ、はい、そうですね……」
シノンはあの時、確かにシャナに手招きをしていた。
それは要するに、シノンがシャナに個人情報を見られても構わないと思ったか、
もしくは画面を見せても何も困らない事を意味する。それはつまり……
「つまりシャナは、あの子の住所を既に知っているんだな。
おそらく家に行った事もあるんだろう」
ステルベンが空気を読まずにそう発言した。いや、この場合はわざとだろう。
ステルベンは、実の弟の狂気を育てる為に、あえてこう発言したのだ。
その意図通り、メッセンジャーは暗い目をしながら唇を噛んだ。
ノワールは何も言わず、ステルベンは内心でほくそ笑んでいた。
そして三人はその後、いくつかの施設を周り、
ステルベンは外でシュピーゲルと合流し、キャラを育てる事となった。
「ノワールさんは行かないんですか?」
「それなんだがな」
そしてノワールは、GGOのトップと言われているシャナに対抗出来るように、
二人がかりでステルベンを育成する事にしたと、メッセンジャーに説明した。
「ああ……確かにそう言われると、その方がいいのかもしれませんね」
「だろ?あいつは化け物みたいだから、普通のやり方じゃ絶対に追いつかないしな」
「なるほど、目標は高くですね!」
そしてメッセンジャーは、シュピーゲルになる為にログアウトした。
残された二人は、先ほどの出来事について話していた。
「やっぱりあいつはやばいな」
「ああ」
「強いのはキリトかもしれないが、怖いのはあいつだよな」
「そうだな、まさかあの距離でお前の殺気に気付くなんてな」
「悪い、俺が軽率だったわ、いきなり全てぶち壊しになるところだった」
「これからはお互い気を付けよう」
こうして二人は、安易にシャナに近付くのはやめようと決めた。
「しかし収穫もあったな」
「本名と住所の事か」
「ああ、後はどうやってあれを盗み見るかなんだが」
「まあそれは追々考えればいい」
「それじゃ俺は、予定通り情報収集に出るわ」
「ああ、またな」
そしてノワールはどこへともなく去っていき、ステルベンは一人で街の外へ出た。
そしてシュピーゲルと合流すると、二人は人目につかない場所に移動し、
そこで最低限の装備の受け渡しが行われた。
「とりあえず一通りここに出すね、気に行った物があったらそれを使ってね」
「……銃の事は分からん」
「じゃあ、いずれもっといい銃を手に入れる前提で、一番基本的な銃を使えばいいよ」
「任せる、あと頼んでいた武器はあったか?」
「エストック……に似た武器だよね、一応あったよ」
SAO時代のザザの得意武器はエストックであった。
エストックとは、鎧の隙間を通す事を目的として作られた刺突剣である。
ステルベンは、その差し出された武器を受け取ると、昔の事を思い出したのか、目を細めた。
「悪くない」
ステルベンは、その剣を何回か振った後にそう言った。
そして防具も一通り選び終わった後、シュピーゲルは出した装備をしまい始めた。
その中にあったマントに、ふと目がいったステルベンは、何気なくこう尋ねた。
「そのマントは?」
ステルベンは、街で素性を隠すのに使えるかもしれないと思って尋ねただけだったのだが、
シュピーゲルの返事は、ステルベンにとってはとてつもない幸運をもたらすものだった。
「あ、これ?これは一定時間、姿を消す事が出来るマントだよ。
かなりレアではあるんだけど、使いどころが難しいんだよね……
敵に捕捉された後に使っても、銃弾をバラ撒かれたらあまり意味が無いし、
待ち伏せに使うには、効果時間が短すぎるんだよね」
「……それは街の中でも使えるのか?」
「え?どうだろ、街の中で使っても意味が無いから試した事無いなぁ」
「効果時間とクールタイムはどのくらいだ?」
「効果時間は一分、クールタイムは五分かな」
「そうか……」
そしてステルベンは、シュピーゲルに言った。
「そのマント、俺がもらってもいいか?」
「ん、別にいいよ。確かに初心者が外で身を守るにはいい装備だしね」
ステルベンは内心で狂喜していた。これで全ての駒が揃ったのだ。
さすがのステルベンも、まさか計画がここまでスムーズに進むとは思ってもいなかった。
そしてステルベンのレベル上げも順調に進み、何回かの戦闘が終わった後、
シュピーゲルはしきりにステルベンの事を褒め称えた。
「さすがは兄さん、戦闘勘が凄いね、まさか初めてであんなに動けるなんて思わなかったよ」
「そうか」
そして街に戻った後、シュピーゲルは少し休むと言ってログアウトした。
どうやらこの後、シノンと合流してまた狩りにいくらしい。
そしてステルベンは、ノワールに連絡をとり、手に入れたマントを渡した。
「これは?」
「一分間姿を隠す事が出来るマントらしい。メタマテリアル光歪曲迷彩マントというそうだ」
「クールタイムは?」
「五分だ」
ノワールはそれを聞き、少し警戒するような顔でこう言った。
「すげ~なおい、ここまで順調だと、さすがにちょっと罠じゃないかと疑いたくなるんだが」
「だが、まだ使えるかどうかは分からない」
「そうだな、さすがにすぐ背後に立って画面を覗き見たら、相手に気付かれそうだしな」
「まあ色々試してくれ」
「ああ、任せろ」
この後ノワールは、何日もかけて色々なアイテムを試し、
ついに狙撃用のスコープを使って、他のプレイヤーの本名と住所を覗き見る方法を確立した。
BoBの参加申し込み受付終了まであと一週間。
その間ノワールは、せっせと情報の収集に励む事となった。
シュピーゲルが何も気付かないその裏で、殺人計画の設計図は着々と完成していった。
重い話が続きすぎるのも良くないと思うので、明日はガラッと雰囲気が変わります。
いやぁ、ここまでいいようにやられちゃってますね。
次回『それは過小評価』