ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


第278話 それは過小評価

「よぉ」

「ぷっ……」

「何だよいきなり……」

 

 学校が終わった後、GGO内の拠点に顔を出したシャナの挨拶を聞いたシノンは、

シャナの挨拶がはちまんくんとそっくりだった為、我慢出来ずにぷっと噴き出した。

 

「ううん、何でもない」

 

 詩乃は自分の体の横で大人しく留守番しているはずの、

はちまんくんのの事を想像し、嬉しそうにそう言った。

 

「最近熱心に野良パーティに参加してるんだろ、調子はどうだ?」

「まあ悪くないかな、一緒にスコードロンを組もうって話もあったんだけど、

そうすると気軽にこっちに来れなくなるから断ったわ」

「あ~……やっぱり俺たちもスコードロンを正式に組むべきか?」

 

 スコードロンとは、ALOで言うギルドのような物である。

スコードロンを組む事によって受けられる恩恵も沢山あるのだが、

シャナはここまで、正式にスコードロンを組む事はしていなかった。

 

「別にいいんじゃない?このまま幻のスコードロンって感じでいきましょうよ、

その方が何か伝説っぽくて格好いいしね」

「そうか」

 

 この日はどうやら他の者は来ないようだ。ピトフーイはライブで不在であり、

シズカとベンケイは、久しぶりに友達と出掛けているようだ。

イコマは大量にゲットした素材の使い道を探る為、リアルで情報収集をしているようだ。

ロザリアはどこかで諜報活動を行っているのかもしれないが、その姿はここには無い。

シノンはシャナと何か進展があるかもしれないと思い、

内心で色々と期待しながらシャナの方を見つめていた。

だが、当然シャナからシノンに何かするはずもなく、

シャナはリラックスした感じで、ソファーでだらだらしていた。

実はシャナは、相性がいいのか、シノンと二人の時は謎の居心地の良さを感じており、

それもあって、こうして何をするでもなくだらだらしていたのだが、

さすがのシノンも、その目に見えないシャナの好意には気が付かなかった。

それは実はシャナが、普段ユキノやユイユイに抱いている好意に比肩するレベルなのだが、

当然そんな事は、まだ恋愛経験が皆無なシノンには分からなかった。

ここにもしシズカがいたら『シノノン侮りがたし……』と呟いただろう。

 

「ねぇ……何もしないの?」

 

 そんなシャナの姿を見た詩乃は、思わずそう言い、直後に慌てて自分の口を塞いだ。

 

(やだ、私ったら……シャナにえっちな女だと思われたかも……)

 

 詩乃は、つい自分に対して何もしないのかという意味でそう言ってしまい、

恥じらいつつもシャナの様子を伺った。それに対するシャナの返事はこうだった。

 

「今日は別に戦う予定も無いし、のんびりしとくわ」

「え?」

「ん?今お前、俺に何もしないのかって聞いただろ?」

「あ……」

 

 詩乃は自分の発言を振り返り、確かにシャナならそうとるかもと思った。

だが、理屈と感情はやはり別物である。

 

「そうだった、シャナってそういう人だよね……」

「あ?そういう人ってどういう人だよ」

「何でもないわよ!」

「そ、そうか、すまん」

 

 シャナは一体何なんだと思い、元の体勢に戻って目を瞑ったのだが、

直後にシノンがシャナの頭を掴み、強引に自分の方へと押し倒した。

 

「おわっ」

 

 その直後にシャナの頭は、何か柔らかい物の上に着地させられる事になった。

慌てて目を開いたシャナの顔を、真っ赤な顔をしたシノンが上から見下ろしていた。

 

「……い、いきなり何だよ」

「こ、こうした方が、もっとあんたがリラックス出来るんじゃないかと思っただけよ!」

「そ、そうか……何か気を遣わせちまってすまないな」

 

 シャナが困った顔でそう言ったのを見てシノンはテンパり、つい怒った感じでこう言った。

 

「そう思うなら、ちゃんとリラックスしなさいよね!」

「いや……それなんだがな……」

「な、何よ、何か文句でもあるの?」

「別に文句は無い、無いんだが、その……お前の太ももってさ……」

 

 そう言われたシノンは、改めて自分の太ももを眺めた。自分で言うのもアレだが、

このアバターの太ももは肉付きもほど良く、とても寝心地がいいように思われた。

だがこの場合、問題なのはシノンの主観ではなく、シャナがどう思うかだろう。

そう思ったシノンは、おずおずとシャナに尋ねた。

 

「そ、その……もしかして寝心地が悪かったりする?」

 

 シャナはその言葉に焦ったようにこう返事をした。

 

「ち、違う、そっちは特に……いや、まったく問題はない。

問題はその……感触というか露出というかだな……」

「露出?」

 

 そう言われ、シノンは再び自分の太ももをじっと眺め、ある事に気が付いた。

シャナの頭が自分の太ももの上に乗っている……そう、直接素肌の上に。

そこでシノンは改めて、自分の普段の服装がどういう物かを思い出した。

シノンはいつもここでは、絶対にリアルでは着れないような露出の多い服装をしており、

当然その太ももも、シャナに見せつけるように露出されているのだった。

 

「あ……あ……あ……」

「やっと気付いたか、だから有難い、本当に有難いんだが、

それ以上に恥ずかしいというか……その、な?」

 

 そう言いながらシャナは頭を上げようとした。

それを見たシノンは、咄嗟にそれを防ごうと、シャナの頭を自分の太ももに押し付けた。

 

「うおっ」

「わ、私のこの太もものどこに問題があるのよ、

私は全然まったく欠片も毛ほども一切さっぱりそうは思わないわ」

「何だそのおかしな日本語は……」

「うるさい!ほら、直接触って確認しなさい、撫でたりもんだりしてみなさいよ!」

 

 シノンはそう言いながら、シャナの手を掴んで自分の太ももに押し付けた。

 

「ちょ、おま、それはまずいって、正気に戻れシノン!」

「いいからさっさと感触を楽しみなさい!」

 

 シノンはもう自分が何をしているのか分かっていないようで、

目をぐるぐるさせながら、ひたすらシャナの手の平を自分の太ももに押し付けていた。

そんな二人に声を掛ける者がいた。

 

「あんた達、どこからどう見てもバカップルみたいよ……」

 

 その呆れたような言葉が聞こえた瞬間、シャナはピタッと動きを止め、

シノンも正気に返ったように動きを止めた。

そして二人は、恐る恐る声の聞こえた方に振り向いた。

そこには腕を組みながら呆れた顔で立っているロザリアの姿があった。

 

「………………おう、小猫」

「ちょっとあんた、ゲームの中で本名を呼ぶんじゃないわよ!」

「あ、あの……その……」

「ああ、あんたが最近ずっとそんな感じなのは分かってるから、気にしなくていいわよ」

「わ、私って他からはそう見えてるの!?」

 

 シノンはそのロザリアの言葉にショックを受けたようだったが、

ロザリアはそんなシノンの手をぎゅっと握り、真面目な顔でこう言った。

 

「あのシズが要注意だと言うあんたの行動に、今後の私達の未来がかかっているのよ、

これからも気にせず押して押して押しまくりなさい!」

「み、未来……?」

「そうよ、ここで彼に『いやぁ、一夫多妻制っていいもんだよな、よし実現しよう』

って思わせる事が出来れば、私達の未来に光が見えるのよ!

そして私はちゃっかりその末席に……ぐふふ……」

「ロ……ロザリアさん?」

「シノン、スルーだスルー、こいつは元々こういう残念な奴なんだよ。

さあ、そろそろ起きたいからその手を離してくれ」

 

 シノンはその言葉を聞いてきょとんとした。

 

「何で私があんたの命令を聞かないといけないの?」

「なっ……」

 

 そしてシノンは、ニヤリとしながらシャナに言った。

 

「こんな機会は滅多に無いんだから、今日はずっとこの調子でいかせてもらうわ。

ここからは全て私のターンよ」

「はぁ……もう好きにしてくれ……」

 

 そんな二人を少し羨ましそうに見ていたロザリアが、タイミングを計って声を掛けてきた。

 

「二人ともこれ、今日までに第二回BoBに参加を申し込んだプレイヤーのリストよ」

「おう、大変だったろ?いつもすまないな」

 

 ロザリアはシャナにそう労われ、顔を赤くして横を向きながら言った。

 

「べ、別にあんたのためだし……」

「そうか、まあ下僕だから当然か」

「なっ……」

 

 シャナはそう言うと、寝そべったまま受け取ったデータの閲覧を始めた。

そんなシャナに、ロザリアは猛抗議した。

 

「ちょっと、シノンと私の扱いが違い過ぎるんじゃない?」

「シノンは俺の下僕ではない、ピトはお前と同じ扱いだ、ほれ論破」

「うぅ……」

 

 そしてロザリアは、拗ねた感じでシャナの足元に腰を下ろし、シャナの足を叩き始めた。

シャナは気にした様子も無くロザリアの好きなようにさせ、

そんな二人を見て、シノンは楽しそうに笑っていた。

そして参加プレイヤーのリストを見ていたシャナが、何かに気付いたように言った。

 

「そういえば、ピトの名前はあるがシノンの名前が無いな」

「うん、今日申し込みに行こうかなって思ってたの。

分からない事があったら聞きたいし、良かったらシャナも付き合ってくれない?」

「おう、それじゃあ行くか」

「いいの?」

「別に用事も無いしな」

 

 その言葉を受けて二人はシャナを解放し、三人は立ち上がった。

 

「それじゃあロザリア、引き続き情報収集を頼む」

「了解よ」

「よし、総督府に向かうか」

「うん、ありがとう」

 

 ロザリアは一人でどこへともなく去って行き、二人はそのまま総督府へと向かった。

 

「そういえば、二人きりで歩くのって初めて?」

「最初会った時は二人だったけど歩いてないしな、こうして一緒に街を歩くのは初めてだな」

「そっか、じゃあ初めてついでに……」

 

 そう言ってシノンは嬉しそうにシャナの腕に抱き付き、二人は腕を組む形となった。

 

「おいこら離せ」

「駄目よ、世間では私はあんたの女って事になってるのよ。

ここで離れて歩く方が不自然じゃない」

「別に俺が望んだ訳じゃないんだが……」

「あんたは王なんだから、もっとど~んと構えなさい」

「王ってお前な……」

 

 シャナはため息をつくと、そのままシノンの好きにさせる事にした。

そして総督府に着くと、シャナは近くの柱に寄りかかり、シノンの入力が終わるのを待った。

そんなシャナにシノンが手招きをした。シャナは何だろうと思い、そちらに近付いた。

 

「何か分からない事でもあったか?」

「ここなんだけど、本名とか住所を入力するのって本当に平気なのかな?」

「ん?ああ、景品の申し込みか、何か欲しい物でもあるのか?」

「うん、装備とかアイテムよりも欲しい物があるの。

実は欲しいというより、持っておきたいって感じなんだけど」

「この景品ってモデルガンだよな?そうか、それでトラウマを克服するつもりか?」

「こんな事で克服出来るなんて思ってはいないんだけど、少しは慣れるかもだし、

そういう努力を放棄するのは駄目だと思って……」

「そうか……うん、いいと思うぞ」

 

 そう言ってシャナはシノンの頭を撫でた。その瞬間にシャナは凄まじい殺気を感じ、

武器を構えかけたのだが、ここが街の中だという事を思い出し、その手を止めた。

そんなシャナの様子を見て、シノンは首を傾げながらシャナに尋ねた。

 

「どうしたの?」

「どこかから、覚えのある殺気を感じる」

「えっ?私には分からないけど……本当に?」

「ああ、多分あいつらのうちの誰かだ」

「あいつらって、まさか……」

「俺の顔から目を離すな、相手に気付かれる」

 

 シャナはシノンにそう言い、早く入力を済ませるように指示をした。

 

「さっきの質問だが、正直リアル情報をゲームの中で入力させるこのシステムは、

俺もあまり好きじゃない。でも何かあっても必ず俺が何とかしてやるから、

安心して入力してくれ。いざとなったらうちの近くに引っ越してくればいいしな」

「シャナの家の近くに……?分かった、今すぐ引っ越す!」

「今すぐってお前な、そしたら景品がもらえなくなっちまうぞ」

「あ、そうか……」

「まあ引越しするような事にはならないだろ、ほれ、さっさと入力しちまえ」

「うん!」

 

 そして次にシャナは、ロザリアに連絡をとった。

 

「今どこだ?総督府に来るまでどれくらいかかる?」

「近くだから直ぐに行けるけど、何かあったの?」

「近くに多分あいつらがいる、この殺気には覚えがある」

「本当に?分かったわ、直ぐに行く」

「こっちに着いたら俺達の事は無視して、周りの奴らを片っ端から撮影してくれ。

一応お前も俺の一派って事で顔が知られてる可能性があるから、顔を隠すのを忘れるな」

「了解」

 

 丁度その時、入力を終えたシノンがシャナに言った。

 

「終わったわ、どうする?」

「もうすぐロザリアがここに来て、周りの奴らを片っ端から撮影する。

それまで俺達があいつらに気付いているとバレないように、

このまま談笑しているフリをするんだ」

「分かった」

 

 そして二人は緊張を隠しつつ、仲の良いカップルのように振る舞った。

途中で殺気以外の暗い感情も感じたが、そういう感情は向けられ慣れていた為、

シャナはそれをとるに足らぬ物だと無視した。そしてロザリアから連絡が来た。

 

「お待たせ、全員の撮影が終わったわ」

 

 それを聞いたシャナは、再び強い殺気を感じた瞬間に、

シノンを庇うような位置に移動し、周囲に鋭い視線を走らせた。

直後にその殺気は霧散し、シャナはしばらくそうしていたが、やがて緊張を解いた。

 

「さすがにこの人数だと、簡単には特定出来ないか」

「どんまい、シャナ」

「まあ正直言うと、放置しておいても別に誰かが死ぬ訳じゃないし、

可能なら動向を把握しておきたいっていう、俺の自己満足みたいなものなんだけどな」

「何も分からないよりは分かってた方がいいに決まってるんだし、

これからも引き続き注意していけばいいんじゃないかな」

「ああ」

 

 ステルベンとノワールは、殺気に気付いたシャナの事をやばいと表現していたが、

実はそれは過小評価だった。二人はシャナを警戒するあまり、ロザリアの存在に気付かず、

特定にこそ至らなかったが、二人の写真は、他の有象無象のプレイヤーの写真と共に、

候補の一人として、シャナの手に渡る事となった。

そしてロザリアは、撮影した者の特定作業に入る為、先に拠点へと戻り、

シャナとシノンも拠点に戻る為、来た時に通った道を戻り始めた。

シャナはどうやら何かを考えているようで、ちょっと危なっかしいなと思ったシノンは、

そっとシャナの腕をとり、来た時と同じように腕を組むと、

何かにぶつからないようにとそっとシャナを誘導した。

シャナはそれに気付かず、シノンに誘導されるままに歩き続けた。

 

(ずっと気配すら感じなかったから、あいつらは人を殺せないゲームには興味が無いのかと、

半分諦めかけていたんだがな、まさかこのタイミングで現れるとは予想外だった。

可能なら動向を把握しておくとして、今後はあいつらも、

純粋にゲームを楽しむようになってくれればいいんだけどな)

 

 その時突然シノンが立ち止まった為、シャナも一緒に足を止めた。

 

「どうした?」

「うん、あれ……」

 

 シャナがシノンの視線の先を見ると、そこにはゼクシード達三人が立っていた。

ゼクシードは珍しく何も言わず、じっとシャナの事を見つめていた。

 

(何であいつ、あんな顔でこっちを見てるんだ?何か用事でもあるのか?)

 

 そこで初めてシャナは、自分の腕にシノンが抱き付いている事に気が付いた。

ゼクシードは、どう見ても恋人同士にしか見えないシャナとシノンをじっと見つめた後、

何か言いたげに、左右に立つユッコとハルカの方を見たのだが、

二人はその意図を知ってか知らずか、少し嫌そうに後ろに下がった。

その瞬間にゼクシードは、明らかに落胆した様子を見せ、とても悔しそうにシャナに言った。

 

「これで勝ったと思うなよ!」

 

 そしてゼクシードは、羨ましそうに何度もシャナ達の方を振り返りながら去っていった。

 

「……何だあれ?」

「ふふっ、何だろうね」

 

 シャナがそれからも自分の考えに没頭した為、シノンは離れろと言われる事もなく、

二人は再び歩き出し、仲良く拠点へと帰還した。

そしてシノンは約束があった事を思い出し、期待のこもった目でシャナに言った。

 

「ねぇ、今夜狩りにいく約束があるんだけど、シャナも一緒に行かない?」




はい、オチ担当はいつものあの人でした!
いきなりアクセルを踏んだ所で、次話からしばらくは、落ち着いた話になると思います(多分)

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