「す、すみません!」
一行が戦場へと向かおうとしたその時、ガッチリとした体格をした強面のプレイヤーが、
かなり緊張した様子でシャナにそう声を掛けてきた。
「ん、俺か?」
シャナは、GGO内での知り合いは決して多くはない為、
本当に自分を呼んだのか確認するつもりでそう返事をした。
「はい、あ、あの、もしかしてシャナさんですか?」
「確かに俺はシャナだが……」
「よし!……あ、あの、もしご迷惑でなかったら、
今から行く戦場に、俺達も連れてってもらえませんか?」
「飛び入り参加希望か?」
「はっ、はい!」
「……お前、何で一人称が俺なんだ?」
「え?ええと……」
シャナはそのプレイヤーに、いきなりそう言った。
そのプレイヤーは目を見開き、困ったような仕草を見せた。
その訳の分からないやり取りにシノンは、一体何なんだろうと首を傾げた。
シャナは、まあよくある事かと呟くと、そのプレイヤーに言った。
「すまん何でもない。申し訳ないが、俺は今回ゲストとしてここに来ているんでな、
リーダーの所に案内してやるから、そっちと交渉してくれ」
「そうなんですか……分かりました、お願いします。おいお前ら、こっちに来い」
そのプレイヤーの一声で、酒場の入り口から五人のプレイヤーが姿を現した。
その五人は、精悍で逞しそうな面構えをしており、中々腕もたつのではと思われたが、
その態度はふてぶてしく、お互いの顔をまったく見ようともしない。
その五人を見たシャナは、今度はこう呟いた。
「同じようなのが五人追加か……珍しいな」
そのシャナの言葉の意味はよく分からなかったが、
その五人に対するシノンの感想はこうだった。
(六人ともそこそこやりそうに見えるけど、見た事が無いプレイヤーばっかりね。
それにしてもチームを組んでるくせに凄く仲が悪そう……)
どうやらシュピーゲルも同じ事を思ったらしく、シノンにこう尋ねてきた。
「ねぇシノン、あの仲の悪そうな人達の事、どこかで見た事ある?」
「ううん、初めて見る顔よ、シャナは?」
「俺も見た事は無いが、それも当然だろ。あいつら全員新人だからな」
「えっ?それなりに強そうに見えるのに?あの凄くごついリーダーの人も?」
「そうなんですか?」
「ああ、俺の見立てだと実戦経験もほとんど無いはずだ、歩き方で分かる」
「そ、そうなんだ」
「シャナさんさすがですね……」
シャナの事は嫌いだが、こういう所はさすがとしか言いようがない、
そう思ったシュピーゲルは、自分がもっと強くなる為に、
変に敵対心を見せるのはやめ、今日は出来るだけシャナの行動を観察しようと考えた。
そして六人は、シャナに連れられダインの下へと向かった。
ダインは参加希望者と聞いて、少し迷うようなそぶりを見せた。
そんなダインに、シャナは言った。
「一応言っておくが、こいつら全員初心者だからな」
「そ、そうなのか?」
「ああ、間違いない」
そのシャナの言葉を聞いた六人は仰天した。そして最初にシャナに声を掛けてきた、
リーダーらしきプレイヤーが、おずおずとシャナに尋ねた。
「シャナさん、あの、どうして分かったんですか?」
「そんなの見れば分かるだろ」
「見れば……ですか」
六人はその言葉を聞いて、自分達が仲が悪い事も忘れ、
お互いの顔を見合わせ、困ったような顔をした。
どうやら自分達の事ながら、とてもそうは見えないと思ったのだろう。
他ならぬダインやシノンやシュピーゲルも、その六人と同様の感想を抱いていた。
そしてリーダーが、その雰囲気に耐えかねるように、ダインに頭を下げた。
「俺達は確かに新人です、最初に言わなくてすみませんでした」
「いや、それは置いといてだな、新人か……今日の相手は新人だとなぁ……」
「ねぇ、今日の相手ってどんな相手?」
シノンは、そういえば確認していなかったと思い、そう尋ねた。
「薄塩たらこの所のPK担当チームだな、今日は珍しくモブ狩りに行っているらしい」
「なっ……」
シャナはそれを聞いて目を細め、シノンとシュピーゲルは仰天した。
「ちょっとダイン、薄塩たらこの所って、GGOで最大のスコードロンじゃない。
そんな所に手を出して大丈夫なの?」
「大丈夫だ、今回の相手はPK担当の奴らのみで、スコードロン全体の半分だからな。
それにちゃんとルートも分かってるし、シャナもいる。勝算はかなり高い」
「でも、後で報復されたりとか……」
心配そうな顔でそう言うシノンの肩を、シャナがぽんと叩きながら言った。
「大丈夫だ、少なくともモブ狩り担当の奴らは絶対に報復はしてこない、そうだろ?ダイン」
「お、おう……さすがシャナ、全部お見通しか」
「いや、自分の持ってる情報と、さっきお前が言った事から導き出した、ただの推理だな」
「どういう事?」
「ルートが分かってるって言ったろ?あそこのPKチームとモブ狩りチームは、
実はすごく仲が悪いんだよ。だからダインにルートを教えたのは、
他ならぬ同じスコードロンの、モブ狩りチームの奴って事だ。だから報復される事も無い」
「そ、そうなんだ……」
「僕もそれはまったく知りませんでした」
シノンだけでなくシュピーゲルも、感心したようにそう言った。
「まあそういう事だ。だがさすがにGGOで最大を誇るスコードロンのメンバーだからな、
新人を連れていっても、無駄死にさせるだけになるだろうな」
そのダインの言葉を聞いた六人は、揃って落ち込んだような様子を見せた。
どうやら仲が悪くとも、参加したかった気持ちは一緒のようだ。
そしてリーダーは、食い下がるようにダインに言った。
「お願いします、肉盾扱いで危険な位置に配置されても文句は言いません!」
「肉盾?う~ん、でもなぁ……」
「大丈夫、覚悟は出来てます!」
その自殺志願とも思える言葉に、ダインは首を傾げながら言った。
「そもそもお前ら、何でそんなに嫌な役目を引き受けてまで、参加したがるんだ?
やっぱりシャナのファンだからか?」
「はぁ?」
シャナは何でそうなるんだと思い、そう言った。
「は、はい、ハッキリ言ってしまうとその通りです……」
そのリーダーの言葉を受け、シノンとシュピーゲルもこう言った。
「あ、やっぱりね。そうじゃないかって私も思ってた」
「僕も思ってました」
「まじかよ……」
観察眼に優れるシャナも、時々こういうミスを犯す。
それはある特定の状況の時に限られるのだが、今回もそれに当てはまる。
「よし、そういう事なら仕方ない、肉盾になってもいいってなら……」
「駄目だ」
「……参加を認め……っておい、シャナ?」
「はぁ…………」
シャナはそのダインの言葉を遮り、深いため息をついた。
六人はその言葉に落胆し、シノンとシュピーゲルは、とりなすようにシャナに言った。
「ねぇシャナ、せっかくあなたのファンがこう言ってるんだし、参加させてあげれば?」
「そうですよ、本人達の希望がそうなんだったら、別にいいんじゃないですか?」
そんな二人に、シャナは首を振りながら言った。
「違う、そういう事じゃない。俺は女を肉盾に使うのは駄目だって言ったんだ。
おいダイン、仕方がないからこいつらは俺の下に付けてくれ、
固定砲台をやってもらうつもりだ。全責任は俺が持つ」
「お、おう……それならこっちも助かる……って、ええっ?」
「お……女の子?」
「本当ですか!?」
つまりそういう事だった。シャナの観察眼が鈍る特定の状況というのは、
相手が自分に好意を抱いている女性が相手の時なのだった。
その場合シャナは、相手が自分に好意を抱いているとは絶対に思わない為、
こういう事がたまに起きるのだった。
そしてそんな三人に、シャナは呆れた顔でこう言った。
「何だ、三人とも気付いてなかったのか?」
「お、おう……」
「分かる方がおかしいわよ!」
「そうですよ!」
そしてその言葉に、他ならぬ六人も同調した。
「最初の言葉で、もしかしたら気付かれたかなとは思っていたが、
さすがにいきなり女だと当てられたのは初めてだ。私はリーダーのエヴァだ、宜しく頼む」
「ソフィーと呼んで下さい」
「ひゃふー、まさかそう来るとはね。私はターニャだよ」
「さすがはシャナさんですね、私はアンナと申します、宜しくお願いします」
「ローザです、初めまして」
「トーマです、宜しくです」
六人はそうシャナに自己紹介をしたのだが、直後に互いの顔を見て、フンと顔を背けた。
本当に仲の悪い六人である。
「そ、それじゃあ話もまとまったみたいだし、行くとするか……」
そのダインの言葉で、一行は移動を開始した。
(さて、明らかにシノンに惚れているシュピーゲルといい、
飛び入りのこいつらといい、どうしたもんか……)
シャナは、あのピトフーイがストーカー気質だと断言した事もあり、
この機会にシュピーゲルの事をよく観察しておこうと考えていた。
そしてシノンは、ただでさえ珍しい女性プレイヤーの知り合いが一気に六人も増えた事で、
少しでも交流を深めようと、六人に積極的に話し掛けていた。
ところが一対一なら普通に会話が成立するのだが、
複数が相手だと、まったく会話にならない為、シノンは内心で頭を抱えた。
シュピーゲルもそれを見て、困ったような顔をしており、
シャナは少しでも状況を改善しようと思い、その場に立ち止まると、
シノンとシュピーゲルにそっと囁いた。
「よし二人とも、これからあいつらを教育するぞ。今から俺があいつら全員と戦い、
その腕を切り落とす。二人は流れ弾に当たらないように気を付けてくれ。
そして最後に、俺がエヴァの頭に短剣を振り下ろすから、
シュピーゲルは、これを使って俺の腕を切り落とせ。
軌道は分かってるんだから、思い切って武器を振り抜けばいい。
シノンはその瞬間に俺に銃口を向けてくれ。そうしたら俺が、あいつらに説教をする」
二人はその指示に絶句し、さすがに異議を唱えた。
「な、何でそんな事を……」
「そうですよ、いくら何でも無茶苦茶すぎます!」
「言いたい事は分かるが、腕は時間が経てば再生する。
だがあいつらを教育する機会は、ここを逃すと次があるかは分からない。
あいつらが本当に俺のファンだというなら、
あいつらに言う事をきかせられる可能性が一番高いのは俺という事になる。
まあ有名税みたいなもんだ、それにあいつらをこのままにしておくと、
シノンがストレスでハゲるかもしれないからな」
「ぷっ……」
「ハゲないわよ!あとシュピーゲルも笑うんじゃないわよ!」
「ごめんごめん、分かりましたシャナさん、その役目、頑張ってやってみます」
どうやらシュピーゲルは、シャナの冗談で笑った事で少し落ち着いたようで、
大人しくシャナの指示に従う事にしたようだ。
「シノン、シュピーゲルはやってくれるそうだぞ、お前はどうするんだ?」
「分かった、分かったわよ、やればいいんでしょ?それに私もハゲるのは嫌だからね」
「すまん、頼むわ」
そしてシャナは、シュピーゲルに予備の剣を渡し、
六人の方に向き直ると、短剣を見せながら大きな声でこう言った。
「よしお前ら、ちょっと実力を見てやるから、遠慮なく俺にかかってこい。
お前らは好きに銃を撃ちまくればいい、俺はこれしか使わない。
おいダイン!すぐに追いつくから先に行っててくれ!」
ダインはその言葉を聞き、こちらをチラッと見ると、
何となく状況を把握したのか、肩を竦め、ヒラヒラとこちらに手を振った。
「シャナさん、いきなり何を……」
「どうやらお前らは、色々と勘違いしているみたいだからな。
いいから全員まとめてさっさとかかってこい」
そしてシャナは、猛然と六人の方に走り出した。
六人は、どうしようか迷っていたようだったが、慌てて銃を構え、
シャナめがけて銃弾の雨を降らせようとした。
その瞬間にシャナは急に方向を変え、すれ違いざまに、トーマの銃を持つ腕を切り落とした。
「あっ」
五人は慌てて照準を合わせ直し、直ぐにシャナを撃とうとしたのだが、
トーマの体が邪魔で、上手くシャナを狙う事が出来なかった。
その瞬間に、トーマの体を踏み台にしてシャナが飛び上がり、
五人の中央に着地すると、正面にいたソフィーとローザの腕を切り落とした。
そしてその三人は、呆然とその場にへたりこんだ。
「く、くそっ、接近戦は不利だ。おいお前ら、いつもの部活の練習の事を思い出せ!
とにかく動き回って、攻撃を避けつつ手の空いている者が攻撃だ!」
(部活……な、つまりこいつら、中学生か高校生か)
シャナはそう考え、アンナの方へと走った。
アンナは、おっとりした喋り方に似合わず機敏な動きを見せ、
腕を狙われた瞬間に咄嗟に銃を放り投げて地面を転がると、
美しい動作で投げた銃をキャッチしようとした。
(今の動きは……そうか、新体操か!)
シャナはそう判断しつつ、脚力に任せてアンナの下へ飛び込み、
銃をキャッチしようと上に伸ばされたアンナの手を切断すると、すぐにその場に伏せた。
その頭の上を、ターニャの放った銃弾が通過していく。
「くっ……」
ターニャは、攻撃を簡単に避けられた事に焦り、
地面近くに這いつくばっているシャナに照準を合わせる為、少し銃口を下げた。
その瞬間にシャナは飛び上がり、凄まじい早さでターニャの横に着地すると、
短剣を横に振るい、ターニャの腕を切断した。
そして仲間を全員失ったエヴァは、雄たけびを上げ、銃を乱射しながらシャナに特攻した。
「う、うおおおお!」
シャナは、筋力に任せて左右にステップをし、瞬間的にAGI特化型並みの速度を出すと、
そのままエヴァの懐に入ってその腕を切り落とすと、
視界の隅に映るシュピーゲルとシノンの位置を把握してわざとバックステップをし、
そのまま二人の到着を待った。そしてシャナは、タイミングを見計らい、
エヴァの頭目掛けて短剣を振り下ろした。
「きゃっ」
エヴァが、その顔と体に似合わぬそんな悲鳴を上げた瞬間、
シュピーゲルが二人の間に入り、事前の指示通りにシャナの腕を切断した。
その瞬間シャナは確かに、シュピーゲルの目がほんの一瞬ではあるが、
SAO時代に見た事のある光を放つのを見た。
(こいつ今、ラフコフの奴らと同じ目をしたな)
シャナはそう思い、ピトフーイの勘の凄さを改めて実感した。
(とりあえず、こいつの動向には気を配っておくか)
シャナはその出来事を踏まえ、そう決意した。
そしてシャナの腕が切り落とされたのを見たシノンは、
シャナに恋する者としての自然の感覚として、それを不快に思ったのだが、
これは他ならぬシャナの指示である為、あくまで演技だと自分に言い聞かせながら、
自らも仕方なく、シャナの頭に銃口を突きつけた。
その瞬間に、エヴァはその場にへたりこんだ。
「よし、ここまでだな」
その言葉で二人は武器を下ろし、シャナは残った手をエヴァに差し出した。
「どうだ、立てるか?」
「あっ……えと、ちょっと無理かもです」
「そうか、なら座ったままでいいか」
そしてシャナはエヴァの隣に腰掛け、残りの五人に声を掛けた。
「よし、お前らもこっちに来て座れ。腕の事はすまなかったが、
もうすぐ再生すると思うから、まあそれまで我慢してくれ」
そして五人がおずおずとシャナの前に座ると、シャナはエヴァ達六人に語りかけた。
「という訳で、お前らはこのシュピーゲルとシノンのおかげでギリギリ全滅を回避した。
まあ俺達は事前に打ち合わせをしていたから、予定通りって事になるがな」
「な、何でこんな事を……」
「こんな事?お前ら遠足にでも来たつもりか?さっきまで味方だった奴が、
次の瞬間には敵になったりする、ここはそういう所だ。だが同じ学校の同じ部活仲間という、
絶対に裏切らない仲間がいるっていう恵まれた状況にあるってのに、
さっきのお前らの体たらくは何だ?
いきなり棒立ちでチームの半分も失うとか、まったくなっちゃいない。
危機に陥った時の為に、事前に一言二言でも話しておけば、
あそこまで簡単にやられる事は無かったはずだ。
ごっこ遊びがしたいだけなら、わざわざこんなゲームなんかやる事は無い、
さっさとやめて、もっとぬるいゲームでも始めるんだな」
その言葉に六人は、目に見えて落ち込んだ。シノンはその言葉のきつさに少し驚いたが、
シャナがエヴァ達の事を心配し、簡単に死なないように荒療治をしているのだと思い、
何か口を挟むような事はしなかった。
そしてシュピーゲルはこの時、まったく別の事を考えていた。
(ゲームとはいえ、初めて銃以外の手段で人を傷付けたのに、嫌悪感とかが何も無い。
むしろ一瞬高揚した気がする。もしかして僕には近接戦闘が向いてるのかも)
その高揚の意味を、シュピーゲルは完全に取り違えていた。
今回の経験は、結果的にシュピーゲルにとっては、
ほんの僅かではあるが、その狂気の芽を育てる肥料となった。
「お前らも、こんなゲームを選んだからには、何かしら理由か目的があるんだろう。
その上で俺のファンを自称するからには、仲が悪い奴とも、
ゲームを本当に楽しむ為に腹を割って話し合い、真摯に向き合え。
俺が言いたいのはそれだけだ、後は勝手にするといい。行くぞ、シノン、シュピーゲル」
「うん」
「あっ、はい」
そしてシャナ達は去っていき、その場にはエヴァ達六人だけが残された。