ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


第281話 初めて気楽に話せる相手

 残された六人は、うな垂れたまま、ぼそぼそと言葉を交わしていた。

 

「……怒られちゃったね」

「うん……」

「これからどうする?諦める?」

「そうだねぇ……」

「……」

 

 そしてしばしの沈黙の後、メンバーの中では一番大人しいアンナが、毅然と言った。

 

「私はシャナさんの言う通り好きにする。

だから私は私の意思で、今からシャナさんを追いかけて謝る」

「アンナ……」

「わ、私も謝りたい!」

「私も!」

 

 口々に賛同の声が上がり、エヴァは素の口調で仲間達に言った。

 

「部長の私のせいもあるんだろうけど、確かに私達はリアルでは仲が悪いよね。

それを見かねた先生に、チームワークを養う為にって薦められて始めたこのゲームだけど、

正直そんな事はもうどうでもいい。私はそれよりも、

あのシャナさんに軽蔑されたかもしれないという事の方が耐えられないよ」

「GGOの事を調べてる時に見たあの動画、凄かったもんね」

「私達も、こんな風に強くなりたいって思ったよね……」

「うんうん、あれには本当に憧れたよね……」

「だからもし賛成してもらえるなら、これからシャナさん達を追いかけて、

しっかり謝った後に、私達ここからもう一度やりなおさない?

それぞれ得意な事を生かして、仲間の苦手な部分を補い合いながら、

一致団結して戦える、強いチーム作りを目指してみようよ」

 

 そのエヴァの提案に、五人は直ぐに賛成した。

そして六人は、シャナ達を追いかけて走り出した。

一方その頃シャナ達も、エヴァ達の事について話していた。

 

「シャナさん、あの子達追いかけてきますかね?」

「どうだろうな、まああのままだと確実にろくな事にならなかっただろうからな、

ちょっと力技だったが、やれる事はやったし、後はあいつら次第だな」

「シャナの気持ちがちゃんと伝わってるといいんだけどね」

「俺の気持ち?初心者のおもりから解放されて、清々してるさ」

「ふ~ん」

 

 シュピーゲルはそんな二人の姿を見て、やや葛藤していた。

シャナの事は確かに嫌いなのだが、シノンがシャナに惹かれる理由も、

痛いほど分かってしまったからだ。自分には絶対にあんな事は出来ない、

もし仮に思いついたとしても、それを実行する度胸も実力も無い。

でもこの人はためらいなくそれを実行する。

おそらく学校でも、シノンを助ける事にまったくためらいなど無かったのだろう。

シュピーゲルは、そんなどうしようもない差を見せ付けられ、

敗北感にうちひしがれながらも、そんなシャナに大役を任された事を、

嬉しく思っている自分がいる事に気が付いた。

 

(くそっ、くそっ、何で嬉しいなんて感じてるんだよ僕は。

シャナは敵だ、そう、敵なんだ。この差を少しでも埋める為に、

絶対にシノンにいいところを見せないと……)

 

 一方シャナは、シュピーゲルから感じる暗い感情が、

先日総督府で感じたものと同じだという事に気が付いた。

 

(そうか、あの時こいつもあそこにいたのか……)

 

 シャナは、楽しそうに話し掛けてくるシノンにやめろとは言えず、

かといってそういう姿をシュピーゲルに見せ付けるような事もしたくはなく、

精神的に板挟み状態になっていた。

 

(くそ、失敗した。あいつらに勝手にしろなんて言うんじゃなかった……)

 

「シャナさ~ん!」

 

 その瞬間に後方から聞き覚えのある声が聞こえ、

シャナは、ナイスタイミングと心の中で喝采しつつ、

足を止めてその声の持ち主達を待つ事にした。そして直ぐに後方からエヴァ達が現れた。

六人は神妙な顔付きでシャナの前に並び、一斉に頭を下げた。

 

「「「「「「シャナさんごめんなさい!」」」」」」

「あんな所に置いてっちまってすまないな、俺もちょっと言い過ぎたかもしれないと、

正直反省していた所だったんだ。腕もすっかり再生したようだし、

話し合ってメンバーの仲も改善したってなら、もう何も問題は無いな。

良かった良かった、さあ、皆ではりきって敵を倒しに行こうじゃないか」

 

 その謝罪と同時にシャナは早口でそう言い、六人の背中を押すように前へと進み始めた。

 

「えっ、あ、あの、シャナさん」

「俺にも色々と事情があるんだよ。

本来なら先輩としてえらそうな事の一つでも言っておくべきなんだろうが、

今の俺は一刻も早くこの状況から逃げ出したい。そんな訳で、さっさと行くぞお前ら」

「「「「「「この状況?」」」」」」

 

 六人はそうひそひそと囁かれたシャナの言葉を聞いて、異口同音にそう言うと、

ちらっとシノンとシュピーゲルの方を見た。

シュピーゲルは、このチャンスを逃すまいと必死にシノンに話し掛けており、

シノンはそれに表情一つ変えず普通に受け答えしていた。

 

「ああ~!」

 

 最初にそう声を上げたのはソフィーだった。

 

「ソフィー、分かったの?」

「ズバリ三角関係ですね、シャナさん!」

「やっぱりこれも三角関係……なのか?」

「えっ?」

 

 ソフィーはそう言われ、改めて後ろを歩く二人の姿をチラッと見た。

そしてソフィーは、何かに気付いたようにぽんと手を叩いた。

 

「ねぇ皆、後ろのあの二人、どう思う?」

「どうって……」

 

 五人は再び後ろを見ると、口々に言った。

 

「普通に仲が良さそう?」

「シュピーゲルさんは、どう見てもシノンさんに気があるよね?」

「でもシノンさんはどちらかと言うと……」

「たまにチラチラとこっちを見てるよね」

「私が思うに、あれは相手の男にまったく気がない女性の態度ですね」

「そう、つまりこういう事」

 

 そしてソフィーは、ニヤリとしながらシャナに言った。

 

「自分の恋人が横恋慕されて困っているんですね、シャナさん!」

「別にシノンは恋人じゃないが……」

「「「「「「ええっ!?」」」」」」

 

 六人は、過去のシャナとシズカ達の動画を見ていた為、驚いたようにそう言った。

 

「だってあの時のシノンさん『私も彼と運命を共にする者』って言ってませんでした?」

「だから私達、シャナさんはとんだ五股野郎だけど、強い人ってそういう物だよねって……」

 

 ターニャがそう言った瞬間、シャナはその頭に拳骨を落とした。

 

「い、痛い!すみませんもう言いません!」

「言っておくが、あの中の一人は妹だし、二人は下僕だからな」

「げっ、下僕……!?」

「うわ、大人の世界……」

「で、でもどう見てもあの五人のうち、確実に三人はシャナさんの事が好きですよね?」

「…………………………四人かもな」

「妹さん以外全員じゃないですか!?もしかして一人に決められないんですか?」

「いや、俺は最初から常に一人に決めてるんだが……ほとんどの奴が諦めようとしなくてな、

俺は俺で諦めろと言っているつもりなんだが、どうもな……」

 

 表面上は一歩引いているように思われる雪乃達でさえ、

内心ではまだあわよくばと思っているのは間違いない。

新参の詩乃やエルザは言わずもがな、である。

八幡を信じつつも常に多くのライバルに囲まれている明日奈が、

飴と鞭を使い分けながら、適度にガス抜きをする事によって優位を保っているのが現状だ。

八幡自身は諦めるように言っているつもりなのだろうが、

好意を寄せてくる女性達をキッパリと遠ざける事が出来ず、

仲間として傍にいる事を許してしまっている限り、この問題は解決する事は無い。

つまりこの問題は、一生解決する事は無いのである。

 

「諦めないって、普通断ったらそれで縁が切れるものじゃないんですか?」

「そのほとんどが、仲間として俺の傍にいるからどうしてもな……」

「うわっ……正式な彼女さんは、それで何も言わないんですか?」

「普通に仲良くしてるな、逆に何かと俺と接触させようとしてるまであるな」

「それって……」

 

 そして六人は、ひそひそと囁きあった。

 

「それってハーレム?」

「ハーレムだね」

「ハーレム王がここにいた……」

「彼女さんがハーレムをしっかり管理してるように聞こえるよね」

「その方が上手くいくって判断したんだろうね……」

「あのシノンさんもその一員なんだね……」

 

 そしてアンナが、ぼそっと言った。

 

「でもそれってGGOの中だけの話なんですかね……?」

「え?もちろんそうでしょ?」

「まさかリアルハーレム!?」

「何か確認出来る方法ってある?」

「さりげなく聞いてみれば案外ぽろっと漏らしちゃうかも?」

「それじゃあ上手くぼかして……」

 

 さすがは現役女子高生であり、こういう話はどうやら大好物のようだ。

詩乃が映子達と話すのと同じようなものだろう。

そしてエヴァが、代表してシャナにこう尋ねた。

 

「それは大変ですね……それじゃあプライベートなんてほとんど無いんじゃないですか?」

「ん?ああ、まあそれなりに時間はとれてるぞ。

あいつらも気を遣ってくれてるみたいでな、日替わりで誰かが何て事は無いし、

まあ最近はシノンと一緒に出掛ける事が多いのは確かだが、

俺が不愉快に思うような事は一度もされた事は無いな」

「そうなんですか、それは良かったですね。でもその人達に不満は無いんですかね?

ちなみにそういう女性は何人くらいいるんですか?」

「不満は無いと思いたいが、甘えてばかりもいられないから、

そのうち何か考えないといけないかもしれないな。

でもそうすると、一日一人だとして何日かかるんだろうか……」

 

 そう言ってシャナは、指を折って数え始めた。

その数が進むにつれ、六人の口はどんどん大きく開かれていった。

 

「十人くらいか……さすがに大変だがまあ仕方ないか……」

 

 シャナは、六人のおかげで気まずい状況から逃れられた事でほっとしてしまい、

心のガードが一時的に緩くなってしまっていた。

その為普段は決して言わないような事を、ぽんぽんと話してしまっている。

シャナにとってこの六人は、おそらく女子高生だろうという事が分かっており、、

なおかつ自分に明確な好意を向けてくるでもなく、一ファンとして接してくれている為、

こういう事を話すのにうってつけな、初めて気楽に話せる相手だといえる存在のようだ。

そして六人は、再びひそひそと話し始めた。

 

「やばい……想像以上だった」

「リアルハーレム王がここにいた……」

「でも、シャナさんのあの優しさに触れたら、かなりの人がころっといきそうじゃない?」

「シャナさんって一体どんな人なんですかね、私、すごく興味が沸いてきました」

「今何かいい感じだし、何とか会えるように話を持っていけないかな?」

「エヴァ、さっきみたいに何か考えて!」

 

 そしてエヴァは腕組みをし、何か思いついたように言った。

 

「よし……やってみるか。ちょっとシャナさんと二人で話してくる」

「お願いリーダー!」

「さっすがリーダー、頼りになる!」

 

 どうやらシャナと会話する事によって、六人の仲は劇的に改善しつつあるようだ。

これは六人にとっても、思わぬ副産物であった。

 

「シャナさん、あいつらには内密で、ちょっと相談があるんですが……」

「ん?どうかしたのか?」

「えっとですね、シャナさんのおかげで、私達の仲もかなり改善されたと思うんですよ。

で、仕上げと言っては何ですが、六人で一緒に甘い物でも食べにいければいいなって」

「そうだな、それは確かに有効な手かもしれないな。

一緒に幸せな体験をするってのは、結束を固める事になるからな」

「で、もし良かったら、シャナさんに引率をお願い出来ないかなと……

私が提案しても、何だかんだ理由をつけられて断る奴が一人くらいはいるかもですし、

そうなると私達の関係が、また元に戻っちゃうかもしれないんで、

出来ればシャナさんから行こうって言ってもらえれば、全員ちゃんと来ると思うんです」

「なるほどな、纏め役ってのはそういうの、どうしても気にしちまうよな」

 

 シャナはエヴァと自分の事を重ね合わせたのか、同情するようにそう言った。

 

「まあいいぞ、とはいえ俺の車には六人も乗れないんだよな……さてどうするか」

「あ、ありがとうございます!しかも車で迎えに来てもらえるんですか?」

「その方が何かと楽だろうからな、まあ車の事は何とかするから、

行く日が決まったら、メッセージでも入れておいてくれ」

「あ、ありがとうございます!今度相談しておきます!」

「おう、そろそろ戦場に着くから、仲間の気を引き締めておいてくれ。

俺はシノン達と、戦闘についてもう一度確認してくる」

「そうですね、分かりました!」

 

 そしてエヴァは、仲間達の下に戻ると、作戦が成功した事を報告した。

 

「喜べお前ら、今度車でどこかに甘い物を食べに連れていってくれるそうだ」

「本当に?リーダー、やるぅ!」

「うわぁ、やばい、凄く楽しみになってきた!」

「とりあえずもうすぐ戦闘になる。シャナさんに恥ずかしい姿を見せないように、

気持ちを切り替えて、大会に臨むようなつもりで気合を入れていこう」

「「「「「了解!」」」」」

 

 こうして上手く話を運ぶ事に成功した六人は、その喜びもあったせいか、

戦闘に臨むにあたってとてもいい精神状態を保っていた。

そして一行は、先行していたダイン達と戦闘予定地で合流を果たした。

 

「よぉ、どうやら上手くいったみたいだな、あいつら見違えたように仲良く話してやがる」

「ああ、何とかなった」

「そろそろ敵の姿が見える頃だ、所定の位置に移動して、待ち伏せといこう」

「了解だ」

 

 そして二人は戦闘に関していくつかの事を話し合い、予定通り二手に分かれる事となった。

 

「ここだな」

 

 現地に着くとシャナが見張りを始め、残りの者は武器の確認作業に入った。

 

「お、どうやら敵のお出ましだ」

 

 そしてついに敵が姿を現したらしくシャナがそう言うと、一同に緊張が走った。

 

「ん……?」

「どうしたの?」

「いや、ちょっとな……おいシノン、シュピーゲル、ちょっと敵の様子を見てみてくれ」

 

 そう言われたシノンとシュピーゲルは、シャナと同じように単眼鏡を使い、

のんびりとこちらに向かって歩いてくる敵の一行の姿を観察した。

 

「のんびりしているように見えるわね、いかにもモブ狩りを終えてきましたって感じ」

「特に変わった所があるようには見えませんが……」

「表面上はな、でもそれじゃあなんで、あいつらは全員実弾銃を持っているんだ?

確かにPKチームの方なんだろうが、プレイヤーを相手にしてきた訳でもないのに、

モブと遭遇する確率の高い移動中にそれは、さすがに不自然だろ?」

「あっ」

「ほ、本当だ……」

 

 シャナの指摘を受け、二人はその目でその事実を確認した。

そしてシャナは、全員に向かってこう言った。

 

「知っての通り、プレイヤーのほとんどが光学銃に対する耐性装備を持っている事もあって、

モブ狩りには光学銃を、PKには実弾銃を遣うのが常識だ。

これはダインの奴、まんまとはめられたみたいだな。

という事は、恐らくこちらの背後から敵のモブ狩りチームが襲ってくる可能性が高い。

シュピーゲル、すぐにダインに連絡を入れてくれ。

繋がったら直ぐに状況を説明して、その後通信機を俺に貸してくれ」

「わ、分かりました!」

 

 こうして楽な予定だった今日の戦闘は、思わぬ方向へと進む事になった。




次回、ついに戦闘開始!『愚かさの代償』お楽しみに!

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