「シャナか?俺だ。今シュピーゲルから話を聞いてこちらでも確認した。
どうやらまじであいつらにはめられちまったみたいだな、本当にすまん」
「何、この段階で気が付けたんだ、まだいくらでもやりようはあるさ。
問題は情報の流れがどうなっているかなんだが、
敵はこっちの戦力を把握しているのか?どうなんだ?」
「……そういえば昨日、あっちから派遣されてきたっていう連絡員に、
『こっちは十五人、最大でも二十人ですが戦力は足りてますか?』
って聞かれて、大丈夫だと説明する為に、主だったメンバーは誰かって事と、
全部で二十人くらい参加するって事、後、こっちの作戦計画まで教えちまった。
くそっ、悔やんでも悔やみきれねえ……」
ダインはとても悔しそうにそう言った。
だが、それを聞いたシャナの反応はまったく違った。
「それが昨日の出来事か、でかしたぞダイン、それなら何とかなりそうだ」
「そ、そうなのか?でもよ……」
「ちなみに今日、あいつらの仲間だと思われる奴を、誰か見掛けたか?」
「いや、それは見掛けてないな」
「なら何も問題は無い、奴らは俺とエヴァ達の存在を知らないって事になるじゃないか」
「!?……そ、そうか、確かにそうだな!」
「更に作戦計画まで教えたのなら相手の裏もかきやすくなる。
あいつらに自分達の愚かな行いに対する代償を、存分に払ってもらうとしようぜ」
「おう!こうなりゃとことん戦争だな!」
そして二人は簡単に作戦を立て直すと、一時通信を切った。
「よし、シノンとシュピーゲルはあそこの岩山に移動してくれ。
現地に着いたら狙撃の準備をしつつ、崖の下に向けてロープを二本垂らすんだ。
あそこはそれなりに高さはあるが、素人でもロープを使えば簡単におりられるはずだ。
先ずダイン達が、敵にだまされた振りをしてこちらに逃げてくる。
エヴァ達はそれを追いかけてくる奴らに向けて、このポイントで全力射撃、
シノンは慌てて逃げる奴らを片っ端から狙撃だ。相手は背を向けているだろうから、
弾道予測線を察知される心配も無いだろう。それでモブ狩りチームはもう放置だ。
その後エヴァ達はダイン達と合流して、PKチームを迎え撃つのに最適なポイントを探し、
そこで待ち伏せしてくれ。シノンとシュピーゲルは、敵が来ないようならそのままで、
敵が来たらロープを使って一時離脱、下でロープをストレージにしまえば、
そのままロープは消滅するから、敵が下りてくるまで時間を稼げるはずだ。
その後は、そのままダイン達の位置を見ながら、
敵を狙撃出来るポイントを探して移動してくれ」
「分かったわ」
「はい」
「「「「「「頑張ります!」」」」」」
「それで、シャナはどうするの?」
シノンは、シャナの名前が出なかった為、何となくそう尋ねた。
「俺か?俺はダイン達の背後を奇襲しようとしてくる奴らの足を止める為に遅滞戦闘を行う」
その言葉を聞いたシノンは顔色を変えた。
「ひ、一人で大丈夫なの?相手は二十人くらいいるんじゃないの?」
「幸いあそこは深い密林だからな、ゲリラ戦を行えば、まあ簡単にやられる事は無いだろ」
「で、でも危ないじゃない!私……私……」
「心配するな、あくまで足止めだ。決して無理はしないから後で合流しよう」
「う、うん……必ず私の所に帰ってきてね」
「ああ、約束だ」
エヴァ達はそんな二人の姿を見て、ドキドキしながらこっそり会話を交わしていた。
「うわ、映画の一シーンみたいなんですけど」
「クライマックス直前って感じ?」
「ヒロインしてるなぁ……」
「あれであの二人が付き合ってないなんて言われても、まったく信じられないよ……」
「シノンさんもシャナさんも、絶対私達より年上だよね。
二十台後半くらい?まさに大人の恋愛って感じ!」
「シュピーゲルさん、どんまいですよ!」
当のシュピーゲルは、そんな二人の姿をまともに見る事が出来ず目を伏せていた。
そんなシュピーゲルの肩を叩き、シャナはこう言った。
「もしシノンがやられると、その後の形勢が不利になる可能性がある。
という訳でシュピーゲル、シノンの背後の守りはお前にかかっているんだ、
決してどんな兆候も見逃さないように集中してくれ」
「はっ、はい!」
シュピーゲルはその言葉にさすがに覚醒したのか、ハッキリとそう返事をした。
シュピーゲルは確かにシノンを守ろうと思ってはいたのだが、
それがメインの目的では無く、最悪の場合、例えシノンがやられようとも、
それまでには必ずシノンに自分のいい所を見せようと、その事だけを考えていた。
それも出来るだけ格好良く、シノンの心に感銘を与えるように。
それが今の彼の一番の目的となっている事に、この場の誰も気が付かなかった。
その事が後に、シノンの大きなピンチを招く事となる。
「さて、それじゃあ各自配置についてくれ、もう時間の猶予が無い」
そのシャナの言葉に従い、メンバーはそれぞれの担当地点へと向かった。
シャナは一人で密林の間に伏せ、ダインとの回線を維持しつつ敵の到着を待っていた。
そして予想通り、ダイン達の背後から敵が姿を現した。
「ダイン、やっぱり背後から敵が来たぞ、これからかく乱に入る。
打ち合わせ通り、お前達は奇襲を受けた演技をし、エヴァ達の方へ逃げる振りをしてくれ」
「了解、シャナ、健闘を祈るぜ」
「後で飯でもおごれよ」
「おう、好きなだけたらふく食ってくれよ!」
そしてシャナは、別に用意していた拳銃をあらぬ方へと撃ち、直ぐに敵の反応を見た。
その銃声と共にダイン達は行動を開始し、敵は直ぐに警戒する態勢をとった。
「どうやらあいつが指揮官だな、薄塩たらこは……いないか。少し警戒する必要があるな」
シャナはこれだけの作戦に、リーダーの薄塩たらこが不在なはずはないと思い、
シノンに警戒するように伝えた後、M82の狙撃体制をとった。
「さて、とりあえず敵の指揮系統を潰すか」
そしてシャナはいとも簡単に引き金を引き、次の瞬間に敵の指揮官の頭が吹っ飛んだ。
その後も敵が姿を隠すまで、何人かにヘッドショットを立て続けにかましたシャナは、
頃合いを見てM82をストレージにしまい、ほふく前進でじりじりと移動を始めた。
(とりあえず五人か、バラバラで隠れている敵をあと数人倒せば、
敵は安全な場所で戦力を再編しようと思い、一時後方に下がるだろう)
そう考えたシャナは、鋭い目で獲物を探し始めた。
同じ頃、敵のモブ狩りチームの指揮官は、まんまと作戦通りに事が運んだと思い、
目の前を必死で逃げているダイン達の追撃に入っていた。
「事前に聞いていた通り、シノンとかいうあのスナイパーの他にこの場にいないのは、
あと一人か二人くらいだな。そっちも今頃リーダー達に襲われているはずだから、
俺達はこのままあいつらを追撃して殲滅だ」
シャナが最初に別働隊の指揮官を倒した為、
まだこちらには、逆に奇襲を受けたとの連絡は入っていなかったようだ。
丁度その時通信機の音が鳴り、その男の耳にありえない言葉が飛び込んできた。
「すみません、こっちの奇襲は読まれてました。
しかも敵の使ってる武器からして、相手はあのシャナだと思われます」
「なっ……奇襲が失敗?しかも敵にシャナがいるだと?そんなはずがないだろ、
だってあいつら、作戦通りお前達に追い立てられて、俺達の目の前を逃げているんだぞ!」
「その理由は分かりません、分かりませんが、とにかく事実です」
「くっ、お前ら一時停止だ、どうやらこっちが罠にはめられた可能性がある!」
だがその指揮官の言葉は、彼らにとって致命傷になった。
彼らが足を止めたその場所は、エヴァ達のキルゾーンの真っ只中であった。
「何であいつら足を止めたんだ?まあラッキーだな、今だ、撃ちまくれ!」
そのエヴァの指示と共に、五人は敵の集団に向けて銃弾の雨を降らせた。
シャナが待ち伏せに選んだ場所だけの事はあり、周囲に逃げ場は無く、
正面からダイン達も反転攻勢を開始した事もあり、直ぐにその集団は全滅した。
「よし、完勝だ!」
「おいダイン、まだ敵は半分残ってるんだ、あまり浮かれるなよ」
「すまん、確かにそうだな。よし直ぐに移動だ」
そしてダイン達はエヴァ達と共に駆け出し、
敵が街に戻る時に必ず通ると思われる道の周囲に潜み、敵を待ち伏せる事にした。
一方その頃、シノン達も敵の攻撃を受けていた。
エヴァ達が攻撃を開始したのを見て、シノンも狙撃で何人かを倒していたのだが、
そんなシノンに、周囲を警戒していたシュピーゲルが声を掛けた。
「シノン、後方から敵!」
「了解」
シノンは直ぐに射撃をやめ、ヘカートIIをストレージにしまうと、
何も持たないまま、ロープを掴んで崖下に身を躍らせた。
シノンは懸垂下降のスキルを特に持っている訳ではなかったが、
下を見ながら恐々と下りる事で、無事崖下へとたどり着く事が出来た。
(これはちょっと練習しておいた方がいいかもしれないわね)
そう思ったシノンはここで始めて、自分の後に続いているはずのシュピーゲルの方を見た。
だが、シュピーゲルの姿はどこにも見えなかった。
「シュピーゲル?どうしたの、シュピーゲル!」
シノンは、自分の使ったロープをストレージに収納する事で消し、
そうシュピーゲルに声を掛けた。そしてその呼び掛けに答えるように、
シュピーゲルが崖上から顔を覗かせた。
「何やってるの、早くこっちへ!」
「大丈夫、僕がここで少し敵を防ぐから、シノンは先に逃げて!」
「駄目よ、いいから早くこっちに下りてきて!」
シノンは必死にシュピーゲルにそう呼び掛けたのだが、シュピーゲルは耳を貸さなかった。
この時シュピーゲルは、シノンを守って敵を退ける自分の姿を想像し、
その英雄的な姿に酔っていた。そしてシュピーゲルはその場に伏せながら、
敵に向かって射撃を開始した。
(僕だって、僕だって機会さえあれば、シャナと同じ事が出来るんだ!
僕はここでの活躍で、シノンにもう一度僕の事を見てもらうんだ!)
そう思った瞬間、シュピーゲルの目の前に手榴弾が投げ込まれ、
まったく逃げ場の無かったシュピーゲルは、咄嗟に銃を持つ腕で顔をかばった。
そしてその行いのせいで、シュピーゲルの右手は持っていた銃ごと吹き飛ばされ、
シュピーゲルは呆然と、失われた自分の右手を見つめた。
そしてその前に、貫禄のある姿をした一人の男を先頭に、敵の集団が姿を現した。
「薄塩たらこ……」
シュピーゲルがそう呟いたのを聞いて、その男、薄塩たらこが言った。
「どうやら俺の事を知っているみたいだが、シャナの仲間にしては随分お粗末だな。
いや、シャナの仲間はあのシノンって奴だけで、お前はダインのチームの奴か」
シュピーゲルはその言葉を受け、二重に怒りを覚えた。
お粗末だと言われた事、そしてシノンとは仲間ではないと言われた事が、
彼の痛いところを突き、薄塩たらこに対する怒りを増長させた。
だが武器と右腕を失った今の彼には、怒る以外には何も出来なかった。
そして敵の仲間が崖下を覗きこみ、シノンの姿とロープの存在に気が付いた。
シノンは下で、我慢強くシュピーゲルを待っていたのだが、
敵が姿を現した為、ロープの回収を諦め、そのまま逃走に入った。
(まずい、ロープが残っちゃった……どうしよう、直ぐに追撃される)
シノンはそう思いながらも、これからどうすればいいか必死に考えた。
そのシノンの頭の中には、シュピーゲルの事を心配する気持ちは一切無かった。
敵が姿を現した以上、もう倒されたに決まっているし、
それに今シュピーゲルの事を考えると、
作戦を無視した彼に対する怒りが湧き起こってしまい、
今後の友人関係に支障をきたす可能性があり、出来ればそれは避けたい。
それを防ぐ為、シノンは一切シュピーゲルの事を考えない事にしたのだった。
「リーダー、下にあのシノンって奴がいます!それとここにロープが」
「あん?あいつはちょっといい銃を手に入れただけの素人か?
ロープを残して逃げるとか、追いかけてこいと言わんばかりじゃないか。
まさかこれは罠か?いや、違うな……」
そして薄塩たらこは、シュピーゲルを見ながら吐き捨てるように言った。
「そうか、こいつが馬鹿な事をしたせいで、ロープを回収出来なかったんだな。
あいつもこんな馬鹿に足を引っ張られて、かわいそうなこった。
よし、こいつをさっさと始末して後を追うぞ」
そして薄塩たらこは、顔を真っ赤にしているシュピーゲルの頭に銃口を向け、
容赦なくその引き金を引き、頭に穴を開けられたシュピーゲルの意識は一瞬で暗転した。
その頭の中には、自分の愚かな行いに対する反省は一切無く、
自分のせいで窮地に陥ったシノンの事を心配し、謝罪する気持ちも一切無かった。
その頭の中には、シノンにいい所を見せる事を邪魔した上に自分を罵倒した、
薄塩たらこに対する怒りだけが充満していた。
「あの女を倒した後で、生き残りの味方と合流して敵の本隊に攻撃だ。
シャナが来ると少しまずい事になる、急げ!」
そして薄塩たらこ達は、シュピーゲルが使うはずだったロープを使って下に下りると、
シノンの追撃を開始した。こうしてシノンは、絶対絶命のピンチに陥る事になった。
次回決着です!『薄塩たらこはかく語りき』
たらこが何を語ったのかは、斜め上すぎてとても予告出来ません!