ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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いよいよ決着です!

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


第283話 薄塩たらこはかく語りき

 シノンが走り去った後、それを追う者は、薄塩たらこを入れて五人であった。

いずれも精鋭であり、それだけ薄塩たらこがシノンの事を警戒していた証明でもある。

 

「これは下手に武器を取り出そうとして、足を止める訳にはいかないわね。

でもこっちはダイン達が向かった方向とは真逆だし、このままだとまずい。

ずっと私を追いかけてくれるなら、それはそれでいいんだけど、

ここままだと近いうちに確実に追いつかれる。

何とかシャナに合流出来ればいいんだけど……」

 

 シノンはそう考えつつも、時折飛んでくる銃弾を避ける為、ジグザクに走り続けた。

そして同じように敵中で孤立しているシャナの事を考え、

もしシャナがゲリラ戦を続けている場合、こちらから連絡すると、

隠れているシャナの居場所が敵にバレる恐れがあると思い、

ひたすらシャナからの連絡を待つ事にした。

だが、真っ直ぐ走って逃げる事は出来ない為、敵との差はどんどん詰まっていった。

このままでは、長くは持たないだろう。

 

 

 

 そのシャナは、あれから更に五人ほどをゲリラ戦による奇襲で葬り、

既に周囲には、敵の姿はまったく見えない状態になっていた。

 

「さて、落ち着いた所でシノン達と合流するか」

 

 そう考えたシャナは、シノンが狙撃中な可能性を考えて、シュピーゲルに連絡を入れた。

そのシュピーゲルは、街に戻された後、茫然自失状態だったのだが、

シャナから連絡を受けた事で我に返り、慌てて通信機のスイッチを入れた。

 

「シュピーゲルか、今どんな状態だ?」

 

 シュピーゲルはそう聞かれ、シノンの窮地を説明しようとしたのだが、

その為には自分のミスについても話さなくてはいけない。

シュピーゲルは、薄塩たらこに言われたような事をシャナにも言われるかもしれないと思い、

どうやって誤魔化そうかと考えたのだが、当のシノンが事情を知っている以上、

どう取り繕ってもその嘘は後でバレてしまう。

その為シュピーゲルは仕方なく、シャナに何があったのかを正直に話す事にした。

だが予想に反してシャナは、シュピーゲルを責めるような事は一切言わず、

逆に慰めるような事を言ってきた。

 

「そうか、それはミスったな。まあでもいい経験になっただろ、次は気を付ければいいさ」

「えっ……あっ、はい……本当にすみません……」

「終わった事は仕方ないさ、それで今シノンは、どのあたりにいると思う?」

「はい、最後に聞こえたのは、シノンがとにかく奴らから遠ざかるように逃げ出したという、

そんなやり取りでした。だから崖から下りた後、とにかく真っ直ぐ進んだんじゃないかと」

「そうか、よし、俺はこれからシノンを救出にいく。お前はそこでのんびり待っててくれ。

後でシノンには謝った方がいいかもしれないが、その後はダインのおごりで宴会だ。

必ず勝って帰るから、俺達の勝利を祈っててくれ」

「は、はい!」

 

 そしてシュピーゲルは、通信が切れた後、ぼそっと呟いた。

 

「くそっ、どうしてあの人は、憎ませてくれないんだよ……

あの人の事は嫌いなのに……どうしても憎めない……」

 

 そう呟いたシュピーゲルは、シャナと戦う薄塩たらこの姿を想像し、

先ほど投げかけられた罵声の数々を思い出した。

それは脳内でシャナの優しさと比較され、実際よりもきつい印象となっていた。

 

「くそっ、好き放題言いやがって……あいつはいつか必ず、僕の手で殺す」

 

 この時はもちろん、ゲーム内でそうするつもりだったのは間違いない。

本来はシャナに向けられるはずだったシュピーゲルの憎悪は、

行き場を無くし、全て薄塩たらこに向けられる事となった。

だがシュピーゲルは、何故仲間を大切にするはずのシャナが怒らなかったのか、

この時気付くべきだったのだ。シャナがシュピーゲルを怒らなかったのは、

シノンの救出を余裕を持って達成出来る自信があったのが一つ、

そしてもう一つは、シュピーゲルに怒る価値を見出せなかった為だった。

例えここで怒ったとしても、こいつはまた同じ事をする。

だったら予めそれを作戦に盛り込めばいい。

シャナはそう考え、シュピーゲルが万が一おかしな行動に出ないようにと、

今回は慰めるだけに留める事にしたのだった。

 

 

 

 一方そのシャナは、シュピーゲルの言葉からシノンの逃走ルートをある程度想定し、

そちらに向けて全力で走っていた。そしてついにシャナは、遠目にシノンの姿を見付け、

更にそれを追い掛ける五人の姿を見付けた。

 

「さてと、このまま殲滅してもいいんだが、薄塩たらこの持つ通信機には用があるしな……

まああいつはタフだって噂だし、多少弾を当てても生き残るだろ」

 

 そしてシャナは、シノンに通信を入れた。

 

「シャナ、無事?」

 

 どうやらシノンは、走る速度を落とさないように通信しているようで、

少し聞き取りにくかったが、シャナは気にせずシノンにこう言った。

 

「シノン、右だ。俺は右にいるから、そのまま林の中に突っ込め!」

「分かったわ、直ぐそっちに行く」

 

 シノンは素直にその言葉に従い、進路をいきなり右に変えた。

そして前方に人の姿が見えた為、シノンはそれをシャナだと思い、嬉しそうに声を掛けた。

 

「シャナ!」

 

 だがその人影は何も答えず、近付いたシノンは、

そこにシャナの服だけが残されているのを発見し、呆然とした。

 

「シャナ、シャナ?まさか……まさかシャナが、ここで倒されたと言うの?」

 

 シノンはそう言ったが、どこからも返事は無い。

シノンは地面にへたり込み、そのシャナの服を胸に抱いた。

シャナの服は妙に重く、その中にある物が何かを理解したシノンは、

少し考えた後、天を仰いだ。そしてシノンは、何かを理解したような表情で目を見開いた。

 

「そっか……任せて、シャナ……」

 

 そしてシノンは、その場でうな垂れたように力を抜いた。

そんなシノンの下に、直ぐに薄塩たらこ達が追いついた。

 

「いきなり右に曲がったかと思ったら、もう諦めたのか?

ん、その服は見覚えがあるな、確かシャナの服か。

そうか、どこからも連絡は無いが、誰かがここでシャナを倒したんだな。

そしてお前はその服が見えたから、シャナがいると思って右に曲がり、

そしてそれを見付けてここでうな垂れていたって訳か。

大好きなシャナが既に倒されちまってて、本当に残念だったな」

 

 そして薄塩たらこは更にこう言った。

 

「さて、いつまでもお前にばかり構っている訳にはいかないからな、

さっさとここで死んでもらって、残る戦力を殲滅しに行くか。

結局シャナとはやりあえなかったが、いずれその機会もあるだろう。それじゃあさよならだ」

「そうだな、複数で女を囲むような奴らには、さっさと退場してもらわないとな」

「なっ……」

 

 突然上からそんな声が聞こえ、五人は慌てて上を向いた。

その瞬間に、シャナの服から手を出したシノンは、

いつの間にかその手に握られていたサブマシンガンを乱射した。

 

「あんた馬鹿なの?シャナが負ける訳ないでしょ!」

「なっ……お前、いつの間にそんな物を……そんな余裕はまったく無かったはずだ!」

 

 その乱射で二人が倒され、慌てて木の陰に隠れながらそう言った薄塩たらこは、

何かが落ちてくる音と共に、後方から仲間の悲鳴が上がるのを聞いた。

 

「くそっ、罠か!」

 

 シノンの動向に注意を払いつつ、そちらを振り向いた薄塩たらこの目に、

あっさりと首を刎ねられる仲間の姿が映った。

 

「シャナ!」

「よぉ、シノンを随分といじめてくれたみたいだな、とりあえず無力化させてもらうぞ」

 

 シャナはそう言うと、薄塩たらこの両腕を切り落とし、

その懐を探ると、通信機を取り出した。

 

「ぐっ……何をするつもりだ!」

「そんなの決まってるだろ、おいシノン、こいつの口を抑えておいてくれ」

「うん、分かった。それにしても服しか無かったからびっくりしたわよ。

中にサブマシンガンが入っていた事にはもっと驚いたけど」

「まあそれで俺が近くにいるのが分かっただろ?しかしよく上だって気付いたな」

「うん、何となくシャナが上にいる気がしたの」

「お前、ちょっとピトに似てきたな……」

 

 そしてシャナは、薄塩たらこの通信機を使って敵の生き残りに連絡をした。

 

「大変だ、リーダーがやられた!」

「何っ、本当か?」

「ああ、今はリーダーの通信機を借りて連絡している。こっちの生き残りは俺一人だから、

そっちは集結後に街へと撤退してくれ。こっちは可能ならそちらの後を追う。ルートは……」

 

 そしてシャナは、ダイン達が待ち受けるルートを指示し、通信を切った。

薄塩たらこは、最初は激しく抵抗していたが、途中からは何もかも諦めたように、

黙ってその姿を見つめていた。そして薄塩たらこは、シャナに言った。

 

「完敗だ完敗。しかしお前、本当に容赦ないな」

「俺と敵対する奴が悪い、俺は悪くない」

「別にこっちは好きで敵対した訳じゃ……いや、今更そんな事を言っても仕方がないか、

敵対したのは事実だしな。はぁ、これで残ったあいつらがやられたら、こっちは全滅か」

 

 そう暗い口調で言う薄塩たらこに、シノンは言った。

 

「最初からまともにぶつかってたら、こっちが負けてたかもしれないけどね」

「お前とシャナがいるのにか?さすがに対物ライフル二本相手じゃ、分が悪いと思うがな」

「まあそれでも、今回みたいにこっちの犠牲者が一人って事は無いと思うわよ」

「今回はな……完璧な作戦だと思ったんだが」

「完璧な作戦なんか存在しない。敵をハメたと思っても、それが見破られた時にどうするか、

事前に必ず検討しておかないとな」

「もし次の機会があったらそうするよ」

 

 そしてシャナは、気になっていた事を一つ尋ねた。

 

「ところで何でお前、シノンの所にいたんだ?お前が他の部隊を指揮していたら、

こうも簡単にやられる事は無かったんじゃないか?」

「そりゃあ今回の目的が、このお嬢ちゃんを叩く事だったからな」

「私!?」

「ああ、あんたはこのままだと、かなりの脅威になる可能性が高い。

だから今のうちに叩いておこうと思った。

そして倒せないまでも、どういう奴なのかは知っておきたかった」

「だそうだ、良かったなシノン、随分高く評価されてるみたいだぞ」

 

 シノンはその言葉に複雑な顔をした。

 

「別にそれは、私だけの力じゃ……シャナと一緒にいるっていう部分もあると思うし」

「まあ確かにそれもある。俺達にとって、シャナはとにかく謎な存在だからな。

それまで無名だったのに、いきなりBoBの決勝まで進んだ事と、あの戦い方からして、

一時はALOのトッププレイヤーがコンバートしてきたのかとも噂されてたな。

まあそれに該当するプレイヤーは、おそらくALOの最強ギルド、

『ヴァルハラ・リゾート』の、ハチマンかキリトしかいないって話だったが、

二人ともALOにキャラが残ってるのが確認されているから、多分違うしな」

「ハチマン……ねぇ。で、その『ヴァルハラ・リゾート』ってどんなギルド?」

 

 シノンは、その限りなく聞き覚えのある名前を聞き、

シャナの事をジト目で見ながらそう尋ねた。

 

「ALOの事は知ってるか?ある意味SAOの後継とも言われるゲームなんだが、

そこにある、文字通り最強のギルドの名前だよ。リーダーはさっき言ったハチマンって奴で、

『ザ・ルーラー』『支配者』って二つ名で呼ばれている。その強さは別格で、

おそらく十倍のプレイヤーが相手でも、ヴァルハラの方が圧勝するだろうと言われているな」

「十倍!?」

「ああ、そこには三人の強力な副長がいてな、

『黒の剣士』のキリト、『絶対零度』のユキノ『バーサクヒーラー』のアスナ、

更に『絶対暴君』のソレイユっていう、戦略核兵器みたいな人が後ろに控えているそうだ」

「アスナにソレイユ……ねぇ、シャナ、どう思う?」

「ど、どどどう思うと言われてもな、随分詳しいな、としか」

 

 シャナは盛大に目を泳がせながらそう言った。

 

「更にそのギルドの特徴は、とにかく女性プレイヤーが多いって事だな。

ほとんどの奴が、ハチマンに惚れてるってもっぱらの……」

「おいたらこ、その話はそれくらいで、な?」

「ん?何か都合が悪いのか?まさかお前、本当に……?」

「いいかたらこ、これから言う事は絶対に秘密だ。もし噂が広まったら、

俺はお前をとことん追い詰めて、このゲームにいられなくする」

 

 シャナは、下手に勘ぐられておかしな噂が広まるよりは、

予め口止めをしておいた方がいいと思い、自分からそう言い出した。

 

「じゃあ、噂は本当だったのか?」

「そうだ、俺は『ヴァルハラ・リゾート』のハチマン本人だ。

このキャラは、GGOのサービス開始当初に一から作ったキャラだな」

「まじか!それじゃあまさか、シズカってのは……やっぱりバーサクヒーラーなのか?」

「ああ、それで合ってる。ただ俺は、とある目的があってこっそりここに来てるから、

出来ればお前はその噂を打ち消す方向で話を広めてくれると助かる」

「そうだったのか、まじかよ……俺、あんたの大ファンなんだよ、

分かった、絶対に秘密にすると約束するぜ!」

「頼むぞまじで……シノンも、今後は他人の前でおかしな反応をするなよ」

 

 シノンはその言葉に無言だったが、やがて顔を上げると、凄みのある笑顔で言った。

 

「分かったわ。それにしても私のライバルは、シズカやピトだけじゃ無かったんだね。

シャナ、今度私にも、その人達をちゃんと紹介してね」

「あっ……はい」

 

 そんな二人の姿を見た薄塩たらこは、豪快に笑った。

 

「あはははは、なぁシノン、あんた、実に肝が据わってるな、

さすがはシャナが傍に置いているだけの事はあるな、

恋のライバルはきっと手ごわいだろうけど、俺はあんたを応援するぜ」

「ありがとう、期待に応えられるように頑張るわ」

「お、おい……」

「シャナは黙って私達の勝負を見てなさい、いい?」

「俺の意思は無視かよ……」

 

 そしてその時シャナの持つ通信機が鳴り、

薄塩たらこの最後の仲間達が全滅した事がダインから告げられた。

それを聞いた薄塩たらこは、天を仰ぎながら言った。

 

「今日はとてもいい話を聞けた、あんた達に負けたなら満足だ。

必ず約束は守るから、俺の事も、ここでひと思いにやってくれ」

「いいのか?別に見逃してもいいんだが」

「いや、それじゃあ散っていった仲間達に申し訳がたたねえ。

俺の首はあんた自らの手で討ち取ってくれ」

「たらこ、あんたシャナ程じゃないけど、いい男ね」

「おう、最高の褒め言葉だな」

 

 シノンにそう言われた薄塩たらこは、とても嬉しそうにニッコリと微笑んだ。

 

「それじゃあ機会があったら、今度はそっちに誘ってくれ」

「いいのか?その時は二人とも宜しく頼む」

「おう、またな、たらこ」

「またね」

「おう、またな、二人とも!」

 

 そしてシャナは薄塩たらこの首を刎ね、その体はエフェクトと共に消えていった。

 

「中々面白い奴だったな」

「ええ、さすがはGGOで最大のスコードロンのリーダーだけの事はあるわね」

「それじゃあ俺達も、街へ凱旋といくか」

「うん!」

 

 そしてシノンは、当然のようにシャナの腕に自分の腕をからめた。

 

「おいこら離せ」

「嫌よ、あんな話を聞いたら、何もしない訳にはいかないじゃない」

「言っておくが、俺のパートナーはシズカだけだからな」

「そう言いながら、ちゃんと私達の相手もしてくれるわよね」

「それがいけないのかもしれないな……」

「ふふっ、言っても誰も聞かないんでしょ?

それならある程度好きにさせた方が、精神衛生的にはいいんじゃない?」

「そうなんだよな……まあ、シズカを本気で怒らせないようにな」

「うん!」

 

 そして二人は街に戻り、仲間達と共に勝利を喜びあった。

シュピーゲルは、申し訳なさそうにシノンに謝ってきたのだが、

シノンはそんなシュピーゲルの肩をぽんぽんと叩き、笑顔でそれを許した。

実はシノンも、シャナと同じようにどうでもいいと思っていたのだが、

シュピーゲルは当然その事にも気が付かず、単純に許されたのだと勘違いしていた。

そして一同は、酒場の二階を貸しきって盛大に祝勝会を行った。

シュピーゲルは、とてもそんな気分にはなれなかったのか、早い段階でログアウトした。

その後、何故か薄塩たらこ軍団も合流し、罠にはめようとした事への謝罪もあった為、

今回の事は水に流し、またかち合ったら正々堂々と戦おうという事になった。

こうして今回の事件は、何も遺恨を残す事なく無事に終結したが、

先に落ちたシュピーゲルだけが、遺恨を残す結果となったのだった。




明日は本当の本当にのんびりした話にするつもりです!

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