目的の場所に着くと、約束の時間には少し早かったせいか、
それらしき集団はまだ来ていなかった。そして大学の様子を見ながら、ふと詩乃が言った。
「そういえば八幡って、受験は来年?」
「そうだな、お前と同じ年に受験する事になるな」
「そうなんだ、ちなみにどこを受けるの?」
「それはまだ決めてないが……」
「そ、そう。もし決まったら、直ぐに教えなさいよね」
「それは別に構わないが……って、お前まさか……」
同じ所を受けるつもりか?と言い掛けた八幡の言葉を遮り、詩乃は慌てて言った。
「な、何を言ってるの、ちょっと自意識過剰なんじゃないの?」
「俺はまだ何も言ってないんだが……
まあ進路が一緒だったら大学生活も楽しそうだなとは思ったが」
「た、楽しそう!?」
「ん?知り合いが多いってのは普通に楽しみだろ?」
「し、仕方ないわね、そこまで言うなら同じ所を目指してあげてもいいわよ。
これでも私、かなり成績はいい方なのよ」
「そうか」
詩乃が胸を張りながら嬉しそうにそう言うのを聞いて、
八幡は顔を綻ばせながら、そう一言だけ言った。
「あっ」
突然詩乃がそんな声を上げ、八幡は何事かと思ったのだが、
詩乃の視線の先を見ると、道端に財布が落ちている事に気が付いた。
どうやら少し先を歩いている長身の女性が落としたようで、
八幡は詩乃に一言断ってから、車の外に出て財布を拾うと、その女性に声を掛けた。
八幡が財布を差し出すと、その女性はぺこぺことおじぎをしていたが、
直後に八幡が少し考え込んだ後、メモのような物を差し出し、その女性に何か言った。
途端にその女性は顔を赤らめ、とても嬉しそうな表情を見せた後、
逃げるようにその場を立ち去った。詩乃は何があったんだろうと思い、
戻ってきた八幡に、その事を尋ねた。
「いやな、一応何か無くなってたら困るから、俺の連絡先を書いたメモを渡したついでに、
あの人、随分自分の身長の事を気にしているような感じだったから、
余計なお世話かと思ったんだが、ついこう言っちまったんだよ。
『あの、背が高くて凄く素敵ですよね』ってな。
そしたらあの人、急に顔を赤くしたと思ったら、そのまま走って逃げちまったんだよ」
詩乃は、どうしてこの男はこうあちこちで無自覚にフラグを立てるのだろうと呆れたが、
丁度その時いかにも女子高生らしい六人組が、きょろきょろしながら入り口から出てきた為、
詩乃はそちらを指差しながら八幡に言った。
「ねぇ、あれがエヴァ達なんじゃない?」
「ん?ああ、それっぽいな……しかしあれがそうなら、ゲームとのギャップが凄えな……」
「うん……」
その六人はいかにも女子高生といった感じであり、一人はハーフなのか自然な金髪だった。
八幡は何と声を掛けるべきか迷ったが、結局ストレートに声を掛ける事にした。
「ねぇ、いつものあの背の高い格好いいお姉さん、今日は何だか顔が真っ赤だったね」
「それに気のせいか、凄く嬉しそうだったよね」
「それよりもほら、シャナさんを探さないと」
「さて、誰がそうなのかな」
八幡はそんな六人の会話を聞きつつ、ここだここと思いながら少女達の前に立ったのだが、
六人は妙に年上に見える者の方にばかり注意を向け、
あれじゃない?いやあっちの方がと話し合っており、
八幡の方を見ても何の反応も示さなかった為、
八幡は、ゲームの中の自分はそんなに年上のおっさんぽいだろうかと、
少し悩みながら、六人に声を掛けた。
「なぁ、ちょっといいか?」
「さっきから何よあんた、ナンパならお断りよ」
「そうそう、私達はそんなに軽い女じゃないんだからね」
「すみません、今は人を待っているので……」
「で、でもこの人すごく格好いいんだけど……」
「確かにそうだけど、今はシャナさんを探さないと」
「そうそう、あ、年齢的にもあの人がそうなんじゃない?」
「さっきからお前らな……そもそも何で俺がそんな年上だって思ったんだよ……」
その言葉に六人はきょとんとすると、まじまじと八幡の顔を見た。
そして六人は、まるで円陣を組むかのように集まると、ひそひそと話し始めた。
「ねぇ、これってもしかしてもしかする?」
「いやいや、さすがに若すぎでしょう」
「でも今の喋り方、すごくシャナさんっぽくなかった?」
「シャナさんもシノンさんも、二十台後半くらいって言ってませんでしたか?」
「あれ?でもそれを言ったのって……」
「あ、それ私だわ」
その時、八幡達が何か揉めているように見えたのか、
詩乃が車を下りて、こちらへ向かって歩いてきた。
六人は詩乃が来るとは聞いていなかった為、やはりこれはシャナではないと判断したようだ。
「ほら、いかにも彼女っぽい美人さんが車から下りてきたよ」
「シャナさんなら一人のはずだしね」
「あれ、これってもしかして修羅場の予感?」
「わ、私、修羅場を見るのは初めてです!」
「でもあの女の人、私達と同い年くらいに見えない?」
「本当だ。お金持ちの大学生との恋愛とか、羨ましいっすなぁ……」
「ちょっとあんた、何を手間取ってるの?さっきから一体何をやっているの?」
「「「「「「ひぃ」」」」」」
いかにも修羅場っぽいその言葉を聞いた瞬間、六人は小さく悲鳴を上げた。
「ひぃ、って何よ……ねぇシャナ、この子達一体どうしたの?」
その言葉を聞いた瞬間、六人は声を揃えて言った。
「「「「「「シャナ!?」」」」」」
「おいシノン、俺ってGGOの中だと、アラサーくらいに見えたりするのか?」
「「「「「「シノン!?」」」」」」
「あんたね、質問に質問を返すんじゃないわよ……
でもそうね、確かに大人びて見えるけど、さすがにそこまで年上だとは思わないかな」
「だ、だよな?」
「何でほっとしてるの?……まあいいわ、ねぇ、あなた達はエヴァ達……なのよね?」
詩乃にそう言われた瞬間、六人は再び円陣を組んだ。
「シャナって何だっけ?シノンって何だっけ?」
「ちょっとリーダー、現実逃避しないでよ!」
「ちょっと誰よ、二人が二十台後半だって偽情報を流したのは!」
「あ、それ私だわ」
「ど、どどどどうしましょう、今の完全に聞かれてましたよね?」
「これはもう素直に謝るしか……」
そして六人は、八幡と詩乃を取り囲むと、一斉に頭を下げた。
「「「「「「本当にすみませんでした!」」」」」」
「いや、まあ俺は気にしてないからそっちも気にするな。
初めましてだな、俺がシャナ、二十一歳だ」
「「「「「「めっちゃ気にしてるじゃん!」」」」」」
「さっきの言い方だと、もしかしてシャナの事、アラサーくらいだと思ってたの?」
「言っておくが、お前もそれくらいだと思われてたんだからな」
「わ、私も?」
詩乃は六人をじろっと睨むと、満面の笑顔で自己紹介をした。
「初めまして、私がシノン、十七歳よ」
「「「「「「本当にすみませんでした!」」」」」」
六人は再び二人に頭を下げ、そのせいか、何事かと周囲がざわつき始めた。
八幡はまずいなと思い、借りてきた車を親指で示しながら、六人に命令口調で言った。
「とりあえず話は後でな。お前ら、あれにさっさと乗れ」
「「「「「「はいっ!」」」」」」
そして六人は、きびきびとした動きで車に乗り込み、
それを見た八幡と詩乃は、肩を竦ませながら運転席と助手席に乗り込んだ。
「で、何でお前ら、俺とシノンの事を、おっさんおばさんだと思ったんだ?」
「ちょっと、変な言い方をしないでよ!」
「はっ、昨日の二人の雰囲気があまりにも大人の恋愛風だったので、
これは絶対に三十歳近いのではないかと思ったのであります!」
「少なくともシノンさんと同い年であるはずの私達には、
あのような芸当はどう逆立ちしても無理だと愚考する次第であります!」
「あの雰囲気を出す為には、百戦錬磨の恋愛経験が必要だと思われます!」
「あれ、でもシャナさんはかなりもてそうですし、二十一歳でも経験豊富なのでは?」
「あ、確かにそんな感じ」
「って事はおかしいのは……」
そして六人は、じっと詩乃の顔を見つめた。
「な、何?」
「シノンさん、いくつか質問いいですか?」
「突然何?まあ別に構わないけど」
「例えばシノンさんの家にぬいぐるみがあって、
その子にシャナさんの名前を付けてたりしてませんか?」
詩乃は、はちまんくんの事を考えドキッとした。
「毎日家で、その子にまめにあいさつをしたりしてませんか?」
詩乃は、はちまんくんの事を考え頬を緩ませた。
「その子をシャナさんだと思って、よく会話したりしてませんか?」
詩乃は、はちまんくんの事を考え赤面した。
「その子をシャナさんに見立てて、たまに人に言えない妄想をしちゃったりしてませんか?」
詩乃は、はちまんくんの事を考えた後、シャナの顔を見て手で顔を覆った。
「シノンさん、アウト、アウトです!」
「シノンさんは、見掛けによらずむっつりスケベですね……」
「ち、違うの、それはたまたまこの子をクリスマスの時、
ゲームの景品としてもらったからであって……」
そして詩乃は何と、バッグの中からはちまんくんを取り出した。
「「「「「「えっ?シャナさんのぬいぐるみ?」」」」」」
「お、お前……何でそいつを連れてきてるんだよ……」
八幡は、盛大に頬をひくつかせながらそう言った。
「だ、だって、今日は帰りが遅くなりそうだったから、
家で一人だと寂しいんじゃないかって思って……」
「ってお前、学校にそいつを持ってったのかよ……」
『俺がそんな事で寂しがる訳が無いだろ、詩乃は心配性だな』
「「「「「「喋った!?」」」」」」
どうやら詩乃は、はちまんくんのスイッチを入れっぱなしにしたままだったようで、
突然はちまんくんが立ち上がり、そう言った。
『よぉ、オリジナル、久しぶりだな、会いたかったぜ』
そしてはちまんくんはぴょこっと手を上げ、八幡にぴこぴこと手を振った。
「俺は別に会いたくはないんだが……」
『つれない事を言うな、本当は詩乃の所にいる俺が羨ましいくせに』
「お前、絶対俺のコピーじゃないよな、明らかに思考が詩乃寄りに偏ってるし」
『マスター登録が詩乃なんだから、当たり前だろ』
「くっそ、あの馬鹿姉、何て物を作りやがった……」
そんな八幡とはちまんくんを見ていたエヴァ達は、我に返ったのか、
機関銃のように八幡に質問してきた。
「シャナさん、この子は一体何ですか?」
「どこからどう見ても、これってシャナさんだよね?」
「明らかに自分の意思で喋ってない?」
「うわ、これどちらに売ってるんでしょう?凄く欲しいのですけど」
「でも相当お高いんじゃない?」
「ねぇ君、名前は?」
『俺ははちまんくんだ、宜しくな、咲、カナ、詩織、萌、リサ、ミラナ』
はちまんくんは、エヴァ、ソフィー、ローザ、アンナ、ターニャ、トーマを順に指差し、
その名前をすらすらと呼んだ。六人はいきなり名前を呼ばれた事にぽかんとした。
「おいお前、何でエヴァ達の名前を知ってるんだ?まあ誰が誰なのかは俺には分からないが」
『まだまだだなオリジナル。こいつら、この前リーファが出てたインターハイに出てたぞ。
まあ個人戦は中々だったが、団体戦がからきしっていう、おかしな奴らだったな』
「そういう事か……おいお前ら、そういう事らしいぞ。
あ~……もう何がなんだか滅茶苦茶だな、とりあえず状況を整理するか」
八幡は、完全なカオス状態に陥ったこの場をとりあえず何とかしようと、
エヴァ達に色々と説明する事にした。
「本名を名乗るつもりは無かったが仕方ない、俺の名前は比企谷八幡、こいつは朝田詩乃、
そしてこいつは……は、はちまんくん……だ。まあこいつに関しては、
とりあえず俺みたいな物だと思ってくれればいい。で、さっき名前の出たリーファってのは、
俺の仲間でな、とある競技でインターハイに出てたから、
その情報がインプットされた過程で、どうやらお前達の顔と名前もインプットされたようだ。
こいつは先日俺達が内輪で行ったクリスマスイベントの景品で、今は詩乃の家にいる。
こんな説明で、大体の所は理解したか?」
六人はその説明に、こくこくと頷いた。そしてエヴァ達も自己紹介をし、
詩乃も改めて自己紹介をした。
「よし、それじゃあ落ち着いた所で詩乃、そいつはスイッチを切ってバッグにしまっとけ」
『まあこの場はその方が良さそうだな、それじゃあ詩乃、また後でな』
「うん、また後でね、はちまんくん」
そして詩乃がはちまんくんをバッグにしまうと、八幡は詩乃に言った。
「おい詩乃、お前後でお仕置きな」
「ご、ごめん……」
さすがに自分がやらかしたという自覚があるのか、詩乃は素直に謝った。
そんな詩乃に、咲達は言った。
「詩乃さん、セーフですよセーフ!」
「あんな子が家にいるんじゃ、そりゃ挨拶もするよね」
「話し掛けたりもね」
「まあ実際に目の前で色々反応してくれるんだから、妄想が膨らんでも仕方ないよね!」
「私達も同い年な訳ですし、気持ちは分かるといいますか」
「それにしても色々と羨ましい……私達とのこの差は……」
また変な方向に話がいきそうだと思った八幡は、六人に向かって言った。
「まあとりあえず今日は祝勝会みたいなもんだし、そろそろ本来の目的に戻るとしよう。
そろそろ予約している店に向かうぞ、今日は存分に好きな物を頼むといい」
「「「「「「はい、ありがとうございます!」」」」」」
こうして何とか話が纏まった所で八幡は、本来の目的地へと向かう事にした。
そして店に着いた後、八幡達は、店で一番大きい十二人掛けのテーブルへと案内された。
八幡は、テーブルが予想以上に広かった為、店内を見回しながら言った。
「八人用のテーブルもいくつかあるが、大体そういうテーブルは、
六人くらいの人数のグループが使ってるんだな、当たり前だが」
「まあ、ゆったりしてていいんじゃない?」
「そうだな、よし、適当に座るか」
そう言って八幡は自分達のテーブルに目を戻したのだが、
そこには既に、片側に綺麗に並んで座っている咲達の姿があった。
「……別に八人なんだし、四人ずつ座ればいいと思うが」
「駄目です、それだと八幡さんの隣に誰が座るかで喧嘩になります」
「そ、そうか……」
「ええ、仲良くなるのが目的なので!」
「お前らもう十分仲が良さそうに見えるけどな……」
「はい、今日コーチにも、驚いた顔でそう言われました!」
「そうか、まあいいんじゃないか」
八幡は満足そうにそう言った。そして注文をする事になり、八幡は特に迷う事も無く、
雪乃が言っていた猫の形をしたメニューを注文する事にした。
他の七人は、仲良くあれがいいこれがいいと、楽しそうに話していた。
八幡は、これは長くなりそうだと思い、何気なく外の景色を眺めた。
そして八幡は、通りの向こうに見覚えのある二人組を見付け、顔面蒼白になった。
「まずい……明日奈はいいとして、何で雪乃がここに……」
「明日奈?雪乃?」
その呟きが聞こえたのか、詩乃も窓の外を見た。
「あ、本当だ、明日奈だ、でも何か揉めてるような……
ううん、あれは一緒にいる人を、必死に止めようとしてる?」
(それに八幡は今、雪乃って言った?雪乃ってどこかで聞いたような……)
詩乃は雪乃の名前を聞いてそう思ったが、咄嗟には思い出せなかったようだ。
そしてその詩乃の言葉通り、明日奈はこちらに向かって歩いてくる雪乃を、
必死に止めようとしていた。そして八幡は、昨日明日奈が言った事を思い出した。
『珍しく雪乃に、二人で出掛けようって誘われたの』
そしてこの店の事を八幡は、雪乃から聞いた。
「そういう事か……」
八幡は、おそらくどこに行くか知らないまま雪乃に呼び出された明日奈が、
雪乃が八幡がいるこの店に向かおうとしている事に気付いて、
必死に止めようとしているのだと推測した。もちろんそれは事実である。
(まずい、まずいよ、何でよりによって今日?事前に確認しておけば良かった……
あ、やっぱり八幡君がいる……しかもこっちに気付いたかな?
でもそれはまずいの、このままじゃ雪乃に気付かれちゃう!)
明日奈はそう思いながら、雪乃に声を掛けた。
「ね、ねぇ、私まだそれほどお腹が減ってないから、先にどこかで買い物でもしない?」
「そう?でもさっき明日奈は、お腹がすいたって言ってなかったかしら」
「そ、そうだっけ?いや、うん、どうやら勘違いだったみたい、
まだまだ全然大丈夫だから、ね?」
「それならまあ、もう少し後でもいいのだけれど」
そして雪乃は、名残惜しそうに八幡達がいる店の方に振り返った。
その瞬間、雪乃は八幡と、バッチリ目が合った。合ってしまった。
(きゃああああああああ!)
明日奈は内心で悲鳴を上げた。
「しまった……」
八幡は店内でそう呟いた。そして雪乃は、無言で明日奈の手を引き、
店へと突撃を開始した。その力は凄まじく、明日奈はまったく抵抗する事が出来ず、
そのまま店内へと連れ込まれた。
「いらっしゃいませ、お二人ですか?」
「はい、二人なんですが、すみません、あちらに知り合いがいたもので、
そちらに合流してもいいですか?丁度席も空いてるみたいですし」
「あちらというと、比企谷様のテーブルですか?はい、大丈夫ですよ」
「大丈夫みたいよ、良かったわね、明日奈」
「あ、あは……」
そして雪乃は、八幡達のテーブルの方へとずんずんと歩いていき、
その後ろで明日奈は、しきりに八幡に謝るように手を合わせていた。
八幡は、大丈夫、事情は分かっていると目で合図を送り、明日奈もそれを受けて頷いた。
「ちょっと見ないと思ったら、随分楽しそうね、八幡君」
「お、おう……二人とも、まあ座ってくれ……下さい」
「さて、どういう言い訳をしてくれるのかしら、昔に戻ったみたいでとても楽しみだわ」
「そ、そうっすね……」
一時収まったかのように見えたカオスな状況は、まだ終わらないようだった。