ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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そういえば忘れていたのですが、この作品も五日前に満一周年を迎える事が出来ました。
何かと批判も頂く事の多いこの作品ですが、データを見ると毎日4000人程度の方に、
リアルタイムで最新話を当日に読んで頂いているようです。
最終的には6000人程度だと思いますが、とても多くの方に読んで頂けております。
本当にありがとうございます。
これからも楽しんで頂けるように努力致しますので、今後とも宜しくお願いします。
ちなみに突然話が斜め上の方向にいくのは作者の病気ですので、諦めて頂けたらと思い
ます。

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


第286話 求められる覚悟

「ごめんねシノのん、まさか今日の目的地がここだなんて思わなくて……」

「ううん、今日は私もお目付け役のつもりだったし、気にしないで」

「で、この子達が噂のアマゾネス軍団?」

「うん」

「とてもそうは見えないんだけど……」

「それはまああっちでの姿を見てのお楽しみって事で」

 

 明日奈と詩乃は、こそこそとそんな会話をしていた。

詩乃はまだ少し人見知りな所があった為、この場は一歩引いた形となり、

八幡の隣を明日奈に譲っていた。

ちなみに席順は、詩乃、明日奈、八幡、雪乃の順番となっていた。

 

「で、あの綺麗な女の人は誰……?」

「あれは雪乃、雪ノ下雪乃だよ。ハル姉さんの妹さんで、私の親友かな」

「ああ~!そう言われると何となく面影がある気がする」

「で、もうシノのんも聞いたと思うけど、私と同じ『ヴァルハラ・リゾート』の副団長だよ」

「あっ」

 

 詩乃はその明日奈の説明で、雪乃の名前をどこで聞いたのか思い出した。

 

「もしかして『絶対零度』?」

「駄目っ!」

 

 明日奈はその言葉を言い掛けた詩乃の口を、慌てて塞いだ。

 

「明日奈、聞こえてるわよ」

「あ、あは……」

 

 だが明日奈の予想に反して、雪乃は特に目くじらを立てる事もなく、

落ち着いた様子で注文した紅茶を飲んでいた。

 

「えっと……怒らないの……かな?」

「さすがにもう慣れたわよ。もう今となってはその二つ名は、

私達のギルドの象徴の一つとなっているのだから、今更私が何か言っても仕方ないじゃない。

だから明日奈も、そろそろ自分の二つ名を好きになる努力をしないとね」

「う、うん、まあそうだね」

 

 明日奈は苦笑しながらその雪乃の言葉に同意した。

 

「さて八幡君、そろそろ皆さんに私達の事を紹介してもらえないかしら」

「そ、そうですね……」

「あなたは支配者なのだから、もっと堂々としていなさい」

「お、おう……」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 

 その会話を聞いて、突然萌が驚いた顔で言った。

他の五人も何事か囁きあいながら、一様に驚いた顔をしていた。

 

「ん、どうかしたか?萌」

「あ、あの、さっき『絶対零度』って仰ってませんでしたか?」

「……おう、もしかしてお前ら、それが何か知っているのか?」

 

 その八幡の質問に、リーダーである咲が答えようとした。

 

「はい!実は私達がゲームを始めたのは……」

「待ってくれ咲、話を振っておいてなんだが、とりあえず先に自己紹介をすませちまおう」

「分かりました!」

 

 そして八幡は、最初に明日奈と雪乃を紹介した。

 

「あ~、こっちが結城明日奈、こっちが雪ノ下雪乃だ」

「初めまして、結城明日奈です」

「雪ノ下雪乃です、宜しくお願いします」

「そしてこっちが、朝田詩乃」

「よ、宜しくお願いします」

「最後にこっちの六人は、順に新渡戸咲、藤澤カナ、野口詩織、安中萌、楠木リサ、

そしてミラナ・シドロワだ」

「「「「「「宜しくお願いします!」」」」」」

 

 八幡は、簡潔に全員の名前だけを羅列した。

 

「随分シンプルな紹介だったわね、事情の説明は無いのかしら?」

「う~ん、明日奈、どうする?」

「昨日話してた通り、もうこうなったら雪乃に協力してもらっちゃえばいいんじゃない?」

「そうか……まあリアルで命の危険がある訳じゃないし、そうするか」

 

 その言葉に、雪乃は心配そうな顔をして、そっと八幡の顔を覗きこんだ。

 

「最近こそこそと何かをしているなとは思っていたけど、

まさか危険な事に首を突っ込んではいないでしょうね、大丈夫なの?」

 

 その様子を見た詩乃は、やはり雪乃も八幡の事が好きなのだという事が痛いほど分かり、

改めて、自分のライバルが想像以上に多い事を実感した。

 

「大丈夫だ、とりあえず咲、代表してさっき言い掛けた事の続きを話してくれ」

「はいっ、実は私達がGGOを始めたのは、仲良くなる為なんです」

「その仲良くってのは、お前らがって事だよな?

どう見ても、仲が悪いようには見えないんだが……」

「それは八幡さんに怒られたからですよ、私達、昨日まで本当に仲が悪かったんですよ」

 

 他の五人も、その言葉にうんうんと頷いた。

 

「で、ゲームを始める事になったのは、コーチからのアドバイスだったんですが、

最初に二つ、候補にあがったゲームがあったんです。それがGGOとALOでした。

私達は、参考にしようと思って二つのゲームの有名な動画を色々と見たんですが、

そこで見付けたのが、GGOのシャナさんの動画と、

ALOの『ヴァルハラ・リゾート』の動画だったんです。

で、私達が最終的に選んだのが、GGOだったんですよ。

正直ALOの方は、魔法を覚えるのが大変そうで、

私達には無理かもって思っちゃいまして……」

「そうだな、本当によく動きながらあんなのをスラスラと言えるよな……」

 

 そう言って、明日奈と雪乃の顔をチラッと見た八幡に、二人は冷静に突っ込んだ。

 

「あんなのただの慣れだよ慣れ」

「そもそもあなたは覚えるのを面倒臭がっているだけなのではないかしら」

「お、おう……そう言われるとその通りなんだが……」

 

 八幡は適切な反論を何も思いつけず、ただそう言って頭をかく事しか出来なかった。

 

「で、話がさっきの所に戻るんですけど、そんな訳で私達は、

GGOとALOの有名プレイヤーの事にもかなり詳しくなったと、まあそういう事なんです」

「で、絶対零度という言葉に反応したと」

「はい、あの、その、つまりそういう事なんですかね?」

「雪乃、そういう事なのか?」

 

 八幡は、ALOの事までは話すつもりが無かった為、

全てを雪乃に丸投げするつもりでそう言った。

雪乃もその事を悟ったのか、じろっと八幡の顔を見つめると、

何かを考え込むように腕組みをし、沈黙した。

そしてその沈黙はしばらく続き、その緊張感に雪乃以外の者が耐えられなくなった頃、

どうやら考えが纏まったのか、雪乃が口を開いた。

 

「あなた達、それを私達に尋ねるという事の意味を理解しているのかしら」

「は、はいっ、もちろんこの事は誰にも言いません!ね、みんな?」

「「「「「はいっ!」」」」」

「でも、いつか必ず秘密は漏れるものなのよ。そしてその時に真っ先に疑われるのは、

あなた達という事になるわ。ここまではいいかしら」

「それは……そうですね」

「その場合、彼はあなた達が怪しいと思っても、決して何もしないわ。でも私達はする。

私達が現実世界で持つ力は、まあほとんどが彼の功績によるのだけれども、

あなた達が思ってる以上に巨大な物なのよ。特に私の姉は決して容赦はしない。

あらゆる手段を使って、徹底的に敵対する者を潰すわ」

 

 その言葉に、場はシンと静まり返った。八幡と明日奈は、

あの姉ならば、止めようが何をしようがやるだろうと思い、何も口を挟もうとはしなかった。

多少事情を知っている詩乃でさえ、映子達にもう一度念押しをしなければと考えた。

咲達はまったく事情を知らない為、半信半疑であったが、そんな咲達に八幡は頷いた。

つまりそれはその言葉が事実だという事を意味する。

雪乃の事は知らないが、八幡の事はシャナとしてよく知る彼女らは、

雪乃の言っている事が事実なのだと、その八幡の態度でやっと実感した。

 

「その事を理解してもらった上で、あなた達はまだ真実を知りたいと望むのかしら?」

「えっと……」

 

 六人は、その質問に誰も答える事が出来なかった。

 

「いきなりそう言われても困るわよね。好きなだけ六人で相談するといいわ」

「は、はいっ、すみません!」

 

 そして六人は、ぼそぼそと小さな声で相談を始めた。

意外な事に、一番大人しいように見える萌が、強行に知りたいと主張しているようだった。

逆に慎重なのは、部長という責任のある立場にいる咲だった。

そしてついに萌が折れたようで、話し合いの結果、答えはノーと決まった。

 

「すみません、まだ私達にはその覚悟が出来ません」

「そうね、それが当然だと思うわ」

 

 雪乃は真面目な顔でそう言うと、直後に笑顔で言った。

 

「そんなあなた達に、私からアドバイスをあげるわ。

あなた達は、もっとよく彼の事を知りなさい。

その上で、例えリスクを負っても彼の近くにいたい、彼の仲間に加わりたいと思うのなら、

その時は彼にその事を伝え、一度ALOにコンバートしなさい。

そうしたらおそらく偶然彼がそこにいて、その上で儀式を済ませたら、

晴れてあなた達も、彼の庭に連れていってもらえるかもしれないわね」

「彼の庭……ヴァルハラ・ガーデン……?」

 

 先ほど一番意欲を見せていた萌が、そう呟いた。

咄嗟にその言葉が出てくる所を見ると、この中では萌が一番のファンなのだろう。

他の者もその庭の存在は認識していたようで、残りの五人の目にも力が戻ったように見えた。

 

「私は彼の庭としか言ってないわよ」

「はい、分かってます!」

「そう、それならいいわ。あなたは安中さんだったかしら、

あなたは何故そんなにも、『ヴァルハラ・リゾート』の事が気になるのかしら」

「えっと、それは……」

 

 萌はそう言いながらもじもじしだし、それを見たカナが横から口を挟んだ。

 

「萌は、絶対零度のユキノの熱狂的なファンなんですよ!

ほら、見た目も少し似てるじゃないですか。

前は仲が悪かったから適当に聞き流してましたけど、

自分もああなりたいって、日頃からよく言ってたんです!」

「そ、そう……」

 

 雪乃は、少し恥ずかしそうな顔でそう言った。

 

「これはもう、萌の為にも頑張らないといけないね!」

「まだちょっと覚悟が出来ないけど、GGOの中でもっともっと強くなれれば、

その覚悟が出来るかもしれないね!」

「私は今すぐでも別に構わないけどね」

「ほらカナ、そこは足並みを揃えてくれないと!」

「儀式ってのが何かは分からないけど、強くないと駄目な奴かもしれないから、

とにかく当面はその事だけを考えよう!」

 

 残りの五人が口々にそう言い、その姿を、雪乃は微笑ましそうに見つめていた。

ちなみに儀式というのは当然、フカ次郎が現在受けている真っ最中のアレの事である。

そして八幡が、萌に一枚のメモを差し出した。

 

「萌、そんなお前にこれ、俺からのプレゼントな」

「……これは?」

 

 そこにはどこかのホームページのアドレスと、パスワードのような物が書かれていた。

 

「それは、どこかのギルドメンバー専用の、仲間内の様子を撮影した、

動画の閲覧ページのアドレスだって噂だぞ。あくまで噂な、噂。

もしかしたらそこに偶然、お前の好きな絶対零度が映ってるかもしれないから、

帰ってからお前ら六人だけで見てみるといい」

「あ、ありがとうございます!」

「おう、まあ頑張れ」

「「「「「「はいっ!」」」」」」

 

 その八幡の言葉に、萌だけではなく六人全員がそう返事をした。

そこでこの話は一時終わりとなり、一同は、和やかな雰囲気で雑談を楽しんだ。

 

「そう、咲ちゃん達は、全員新体操部なんだね」

「はい、私が部長をさせてもらっています!」 

「そっかぁ……私もやってみようかな?」

 

 何となくそう言った明日奈に、即座に八幡が駄目出しをした。

 

「駄目だ、絶対に許さん」

 

 そんな八幡に、明日奈は頬をほころばせながら言った。

 

「もう、分かってるよ八幡君。やるとしたら、八幡君の前でだけね」

「なら許す」

 

 そんな二人の仲睦まじい様子を見た咲は、顔を赤くしながらまごまごした。

 

「えっ……え~っと……」

「咲さん、この二人は基本こうだから、気にしなくていいわよ」

 

 雪乃がそれを見て淡々とそう言った。それで咲も気が楽になったのか、

咲は思い切って明日奈にこう尋ねた。

 

「あ、はいっ。ところであの、もしかして明日奈さんが、八幡さんの彼女さんなんですか?」

「うん、そうだよ」

「やっぱりですか、よく修羅場になりませんね……」

 

 明日奈はその質問に、顔色一つ変えずにこう答えた。

 

「う~ん、でも常に私のポジションを、十人くらいの人が狙ってるよ?」

「十っ……!?」

「喧嘩とかにならないんですか?」

 

 詩織のその問いに、明日奈は首を傾げながら雪乃に尋ねた。

 

「……そういえばならないよね、雪乃、何で?」

「あら、あなたの知らない所で、血みどろの争いが繰り広げられているとは思わないの?」

 

 雪乃がニヤリとしながらそう言った為、明日奈は驚愕した。

 

「ええっ!?そ、そうなの?」

「冗談よ冗談……今のところはね」

「「「「「「ひいっ!」」」」」」

 

 その付けたされた言葉があまりにも現実味を帯びていた為、咲達はたまらず悲鳴をあげた。

雪乃はそれ以上は何も付け加えず、気になっていたのだろう、ミラナに話し掛けた。

 

「ミラナさんは、名前からしてロシアの方なのかしら?」

「はい、うちの両親は貿易商なんで、

私も小さい頃から日本とロシアを行ったりきたりしてるんです。

で、高校に入ったのを契機に、卒業までは日本にいさせてもらえる事になったんです」

「卒業したらロシアに帰る事になるのかしら?」

「まだ何ともですね、もしかしたら、ずっとこっちにいる事になるかもしれません」

「なるほど」

 

 丁度その時、少し遅れていた、八幡と雪乃が頼んだ猫のデザートが到着した。

 

「おっ、確かに猫猫しいデザートだな」

「八幡君、猫猫しいって……」

 

 明日奈がそう突っ込んだ横で、雪乃は猛烈に感動していた。

 

「これは素晴らしいわね……」

 

 それっきり雪乃は静かになり、その横では、リサが詩乃にこう話し掛けていた。

 

「しかし詩乃さんが、まさか同い年だったとは……」

「ええ、っていうか同い年なんだから、別に呼び捨てにしてくれて構わないわよ?」

「駄目です、うちは一応体育会系なんで、例えゲームの中といえど、

先輩を呼び捨てになんか出来ません!」

「うちはそういうの厳しいんですよ!」

「そういう訳なんで、これからも宜しくお願いします、詩乃さん!」

「そ、そう……」

 

 そして一瞬の静寂が訪れ、直後にその声は聞こえた。

 

「にゃぁ……にゃぁ……」

 

 そして一同は驚いた顔でその声を発した雪乃の方を見た。

誰も何も言えなかったが、ようやく明日奈が雪乃にこう声を掛けた。

 

「ゆ、雪乃……確かにその猫のデザートはかわいいけど……」

 

 それで我に返った八幡が、咄嗟にこう言った。

 

「い、いいかお前ら、今聞こえた猫の鳴き声に関しては突っ込み禁止だ。

これはこういう物だと思って暖かい目で見守るだけにしておけ」

「「「「「「は、はいっ!」」」」」」

「にゃぁ……にゃっ?明日奈、今何か言ったかしら?ごめんなさい、聞き逃してしまったわ」

「う、ううん、何でもないよ雪乃」

「そ、そう?それにゃらいいのだけれど」

「す、すごく突っ込みたいけど、突っ込んだら負けな気がするよ八幡君!」

「ああ、ここは暖かく見守ってやれ」

 

 そして楽しい時間はあっという間に終わり、

咲達はどうやらここからなら歩いた方が早いとの事で、

車で送ってもらうのを遠慮して、そのまま仲良く帰っていった。

 

「さて、俺達も帰るか」

「あなたは何を訳の分からない事を言っているのかしら、本題はこれからでしょう?」

「本題?」

 

 そして雪乃は、今日一度も言葉を交わしていないその少女に、ここで初めて声を掛けた。

 

「そうよね?朝田詩乃さん」




修羅場はあると思えば無く、無いと言えばあるようですね、さて、いつ修羅場が訪れる事か……
明日は皆さんもびっくりの展開になるかもしれませんが、いつもの事ですね。
第287話『その名の重み』お楽しみに!

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