「お、おい雪乃……」
「そもそもどうしてここで話が終わりだと思ったのかしら。
私に事情を説明して何かに協力させるとか言っていたのは、他ならぬあなたなのよ?」
「あ……」
八幡はその指摘に、完全に忘れていたと頭を抱えた。
そして詩乃は詩乃で、雪乃にいきなり名前を呼ばれ、当惑していた。
「えっと……」
「あら、何故自分の名前が呼ばれたのかよく分かっていないようね。
なら私からハッキリと言うわ。あの時あそこにいた中で、
あなただけが八幡君に恋をしていたからよ」
「そう、そういう事……」
詩乃はそう呟くと、不敵に微笑んだ。
「で、ライバルを今のうちに潰しておこうって、そういう事でいいのかしら」
「……あなたは何を言っているの?」
「え?」
詩乃は、自分なりに決意を込めて言った台詞をあっさりと否定され、
思わずそんな声を出してしまい、直後に恥ずかしさで顔を赤くした。
「あなたはもう、彼に想いを告げたのでしょう?」
そんな詩乃を更に赤面させえるような事を、いきなり雪乃が言った。
だが詩乃は、ここで否定したら負けだと思って踏みとどまり、雪乃に頷いた。
「まったくこの男は、どうしてこう次から次へと……」
その言葉は詩乃にしか聞こえなかったが、その時初めて詩乃は、
常に冷静に見える雪乃も、自分と同じように感情豊かで焼きもちもやく、
普通の少女なんだと思い、雪乃に親近感を覚えた。
「いい?彼に想いを告げた上で、彼が傍にいる事を許している、
それだけであなたはもう、私達と対等なのよ。
あなたはさっき私があの子達に発したのと同じ問いをぶつけられたら、
即座にコンバートしてくるでしょう?」
「ええ、当然よ」
「そうよね」
雪乃はその答えに、満足そうに頷いた。
「さて、それじゃあとりあえず私の家に帰りましょうか」
「結局帰るのかよ!」
八幡は、思わずそう突っ込んだ。
「だってあそこなら、四人同時にALOにログイン出来るじゃない」
「お、お前まさか……」
「ええ、これから詩乃さんを、ヴァルハラ・ガーデンに連れていくわ」
「えっ、いいの?儀式ってのを受けなくていいの?」
「ああ……あれは飛び込みで加入を申し込んでくる人用の方便みたいなものよ。
ちなみに条件は、SAOの元四天王と戦ってHPを二割削る事よ。
場合によっては一撃当てる事になる場合もあるわね。
要するに、どこまで本気なのか試すってだけの事なのよ。
ちなみに今その試験を、前者の条件で受けている子が一人だけいるわ。
もう何ヶ月になるかしらね、延々と挑み続けてくる根性のある子よ。
そろそろ正式に加入する事になるのではないかしらね」
「そうなんだ……」
「それじゃあとりあえず移動しましょうか」
そして四人はそのまま雪ノ下家に向かう事となった。
車の中で、雪乃は三人にいきなりこう言った。
「ところでシャナ、シズカ、シノン、GGOじゃ随分派手にやっているみたいね」
「ええっ?」
「わ、私の事まで……」
「お、お前、何でその事を……」
「あなたがシャナだって分かれば、もう後は簡単に分かるじゃない。
私は姉さんの動向も、一応気にしてはいるから、
姉さんが熱心に見ていた動画は全て閲覧済なのよ」
「お前、あれを見たのか……」
「まあ初めて見た時から、もしかしたらと思っていたのは確かよ。
いずれ他の人にもバレるでしょうけど、今の所あの動画の事を知っているのは多分私だけよ」
「そうか」
八幡はそれを聞いて、ほっとしたようにそう言った。
「で、ベンケイってのは誰なのかしら」
「小町だな」
「なるほど……ではピトフーイというのは?」
「ピトは……俺の下僕だ」
「下僕?」
その言葉に雪乃は一瞬眉をひそめたが、すぐに普通の表情に戻ると、こう言った。
「なるほど、薔薇さんみたいなポジションの人という事ね」
「どうしてお前は今の言葉だけでそこまで分かっちゃうの?
お前本当はキットの中の人か何かなの?」
「そんな訳ないでしょう。いくら私でも、キットにはとても敵わないわよ。
薔薇さんがこの前アルゴさんとそんな事を話していたのを聞いていただけよ」
それを聞いた八幡は、思わず雪乃の前で、薔薇の事を下の名前で呼んだ。
「小猫がアルゴと?」
「小猫?あなたは何故この状況で、私を懐柔しようとしているのかしらね?」
雪乃がスッと目を細くしながらそう言ったのを見て、八幡は慌てて弁解した。
「ち、違う、誤解だ。小猫ってのは、薔薇の下の名前だ。
何となくかわいいから、俺が普段そっちの呼び方で呼んでるってだけだ」
その言葉に雪乃はきょとんとしたが、
どうやら変なスイッチが入ってしまったようで、少し高揚した様子で雪乃は言った。
「薔薇さんの下の名前が小猫?そう……それは初耳だわ、でもとても素敵な名前ね……
私も将来生まれてくる私とあなたの娘に、猫乃って名付けようかしら」
「俺とお前との間に子供が生まれる予定なんか無いが、まあ好きにしてくれ」
「ほら詩乃、今のを聞いた?この男、いつもぼ~っとしているように見えて、
こんな風に肝心な所ではとてもガードが固いのよ」
「あ……確かにちょっと抱き付くとかは案外ガードが緩いけど、
確かにそういう事についてはそうかも……ですね、雪乃さん」
「あら、私とあなたは対等なのだから、私の事も雪乃でいいわよ」
「そう?なら普通に雪乃って呼ばせてもらうわ」
「ふふっ、四つも年下なのに、いい度胸をしているわね、気にいったわ」
雪乃と詩乃が、どうやらうまくやっていけそうな雰囲気に見え、八幡は一応安堵した。
「で、小猫さんがアルゴさんにこう言ったのよ。
『下僕としてきちんと仕事を果たしたいので、情報収集のコツを教えて下さい』とね」
「ああ、その話は聞いた覚えがあるな、なるほど、その時か」
「ええ。だから私の中では、下僕イコール小猫さんというイメージが強いのよ」
「なるほど、納得した」
「で、ピトフーイというのは結局誰なの?私の知っている人なのかしら?」
「お前前に会っただろ、神崎エルザにな」
その言葉だけで全て理解したのか、雪乃は驚愕に目を見開いた。
「あなた……あの人を下僕扱いしているの?ファンに殺されるわよ?」
「仕方ないだろ、本人の希望なんだよ」
その八幡の説明を聞いた雪乃は、いぶかしげな様子で明日奈と詩乃に尋ねた。
「明日奈、詩乃、本当なの?」
「うん、本当だよ」
「確かに事実ね、むしろ嬉々として下僕を名乗ってるわよ」
「そう……まったくこの男は……」
「この件に関しては、俺もさすがに言い訳出来ないわ……」
「まあ本人の望みなら仕方がないわね、いずれギルドに連れてくる事にしましょう」
「あいつもか……まあ仕方ないよな」
「で、そもそもあなたはどうしてGGOをプレイする事にしたのかしら」
「それはな……」
そして八幡は、ここに至るまでの経緯を詳しく雪乃に説明した。
「そう、噂のラフィンコフィンが、ついに動き出したのね。
確かにそれなら特に危険は無いかもだけど、リアル割れだけはしないように気を付けるのよ」
「ああ、それだけは本当に注意しないとだな」
「明日奈も詩乃も、絶対にゲームの中で、本名や住所を喋ったりしては駄目よ」
「うん」
「あ……私この前、BoBの受付の時、
個人情報を思いっきりゲームの中で記入しちゃったんだけど……」
「……どういう事かしら」
「実はな……」
八幡は、BoBの景品がもらえるシステムの事を、雪乃に説明した。
「そう……それはかなり問題のあるシステムね。後ろから覗いたり出来るのかしら」
「確かに近くから覗いたら、見えるかもしれないな。
まあそんな事をしたら、誰かに通報されちまうと思うが」
普通ならそれで安心する所だが、雪乃の考えは少し違ったようだ。
「……という事は、システム的に不可視という訳ではないのね」
「ああ。まあこの前のケースだと、確かに近くにラフコフの誰かがいたのは確かだが、
俺が後ろで視界を塞いでいたからな、詩乃の個人情報は絶対に誰にも漏れてはいない」
「そう、それならいいのだけれど、次回からは慎むべきだと思うわ。
相手はシステムの裏を突く事に長けている人達なんでしょう?」
「確かにそうだな、ここは雪乃の忠告に従ってそうするか。詩乃もそれでいいか?」
「うん、皆に心配かけてごめんね」
「別にあなたのせいじゃないわ」
そして雪乃は、必要だと思われる事をテキパキと決めていった。
「とりあえず私も新しくキャラを作るわ。
名前はあなた達との関係性を疑われない名前がいいわね。
にゃんこ先生とでも名付けましょうか」
「おい馬鹿確かにあれはとてもいい、いいんだが、さすがにそれはやめておけ」
「じゃあにゃんこティーチャーでいいわ。ただし先生と呼んで頂戴」
「先生な……まあ別にいいけどな……」
「後は小猫さんにはこっちで連絡しておくとして、多少の強さは必要かしらね……」
「それなら俺達の狩りについてくればいい。初期レベルでも銃さえ撃てれば問題ない」
「か弱い私をしっかりと守るのよ」
「へいへい」
そうこうしている間に、一行は雪ノ下家へと到着し、
そのままALOへとログインする事となった。
「さて詩乃、あなたはどの種族にコンバートするつもりなのかしら」
「あ、前に調べた事があるんだよね、え~と、ケットシーにしようかと思って」
「何ですって!?」
雪乃がいきなり声を荒げた為、詩乃はまずかったかと思い、他の種族に変えようとした。
「ご、ごめん……私何も知らなくて……えっとそれじゃあ、他の種族に……」
「何を言っているの!?」
雪乃は先ほどよりも更に大きな声でそう言った。
「えっ?」
「ケットシー、素晴らしいじゃない!さあ、直ぐに始めましょう。
八幡君、迎えの方は確か大丈夫よね?」
「ああ、この前のアップデートで、アルンと各種族の都が、
一瞬で行き来出来るようになったはずだ。とりあえず直ぐに合流する事が可能だ」
「オーケーよ、それじゃあ詩乃、いえ、シノン、あっちで待っているわね」
「うん」
そしてシノンは、自分の持つ全てのアイテムを拠点に収納すると、
緊張しながらキャラをGGOからALOへとコンバートし、
初めてALOの世界へと降り立った。そこには、GGOとはまったく違う雰囲気の、
広大なファンタジーの世界が広がっていた。
「ここがALO……何ていうか、やっぱりGGOとは全然違う……」
「おいシノン」
突然そんな声が聞こえ、シノンは慌てて周囲を見回したが、近くには誰もいない。
「上だ上」
その言葉でシノンは、この世界では空が飛べるという事を思い出し、上を向いた。
上には三人のプレイヤーが宙に浮いており、シノンは、自分も早く飛んでみたいと思った。
「ここでは初めましてだね、私がアスナだよ。
まあここではバーサクヒーラーなんて呼ばれてるんだけどね」
「ユキノよ。絶対零度と呼ばれているわ」
「そして俺がハチマンだ。ここではザ・ルーラーって呼ばれてるな」
その言葉で三人に気付いたのか、周囲のプレイヤー達がどよめいた。
「おい、あの格好、ヴァルハラのメンバーじゃないか?」
「間違いない、あれはヴァルハラのエンブレムだ!」
「凄え!アスナ様とユキノ様だ!」
「というか、あの二人を従えてるって事は……」
「あれが滅多に姿を現さないって噂のヴァルハラのリーダー、ザ・ルーラーじゃないか!?」
「うおおおおお!俺初めて見た!」
その周囲の喧騒に、シノンはとても驚いた。
そして目の前の三人が、この世界では伝説級の存在である事を実感した。
「その服装だけでも知名度が凄いんだね、一発でほとんどの人に分かっちゃうくらい」
「まあこれくらいは普通の事だ。お前もいずれこうなるんだぞ、どうだ、怖くなったか?」
「プレッシャーに押し潰されそうだけど、でも凄くわくわくしてる」
「そうか」
そしてハチマンは、ストレージからヴァルハラの制服を取り出し、シノンに与えた。
「これは……」
「予備の制服だけどな、自動サイズ調整がついてるから、体に合わない事は無いと思うぞ」
「……私が着てもいいものなの?」
「わくわくしたんだろ?いいから着てみろよ」
「うん」
そしてシノンがその服を身に付けた瞬間、周囲のプレイヤー達は、大歓声を上げた。
「おい、まさかあれ、新メンバーか?」
「そうみたいだな、個人識別用のエンブレムがまだ付いて無いからな」
「まじかよ、また女かよ!」
「やべ、こんな場面に遭遇する事なんて、天文学的な確率じゃね?」
「あそこは滅多にメンバーを増やさないからな」
「大変だろうが頑張れよ、新人!」
シノンはそんな声を聞き、信じられない思いだった。
(ヴァルハラ・リゾートってここまでのギルドなんだ……
ちょっと前まで自分が学校で孤立していたなんて、遠い昔の事に感じる)
そんなシノンに、ハチマンが手を差し出した。
「シノン、無理に飛ぼうとしなくていいから、とりあえず浮いてみようって思ってみろ」
「う、うん」
そしてシノンは、心の中でこう考えた。
(彼の所までこの体を浮かせたい)
その瞬間、シノンの体はゆっくりと浮き上がり、
ハチマンの方へと向かってゆっくり進んでいった。
そしてシノンの伸ばした手を、ハチマンがしっかりと掴んだ。
「アルヴヘイム・オンラインへようこそ」
「こ、これから宜しくお願いします」
「よし、とりあえずアルンへ飛ぶぞ」
ハチマンとアスナはシノンの両手を握り、転移装置の所まで凄いスピードで飛んでいった。
「うわ、凄い凄い!」
「どう?生まれて初めて空を飛んだ気分は」
「最高!」
「そうか、早く自由自在に飛べるようになれるといいな」
「でも私にはBoBで優勝するって目的があるし、本格的に始めるのはその後かな」
「そうだな、今日はとりあえずお試しだからな。よし着いた、アルンへ飛ぶぞ」
そして四人はアルンへと転移し、そのままぐんぐんと空に上がっていった。
「どこまで上がるの?」
「あそこだ、上を見てみろ」
「あれは……」
そしてシノンの目の前に、光り輝く鋼鉄の城が姿を現した。
「あれが目的地だよ、シノン」
「あれが……あれがハチマンとアスナが二年以上も戦ってきた場所なんだね」
「ああ、ようこそアインクラッドへ」
こうしてシノンは、まったく予想外の展開で、アインクラッドの地を踏む事となった。
さすがにこれは予告せざるを得ませんね、明日はある意味ギャグ回になっています。
第288話『尊敬と恐怖の象徴』お楽しみに!