「ここがアインクラッド……」
「ああ、俺達のデスゲームはここから始まった」
詩乃はその言葉を受け、もしここでハチマンが命を散らしていたら、
今の自分は一体どうなっていたのだろうかと考え、自然と言葉が口をついて出た。
「そう……戻ってきてくれて、本当にありがとう」
「あ?まあ百パーセント自分の為だったけどな」
「自分とアスナと仲間の、でしょ?」
「さあ、どうだったっけな」
そんなハチマンを見て、ユキノはアスナにこう提案した。
「ねぇアスナ、このどうしようもなく素直じゃない男は、
とりあえず殴っておいた方がいいのではないかしら」
「それで素直じゃない所が治るなら苦労はしないんだけどね……」
「確かにそれもそうね、それじゃあもぎましょうか」
そのユキノの言葉に、ハチマンは少し震えた声で言った。
「そのとりあえず言っておこう的なセクハラはやめろ」
「あら、私はどこをもぐとは明言していないのだけれど」
「男の体にもぐ所なんかそんなにある訳ないだろ」
「ハチマン君、それはセクハラよ」
「くそっ、口じゃ絶対に敵わねえ……」
「まったく、これだから存在自体がセクハラな男は困るわ、ねぇアスナ?」
そう言ってユキノはアスナの方を向いて言った。
だがアスナは、怯えた目で自分の胸を隠しながら、ユキノに背を向けていた。
「……ねぇアスナ、それは一体何のまねかしら?」
「だ、駄目!も、もがないで!」
そのユキノの冷たい声を聞き、アスナは悲鳴をあげた。
「そう……あなたもやはりそっち側なのね」
「ち、違うよ!私だって、もっと何とかならないかと色々頑張って研究してる仲間だよ!」
そのアスナの言葉に、ユキノはピクッと反応した。
「研究?ならここは、その研究の成果を一つ教えてもらえれば、
私としてもこれ以上の追求はやめてあげてもいいのだけれど」
その言葉にアスナは飛びつき、動揺したままこんな事を口走り始めた。
「せ、成果、成果ね。え~っと……ハチマン君にもんでもらえば……」
「ばっ、お前何て事を……」
「あ、ああっ、違うの、この前マッサージをしてもらった流れで、
ちょっと試しにって思ってやってもらっただけなの!
確かに効果はあった気もするけど、サンプル数が全然足りてない研究なの!」
ハチマンは、ユキノがその言葉を真剣に検討し始めたのを見て、頭を抱えた。
ちなみにシノンは、顔を真っ赤にしてフリーズしていた。
そしてユキノは、ついに結論が出たのか、真顔でハチマンに言った。
「ハチマン君、ちょっとお願いがあるのだけれどいいかしら?」
「すげー聞きたくないんだが、まあ聞くだけなら……」
「もし明日暇なら、一晩私の胸をもんでみてもらえないかしら」
「お、お、お前本気で言ってんのか?昔とキャラが違いすぎるぞ!」
さすがのハチマンも、予想はしていたとはいえ、さすがにこれはギャグだろうと思い、
そうユキノに言った。
「そんなの本気に決まってるじゃない、もちろんアスナも認めてくれるわよね?」
「あ、う、うん、いいんじゃないかな?ユキノも本当に本気みたいだし」
その言葉を聞いた瞬間、ユキノは驚いた顔でアスナの方を見た。
アスナはその視線を受けて首を傾げたが、その顔がとても穏やかだった為、
ユキノは険しい顔をすると、アスナにこう尋ねた。
「アスナ、それは本気で言っているの?」
「う、うん、ユキノがそれで満足してくれるなら、それでもいいかなって」
「そう……」
そしてユキノは、ハチマンの方に振り返りこう言った。
「やっぱりさっきのお願いは無しよ、私はシノンに話があるから、
あなた達は先にヴァルハラ・ガーデンに行って、シノンを迎え入れる準備をして頂戴」
「あ、う、うん」
「そ、そうか、おいユキノ、シノンにおかしな事をしたり言ったりするんじゃないぞ」
「大丈夫、ちょっと聞きたい事があるだけよ」
「そうか、それならまあいいが……」
そしてハチマンとアスナが転移門の向こうに消えた後、
ユキノは少し怖い顔でシノンに尋ねた。
「シノン、今のアスナを見て、どう思った?」
「アスナを?え、えっと……私もやってもらえないかなって事と、
相変わらずライバルに甘いなとしか」
「何ですって?」
「ど、どうかしたの?」
「あなたにとって、あれは普通のアスナなの?」
「う、うん、ずっとあんな感じだけど……基本他の女の子に寛容というか、まあそんな感じ?
さっきみたいにその……えっちなのは珍しいと思うけど」
「そう……以前からその兆候は見えていたけど、まさかそこまでとはね」
そしてユキノは、真顔でシノンにこう問いかけた。
「もしあなたがアスナの立場だったら、さっきみたいな時、どうするのかしらね」
「私?そうねぇ、多分普通に駄目って言って、ハチマンを捕まえておくと思うけど」
「その後、他の子達を完全に排除する?」
「それは……」
シノンはそこで言い淀んだ。確かにハチマンを独占したい気持ちはある。
だがその為にアスナやピトフーイや、こうして知り合ったユキノを彼の前から排除する?
「それは私には無理かも……恋愛も友情も大切にしたいもの」
「彼の周りの子達も、多分そう思ってるわ。
アスナのあれも、それをこじらせたものでしょうね」
「あ、確かにそんな感じかも」
シノンはそのユキノの説明に同意した。
「私は確かに彼の事が好きで、同時にアスナの事も好きよ。それはあなたもそうでしょう?」
「う、うん……」
「でも私達は、別に彼の傍にいさせてもらっている訳ではない」
「あっ」
その言葉で、シノンはユキノの言いたい事を、何となく理解した。
「そう、アスナは自分の許可が無いと、私達が彼の傍でのびのび出来ないと勘違いしている、
もしくはそう思い込んでいる、私はそう感じるの。
つまりアスナは自分でも気付かないうちに、私達を下に見てしまっているのよ。
あの二人の場合、優しすぎるというのが欠点ね」
「それは私にも何となく分かる」
「だから私は、その勘違いを正すつもりよ。出来ればあなたにも協力してほしいのだけれど」
「うん、私に出来る事なら」
ユキノはそのシノンの返事に顔を綻ばすと、その耳元で何かを囁いた。
「えっ、ええっ!?いいの?本当に?」
「問題無いわ、どう?」
「分かった、私も大丈夫」
「それじゃああの二人に追いつきましょうか、さあ、こっちよ」
「うん」
転移門に向かう途中では、周りのプレイヤー達がユキノの顔を見て道を開けた。
「そこまで気を遣ってもらうのは申し訳ないのだけれど、でもありがとう」
ユキノはそんなプレイヤー達に、にこやかな笑顔で言った。
「一層に来る事は滅多に無いのだけれど、これがあるからここに来るのは疲れるのよね」
「あ、あは……」
そして転移門が見える距離まで近付いた頃、
いきなり一人のプレイヤーが二人に声を掛けてきた。
「そこの強そうで可憐なお姉さん達、良かったら俺と一緒に遊ばない?」
こういう事は珍しいのか、周りのプレイヤー達はギョッとして一歩後ろに下がった。
ユキノ自身も最近こういう事はまったく無かったのだろう、驚いた顔をしていた。
「おい、あの馬鹿は誰だ?」
「そこそこレベルはありそうだが見た事の無い奴だな」
「ユキノさんの顔を知らないって事は、コンバート組じゃないのか?」
「あいつ死んだな……」
周囲のプレイヤーがそう囁く中、そのプレイヤーはユキノに言った。
「俺の名はゼクシード、いつもはGGOというゲームをやっているんだが、
今日は気分転換にちょっとこっちにコンバートしてみたんだ。
そこでいきなりお姉さん達みたいな素敵な女性に出会えるなんて、凄いラッキーだよ」
(嘘、これってあのゼクシード?)
シノンはその自己紹介に驚愕し、とりあえず自分の素性がバレない為に、
どうすればいいかと考え始めた。だがそのシノンを制するように、ユキノが一歩前に出た。
「なるほど、だから私に平気で声を掛けられた訳ね、まあそういう事もあるわよね。
私はユキノ、ヴァルハラ・リゾートの副長をしているわ」
「ヴァルハラ・リゾート?それってギルドって奴?
へぇ~、GGOのスコードロンみたいなものか」
「ゼクシードさん!」
「探しましたよ!」
「おう、ユッコ、ハルカ」
そこにゼクシードの仲間らしき二人の女性プレイヤーが遠くから駆け寄ってきた。
その二人の名前を聞いたユキノは、ピクッと眉を動かした。
「もう、何やってるんですか、ゼクシードさんは何も下調べはしてないんですから、
一応色々と調べてきた私達から離れないで下さいよ」
「そうですよ、間違ってヴァルハラ・リゾートのメンバーに絡むとか、絶対に勘弁ですよ」
ユッコとハルカは下調べの段階で、
ヴァルハラ・リゾートのメンバーについてはきちんと把握しており、
その名前からして、それがハチマン達以外にありえないと結論付けていた。
その為ユッコとハルカは、ALOに一時的にコンバートした後は、
絶対にヴァルハラ・リゾートのメンバーとは関わらないと固く心に誓っていたのだが、
二人はどうやらその事を、ゼクシードには伝えていなかったようだ。
「ん?そのギルドの人なら、今丁度一緒に遊ばないかと声を掛けた所だったんだが」
「えっ?」
「ちょ……」
ユッコとハルカはそう言われ、恐る恐るユキノの顔を見た。
二人は自分達の事を知らないメンバーであるようにとビクビクしながら、
祈るようにユキノの名前を尋ねた。
「えっと……こちらの方のお名前は……」
「ああ、この人は……」
そのゼクシードの言葉を遮るように、ユキノが言った。
「私はユキノ、ヴァルハラ・リゾートの副団長をしているわ。
まさかこんな所で再会するなんて予想もしなかったわ、ユッコさん、ハルカさん」
「あ……あ……まさかよりによって……」
「お、おおおお久しぶりです」
ユキノは二人にとっては最悪の相手だった。
まだユイユイ辺りなら、多少はましだったはずなのである。
「あら、もしかしたらと思って鎌をかけてみたのだけれど、本当にそうなのね」
「あっ」
「やらかした……」
その言葉に二人は自分達の失敗を悟った。ここはあくまでも知らないフリを通し、
そのままゼクシードを連れていけば、実際の所何とかなったのだ。
「何だお前ら知り合いか?だったら問題無いな、これから一緒に……」
「ご、ごめんなさい、私達は用事があるからこれで失礼します!」
「本当にすみませんでした!先にGGOに戻りますね!」
「お、おいお前ら、いきなりどうしたんだよ!」
そして二人はそのまま走り去り、少し先でログアウトした。
この日以来二人は、もう絶対にALOには行かないと心に誓い、
ユキノ達の事についても、ゼクシードに何も説明する事は無かった。
「何だよあいつら……」
そう呆然とするゼクシードの横で、ユキノがそっとシノンに話し掛けた。
「ねぇシノン、この人の事は知っているの?」
「そいつはハチマンの敵だよ、ユキノ」
「敵?そう……彼の敵なのね」
「うん、この前彼を散々罵倒してくれたからね、詳しくは動画を見れば分かると思う」
「分かったわ、シノンは少し離れてて頂戴」
そしてユキノがストレージから、自分の身長よりも長い幅広の剣を取り出した為、
周囲のプレイヤー達はぎょっとして、シノンと同じように後ろに下がった。
そしてユキノはゼクシードに声を掛けた。
「という訳でゼクシードさん、私達はちょっと人を待たせているので、
本当に遺憾ではあるのだけれど、とりあえずここであなたを排除する事にするわ」
「あいつらもいなくなっちまったし、そんなの断って俺と一緒に遊ばない?
俺ってこれでも、GGOじゃトッププレイヤーの……って、その巨大な剣は……?」
ゼクシードはここで初めてユキノが持つ剣に気付いたようで、
ぎょっとした顔でそう言った。
「あなた、アインクラッドの圏内戦闘って言葉を知っているかしら?」
「いや、し、知らないけど」
「ここではね、街の中では絶対に相手にダメージを与える事は出来ないのよ。
でもその衝撃は相手に伝わるの。言っている事は分かるかしら?」
「あ、ああ……GGOの街中での戦闘と同じ感じなんだろうとは理解した」
「で、実は私は、武器を使った戦闘はあまり得意ではないの。
そんな私が圏内であなたみたいな人に絡まれた時にどうすればいいか、
うちのリーダーに相談した時に、プレゼントされたのがこれよ」
「それが?センスの無いプレゼントだな、俺ならもっとこう……」
ゼクシードはその瞬間、自分が地雷を踏んだ事に気が付いていなかった。
「彼からのプレゼントにセンスが無いですって……?そう、手加減はいらないという事ね」
「なっ……」
「やばいぞ、皆もっと下がれ!」
その言葉を聞いた瞬間にユキノはそう呟き、
シノンと他のプレイヤー達はその迫力に慄き、更に後ろへと下がった。
「だってそうだろ?あんたみたいなお淑やかに見える女性に渡すプレゼントじゃないだろ?」
「お淑やか?あなたは何を訳のわからない事を言っているの?
私は剣を振るう技術は無いけど、力だけはあなたよりもずっとあるのよ」
そう言ってユキノが、片手で軽々とその剣を持ち上げた為、
ゼクシ-ドだけではなく、シノンや他のプレイヤー達もぎょっとした。
「なっ……何だよそれ……」
「いい事?ヴァルハラ・リゾートの名前を決して忘れないようになさい。
この名前はALOの中では、尊敬を集めると同時に、恐怖の象徴でもあるのよ。
もう会う事は無いでしょうから、本当にさようならね、ゼクシードさん」
そしてユキノは、渾身の力を込めてゼクシードに剣を叩きつけ、
ゼクシードはありえないくらい遠くまで飛ばされ、
そのまま破壊不可能属性である建物に激突し、そのまま何度も地面にバウンドした。
そしてそのまま意識を失ったのか、アミュスフィアの安全装置が働き、姿を消した。
「おおっ!」
「す、凄え……」
「俺、ユキノさんが剣を持つ所を初めて見たけど、凄い力だな」
「ヴァルハラ最強!」
そしてシノンが、おずおずとユキノの所に戻ってきた。
「ユ、ユキノって力も凄いのね……」
「まあステータスだけはね、一応鍛えたから」
「まだ先の話だろうけど、私ヴァルハラのメンバーとしてちゃんとやっていけるのかな……」
「あなたなら大丈夫よ、さあ、行きましょう」
そして二人は大歓声の中、転移門をくぐり、二十二層のコラルの村へと転移した。
「ほら、あそこに塔が見えるでしょ?あそこが私達の本拠地よ」
「塔?庭って話じゃなかったっけ?」
「ふふっ、それは後のお楽しみね」
周囲には、ヴァルハラ・ガーデンを一目見ようと訪れたらしい沢山のプレイヤーがいた。
ここは既にアインクラッドの観光名所の一つとされているようだ。
「あの制服……またヴァルハラのメンバーだ!」
「凄いな今日は。さっきはハチマンさんとアスナさんが通ったし」
「あっ、あれってもしかして、絶対零度じゃないか?」
「本当だ、ユキノ様だ!」
「一緒にいるのは……誰だ?」
「胸にも背中にもエンブレムがついてないわよ」
「まさか、新しいメンバーか?くそ、何て羨ましい」
平然とした顔で塔への道を歩いてゆくユキノの隣で、
シノンは気恥ずかしい思いをしながらも、何とか胸を張って歩いていた。
塔が近付くにつれ人影はまばらになっていき、塔に着くと、もうそこには誰もいなかった。
「さすがにここまで近付いてくる人はほとんどいないのよ、
まあここに来ても中に入れる訳じゃないし、私達に怒られるとでも思っているのかしらね」
そう言ってユキノは、シノンを入り口の前へと案内した。
と言っても、そこは何も無いただの壁に見えた。
「ここ?」
「ええそうよ」
そしてユキノが壁に触ると、パネルのような物が現れた。
「さあ、ここにタッチして頂戴」
「分かった」
その瞬間に、周囲に電子音声が響き渡った。
『このプレイヤーを、仮メンバーとして登録しますか?』
「イエスよ」
『プレイヤーネーム、シノン、を、仮メンバーとして登録しました』
そして壁が音もなくスライドし、そこに入り口が現れた。
「どう?緊張する?」
「う、うん」
「まあ他にも誰かがいるかもしれないけど、おかしな人はいないから安心してね」
そして螺旋階段を上り、上の階に到着した二人の前に、こじんまりとした家が姿を現した。
「さあ、中へどうぞ」
「思ったより小さいのね」
「ふふっ、確かにそう思うわよね、私も最初はそう思ったわ」
そしてユキノがドアを開け、中に入ろうとした瞬間、
シノンは転移門をくぐった時のような感覚に襲われた。
「っ、今のは……」
そして中に入ったシノンの目の前に、広大な空間が広がっていた。
どうやらバーが併設された大広間のようだ。
見上げると、数階に渡り、まるで円形のマンションのように部屋が配置されており、
窓から外を見ると、さっき通ってきた道は見えず、これまたとても広い庭が広がっており、
少し離れた所には、観客席のついた訓練場のような物が見えた。
「シノン、こっちこっち」
そんなシノンに、アスナがお茶らしき物を六つ運びながら声を掛けてきた。
隣には、とても美形な耳の尖った女性と、かわいらしい子供のような少女が立っており、
ハチマンがソファーに座ったままこちらを向き、軽く手を上げた。
さすがは皆さんに愛されるギャグ担当のゼクシードです!今回もやってくれました!