ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


第293話 高貴なる存在

 シャナとシズカは、ユキノからの連絡を受け、GGOの拠点へとログインした。

同時にロザリアからメッセージが入っているのに気が付いたシャナは、

何だろうと思い、そのメッセージを確認した。

 

「それじゃあユキノを迎えに行こうか。あ、先生って呼ばないといけないんだっけ?」

「それがな、今ロザリアからのメッセージを確認したんだが、

どうやら既に先生から連絡を受けたロザリアが迎えに出ているようだ、

さすがの手回しの早さだな」

 

 そしてその直後にシノンと、何故かピトフーイが現れた。

 

「ハイ、ってピト、久しぶりね」

「三人とも久しぶり!ちょっと仕事の方が忙しくて、

大会前だってのにちっとも来れなかったんだけど、たまたま今日は予定が少なくて、

そしたらシャナがGGOにいる気がしたから、ログインしてみたの!」

「お前のそれは、もう勘とかいうレベルじゃないよな……」

 

 シャナがため息をつきながらそう言った。

 

「で、今日はこれから何かするの?」

「いや、実はこれからここに、ピトも前同窓会で会った事があるだろ、

あの時あそこにいた、長い黒髪の、ユキノってのを覚えてるか?」

「あ、うん、覚えてるよ」

「実は俺がここにいる事があいつにバレちまってな、

それで仕方ないから、こっちで色々と手伝ってもらう事にしたんだよ。

で、今はロザリアがユキノを迎えにいっているから、それを待っている所だな。

ちなみにあいつの事は、先生と呼んでやってくれ

「分かった、先生ね!」

「あ、ロザリアさんが先生を迎えにいってるのね」

「ああ、だからシノンも、しばらくのんびりしててくれ」

「分かった」

 

 丁度その時ロザリアから連絡が入り、シャナはロザリアにこう尋ねた。

 

「おう、先生と合流出来たか?」

「それどころじゃないの、下、下を見て!」

「下?」

 

 その言葉に、シャナだけではなく他の者も窓から下を覗き込んだ。

そこには人だかりが出来ており、何かの事件の存在を予感させた。

 

「とりあえず下に行ってみるか」

「うん」

 

 そして四人はビルの入り口から外に出て、その人だかりの中心を覗き込んだ。

そこにはどこかで見たような一人の男が正座させられており、いかにもギャルっぽい、

茶髪で小麦色に日焼けした肌をした女性が、その男に説教をしていた。

 

「シャナ、来てくれたのね」

「おうロザリア、何であいつは正座させられてるんだ?ユキ……じゃない、先生はどこだ?」

「あれが先生よ」

 

 そう言ってロザリアは、絶賛説教中のそのギャルを指差した。

 

「はぁ?あれが……先生?」

「嘘っ」

「声も少し低いし、いかにもギャルっぽいというか……」

「私もうろ覚えだけど、あれと正反対なイメージなんだけど……」

「私も向こうから声を掛けられたから良かったものの、

そうじゃなかったら絶対違うと思って対象から外していたわね」

「で、どういう状況なんだ?」

「それが……」

 

 そしてロザリアは、その時の状況を話し始めた。

 

 

 

「さて、ユキノさん……いえ、先生はどこかしらね……

女性プレイヤーは一人しかいないみたいだけど、

あれはさすがにな……先生とは全てが対極な女性だし……」

 

 ロザリアはそう考え、きょろきょろと辺りを見渡したが、

それっぽい姿のプレイヤーはどこにも見あたらなかった。

もう約束の時間から数分が経過している。

 

「う~ん、場所を間違えたのかしら……ここにいるのは未だにあのギャルだけ……」

 

 そう考えている間にもそのギャルは、次々と通りがかる男に声を掛けられていた。

 

「あの子も待ち合わせみたいだけど、くっ……何故あの子ばかりが声を掛けられて、

同じ女である私には誰も声を掛けてこない……いや、いいんだけど、全然気にしないけど!」

 

 それはそうだろう、今のロザリアは、いつものように気配を消し、

その場の風景に溶け込むように佇んでいるのだから。

アルゴの教えが良かったのか、本人の努力のせいなのか、

ロザリアの密偵としての技術は、もはや熟練の域にあるようだった。

だがロザリアは気付くべきだった。こういう約束の時、

ユキノがその場に遅れるなどあり得ないという事を。

そしておそらく違うだろうと見た目で判断したそのギャルが、

まるで計ったように正確に約束の時間の五分前に姿を現した事を。

もしここにいたのがアルゴなら、迷う事なくそのギャルに声を掛けたのだろうが、

まだその辺りが経験不足なロザリアは、先入観の呪縛から逃れられなかった。

 

「そこのお前、ちょっと聞きたい事があるんだが」

 

 そしてそのギャルが、ロザリアにそう声を掛けてきた。

どうやら男からの誘いがひと段落したらしい。

 

「はい?私に何か御用ですか?」

 

 ロザリアは、余所行きモードでそう答えた。

そしてそのギャルは、ロザリアの耳元でこう囁いた。

 

「もしかしてロザリアさん?」

「えっ?あっ、はい。あれ、まさかあなた……先生ですか?」

「ええそうよ、来た瞬間から声を掛けられ続けたから、

まだ自分の外見すら確認していないのだけれど、

ロザリアさんが今まで私に声を掛けようとすらしなかった事から考えると、

今の私の見た目は、そんなに普段の私と違うのかしらね?」

 

(うわぁ、この分析力、完全にユキノさんだ……)

 

 ロザリアはそう思い、ユキノの手を引き、自分の姿が確認出来る窓があるビルへと誘った。

そしてそこで初めて自分の姿を見たユキノは硬直した。

 

「こ……こ……これは……」

「まあここでの容姿が現実とかけ離れているのはよくある事です」

 

 ロザリアは、ユキノが単純に驚いているのだろうと思い、そうフォローした。

だが予想に反してユキノはガッツポーズをしながらこう言った。

 

「イエス!例えゲームの中とはいえ、この胸はイエス!」

 

 そう言われたロザリアは、虚を衝かれながらもユキノの胸を見た。

そこには陽乃クラスの立派なものがついており、ロザリアは思わずこう言った。

 

「あの、本当に先生ですよね?実は中身はボスで、私をからかっているとか無いですよね?」

 

 その瞬間に、ユキノから怒りのオーラが発せられ、

ロザリアはその迫力にびびり、一歩後ろへと下がった。

 

「この胸を持つ事は、私では力不足だと言いたいのかしら」

「い、いえ、むしろ足りないくらいだと思います!」

「そう、つまりこの胸程度では、私には役不足だと言いたい訳ね」

「えっ?ああ!は、はい!」

 

(うわぁ、この役不足の使い方……やっぱりユキノさんだ……)

 

 そしてロザリアは、当初の予定通り、ユキノを拠点まで連れて行く事にした。

 

「それじゃ先生、行きましょう」

「む、そうか、よし、行くぞロザリア!」

 

(なりきってる……)

 

 ロザリアはそう思いながらも、何か話そうかと思い、何気なくこう尋ねた。

 

「ところで先生の名前は、予定通りニャンコティーチャーにしたんですか?」

「それなのだがな、やはり少し長いと思ったので、ニャンゴローにしておいたのだ。

どうだ、通っぽいだろ?滋」

 

 そう得意げに言うニャンゴローに、言葉の意味が分からなかったロザリアは、

とりあえず愛想笑いを返した。

 

「え、ええ、さすがですね先生」

 

(滋って誰よ……マニアックすぎるでしょう!)

 

 そう思いながらもさすが社交力があるロザリアは、

無難にニャンゴローとの会話をこなしていた。

 

「ところでシャナの持つ友人帳にはどのくらい名前が書いてあるのだ?」

 

(これは予習した中にあったけど、この場合は……

おそらくここでの友人か知り合いの人数を聞いているのね)

 

「た、多分そんなにいないと思います」

「なるほどなるほど、例の妖どもの動きはどうなのだ?」

 

(これはラフコフの奴らの事ね)

 

「まだ誰かは特定出来ていませんが、今の所、特にそれらしき動きはありません」

「うむ、いずれ高貴なる妖たるこの私の力を見せてくれよう」

「あっ、はい」

 

(つ、疲れる……どうかこのままあいつに押し付けるまで何も起きませんように)

 

 だが運命の神は、ロザリアには味方しなかった。

ロザリアは、目的地が見えてきた為、拠点のビルを指差したのだが、

その指の先に、見慣れた敵の姿を見付けた。

 

(げっ、ゼクシード……まずいまずい、

多分無理だろうけど、何とか上手くやり過ごせますように……)

 

 だがしかし、それは無理な相談だった。

せめてロザリアが、ニャンゴローにフードでも被せていればまた違ったのだろうが、

今のニャンゴローは堂々と素顔を晒している上に、何故か必要以上に胸をアピールしている。

それでも顔のイメージが、本来のユキノに近い感じだったら、

あるいはゼクシードの頭の中に、先日の苦い経験がトラウマとなって蘇り、

声を掛けられない可能性があったかもしれないが、

今のニャンゴローの容姿は、ゼクシードの好みに完璧にマッチしているのだ。

 

「そこのお姉さん、今ちょっとお時間いい?」

 

(この馬鹿、やっぱり話し掛けてきやがったああああああ)

 

 案の定ゼクシードは、ニャンゴローに話し掛けてきた。

ロザリアの事は見えているようで見えていないのか、まったく見ようともしない。

 

(どうやら私には気付いていないようね、どうしよう、私の存在をアピールするしか?)

 

 確かにロザリアの存在に気付けば、ニャンゴローがシャナの関係者だと分かり、

ゼクシードが大人しく引き下がる可能性は高いと思われた。

だがロザリアの心配をよそに、ニャンゴローはゼクシードには何の反応も示さず、

そのままゼクシードの前を素通りした。

 

(さすがユキノさん!こんな馬鹿っぽいチャラい男は相手にしない!)

 

 ロザリアはそう思い、ホッとしたのだが、

ゼクシードは諦めず、ニャンゴローの前に何度も回りこみ、その度に話し掛けてきた。

 

「ちょ、ちょっとちょっと、そこのギャルっぽいお姉さん!」

 

 ニャンゴローは、その横を素通りした。

 

「待ってくれって、そこの美人のお姉さん!」

 

 ニャンゴローは、その横を素通りした。

 

「頼むからさ、そこのスタイルのいい巨乳のお姉さん!」

「私に何か用か?」

 

(うわあああああああああ、あと少しだったのに……)

 

 ニャンゴローが、その言葉を聞いた瞬間に振り返って返事をした為、

ロザリアは内心でそう絶叫した。

 

「ギャルだとか美人だとかはどうでもいいが、巨乳と言われると、返事をせざるを得んな」

 

(お願いだからそこもスルーしてえええええええええ!)

 

「お姉さん面白いね、名前を聞いてもいい?」

「ニャンゴローだ」

「ニャンゴロー?あはははは、まるで猫の名前みたいだね、

そんな変な名前じゃなく、もっと綺麗な名前にすれば良かったのに」

 

(あっ、この馬鹿いきなり地雷を……さすがはゼクシード……)

 

「何だと……?」

「あっ、いや、ごめん、別に猫と同じように扱ったつもりは無いんだけど」

 

(更に地雷きたああああああああ!)

 

「……おいお前、名前は?」

「俺はゼクシード!こう見えてもトッププレイヤーの……」

「ゼクシードだと?」

「おっ、俺の事知ってるの?俺って有名人だから、まあ当然なんだけど」

「……先日ALOで、わた……いや、ユキノにぶっ飛ばされた、あのゼクシードか?」

「うっ……あれはそう、女に手を出す訳にはいかないし、

わざとだよ、そう、わざと無抵抗で攻撃を受けたんだよ!」

 

 実際は足が竦んでまったく動けなかっただけなのだが、

その時の動画は、とある動画サイトにアップロードされている為、

ゼクシードは多分それを見たんだろうなと思い、何も考えずにそう嘘を言った。

その時の相手が今まさに目の前にいる事など、想像出来なくて当たり前なのだから、

これはまあ仕方がないだろう。

 

「……正座」

「え?」

「正座をしろと言っているのだ」

「な、何で?」

「もういい」

 

 そしてニャンゴローは、いきなりゼクシードの膝の裏を素早く蹴り、

相手のバランスを崩すと、そのまま強制的にゼクシードに正座をさせた。

ユキノはスタミナこそ無いが、運動能力は高い為、そういう芸当はお手のものなのだ。

 

「うおっ……何で俺、正座してるんだ……」

「このもやしめ!猫を馬鹿にしただけでは飽き足らず、平気で嘘までつくとは!」

「も、もやし?」

「黙れもやし、大体お前ときたら……」

 

 そしてニャンゴローは、ゼクシードに怒涛の説教を始めた。

周囲にはどんどん野次馬が集まってきており、

それを見たロザリアは、慌ててシャナに連絡を入れた。それが今の状況なのであった。

 

 

 

「よく見たら確かにゼクシードだな、そういう事かよ……」

「ええ、ここであまり目立つのもまずいと思ったから、慌てて連絡したの」

「くそ、よりによって猫絡みかよ……ゼクシードの馬鹿は、本当に嫌な地雷を踏みやがる」

「とにかく後は任せたわよ」

「分かった、まあ何とかする」

 

 そしてシャナが前に出ると、周囲の野次馬達は口々に叫んだ。

 

「おっ、シャナだ!」

「ここでシャナの登場だと?まさかあのギャル、またシャナの女なのか?」

「シャナ対ゼクシードの、三度目の対決来るか!?」

 

 その声を聞き、どうやらシャナに気付いたようで、

ゼクシードは虚勢を張りながらシャナに声を掛けた。

 

「なっ、何だよシャナ、人がせっかくこの子を口説いてるんだから、邪魔するな!」

「お前それ、どう見ても説教されてるよな?」

「ち、違う、これは新しい口説きのスタイルだ、プロデュースバイ俺だ!メイドイン俺だ!」

「ああ、いいからいいから、お前はちょっと黙っとけ」

「くっ……」

 

 そしてシャナは、ニャンゴローに声を掛けた。

 

「先生、お迎えにあがりました」

「むっ、お前はシャナか?」

「はい、先生、高貴な存在であるあなたが、

こんな下級の存在に関わらなくてもいいんじゃないですか?」

「むむっ、確かにそれもそうだな、褒めてやろう」

「はっ、光栄であります。それでは先生、こちらへどうぞ」

「うむ」

 

 そしてニャンゴローは、シャナに手を引かれてそのまま拠点のビルの中に入った。

それは一瞬の出来事だった為、ゼクシードは呆然とし、

皆も呆気にとられたのか、誰も何も反応出来なかったのだが、

シャナ達の姿が見えなくなった瞬間、群集は歓声を上げた。

 

「何だよ今の、戦いにすらならないとか、さすがは俺達のシャナだぜ!」

「ゼクシードも腕はいいんだけどな、相手が悪すぎるっていうか……」

「畜生、やっぱりあの子もシャナの女かよ!」

「とりあえずいつも通りシャナの圧勝だったな、さあ解散解散っと」

「お前らお疲れ~!」

 

 そしてあっと言う間に人影が消え、その場には、フードを被った一人のプレイヤーと、

呆然としたゼクシードだけが残された。

そしてしばらくした後ゼクシードは、やっと我に返ったのか、

シャナ達が拠点にしているビルに向かって叫んだ。

 

「畜生、別に悔しくなんかないからな!」

 

 そしてゼクシードは、涙を拭くようなそぶりを見せながら、

どこへともなく走り去っていった。そして残っていたもう一人のプレイヤーは、

フードを上げ、シャナ達の拠点のビルの方を見上げながら言った。

 

「はぁ、やっぱりシャナ様はいい……

でも撮影に夢中になりすぎて、やっぱり今日も話し掛けられなかった……」

 

 そしてそのプレイヤーは、持っていたカメラを止め、ログアウトすると、

その動画をサイトにアップロードした。その投稿者の名前は、銃士Xとなっていた。

銃士X、ちなみにその読み方は、マスケティア・イクスという。

彼女はシャナの熱狂的なファンであり、今までも何度かシャナに話し掛けようとしたのだが、

その度にすれ違い、今後も当分話し掛ける事すら出来ない不運な女性である。




数年後のヴァルハラの名簿に銃士Xの名前があるのは確かです。
ちなみに将来、八幡の秘書は三人おり、小猫、南、そしてあと一人が……(という設定)

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