そしてついに第二回BoBの予選の日が訪れた。
シャナは仲間達と共に会場入りし、そこでシノンとピトフーイは、
今回は敵同士な為別々に分かれ、シャナ達はモニターの見える場所に腰掛けた。
「さて、あいつらが予選で当たらない事を祈るばかりだな」
「こればっかりは仕方がないよね」
「まあ我らの役目は本戦からだし、予選中も注意はしておくとしても、
ここは素直に二人の戦いを楽しもうではないか!」
ニャンゴローは、何もかも初めての経験である為、わくわくしているようだ。
そして他の者もそれに同意し、モニターに集中した。
丁度その時、たまたま通りかかった薄塩たらこが声を掛けてきた。
「よぉシャナ、今回は出場しないんだってな」
「たらこか」
「あんたの事だから、まさか逃げたとかは無いと思うが、用事でもあるのか?」
「ああ、残念ながらな。次の大会にはちゃんと出場するつもりだけどな」
「なるほどな、それじゃあこの大会が、俺が優勝する最大のチャンスって事か。
どうやらサトライザーの姿も見えないしな」
「あいつがいたら、俺も無理にでも出場したんだけどな」
「ははっ、今度こそ決着をってか?」
「ああ、借りっぱなしってのは気分が悪いからな」
「お、そろそろ俺の出番だ、それじゃあまた一緒に遊ぼうぜ、シャナ」
「おう、頑張れよ、たらこ」
丁度その時シノンの第一試合が始まり、シャナはモニターを注視した。
「どうやら落ち着いているみたいだな、しっかりと自分に優位なポジションを確保して、
なおかつ油断しているようにも見えない」
「そうだね、それに何か、堂々としてる」
そのシャナの言葉に、シズカも同意した。
「ほえ~、シノンも潜むのが上手くなったねぇ」
「ケイ、やっぱりお前もそう思うか?」
「うん、最初の頃とは大違いだね」
そのベンケイの言葉通り、敵はまったくシノンの気配を感じる事が出来ず、
どうすればいいか迷っているように見えた。
「ここで先に動いた方が負けるな」
「そうだな、先生はどっちが勝つと思う?」
「そんなのシノンに決まっているのだ!」
「何か根拠はあるのか?」
「おそらく相手は焦って一か八かの賭けに出るのだ。スナイパーを相手にする時は、
常にいつどこから撃たれるか分からないという不安が付き纏う。
それはとても精神に負担がかかるものなのだよ、分かったか?シャナ」
「先生の仰る通りで」
その言葉通り、シノンは我慢出来なくなって飛び出した敵を一撃で葬り去った。
ここまでかなりの時間がかかったが、動き出すと勝負は一瞬だった。
「これなら決勝までは特に何も問題は無さそうだな」
「あ、見てシャナ、ピトが」
シズカの言葉で別のモニターを見ると、そこでは既にピトフーイの試合が始まっていた。
ピトフーイは敵の姿を発見した瞬間、両手に持った銃で急所だけを守り、
そのまま左右に体を振りながらいきなり前に突っ込んだ。
「うわっ……無茶しやがる」
「でも当たってないね」
「どうやら相手がびびっちまったみたいだな、もっとも当たっててもあいつはタフだから、
やられる前に相手を倒せるだろうな」
そしてピトフーイは、そのまま相手を押し倒してその上に馬乗りになると、
相手の額に銃口を押し当て、哄笑しながらその引き金を何度も引いた。
そして相手が消えた後、ピトフーイは上を向いてそのまま哄笑し続けた。
「ピトってあんなだっけ?」
「まああいつは俺達の前とそれ以外とで、言葉遣いや態度がまったく違うらしいからな」
「まあいっか、それじゃあ二人にお祝いを言いに入ってこようかな」
「おう、俺はここに残って一応ラフコフの奴らがいないか注意しておくわ」
「うん!」
そしてその場にシャナだけを残し、他の者達はシノンとピトフーイの下へと向かった。
シャナは周囲の気配を探るように集中したが、
複数の好意的な視線しか、感じる事は出来なかった。
「どうやらいない……か、もしくは完全に気配を消しているか」
そしてその好意的な視線を向ける者の中に、銃士Xがいた。
銃士Xはシャナが一人になったのを見て、この機会を逃すまじと深呼吸し、
シャナと知り合う為の作戦を考え始めた。
(これは千載一遇のチャンス、この機会を最大限活用すべき。
やはり大事なのは第一印象、ここでシャナ様の前で転べば、
おそらくシャナ様は私に声を掛けて下さり、あわよくば手を握って起こしてもらえる)
銃士Xはそんな作戦を立て、それを実行に移すべく、
脳内で綿密に倒れる角度や方向をシミュレートしながら、シャナへと向かって歩き出した。
その瞬間に何故かシャナが銃士Xの方を見て、軽く手を上げた。
「よぉ」
(これは予想外、まさかシャナ様が私ごときを認識して下さっていたとは望外の喜び。
しかし何かがおかしい、私にはそんな覚えはまったく無い。
ここはどちらのケースでも対応出来るように、備えておくべき)
銃士Xはそう考え、歩く速度を少し緩めた。
その瞬間に、後方からシャナを呼ぶ複数の女性の声がし、シャナもそちらに答えた為、
銃士Xはやはりと思い、さりげなく横の柱に寄りかかり、様子を見る事にした。
「シャナさん!」
「おう、エヴァ達もここで観戦か?」
「はい、一緒に見てもいいですか?あ、出来ればその、解説なんかもお願いしたく……」
「上手いプレイヤーの戦闘を見る事は大事だからな、
俺に分かる範囲でいいなら別に構わないぞ」
「「「「「「ありがとうございます!」」」」」」
そのままシャナが、六人に試合の解説をはじめた為、
銃士Xは、これはもうチャンスは訪れないだろうと判断し、さりげなくその場を離れた。
(くっ……またシャナ様に話し掛けられなかった……)
あるいは余計な事を考えず、そのまますぐにファンを装ってシャナに話し掛ければ、
銃士Xは、今ごろシャナの隣で六人の代わりに解説を聞く事が出来たかもしれない。
シャナが女性プレイヤーを冷淡に追い払う事など出来はしないからだ。
もっとも先日シャナはお説教をくらっているので、親しくなれたかどうかは微妙であろう。
「おっ、銃士Xじゃねーか、久しぶりだな」
「ギンロウ」
そんな銃士Xに話し掛けるプレイヤーがいた、ギンロウである。
「予選の調子はどうだ?」
「私の出番はこれから」
「そうか、お互い頑張ろうぜ。それでもし良かったら、予選が終わった後にでも、
二人でログアウトした後どこかで祝杯でも……」
そんなギンロウに、銃士Xは冷たい目を向けながら言った。
「また狙われたいの?」
「じょ、冗談だって、もう二度と言わないから勘弁してくれ。
大会の空気のせいで、ちょっと気が大きくなっちまってたみたいだ、本当にすまん!」
実はギンロウは、かつて銃士Xを一度口説いた事があるのだが、
その後遭遇する度に何度も集中的に狙われ、侘びを入れて許してもらった経緯があった。
それからギンロウは、銃士Xと一緒になる度に一切口説くような事をせず、
真面目に振舞っていた為、こうして普通の会話をする事くらいは出来るようになっていた。
「しかし今回は混戦だな」
「シャナ様が出ないせい」
そのセリフを聞いたギンロウは、何かを思い出したように銃士Xに言った。
「そうか、そういやお前、シャナさんを崇拝してるんだっけか。
……って、あそこにいるのはそのシャナさんと、新人のアマゾネス軍団じゃね~か。
実はこの前よぉ、シャナさんの前でうっかり、仲間のシノンって奴を口説いちまって、
その時シャナさんにこう言われたんだよ。
『なぁお前、短剣で真っ二つにされるのって、どんな気分だと思う?』
『二度目は無いぞ。一応言っておくが、俺がいない時でも一回にカウントするからな』
ってな。それ以来どうしてもシャナさんの前に出づらいんだよな……」
「さすがシャナ様、格好いい……」
「他にも沢山の女性プレイヤーが、同じ事を思ってるだろうさ。
あの人は、男の俺から見ても格好いいからなぁ」
そんなギンロウを、銃士Xはじろっと睨みながら言った。
「……ライバル宣言?」
「俺にはそんな趣味は無ぇよ!」
慌ててそういうギンロウに、銃士Xは諭すように言った。
「シャナ様は過去の事を蒸し返したりはしない、
あなたが話し掛けても普通に答えてくれるはず……羨ましい、死ねばいいのに」
「うぉい!お前はそういう事本気でやりそうだから怖えよ。
しかしお前、本当にシャナさんの事を崇拝してるよな……やっぱあの人の事が好きなのか?」
「あなたに神がいたとして、あなたはその神と恋愛を望むの?」
「……何でそこまでシャナさんの事を?」
その問いに銃士Xは、体を抱くような姿を見せただけで、何も答えなかった。
「…………」
「ああ、言いたくないなら別に言わなくていいぞ、すまなかったな」
「違う」
「ん、どういう事だ?」
そして銃士Xは、ぽつぽつと話し始めた。
「あなたは私が、前回のBoBの決勝まで進んだ事は知っているでしょう?」
「ああ」
「あの頃の私は戦いをなめていた。こんな物、全て計算の上に成り立っているだけで、
実際どんな戦いも、状況を分析して色々と脳内で計算して攻撃するだけで勝てると思ってた。
そして実際私はそうやって勝ち続けてきた。でもあの男、サトライザーは違った。
私がサトライザーの前に立っていられた時間、どれくらいか分かる?」
ギンロウは、少し考えた後にこう答えた。
「さあな、かなり短いんだろうとは思うが」
「一秒よ」
「いっ……一?まじかよ……」
「そう、私は遭遇した瞬間に彼に肉薄され、そのまま首を刎ねられた。
あれは人間じゃない、死そのものよ」
「そんなにか……」
「そして私は外に出た後、シャナ様とあいつの戦いを動画で見た。
それで私は、死とすら戦える雲の上の存在を知った。それがシャナ様、私の神」
「なるほどな……もし良かったら、ダインに頼んでシャナさんを紹介してもらえるように、
俺から頼んでみてもいいぞ?」
「それは駄目、神とのファーストコンタクトは自力で成すべき」
「変なとこ真面目なのな……」
そしてギンロウは、チラッとシャナ達の方を見て、何げなく言った。
「あれは……アマゾネス軍団が、シャナさんに戦闘の解説をしてもらってるのか」
「あっ」
「ん、どうした?」
突然銃士Xがそう声を上げ、ギンロウは何事かと思い、そう尋ねた。
「さっきの事を許す代わりに頼みがある」
「さっきの事って、ログアウトしたらうんぬんのあれか?まあとりあえず言ってみろよ」
「私が出場する番になったら、あなたはさりげなくシャナ様の後ろに移動して、
私についてシャナ様がどんな意見を言っていたか、聞いて教えて欲しい」
「俺は今シャナさんの近くに行きづらいってさっき言っただろうが」
「大丈夫、シャナ様を信じなさい」
「まあ見つからなければいいだけだから、別にいいけどよ」
そして銃士Xの出番が来ると、ギンロウはさりげなくシャナの後ろから近付き、
そのいくつか後ろの席に腰掛けた。
その時突然シャナが後ろへと振り向き、ギンロウに声を掛けた。
「その歩き方はギンロウか、久しぶりだな、せっかくだからお前もこっちに来たらどうだ?」
(うげっ、さすがシャナさんだぜ……)
「おっ、ギンロウさん」
「ち~っす!」
エヴァ達もギンロウを見付け、次々と挨拶をした。
ギンロウはシャナにそう言われたのを嬉しく思いながらも、さすがに遠慮する事にした。
「あ、いや……俺は先日シャナさんやシノンに迷惑をかけたんで……」
「何だお前、そんな事をまだ気にしてたのか?
祝勝会の時は、ちゃんとシノンに丁寧な対応をしてたじゃないかよ。
それはあの後ちゃんと反省したって事だろ?変な事を気にしてないで、
お前も遠慮なくこっちに来い……って、おい、何でいきなり泣いてるんだよ!」
その言葉通り、ギンロウはいつの間にか涙を流していた。
「あれ……これはその……」
「さすがシャナさん、男泣かせですね」
「え、まじで?俺のせい?」
アンナはもちろんいい意味でそう言ったのだが、
シャナは少しおろおろしながらギンロウに声を掛けた。
「ギ、ギンロウ、俺が何かお前を悲しませる事をしちまったみたいだな、本当にすまん」
「あっ……いえ、違うんです、俺、シャナさんに一生ついていきます!」
「あ?え?な、何がどうなってるんだ……」
そんなシャナを見て、エヴァ達は楽しそうに笑った。
そしてギンロウは、シャナから少し離れてはいるが、
確実に一緒にいると思われる距離に座り、シャナの予選に関する解説を聞いた。
「あっちの画面、あれはシュピーゲルだな……あいつは多分AGI型なんだろうが、
ちょっと勘違いしている所があるんだよな」
「勘違い?」
「ああ、あいつは多分AGIの事を、ちょっと他人より早く動ける程度にしか思っていない。
それは確かに他のゲームなら正しい考え方なんだろうが、このゲームだとちょっと違う。
高速で動く的に弾を当てるのは、銃のプロでも難しいって言うだろ?
要するにこのゲームでAGI型が脅威になるのは、ああ、丁度いいお手本がいたな」
そしてシャナは、別のモニターを指差しながら言った。
「あれは闇風といって、GGOで最強のAGI型プレイヤーだな、あれが完成形だ」
「うわ、確かに動きが全然違いますね」
「ランガンってやつだ。とにかく動き回って敵を攻撃する。
あの速さで動かれると、そう簡単に弾を当てる事は出来ない」
尚も解説は続き、ついに銃士Xがモニターに登場した。
「ん、あの女性プレイヤー、あれは……」
(お、ついに銃士Xか、ちゃんと聞いておかないとな)
ギンロウはそう考え、シャナが何を言うか一言一句聞き漏らさないように集中した。
「さっきお前らの横を歩いていた人だな」
「あ、そういえばさっきそこにいましたね!」
「そう考えると応援したくなりますね」
「じゅうし……えっくす?さんって読むのかな?」
「あれは、マスケティア・イクスって読むらしいぞ」
ギンロウは、これくらいは問題ないだろうと思い、そう訂正を入れた。
「あ、そうなんですか!」
「それは知らなかったな、ギンロウ、知り合いか?」
(やべ、ここで知り合いとか言って紹介とか何とかなったら、
あいつの意思が台無しになるかもしれん)
そう考えたギンロウは、無難な返事をする事にした。
「何度かこの前みたいな集まりに参加してきたのを見た事があります」
「なるほどな」
(良かったな銃士X、お前シャナさんに覚えてもらえたみたいだぞ、後は自力で頑張れ)
「彼女は派手さは無いが堅実だな、必ず有利な位置どりをしているし、射撃も正確だ。
実はああいうタイプが一番やっかいだな、常に冷静さを失わず、やるべき事を確実にこなす」
(おお、高評価だな)
「シャナさんなら、あの人とどう戦います?」
「俺か?俺なら最初に遠くから狙撃して、それで倒せれば良し、
駄目なら考える暇も与えず、一気に肉薄して斬る」
(サトライザーがやったのと同じって事か、さすがというか……)
「お前らも、銃以外の武器もちゃんと使えるようにしておけよ。
あとどちらの手でも、同じように銃を扱えるようにしておけ。
利き腕が使えなくなったら攻撃出来なくなるとか、論外だからな」
「「「「「「はいっ」」」」」」
(なるほど、俺も参考にしよう……)
そして出番が近付いて来た為、ギンロウはその場を離れる事をシャナに告げた。
「そろそろ俺の番なんで、行ってきますね、シャナさん」
「お、そうか、さすがにシノンやピトと当たったら応援出来ないが、
それ以外の時は応援してるからな」
「あ、ありがとうございます!それじゃ行ってきます!」
「「「「「「ギンロウさん、頑張って!」」」」」」
「おう、頑張るぜ!」
そして参加者用のスペースへ向かう途中で銃士Xと出会った為、
ギンロウは先ほどのやりとりを、詳細に銃士Xに語った。
「なるほど、正確な論評」
「まあ名前を覚えてもらえて良かったじゃねぇか」
「今はまだ、政治家やタレントの名前を知っているのと変わらないレベル」
「それはそうだけどな」
「しかしやはりシャナ様は神。あなたもそれを実感したはず」
「おう、不覚にも泣いちまったぜ。そういや忘れてた、勝利おめでとな」
「ありがとう、ギンロウも頑張って」
だが残念ながら、ギンロウは一回戦で敗れる事となる。
その対戦相手は、不運にもゼクシードだった。こうして勝者と敗者を選別しつつ、
まだまだ予選は続く。誰が本戦の十六人に残る事になるのかは、まだ誰にも分からない。