次の日の朝早く、三人は聖堂ダンジョンへと出発した。
あまり時間の猶予はない。遅くとも明日にはダークエルフ城への攻撃が始まってしまう。
三人が偵察の際見つかってしまったため、ペナルティで攻撃が早まる可能性すらある。
三人は可能な限り道中を急ぎ、適当な場所に船を泊めた。
一緒に付いてきた、子爵用の船の船員に、必ず戻ると伝え、
そこからは陸路で聖堂ダンジョンへと突入した。
ずっと一緒に戦い続けてきたため、三人での連携を磨き続けてきた事もあり、
通常の雑魚敵の相手に関しては、まったく問題が無かった。
一番の問題は、ダンジョンの広さであった。
キズメルの話だと、どうやらこの聖堂ダンジョンは、
一層しかないのにとても複雑で広い造りとなっているらしい。
それでも三人は、マッピングをしながらひたすら奥へと進んだ。
途中何度かフォールン・エルフ・ソルジャーという敵とも遭遇したが、
三人は問題なく撃破し、ついに最終目的地だと思われる広場に突入した。
ここまで要した時間は十二時間ほど。帰りの事を考えると、もうあまり時間が無い。
「何者だ。配下の者がいない隙を狙ってくるとは、卑怯な!」
聖堂へと続くと思われる扉の前に、フォールンエルフが一人立っていた。
カーソルの色は、かなりドス黒い。口ぶりからすると、本来は配下の者が数人いたようだが、
その姿はどこにも見えなかった。
当然ここで引く事はできないため、三人はそのフォールンエルフに戦いを挑んだ。
(フォールン・エルフ・ジェネラルだと……)
さすがはジェネラルを名乗るだけあって、その敵は強敵だった。
剣技は速く、鋭い。威力もかなりのものがあった。
それでもじわじわと敵のHPを削っていき、敵のHPが赤色になった瞬間、
突然敵の速度が上がった。
それは、ハチマンをもってしても、防ぎ切れない速さであり、
じわじわとHPも削られて、このままでは敗北の可能性すらあるかもしれなかった。
「アスナ、キズメル!俺が敵の体制を大きく崩す!
その瞬間に、二人で最大威力の攻撃を叩きこめ!」
ハチマンは限界まで集中して、その瞬間を待った。
筋肉の微妙な動きに反応し、ハチマンは一気に敵の懐に飛び込み、
今まさに敵が武器を振り上げようとする直前に、敵の武器を下からパリィし、
さらに左手で体術ソードスキルを使い、敵の右肩を撃った。
敵は、時計まわりに半回転し、こちらに背中を向ける格好となった。
その瞬間左右から飛び込んだ二人が、渾身の攻撃を加えた。
しかし、のけぞらせた分こちらの攻撃が浅かったのか、
わずか数ドット敵のHPが残ってしまった。
ハチマンはそれを見逃さず、トドメを刺しに突っ込もうとしたが、
その瞬間ハチマンは、のけぞらせたはずの敵が思ったより早く立ち直っており、
そのままこちらから見て左にいるキズメルに向けて、
武器を持つ右手を振り下ろそうとしているのを見た。
(しまった、このモードだと、敵の速さが上がるだけじゃなく硬直も短くなるのか)
カウンターをくらう事になるため、
下手すればキズメルが死ぬかもしれないと考えたハチマンの視界の隅に、
どこかで見たような流れる白い光の筋が映った。
ガキン!という音と共に、敵が何故か再びよろけた。
次の瞬間、横から突っ込んできた黒いコートの男が、敵に止めをさした。
「キリト!」
「キリト君!」
そのままキリトは剣を一閃し、敵を屠った。
「どうやら間に合ったな」
「皆さん大丈夫ですか~?」
遠くから、ネズハが走ってくる姿も見えた。
「まじ助かったわ。ありがとな。キリト、ネズハ」
「良かった……キズメルが死んじゃうかと思った……」
「私なら大丈夫だ、アスナ」
アスナは泣きそうな顔をしていた。よほど堪えたのだろう。
「ところでどうしてここにいるんだ?」
ハチマンの質問にキリトは、自分達もキャンペーンでここに来た事。
ワンフロア隣でフォールンエルフを数人倒した後、そこで目的を達成し、
近くを通りかかったら剣戟の音が聞こえたので様子を見に来たら、
戦闘中の三人を見つけた事、等の説明をした。
「道理で取り巻きがいなかったわけだ」
「ああ、多分俺達が倒したのがその取り巻きだったんだろうな」
「なるほど。インスタンスエリアじゃないから、そんな事もあるわけか」
「ああ。それで三人が問題なく勝てそうだったから様子を見ていたんだが、
敵が突然速くなったから、いつでも飛び込めるように二人で準備していたんだ」
「そうか……ありがとな、二人とも」
「本当に……ありがとう」
「ああ、とにかく良かったよ。ところで……」
そう言いながら、キリトはキズメルの方をちらりと見た。
「そうだった。前紹介するって言ったよな」
「お二人の助力に感謝を。私の名はキズメルと言う」
黙っていたキズメルも、その視線に反応したのか、二人に頭を下げた。
ネズハはちょっとびくびくしていたが、キリトは、嬉しそうに手を差し出した。
「一度も助けられた事が無かったから、今度はあなたを助けられて良かったよ。
一度普通に話してみたかったんだ、キズメル」
「ふむ、どこかでお会いした事があっただろうか」
「ああ。遠い以前に一度、少し前に一度、会ってるんだよな。
こんな事言ってもわからないかもしれないが」
「……遠い昔に、どこかであなたを見た事がある気がする。
私の命が失われていこうとするのを悲しそうに見つめるあなたの顔を」
「!まさか、βの時の記憶が……いや、まさかな……」
ハチマンとアスナの目には、キリトとキズメルが、
遠い昔に離れた友人同士が再び出会ったかのように見えていた。
「聞いていた通り、どう見てもプレイヤーにしか見えないな……」
「だろう?」
「で、そっちもキャンペーンクエストでここに?」
「そうだった。やばい、こっちには時間があまり無いんだった」
「どういう事だ?」
ハチマンは、キリトに今までのクエストの流れをざっと説明した。
やはりキリト達のルートとはかけ離れているようだった。
「俺達には見えないが、ここに鍵穴が三つあるのか」
「ああ。今から領主様を救出して、戦争に参加する事になるんだと思う」
「それじゃ、急いだ方がいいな。
どうやらこっちのキャンペーンは次の層以降まで続いてるみたいなんだが、
そっちはここで終わりみたいだし、最大の山場になるだろうな。
最終クエストが、聖堂絡みのクエストだからな。
とりあえずここからはインスタンスエリアになるだろうから、俺達はここで待ってるよ。
シナリオ自体の手伝いは無理だろうけど、脱出の手伝いは出来るからな」
「すまん。それじゃ行ってくる」
「ありがとう、二人とも!」
三人は鍵を取り出し、三つの鍵穴に差し込んだ。
その瞬間に三人の姿が、キリトとネズハの目の前から消えた。
中に入った三人が見たものは、
一人の豪華な鎧を来たダークエルフが、一心に祈りを捧る姿だった。
「お久しぶりですヨフィリス子爵」
「これは……キズメルではありませんか。何か緊急の用事ですか?」
「はっ。我等の調査の結果、近日中に、
フォレストエルフの軍勢が城に襲来するとの情報が得られましたので、報告に参りました」
「フォールンエルフの差し金ですか……」
「ご存知でしたか」
「ええ。私は、フォールンエルフの蠢動を知り、
フォレストエルフとダークエルフの融和を願ってここで祈りを捧げていましたからね」
「もはや一刻の猶予もありません。是非城へお戻り下さい」
「ここに至っては一戦は避けられないようですね……ところで、そこのお二人は?」
「はい。ずっと私と共に戦ってくれている、人族の戦士です」
「なるほど……ご助力感謝します。時間も余り無いようなので、急ぎ城に戻りましょう」
「はい」
外へ出た一行は、子爵にキリトとネズハを紹介し、六人パーティを編成して、
急ぎ迷宮の外へと向かい始めた。
「おいハチマン。あの子爵様、強いなんてもんじゃないな」
「ああ。相当レベルが高いな」
「僕も正直足が震えます」
「三人とも、急いで!」
出会う敵はほぼ瞬殺し、一行は来た時の半分以下の時間で、脱出に成功した。
キリトとネズハが船を泊めた位置は別の方角だったので、二人はそこで別れる事になった。
去り際にキリトは、ボスが発見され、
まもなく攻略が開始される可能性がある事を、二人に教えてくれた。
四人が船に到着すると、迎えの船で待機していたダークエルフの兵が焦ったように、
まもなく戦争が始まりそうだと伝えてきた。
「まずいですね。急ぎましょう、皆さん」
「はい!」
一行が城を包む霧を抜けると、もう戦端が開かれ、
かなり押されているダークエルフ軍の姿があった。
端の方の戦力が薄そうな所を狙って突撃し、包囲網を背後から突破して、
ついに一行は、城へと辿り着いた。
「子爵様!」
「お待たせしましたね皆さん。私が戻ったからにはもう大丈夫です」
子爵がそう言った瞬間、全員に強力なバフがついた。
ここから、ダークエルフ軍の反撃が始まった。