ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


第300話 戦いの足音

「ところでシャナ、最近お前に関しての、おかしな噂が流れているのを知っているか?」

「ん、どんな噂だ?先生」

 

 衝撃の結果に終わった第二回BoBから数日後、

おそらく空振りだろうとはいえ、一応不審な行動をとっていた者と、

以前総督府で集めた画像の照合作業をしていたニャンゴローが、突然シャナにそう言った。

 

「『シャナの取り巻きの中の誰かは、シャナに弱みを握られて従わされている』

だそうだ。まあお前は確かに他人に嫉妬されるような環境にいるからな、

そういう声が上がるのも仕方あるまい」

「相手を特定せず、誰かってぼかしている所が嫌らしいな」

「そうだな、確かにその表現だと、こうやって今私が作業をしている風景も、

見方によってはそうとられてしまうやもしれんしな」

「最初からそういう目で見ている奴にとっては、何でも疑わしく見えちまうってか」

「そういう事だな、相手の狙いもそれだろう」

「ふ~ん、まあ別にどうでもいいな、俺は自分の目的さえ達成出来ればそれでいいしな」

 

 シャナは、この事態を大したものだとは考えていなかった。

この類の噂が立つのは、ALOでも日常茶飯事だったからだ。

ALOでのその類の噂は主に、男専用ボス攻略ギルド連合、通称・男気連から流されていた。

男気連は、『独身貴族』『桜男組』『リバーローズ』という、

三つのギルドが連合して出来た巨大な組織であり、その構成員は百名を超える。

ちなみにリバーローズとは、川の薔薇ではなく、Re:バーローズが正式な名前らしく、

どうやら某漫画の主人公の口癖に由来する名前だそうで、

『見た目は大人、中身は子供』という意味なのだそうだ。

それはさておき、徐々に集まりつつあった他の仲間達も、

拠点に入ってくるなり同じような事を言った。

 

「私達の中に、シャナに弱みを握られている人がいるんだってよ?」

「シャナ、何かおかしな噂が立ってるみたいよ」

「お兄ちゃん、変な噂が!」

「どうやら変な噂を流している者がいるみたいですね」

「シャナさん、さっき小耳に挟んだんですけど」

 

 シズカ、シノン、ベンケイ、ロザリア、更にイコマまでもがそう言い出し、

シャナはどこから流れ出した噂なのか、一応調べた方がいいだろうかと考え始めた。

そして最後にピトフーイが現れ、シャナに何か言おうとした。

 

「シャナ、あのね!」

「おかしな噂の話ならもう聞いたぞ」

 

 シャナは先回りしてそう言ったのだが、ピトフーイはその言葉にきょとんとした。

 

「噂?何それ?」

「おっとすまん、お前の口ぶりから、俺に何か言いたい事があるようだったから、

てっきりその話かと思ってな」

「へぇ~、噂ってどんな?」

「この中に、俺に弱みを握られて無理やり言う事を聞かされている奴がいるそうだ」

 

 それを聞いた瞬間にピトフーイは、少し呼吸を荒くしながらこう言った。

 

「ちょっと何よそれ、凄く羨ましい」

「お前は相変わらずだよな……」

 

 シャナはそんなピトフーイを見ながらそう言った。

 

「まあでも、それってある意味私の事じゃない?」

「お前の?」

「だってほら、シャナは私の免許証のコピーを持っている訳で、それって私の弱みだよね?」

「確かにそうかもだが……」

 

 シャナは真面目にその事について考えたのだが、それはありえないという結論に達した。

 

「いや、噂はまた別物だろうな、そもそもその事を知っている奴は、他にはいない」

「まあそれもそうだよね」

 

 ピトフーイは、どうやら何となく言ってみただけのようで、あっさりとそう言った。

そしてシャナの肩をぽんと叩く者がいた、ニャンゴローである。

 

「シャナ、その免許証の話は、また後でじっくりと聞かせてもらおうかしら」

「えっ?あっ……はい……」

 

 ニャンゴローが演技をする事なく、素の口調でそう言った為、

シャナは汗をだらだらたらしながら、そう答える事しか出来なかった。 

 

「で、ピト、シャナへの用件は一体何だったの?」

「あ、そうそう、シャナ、エムを連れてきたよ!」

「おっ、そうか、それじゃあここに来るように伝えてくれ」

「うん、分かった!」

 

 そして少しして、部屋のドアがノックされ、

おずおずと、とてもいいガタイをした男性プレイヤーが中に入ってきた。

 

「は、初めまして、エムです」

「おう、ちゃんと会うのはこれが初めてだな、俺がシャナだ、宜しくな」

「エムさん、宜しくね!」

 

 シャナとシズカがそう言い、他の者も口々に自己紹介した。

そしてエムは、顔を紅潮させながらこう言った。

 

「僕、こういうのは初めてなんで、凄く嬉しいです」

「初めて?何がだ?」

「えっと、こうやって何かの集まりに迎え入れてもらうのが、です」

「ふむ」

 

 シャナはそう言って、ピトフーイとエムの顔を交互に見て、とある事に思い当たった。

 

「ああ、ピトが一緒だったから、どこに行っても厄介者扱いされてばかりだったのか……」

「ちょっとシャナ、ひどいよ!まあ事実だけど!」

「事実なんじゃね~かよ……」

「えへっ」

 

 こうして場も和んだ所で、エムがシャナに、報告があると言い出した。

 

「実は僕は、BoBの次の日には、もうアメリカから日本に戻って、

GGOにログインしてたんですが、今日までここに顔を出せなかったのは、

ちょっと調べる事があったからなんですよ。ここ最近流れている噂の事はご存知ですか?」

「この中に、俺に弱みを握られて無理やり言う事を聞かされている奴がいるって噂だな」

「はい、僕はその噂をその日に聞いて、ここに誘って頂いた御礼と言うか、

手土産の代わりにと思って、その噂の元について調べていたんです」

「そんなに早くから噂が流れていたのか……で、どうだったんだ?」

「それが……」

 

 エムは苦渋に満ちた顔で、続けて言った。

 

「いないんです」

「……何?」

「どれだけ情報を辿っても、それを流しているプレイヤーの姿が見えてこないんです。

辿っていくと、噂がループしているケースすらありました」

「ループ?」

「はい、Aという人物から噂を辿っていくと、

最終的に再びAという人物にいきつくみたいな、そんな感じです」

 

 それを聞いたニャンゴローが、シャナに言った。

 

「シャナ、これは陰謀の匂いがぷんぷんするぞ!

あるいはラフコフの奴らが情報戦を仕掛けてきているのではないか?」

「もしそうだとしても、それで奴らに何か利益があるんですか?」

 

 そのシャナの言葉を聞いたニャンゴローは、シャナを叱った。

 

「それがお前の悪い癖だな、このもやしめ!人は損得だけで動く訳ではない、

人間とは、感情の生き物なのだぞ!」

「……つまり?」

「単にお前の事が嫌いで嫌がらせをしているのかもしれんぞ?」

 

 シャナはそう聞いて、こうぽつりと呟いた。

 

「小学生かよ……」

「ああ、確かにガキかもしれん。だがお前が語った奴らの姿は、

まさにガキそのものだったではないか!」

「確かに……」

「更に忘れてはいけないのが、その嫌がらせは、

何かからお前の目を反らせる為のものかもしれないという事を、考えておかねばならん」

「なるほど、さすがは先生ですね」

「おう、そう思うならさっさと私に酒を貢がんか!」

「そのネタはもういいですから……」

 

 そしてシャナはエムに向き直り、その肩をポンと叩いた。

 

「よく調べてくれたなエム、ありがとな」

「いっ、いえ、仲間としての責務ですから!!」

「良かったねエム」

「はい!」

 

 そしてシャナは、仲間達にこう言った。

 

「だが、この類の陰謀には、これといった対応策が存在しない。

当分は様子見になると思うが、情報収集は欠かさないようにしよう」

 

 噂のたちの悪い部分がここである。一度広がった噂は、

いくら打ち消しても一定数は信じる者が残ってしまう。それは仕方がない事なのである。

だがそれは実際そこまで問題ではない。元々シャナの事が嫌いな者は、

噂を吹き込まれなくとも、似たような事を常に考えているものだからだ。

 

「今分かっているのは噂の部分だけだが、それだけなら正直大して問題は無い。

問題は、他に何かの陰謀が進行している場合だな。

何が起こっても対応出来るように、一度俺達の役割を確認しておくか」

「そうすると、この偉大なる私は参謀だな!」

「はいはい、先生は大参謀ですよ」

「私は情報部員ね」

 

 続けてロザリアがそう言った。

 

「私は特攻隊長かな?」

「シズはまあそんな感じだろうな」

「私は……巡航ミサイル?」

「その表現はどうかと思うが、まあシノンはそうだな」

「私は偵察機ですね!」

「ケイもいい加減軍隊から離れろよ」

「僕はマッドサイエンティストですか?」

「イコマ、お前はそっちに染まらないでくれ!」

「私は宴会担当?」

「お前は変態担当だ」

 

 そして残るエムに仲間達の視線が集中した。エムは少し考えながらシャナにこう言った。

 

「そうすると僕は後方支援担当でしょうね、任せて下さい、そういうのは得意です!」

「頼むぞエム」

 

 こうしてここに、GGOにおけるシャナ陣営の陣容は整った。

ちなみに親衛隊は、最近チーム名を『SHINC』に決めたエヴァ達であろう。

 

 

 

「なぁ、何であんな噂を流したんだ?」

「相手はあいつだ」

 

 その言葉に、敦は肩を竦めながら言った。

 

「お前が無口なのにはもう慣れてるけどよ、もうちょっと頑張って説明しろよ」

「……俺達の計画は順調だ」

「ああ」

「あいつがそれに気付いたら、必ず邪魔しようとする」

「だろうな」

「そうさせない為に、あいつを戦いに巻き込む」

「ほほう?」

「この噂はその第一歩だ」

「なるほど、納得したぜ。で、次はどうする?」

「そうだな……」

 

 

 

 数日後、かなり多くのプレイヤーが、街中の廃ビルに入っていくのをロザリアが発見した。

 

「あれは……何かしら、一応探っておいた方がいいかしらね」

 

 ロザリアはそう考え、その廃ビルへと侵入し、上の階へと慎重に上っていった。

先ほどの者達は、とある部屋に集まり、何事か話しているように見えた。

ロザリアは中の様子を探ろうと、そっと中を覗き込んだ。

 

(あれは……ゼクシード?それに薄塩たらこ、獅子王リッチーまで……

後はギャレットに、ペイルライダー?他にも有名なスコードロンのリーダーが多数……

闇風はいないようだけど、一体何の集まりなのかしらね)

 

 そんなロザリアの耳に、彼女の大切な主の名前が飛び込んできた。

 

「今日集まってもらったのは他でもない、シャナの……」

 

(シャナ?今確かにシャナの名前が……)

 

 ロザリアはシャナの名前が出た事で、何とか話を聞き取ろうとそちらに集中し、

周囲への警戒を怠ってしまっていた。

そんなロザリアの口を、背後から近付いてきた誰かがいきなり塞いだ。

 

(しまった……)

 

 ロザリアは音を立てないように気を付けながら、

何とかそのプレイヤーを振りほどこうとした。

そんなロザリアの耳に、そのプレイヤーはそっと囁いた。

 

「あんたシャナの仲間だろ?大丈夫、俺は敵じゃない。俺は闇風だ」

 

 ロザリアはその言葉を聞き、体の力を抜いた。

 

「いきなり驚かせてすまん、俺もこの集まりに誘われたんだが、

どうもキナ臭いから、とりあえず遅れると伝えていて、

隠れて話を盗み聞きしてから考えようと思って来たんだよ。あんたは?」

 

 そう言って闇風は、ロザリアの口から手を離した。

 

「私も似たようなものよ、たまたまここに沢山のプレイヤーが入っていくのを見掛けたから、

一応偵察しておこうと思って」

「そうか、それじゃあ二人でしばらくこのまま様子を見るとしようぜ」

「分かったわ」

 

 ロザリアは、闇風を信用する事にし、そのまま二人は中の様子を伺った。

そんな二人の耳に飛び込んできたのは、薄塩たらこの怒ったような声だった。

 

「協力してシャナを叩くだって?お前ら正気か?

つまらない事で俺を呼び出すんじゃねえよ、ここで聞いた事はシャナには黙っててやるから、

もう二度とこんな事で俺を呼び出したりしないでくれよ」

 

 他の者達は、ここで薄塩たらこを帰すのはまずいと思ったようだったが、

さすがにGGOの最大スコードロンのリーダーである薄塩たらこに、

正面から文句を言える者はいなかったようだ。

それでいてシャナと敵対しようと言うのだから、この辺りはちぐはぐさを感じさせる。

もちろんこれは、ステルベンとノワールの工作の結果だった。

そして薄塩たらこは部屋を出て、闇風とロザリアとバッタリ遭遇した。

 

「なっ……」

 

 そんな薄塩たらこの口を、闇風がすばやく塞いだ。

薄塩たらこは相手が闇風だと気付くと、先ほどのロザリアと同じように力を抜き、

口を押さえている闇風の腕を、タップするようにトントンと叩いた。

それを受け、闇風は薄塩たらこから手を離した。

 

「闇風に、あんたは……ロザリアだったか、シャナの仲間の」

「ええ」

「あんたは遅れてくると聞いていたんだが」

「どうもな、うさんくさいものを感じたから、先に話を隠れて聞いておこうと思ってな」

「なるほど、俺もそうすれば良かったぜ。それにしてもあいつら、シャナに喧嘩を売るとか、

一体どうしちまったんだろうな……」

「あるいは誰かに焚きつけられたのかもな」

「おかしな噂を流している奴と同一人物かもね」

「あの噂か……有りうるな」

 

 そして中の者達が話し合いを終えそうな雰囲気を見せた為、三人は素早く外に出た。

 

「とりあえず俺は中立だ。だが、いざとなったら俺はシャナに付くと伝えてくれ」

 

 闇風がいち早くそう言った。ロザリアはそんな闇風に頷いた。

 

「俺はどうするかは、仲間と相談して決める事にする。

この前シャナとは敵対したばかりだから、あるいはシャナと戦いたがる奴も出るかもしれん。

その場合は出来るだけ中立でいるように説得するつもりだ。

だがもし参戦が回避出来ないようなら、ギルドとして行動する事はせず、

どっちの味方に付くかは個人の意思に任せて、俺自身はシャナに付く」

 

 薄塩たらこもそう言い、ロザリアは二人に頭を下げ、拠点へと急ぎ向かう事にした。

 

「ありがとうございます、お二人とも」

「何、俺も一度くらいシャナと並んで戦ってみたかったと思っていた所だ」

「お、奇遇だな、俺もだよ」

 

 こうしてステルベン達の思惑通りに事は進み、

シャナ達は、否応なしに戦いへと巻き込まれる事となった。


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