ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


第307話 また後で

 その日、藍子と木綿季は、生まれて初めて東京の土を踏んだ。

そして二人は、新しく整備された眠りの森へと足を踏み入れた。

 

「へぇ~、これがメディキュボイドかぁ」

「しばらくは、ずっとここからVRの世界に居続ける事になるのね」

「どんな感じなのかなぁ、凄く楽しみだね」

「そうね、私達には施設以外では友達はいないし、寂しいって事は特に無いしね」

「え~?友達なら八幡がいるじゃない」

「違うでしょ、私達は八幡の愛人なのよ?友達では無いわ」

「あっ、そういえばそうだね!」

 

 藍子は木綿季にそう言い、木綿季は微笑んだ。そんな二人の所に経子が駆け寄ってきた。

 

「二人とも大丈夫?長い距離を移動して疲れてない?」

「園長先生!大丈夫、車は凄く乗り心地が良かったし、

ソレイユの人達が凄く良くしてくれたから、快適な旅だったよ」

「これで八幡がいてくれたら最高だったんだけどね」

 

 その言葉を聞いた経子は、微笑みを浮かべながら二人にこう言った。

 

「あらあら二人とも、彼に凄く懐いちゃったのね、少し妬けるわ」

 

 その言葉を聞いた二人は、顔を見合わせると、キッパリとこう言った。

 

「だって先生、ボク達二人とも、八幡の愛人になる予定だからね!」

「ええ、その為にも絶対に病気を治さないとね」

 

 経子はそんな二人を見て、プッと噴き出した。

 

「でもそう言った時の彼、凄く困ったような顔をしてなかった?」

 

 経子はその時の三人の姿を見ていた為、当時の事を思い出しながらそう言った。

 

「うん!」

「ええ」

「でも否定はしなかったのよね?彼は優しいから」

「うん、嫁は間に合ってるらしいから、愛人って事にしたの!」

「八幡は、私達を絶対に突き放すような事はしないだろうから、実現性はかなり高いはず」

 

 その藍子の言葉に、経子は再びプッと噴き出した。

 

「た、確かにそうかもしれないわね、あはっ、計算高いというか何というか……」

「ふふっ、でもそのおかげで、私達にも生きる希望が沸いたのは確かね」

「八幡と会えて、本当に良かった!」

「そうね、私も彼と出会えて本当に良かったと思うわ」

 

 丁度そこに、二人の姿を見つけた楓が嬉しそうに走ってくるのが見えた。

 

「アイちゃん、ユウちゃん!」

「あっ、楓ちゃん!」

「楓ちゃん、もうすっかり走れるようになったのね」

「うん!」

「そう、私達も頑張って病気を治すから、そうなったら一緒に遊びましょうね」

「それまでもうちょっと待っててね、楓ちゃん!」

 

 その言葉を聞いた楓は、とても嬉しそうな顔でこう言った。

 

「うん!絶対だよ!私、ずっと待ってるね!だからアイちゃんもユウちゃんも頑張って!」

 

 今回京都の旧眠りの森から東京に来たのは、今のところこの二人だけだった。

メディキュボイドは一つ、また一つと順番に整備されていっており、

現在二つが完成した為、ちょうど双子である二人が最初に選ばれ、

今日こうして移動してくる事になったという訳だった。

メディキュボイドに入るのは明日からの予定となっており、

今日は二人にとって、現実世界で生活する最後の日の予定となっていた。

もっとも、何かあったら二人はいつでも現実に帰還する事が出来るので、

あくまで便宜上、そういう事になっているというだけだったのだが。

 

「それじゃあ二人が今日一日を過ごす事になる部屋に案内するわね、こっちよ」

「うん!」

「はい」

 

 そして二人は経子の後に続き、少し歩いた後、経子はとある部屋の前で足を止めた。

 

「さあここよ、それじゃあ二人とも、存分にね」

「存分にって……何?」

「先生、この中に何が?」

「さあ、何かしらね、まあそれは自分達の目で確かめるといいわ」

 

 そして経子は笑顔で去っていき、二人は少し緊張しながら部屋の扉を開けた。

 

「よぉ、アイ、ユウ、二人ともよく来たな」

「八幡!」

「あっ、八幡!」

 

 その部屋の調度品はかなり豪華にしつらえられており、ベッドが二つ並んでいた。

そしてその片方のベッドに腰掛けた八幡が、こちらに手を振っているのが見え、

二人はそちらに駆け出すと、思い切り八幡に抱きついた。

八幡は二人にベッドに押し倒される形になったのだが、

二人をしっかりと抱き止めたまま簡単に起き上がると、二人に向かってこう言った。

 

「おいおい、無理するなって」

「八幡、来てたんだ?」

「姿が見えなかったから、来てないのかと思って、少し寂しく思っていたのよ」

「すまんすまん、お前らを驚かせようと思ってな。

まあ俺がお前らをここに呼んだわけだし、当然俺はここにいないとな」

「まあいいわ、広い心で許します」

「ボクは普通に許すけどね!」

「おう、ありがとな、二人とも」

 

 そして二人は荷物を下ろし、といってもほとんど無いのだったが、

服を着替える事にしたようだ。八幡は外に出ていると言ったのだが、

二人にここにいてと言われた為、目をつぶって二人が着替え終わるのを待つ事にした。

 

「もういいわよ、八幡」

「うん、もういいよ!」

「おう」

 

 そして八幡が目を開けると、そこには下着姿になった二人の姿があった。

 

「なっ……こらアイ!お前いい加減にしろ!」

 

 八幡は慌てて目をつぶると、藍子にそう言った。

 

「あら、どうして私が立てた計画だと思うのかしら」

「その言い方が、もうお前が立てた計画だって事を証明してるよな?」

「くっ……まあその通りよ、どう?嬉しかった?」

「いや、別に嬉しくはないが……」

「そ、そう……」

「嬉しくなかったんだ……」

 

 その二人の声が想像以上に落ち込んだものだった為、八幡は慌ててこう言い直した。

 

「い、いや、嬉しくなかったなんて事はない、嬉しかった、嬉しかったんだが、

それよりも……え~と、そう!恥ずかしかったんだ!だから早く服を着てくれ、な?」

「そう、それならいいわ。ユウ、早く服を着るとしましょう」

「そうだね、あんまり八幡を恥ずかしがらせるのはちょっとね」

「お、おう、ありがとな」

 

(どうもアイのペースに巻き込まれちまうな、この影響力、アイはリーダー向きかもしれん)

 

 八幡はそう思いつつ、二人が着替え終わるのを待った。

 

「今度は本当にいいわよ」

「うん、オッケー!」

「お、おう……」

 

 そして八幡は、おずおずと目を開いた。二人はセーターにスカート姿という、

至極真っ当な格好をしており、八幡はそれを確認して安堵した。

 

「そういえば私服姿を見るのは初めてだな」

「そうね……確かにこれは私服ではあるのだけれど、

正直もっと女の子らしいかわいい格好をしてみたいとも思うのよね」

「うん、ボク達って一度も自分で服を買いにいった事は無いんだよね」

「そうなのか……よし」

 

 そして八幡は、横に置いてあった自分のバッグからノートPCを取り出し、

そこから服の通販をしているサイトにアクセスをした。

 

「八幡、これは?」

「いやな、単なる思いつきなんだが、お前らが元気になって目覚めた時に、

自分で選んだ服を着れればいいなって思ったから、ここで選んでもらえばどうかなってな」

「ああ、そういう事」

「八幡が買ってくれるの?」

「ああ、もちろんだ。とりあえず選んでもらった服は俺が用意しておくから、

他の服を実際に買いに行く時にはとりあえずその服を着てもらって、

店までキットで一緒に行こうな」

 

 その言葉を聞いた藍子と木綿季は、ハッとした顔で言った。

 

「そういえば今日はキットは?」

「うん、キット、キットは?」

「あそこだ、ほら」

 

 八幡はそう言って窓の外を指差した。二人が窓から外を眺めると、

そこには確かにキットが停まっており、二人の姿を見つけたのか、キットがドアを上下した。

 

「キット~!」

「こっちに気付いたのね、相変わらずキットは優しいわね」

 

 そして二人はキットに手を振り返し、嬉しそうに八幡に抱きついた。

 

「おいおい、いきなりどうしたんだよ」

 

 事前に『アイとユウがメディキュボイドの中に入るのを見届けるから会いに行く』と、

明日奈に伝えていた八幡は、その際に明日奈に、

絶対に二人を拒絶するような事はしないようにと厳命されていたので、

その抱擁を拒否する事も無く、暖かい目でそんな二人を受け止めた。

 

「ううん、何か凄く嬉しくて」

「八幡、大好き!」

「よしよし、とりあえず服を選んじまえよ、その服は大切に保管しておいて、

二人が目覚める時に、ベッドの脇に置いておくからな」

「分かったわ」

「うん!」

 

 そして二人が選んだ服をしっかりと記憶した八幡は、

サイズをどうすればいいか少し迷ったのだが、

それは経子に聞けばいいと思い当たり、笑顔で二人に言った。

 

「よし、サイズの事は経子さんに聞けばいいだろうし、問題無いだろう」

「凄く楽しみね」

「そうだね、店に行った訳じゃないけど、自分で選ぶのってやっぱり楽しいね」

 

 そんな二人の姿を見て、八幡は突然ある事に気が付いた。

前は病院着姿しか見た事が無かったので気付かなかったが、

改めてこうして二人のセーター姿を見て、そして先ほど抱きつかれた時の感触からして、

『アイが想像以上に胸がある事』と『ユウもそれなりにある事』に気付いてしまったのだ。

そんな八幡の視線を敏感に察知したのか、藍子がニヤリと笑いながら言った。

 

「ねぇ八幡、実は私もユウも胸は意外と大きいのよ、試しに私の胸に触ってみる?」

「なっ……」

「え~?まあボクも別にいいけどね、八幡、触ってみる?」

 

(こ、こいつら……)

 

 八幡は、再び藍子のペースに巻き込まれつつあるのを感じながらも、

この状況を打開する手を思いつき、それを実行に移す事にした。

 

「そうか、それじゃあ遠慮なくアイの胸から揉んでみるか」

「なっ……」

「どうした?ほら、遠慮しないでこっちに来いって」

「えっと……そ、それは……」

「あれ、アイの顔がそんな真っ赤なの、ボク初めて見たよ!」

 

 木綿季がそう言い、藍子は更に顔を赤くした。

 

(よし、作戦成功だ)

 

 そして藍子は、八幡の意図に気付いたのか、恨みがましい目で八幡をじろっと見た。

八幡はそんな藍子に笑いかけ、藍子もそれに釣られてつい笑ってしまい、

三人はそのまま楽しそうに笑った。

 

「よし、それじゃあそろそろ飯にしようぜ」

「八幡も一緒に食べてくれるの?」

「ああ、経子さんともよく相談して、病院食にはとても見えないような、

豪華な食事を用意してもらったからな」

「わっ、本当に?」

「ああ、バッチリだ」

 

 そして三人は楽しく食事をし、その日は二人の希望で八幡も病室に泊まる事になり、

簡易ベッドが部屋に持ち込まれ、八幡はそこで寝る事となった。

消灯時間が過ぎても三人は色々な話をし、

やがて疲れたのか、藍子と木綿季が静かになったのを確認し、八幡もそのまま眠りについた。

これからメディキュボイドの中で生活していく事になる二人にとって、

今日の思い出はかけがえのない宝物となった。

 

 

 

 そして次の日の朝、二人が目覚めると、八幡はまだぐっすりと眠っていた。

二人は顔を見合わせると、何事か相談し、

八幡を起こさないようにそっと経子の所へと向かった。

 

「あら、二人ともおはよう、昨日は楽しかった?」

「はい、園長先生、ありがとうございます」

「とっても楽しかった!ありがとう、園長先生!」

「そう、それなら良かったわ、彼はまだ寝ているの?」

「その事で先生に頼みが……」

「あら、何かしら」

「実は……」

 

 そして二人の頼みを聞いた経子は、それを快諾した。

 

「お安い御用よ、直ぐに部屋に戻りましょう」

 

 そして部屋に戻った三人は、まだ八幡が寝ている事を確認すると、

両側からそっと寝ている八幡の頬にキスをし、経子はそれを写真に撮った。

 

(明日奈さんにはちょっと悪いけど、これくらいは許してくれるわよね)

 

 その写真は、メディキュボイドに接続した二人が拠点にする家の壁に飾られ、

今後ずっと、二人の生きる力となる。

そして直ぐに八幡も目覚め、自分を見下ろしている三人の顔を見て、きょとんとした。

 

「おはようございます、何かありましたか?」

「ううん、八幡君の寝顔がかわいかったから、三人で見ていただけよ」

「うんうん、本当に子供みたいな寝顔だったわよ」

「え、まじで?」

「うん、まじまじ!」

「そ、そうか……それならこれでどうだ?」

 

 そして八幡は、精一杯キリっとした顔をし、三人はたまらず噴き出した。

そして簡単な朝食をとった後、ついに二人がメディキュボイドの中に入る時が訪れた。

 

「八幡……」

「八幡!」

「おう、二人とも、落ち着いたら必ず会いに行くから、待っててくれよな」

「約束よ?」

「ああ、約束だ」

「絶対だよ?」

「ああ、絶対だ」

 

 そして八幡は手を大きく開き、二人はその胸に飛び込むと、とても嬉しそうな顔で言った。

 

「それじゃ八幡、また後でね」

「八幡、また後で!」

「ああ、また後でな」

 

 こうして二人はまったく不安を感じる事なく、八幡の存在を希望とし、

VRの世界へと旅立っていった。そして直後にスタッフの一人が八幡に声を掛けた。

 

「比企谷……いいえ、次期社長」

「はい?……えっ、めぐり先輩?めぐり先輩じゃないですか!」

 

 そこにいたのは、海外にいるはずのめぐりだった。

八幡は驚きつつも、嬉しそうにめぐりの手を握り、再会を喜んだ。

 

「先輩、どうしてここに?突然だったからびっくりしましたよ」

 

 そんな八幡に笑顔を向けながら、めぐりは突然真面目な顔を作ってこう言った。

 

「本日付けでソレイユに入社し、即ここに配属されました、城廻めぐりです!

次期社長、今後とも末永く宜しくお願いします!」

 

 そしてめぐりは、ぺろっと舌を出しながら言った。

 

「なんてね、えへっ」

 

(ゲームの中では会ってたけど、こうして実際に会うと、

やっぱり癒やされるレベルが違うよな……はぁ、メグリッシュされるわ)

 

 そう思いつつも八幡は、疑問に思った事をめぐりに尋ねた。

 

「あっ、ええと、今のはどこまでが本当なんですか?」

「全部だよ、私が勉強してたのは薬学関係なんだよね。

それで陽乃さんに声を掛けられて、そのままソレイユに入社した感じかな」

「あっ、そういう事ですか」

「二人との別れを邪魔するのは嫌だったから、こうして声を掛ける機会を伺ってたんだよね」

「なるほど……先輩、二人の事を宜しくお願いします」

「うん、任されたよ!」

 

 こうしてめぐりは、ソレイユのスタッフの一人として、

アメリカに渡った宗盛との連絡役もこなしつつ、今後二人の為に奔走する事となるのだった。

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