「シャナさん、こっちは特に異常はありません、そっちはどうでしたか?」
「あいつの居場所は特定する事が出来た。後は作戦をどうするかだが……」
そしてシャナは、一つの作戦を仲間に提示した。
「おいおい、本気か?」
「それは……どうなんだ?なぁシャナ、本当にやれるのか?」
「やれるかやれないかで言えば、やれる」
「分かった、よし、俺はやるぞ」
薄塩たらこはシャナの言葉を受け、そう即答した。
「おいたらこ、お前はどうしてそこまで……」
闇風のその疑問に、薄塩たらこはこう答えた。
「シャナには借りがあるからだ」
「ああ?俺からお前に貸しなんかあったか?」
「俺には無い、あるのは俺じゃなく俺のダチだ。俺のダチはあんたに命を助けられた。
そしてダチの借りは俺の借りだと、そう思ってくれて構わない」
薄塩たらこはキッパリとそう言った。
「GGOで俺が絡んだ男っていうと、ゼクシードくらいしか思いつかないんだが、
後はダインとかギンロウ辺りか」
「いや、そいつらは関係無い。詳しくは言えないが、GGOの話じゃない」
「ん?まさか現実世界での話か?」
「そうだとも言えるし、そうではないとも言える」
その薄塩たらこの謎掛けのような言い方に、シャナは何か思い当たったのだろう、
逆に薄塩たらこにこんな質問をした。
「もしかしてそれは、二年くらい前の話か?」
「ああ」
「おそらくそいつの名前を聞いても俺は覚えてないと思うが、そういう事なら納得だ」
「ああ、あんたが納得してくれればそれでいいさ」
事情を知っているイコマはうんうんと頷いた。そして闇風もこう言った。
「よっしゃ、俺もそのシャナの作戦に乗るぜ!」
「闇風は特に俺に借りとかは無いよな?それでいいのか?」
そのシャナの言葉に、闇風はニッコリと笑いながら言った。
「今のシャナとたらこの会話の意味は、俺にはサッパリ分からなかった、だが推測は出来る。
事実としてシャナは過去に誰かの命を救った、そしてそいつの名前すら覚えていない」
「そう言われると、俺が凄く駄目な奴みたいに聞こえるな」
「ははっ、ここまではな」
シャナは冗談めかしてそう言った。闇風も同じく笑いながら説明を続けた。
「それが何を意味するか、普通は人の命を救ったら、名前くらいは覚えているのが当然だ。
だがシャナは今、たらこにそのダチの名前を聞く前に、そいつの事を覚えていないと言った。
それはどういう事か。シャナが日常的に他人の命を救っている?それはまあ無いだろう。
そして残る可能性は一つ。シャナが過去に不特定多数の人の命を救った、これしかない。
これならそのダチの名前を覚えていないのも納得だ」
「ほほう」
シャナは、そう感心したような声で言った。
「二年くらい前に何があったかなんて、誰でも知ってる。
SAOがクリアされ、六千人の命が救われた年だ。そしてクリアを成し遂げたとして、
俺達の間に伝わっている名前は三人。閃光、黒の剣士、銀影だ。
シャナがその内の誰かは聞かない、だがその事実だけで俺には十分だ、
俺はあんたを尊敬するよ、シャナ」
「闇風、お前凄いな……」
薄塩たらこが驚愕した顔で闇風に言った。
「おいたらこ、その言い方だと、今の推理を肯定した事になっちまうぞ」
「あっ……す、すまん、闇風の推理に感心しちまって、つい……」
「まあ今回は二人に助けてもらうんだ、それに比べたら俺の正体なんか些細な問題だ。
だから気にする事はないぜ。俺はハチマン、銀影のハチマンだ。
闇風にも感謝の気持ちを込めて、俺の正体を伝えておく事にする」
闇風はその言葉に感激したような顔をした。
「ははっ、やっぱりか、俺って凄くね?」
「ああ、あんな少ない材料から俺にたどり着くなんて、正直凄いと思ったのは確かだ」
「まあ微妙にズレてる所もあったけどな」
「ん、たらこ、そうなのか?」
「ああ、実は俺のダチが命を助けられたってのは、クリアの事じゃなく、
そのちょっと前、中層で暴漢に襲われた所を、あんたとアスナって人に助けられたらしい」
「そういう事か……」
「だから俺のダチは、二度命を救われた事になるんだろうな」
「実はそのうち一度は、イコマのおかげでもあるんだぞ」
シャナはイコマの方を見ながらそう言った。
「そ、そうなのか?」
「ああ、俺はかねてから、イコマの名前がまったく噂にならない事を不満に思っていた。
なので言わせてもらうが、このイコマは、
最後の戦いで俺達と共にゲームをクリアに導いた英雄の一人だ」
「おお……」
「そうなのか……」
「シャナさん、僕なんかはそんな……」
「謙遜もいい加減にしろって」
「は、はぁ……」
そう言いながら、イコマはぽりぽりと自分の頭をかいた。
「どうだ?英雄が二人もいるんだ、どんな無茶な作戦でも負ける気がしないだろ?」
「お、おお、そうだな!」
「これは勝てる、絶対に勝てる!むしろ負ける要素が何も無い」
「という訳で、とりあえず時間を決めておくか」
「おう」
「時計の時間を合わせるのは、こういう時の様式美だよな!」
そして四人は軽く打ち合わせをし、それぞれの担当の場所へと移動を開始した。
そしてロザリアはその音を聞いた。ドン!という音と共にビル全体が揺れたのだ。
(今のは……手榴弾か何かの爆発音?でも、同時に別の音が聞こえた気もする)
ロザリアの聴覚は、視覚が封じられた事でやや敏感になっていた。
そしてロザリアが捕らえられている部屋に、何人かのプレイヤーが入ってくる足音がした。
「シャナが攻めてきたぞ!」
(シャナ……やっぱり来ちゃったんだ……)
「おっ、ついに来たのか。で、今の音は?」
「どうやら入り口に手榴弾が投げ込まれたらしく、見張りの二人がやられた。
それに乗じて二人の敵に侵入されたらしく、今二階の階段で交戦中だ」
(二人……誰と誰かしら)
「そうか、俺達も行った方がいいか?」
「どうかな……おっと通信だ、ちょっと待ってくれ……まじかよ、分かった」
そのプレイヤーは、焦ったような口調でそう言った。
「何かあったのか?」
「二階が突破されたらしい。どうやら相手の防具の性能がかなり高くて、
こちらの攻撃があまり効いていないらしい」
(やっぱりあの防具って凄いんだ……)
「それはまずいじゃないかよ」
「まあしかし、今のところ三階で足止めは出来ているらしい。だから……ひっ」
ブンッ、というどこかで聞いたような音と共に、そのプレイヤーが悲鳴を上げた。
「ど、どうし……ぎゃっ!」
「うわ、何だお前、いつから……うわっ!」
(えっ?何?一体何が起こったの?)
そして、ブンッ、という音が二度聞こえた後、その場には静寂が訪れた。
(誰もいなくなった?いや、まだ一人いる……まさか敵の内輪もめ?
って事は味方?いやいや、敵の敵が味方とは限らないわよね、ど、どうしよう……)
そして、コツ、コツという足音と共に、誰かがロザリアに近付いてきた。
(だ、誰なの?本当にどうすればいいの……シャナ……)
ロザリアは微妙に恐怖を感じ、軽いパニック状態に陥っていた。
そんなロザリアの頬に、誰かの手が優しく触れた。
ロザリアはその感触に一瞬ビクッとしたが、次の瞬間その手によって猿轡が外された。
そしてロザリアは、恐る恐るその手の主に尋ねた。
「だ、誰?」
「俺だ」
その声は、今一番ロザリアが聞きたくて、それでいて一番聞きたくなかった声だった。
「やっぱり来ちゃったんだ……」
「あぁ?やっぱりはこっちのセリフだ、お前やっぱり俺が来ない事を望んでたんだな。
こんな時にそんなくだらない事を考えてないで、大人しく助けられろっつ~の」
そしてシャナは、出血状態が続いているロザリアの手足の状態を調べた。
「……何だこの手足の傷は、動けないように腱が切られているのか?
ふざけるな、ふざけるなよ……拘束だけで十分だろうに、
こいつらは絶対に許さん。待ってろ小猫、今目隠しも外してやるからな」
「あっ、ま、待って……」
そしてシャナはロザリアの目隠しを外し、その下の横一文字の大きな傷を見た。
その瞬間に周囲の温度が急激に冷え込んだ気がして、ロザリアは何も言う事が出来なかった。
シャナも何も言わず、黙ってロザリアの頭を胸に抱いた。
その瞬間に、ロザリアの頬に水滴のような物が落ちてきた。
(えっ?まさかシャナが泣いてるの?もし私の為に泣いてくれてるのなら、ちょっと嬉しい)
そしてその体制のまま、シャナがぼそっとロザリアに尋ねた。
「これはいつやられたんだ?」
「えっと……一時間くらい前かな」
「そうか、それならそろそろ治るな、手足と目が回復するのを少し待とう」
そしてシャナは押し黙った。その間も下からは戦闘音が聞こえてきた為、
ロザリアは誰が戦っているのかシャナに尋ねようとしたのだが、
丁度その時ロザリアの視力がいきなり戻った。どうやら瞳が再生されたらしい。
そしてロザリアは、恐る恐るシャナの顔を見た。シャナは……やはり泣いていた。
(シャナ……やっぱり泣いて……どうしよう、嬉しいんだけど、
でもこうして実際目にすると、シャナを泣かせてしまった事が凄く悲しい。
そしてそうさせてしまった自分に怒りすら覚える……)
「……小猫、目が見えるようになったのか?」
「う、うん」
「どうやら手足ももう大丈夫みたいだな、よし、ちょっと立ってみろ」
そしてロザリアはそのまま立ち上がった。どうやらそちらも完全に再生したらしい。
「どうだ?動けるか?」
「うん、大丈夫」
「そうか」
「あっ……」
そしてシャナはいきなりロザリアを固く抱き締めた。
だがロザリアは、嬉しい反面、ついさっきシャナが泣いているのを見てしまっていた為、
どうしても素直に喜ぶ事が出来なかった。そんなロザリアにシャナが言った。
「すまん……」
「う、ううん、捕まったのは私のミスだから……」
「そんなの関係ない、お前は被害者だ」
「で、でも……」
「いいんだ、お前は何も悪くない」
「は、はい……」
そのシャナの迫力に、ロザリアはそう答える事しか出来なかった。
そしてシャナはロザリアから離れ、じっとロザリアの顔を見つめた。
その瞳からは、もう涙はこぼれていなかった。
「な、何?」
「いや、現実のお前と同じ、綺麗な瞳をしているなと思ってな。
こういう時に言うのもなんだが、昔のお前の目はそれはひどい目だったからな。
もうお前は昔のお前とは別人だな、今の方が何万倍もいい目をしている」
「あっ……」
(ど、どうしよう、やっぱり凄く嬉しい……)
嬉しくなったり悲しくなったりと忙しいロザリアだったが、
これには明確に嬉しさを感じた。
「さて、下でたらこと闇風が戦ってくれているから、このまま下に向かうぞ」
「そっか、たらこさんと闇風さんが……約束を守ってくれたんだ……
あれ、でもそれならシャナはどうやってここに?」
「ああ、それなんだがな、外を見てみろ」
「うん」
ロザリアが外を見ると、そこには壁にめり込んだ矢尻のような物と、
そこから下まで伝わるワイヤーロープのような物があった。
「ま、まさかこれを伝ってここまで上って来たの?」
「ああ、イコマがハンヴィーに、多目的ランチャーを実装してくれててな、
ワイヤーランチャーを撃ち込んで切り離して、ロープの代わりにしたんだよ。
着弾の衝撃を誤魔化す為に、同時に下で手榴弾を使ってもらってな」
「あ、じゃああの二度の衝撃はその時の音だったのね」
「聞こえてたのか?」
「うん、目が見えなかった分、音に集中してたからね。
あっ、でも、それならこれを伝ってそのまま降りればいいんじゃないの?」
「それじゃあ俺の気がすまない、こいつらはここで必ず全滅させる」
そう言い放つシャナの瞳は深い怒りを感じさせ、ロザリアは何も言えなかった。
「よし、行くぞ小猫」
「……分かったわ」
そしてシャナは腰から二刀を抜いた。ARとALである。
「あ、さっきの音はそれだったんだ」
「まさかいきなり使う事になるとはな。よし、ちゃんと俺に着いてこいよ、小猫」
「うん、一生!」
その言葉に、シャナは一瞬呆れたように見えたが、
シャナは直ぐに気を引き締め、下への階段を下りていった。
そして最初の部屋の前で、シャナがロザリアに言った。
「中に何人かいるな、ちょっと離れてろ、ロザリア」
(あ、呼び方がロザリアに戻った、そういう所は細かく気を遣ってるのね)
そう思いながらもロザリアは、シャナの指示通り少し後ろに下がった。
そしてシャナは、壁にARの切っ先を向けた。
(えっ?そこ?)
そんなロザリアの疑問をよそに、シャナはその切っ先を、壁に突き入れた。
「ぎゃっ!」
(シャナは壁の向こうの敵の位置が分かるんだ……)
シャナがその行為を繰り返す度に悲鳴が聞こえ、シャナはそのまま容赦なく壁を切り刻み、
そこにぽっかりと大穴が開いた。一瞬壁の向こうに細切れにされたプレイヤーの姿を想像し、
ロザリアは身を固くしたのだが、そのプレイヤーは既に死んで消滅していた。
(えげつな格好いい……)
その後もシャナは、壁越しの攻撃を駆使し、立ちはだかる敵を皆殺しにしていった。
敵が壁にいない場合は、いきなり部屋に突入し、
そのまま目に見えるプレイヤーを全て斬り裂いた。
背後からの奇襲はまったく考えていなかった敵集団は、こうして簡単に駆逐されていった。
(これが輝光剣の力……本当に何でも斬れるのね、正直シャナとの相性が良すぎる武器ね。
特にこういう狭い戦場だと、奇襲をされたらもう対抗出来る手段はほとんどないわね)
そしてシャナは、いとも簡単にたらこと闇風がいる階へと到達した。
その直後にロザリアが少しよろめいた。その事をシャナが尋ねると、
ロザリアは、ばつが悪そうにこう言った。
「ごめんなさい、どうやらまだ足が本調子じゃないみたいで、
たまに力が入らない時があるの」
「そうか、それじゃあちょっとここで待っててくれ。
中の敵を全滅させたら、直ぐに俺が運んでやるからな」
そしてシャナは、壁に向かって再びARを突き入れた。