ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


第310話 涙

「シャナさん、こっちは特に異常はありません、そっちはどうでしたか?」

「あいつの居場所は特定する事が出来た。後は作戦をどうするかだが……」

 

 そしてシャナは、一つの作戦を仲間に提示した。

 

「おいおい、本気か?」

「それは……どうなんだ?なぁシャナ、本当にやれるのか?」

「やれるかやれないかで言えば、やれる」

「分かった、よし、俺はやるぞ」

 

 薄塩たらこはシャナの言葉を受け、そう即答した。

 

「おいたらこ、お前はどうしてそこまで……」

 

 闇風のその疑問に、薄塩たらこはこう答えた。

 

「シャナには借りがあるからだ」

「ああ?俺からお前に貸しなんかあったか?」

「俺には無い、あるのは俺じゃなく俺のダチだ。俺のダチはあんたに命を助けられた。

そしてダチの借りは俺の借りだと、そう思ってくれて構わない」

 

 薄塩たらこはキッパリとそう言った。

 

「GGOで俺が絡んだ男っていうと、ゼクシードくらいしか思いつかないんだが、

後はダインとかギンロウ辺りか」

「いや、そいつらは関係無い。詳しくは言えないが、GGOの話じゃない」

「ん?まさか現実世界での話か?」

「そうだとも言えるし、そうではないとも言える」

 

 その薄塩たらこの謎掛けのような言い方に、シャナは何か思い当たったのだろう、

逆に薄塩たらこにこんな質問をした。

 

「もしかしてそれは、二年くらい前の話か?」

「ああ」

「おそらくそいつの名前を聞いても俺は覚えてないと思うが、そういう事なら納得だ」

「ああ、あんたが納得してくれればそれでいいさ」

 

 事情を知っているイコマはうんうんと頷いた。そして闇風もこう言った。

 

「よっしゃ、俺もそのシャナの作戦に乗るぜ!」

「闇風は特に俺に借りとかは無いよな?それでいいのか?」

 

 そのシャナの言葉に、闇風はニッコリと笑いながら言った。

 

「今のシャナとたらこの会話の意味は、俺にはサッパリ分からなかった、だが推測は出来る。

事実としてシャナは過去に誰かの命を救った、そしてそいつの名前すら覚えていない」

「そう言われると、俺が凄く駄目な奴みたいに聞こえるな」

「ははっ、ここまではな」

 

 シャナは冗談めかしてそう言った。闇風も同じく笑いながら説明を続けた。

 

「それが何を意味するか、普通は人の命を救ったら、名前くらいは覚えているのが当然だ。

だがシャナは今、たらこにそのダチの名前を聞く前に、そいつの事を覚えていないと言った。

それはどういう事か。シャナが日常的に他人の命を救っている?それはまあ無いだろう。

そして残る可能性は一つ。シャナが過去に不特定多数の人の命を救った、これしかない。

これならそのダチの名前を覚えていないのも納得だ」

「ほほう」

 

 シャナは、そう感心したような声で言った。

 

「二年くらい前に何があったかなんて、誰でも知ってる。

SAOがクリアされ、六千人の命が救われた年だ。そしてクリアを成し遂げたとして、

俺達の間に伝わっている名前は三人。閃光、黒の剣士、銀影だ。

シャナがその内の誰かは聞かない、だがその事実だけで俺には十分だ、

俺はあんたを尊敬するよ、シャナ」

「闇風、お前凄いな……」

 

 薄塩たらこが驚愕した顔で闇風に言った。

 

「おいたらこ、その言い方だと、今の推理を肯定した事になっちまうぞ」

「あっ……す、すまん、闇風の推理に感心しちまって、つい……」

「まあ今回は二人に助けてもらうんだ、それに比べたら俺の正体なんか些細な問題だ。

だから気にする事はないぜ。俺はハチマン、銀影のハチマンだ。

闇風にも感謝の気持ちを込めて、俺の正体を伝えておく事にする」

 

 闇風はその言葉に感激したような顔をした。

 

「ははっ、やっぱりか、俺って凄くね?」

「ああ、あんな少ない材料から俺にたどり着くなんて、正直凄いと思ったのは確かだ」

「まあ微妙にズレてる所もあったけどな」

「ん、たらこ、そうなのか?」

「ああ、実は俺のダチが命を助けられたってのは、クリアの事じゃなく、

そのちょっと前、中層で暴漢に襲われた所を、あんたとアスナって人に助けられたらしい」

「そういう事か……」

「だから俺のダチは、二度命を救われた事になるんだろうな」

「実はそのうち一度は、イコマのおかげでもあるんだぞ」

 

 シャナはイコマの方を見ながらそう言った。

 

「そ、そうなのか?」

「ああ、俺はかねてから、イコマの名前がまったく噂にならない事を不満に思っていた。

なので言わせてもらうが、このイコマは、

最後の戦いで俺達と共にゲームをクリアに導いた英雄の一人だ」

「おお……」

「そうなのか……」

「シャナさん、僕なんかはそんな……」

「謙遜もいい加減にしろって」

「は、はぁ……」

 

 そう言いながら、イコマはぽりぽりと自分の頭をかいた。

 

「どうだ?英雄が二人もいるんだ、どんな無茶な作戦でも負ける気がしないだろ?」

「お、おお、そうだな!」

「これは勝てる、絶対に勝てる!むしろ負ける要素が何も無い」

「という訳で、とりあえず時間を決めておくか」

「おう」

「時計の時間を合わせるのは、こういう時の様式美だよな!」

 

 そして四人は軽く打ち合わせをし、それぞれの担当の場所へと移動を開始した。

 

 

 

 そしてロザリアはその音を聞いた。ドン!という音と共にビル全体が揺れたのだ。

 

(今のは……手榴弾か何かの爆発音?でも、同時に別の音が聞こえた気もする)

 

 ロザリアの聴覚は、視覚が封じられた事でやや敏感になっていた。

そしてロザリアが捕らえられている部屋に、何人かのプレイヤーが入ってくる足音がした。

 

「シャナが攻めてきたぞ!」

 

(シャナ……やっぱり来ちゃったんだ……)

 

「おっ、ついに来たのか。で、今の音は?」

「どうやら入り口に手榴弾が投げ込まれたらしく、見張りの二人がやられた。

それに乗じて二人の敵に侵入されたらしく、今二階の階段で交戦中だ」

 

(二人……誰と誰かしら)

 

「そうか、俺達も行った方がいいか?」

「どうかな……おっと通信だ、ちょっと待ってくれ……まじかよ、分かった」

 

 そのプレイヤーは、焦ったような口調でそう言った。

 

「何かあったのか?」

「二階が突破されたらしい。どうやら相手の防具の性能がかなり高くて、

こちらの攻撃があまり効いていないらしい」

 

(やっぱりあの防具って凄いんだ……)

 

「それはまずいじゃないかよ」

「まあしかし、今のところ三階で足止めは出来ているらしい。だから……ひっ」

 

 ブンッ、というどこかで聞いたような音と共に、そのプレイヤーが悲鳴を上げた。

 

「ど、どうし……ぎゃっ!」

「うわ、何だお前、いつから……うわっ!」

 

(えっ?何?一体何が起こったの?)

 

 そして、ブンッ、という音が二度聞こえた後、その場には静寂が訪れた。

 

(誰もいなくなった?いや、まだ一人いる……まさか敵の内輪もめ?

って事は味方?いやいや、敵の敵が味方とは限らないわよね、ど、どうしよう……)

 

 そして、コツ、コツという足音と共に、誰かがロザリアに近付いてきた。

 

(だ、誰なの?本当にどうすればいいの……シャナ……)

 

 ロザリアは微妙に恐怖を感じ、軽いパニック状態に陥っていた。

そんなロザリアの頬に、誰かの手が優しく触れた。

ロザリアはその感触に一瞬ビクッとしたが、次の瞬間その手によって猿轡が外された。

そしてロザリアは、恐る恐るその手の主に尋ねた。

 

「だ、誰?」

「俺だ」

 

 その声は、今一番ロザリアが聞きたくて、それでいて一番聞きたくなかった声だった。

 

「やっぱり来ちゃったんだ……」

「あぁ?やっぱりはこっちのセリフだ、お前やっぱり俺が来ない事を望んでたんだな。

こんな時にそんなくだらない事を考えてないで、大人しく助けられろっつ~の」

 

 そしてシャナは、出血状態が続いているロザリアの手足の状態を調べた。

 

「……何だこの手足の傷は、動けないように腱が切られているのか?

ふざけるな、ふざけるなよ……拘束だけで十分だろうに、

こいつらは絶対に許さん。待ってろ小猫、今目隠しも外してやるからな」

「あっ、ま、待って……」

 

 そしてシャナはロザリアの目隠しを外し、その下の横一文字の大きな傷を見た。

その瞬間に周囲の温度が急激に冷え込んだ気がして、ロザリアは何も言う事が出来なかった。

シャナも何も言わず、黙ってロザリアの頭を胸に抱いた。

その瞬間に、ロザリアの頬に水滴のような物が落ちてきた。

 

(えっ?まさかシャナが泣いてるの?もし私の為に泣いてくれてるのなら、ちょっと嬉しい)

 

 そしてその体制のまま、シャナがぼそっとロザリアに尋ねた。

 

「これはいつやられたんだ?」

「えっと……一時間くらい前かな」

「そうか、それならそろそろ治るな、手足と目が回復するのを少し待とう」

 

 そしてシャナは押し黙った。その間も下からは戦闘音が聞こえてきた為、

ロザリアは誰が戦っているのかシャナに尋ねようとしたのだが、

丁度その時ロザリアの視力がいきなり戻った。どうやら瞳が再生されたらしい。

そしてロザリアは、恐る恐るシャナの顔を見た。シャナは……やはり泣いていた。

 

(シャナ……やっぱり泣いて……どうしよう、嬉しいんだけど、

でもこうして実際目にすると、シャナを泣かせてしまった事が凄く悲しい。

そしてそうさせてしまった自分に怒りすら覚える……)

 

「……小猫、目が見えるようになったのか?」

「う、うん」

「どうやら手足ももう大丈夫みたいだな、よし、ちょっと立ってみろ」

 

 そしてロザリアはそのまま立ち上がった。どうやらそちらも完全に再生したらしい。

 

「どうだ?動けるか?」

「うん、大丈夫」

「そうか」

「あっ……」

 

 そしてシャナはいきなりロザリアを固く抱き締めた。

だがロザリアは、嬉しい反面、ついさっきシャナが泣いているのを見てしまっていた為、

どうしても素直に喜ぶ事が出来なかった。そんなロザリアにシャナが言った。

 

「すまん……」

「う、ううん、捕まったのは私のミスだから……」

「そんなの関係ない、お前は被害者だ」

「で、でも……」

「いいんだ、お前は何も悪くない」

「は、はい……」

 

 そのシャナの迫力に、ロザリアはそう答える事しか出来なかった。

そしてシャナはロザリアから離れ、じっとロザリアの顔を見つめた。

その瞳からは、もう涙はこぼれていなかった。

 

「な、何?」

「いや、現実のお前と同じ、綺麗な瞳をしているなと思ってな。

こういう時に言うのもなんだが、昔のお前の目はそれはひどい目だったからな。

もうお前は昔のお前とは別人だな、今の方が何万倍もいい目をしている」

「あっ……」

 

(ど、どうしよう、やっぱり凄く嬉しい……)

 

 嬉しくなったり悲しくなったりと忙しいロザリアだったが、

これには明確に嬉しさを感じた。

 

「さて、下でたらこと闇風が戦ってくれているから、このまま下に向かうぞ」

「そっか、たらこさんと闇風さんが……約束を守ってくれたんだ……

あれ、でもそれならシャナはどうやってここに?」

「ああ、それなんだがな、外を見てみろ」

「うん」

 

 ロザリアが外を見ると、そこには壁にめり込んだ矢尻のような物と、

そこから下まで伝わるワイヤーロープのような物があった。

 

「ま、まさかこれを伝ってここまで上って来たの?」

「ああ、イコマがハンヴィーに、多目的ランチャーを実装してくれててな、

ワイヤーランチャーを撃ち込んで切り離して、ロープの代わりにしたんだよ。

着弾の衝撃を誤魔化す為に、同時に下で手榴弾を使ってもらってな」

「あ、じゃああの二度の衝撃はその時の音だったのね」

「聞こえてたのか?」

「うん、目が見えなかった分、音に集中してたからね。

あっ、でも、それならこれを伝ってそのまま降りればいいんじゃないの?」

「それじゃあ俺の気がすまない、こいつらはここで必ず全滅させる」

 

 そう言い放つシャナの瞳は深い怒りを感じさせ、ロザリアは何も言えなかった。

 

「よし、行くぞ小猫」

「……分かったわ」

 

 そしてシャナは腰から二刀を抜いた。ARとALである。

 

「あ、さっきの音はそれだったんだ」

「まさかいきなり使う事になるとはな。よし、ちゃんと俺に着いてこいよ、小猫」

「うん、一生!」

 

 その言葉に、シャナは一瞬呆れたように見えたが、

シャナは直ぐに気を引き締め、下への階段を下りていった。

そして最初の部屋の前で、シャナがロザリアに言った。

 

「中に何人かいるな、ちょっと離れてろ、ロザリア」

 

(あ、呼び方がロザリアに戻った、そういう所は細かく気を遣ってるのね)

 

 そう思いながらもロザリアは、シャナの指示通り少し後ろに下がった。

そしてシャナは、壁にARの切っ先を向けた。

 

(えっ?そこ?)

 

 そんなロザリアの疑問をよそに、シャナはその切っ先を、壁に突き入れた。

 

「ぎゃっ!」

 

(シャナは壁の向こうの敵の位置が分かるんだ……)

 

 シャナがその行為を繰り返す度に悲鳴が聞こえ、シャナはそのまま容赦なく壁を切り刻み、

そこにぽっかりと大穴が開いた。一瞬壁の向こうに細切れにされたプレイヤーの姿を想像し、

ロザリアは身を固くしたのだが、そのプレイヤーは既に死んで消滅していた。

 

(えげつな格好いい……)

 

 その後もシャナは、壁越しの攻撃を駆使し、立ちはだかる敵を皆殺しにしていった。

敵が壁にいない場合は、いきなり部屋に突入し、

そのまま目に見えるプレイヤーを全て斬り裂いた。

背後からの奇襲はまったく考えていなかった敵集団は、こうして簡単に駆逐されていった。

 

(これが輝光剣の力……本当に何でも斬れるのね、正直シャナとの相性が良すぎる武器ね。

特にこういう狭い戦場だと、奇襲をされたらもう対抗出来る手段はほとんどないわね)

 

 そしてシャナは、いとも簡単にたらこと闇風がいる階へと到達した。

その直後にロザリアが少しよろめいた。その事をシャナが尋ねると、

ロザリアは、ばつが悪そうにこう言った。

 

「ごめんなさい、どうやらまだ足が本調子じゃないみたいで、

たまに力が入らない時があるの」

「そうか、それじゃあちょっとここで待っててくれ。

中の敵を全滅させたら、直ぐに俺が運んでやるからな」

 

 そしてシャナは、壁に向かって再びARを突き入れた。

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