「どうやら上手くいったか?」
「いや、どうだろうな、欲張りすぎて少しミスったかもしれん」
ステルベンとノワールは街の外で合流し、そんな会話をしていた。
「と、いうと?」
「俺が想定していたのは、ロザリアを傷付けた後、
あの馬鹿どもがシャナの野郎に最上階まで追い詰められて、
そこでシャナが傷付いたロザリアを見て、その後も盛大にもめるってシナリオだったんだが、
どうやらあの野郎、いきなりロザリアのいる最上階に現れたらしい」
「相変わらず無茶苦茶な野郎だ」
「だな」
ノワールはステルベンに頷き、腕組みしながら言った。
「まあ問題は、GGOの中で何が出来て何が出来ないか把握しきれていないってのが、
俺達とあいつとの一番大きな差なんだと思う」
「確かにな」
「その結果、ロザリアが拷問まがいの行為を受けたって事を知ってる奴が、
見張りの二人組と俺だけだったのに気付かないまま、俺は街でその噂を流しちまったんだよ」
「それは……まずいな」
「ああ、おそらく完全に俺達の工作だと疑われていると思うぜ」
「ここが引き時か」
「ああ、ここまで火種が広がれば、勝手に延焼していくだろうし、
後は俺達の姿があいつにバレないように、なりを潜めておくだけでいいだろ」
「調べないといけない事もあるしな」
そしてこの時を境に、二人は活動方針を一部変更する事にした。
ノワールはGGOでどんな事が出来るのか、把握するにはどうすればいいか考え、
結果として、ある程度の職人系スキルを上げる事にしたようだ。
実際に作れなくとも、どのようなアイテムが存在するか知る事で、
確実にゲームに対する理解は広がると考えたからだ。
そしてステルベンは、キャラを育てつつ、第二回BoBの時に収集したデータを元に、
他のプレイヤーのリアル情報をまとめ、足を運べる範囲にいるプレイヤーが、
どんな家に何人で住んでいて、入り口の鍵をピッキング出来るかどうかの調査に入った。
そのせいでシャナ達は、第三回BoBの開催前後まで、
彼らの動向をまったく掴む事が出来なかった。
「シャナが囮に?」
次の日、拠点に集まったシャナチームのフルメンバーは、
今後の方針について話し合いをしていた。そんな中、シャナがそう提案をした。
そんなシャナに、シズカが質問した。
「具体的にはどうするの?」
「俺が一人だとアピールしながら単独で外に出る。
そして追いかけてくる奴らを、チームで待ち伏せて殲滅する」
「シンプルだね」
シズカがそう感想を述べたが、そこにニャンゴローが待ったをかけた。
「いや、シャナの事だ、他に何か目的があるに違いない」
「まあ一応考えている事はある」
シャナはそれを肯定し、先生は更にこう尋ねた。
「で、どんな戦略目標を立てているのだ?」
「そういった殲滅を何度か繰り返すうちに、心が折れる奴もいるだろうが、
大抵の奴は頭に血を上らせて、何回かは挑んでくるはずだ。
そして何度目かで、このままじゃいけないと考える。
そうするとどうなるか、まあ俺の想像でしかないが、誰か分かるか?」
そのシャナの言葉を受け、ピトフーイとイコマとエムが手を上げた。
「それじゃあ……ピト」
シャナは、ピトフーイが何を言うか興味が沸いた為、試しに指名してみる事にした。
「えっと、ただ倒されるだけじゃ駄目だから、それを快感に変えようと……」
「よし分かった、お前に聞いた俺が馬鹿だった。それじゃあイコマ」
「装備を強化する事で対応します!」
「ああ、まあ実にお前らしい意見だな、だがこのゲームには、
そこまで出来るような職人は、お前以外にはまだいない」
「ですね」
イコマはその言葉に苦笑し、大人しく引き下がった。
「それじゃあエム」
「はい、弱い生き物は群れを作るしかないと思います」
「正解だ」
「群れかぁ、確かにそうかもね」
「まあ多分、同じような考えの奴を集めて、こっちに対抗しようとするだろうな」
「で、それに対してうちはどうするの?」
「戦力を補充しつつ、普通に対抗する。ダインやたらこ、闇風やエヴァ達に助けてもらおう」
シャナはあっさりと、助けてもらうと口にした。
「シャナは昔は何でも自分でやろうとしていたのにな、変われば変わるもんだな」
ニャンゴローが、感慨深げにそう言った。
「先生にだけは言われたくないけどな」
シャナは出会った頃の雪乃の事を思い出し、苦笑しながらそう言った。
「で、その後は?」
「煽る」
「えっ?」
「そこで煽るんだ……」
「別にただムカツクからとか、そういうんじゃないぞ、あくまで敵を一つにまとめる為だ」
「敵を……一つに?」
「そうなると……」
他のメンバー達は、その事によってどうなるのか考え始めた。
「ああ、そこまでいったらおそらく敵は、大々的にキャンペーンを張るなりして、
可能な限り沢山の人数を集めようとするはずだ。そうなるようにこっちも煽るしな。
そしてそいつらが集まった所に、俺が直接乗り込む」
「ええっ!?」
「さっすがシャナ!私のご主人様!」
「そして俺はある提案をする、総力戦の提案だ。そしてその舞台はあそこだ」
そう言ってシャナは、遠く南にうっすらと見える、巨大な廃墟のような物を指差した。
「あれは?」
「あれは運営が完全に趣味で作ったと思われる、旧首都の廃墟だ。
かなり広いが敵は一切沸かない、いわゆる観光スポットだな。
廃墟マニアの間では結構有名らしい」
「そんな場所があったんだ」
そのシズカの言葉に、シノンがこう答えた。
「敵も出ない、何かを得られる訳でもない、そんな場所だから普通は誰も行かないのよね」
「なるほど、戦いの舞台としてはうってつけなんだね」
シャナは頷き、更にこう言った。
「そんな訳で、最終的に俺達は、あそこで多くの敵を待ち受ける事となる。
ちなみにシンカーさんに頼んで中継もしてもらうつもりだ」
「えっ、そうなんだ」
「ああ、イベント形式でスポーツ感覚で参加させる事によって、
くだらない噂なんか忘れるくらい、盛り上げてやるさ」
「なるほど、その発想は無かったな」
「私達は誰の挑戦も受ける!って感じだね」
「それでもまあ、うだうだと色々言ってくる奴は必ずいるだろう。なので平行して、
昨日闇風から報告のあった、ロザリアを見張っていた奴を見つけ出し、動画を入手して、
そいつの顔を消した上で公開する事も検討する。まあ基本方針はそんな感じだ。
まあその結果、俺達は十倍以上の敵を相手にする事になるかもしれないけどな」
その言葉を聞いた一同は、やる気に満ちた様子で頷いた。
誰も反対する者はおらず、こうして基本方針は決定された。
「で、今日はどこで敵を待ち伏せるの?」
「そうだな……『戦士の墓場』にしよう」
「何だそれは?」
ニャンゴローが、きょとんとしながらそう言った。
「先生はもちろん知らないよな、知ってるのは俺と……」
「私は知ってるわよ」
「私も私も!」
「僕も知ってます」
「シノンとピトとエムか、まあそうだよな」
「どんな場所なの?」
そしてピトフーイが、得意げに説明を始めた。
「あそこはね、昔戦争で死んだっていう、兵士のお墓が沢山並んでるだけの場所だよ」
「モブは沸かないの?」
「街からすぐ近くだから沸かないんだよね。ちなみに面白い事に、
あそこはある特定の条件を満たすと、プレイヤーのお墓が増えるみたいだよ」
その意外な言葉に、シズカは興味を引かれたようだ。
「そうなんだ、どんな条件か分かってるの?」
「噂だと、ある程度長くプレイしてて、一定以上のレベルまでキャラを育てた後、
引退するとそのプレイヤーのお墓が出来るみたい」
「へぇ~、確かに面白いね。で、シャナ、何でそこに?」
「あそこはハンヴィーを停めておいてもまったく目立たないからだな。
五百メートルくらい離れててもらう予定だが、それくらい離れると、
もうハンヴィーなのか墓なのかの区別はつかないだろう」
「なるほどね」
そしてシャナは、今日の布陣を発表した。
「実はハンヴィーのうち一台は、改造されて乗員が最大五人しか乗れなくなっている。
だから今回は、詰めれば八人まで何とか乗れるもう一台の方を使おう」
「二台あると、咄嗟の時にどっちの事を言ってるのか分からなくなるかもね」
ベンケイが何となくそんな事を言い、シャナは少し考えた後、こう言った。
「よし、二台に名前を付けるか。ついでにこの拠点にもな」
「お、面白そう」
「それじゃあ先ずは拠点からな」
そして一同は、うんうんと唸りながら名前を考え始めた。
「ヴァル……」
「却下だ」
シャナはさすがにそれはと思い、そのシズカの言葉を途中で遮った。
「愛の巣!」
「おいピト、お前は後で、お仕……いや、何でもない」
「えっ?せっかく狙い通りにお仕置きしてもらえると思ったのに……」
「うるさい黙れ、おいエム、ピトを押さえとけ」
「はい」
そしてニャンゴローが、冷静さを装いつつさらりと言った。
「ニャンコハウスだな」
「先生……やっぱり最近キャラが崩壊してますよね」
「う、うるさい!ここは私の夢の世界なのだ!」
そしてイコマが、ぼそっとこう呟いた。
「鞍馬……」
「それだ!」
「ねぇ、鞍馬って?」
「源義経がシャナと名乗っていた頃に暮らしていたのが鞍馬なんで、何となく」
「おお」
「鞍馬の後に、拠点っぽい漢字を付ければいいんじゃないかな?」
「鞍馬……天狗?」
「それは拠点の名前としてはどうなの?」
「普通に鞍馬山でいい気もするけど」
「ああ、いいんじゃない?山に集合、とか短縮も出来るし」
こうして拠点の名前は、鞍馬山に決定された。
「さて、次はハンヴィーの名前だが……」
「ねぇ、同じ感じで義経の愛馬とかの名前にすれば?」
「義経の愛馬……イコマ、知ってるか?」
「それなら太夫黒ですね」
サラリと答えたイコマを、ピトフーイが賞賛した。
「さっすがイコマきゅん!」
「ふむ……ちょっと長いか」
「無理に難しい名前を付けなくてもいいんじゃないかしら、
黒の部分だけもらって、ブラックとホワイトとか」
「それならまあ言い易いのは間違いないな」
「それじゃあそうする?考えるのも結構大変だしね」
「よし、そうするか」
そして重武装のハンヴィーがブラック、もう一台が、ホワイトと名付けられた。
「それじゃあ話を元に戻すか、今日の作戦だが、今回はさっき言った通りホワイトを使う」
そして話は囮作戦に戻り、シャナはテキパキと指示を始めた。
「ロザリアとケイが街中で俺を尾行し、誰が後を追ってくるか調べておいてくれ。
ホワイトの運転は、練習を兼ねてイコマが頼む。助手席は先生でお願いします。
イコマはまだそこまで上手くハンヴィーを運転出来ないんで、色々教えてやって下さい」
「先生、宜しくお願いします」
「うむ、任せておくがよい」
「残りの四人は後部座席な、シノンにはヘカートIIで狙撃をしてもらうから、
上部ハッチから近い所に陣取ってくれ」
「了解」
「最初に俺が、歩いて戦士の墓へと向かう。
ロザリアは、追っ手が何人かを俺とシノンに連絡してくれ。
そして人数次第だが、シノンが頃合いを見てそいつらを狙撃、
同時にイコマはハンヴィーをこちらに向かわせてくれ。
俺は上手く敵を引き付けるから、到着し次第背後から急襲だ」
こうしてこの日の作戦が始まり、シャナは堂々と顔を晒して街中を歩き、
そのまま街の外へと一人で歩いていった。
この日の戦いが、後にGGO源平合戦と呼ばれる一連の戦いの、最初の幕開けとなった。