ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


第316話 戦士の墓場

「どうやら上手くいったか?」

「いや、どうだろうな、欲張りすぎて少しミスったかもしれん」

 

 ステルベンとノワールは街の外で合流し、そんな会話をしていた。

 

「と、いうと?」

「俺が想定していたのは、ロザリアを傷付けた後、

あの馬鹿どもがシャナの野郎に最上階まで追い詰められて、

そこでシャナが傷付いたロザリアを見て、その後も盛大にもめるってシナリオだったんだが、

どうやらあの野郎、いきなりロザリアのいる最上階に現れたらしい」

「相変わらず無茶苦茶な野郎だ」

「だな」

 

 ノワールはステルベンに頷き、腕組みしながら言った。

 

「まあ問題は、GGOの中で何が出来て何が出来ないか把握しきれていないってのが、

俺達とあいつとの一番大きな差なんだと思う」

「確かにな」

「その結果、ロザリアが拷問まがいの行為を受けたって事を知ってる奴が、

見張りの二人組と俺だけだったのに気付かないまま、俺は街でその噂を流しちまったんだよ」

「それは……まずいな」

「ああ、おそらく完全に俺達の工作だと疑われていると思うぜ」

「ここが引き時か」

「ああ、ここまで火種が広がれば、勝手に延焼していくだろうし、

後は俺達の姿があいつにバレないように、なりを潜めておくだけでいいだろ」

「調べないといけない事もあるしな」

 

 そしてこの時を境に、二人は活動方針を一部変更する事にした。

ノワールはGGOでどんな事が出来るのか、把握するにはどうすればいいか考え、

結果として、ある程度の職人系スキルを上げる事にしたようだ。

実際に作れなくとも、どのようなアイテムが存在するか知る事で、

確実にゲームに対する理解は広がると考えたからだ。

そしてステルベンは、キャラを育てつつ、第二回BoBの時に収集したデータを元に、

他のプレイヤーのリアル情報をまとめ、足を運べる範囲にいるプレイヤーが、

どんな家に何人で住んでいて、入り口の鍵をピッキング出来るかどうかの調査に入った。

そのせいでシャナ達は、第三回BoBの開催前後まで、

彼らの動向をまったく掴む事が出来なかった。

 

 

 

「シャナが囮に?」

 

 次の日、拠点に集まったシャナチームのフルメンバーは、

今後の方針について話し合いをしていた。そんな中、シャナがそう提案をした。

そんなシャナに、シズカが質問した。

 

「具体的にはどうするの?」

「俺が一人だとアピールしながら単独で外に出る。

そして追いかけてくる奴らを、チームで待ち伏せて殲滅する」

「シンプルだね」

 

 シズカがそう感想を述べたが、そこにニャンゴローが待ったをかけた。

 

「いや、シャナの事だ、他に何か目的があるに違いない」

「まあ一応考えている事はある」

 

 シャナはそれを肯定し、先生は更にこう尋ねた。

 

「で、どんな戦略目標を立てているのだ?」

「そういった殲滅を何度か繰り返すうちに、心が折れる奴もいるだろうが、

大抵の奴は頭に血を上らせて、何回かは挑んでくるはずだ。

そして何度目かで、このままじゃいけないと考える。

そうするとどうなるか、まあ俺の想像でしかないが、誰か分かるか?」

 

 そのシャナの言葉を受け、ピトフーイとイコマとエムが手を上げた。

 

「それじゃあ……ピト」

 

 シャナは、ピトフーイが何を言うか興味が沸いた為、試しに指名してみる事にした。

 

「えっと、ただ倒されるだけじゃ駄目だから、それを快感に変えようと……」

「よし分かった、お前に聞いた俺が馬鹿だった。それじゃあイコマ」

「装備を強化する事で対応します!」

「ああ、まあ実にお前らしい意見だな、だがこのゲームには、

そこまで出来るような職人は、お前以外にはまだいない」

「ですね」

 

 イコマはその言葉に苦笑し、大人しく引き下がった。

 

「それじゃあエム」

「はい、弱い生き物は群れを作るしかないと思います」

「正解だ」

「群れかぁ、確かにそうかもね」

「まあ多分、同じような考えの奴を集めて、こっちに対抗しようとするだろうな」

「で、それに対してうちはどうするの?」

「戦力を補充しつつ、普通に対抗する。ダインやたらこ、闇風やエヴァ達に助けてもらおう」

 

 シャナはあっさりと、助けてもらうと口にした。

 

「シャナは昔は何でも自分でやろうとしていたのにな、変われば変わるもんだな」

 

 ニャンゴローが、感慨深げにそう言った。

 

「先生にだけは言われたくないけどな」

 

 シャナは出会った頃の雪乃の事を思い出し、苦笑しながらそう言った。

 

「で、その後は?」

「煽る」

「えっ?」

「そこで煽るんだ……」

「別にただムカツクからとか、そういうんじゃないぞ、あくまで敵を一つにまとめる為だ」

「敵を……一つに?」

「そうなると……」

 

 他のメンバー達は、その事によってどうなるのか考え始めた。

 

「ああ、そこまでいったらおそらく敵は、大々的にキャンペーンを張るなりして、

可能な限り沢山の人数を集めようとするはずだ。そうなるようにこっちも煽るしな。

そしてそいつらが集まった所に、俺が直接乗り込む」

「ええっ!?」

「さっすがシャナ!私のご主人様!」

「そして俺はある提案をする、総力戦の提案だ。そしてその舞台はあそこだ」

 

 そう言ってシャナは、遠く南にうっすらと見える、巨大な廃墟のような物を指差した。

 

「あれは?」

「あれは運営が完全に趣味で作ったと思われる、旧首都の廃墟だ。

かなり広いが敵は一切沸かない、いわゆる観光スポットだな。

廃墟マニアの間では結構有名らしい」

「そんな場所があったんだ」

 

 そのシズカの言葉に、シノンがこう答えた。

 

「敵も出ない、何かを得られる訳でもない、そんな場所だから普通は誰も行かないのよね」

「なるほど、戦いの舞台としてはうってつけなんだね」

 

 シャナは頷き、更にこう言った。

 

「そんな訳で、最終的に俺達は、あそこで多くの敵を待ち受ける事となる。

ちなみにシンカーさんに頼んで中継もしてもらうつもりだ」

「えっ、そうなんだ」

「ああ、イベント形式でスポーツ感覚で参加させる事によって、

くだらない噂なんか忘れるくらい、盛り上げてやるさ」

「なるほど、その発想は無かったな」

「私達は誰の挑戦も受ける!って感じだね」

「それでもまあ、うだうだと色々言ってくる奴は必ずいるだろう。なので平行して、

昨日闇風から報告のあった、ロザリアを見張っていた奴を見つけ出し、動画を入手して、

そいつの顔を消した上で公開する事も検討する。まあ基本方針はそんな感じだ。

まあその結果、俺達は十倍以上の敵を相手にする事になるかもしれないけどな」

 

 その言葉を聞いた一同は、やる気に満ちた様子で頷いた。

誰も反対する者はおらず、こうして基本方針は決定された。

 

「で、今日はどこで敵を待ち伏せるの?」

「そうだな……『戦士の墓場』にしよう」

「何だそれは?」

 

 ニャンゴローが、きょとんとしながらそう言った。

 

「先生はもちろん知らないよな、知ってるのは俺と……」

「私は知ってるわよ」

「私も私も!」

「僕も知ってます」

「シノンとピトとエムか、まあそうだよな」

「どんな場所なの?」

 

 そしてピトフーイが、得意げに説明を始めた。

 

「あそこはね、昔戦争で死んだっていう、兵士のお墓が沢山並んでるだけの場所だよ」

「モブは沸かないの?」

「街からすぐ近くだから沸かないんだよね。ちなみに面白い事に、

あそこはある特定の条件を満たすと、プレイヤーのお墓が増えるみたいだよ」

 

 その意外な言葉に、シズカは興味を引かれたようだ。

 

「そうなんだ、どんな条件か分かってるの?」

「噂だと、ある程度長くプレイしてて、一定以上のレベルまでキャラを育てた後、

引退するとそのプレイヤーのお墓が出来るみたい」

「へぇ~、確かに面白いね。で、シャナ、何でそこに?」

「あそこはハンヴィーを停めておいてもまったく目立たないからだな。

五百メートルくらい離れててもらう予定だが、それくらい離れると、

もうハンヴィーなのか墓なのかの区別はつかないだろう」

「なるほどね」

 

 そしてシャナは、今日の布陣を発表した。

 

「実はハンヴィーのうち一台は、改造されて乗員が最大五人しか乗れなくなっている。

だから今回は、詰めれば八人まで何とか乗れるもう一台の方を使おう」

「二台あると、咄嗟の時にどっちの事を言ってるのか分からなくなるかもね」

 

 ベンケイが何となくそんな事を言い、シャナは少し考えた後、こう言った。

 

「よし、二台に名前を付けるか。ついでにこの拠点にもな」

「お、面白そう」

「それじゃあ先ずは拠点からな」

 

 そして一同は、うんうんと唸りながら名前を考え始めた。

 

「ヴァル……」

「却下だ」

 

 シャナはさすがにそれはと思い、そのシズカの言葉を途中で遮った。

 

「愛の巣!」

「おいピト、お前は後で、お仕……いや、何でもない」

「えっ?せっかく狙い通りにお仕置きしてもらえると思ったのに……」

「うるさい黙れ、おいエム、ピトを押さえとけ」

「はい」

 

 そしてニャンゴローが、冷静さを装いつつさらりと言った。

 

「ニャンコハウスだな」

「先生……やっぱり最近キャラが崩壊してますよね」

「う、うるさい!ここは私の夢の世界なのだ!」

 

 そしてイコマが、ぼそっとこう呟いた。

 

「鞍馬……」

「それだ!」

「ねぇ、鞍馬って?」

「源義経がシャナと名乗っていた頃に暮らしていたのが鞍馬なんで、何となく」

「おお」

「鞍馬の後に、拠点っぽい漢字を付ければいいんじゃないかな?」

「鞍馬……天狗?」

「それは拠点の名前としてはどうなの?」

「普通に鞍馬山でいい気もするけど」

「ああ、いいんじゃない?山に集合、とか短縮も出来るし」

 

 こうして拠点の名前は、鞍馬山に決定された。

 

「さて、次はハンヴィーの名前だが……」

「ねぇ、同じ感じで義経の愛馬とかの名前にすれば?」

「義経の愛馬……イコマ、知ってるか?」

「それなら太夫黒ですね」

 

 サラリと答えたイコマを、ピトフーイが賞賛した。

 

「さっすがイコマきゅん!」

「ふむ……ちょっと長いか」

「無理に難しい名前を付けなくてもいいんじゃないかしら、

黒の部分だけもらって、ブラックとホワイトとか」

「それならまあ言い易いのは間違いないな」

「それじゃあそうする?考えるのも結構大変だしね」

「よし、そうするか」

 

 そして重武装のハンヴィーがブラック、もう一台が、ホワイトと名付けられた。

 

「それじゃあ話を元に戻すか、今日の作戦だが、今回はさっき言った通りホワイトを使う」

 

 そして話は囮作戦に戻り、シャナはテキパキと指示を始めた。

 

「ロザリアとケイが街中で俺を尾行し、誰が後を追ってくるか調べておいてくれ。

ホワイトの運転は、練習を兼ねてイコマが頼む。助手席は先生でお願いします。

イコマはまだそこまで上手くハンヴィーを運転出来ないんで、色々教えてやって下さい」

「先生、宜しくお願いします」

「うむ、任せておくがよい」

「残りの四人は後部座席な、シノンにはヘカートIIで狙撃をしてもらうから、

上部ハッチから近い所に陣取ってくれ」

「了解」

「最初に俺が、歩いて戦士の墓へと向かう。

ロザリアは、追っ手が何人かを俺とシノンに連絡してくれ。

そして人数次第だが、シノンが頃合いを見てそいつらを狙撃、

同時にイコマはハンヴィーをこちらに向かわせてくれ。

俺は上手く敵を引き付けるから、到着し次第背後から急襲だ」

 

 こうしてこの日の作戦が始まり、シャナは堂々と顔を晒して街中を歩き、

そのまま街の外へと一人で歩いていった。

この日の戦いが、後にGGO源平合戦と呼ばれる一連の戦いの、最初の幕開けとなった。


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