「おい、シャナだぜ……」
「あの野郎、平気な顔で一人で歩いてやがる」
「一人だと?千載一遇のチャンスだ、人を集めろ!」
「わ、分かった」
シャナは街のざわつく様子から、敵が罠にかかった事を知った。
(さて、戦士の墓場まで散歩としゃれこむか。イコマにアレも用意してもらったしな)
そしてシャナは、敵の斥候がちゃんと着いてきている事を確認すると、
のんびりと街の郊外に向けて歩きだした。
(そういや、GGOから他のゲームにコンバートしてる間は、
戦士の墓場にそいつの墓碑が生成されたりしてるんだろうか)
シャナはそんなとりとめのない事を考えながら、後方へと意識を向けた。
(ふむ……どうやら敵も徐々に集まってきているみたいだな、ロザリアに確認するか)
シャナはそう考え、直ぐにロザリアに連絡をとった。
「どうだロザリア、そっちは今どうなってる?」
『慌しくプレイヤーがそっちの方に向かってるわ、
どうやら最初にシャナを見付けたのは、ペイルライダーの一派みたいね。
さっきご本人様が意気揚々とそっちに向けて出発したわ』
「ほほう?いきなりの大物だな」
シャナはそう言い、ペイルライダーの容姿を思い出そうとしたのだが、
どうしても思い出す事が出来なかった。
「ペイルライダーな、あいつ腕はいいっぽいんだが、
華が無いからまったく記憶に残らないんだよな……」
『もしかして顔を覚えてないの?』
「ああ、まあ見れば思い出すだろ」
ロザリアはその言葉を受け、敵のデータベース化を急ぐ必要があると考え、
シャナにこう言った。
『とりあえず、片っ端から撮影してリストに登録するわね』
「結構面倒だよな?すまないな、事務仕事を増やしちまって」
『大丈夫よ、今は先生がいるから』
シャナはそう言われ、ニャンゴローをGGOに呼んだ理由を思い出した。
「そういえば、先生はそういうのの為に参加してくれたんだったな……
すっかり色物枠なつもりでいたわ。どうだ、やっぱり先生がいると楽か?」
『ええ、とっても』
「そうか、それなら来てもらった甲斐があったな」
『そういった仕事は大分楽になったわ。例の総督府のデータの解析は難航してるんだけどね』
「ラフコフの奴ら、相当上手く潜伏してやがるんだな……あの先生の目をかいくぐるとは」
『そうね、正体不明の人物のうち、十人くらいがどうしても絞り込めないのよね。
あるいは新人で既に引退しているのか、ほとんど街に寄り付かないのか、
もしくは誰かのセカンドキャラが混じっているのか、とにかく分からないの』
「まあとりあえずそっちは置いておこう。
で、どうだ?まだこっちに向かおうとしているプレイヤーはいるのか?」
『今のところはいないわ、敵は合計十六人ね』
「了解だ、それじゃあ何か他の動きがあったら教えてくれ」
『分かったわ』
そして二人は通信を終え、シャナは大きく伸びをした。
「さてと、そろそろ動くか」
そしてシャナは、Uの字型をしている単眼鏡を取り出し、
後方から気付かれないようにそれを覗きこんだ。
「ペイルライダーペイルライダーっと……え~っと、確かあいつだな、多分間違いない」
シャナがそう決め付けたプレイヤーは、実はペイルライダーでは無かった。
シャナ的にはどうでもいいのか、この辺りはぞんざいである。
もっともどうせ全滅させるのだから、この場合は問題が無いだろう。
「この辺りなら、地形的にアップダウンが激しいから逃げるのにはもってこいか。
よし、ここらでとっておきを出すか、少しアナログだけどな。いでよ、我が愛馬よ!」
そしてシャナはストレージから何かを取り出し、それに跨った。
それは何と自転車だった。実にアナログであるが、移動が楽なのは確かだ。
そしてシャナは、とてもわざとらしく後ろを向くと、
たった今追っ手に気付いたようなそぶりを見せ、全力で戦士の墓場へ向けて走り出した。
「行くぞ、太夫黒!」
どうやらシャナは、自転車の名前を、先ほど聞いた義経の愛馬の名前にしたらしい。
当然太夫黒は返事などはしやしないのだが、わざわざ何度も声を掛ける辺り、
この男、案外ノリノリであった。
「なっ……自転車だと?」
「気付かれたぞ!」
「追え、追え!」
そんな声が聞こえ、後方から何発か銃弾が飛んできたが、シャナに命中する気配は無い。
地形が上下している為、追っ手達は中々シャナに照準を合わせる事は出来ないのだった。
「ペイルさん、どうします?」
「くそっ、とにかく逃がすな、全力疾走だ!」
「は、はい!」
追っ手の中には、AGI特化型のプレイヤーも当然おり、
そのプレイヤーはかなりの速度を誇っていたが、シャナもそのSTRを生かし、
全力で太夫黒を漕いでいた為、その距離はまったく縮まらなかった。
だがシャナの狙いはこれだけではなかった。
何とかシャナに付いてきていたのは、敵の十六人中、半数の八人、
残りの八人は、方向こそ先行する八人から連絡を受けていた為、付いて来れていたが、
前方集団からの距離は、大きく開いてしまっていた。
要するに、敵は二手に分断されてしまっていた。
そしてシャナは戦士の墓場を通過した頃、ホワイトで待機する仲間達に連絡をとった。
『こちらシャナ、ホワイト、聞こえるか?』
「こちらホワイト、感度良好」
「感度良好って、女の子が言うとちょっとエッチじゃない?」
『黙れピト、どうだ、そっちから俺が見えるか?』
「はい、今太夫黒が通過したのが見えました」
『後ろの敵も見えるか?』
「え~っと……あっ、今ひぃふぅみぃ……八人通過しました、追撃しますか?」
『いや、その後方から別に八人の集団が追ってくる。先ずはその集団を殲滅してくれ』
「了解です!」
そしてシャナは、シノンに声を掛けた。
『シノン、聞こえるか?』
「うん、感……き、聞こえるわ」
シノンはピトフーイが突っ込もうとする気配を感じ、感度良好と言うのをやめた。
『敵の中に、ペイルライダーがいるらしい。
もし後方集団にいたら、一番にあいつを狙撃してくれ、頼んだぞ』
「ペイルライダーがいるの?オーケー、任せて。
イコマ君、ホワイトを敵が来るルートから見て、正面に移動させてね」
「はい!」
イコマはもうかなり運転に慣れたのか、ホワイトをスムーズに移動させ、
一行は、墓石の並ぶ一角で、街道が正面に見える位置に陣取った。
街道がアルファベットの小文字のiの下の部分だとしたら、
ホワイトの位置は上の点の位置にあたる。ちなみに街道は、
Iの一番上の部分で左に曲がっている為、敵を正面に捕らえられる時間は案外短い。
シノンはホワイトの屋根から上半身を出し、狙撃体制をとった。
「イコマ君、私が狙撃したらホワイトで突撃よ。
敵の前に出たら、ホワイトのドアを盾にして全員で攻撃ね、
到着するまでにもう一人くらいは撃ちたいから、ピトは私の足が安定するように固定して」
「分かりました!」
「オッケー、私がシノノンの足を押さえてればいいのね」
そしてピトは、目の前にあるシノンの太ももをじっと見つめながら、シズカに話しかけた。
「……ねぇシズ」
「何?ピト」
「この太ももはちょっとけしからんと思わない?
太ももからおしりにかけてのラインがエッチというか何というか……」
「なっ……」
シノンはそのピトの言葉に、自分の顔が熱くなるのを感じたが、
前方から目を離す訳にもいかず、動く事は出来なかった。
そしてシズカは、ピトに言われるままにシノンの太ももを観察し、
シノンはシズカからの視線を太ももに感じ、どこかくすぐったいような感覚を覚えた。
「確かに男の子はこういうのが好きなんだろうとは思うけどね、
しかしこの太ももは……うん、けしからんね」
「やっぱりシャナもこんな感じの太ももとおしりが好きなのかな?」
「う~ん、多分好きなんじゃない?まあ男の子は誰だってそうかもだけどね」
『おいお前ら、人の性癖を勝手に捏造すんな』
「ひゃっ!」
「シ、シャナ、聞こえてたの?」
『当たり前だろ、おいピト、多分シノンが赤くなってるだろうから、
狙撃に集中してもらう為に黙って言われた通りにしてろ』
「あ、あ、赤くなんかなってないわよ!」
シノンは顔を真っ赤にしながらそうシャナに抗議した。
シノンは上半身を上に出していた為、下にいる者達からは、
その自分の顔の赤さを見る事が出来ないだろうと思い、シノンは安堵したのだが、
実はその言い方で、シノンが顔を真っ赤にしているのは下の者達にはバレバレだった。
「来ました、後続の八人です」
その時窓から顔を出して前方を監視していたエムがそう言った。
どうやらピトフーイの言葉に突っ込む気はまったく無いらしい、さすが大人である。
イコマは何かに耐えるように、黙って前方を見つめており、
ニャンゴローはその横で、黙って自分の足を見つめながら何事か考え込んでいたのだが、
その言葉を聞いた瞬間、全員気を引き締めたようだ。
シズカは銃を構え、ピトフーイはしっかりとシノンの足が動かないように固定した。
「ペイルライダーを発見、撃つわ」
さすがシノンは、先日ペイルライダーを第二回BoBで見ていた為、
その容姿をしっかりと覚えていたようだ。
そしてシノンは、ペイルライダーの頭をスコープの中心に据え、
あっさりとヘカートIIの引き金を引いた。次の瞬間ペイルライダーの頭は吹っ飛び、
こうしてペイルライダーは、あっさりと退場する事となった。
どんなに強い者でも状況によってはあっさりと倒される、
これがGGOというゲームの怖い所である。それはシャナでさえも例外では無いのだから。
「命中」
「行きます!」
そのシノンの言葉を受け、イコマがホワイトを発車させ、
ホワイトはエンジンを唸らせて全力で走り出した。
「命中」
再びシノンがそう言い、もう一人のプレイヤーが倒され、シノンはそこで車内に戻り、
サブ武器のグロックを取り出した。そして敵の前に飛び出したホワイトはそこで停車した。
「ペイルさんが撃たれた!」
「なっ……」
「敵の奇襲だ、応戦しろ!」
「もう撃ってる!でも……何だよあのハンヴィー、攻撃が通らないぞ!」
そして六人は外に飛び出すと、ハンヴィーのドアを盾に、敵に銃弾の嵐を降らせた。
敵も更に何発か反撃してきたのだが、その攻撃は全てハンヴィーの厚い装甲に阻まれ、
こちらに命中する事はまったく無かった。
そして六人が倒されるのと同時に、いきなりシャナから通信が入った。
『まだ遠いが前方に誰か見える。あれは……ゼクシードとその取り巻きだ!』
「えっ、本当に?」
「ユッコとハルカだっけ?」
『ああそうだ、間違いない。とりあえずこっちは何とかするから、
そっちは殲滅が終わったら直ぐにこっちに向かってくれ』
「こちらは殲滅完了、直ぐに向かいます!」
そしてその言葉を聞いた六人は直ぐに車内に戻り、イコマは慌ててホワイトを発車させた。
残りの敵は八人だが、シャナの言葉通りだと、前方にはゼクシード達三人がいるようだ。
果たしてゼクシード達がどう動くのかは、まだ誰にも分からなかった。