ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


第318話 二人の成長

 その日ゼクシードは、ユッコとハルカと一緒に無限地獄にいた。

キッカケはとある酒場で、ゼクシードの耳にこんな会話が聞こえてきたせいだった。

 

「なぁ、そういえばこの前、たまたま無限地獄の前を通りがかった時によ、

とんでもない数の敵が宇宙船の中に入ってくのを見たんだよ」

 

(ぷっ、何でこいつらそんな当たり前の事を今更話題にしてやがるんだ、

よく見る光景じゃないかよ、素人か?)

 

 ゼクシードはそう思いつつも、何となくその会話に耳を傾けた。

 

「それってあそこの怖さを知らなかった誰かが、

初めてその洗礼を受けたってだけなんじゃね?」

 

(そうそう、それしかないだろ、考えるまでもねえよ)

 

「いやそれがよ、俺もそう思って、誰かが逃げてきたらそのまま倒しちまおうかなって、

物陰に隠れて状況を観察してたんだよ、ほんの一時間くらいな」

 

(暇人もいたもんだな……まあ俺でもちょっとくらいは様子見するかもしれないが。

うん、本当にちょっと、ほんのちょっとな!)

 

「でもいつまでたっても誰も出てきやしねえ。で、さすがに普通じゃねえと思って、

古参の友達に、そんな状況を見た事があるか聞いたんだが、

気付いたら敵がノンアクティブ状態に戻ってやがってよ」

 

(何っ!?俺も何度かあそこに挑んだ事があるが、

何をしようとそんな状態にはならなかったはずだが……)

 

「で、その直後に宇宙船の中からシャナ軍団が出てきたんだよ。

ほくほくした顔をしてやがったから、相当稼いだんだと思うが、

あそこから生還出来るなんて、やっぱりあいつはとんでもないよな」

 

(シ、シャナだと!?あの野郎……あそこで稼いでやがったのか、

しかしあいつは、一体どうやってあそこから生還したんだ……?)

 

 ゼクシードは考え込んだが、その間にも会話は続いていた。

 

「まじかよ、あそこって敵が無限に沸くからこその無限地獄だろ?」

「そのはずなんだけどな、殲滅力が高いと生還出来たりするのかね?」

「確か昔、大手のスコードロンがキッチリ準備を整えて挑んだけど、駄目だったよな?」

「って事はシャナ軍団の強さは……」

「やっぱりたまたまBoBに出なかっただけで、最強はゼクシードじゃなくシャナ……」

「お、おい」

「あっ……」

 

 その時ゼクシードの存在に気付いた二人は、慌てて口をつぐんだ。

幸いゼクシードは自分の考えに集中しているようで、二人に絡んでくる事は無かった為、

二人はそのまま逃げるように酒場を後にした。

そしてゼクシードは、もっと詳しい話を二人に聞こうとその二人に声を掛けようとした。

 

「なぁ、その話、もうちょっと詳し……って、いねえ」

 

 こうしてゼクシードは無限地獄に興味を持ち、それからユッコとハルカを伴い、

何度か無限地獄に挑戦していたのだが、

まったく狩りにならず、毎回開始数分で逃げ出す事になっていた。

 

「くそっ、相変わらずここの敵はうぜえな……」

「何ですかこれ、どうすればいいんですか?」

「まったく糸口が掴めませんね……」

「シャナの野郎は、どうやってこんな場所で、普通に狩りを成立させてるんだ……」

 

 そんなゼクシードを見て、二人はひそひそと囁きあっていた。

 

「ゼクシードさん、悩んでるね……」

「ゼクシードさんの持ち味は、こういう時に悩まずに、

何故か根拠も無いのに自信たっぷりに行動して、結果何とかなっちゃう所なんだけどね……」

「シャナさんが絡まない時はね」

「うんうん、シャナさん絡みの案件だと、途端に結果が出なくなるのは何でなんだろうね」

 

 実際あのゼクシードが強気を失い、二人がシャナの影響を意識してしまう程、

ここ最近の戦闘内容はひどかった。というか、戦いが成立すらしていない。

いくら工夫しようが何をしようが、どうにもならないその無限地獄の過酷さは、

ゼクシードの前に、大きな壁となって立ちはだかっていた。

ちなみにユッコとハルカは、最近めきめきとその力を上げていたのだが、

それに連れ、シャナの凄さを実感出来るようになってきたのか、

いつの間にかシャナをさん付けで呼ぶようになっていた。

ゼクシードもその事に関しては気付いていたが、特に何も言う事は無かった。

こんな状況で、とぼとぼと街へと向かって歩いていた三人だったが、

そんな時、単眼鏡で周囲を警戒していたユッコが、こちらに向かってくる人影に気が付いた。

 

「あれ……ゼクシードさん、前から誰かが来ます!」

「何っ、本当か?」

「ほら、あれ……」

 

 そしてゼクシードも単眼鏡を取り出し、そちらの方を見た。

 

「あれは……自転車か?乗っているのは……まさかシャナか?」

「っていうか、この世界にも自転車ってあるんだ……」

 

 そう話している間にも、シャナはぐんぐんと近付いてきた。

その後方に、シャナを追う何人かのプレイヤーの姿が見え、

流れ弾も何発か飛んできた為、ゼクシードはそれを見て、ある事に思い当たった。

 

「シャナの野郎、追われてるみたいだな。そうか、この前の集会絡みの案件か」

「集会?何ですか?それ」

「ああ、実はこの前な、ほら、シャナの周りには女性プレイヤーが多いだろ?

例えばニャンゴローさんとかニャンゴローさんとかよ。

で、そのシャナが、ニャンゴローさんの弱みを握って無理に従わせてるから、

そういうのは許せない、あいつをぶちのめそうって奴らの集まりがあってな、

だから多分シャナは今、そいつらに追いかけられているんじゃないか?」

 

 その話を聞いたハルカは、目を点にした。

 

「何故あのニャンゴローって人前提で話してるのかはさておき、

何ですかそれ?意味が分からないんですけど」

「ハルカ、私も思う所はあるけど、とりあえずその話は後にしよう。

今はシャナさんに対応しないと」

「そうだね。ゼクシードさん、どうします?」

「もちろんシャナを攻撃だ」

「あ……やっぱりそうなるんだ」

 

 そしてユッコとハルカは、再びひそひそと囁き合った。

 

「ユッコ、どうする?」

「どうしても仕方ない時以外は、正直シャナさんに無駄に関わりたくない……」

「今までもろくな事が無かったもんね……」

「それに今の話を聞いた後だと、同じ女としてはちょっとね……」

「うん、何か言ってる事がおかしいよね……」

 

 二人は別にシャナの肩を持つ気はなかったのだが、この件に関してはどうやら別のようだ。

だが強硬に反対する事も出来ず、結果二人が選んだのは、

この戦いをボイコットする事だった。せっかくゼクシードのBoB優勝で、

資金的にもプラスに転じたというのに、ここで余計な火種を抱え込むのは嫌だったのだろう。

ついでに言うと、先ほど囁き合っていたように、この件に関しては、

二人は感情的にまったく納得出来なかった。

 

「そもそも何で弱みを握って従わせてるのが当然みたいになってるの?」

「モテない男共のひがみにしか聞こえないんだけど」

「どう見てもあの子達は、シャナさんの事が大好きなようにしか見えないでしょうに」

「ね、一目瞭然だよね……」

 

 ユッコとハルカは同じ女として、その事をきちんと理解していた。

そして二人はゼクシードにこう言った。

 

「ゼクシードさん、うちら、残弾数がこころもとないんで、攻撃はちょっと」

「あっちに隠れてるので、私達はいざという時の支援にまわりますね」

「え、そ、そうか?わ、分かった……」

 

 ゼクシードは、二人が微妙に不機嫌なのに気が付き、

そう曖昧に答える事しか出来なかった。ユッコとハルカはそのまま近くの茂みに隠れ、

そして直後にシャナがその姿を現し、ゼクシードはそちらに向けて銃を構えた。

 

「シャナ、覚悟!」

 

 シャナはそれに対してこう言った。

 

「おいゼクシード、もうすぐここにニャンゴローが来るぞ」

「えっ?ニャンゴローさんが?」

 

 そのセリフで一瞬銃を撃つのを躊躇したゼクシードの横を、シャナがそのまますり抜けた。

その瞬間に、ゼクシードの体に複数の銃弾が突き刺さった。

どうやらシャナを狙った銃弾が、いくつかゼクシードに命中したらしい。

 

「なっ……」

「あっ!」

「ゼクシードさん!」

 

 ユッコとハルカは慌てて立ち上がり、ゼクシードに駆け寄ろうとしたが、

その目の前で、あっさりとゼクシードは消滅した。

そして二人の姿に気付いたシャナは、自転車をUターンさせ、

そのまま自転車から飛び降りると、二人を両脇に抱え、その場に押し倒した。

 

「きゃっ!」

「な、何を……」

 

 その瞬間に、三人の頭上を複数の銃弾が通過し、二人はシャナの意図に気付いた。

だがシャナはそんな二人を放置し、そのまま銃を取り出すと、後方の敵に向け発砲した。

 

「な、何で助けてくれたの?」

「そうだよ、私達はシャナさんの敵なのに……」

「いいからお前らも、銃を持ってるならさっさと撃て」

「あっ、はい!」

「援護します!」

 

 そして二人は射撃を開始し、シャナはその隙に、前方に太夫黒を放り投げた。

これで多少なりとも敵の銃弾が防げそうだ。

 

(乱暴に扱っちまってすまない、太夫黒)

 

 シャナは内心で太夫黒に侘びながら、自らも射撃を再開した。

敵も思わぬ反撃に足を止め、こうして成り行きで、呉越同舟の銃撃戦が開始された。

 

「さっきの返事だがな、お前らは俺に攻撃する気がまったく無かっただろ?

意図的にそうしたのかどうかは分からなかったが、遠くから見えてたぞ。

だから今すぐその借りを返そうとしただけだ。まあ咄嗟に体が動いたってのもあるけどな」

 

 二人はその言葉に返事をする余裕もなく、ただ黙ってその言葉を聞いていた。

そしてほどなくして、ホワイトが背後から敵を急襲し、敵はあっさりと全滅した。

 

「シャナ、ゼクシードはどうしたのだ?」

「何か流れ弾に当たって死んじまった」

「なるほど。で、その二人は?」

「ああ、何か成り行きで助けちまった。まあこの二人は、

最初俺を見逃そうとしてくれたみたいだから、借りを返したって事になるんだろうな」

「シャナらしいね」

「で、お前らこれからどうする?ちょっと狭いが一緒にこれに乗ってくか?」

 

 シャナにそう尋ねられたユッコとハルカは、それを固辞した。

 

「いえ、さすがにそこまでしてもらうのは、

そちらにもゼクシードさんにも何か悪いんで、このまま街まで歩きます」

「これで貸し借りは無しですからね!」

「そうか、それじゃあまた敵同士だな、二人とも、いずれ戦場でな」

 

 そしてシャナ達は去っていき、残された二人は、街へと向かって歩き出した。

 

「ねぇ」

「うん」

「凄く複雑な気分じゃない?」

「うん……」

「思えばあいつみたいな人を倒したいって思って始めたGGOだけどさ、

ここだとそのポジションにいるのはシャナさんじゃない。絶対に勝てないよね」

「厳しいよね」

「まあもうその事はどうでもいいんだけどさ、今はそれなりに楽しいし」

「投資した分は回収出来たしね」

 

 そして二人は、ここでやっと笑顔を見せた。

 

「ねぇ、さっきの判断さ、間違ってないよね?」

「うん、ゼクシードさんには悪いと思うけど、でもやっぱり納得いかないもんね。

さっき見たシャナさん達は、とても仲が良さそうに見えたもん」

「同窓会の時みたいな失敗は、もう二度としたくないしね」

「だよね、私達も少しは成長出来たのかな?今ならあいつに謝ってもいい気もする。

まあまだ、気もするってだけだけどね!」

「今ならちょっとは分かるよね、あいつってシャナさんにちょっと似てるし」

「ほんのちょっとね」

 

 どうやら二人も、GGOの厳しさにもまれて多少成長する事が出来ているようだ。

二人はシャナの姿に、八幡の姿を重ねる事が出来るようになっていた。

 

「SAOでのあいつも、シャナさんみたいな感じだったのかな」

「多分ね、今ならちょっとだけ分かるよね」

「ほんのちょっとね」

「まああれなら、モテるようになるのも仕方ないか」

「そりゃまあ、ゼクシードさんと比べると……ねぇ?」

「ゼクシードさんを恋愛対象には見れないよね」

「それは間違いない!」

「でも私達のリーダーなんだから、多少は……ねぇ?」

「シャナさんほどじゃなくていいから、もう少しカリスマ性が欲しい気はする」

「まあそれを言っても仕方ないよね、だってゼクシードさんだし」

「まあしっかりと利益を確保出来てるんだし、そこらへんは目を瞑ろう」

「だね」

 

 同窓会の時に痛い目にあっていたせいか、二人はこの時は間違えなかった。

この時から二人は、この戦争に関してだけは、

ゼクシードの指示に従いつつも、控えめにゼクシードに意見するようになり、

その事が戦争終盤のゼクシードの動きに影響を及ぼす事になった。




どうやら二人も成長したようです、ほんのちょっとだけ。

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