「見えたぞ、あれが『この木なんの木』だ」
「あれが……」
「うわ、すごく大きい!」
「本当に周りには何も無いのね」
「運転の練習にはもってこいだろ?」
ブラックを走らせる事十数分、ついに『この木なんの木』が、その姿を現した。
「ここからどれくらいかかるの?」
「そうだな、あと五分くらいだと思うが」
「五分もかかるんだ……時速百キロ近く出てたよね?」
「大体そのくらいだったな」
ここは大平原であり、遮蔽物は何も無い為、
ピトフーイの運転でもそれくらいの速度が出ていたようだ。
それで約二十分のドライブである。戦闘地点からは実に三十キロ、
街から換算すると四十キロは離れている場所にその木はあった。
「よし、とりあえずこの木の下で少し休憩しようぜ」
「賛成!」
「特にピトは、神経を使って疲れただろ?ほら、これを使え」
そう言ってシャナは、ストレージから厚手のマットのようなものを取り出し、
ピトフーイに差し出した。
「ありがとうシャナ、正直戦闘よりも、こっちの方が疲れたかも!」
「まあそうだよな、とりあえずゆっくりと横にでもなっておけ」
シャナはそう言って、その場にごろりと横になった。
「あれ、これ一枚しかないの?何か他の人に悪い……」
「順番に運転の練習をした奴が休憩に使えばいいだろ」
「そうそう、気にしないでピト」
「ですです」
「うん、それじゃあ遠慮なく、さあシャナ、さっさと私の隣に寝て!
子供の教育に悪い事をしよう!」
「あとは交代で水分補給もした方がいいと思うから、適当に行ってくるといい」
シャナはそのピトフーイの言葉を完全に無視してそう言った。
「ちょっ……」
「いいからさっさと横になって休め」
「はぁい」
そして一行は交代でログアウトし、十分にコンディションを整えた。
「さて、次の順番だが……」
「ねぇシャナ、シノノンに先に教えてあげて」
そのシズカの提案に、シャナは首を傾げながら言った。
「ん、何か理由があるのか?」
「えっとね、実は私とケイは、以前都築さんに教えてもらって、
オートマ車の運転なら問題なくこなせるの。
マニュアル車も理屈だけはちゃんと理解してるから、
慣れるまでにそこまで時間はかからないと思うんだ」
その言葉にシャナは、目を見開きながら言った。
「二人とも師匠に教わってたのか、いつの間に……」
「GGOを始める前に、色々と教えてもらったんだよね。
運転の他に、屋内への突入の仕方とか、防御陣地の構築とか、ハンドサインの使い方とか、
フリークライミングのやり方とかをね」
「まじかよ、俺が教えてもらったのと同じコースか」
その会話を聞いていたシノンとピトフーイは、興味深そうにシャナに尋ねた。
「ねぇ、その都築って人がシャナの師匠なの?」
「そんな事を知ってるなんて普通じゃないよね、一体どんな人なの?」
「師匠は元傭兵で、魔王の実家の執事さんだ」
その瞬間に、ピトフーイが興奮したようにシャナに言った。
「うおおおお、セバスチャン、セバスチャンだよね!?」
「お前の気持ちは俺も良く分かるが、都築さんの名前はセバスチャンじゃねえよ」
ちなみにシノンは、先日雪ノ下家を訪れた時には都築は不在だった為、面識は無い。
「そっかぁ、私も基本は学んでおきたいから、その人に色々と教えて欲しいなぁ」
「そうか、これから激しい戦いが続くだろうし、
師匠に頼んでここに来てもらって、皆で色々教えてもらうのもいいな」
「えっ、本当に?」
「まあ期待はするなよ、色々と忙しい人だからな」
そしてシャナはシノンと共にブラックに乗り込み、一からシノンに運転技術を教え始めた。
その間残りの三人は、一応周囲に気を配りつつ、木の周りを散歩する事にした。
「うわぁ、これ、一周するのに結構かかるね」
「本家を何倍か太くした感じかな?」
「こういうのはゲームならではですね!」
三人はそんな会話を交わしつつ、のんびりと木の周りをまわっていた。
シズカはコン、コンと木を軽く叩きながら歩いていたのだが、
ある地点に差しかかった時、急にその足を止めた。
「んん~?」
「どうしたの?シズ」
「何か……気になるんだよね」
「そりゃぁ、気になる気になる木だからね!」
「ピト、何で二回言ったの……ってそういう事じゃなくて、ほらここ、二人も叩いてみて」
そのシズカの言葉通り、二人は言われた通りにその場所をコンコンと叩いた。
「あれっ……本当に何か気になる」
「本当だ、気になる気になる!」
「ね?微妙に音が違うでしょ?」
「シノノンの練習が終わったら、シャナに報告してみよっか」
「うん!」
「ですね」
そして三人は元の場所に戻り、ピトフーイが使っていたマットに三人で腰を下ろし、
シノンの練習風景を眺めようとしたのだが……
「あれ、いない?」
「あっ、ほらあそこ!」
「あんな遠くに……」
「あれ、でも何か急激に大きく……」
そう言ってる間にも、ブラックの姿はどんどん近付いてくる。
「お、おい!」
「あはははははは、あははははははははは!」
そしてブラックは木の横をすり抜け、すさまじい速度で再び走り去っていった。
「うわ、何今の……」
「今シャナが、助手席で凄く焦ってなかった?」
「シノノンって、もしかしてスピード狂?」
「今、シノノンの高笑いが聞こえたような……」
実はそうとも言えない理由がある。ある程度現実世界での運転を経験している三人と違い、
シノンは車の運転はこれが始めてである。なので、そもそものスピードの感覚が違う。
更にここは何もない平原である為、例え時速百キロで走行していても、
まったく怖くない上に、それがどのくらいの速さなのかが体感しづらいのだ。
なのでシノンは、高笑いしながら自由気侭にブラックを走らせ、
シャナは何とかセーブさせようと、四苦八苦している所なのであった。
そして三人の見守る中、突然ブラックのスピードが落ち、普通の状態に戻った。
そして戻ってきたブラックから、シノンが頭を抱えながら下りてきた。
「もう、痛いじゃないのよ、シャナ」
「お前がちょっと慣れたからって調子に乗るからだ」
「ちゃんと責任取りなさいよね」
「俺には何の責任も無え」
「私の頭を叩いたじゃない!」
「それは全てお前が悪い、俺の責任じゃない」
どうやらシノンは、シャナに物理的に説教をくらったようで、
頭を抑えながら頬を膨らませていた。
「次は障害物の多い所で練習するからな、今度はちゃんと加減しろよ」
「はぁい」
そしてシノンは三人の所に駆け寄り、とても嬉しそうな顔で言った。
「凄く楽しかった!」
「あ、あは……」
「う、うん、まあ楽しかったなら良かったね」
「とんでもないスピード狂がこんな身近に……」
そしてシズカとベンケイの番になったが、二人は基本が出来ていた為、
それはあっさりと終わった。そして三人は休憩中に、先ほどの出来事をシャナに伝えた。
「そんなに気になるのか?」
「うん、何ていうか、音が違うんだよね」
「気になる気になる!名前も知らない木ですから!」
「ピト、うるさい。それじゃあ行ってみるか」
そして五人は、先ほど三人が木を叩いていた場所へと向かった。
「ここか?」
「うん、ちょっと叩いてみて」
「……確かに音が違うな、中に空洞でもあるのか?ちょっと周囲に何かないか調べてみるか」
五人は周囲に何かスイッチなり何なりが無いか調べたが、特にそんな物は無かった。
「何も無いね」
「あっ、シャナ見て、あそこ!」
その時突然シノンが、上を指差しながらそう言った。
「ん、どうしたシノン」
「ほらあそこ、何か穴が開いてない?」
「……下からは見にくいが、確かに開いてるな」
「あそこから中に入れたりしないかな?」
「中にか……」
その言葉を受け、シャナは少し考えた後にこう言った。
「ちょっとここで待っててくれ」
そしてシャナはブラックをこちらに回し、ワイヤーランチャーの準備をした。
「これであの穴の上にワイヤーを撃ち込んでみる」
「あっ、そうすればあそこまで上れるかもね」
「それじゃあレッツゴー!」
そして上手くワイヤーを撃ち込む事に成功したシャナは、
とりあえず四人を下に残し、一人で上に上がっていった。
するするとロープを上るシャナを見て、ピトフーイが感嘆したように言った。
「うわぁ、器用に上るもんだねぇ」
「うん、凄く猿っぽいわね」
そのピトフーイの言葉に、シノンがそう同意した。
「シノノン、さりげなくさっきの仕返し?」
「べ、別にそうですが何か?」
「シノノンかわいい!」
「ピ、ピト、苦しい……」
ピトフーイの強い力のハグのせいでシノンは悶絶し、ピトフーイは慌ててシノンを離した。
そして四人が見守る中、シャナはその穴の淵へと到達した。
『どうやらこの穴は奥に続いているようだ、ちょっと待っててくれよな。
一応背後から敵が来ないか、周囲の警戒を頼む』
「「「「了解」」」」
そしてシャナは、穴の中へと入っていった。
「こいつは……」
その穴を進むと、突然シャナの目の前に広い空間が現れた。
「まさかこの木の中に、こんな広い空間があるとはな」
そして少し進むと、木の内周に沿って設置された螺旋階段が現れた。
シャナはとりあえずその階段を下り、地面に到達した。
そこには何かコンソールのような物があり、シャナが近付くと、
そのコンソールは突然光りだし、そこにNPCの少女の姿が出現した。
「ぬっ……」
『初めましてゲストの方、ここに来るプレイヤーはあなたが初めてです。
あなたをこの世界樹要塞のマスターとして登録しても宜しいですか?』
「マスター?よく分からないがそれでいい。俺はシャナだ、あんたは?」
『プレイヤー、シャナ、を、マスターとして登録しました。
私はこの世界樹要塞の管理者、WT-01です』
「WTってワールドツリーの略なのかな、あんたに名前は無いのか?」
『私には、WT-01以外の名前は登録されていません』
「そうか……WT-01じゃ少し呼びにくいんだけどな」
『WT-01という名前はマスターの意思で変更する事が可能です。変更しますか?』
「そんな事が可能なのか、それじゃあ……」
そしてシャナは、その少女の外見をじっと眺めた。
少女はひらひらとした花のような衣装を纏っており、シャナはそれを見ながらこう言った。
「月並みだが、その外見から、お前の名前は『フローリア』と名付ける。それでいいか?」
『フローリア、はい、これから私の名前はフローリアですね、それでお願いします』
フローリアは、感情がほとんど無いように見えたが、その時はほんの少し嬉しそうだった。
「そうか、これから宜しくな、フローリア」
『はい、マスター』
そして次にシャナは、フローリアにこう言った。
「俺の仲間が外にいるんだが、中に入れる事は可能か?」
『はい、ゲートを開きますか?』
「おう、頼む」
『分かりました』
そしてシャナの目の前で大きくゲートが開いていき、
シャナは外に出ると、きょろきょろと辺りを、そして上を見回した。
「なるほど、ここが気になった理由はこれか」
その場所には、まだ上からワイヤーが吊り下がっており、
シャナはその場所に仲間達を集合させる事にした。
「俺だ、皆、さっき俺が上った場所に集まってくれ」
そしてその言葉を受けて集結した仲間達は、そこに大きく口を開けている穴を見て驚いた。
「何これ……」
「おお、どうやらここは、世界樹要塞っていう施設らしくてな、
俺がマスターに登録されたみたいなんだよな。
もっともそれにどんな意味があるのかは、まだ俺もよく分かってないんだけどな」
「そうだったんだ……」
「とりあえず中に入ってくれ、紹介したい奴がいる」
そしてシャナは、フローリアを皆に紹介した。
「この施設の管理NPCのフローリアだ」
『初めまして、宜しくお願いします』
「宜しくね!」
「うわぁ、かわいい!」
「凄い……こんな施設があったんだ」
「GGO、侮れませんね!」
そしてフローリアはシャナにこう切り出した。
『こちらの皆さんを、この施設のサブマスターとして登録しますか?』
その言葉に、シャナは少し考えた後にこう言った。
「サブマスターってのは何人まで登録出来るんだ?」
『十人までです、マスター』
「そうか、なら全員の登録を頼む」
『分かりました』
そしてシャナはフローリアにこう尋ねた。
「ところでこのフロアはかなりの広さがあるが、駐車場として活用する事は可能か?」
『はい、元々駐車場として設計されているので問題ありません』
「そうか、それじゃあとりあえずブラックをここに持ってくるか」
そしてシャナは仲間達の顔を見回した後、シノンで目を止め、
ブラックのキーをシノンに渡した。
「よしシノン、さっきの汚名返上だ、上手くここにブラックを駐車してみろ。
ここだぞここ、この長方形の部分にな」
「ふふん、任せなさい」
そしてシノンはブラックを中に入れ、上手に駐車させようと奮闘し出したが、
どうしても上手くいかなかった。
「ほれほれ、ぶつけてもいいから自力で頑張ってみろ」
「くっ、屈辱だわ、まさか私にこんな弱点があるなんて……」
「お前のその根拠の無い自信は一度叩いておかないといけないからな。あと俺は猿じゃねえ」
「くっ、しっかり聞かれてた……何よ、絶対に責任をとらせてやるんだからね!」
「ああはいはい、さっさとブラックを停めてくれ」
「そのピトを相手にする時みたいなぞんざいな扱い……くっ、殺せ!」
「何言ってるんだお前、意味が分かんねーぞ……」
そして試行錯誤の上に、シノンは駐車の感覚にやっと慣れたのか、
なんとかブラックを上手く駐車させる事に成功した。
そしてシノンはシャナの正面で胸を張り、ドヤ顔でシャナに言った。
「ふふん、どうよ」
「お前な、何分かかったと思ってるんだよ」
「う、うるさいわね!」
シノンは拗ねたようにシャナの胸をポカポカと叩いた。
それを気にせずシャナは、フローリアに入り口の扉を閉じるように頼んだ。
「フローリア、この扉をとりあえず閉じておいておくれ。
いつ敵が来るかわからないからな」
『分かりました』
「これで安心だな」
そんなシャナの様子を見ながら、シノンは悔しそうに言った。
「ちょっと、少しは痛がったりしなさいよね!」
「そもそも別に痛くはないからな、多少の衝撃は感じるが」
「くっ……殺せ!」
「いやだから意味が分かんねーよ」
こうして世界樹要塞はシャナの支配下に入り、戦争時に一定の役割を果たす事となった。
そして戦後は広く一般へと開放され、遠征の際の拠点として活用される事となる。
はい、久々の作者の暴走が始まりました!
ちなみに最近予告が出来ないのは、ストックが無いからです!
今小学校のアスベスト除去の仕事を手伝ってまして、寝落ちしまくっちゃうんですよね。
今日は休みなので、多少ストックが出来ればいいんですが!
あ、体は大丈夫なのでご心配なく!