「先ずは軽く一当てしてみるか」
「うん」
シャナとシズカはそう囁き合うと、獅子の両前足を目標に攻撃しようとした。
その瞬間に獅子は後ろ足だけで立ち上がり、銃を斜め上に乱射しつつ吼えた。
「うおっと、高いな」
「こうなると届かないね」
「シノン、大丈夫か?」
バックステップで下がった後、シャナは銃弾がシノンのいた方に飛んで行ったのを見て、
心配そうにシノンにそう声を掛けた。
「こっちは大丈夫、どうやら上の壁を貫通する程の威力は無いみたい」
「そうか、それなら良かった。まあそこまで威力があったら、
もう遠距離からの射撃でこの要塞も陥落寸前になってるだろうしな」
シャナはそう言うと、再び獅子に目を向けた。
その瞬間に獅子はシャナに銃口を向け、そのまま即発砲した。
シャナは低い体勢でそれを避け、そのまま前に進もうとしたのだが、
その意図は、眼前に叩きつけられた獅子の前足によって阻まれた。
「肩の銃は固定式だから、避けるのは簡単なんだがな」
「うん、前足での攻撃がちょっとうざいよね」
「少しでも離れると銃口をこちらに向けてくるな、リスクを覚悟で接近戦を挑むしかないか」
「あの足で踏まれたらただではすまなそうだけど」
「まあ避けながら斬れば問題ないな」
「そうだね」
二人はサラッとそう言ったが、普通の者がそれをやろうとすると、
獅子の前足にあっさりと踏み潰されて即死してしまうだろう。
そして二人は左右から敵に突撃し、交互に敵の両前足を攻撃した。
右前足で攻撃している時は左前足が無防備に、左前足で攻撃している時は右前足が無防備に、
相手が二足歩行動物でない以上、それは必然であった。
だが二人とも回避ぎみに攻撃している為、足の切断まではいかない所が歯がゆい部分だった。
そして弾薬の補給を終えた仲間達が、屋上に姿を現した。
「Oh……」
「あの二人、何であんな事が出来るんだ?」
「戦場でのナイフ術とはやはり根本的に違いますね……」
「まああの二人は最強コンビだものね」
「二年以上毎日肩を並べて戦ってきたんだしね」
「シャナ、シズ、上からの攻撃を開始するぞ!」
「おう、先生」
「了解!」
そして仲間による上からの一斉射撃が始まった為、
二人は一時後退し、そこでやっと一息つく事が出来た。
「肩の銃は避けるのは簡単だと思ってたけど、どうしても意識しちゃうよね」
「そうだな、あれってバレットラインが出ないみたいだから、
どうしても軌道が分かりにくくて常に視界の一部に収めておかないといけないからな」
「射撃に任せてもいいんだけど、そうすると要塞に攻撃が集中しそうだしね、ほらあれ」
そう言ってシズカは、今また敵の銃撃が要塞の扉に命中したのを見てそちらを指差した。
「あれが続くとちょっとまずいよね」
「屋内に誘い込む手もあるんだろうが、一応ボスらしいし、何が起こるか分からないからな」
「あっ、あれ!」
突然シズカが獅子の方を指差した。獅子のたてがみが黄金に輝いており、
その瞬間に味方の銃弾による攻撃が全て弾き飛ばされた。
「おいおい……」
「このゲームで銃が通用しない防御とか反則だね」
「しかし常時あの状態になれる訳じゃないと思うが……」
「シャナ、尻尾だ!」
突然上からニャンゴローの声が聞こえ、シャナとシズカは慌ててそちらを見た。
そこでは獅子の尻尾が避雷針のように光っており、
何かエネルギーのような物を集めているようにも見えた。
「そういう事か……」
「どうする?」
「とりあえずあの肩の銃を切断しよう、次は尻尾だな、それであいつも詰みだろう」
「いよいよあの二人の出番だね」
そしてシャナはピトフーイとベンケイにその事を伝え、二人は即座に懸垂降下にはいった。
「よし、あの二人を撃たせる訳にはいかないからな、俺達も再突撃だ」
「銃が撃たれる前に二人が何とかしてくれると信じてとことんだね」
「避けにくくなるからやめておいたが、剣も長くするか」
「そうだね、それじゃあ行こう!」
二人は今度は引かずにとことん足を斬る事に集中し出した。
味方からの攻撃が不可能なのを逆に生かして、
シノンからのフレンドリーファイアを避ける為にしていなかった側面攻撃も駆使し、
徐々に獅子の両前足を削っていく。そしてついにその時が訪れた。
「シャナ!」
「お義姉ちゃん!」
その声が聞こえた瞬間、シャナとシズカは大きく横に跳んだ。
そして次の瞬間、要塞の二階くらいの高さまで達していた二人が、
ロープのしなりを利用しつつ、大きく壁を蹴って、獅子の肩口に飛びかかった。
「うおおおおおお!」
「行っけえええええ!」
事前に最大の長さまで刀身を長くしておいた二人は、跳躍しながら刀身を出し、
見事に獅子の肩口の銃を斬りおとすと、着地した瞬間に刀身を仕舞い、
衝撃を逃がすようにごろごろと転がった。
肩の銃を失った獅子は、苦悶するように上を向き、大きな咆哮を上げた。
その隙を見逃さず、直後にシャナとシズカが敵に大きく踏み込み、
その両前足を完全に切断し、獅子は悲鳴のような声を上げながら、頭から地面に倒れ込んだ。
「シノン、今だ!」
「こうなったらもう外さないわよ」
それまで何度となく尻尾を狙って外していたシノンが、
今度こそ確実に尻尾を照準に捕らえ、ヘカートIIのトリガーを引いた。
そして次の瞬間に尻尾は弾け飛び、獅子のたてがみはその光を失った。
「よし、頭に一斉射撃!」
そして上の仲間達は動かなくなった敵の頭に攻撃を集中し、撃って撃って撃ちまくった。
獅子は最後の抵抗とばかりに後ろ足を前後させ、何とか前へと進もうとしたが、
ズルズルと前に進む事しか出来ず、まったく攻撃を回避する事は出来なかった。
獅子はそのまま抵抗する事も出来ず、光の粒子となり、消滅した。
「よっしゃあああああああ!」
「やったね!」
「勝った、勝ったぞおおお!」
「やっと終わったぁ!」
仲間達は勝どきを上げ、嬉しそうに地上へと駆け下りてきた。そしてシャナとシズカは、
大の字になって寝転がったままのピトフーイとベンケイの下へと向かった。
「おい、大丈夫かピト」
「うん、思ったより衝撃が凄くてもう足がガクガク……」
「ケイ、大丈夫?」
「お義姉ちゃん、ケイは頑張ったよ……」
「えらいえらい」
そして二人を抱き上げたシャナとシズカは、そのまま仲間達の下へと向かった。
『皆様お疲れ様でした、ここにイベントの終了を宣言致します。
今回は我々の勝利に終わりました』
そのフローリアの言葉で再び勝利を実感したのか、一同はわっと大きな声を上げた。
「いや~しかし、まさかあんなボスが出てくるとはな」
「フローリア、あのボスって本当にレアなのか?」
『はい、過去に出現の事例は全てのサーバーで未だ皆無です』
「どれだけ引きが強いんだ……」
「え~?そんなの普通じゃない?私、宝クジの一等とか当てた事があるし」
そのピトフーイの言葉を聞いた一同は、ギョッとしたようにピトフーイを見つめた。
「私昔から、こんなの引けるかっていう位確率の低い方をバンバン引き当てるから、
多分そういう体質なんだよねぇ。あれ、シャナ?何で私をそんな目で睨んでるの?
やめてよもう、性的な意味で興奮しちゃうじゃない」
その瞬間にシャナはピトフーイを離し、ピトフーイはそのまま地面に叩きつけられた。
「ふぎゃっ、いきなりのご褒美来たああああああああ!」
「全部お前のせいかよ……」
そしてシャナは、ピトフーイの上半身だけを立たせ、左右からこめかみをグリグリした。
「ああっ、ここだと痛くないのが悔やまれる!圧迫されてる感触しかない!」
「はぁ、本当にお前は……」
そしてシャナは面倒臭そうにピトフーイを立たせ、
ピトフーイはてへっと笑い、それに釣られて一同も笑い出した。
こうしてボス戦を含む拠点防衛戦は終了した。
『マスター、ボスから戦利品がドロップしております』
「おっ、何だ?いい物か?」
『デグチャレフPTRD1941、対戦車ライフルですね』
「まじかよ……試しに実体化してみてくれ」
『はい、分かりました』
そして一同の前に、デグチャレフがその姿を現した。
「対物じゃなく対戦車ライフルか……」
「うわ、ごつい……」
「重っ……」
「これは運用出来る奴が限られそうだな……」
そう言いながらシャナは、仲間達の顔をぐるりと見回した。
「俺はパス!」
「俺もだな、これは無理だ」
「私も論外」
「いやいや、そもそも持てませんって」
「この中で狙撃が出来そうなのは……ピトとトーマとエムあたりか?」
「いやいや、私もこれはさすがに無理!他の銃が持てなくなっちゃう!」
「僕もさすがに盾とこれの併用は……」
「となると……」
そして全員の視線がトーマに集中した。
「いや無理ですから!本当に!」
「ふむ……」
そしてシャナは、エヴァに言った。
「なぁエヴァ、お前達はチームなんだから、STRの一番高い奴がこれを運搬して、
トーマが狙撃をしてみてもいいんじゃないか?」
「それはそうかもですが、そうなると……おいソフィー、試しに持ってみろ」
「ええっ!?」
そしてソフィーはデグチャレフに近寄り、それを持ち上げようと試みたのだが、
さすがに少し持ち上げるのがやっとだったようだ。
「お、重い……」
「まあ持ち上げる事は出来たんだ、今後精進してもらうとして、
そろそろ持てそうだと思ったら受け取りに来い。
それまでは鞍馬山のロッカーにしまっておいてやるよ」
「あ、ありがとうございますシャナさん!」
こうしてデグチャレフの行き先も半ば押し付けるように決まり、
多くのギルと素材を得た一同は、意気揚々と街へと帰還する事となった。
「あ~、面白かった!」
「どうしようリーダー、私達いきなりお金持ち?ちょっと換金してもいい?」
「そうだな、今夜はパーっといくか!」
「でも大会も近いし、食べ過ぎるとやばいよね……」
「その分動けばいいじゃん!」
「そうそう、たまにはいいっしょ!」
エヴァ達六人が楽しそうにそう会話するのを聞いていたニャンゴローが、六人に尋ねた。
「大会とは何の大会だ?」
「新体操ですね、先生!」
「ほほう……機会があったら見にいくか」
「はい、是非!」
そしてブラックの車内では、シノンがイコマに質問していた。
「ねぇイコマ君、ヘカートIIをセミオートにする事って出来るのかな?」
「さすがにそれは無理ですね、すみません……」
「やっぱりそうなんだ……」
「現時点ではヘカートIIは、ほぼ最大限強化されてますからね」
「そっか、後は私の腕次第って事だね」
「はい」
最後にホワイトの車内では、闇風がピトフーイに質問していた。
「なぁピトフーイ、お前宝クジの一等を当てたってまじ?」
「うん、本当だよ、ヤミヤミ」
「凄ぇな……何に使ったんだ?」
「えっと、気が付いたら無くなってた!」
「さすがというか……それからは買ってないのか?」
「うん、そういうあぶく銭に頼っちゃいけないと思うし」
「お前凄ぇな……ゲーム内じゃめちゃくちゃだが、リアルだと真面目なのな」
そして特に他のプレイヤーに襲われる事も無く、
一同はそのまますんなりと街に戻る事が出来た。
「よし、俺はブラックとホワイトをしまった後、もう一台を返してくるわ。
お前らは先に鞍馬山に戻っててくれ」
「あ、シャナ、私もちょっと車庫入れを練習しておきたいんだけど。
運転出来る中で出来ないの、私だけっぽいし」
シノンがシャナにそう言い、シャナはシズカとベンケイにこう尋ねた。
「ふむ、シズとケイはどうなんだ?」
「私は師匠に練習させられたよ」
「私もです!」
「そうか、それじゃあシノン、ちょっと練習するか」
「疲れてるのにごめんね」
「いや、問題無い」
そして二人を残し、一同は鞍馬山へと帰還した。
「さてやるか」
「うん、お願い」
そしてシノンはシャナの教えを受け、何とかスムーズに車庫入れ出来るようになった。
「こんなもんかな?」
「そうだな、これくらいで十分だろう」
「よし」
シノンは達成感を感じたのか、その場で軽くガッツポーズした。
「しかしお前は真面目だよな」
「というか、私だけ出来ないと悔しいじゃない」
「……負けず嫌いの方だったか。それじゃあ俺達も鞍馬山に戻るか」
「うん」
そして二人は並んで街を歩き始めた。
「……視線を感じるわね」
「今にも襲ってきそうな視線だよな、まあ街中なら平気だろうが」
「この前の例もあるから油断は出来ないでしょうけどね」
「ロザリアの時な……」
シャナ達は知らなかったが、その時の事は敵の内部でも盛大に叩かれていた。
なのでステルベンやノワールの裏工作が無くなった今、
そういった事はしないという空気が形成されており、
実際はその心配は無かったのだが、油断をしないというのは悪い事では無い。
「そういえば、映子と美衣と椎奈がシャナに会いたがってたわよ」
「ん、そうか、まあ今度暇があったらどこかに連れていってやってもいいが……」
「私だけを誘ってくれても構わないんだけど」
「…………五人でな」
「はぁい」
シノンはそれでも満足だったのか、ニコニコとシャナに微笑みかけた。
そして二人が鞍馬山に着くと、中は既に宴会状態だった。
「おお、派手にやってるな」
「打ち上げ打ち上げ!」
「シャナ、一度乾杯したけど、もう一回お願い」
「おう」
そしてシャナは、飲み物を掲げながら言った。
「よし、それじゃあ今日の勝利に……乾杯!」
「「「「「「「「「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」」」」」」」」」
その後も大盛り上がりした後、一同は徐々に解散していった。
そして最後に拠点を出た薄塩たらこと闇風に再び襲いかかる者がいた、銃士Xである。