「そういえばシャナさんは、もう彼女のリアルを知ってるんですよね」
「まったくの偶然であって、俺の手柄じゃないけどな」
射撃練習場への戻り際にイコマがそう言い、シャナはそれにそう答えた。
これはまったくの偶然だった。つい先日帰還者用学校に進入しようとした者がおり、
それは強引に学内の生徒を取材しようとしたマスコミの者だったのだが、
その過程で理事長が監視カメラのチェックを指示し、
その犯人とは別に、八幡を熱心に観察する一人の女性の姿が発見されたのだった。
そして警察に通報しようか迷った理事長は、賢明にも先に八幡に相談した。
そしてその女性の顔を見た八幡は、その顔にはどこか見覚えがあった為、
理事長に一時預からせて欲しいと判断を保留させてもらい、
GGOの中でも、ずっとその事について考え続けていた。
「シャナ、今ちょっといいですか?」
「おう、大丈夫だぞ、小猫」
(いきなり小猫呼ばわりとか、この人はどれだけ私が好きなのかしら、なんてね。
よく考えたら他の人と同じレベルになっただけなのよね)
その呼び方に一瞬固まったロザリアは、内心そう思いつつもシャナに言った。
「……誰もいない時はその名前で呼ぶのね」
「嫌なのか?」
「……別に構わないけど」
「そうか、俺も気に入ってるから、それならお互いの合意の上って事で、何も問題はないな」
(問題大有りよ!私が恥ずかしいのよ!こうなったら……)
そしてロザリアはシャナにこう言った。
「……あんまりそう呼んでると、他のプレイヤーの前でうっかり口走っちゃうかもよ?
もしそうなったら、ちゃんと責任とってよね」
(これならどうだ!)
「ん?もしそうなったら、お前が小猫っぽいからって事で押し切るから何も問題ない」
(くぅ~、確かに多分それで乗り切れちゃうけど!そこは責任とるって言ってよ!)
「まあそれならいいけど……」
「ちゃんと責任はとるさ」
(ええっ!?)
「ちゃんとお前の生活の面倒は見るつもりだから心配するな、それこそ一生な」
(生活ね、しかも一生……この人と死ぬまで一緒……)
「好きよ……」
(しまった、つい本音が……)
「あ?お前いきなり何を言ってるんだよ」
「う、うん、ごめんなさい、疲れてるのかしらね」
そしてシャナは、そっと目を伏せながらロザリアに言った。
「…………ごめんな」
「えっ?」
「いや、何でもない」
(今のは疲れに対して?それとも私の気持ちに応えられない事に対して?
まあどっちでもいいか、私は彼の為に生きるだけ……)
そしてロザリアは、そっとシャナの背中に寄り添いながら言った。
「いいのよ、私は今の関係が気に入ってるんだから」
(本当はもう少し傍に……)
「昔のお前が今のお前を見たらどう思うんだろうな」
「もちろん怒り狂うんじゃないかしらね」
「まあ当然だな、俺はお前を本気でぶちのめしたからな」
「まあ結果的に、あれが愛の鞭になったと思っておくわ」
「実際は本当にむかついただけだったけどな」
「お父っつぁん、それは言わない約束よ」
「いつも苦労をかけてすまないなって、順番が逆になっちまったな。
で、結局用事は何だったんだ?」
「あっ」
その言葉でロザリアは、本来の用件を思い出した。
「そうなの、実は鞍馬山の周りをうろうろしているプレイヤーをリスト化したのだけれど、
この人だけ毛色がまったく違って、判断に困ってるのよ」
「どれ…………あれ、こいつは銃士Xじゃないかよ、もしかして敵なのか?」
「ううん、逆よ逆。これが私が先生と一緒に作成した敵味方判断用のチェックリストね」
「……こんな物を作ってたのか」
「まあ一度作れば後が楽だから。で、それに照らし合わせると、銃士Xは満点なの」
その言葉にシャナはきょとんとした後にこう言った。
「えっと、満点って事はつまり……」
「分かりやすく言うと、あんたの熱狂的な信者でストーカーって事ね」
「まじかよ……」
「でも、ストーカーと言うにはちょっと気になる事があって」
「ほほう?」
「どうやら彼女、あんたを守ろうとしてるフシがあるのよね」
「どういう事だ?」
その言葉にロザリアは、肩を竦めながらこう言った。
「ほら、私達も追手も基本移動は車じゃない。で、彼女は足が無いから、
いつも私達を助ける為に追いかけて来ようと努力はしてるみたいなんだけど、
間に合わなくて果たせない、みたいな?」
「ほほう?」
「拠点を監視してるのもストーカーというよりは、私達の危機にすぐ対応出来るようにって、
備えてるような感じがするのよね」
そのロザリアの意見を聞いたシャナは、腕組みをしながら言った。
「なるほどな、いざ戦争になったら人手も足りないし、仲間に引き込むのも悪くないか……
って、あれ?おい小猫、ちょっとこの写真の銃士Xの髪を黒く加工してみてくれないか?」
「別にいいけど何かあるの?」
そしてロザリアは、銃士Xの髪を黒くした写真をプリントアウトしてシャナに見せた。
「これでいい?」
「こいつ……うちの学校で俺を観察してた奴だ、間違いないわ」
「えっ、そうなの?」
「しかしな……俺もお前もこことあっちじゃ顔が全然違うし、
銃士Xも普通ならまったく違うと考えるべきだが……」
「あっ」
「どうした小猫」
「うん、あのね」
そしてロザリアは、薄塩たらこと闇風が銃士Xと会話していた事と、
その時にたまたま聞こえた銃士Xの言葉について、シャナに説明した。
「『この顔も体も、胸以外は幸い現実世界での私の見た目に酷似している』って、
前後の会話はよく聞こえなかったけど、銃士Xは確かにそう言ってたわ」
「まじかよ、おい小猫、今リアルだとどこにいる?」
「会社だけど……」
「よし、今から迎えにいくから、うちの学校まで同行してくれ。
多分理事長もまだ学校にいるはずだ」
「分かったわ」
そして二人は即座にログアウトし、ソレイユで合流すると、一路学校を目指した。
「理事長!先ほどの件でお話が」
「あら八幡君、それに薔薇さんだったかしら、随分早かったのね、何か手がかりでも?」
「はい、重要な手がかりを見付けたかもしれません、
先ほどの写真と、監視カメラの映像を見せてもらっていいですか?」
「ええ、もちろんよ」
そしてその写真と映像を見た二人は、即座にこう断言した。
「銃士Xだな」
「銃士Xね」
「ま、ますけ……?」
「こいつのゲーム内でのプレイヤーネームです、理事長」
「あらそうなの、それじゃあこの後の事は八幡君に任せてもいいのかしらね」
「はい、こいつは俺に敵対する事は無さそうなんで、多分まあ、え~っと……」
そこで言い淀んだ八幡の代わりに、薔薇がキッパリと断言した。
「理事長、どうやらこの人物は、八幡が好きで好きで仕方がない、
ちょっとヘヴィーな恋する乙女のようです。まあ正確にはもう少し信者寄りみたいですが」
「おい薔薇、そこまでハッキリ言うんじゃねえよ、まだ分からないだろ!」
抗議する八幡を無視し、更に薔薇は続けた。
「この人物の特定は、うちのアルゴ部長に任せたいと思います。後はお任せ下さい」
「あら、それは助かるわ」
「はい、直ぐに部長に連絡を取るので、ボスの許可をとる為にも少し表に出ますね」
薔薇はそう言って部屋を出ていき、理事長は残った八幡に言った。
「そういう事なら八幡君、頑張ってね、私に手伝える事はあるかしら?」
「あ、いえ、大丈夫ですよ理事長」
そう恐縮する八幡に、理事長は続けて言った。
「ふ~ん、そう……それにしても、相変わらず八幡君はモテるのねぇ」
「いや、はぁ……そうなんですかね……って、理事長!?」
そして突然理事長が、ソファーに座る八幡の膝の上に横座りし、八幡の首に両手を回した。
「な、ななななな何を……」
「あら、これでもヤキモチを焼いているつもりなのだけれど、
やっぱりこんなおばさんじゃ嫌かしら」
「いや、理事長はいくつになってもお綺麗ですから、二周りも年上だとはとても……
ってくっそ、まったく動けねえ……」
「当たり前じゃない、これでも私はあの二人の母親なのよ。
ちなみにまだ私の方が、陽乃よりも武術の腕はたつのよ」
「まじすか……」
その事実に八幡は驚愕した。そんな八幡の顔を楽しそうに見ながら、
理事長は大胆にも八幡にそのまま抱き付いた。
「り、理事長、おふざけが過ぎますよ!」
「だって悔しいじゃない、たまには私も、
あの子達のように貴方に何かしてあげたいのだけれど、
貴方はいつも一人で解決しちゃうし、誰かを威圧したい時に助けてくれ、とか言ったくせに、
そんな機会は一向に訪れやしないし、こうなったらもう、
こうして強引に噂の八幡君成分を補給するしかないじゃない」
「噂って何だよ!?あんたは色気がありすぎるからやばいんだって!」
その言葉を聞いた理事長は、まるで少女のように頬を染めた。
「あらやだ、こうなったらあの人には後で詫びるとして、ここで既成事実を……
そしてあの二人に弟か妹を……もしくは双子の白雪姫と黒雪姫を……」
「おいこら、あんたの冗談は冗談に聞こえないんだよ!とにかく離せ!」
「嫌よ、八幡君成分を保つ事が若さの秘訣なのよ」
「何だよそのデマは!いいから離せ!」
「嫌よ、ふふっ、ごろごろ……ごろごろ……」
そう言って猫のように八幡に甘える理事長を見て、八幡は天を仰いだ。
「くそっ、高校の時は、噂でめちゃめちゃ怖いって聞いてたけど、
今は普通にかわいいから手に負えねえ……」
「あら嫌だ、昔の私って、そんな噂になるくらい怖かったのかしらね?
そして今は私の事をかわいいと思ってくれているのね。これはもう本当に既成事実を……」
「くそっ、まじで抵抗出来ねえ……これは覚悟を決めるしか……」
そう言って抵抗をやめた八幡を見て、理事長はころころと少女のように笑った。
「ふふっ、からかうのはこのくらいにしておきましょうかね、
どうやら沢山褒めてもらえたしね」
「はぁ……二度と勘弁して下さい……」
「そう思うなら、今後は用事が無くてもちょこちょこ私の相手をするのよ」
「くっ……わ、分かりました……」
そして八幡は少し気が抜けたのか、理事長にこう言った。
「でもやっぱり母娘なんですね」
「え?」
「さっきの恥らう感じが、あの二人にそっくりでしたよ」
「あらそう?ふふっ、三人の中で誰が一番好みなのかしら?」
「誰の名前を言っても命が危なそうなので、そこは黙秘します」
「もう、こういう時は、嘘でも私の名前を言っておくものよ」
そう言って理事長は、拗ねたように八幡の首筋をペロリと舐めた。
「うひゃっ、く、くっそ、まだまだ現役の女してやがって、本当に手に負えねえ……」
その時突然理事長室のドアがノックされ、そのままガチャリと開いた。
「お母さん、八幡君が来てるんだって?今丁度薔薇から連絡を受けて、
近くにいたものだから寄って……みた……けど……………………あれ、まさか事後?
それとも今まさに真っ最中?」
「おいこら馬鹿姉、冷静に分析してないで、いいからさっさと助けろ!」
「え~?別に私はお母さんの後でもいいし」
「笑えねえから!」
「はいはい、仕方ないなぁ……せっかく弟か妹が生まれるチャンスだったかもしれないのに」
「お前ら本当にどうしようもなく母娘だな……」
そして陽乃は、八幡から理事長を引き剥がそうと……しなかった。
代わりに陽乃は、八幡の頭の上に胸を乗せ、肩をとんとんと叩き始めた。
「ふう、丁度いい胸置きがあって助かったわ、最近どうも肩がこるのよねぇ……」
「おいこら馬鹿姉、よりによって何て事をしやがる……」
「だってここでお母さんにどいてもらったら、八幡君に抵抗されちゃうじゃない。
だったら今のうちに、噂の八幡君成分を補給しないとね」
「あら陽乃、あなたも?」
「ああ、お母さんもそれ目的だったのね」
「その噂、誰が流してんだよ……」
八幡は動く事も出来ず、何もかも諦めたように言った。
この二人をまともに相手にしようとする事が、そもそもの間違いなのだ。
ただでさえ一人じゃ勝てないかもしれない相手なので、それが二人になると、
もう八幡には正直何も打つ手が無いのだった。八幡は最後の手段として神に祈った。
(神様、お願いですからそろそろこの二人から解放して下さい……
この二人の色気は本当にやばいんです……)
そんな八幡の祈りが通じたのか、そこに救いの神が現れた。
否、それは救いの神などではなく、恐怖の女王だった。
「…………姉さん、母さん、一体何をしているのかしら」
理事長の威圧のくだりは第221話「明日奈の真実」を、
白雪姫と黒雪姫に関しては第219話「同窓会を終えて~雪ノ下家とヴァルハラ」をご参照下さい!