「なっ……何だこりゃぁ!?」
「ペイルさん、まずいです、後方からモブの大集団が!」
「さっきのアナウンスはこれかよ……」
「ど、どうします?」
「こっちは今何人だ?」
「二十スコードロンくらいはいるはずです、全部で百人以上は動員していますから!」
「それならいけるか!?とりあえず後方の敵に集中だ、逃げ道を確保しないと」
その瞬間に要塞から銃声が響き渡り、ジープに乗っていた者達が、
慌ててそこから降りてくるのが見えた。
「今回は対策して伏せていたから運転手は無事だが、何台かがタイヤを潰された!」
「畜生、外周のジープだけを狙ってやがる!これじゃあ中の車が動かせねえ!」
「モブが来たぞ、車を盾にして撃て、撃て!」
シャナとシノンの狙撃により、敵の車は次々と行動不能になっていった。
そして要塞から、敵の後方に向けての集中砲火が開始された。
「後ろからも射撃がきました!まずい、このままだと全滅する!」
「ペイルさん、どうします?」
「くそっ、シャナめ、シャナめ!こうなったらもう仕方がない、
前の奴らは前を、後ろの奴らは後ろの敵を撃て!」
「で、でも相手は要塞ですよ、いくら後ろに撃っても効果が……」
「それでもけん制にはなる!前の奴らは攻撃を一点に集中させて、何とか脱出路を開け!
そこに全員で突撃して、徒歩で脱出だ!」
当然そんな作戦が上手くいくはずもない。ペイルライダーは結局シノンに頭を撃ちぬかれ、
その場にいた平家軍の者達は壊滅した。
そして街にある平家軍の残りスコードロンの表示は、一気に百九十にまで落ち込んだ。
それを目にした街にいたプレイヤー達は驚愕した。
「おい、見ろよあれ!平家軍のスコードロン数が、いきなりあんなに減ってるぞ!」
「俺はたまたま見てたけど、凄い勢いで一瞬であそこまで数が減ったぞ?」
「シャナ、凄ええええええ!」
「一体何があったんだ?今夜の録画放送が楽しみだな!」
「参加してない俺達の唯一の楽しみだな!」
そう盛り上がる、戦争に参加していない野次馬層とは別に、平家軍はお通夜状態だった。
それはペイルライダーの死亡が確認されたからだった。
ペイルライダーは、仲間達が集まる酒場へと姿を現して肩を落とした。
「おいおい大丈夫か?何があったんだ?ペイル」
「ああ、実はな……」
そのペイルライダーの説明を聞いたギャレット、獅子王リッチー、ゼクシードは驚愕した。
この三人が、実績的に平家軍の中心と目されていた。
「まじかよ……敵は要塞まで持ってんのか……」
「ぐっ、シャナの野郎、シャナの野郎!」
「事前の情報だと、シャナが仲間を迎えに姿を現すって事だったが、
結局どこのスコードロンだったんだ?」
そのゼクシードの質問に、ペイルライダーは苦しそうな表情でこう答えた。
「それがよ……敵要塞近くでやっと見えたんだが、
シャナのハンヴィーに乗ってるのが確認出来たのはおっかさんとミサキさんだった……」
その言葉にギャレットは顔を青くし、獅子王リッチーは顔を赤くした。
「まじかよ!よりによってG女連かよ……」
ギャレットのその呟きに、唯一平然としていたゼクシードがこう答えた。
「G女連があっちに付いたのは痛いな、
これでもう、GGOの中で俺達に味方する女性プレイヤーはほぼ皆無だ」
ほぼというのは、自分の周りにはユッコとハルカがいるからだろう、
ゼクシードはそもそもG女連には最初から相手にされておらず、交流も無かった為、
逆説的にG女連と敵対する事に何ら痛みを覚えなかったというのが真相だ。
そしてギャレットは、付け加えるようにこう言った。
「G女連を取り巻く男共からの視線もかなり痛いぜ?」
「俺のミサキさんが……シャナ、絶対に許さん!」
獅子王リッチーは逆にそう闘志を燃やしていたが、
その言葉は酒場に空しく響き渡るだけだった。
そしてその頃、世界樹要塞はまだ激戦の最中にあった。
「こっちの戦力も増えたとはいえ、さすがにこの数の差はきついな」
「シャナ、そろそろ入り口に迫る敵の数が多くなってきたよ」
「そうか……よし、シズ、ケイ、ピト、斬り込みの準備だ。
たらこと闇風も近接戦闘は可能だな、二人は入り口の左右に布陣し、
手負いの敵を倒してくれ。くれぐれも銃を使う時はフレンドリーファイアに注意な。
イコマと先生はブラックで敵の囲みを抜けてくれ。それに……エヴァ、ミニガンは使えるな?
お前もブラックで出ろ、俺にお前の根性を見せてみろ」
その思わぬ指名に、エヴァは体の震えが止まらなかった。
もちろん恐れているのではなく、喜びにである。
「は、はい!」
「ダインはここの指揮をとれ、その代わりお前の所から二人借りるぞ。
エムはホワイトでブラックと共に囲みを抜け、外周から敵に攻撃だ。
ギンロウ……それにシュピーゲル、エムと同行して敵を背後から蜂の巣にしてやれ」
「えっ……は、はい!死ぬ気でやるっす!見ていて下さいシャナさん!」
「僕も死ぬ気で頑張ります!」
ギンロウは尊敬するシャナからの指名に燃えに燃え、
シュピーゲルもシャナから名指しで呼ばれた事に誇りを感じていた。
(銃士Xよ、俺は一足先にシャナさんの為に戦うぜ。
残り二つのスコードロンのうち、一つはお前なんだろ?待ってるからな……)
ギンロウはそう思い、銃士Xの分まで頑張らねばと張り切った。
そしてシノンが、シュピーゲルに声を掛けた。
「頑張ってねシュピーゲル、援護はするわ」
「うん、お願いね、シノン」
ダイン達に引きずられるまま戦争に参加していたシュピーゲルだったが、
もちろん言われなくとも源氏軍に所属するつもりでいた。当然シノンがいたせいもある。
彼はシャナにまつわるおかしな噂はまったく信じていなかった。
実の兄達がその噂を流していたというのは皮肉だが、
こういう場合、シュピーゲルは最低限の常識を備えていた為、
ステルベンやノワールの思惑通りに動く事は無かったのだ。
それにシャナとある程度の交流があったという理由もある。
とにかくシュピーゲルは、この段階ではシャナとシノンの接近を恨めしく思いながらも、
シャナの事は尊敬していたので、必然的に源氏軍に所属する事となっていたのだ。
そして最初にシャナ達が懸垂降下で正面から地面に降り立ち、敵を斬り刻み始めた。
「あれが噂の……」
「実際に目にすると凄いね、おっかさん」
イヴがそう無邪気に言い、おっかさんも感心したように頷いた。
「しかしあの剣技、シャナだけじゃなくあのシズカって子も一体何者なんだろうねぇ」
ベンケイは元々サポートタイプであり、ピトフーイもまだ剣に不慣れな為、
二人が一歩後ろで戦い、さほど目立たないせいもあって、
シャナとシズカのコンビネーションによる剣技は、見ていた者達を圧倒した。
「あの黒光りするシャナ様の剣、いい、いいわ……」
「あんたはもう少し自重しな、あんたには後日、大事な役目を任せるつもりだからね」
「はぁい、おっかさん」
ミサキはペロっと舌を出すと、シャナの敵を屠るべく、
邪魔にならないように後方の敵に射撃を開始した。
そしてダインの指揮で敵の一角に穴が開き、ついにブラックとホワイトの出番が来た。
「私がミニガンで道をこじ開ける、ギンロウさん、シュピーゲルさん、
撃ち漏らした敵の掃除をお願いします!」
「任せろ!」
「エヴァ、頑張ろうね」
「はい、シュピーゲルさん!」
「それでは行くぞ、皆、突撃だ!」
ニャンゴローのその合図で、ブラックとホワイトは突撃した。
エヴァはシャナ達のいない方を中心に火戦を集中させ、ブラックの正面に道を作っていく。
「先生、正面にラムを出します!そのまま突撃して下さい!」
「ラムって衝角の事か?いつの間にそんな物を……やるなイコマ!」
「ええ、この戦争の為に徹夜で作りました!
エヴァさん、衝撃で振り落とされないように気をつけて!」
「任せろ!こういうのは得意だぜ!」
エヴァは見た目に反して平衡感覚に優れている為、
こういった時に落とされる心配は無かった。さすがは新体操部の部長という事だろう。
そしてニャンゴローは敵の囲みが薄い所を狙って体当たりをし、
無事に敵の囲みを抜け出す事に成功した。そしてその後ろをホワイトが追走しつつ、
左右の敵に激しい攻撃を加えていった。
「よし、二台が囲みを抜けたな、少し本気を出すかシズカ」
「そうだね、今のうちにこの辺りを掃除しちゃおう」
そして二人は更にペースを上げ、周囲の敵を猛然と殲滅していった。
「シャナ、シズ、待って待って!」
「お兄ちゃんお義姉ちゃん、早すぎるから!」
「ピト、早く来ないと敵がいなくなっちゃうよ!」
「ケイ、昔みたいにお兄ちゃんに頑張って付いて来いよ」
「私が子供の頃の話をさりげなく捏造しないでよ、お兄ちゃん!」
「お前に物心がつく前は本当にそうだったんだって……」
そして周辺の敵はあらかたいなくなり、残るは左右からの敵だけとなった。
「かなり突出したせいで、たらこと闇風に負担がかかってるかもしれん、
ホワイトとブラックはそのまま左右に分かれて敵を攻撃してくれ、
ピトとケイはこのままここで残敵の掃討を、俺とシズはエネルギーが心許ないから一度戻る」
「二人とも、どれだけ斬ったのよ……」
「こっちのエネルギーはまだまだ余裕なのに……」
そしてシャナの指示通り、一同は行動を開始した。
そしてホワイトに乗ったシュピーゲルは、それを目撃した。
「あっ……」
薄塩たらこの倒した敵の一体が、まだ止めを刺されていなかったらしく、
ノソリと起き上がって、背後から薄塩たらこに攻撃をしようとしていた。
当然薄塩たらこはまだそれに気付いていない。
「薄塩たらこ……」
シュピーゲルの脳裏に、以前薄塩たらこに罵声を浴びせられた時の事が蘇った。
そしてシュピーゲルは深呼吸をすると、薄塩たらこ目掛けて銃弾を放ち、
その弾は今まさに薄塩たらこの背中に攻撃しとうとしていた敵の頭を吹き飛ばした。
「おおっ?おお、危ねえ……助かったぜシュピーゲル!」
そう言いながら笑顔で手を振ってくる薄塩たらこの姿を見て、
シュピーゲルはこれで良かったんだと自分に言い聞かせながら戦闘を続行した。
そしてついに敵は殲滅され、フローリアがイベントの終了を宣言した。
『敵は完全に殲滅されました、世界樹要塞は今回も無事守りきられました』
そのアナウンスを聞いた源氏軍の者達は大歓声を上げ、
外に出ていた者達も要塞内に帰還し、しばらく休憩した後に祝勝会が行われる事となった。
「いやぁ、まじぜ助かったぜシュピーゲル」
「あ、はい、間に合って良かったです」
真っ先にそう声を掛けてきてくれた薄塩たらこの顔を見て、
シュピーゲルは内心で少し困っていた。まだあの時の屈辱を忘れた訳ではないからだ。
そんなシュピーゲルの心を知ってか知らずか、薄塩たらこはシュピーゲルに頭を下げた。
「前はお前にひどい言葉を浴びせてしまって済まなかった。
敵対していたとはいえあれは言い過ぎだった、心から謝罪するよ、シュピーゲル」
その言葉を聞いたシュピーゲルはドキリとし、泣きそうになりながら……
実際は少し涙をこぼしていたのだが、ここでは涙は我慢出来ないので……
薄塩たらこに笑顔を向けた。
「仲間として当然の事をしたまでです、これからも一緒に頑張りましょう!」
「おう、頑張ろうな!」
「ロザリアさんに拷問をするような奴らなんて、絶対に許せませんからね!」
「だな!徹底的にやってやろうぜ!」
実際にロザリアを拷問したのが実の兄達だと知ったらシュピーゲルはどう思ったのだろう、
だがシュピーゲルは一生、その事を知る事は無かった。
この日がシュピーゲルにとっては、もしかしたら人生のピークだったかもしれない。