「さて、今日はどこに行かされる事になるのやら……」
詩乃の家に着いた八幡は、そんな事を考えながらインターホンを押した。
だが中からは何の反応も無く、八幡はいぶかしく思いながらも大声を出す訳にもいかず、
考えた末に普通に詩乃に電話を掛ける事にした。
だが運の悪い事に、詩乃が昨日スマホの充電を忘れていた為、電話は繋がらなかった。
「このメッセージは……充電切れか、参ったな」
一方この状況を何とかせねばと思い、一人奮闘している者がいた、はちまんくんである。
「起きろ詩乃、起きろ、おい起きろって。
くそっ、さすがにぬいぐるみの力じゃ叩いたくらいじゃまったく起きねえ……
とりあえずインターホンに出るか……詩乃の声のサンプルはっと、丁度いい、あれにするか」
八幡は、とりあえずもう一度インターホンを押してみて、
誰も出なかったら一度どこかの店にでも入って時間を潰そうと考えた。
そしてインターホンを押した八幡の耳に、詩乃の声が聞こえてきた。
「ダ、ダーリン、うち、詩乃……だっちゃ」
その言葉を聞いた八幡は、たっぷり十秒ほど沈黙した後に我に返り、こう言った。
「はああああ?何なのお前、ABCに唆されて、虎縞ビキニにでも着替えてたの?」
「ダ、ダーリン、うち、詩乃……だっちゃ」
「いや、それは分かったから!いやまったく分からないが!」
そしてしばらくの沈黙の後、ドアがガチャリと開き、中からはちまんくんが顔を出した。
どうやら何とかドアノブまでたどり着き、ノブを回す事に成功したらしい。
そして八幡とはちまんくんは、数秒の間黙って見つめあった。
「よぉ、久しぶりだな俺」
「…………そういや詩乃の所にはお前がいたんだったな」
「おう、ドアノブの所まで上がるのに苦労したぜ。
あいつら俺の力じゃ揺すっても叩いても起きなくてよ」
そのはちまんくんの言葉に、四人がまだ寝ている事を知った八幡は、
先ほどの声の主が誰だったのか気付き、はちまんくんにこう尋ねた。
「それじゃあさっきの詩乃の声はお前か?変声機か何かか?まあ内容は意味不明だったが」
「あれは昨夜録画したての動画を、強引に俺のマイクに直結して音だけ再生したものだ。
ネタとかじゃなく実際にあった事だ」
「そんな機能があったのか……っていうか、実際にってどんな状況だよ!」
「昨夜はな……」
そしてはちまんくんは、八幡に昨日あった事を説明した。
「なるほど、あのアニメは俺も嫌いじゃないからそういう事なら仕方ないな。
その曲に興味もあるし、俺は詩乃達を起こすから、お前は詩乃のスマホを充電しといてくれ」
「あいよ」
そしてはちまんくんの後に続いて部屋に入った八幡は、
四人のあられもない寝姿を見てしまい、その瞬間に回れ右をしながら言った。
「やっぱりお前が起こしてくれ」
「さっきも言っただろ?俺の力じゃちょっとな」
「鼻と口を塞げ、苦しくて起きるはずだ」
「……おお、それは目から鱗だったわ、さすがは俺の本体だな」
「いいからさっさと起こせ」
「それじゃあ胸の大きい順に起こすか」
八幡はその言葉にしばし固まり、口をぱくぱくさせながらはちまんくんに言った。
「お、お前本当に俺のコピーか?そんな発想どうあがいても俺からは出ないだろ?」
「断言出来るか?」
「お、おう……」
「本当にか?」
「……お、おう」
弱々しくそういう八幡に向け、はちまんくんはニヤリとしながら言った。
「正解だ、今のは俺の創造主達の発想だな、具体的には馬鹿姉とネズミネコだ」
「何で俺の携帯の登録名を知ってるんだよ……」
「ネズミネコが関わってるんだから当然だろ」
「そうか、そういえばそうだった……」
八幡は以前そんな事もあったなと思いつつそう言った。
「まあいい、さっさと起こしてくれ、ついでにパジャマをちゃんと着るように伝えてな」
「分かった」
そしてはちまんくんは、四人を起こしにかかった。
「おい椎奈、さっさと起きろ」
「んっ……んんんんんんっ!?ぷはっ、はぁはぁ……あ、はちまんくんおはよう」
「おう、おはよう。あと胸がはだけてるぞ、椎奈」
「おっと、将来王子にもんでもらう予定の胸が」
それを聞いた八幡は思わず突っ込んだ。
「俺はもまないからな」
「うわ、今の言い方本物の王子みたい」
椎奈は八幡が言ったのだとは気付かずに、はちまんくんにそう言った。
そしてはちまんくんは、美衣、詩乃、映子の順番に起こしていった。
「美衣、ぱんつ一枚で寝てると風邪ひくぞ」
「あれっ、私パジャマを着るの忘れた?
確かに今日は、いつ王子に見られてもいいようにお気に入りのぱんつを履いてきたけど」
「だから見ねえって」
「おい詩乃、こんな日まで俺によだれを拭かせるんじゃねえ」
「うっ、また八幡によだれを拭いてもらっちゃった……」
「また?今またって言ったか?」
「映子は優等生だな」
「あんた達だらしないわね、完璧なのは私だけじゃない。まあ胸の大きさ以外はだけど……」
「大丈夫だ、俺はお前の味方だからな」
「ありがとうはちまんくん……これで私しばらく頑張れるよ!」
「おう、強く生きろよ。まあ俺ははちまんくんじゃないがな、いやまあ合ってるんだが」
その時点でやっと違和感に気付いた四人は、顔を見合わせた後に入り口の方を見た。
そこにはこちらに背中を向けて座っている八幡の姿があり、
四人は再び顔を見合わせると、仲良く壁にかかっている時計を見た。
「「「「あ……」」」」
「やっと全員目が覚めたか」
「は、八幡!?どうやって中に?」
「おう、俺がドアを開けて中に招き入れておいてやったぞ、感謝しろよ詩乃。
まあそのせいでお前達のあられもない姿を見られちまったのは俺のミスだな、すまん」
その瞬間に八幡は、はちまんくんをガッと掴むと、頭をぐりぐりした。
「余計な事を言うな」
「お前と一緒で正直者なんでな」
「くっ……混じり物があるとはいえ、俺自身の言葉だけに否定しづれえ……」
そのやり取りを聞いた四人は、自分の格好を眺めた後にお互いの格好を眺めた。
「私と映子はセーフだと思うけど……美衣、椎奈!それはまずいでしょ!」
「ちゃんとパジャマを着て寝たはずなんだけどな……まあいっか、八幡さんだし」
「私も別にいいかなぁ」
「うっ、真面目なのが裏目に出た……私も前をはだけておけば良かった……」
それを聞いた映子は盛大に落ち込み、美衣と椎奈は逆に勝ち誇った。
「ふふん、これで今日一日王子は、
私達を見る度に今のあられもない姿を思い出す事になるわね」
「だね、勝利の予感!」
「お前ら何言ってんだよ……というかさっさと服を着ろ!」
「あんた達、何言ってんのよ!」
八幡は呆れ、詩乃は嫉妬もあるのか二人に詰め寄りかけた。
だが無慈悲にも、そんな詩乃にはちまんくんがこう宣言した。
「ちなみに二人を脱がせたのは寝ぼけた詩乃だからな」
「えっ?」
「詩乃……」
「どういう事なの……」
「くっ、もっと詩乃っちの近くで寝ていれば……」
「し、証拠が無いわ!」
詩乃はそう悪あがきしたが、そんな詩乃にはちまんくんは再び無慈悲に言った。
「この場合判断するのは第三者という事になるが、
この場には一人しかいないよな。で、俺の本体に証拠を見せてもいいんだな?」
そう言いながら左手をぷらぷらさせるはちまんくんを見て、
詩乃は昨夜の事を思い出し、証拠が確かに存在するのだと理解した。
「う…………」
「いいんだな?」
「す、すみませんでした……」
こうして詩乃ははちまんくんの軍門に下ったのだが、
そんなはちまんくんの頭に八幡が拳骨を落した。
「痛っ……くはないが、おい俺、俺が壊れたらどうする!」
「お前はあんまり詩乃をからかうんじゃねえよ」
「へいへい」
「八幡……」
詩乃はその八幡の優しさにうるっときたのか、涙目で八幡を見つめたが、
その詩乃の前で、八幡はどこかに電話を掛け始めた。
そして詩乃の携帯が、特徴的なオルゴールのメロディを奏で始めた。
「ちょ、ちょっと八幡、一体何を……」
「確かにオルゴールバージョンは綺麗な曲に仕上がってるな、
いい選曲だと思うぞ、詩乃」
「まさかそれを確かめる為に!?」
「おう、それだけだぞ」
「そ、そう」
詩乃は歌詞の話題が出なかった事に安堵したのだが、
当然ABCはこんな面白いシチュエーションを放置するような三人ではなかった。
「あんまりそわそわしないで、詩乃」
「うんうんきょろきょろしないでね」
「一番好……」
「わ~、わ~、わ~!」
詩乃は慌てて椎奈に前から抱き付き、その続きを言わせまいとその口を塞いだ。
「半裸の椎奈に抱き付くなんて、もしかして詩乃にはそっちの趣味もあったのか?」
ここではちまんくんが、空気を読まずにそう言った。
その瞬間に八幡は、再びはちまんくんの頭に拳骨を落した。
「だから壊れたらどうするんだと」
「あんまりかき回すなっつってんだろ。あとお前ら、さっさと支度しろよ。
俺はキットで待ってるからな」
「「「「は~い」」」」
そして八幡は外に出ていき、四人は慌てて準備を始めた。
「もう~、あんまり人をからかわないでよ、恥ずかしいんだがらね」
「その恥らう姿を見るためにやってるんでしょうが!」
「王子は恥ずかしがってくれなかったのかな?せっかく体を張ったのに」
「くっ……ちょっと胸があるからって……」
「牛乳飲め」
「はいはい映子も椎奈もそのくらいでね」
そして外に出てキットの運転席に戻った八幡は、深いため息をついた。
「はぁ……まったくあいつらときたら……」
「少し顔が赤いようですが、大丈夫ですか?八幡」
「おう、あいつらとんでもない格好で寝てやがってな……
その後もとんでもない会話ばっかりしやがって、顔に出さないようにするのに苦労したわ」
「それは大変でしたね、お疲れ様です八幡」
「さすがに二十歳を超えるとああいうノリについていくのはきついんだよな」
「なるほど、そういうものですか」
「自分じゃまだ若いつもりなんだがなぁ……」
そう言って八幡は、詩乃の部屋から出てくる四人の格好を見ながら言った。
「ほらキット、あいつらのあの格好、あんな短いスカートで寒くないのかな、
何て思う時点で、俺には若さが足りてない気がしちまうんだよな」
「確かに八幡は年齢よりも大人びているかもしれませんね」
「まあいいか、今日は精々おっさん扱いされないように気を付けるわ」
「頑張って下さいね」
「おう」
そして八幡は、キットに乗り込んだ四人にどこに行けばいいのか尋ねた。
「あっ……」
「まさか決めてなかったのか?」
「昨日は慌てて寝たもんね……」
「しくじったね……」
「ごめんなさい八幡さん」
縮こまる四人に向けて、八幡は明るい声で言った。
「何、別に今ここで決めればいいさ」
「うん……」
八幡は、そういえばこいつらは面と向かった時は王子って呼ばないんだなと思い、
少し安堵したのだが、その事を口に出すとそう呼ばれる事になりそうだったので、
その事については黙認する事にした。
「あっ、そういえばこの前バイトの時、分からない事があってアルゴさんと話したんだけど、
その時アルゴさんに教えてもらったんだよね、
アキバにソレイユの実験施設というか、そういうのがあるみたいね。
何かVRゲームをプレイしているところを、一緒にいる友達に見せられるとか何とか」
「何だそれ、そんなのがあるのか?」
「うん、まだお試しだから、八幡には報告してないとか何とか」
「ほほう?」
「アルゴさんは、興味があるなら友達と行ってみたらいいって言ってたんだよね」
「そうか、それじゃあ試しに行ってみるか?」
その八幡の提案に、詩乃以外の三人も乗った。
「八幡さんや詩乃が実際にプレイしているのが見れるんだ?凄い興味ある!」
「うんうん、一度見てみたいって思ってたんだ!」
「八幡さん、是非お願いします!」
「おう、三人がいいならまあいいよな?詩乃」
「うん、私は構わないわ」
「それじゃあどこに行けばいい?」
「えっとね、アルゴさんの知り合いのハッカーの男の人がよく通ってる店で、
メイクイーン・ニャンニャンっていうメイド喫茶だって」
すみませんすみません最後のはちょっとした出来心なのです……