ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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連続する話になるので、18時にもう1話投稿します


第033話 森と水のフロア

「共用ストレージ?」

「うん。私達って、基本一緒に行動する事が多いじゃない。

で、基本ハチマン君の方がダメージをくらう回数も多いし、ポーションの使用量も多いから、

共用ストレージを作っておいて、消耗品を入れておけば便利なんじゃないかって」

「あーまあそうだな、そこらへんは任せるわ」

「うん!それじゃ今日は気分転換に散歩を楽しもう!」

「はいはい」

 

 ここ、二十二層は、自然の豊かな明るい森と水のフロアだった。

主街区はコラルの村といい、それほど広くはないのだが、

フィールドに雑魚モンスターがわかないため、現在の最前線であるにも関わらず、

ある種オアシスのような役割を果たしているようだ。

解放後まだあまり日数も経っていないのだが、

採集系プレイヤーや、癒しを求めて来る観光目的のプレイヤー等、

多くの住人がここを訪れているようだ。

 

「なんか、今までのフロアと全然雰囲気が違うよね。すごくなんていうか、和やかだね」

「ああ。昼寝に良さそうな所だな」

「ハチマン君は相変わらずだね」

「おう」

「でも、最初の頃より自然体って感じでいいんじゃないかな」

 

 今日は攻略を休みにしたため、ハチマンは一日のんびりするつもりだったのだが、

アスナが散歩に行こうとメッセージを送ってきた。

ハチマンはいつもの通り渋るかと思われたが、

外を歩いているだけでものんびりできるフロアだった事もあり、

結局二人でぶらぶらと散歩をする事になったのだった。

 

「ところで最近キリト君を見ないけど、何かあったのかな?」

「ああ、最近キリトの奴、下の階層で中堅ギルドとつるんで何かやってるらしいな。

そのギルドに加入したって噂もちらほらと聞こえてくるぞ」

「へぇ~、何かいい出会いでもあったのかな?」

「どうだろうな。どこかのギルドに所属してるキリトなんて想像もつかないが」

「ふふ、まあそうだね」

 

 辺りには暖かな日差しが降り注ぎ、気候も穏やかで、緑が満ちあふれていた。

ハチマンは、久しぶりに落ち着いた休日が過ごせそうだと感じた。

このところハチマンは、攻略を進めながらも、

合間合間に十六層の怪しい店で見かけた三人組の事を調べていた。

わかったのは、ドラゴンナイツのメンバーが、モルテという名前だという事だけだった。

他の情報はまったくと言っていいほど出てこず、若干の焦りも感じていたため、

ハチマンにとっては久々にいい気分転換となったようだ。

 

「あ、ハチマン君、こんなところにもプレイヤーハウスがあるよ」

 

 そこは、少し道から外れたところにある、

こじんまりとしたログハウス風のプレイヤーハウスだった。

 

「ここに来るまでにもちょこちょこ売りに出されてるプレイヤーハウスを見かけたが、

ここが一番良さそうな雰囲気の家だな。

何より人がほとんど来なさそうなのがいい」

「いい雰囲気だよね。私もいずれこんな家を買いたいな」

「俺は今でも買おうと思えば買えるけどな」

「ハチマン君そんなに持ってるの?」

「基本あまり金は使わないからな、俺は」

「それじゃ、ハチマン君ここ買っちゃおうか!」

「いや買わないから……」

 

 それからしばらく二人は、色々なところを見て回った。

釣りをしているプレイヤーがいた時は驚かされた。

採取をしているプレイヤーも沢山みかけたし、

時々他のプレイヤーとすれ違う事もあったが、

せっかくの気持ちのいいフロアだからと、アスナがずっとフードを外している事もあり、

皆必ずアスナを見て、憧れや恋愛感情のこもった視線を向けてきた。

そしてその直後に隣にいるハチマンを見て、嫉妬のこもった視線や、

何でこんな奴がという疑問のこもった視を投げかけてくるのが常であった。

 

(そりゃ俺みたいなのがアスナみたいな有名人の隣にいたら、そう思うよな。

明らかに釣りあってない組み合わせだしな)

 

 ハチマンはそんな事を思いながらも、マイペースに視線を受け流していた。

実際のところ、誰かとすれ違い、そういう視線を向けられるたびに、

アスナがハチマンの服をそっと摘んでいたせいでもあったのだが、

当然ハチマンはそんな事にはまったく気付いていない。

アスナにとってもそれは無意識の行動だったのだが、

どうもそれがアスナの癖になってしまっているようだった。

 

「アスナはしばらくこの層に拠点を置くのか?」

「うん、しばらくはそうするつもり」

「そろそろ選択の幅も広がって、一層ごとに上に引っ越す意味も無くなってきたしな」

「ハチマン君は?」

「そうだな、プレイヤーホームはともかく、

そろそろプレイヤールームくらいは購入してもいいかもしれないな」

「いい部屋があったら私もそうしようかな」

「まあ、その方が色々いじれて楽しいかもしれないな」

「あまり人の出入りが多くないところがいいな」

「まあここの主街区は狭いせいで宿は少ないからな。

少し街外れに行けば、いい部屋もあるかもしれないな」

「そうなんだよね、ここ宿は少ないんだよね。私よくお風呂付きの部屋を確保できたなぁ。

いつも情報をくれるアルゴさんにも感謝しなきゃ。

あれ、でもアルゴさんって階層更新直後はいつもいないはずなのに、

次の日調査を開始する前に、もう既にお風呂付きの物件情報が、

アルゴさんに届いてる気が……」

 

(やっべ……)

 

「人がいないってなら、十九層が一番人の出入りが少ないと思うぞ」

「もう~ハチマン君のいじわる!」

 

(危ない危ない、うまく話を逸らせたな)

 

 そんな会話をしながら散歩を続けるうちに、

やや日も傾いてきたので、二人はとりあえず街に戻る事にした。

その後しばらく街中で良さそうな部屋が無いか探した後、そこでお開きとなった。

 

 

 

(今日は楽しかったな)

 

 アスナは風呂に入りながら、今日の事を思い出していた。

このところ、攻略組のメンバーは、ほとんどが多忙を極めていた。

一気に攻略階層も進み、二十二層というオアシス的な層に辿り着けたためもあって、

一度ここで各自しっかり武器の強化やレベル上げをしようという話も出ていた。

そんな理由もあり、攻略組が羽を休める一方、職人クラスの者は逆に多忙を極めていた。

素材の供給も追いつかなくなってきたため、

下の層で素材を狩る中堅ギルドも活況を呈していた。

攻略組に続く層も厚くなりつつあり、職人も増え、

二十二層はまさに皆にとって救いの層となっていたのであった。

 

(キリト君もギルドに入ったみたいな話だったし、私もそろそろ考えた方がいいのかな……

でも今あるあの二つのギルドには入りたくないし、

かといって、他にまともに攻略に参加しているギルドの心当たりもない。

ハチマン君がギルドを作ってくれないかな……そうなったらすぐ入るんだけど、

きっとそういうの嫌がるだろうしな)

 

 ハチマンは当然ギルド設立などまったく考えてはいなかった。

実はアスナに頼まれたら作っていた可能性は否定できない。

なぜならハチマンは、その事も想定してギルドクエストを密かにやっていたからだ。

だが、結局この可能性は実現する事は無かった。

 

(もし私だけがどこかのギルドに入ったら、ほとんど一緒にいられなくなるのかな……

まあいいや、考えても仕方ないや。今日はもう寝よう)

 

 アスナは考えるのをやめ、その日はもう寝る事にした。

 

 

 

(拠点か……とりあえず本格的にどこかの部屋を購入する事も検討しないとな)

 

 ハチマンは、今日のアスナとの会話がきっかけで、

どこかに部屋を購入するのもいいかなと本気で考えはじめていた。

隠れ家っていいよな、という中二病的発想が根底にあったのも否めない。

実際宿だと、なんとなくただ一晩過ごすためだけの仮の住みかという感じが否めないが、

購入した部屋は、帰る場所という感じがしていた。

 

(本格的に探してみるか、俺の帰る場所を)

 

 

 

 次の日から、ハチマンの部屋探しがはじまった。

二十二層を一番の候補と考えつつも、色々な層を走り回った結果は収穫無しだった。

ハチマンは気分転換にと、街の周囲を歩いてみたが、

近くにある湖のほとりに、三階建てくらいの高さの塔が建っているのを発見した。

人気はまったく無いが、どうやらぎりぎりコラルの村の圏内のようだ。

 

「なんだこれ、入り口も何もないけど、ただのオブジェなのか?

もしこんな塔の上に家があったら面白いのにな」

 

 思わず口に出して言ったハチマンだったが、

その声に反応するように、突然家の購入画面が表示された。

 

「うお、まさか本当に家だったとは……」

 

 隠し拠点扱いだったのだろうか、値段もかなりお手ごろというか安かったので、

間取りや設備面も気に入った事もあって、ハチマンは即決してその家を購入した。

どうやらキーを持ってない者には入り口すら見えないらしい。

鉄壁の要塞と言うべき隠れ家だった。

景色は最高で、キッチンと風呂付き、

間取りはリビングの他に四部屋ほど、それに離れの小屋が一つと、想像以上に広かった。

正直そんな広さはまったく必要なかったが、何より秘密基地っぽいのが良かった。

ハチマンは浮かれて、家具やら何やらを集め始めるのであった。


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