ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/16 句読点や細かい部分を修正


第340話 稽古をつける

 フェイリスは八幡の言葉に甘えて自分の分の飲み物を用意していた為、

バックヤード近くのキッチンでそのダルの言葉を聞いた。これは完全にダルのミスである。

だがその後のダルは興奮こそしていたが、何があろうとも大声を出したりはしなかった為、

一瞬大声を出すのを我慢出来なくなるくらい、その時は興奮していたのだろうと思われた。

そしてフェイリスは、SAO、ハチマン、英雄という言葉をしっかりと心のメモに記した。

 

 

 

「ここは……アルンか」

 

 ハチマンは、前回自分がどこでログアウトしたのかを忘れており、

周囲を見回した後にそう言った。

 

「しかしこれ、本当に見えてるのか?何も変わらないような気もするが、

まあアルゴが言うなら見えてるんだろうな、という訳でまあ楽しんでくれ」

 

 ハチマンはこれを見ているであろう六人に向けてそう言うと、

街の中央へと移動しようと歩き出した。その姿を見て、道行くプレイヤー達が口々に叫んだ。

 

「あれって、ザ・ルーラーじゃないか?」

「ハチマンさん!頑張って下さい!」

 

 この程度の声ならまだ特にハチマンは気にしない、いつもの事だからだ。

問題はもう一つのいつもの事の方だった。

 

「ハチマン様、今お一人ですか?是非ご一緒したいです!」

 

 これなら何かと理由を付けて断ればいいので比較的マシだった。

 

「ハチマン様、精一杯おしゃれしてみました!私と一緒に写真を撮って頂けますか?」

 

 これは断るのが中々難しい。彼女にとっては一生の記念になるのかもしれないからだ。

 

「ハチマン様!」

「ルーラー様!」

 

 これがこういう時のハチマンの日常である。女性プレイヤーの方がより積極的なのだ。

だからハチマンは、普段は一人では滅多に行動しない。こうなるのが目に見えているからだ。

そしてハチマンは、頃合いを見てそのまま上空へと飛び上がった。

ある程度の高度で静止した八幡は、周囲の景色がよく見えるようにぐるぐると回り、

更に上空へとのぼっていった。アルンから直接アインクラッドへと転移しなかったのは、

どうやらこの景色を見せる為だったようだ。

ちなみに無言なのは、解説ははちまんくんがしているだろうと思っていたからだ。

そして上空に、鋼鉄の城が姿を現した。

ハチマンはアインクラッドの周りを軽く飛ぶと、そのまま底から普通に中に入る事にした。

 

「さてと、とりあえず始まりの街で行くべきところは……」

 

 ハチマンはそう呟くと、剣士の碑へと向かった。

 

「ここは最初の方の層の名前を見てくれればいいかな、まあただの自慢だな」

 

 そして次にハチマンは、第二層のウルバスへと向かい、

店の外からトレンブル・ショートケーキを眺めながら言った。

 

「どうだ、甘い物が食べたくなっただろ」

 

 ハチマンはフフンと鼻で笑うと、そのまま第二十二層へと向かった。

 

「もっと案内してやりたいんだが、今の到達階層はまだ二十五層なんでな、

まあここは敵も出ない平和で綺麗なフロアだから、ここで我慢してくれ」

 

 ハチマンは途中で何度も女性プレイヤーに呼び止められつつも、

二十二層を少し回ってその景色を見せた後、ヴァルハラ・ガーデンの前まで移動した。

 

「はぁ……やっとここまで来れたか」

 

 八幡は疲れたような表情でそう言うと、ヴァルハラ・ガーデンの入り口を開き、

そこから中へと入っていった。

 

「俺のギルド、神々の楽園ヴァルハラ・リゾートへようこそ、なんてな」

 

 そしてハチマンの視界に広大なホールが姿を現した。

 

「誰かいるか?」

 

 そう声を掛けたハチマンに、返事をする者がいた。

 

「あっ、ハチマンさん!」

「おう、リーファか、兄貴はいないのか?」

「うん、バイトだって」

「バイト?何のだ?」

「内容は知らないけど、クリスハイトから紹介されたんだってさ」

 

 それを聞いたハチマンは先日の出来事を思い出し、気まずそうに言った。

 

「ああ……そういやあいつを金欠にしたのは俺とユキノだったわ……」

「そうなんだ、何があったの?」

「おう、それがあいつな」

 

 そしてハチマンは、先日あった出来事についてリーファに説明した。

 

「お兄ちゃんはたまに天然っぷりを発揮するからね……」

「その辺りはリーファがちゃんと支えてやってくれ」

「うん」

「で、リーファの他に誰かいるんだろ?ユイとキズメルがいないしな、闘技場かどこかか?」

「うん、闘技場に何人かいるかな、フカちゃんとリズさん、それにユージーン」

「まあまだ昼間だしな、しかしリズが一人なのは珍しいな」

「お兄ちゃんのバイトが終わるまでの暇つぶしだってさ」

「そういう事か」

 

 そしてハチマンは、リーファの頭をなんとなく撫でながら闘技場へと向かった。

リーファは少し恥らいながらハチマンにこう尋ねた。

 

「……ハチマンさん、確かに嬉しいんだけど、何で私の頭を撫でてるの?」

「ん?あれ……つい無意識に……これはお前の発する妹オーラのせいだな」

「何それ!?」

「俺も自分で言っててよく分からん」

 

 それを聞いたリーファはクスッと笑いながら言った。

 

「ハチマンさんは、たまにうちのお兄ちゃんよりもお兄ちゃんっぽいんだよね」

「おう、俺は世界のお兄ちゃんを目指してるからな」

「何それ」

 

 再びリーファはクスっと笑い、そして二人は闘技場へと到着した。

その瞬間に二人に気付いたフカ次郎が、ハチマン目掛けてルパンダイブした。

 

「ハチマンすゎ~ん!」

「きめぇ」

 

 ハチマンはスッと横に避け、フカ次郎はそのまま地面に激突した。

 

「ふぎゃっ」

 

 そんなフカ次郎を放置して、ハチマンは闘技場の脇にいたリズとユイの下へと歩み寄った。

 

「リズ、ユイ」

「ハチマン!」

「パパ!」

「これはどうなってるんだ?」

 

 ハチマンはそう言って闘技場の方を指し示した。

そこで戦っているのは、キズメルとユージーンだった。

 

「クリスマスの時にキズメルに頼まれて武器を作ってあげたんだけど、

その試し斬りも兼ねて今ユージーンに稽古を付けてもらってるみたいな?」

「稽古か、それにしちゃ何かユージーンが押されてないか?」

「そうなのよ、力を技術でいなしてるみたいに見えるのよね」

 

 そう言いながらリズベットは改めてキズメルの方を見た。

 

「確かにそう見えますね、キズメルさんはパパ達全員の戦う姿をよく見てますから」

「もう立派な戦力だよね」

「だな」

 

 そう言うとハチマンは闘技場の方へと歩き出した。

それでハチマンに気付いた二人は、戦いの手を止めた。

 

「おうハチマン、久しぶりだな」

「ハチマンか」

「ユージーン、キズメルに稽古を付けてくれてたみたいだな、

本来なら俺がやらないといけない事なのにすまないな」

「確かに稽古のつもりだったが、こっちが押されぎみでな……」

 

 少し落ち込んだようにそう言うユージーンに、ハチマンは言った。

 

「キズメルは昔から特別だからな、それにお前、魔剣グラムを使ってないだろ?

だから気にする事はないさ、とりあえず俺と代わろう」

「ハチマン、いいのか?」

「今のキズメルは俺のところに嫁入りしたようなものなんだろ?

だったら俺が相手をしてやらないとな」

「そうか、感謝する」

 

 ハチマンは昔キズメルがそう言った事を思い出し、冗談めかしてそう言った。

そこに倒れていたフカ次郎が顔をさすりながら現れ、ハチマンに抗議した。

 

「リーダー、何で受け止めてくれないの!フカ次郎は悲しいよ!」

「お前の顔がセクハラする気まんまんに見えたからな」

「えっ!?そんなに欲望が顔に出てた?」

「お前から欲望を取ったら何も残らないだろ、とりあえずそこで見てろ」

 

 そしてハチマンとキズメルは対峙し、キズメルは積極的にハチマンに攻撃した。

だがその攻撃は全てカウンターで止められ、連続した攻撃に繋げられないキズメルは、

そのままずるずると敗北した。

 

「くっ、やはりハチマンは強いな」

「今度時間がある時にまた相手をしてやるよ」

 

 ハチマンは少し時間を気にしながらそう言い、ユージーンを手招きした。

 

「ユージーン、次はお前だ」

「むっ」

「もちろん魔剣グラムを使ってな、さっきの稽古じゃ欲求不満だろ?」

「おう、ついにこの時が」

 

 実はユージーンはまだハチマンとガチでやりあった事は無い。

ほとんどキリトがその相手を務めてきたからだ。そんな訳でついに二人の対戦が実現した。

 

「お手並み拝見だな」

「おう」

 

 ユージーンは激しくハチマンに斬りかかったが、その攻撃は当たらない。

 

「くっ、当たらん」

「敵の太刀筋を予測するのは得意なんでな」

 

 ハチマンは細かい敵の挙動から次にどこに攻撃が来るかを予測し、

余裕をもってユ-ジーンの攻撃を交わしていた。

そのままどんどん前に進んで行ったハチマンは、

ユージーンが腕に力を入れた瞬間にグラムに向けて攻撃を放ち、

自分の武器をグラムで受けさせる事に成功した。

その瞬間にユージーンは頭に衝撃を受け、横に吹き飛ばされた。

 

「ぐおっ」

 

 ユージーンは頭を振り、ハチマンの方を見た。

そしてユージーンは、自分が拳で殴られた事を知った。

 

「何かと思ったら、俺は殴られたのか」

「ああ、そのまま短剣で攻撃するのもちょっとなって思ってな」

「くそっ、さすがに強いな」

「相性の問題もあるんだろうな、俺は人相手が得意だからな」

「更に修行せねばいかんな」

「俺も時間がある時はたまに相手をしてやるよ、もうお前は友達だからな、ユージーン」

「おお!」

 

 ユージーンはその言葉に、とても嬉しそうに頷いた。

そしてハチマンは、次にリーファとフカ次郎に手招きした。

 

「え、私達も?」

「ど、どうしたっすかリーダー、今日はやけにサービス精神旺盛じゃないですか!」

「いいからさっさとこい」

 

 だが二人でも結果は同じだった。リーファは善戦したものの、

カウンターの上にカウンターを重ねられて武器を跳ね飛ばされ、

フカ次郎は背教者ニコラスに変身したハチマンの姿に驚いた瞬間に、手でパチンとされた。

そう、左右からパチンとされたのだ。それでフカ次郎は目を回し、その場に倒れた。

 

「リーファは剣の腕に頼りすぎなところがあるな、普通の敵相手ならいいんだが、

俺相手だともっと魔法も絡めて意表を突くような攻撃をしてこないとな」

「うん、もう少し色々やってみる」

「フカ次郎はまあいいか、まだ半分見習いみたいなものだしな」

 

 そしてハチマンは、仕方ないといった感じでフカ次郎を抱き上げ、

そのまま拠点へと戻ろうとした。そんなハチマンにリズベットが声を掛けた。

 

「ハチマン?私は!?」

「あ?俺がお前と戦える訳が無いだろ、お前は俺にとっては大事な親友だからな」

「あ、そ、そう」

 

 リズベットはそう言われ、派手に顔を赤くし、そのまま黙ってハチマンの後に続いた。

ハチマンはフカ次郎を運びながら、ぼそっと呟いた。

 

「こんな状態だと、こいつも可愛げがあるんだがな……」

 

 その瞬間にフカ次郎がガバッと体を起こし、ハチマンの首に手を回してキスしようとした。

 

「そんなハチマンさんにかわいいフカ次郎ちゃんが熱いベーゼを!」

 

 だがハチマンは最初からフカ次郎が復活していた事に気付いていたのか、

そのまま手を離し、フカ次郎を下に落した。

 

「ぎゃっ」

 

 フカ次郎はそのままお尻から下に落ち、悲鳴をあげた。

 

「も、もしかして気付いてわざと誘いを……?」

「おう」

「くっ……こんな事なら何もせずにお姫様抱っこを継続してもらえば良かった……」

「だな」

「フカ次郎ちゃん一生の不覚!」

「それじゃあお前の人生は不覚で出来てます状態になっちまうな」

「ぐはっ」

 

 そしてフカ次郎を残して拠点に戻った後、

ハチマンは今日は時間が無いと言ってそのままログアウトした。

フカ次郎はうるうるしながらリズベットに尋ねた。

 

「リズさん、なんかハチマンさんのフカ次郎ちゃんに対する扱いが雑じゃないですか!?」

「ああ、あれはあれで多分楽しんでいると思うわよ、

きっとフカちゃんの事を気に入っているのね」

「まじっすか!フカ次郎ちゃん大勝利確定!?」

「そこまでは言わないけど、嫌われてるとかは絶対に無いから安心してね」

 

 その言葉を聞いたフカ次郎はこう宣言した。

 

「決めた!今度の休みに東京に出て、ハチマンさんに会いに行っちゃおう!」

「ほ、本気……?」

「本気と書いてマジと読むくらいには!」

「そ、そう……会えるといいわね」

「駄目だったら友達と遊ぶから大丈夫!」

 

 フカ次郎がそんな宣言をした事も知らぬまま、

八幡はメイクイーン・ニャンニャンの一室で再び意識を取り戻した。


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