ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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多分久々の斜め上!いや、これは真っ当な展開ですかね……

2018/06/17 句読点や細かい部分を修正


第344話 小さなあの部屋は今

「エギル、わざわざこっちまで出てきてもらって悪かったな。

しかも店まで休みにさせちまって」

「いやいや、昔なじみに会うんだから構わないさ」

 

 エギルはそう言ってはにかんだ。そんなエギルに周囲の者達がチラリと視線を向けていく。

やはりエギルはどこに行っても目立つようだ。

 

「一応静先生の許可はとってあるけど、

サプライズって事でサーシャさんには内緒にしてあるからな」

「どんな顔するかなぁ、サーシャさん」

「怯えられちまったりとかしないよな?大丈夫だよな?」

 

 そう体格に似合わず臆病な事を言うエギルに、八幡は言った。

 

「まあ俺が総武高校の元生徒だと知って会いたがってくれてたみたいだし、平気だろ」

「ちなみにサーシャさんの本名は、田中沙耶って言うらしいよ」

「沙耶先生な、了解了解」

 

 そして三人は、総武高校へと向かう為にキットに乗り込んだ。

 

「これが噂のキットか、格好いいなおい」

「お褒めに預かり光栄です、アンディ」

「おお、そういう呼び方をされるのは久しぶりな気がする」

「お前の事は誰もエギル以外の名前で呼ばないからな、まあアルゴもだが」

「あいつと一緒にするなよ、そもそもあいつは未だに本名が分からないじゃないかよ。

俺はアンドリュー・ギルバート・ミルズでアンギル、エギルって近い呼び方だからな」

 

 そしてエギルは後部座席に座ると張り切った声で言った。

 

「さあ、せっかく店を休みにしてまで出てきたんだ、早速サーシャさんに会いに行こうぜ」

 

 そして三人は総武高校の正門から中に入り、そこに佇む静の姿を見付けた。

 

「よぉ比企谷、久しぶりだな」

「先生」

「静先生、お久しぶりです」

「静さん、先日の飲み会ではどうもでした」

 

 どうやらエギルは先日、静と遼太郎と一緒に飲みに行ったらしくそう言った。

 

「明日奈君、比企谷は君に迷惑を掛けていないかね?」

「大丈夫ですよ、ちょっとモテすぎるのが難点なくらいで」

「そうか……まさかあの君がなぁ」

「はぁ、それには俺も同意です、世界の七不思議といっても過言じゃないと思いますね」

 

 そして静は、エギルの方を向いて言った。

 

「この間は『うちの』遼太郎が潰れてしまってとんだご迷惑を……」

「いやいや、あの時は楽しかったから、たまにはいいんじゃないですかね」

 

 どうやら遼太郎は、その飲み会の席で潰れるか何かしたようだ。

そして八幡は、『うちの』を強調した静の言い方にぷっと噴き出し、

その瞬間に八幡の腹に静の鉄拳が飛んだ。だが八幡はそれを軽く受け止め、笑顔で言った。

 

「もう先生の攻撃はくらいませんよ、俺もそこそこ鍛えてるんで」

 

 そう言われた静は少し悔しそうに八幡に言った。

 

「鍛えるとか、君にはまったく似合わない言葉だな……」

「俺もそう思います、でも鍛えてないと正直不安なんですよ」

 

 そんな八幡の言葉にエギルも同意した。

 

「お、それは俺もよく分かるぜ、入院中は痩せ細った自分の体を見て恐怖すら覚えたもんだ」

 

 エギルはその時の事を思い出したくもないようで、嫌そうな顔でそう言った。

 

「私はそこまで鍛えてないけど……」

「明日奈はもう少し太ってくれてもいい。体重をあまり気にするな」

「やっぱり明日奈君が痩せているのは君としては不安なのかね?」

「そうですね、多少心配にはなりますね。

まあ痩せすぎだなって思ったら、甘い物をちらつかせてリバウンドさせてみせますよ」

「うわ、今の聞きました先生?」

「うむ、君は女の敵だな」

「でもその誘惑には勝てないだろ?」

「う…………」

 

 明日奈は苦々しい顔で下を向き、静は明日奈の背中をぽんぽんと叩いた。

 

「それじゃあそろそろ行こうか、

まあ田中先生が進路指導室に来るまであと二十分はあるがな」

「あ、先生、それだったら……」

「大丈夫、ちゃんと分かっているさ、それじゃあ行こう」

 

 そして静は進路指導室の前を通り過ぎ、とある部屋の前で足を止めた。

 

「ここは?」

「元奉仕部の部室だよ、明日奈君」

「八幡の思い出の場所か」

 

 その入り口には部屋名が何も書かれていないプレートが掛かっており、

そこには見覚えのあるシールが貼ってあった。

それを見た八幡は、あの頃とまったく変わってないなと感慨にふけった。

そんな八幡に静はこう言った。

 

「それじゃあちゃんとノックをしたまえよ、

私は生徒指導室で田中先生の到着を待っているからな」

 

 そう言って静は去っていった。

 

「ねぇ八幡君、奉仕部って今でも活動しているの?」

「そういや先生に聞くのを忘れたな、まあ小町の卒業時点では、

小町しか部員はいなかったはずだから、もう活動してないとは思うがな……」

 

 八幡はそう言いながらも、言われた通りノックをした。

その瞬間に、聞き覚えのある声が中から返ってきた。

 

「どうぞ」

 

 その声を聞いた瞬間に八幡の心臓がドクンと脈打った。

そして明日奈とエギルが見守る中、八幡はそっとその扉を開けた。

 

「奉仕部へようこそ、何かご相談かしら?」

「っ!?まさか……雪乃なのか?」

 

 そこには今の雪乃と比べるとかなり若い、昔の雪乃によく似た女生徒の姿があった。

その女生徒はかつての雪乃と同じ位置に座り、同じように文庫本を読んでいた。

その女生徒を見た明日奈とエギルも、雪乃に似ているなと思い驚いた顔を見せた。

 

「いえ、違うわ。でも確かにそういう名前の先輩がいた事は知っているわ」

「だよな、いきなりすまなかった」

 

 そう頭を下げる八幡の姿を見て、その声を聞いた女生徒は、

とても驚いた顔で八幡にこう声を掛けた。

 

「もしかして八幡?八幡なのかしら?」

「……ん、俺の事を知ってるのか?」

「前会ったのは、確か二年前だったかしらね」

「ん、あれ?もしかして……」

「あら、そっちはもしかして明日奈さんかしら?お久しぶりね」

「やっぱり!八幡君ほら、リハビリの先生の娘さんの!」

 

 その言葉で、八幡はその少女が誰なのか気が付いた。

 

「まさかお前、ルミルミか?」

「お前じゃないわ、あとルミルミって呼ぶのはやめなさい、留美よ」

「お、おう、留美な、留美」

「とりあえず座って頂戴、今お茶を入れるわ」

 

 そして留美は四人分のお茶を入れ、その間に八幡とエギルが椅子を用意した。

 

「留美ちゃん、久しぶりだね!」

「ええ、明日奈さんも元気そうで本当に良かったわ」

 

 明日奈はどうやら転院後に何度か留美と面識があったようだ。

八幡は、随分大人になったなと思いながら改めて留美の顔を見た。

喋り方といい雰囲気といい、確かに今の留美は昔の雪乃によく似ていた。

 

「とりあえずこっちにいるのは俺の仲間のエギルだ、エギル、こっちは鶴見留美だ」

「初めまして、鶴見留美です」

「俺はアンドリュー・ギルバート・ミルズ、エギルと呼んでくれ」

「うわ、日本語がお上手なんですね」

「まあ俺はチャキチャキの江戸っ子だからな」

「あ、そうなんだ」

 

 そうはにかむ留美の姿を見て、八幡はまだ子供っぽい所も残ってるんだなと少し安堵した。

 

「しかし留美が総武高校に入学していたとはな」

「まあ私はそれなりに優秀だもの」

「で、ここにいるって事はもしかして奉仕部なのか?」

「ええ、まあ部員は私しかいないのだけれどね」

「そこも雪乃と一緒だな、留美部長」

 

 そんな八幡に留美はこう尋ねた。

 

「私は三人一緒の所しか知らないのだけれど、あの人も最初は一人だったのね」

「ああ、俺が奉仕部に入部させられたのは二年になってからだからな」

「そうだったのね」

 

 そして八幡は留美にこう尋ねた。

 

「なぁ、一人で寂しくないか?」

「う~ん、一人でいるのにはもう慣れちゃったから。

あ、でも友達がいないとかじゃないから安心してね、

たまに友達と一緒にここで喋ったりもするのよ。

それにどうせ家でする読書を、代わりにここでしてるだけですもの」

「そうか、それならいい」

 

 八幡は、今の留美が一人じゃない事に安堵した。

そんな八幡に、再び留美が問い掛けてきた。

 

「どう?懐かしい?」

「そうだな……正直よく分からん。あいつらのいないここは、

俺にとってはそれほど懐かしむ場所じゃないのかもしれないな」

「そっか、そういうのは確かにあるかもしれないわね、場所より人って事なのね」

 

 そして留美は立ち上がると、棚から一冊のアルバムを取り出して八幡に見せた。

 

「これ、多分八幡がいなくなってからの部の写真よ。私も見てしまったのだけれど、

何ていうか最初の方は少し切ない気持ちになるかもしれないわね」

「そんなのがあったのか、見せてもらうわ」

 

 八幡はそう言いながらアルバムをめくった。

そのアルバムの最初には、雪乃の字でこう書いてあった。

 

『二○二三年一月二十五日水曜日、私達が大切な人を失ってから今日で一ヶ月、

それでも私達は前を向いていたと、後輩のあなた達に伝える為にこの記録を残します』

 

 八幡はその言葉を深く心に刻んだ。そしてページをめくった八幡の目に、

とても沈んだような三人の顔が飛び込んできた。雪乃、結衣、いろはである。

 

「三人とも凄く沈んでるね……」

「まあまだ一ヶ月だからな、俺が重い腰を上げてやっと動き出そうと思った時期だな」

「私達は最初から動いてたけど、もし八幡君がいなかったら私も同じ感じだったかもね」

 

 エギルがそう言い、明日奈もそう頷いた。

そしてページをめくる毎に、徐々に三人の顔が穏やかなものへと変わっていった。

時々他の者も混じるようになってきており、奉仕部の再生を感じさせる写真が増えていった。

 

「しかし結衣やいろはは今よりかなり幼い感じに見えるが、

雪乃はまったく変わらなくないか?」

「うん、確かにそうみえるね」

「あの一族はそういう一族なんだよ……うちの理事長からして見た目が若すぎるからな」

「あ、確かに!」

 

 そして途中から小町が登場し、そして一年後に雪乃と結衣の姿が消え、

その次の年にいろはの姿も消えた。だが小町が一人の時代の写真は決して多くは無かった。

日付を見ると、もうすぐ八幡が帰還する頃だからだろう。

そして最後のページには、病院の前でとても嬉しそうに笑う四人の写真と共に、

こうメッセージが添えられていた。

 

『後輩達へ、ついに彼が戻ってきた。何があっても決して諦めない事』

 

 その文字を見た八幡の目に涙が浮かんだ。

明日奈は黙ってそれを拭い、エギルはぽんぽんと八幡の肩を叩いた。

そして留美は八幡からアルバムを受け取ると、それを元の場所に戻して言った。

 

「一度見たし、もうこれは八幡には必要ないわね」

「……そうだな、これから俺達は前だけ向いていくからな」

「あと二年は私がこの場所を守るつもりだけど、その後の事はちょっと分からないわ」

「それはそれでいいさ、その頃にはお前にとってもここには過去しか無いだろうしな、

お前はここを捨てて、新しい未来に羽ばたけばいい」

 

 その言葉を聞いて、留美は八幡にこう言った。

 

「お前じゃないわ、留美だって言っているでしょう?」

 

 その言葉を聞いた三人は笑い、留美もそれに釣られて笑った。

 

「さて、実は今日は田中先生に会いにきたんでな、そろそろ待ち合わせの時間だ」

「田中先生?新任の?」

「ああそうだ」

「知り合いとかなのかしら?」

「まあ昔の馴染みだな」

 

 その言葉に留美は少し考えた後、直ぐに答えを出しこう言った。

 

「ああ、SAO……だから今度うちの顧問が、静先生から田中先生に代わるのかしらね」

「そうなのか?」

「うん、まったく理由が分からなかったんだけど、

多分八幡に接点のある者同士って事なのかもしれないわね」

「そうか……いいか留美、あの人は敵と戦いはしなかったが、

子供達を守る為に一人で変な奴らと戦い抜いた凄い人だ、

何か困った事があったら相談してみるといい」

「田中先生が?そうなのね、うん分かった、必ず頼る事にするわ」

 

 そして八幡達は、留美に別れの言葉を告げた。

 

「それじゃまたな留美、もし今度機会があったら、

知ってる奴らでどこかに遊びにでも行くか?」

「えっ、私でいいのかしら」

「別に構わないさ、雪乃と会わせてみたい気もするし足もあるしな、なあ明日奈」

「うん、留美ちゃんが行きたい所にいこう」

「分かったわ、約束よ、それじゃあまたね、八幡」

「おう、約束だ」

「留美ちゃん、またな」

「留美ちゃんまたね!」

「今日は楽しかったわ、またね、明日奈さんエギルさん」

 

 そして手を振る留美に見送られ、一同は奉仕部部室を後にした。

丁度その入れ替わりでやってきた何人かの女生徒が、

八幡達に頭を下げた後に留美に声を掛けた。

 

「こんにちは。あっ、留美!」

「あら、今日はどうしたのかしら?」

「うん、たまには留美と一緒にのんびりしようと思ってね。えっと、あの人達は知り合い?」

「うん、先頭の人は……ふふっ、内緒よ。後ろの二人は友達なの」

「内緒ねぇ、これは詳しく話を聞かないといけませんな!

でもどっちも格好いい人だね、あと凄く綺麗な人」

「ふふっ、でしょう?」

 

 そして留美は、チラっと八幡を見た後にもう一度小さく手を振り、

そのまま部屋の中に入っていった。

 

「どうやら本当に一人じゃないみたいだな」

「良かったね、八幡君」

「おお、まあ安心したわ」

「さて、サーシャさんとご対面だな」

 

 

 

「平塚先生、今日は何のご用事ですか?」

「何、もうすぐ分かるさ」

「はぁ……」

 

 沙耶はとまどいながらそう返事をした。

丁度その時部屋のドアがノックされ、静は扉に向かって言った。

 

「入りたまえ」

 

 そして部屋の扉が開き、サーシャにとって懐かしい三人組が入ってきた時、

サーシャは無意識に飛び出し、その三人に抱き付いていた。

 

「ハチマンさん、アスナさん、エギルさん、会いたかった!」

「サーシャさん、お久しぶりです」

「サーシャさん!私も会いたかった」

「お元気でしたか?」

 

 三人にそう挨拶され、沙耶は笑顔でそれに答えた。

 

「お久しぶりです、皆さんはどうしてここに?」

「はぁ、実はサーシャさんがここにいるって聞いたもんで、会いに来ちゃいました。

ご存知の通り、ここは俺の母校なんでね」

「なるほど!」

「子供達とは連絡をとったりしてるんですか?」

「ええ、菊岡さんのご好意で、あの子達の連絡先を教えてもらったんです。

皆元気すぎるくらい元気ですよ」

「たまにはいい事をしますね、あの腹黒眼鏡」

「ええっ、そんな呼び方菊岡さんに失礼ですよぉ、ふふっ」

 

 そして静が気を利かせて席を外し、四人は思い出話をした。

そして帰り際、八幡が沙耶に言った。

 

「今度奉仕部の顧問になるんですよね?あそこは昔俺が所属していた部で、

留美は俺の知り合いなんですよ、奉仕部と留美の事を宜しくお願いします、サーシャさん」

「はい、必ず!」

 

 こうしてこの日の邂逅は無事に終わり、エギルを家まで送り届けた後、

八幡と明日奈は今日の戦いに赴く為に家に帰る事にした。

だが微妙に渋滞の為、遅れるかもしれないと思った二人は、

八幡の案内で二日連続でメイクイーン・ニャンニャンを訪れる事となった。


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