明日奈を家まで送り届けた後、八幡は約束通り雪乃に電話を掛けた。
「で、どうしたのかしら」
「おう、実は今日総武高校に行ってきてな、奉仕部の部室に行ったんだよ」
「あらそうなの?久しぶりの部室はどうだった?
まあもう誰も利用しなくなって久しいでしょうから、
少し埃っぽかったかもしれないわね、今度掃除にでも行こうかしら」
「それがな……活動してたんだよ、奉仕部」
「えっ?……意外だわ、小町さんが卒業した後もまだ奉仕部はまだ残っていたの?」
「ああ、部員はたった一人だが、立派に守ってくれていたよ」
そして雪乃はしばらく無言でいた後、万感の思いをこめて言った。
「そう……それは良かったわ、本当に」
「でな、お前達が残したアルバムも見せてもらったよ」
「……あれを見たの?」
「ああ、正直少し涙が出た」
「ふふっ、泣き虫ね」
雪乃は少し弾んだ声でそう言った。
自分達が残した物が評価されて嬉しかったのだろう。
「ちなみにその部員ってのは、昔会った鶴見留美なんだが……覚えてるか?」
「鶴見留美?そう、あの子だったのね」
雪乃はさすがの記憶力を発揮してそう言った。
まあクリスマスイベントにも参加していたのだから、当然かもしれない。
「高校生になった留美は、まるで昔の雪乃を見ているようだったよ。
まあ主に見た目と話し方なんだがな」
「そんなに私に似ているの?それじゃあもうすぐ目つきの悪い男子生徒が入部するのかしら」
「ちなみに顧問は、SAOで俺や明日奈やエギルと交流があった女性に代わったらしい」
「なるほど、つまり今日はその人に会いに行ったのね」
「察しがいいな、その通りだ」
八幡はそう言い、いつか留美を交えて新旧奉仕部のメンバーで集まろうと提案した。
「いいんじゃないかしら、戦争が終われば多少余裕も出るでしょう」
「そうだな、とりあえずそのうちって事で」
「ええ、そのうちね」
そして雪乃との通話を終えた八幡は、結衣といろはにも電話をした。
二人も奉仕部が残っている事に喜んでくれたようで、
留美の話をすると、驚きつつも何となく納得したようであった。
そして八幡はリビングでごろごろしていた小町にもその話をした。
小町もその事には驚いたようで、是非留美に直接会ってお礼をしたがった為、
八幡はそんな小町の頭を撫で、小町は昔を懐かしみながら八幡にそっと寄りかかった。
翌日の夕方、八幡はGGOにログインし、真っ先にロザリアに連絡をとった。
「どうだ?今日は何か動きはありそうか?」
「それがおかしいのよ、それなりに激しく動いてはいるようなんだけど、
戦う気が無いような、何かを準備しているような、そんな気配がするのよね」
「ほうほう、さすがに平家軍の奴らも本気になったって事なのかな」
「とにかく何か企んでいるのは確かだと思うんだけど、
今日はまともな戦闘にはならないかもしれないわね」
「まあたまにはいいさ、引き続き調査を頼む」
「分かったわ」
その言葉通り、その日の戦闘は散発的で、街の外で攻撃を仕掛けても、
敵は直ぐに引っ込んでしまい、双方のスコードロン数が減る事は無かった。
「大将、これはどうやら相手は大がかりな作戦を考えているんじゃないか?」
「コミケもそう思いますか?実は俺もそう考えてました」
「とりあえず何があっても即応出来るようにしておけばいいかな」
「はい、宜しくお願いします」
結局夜まで大規模な衝突が起こる事はなく、この日は早めに撤退する事となった。
「さて、何を企んでいるのやら」
「大規模な攻撃計画でもたてているのかな?」
「どうだろうな、そしたらこっちはここに篭ればいいだけだしな……」
「相手としては、数の力を最大限生かせるような所で戦いたいだろうな」
「このまま逃げ切っても、こちらのスコードロンを一つも倒していないんだから、
報酬はまったく入らないと思うけどねぇ」
「シャナさんを倒さないと意味がないですからね」
主だった者達はそんな話をし、明日は少し早めに集合する事にした。そして迎えた次の日。
「今日で源平合戦も五日目か、さて、どうなる事やら……」
そう呟いてGGOにログインしようとした直前に、八幡の携帯が着信を告げた。
その表示は《拾った小猫》となっていた。
(中にいるはずのあいつから直接連絡?何か急ぎの用事か?)
そして電話に出た八幡の耳に、焦ったような薔薇の声が飛び込んできた。
「八幡大変よ、今平家軍の全軍が出撃したわ」
「全軍で出撃?世界樹要塞にか?」
「それが、そっちとは逆方向なの」
「逆だと……?」
「ええ、多分作戦なんだろうけど、かなり厳しい情報統制が成されていたようで、
その内容はまったく分からなかったわ。というかいきなり動き出したの」
「分かった、引き続き中で情報収集に努めてくれ。敵が攻勢に出たのではない以上、
かならずこちらの耳に入るように何らかの噂がバラまかれるはずだ」
「分かったわ、八……あっ……ご、ご主人様、引き続き情報収集に努めますニャ」
その言葉は唐突だった為、八幡はまったく反応出来なかった。
というか脳がその言葉を認識しなかった。
そして十秒後、やっと耳と脳の回路が繋がったのか、八幡は薔薇に尋ねた。
「……お前、もしかして変なクスリでもやってんのか?」
「ち、違うわよ失礼な!明日奈や詩乃とネコ耳メイドカフェに行ったんでしょ?」
「……なんでお前がそれを知ってる」
ハチマンは、こいついつの間に明日奈を呼び捨てにするようになったんだと思いつつ、
薔薇に情報源を尋ねた。
「あんた、ACSって知ってる?」
「何だそれ?」
「AI・コミュニケーション・システム、アルゴ部長が暇つぶしで作ったアプリよ。
茅場製AIによって運用されているの」
「あいつは一体何をやってるんだ……」
そう呆れる八幡に、薔薇はACSの説明を始めた。
「多人数によるテキストチャットと、音声入力方式の検索エンジンが合わさったものよ。
例えば『メイクイーン・ニャンニャンってどこにあるの?』と尋ねると、
店の位置情報が表示されるわ。そこで『どうやって行くの?』と尋ねると、
そこまでの最短ルートと金額が表示されるわ。AIが判断してくれるから、
曖昧な言い方でもきちんと答えをくれるし、凄く便利なのよ。他にも色々な機能が満載よ」
「…………要するにそれで明日奈や詩乃からその話を聞いたと」
「ええそうよ、あんたがネコ耳にかなり反応してたらしいから、
リ、リアル小猫である私がサービスしてあげたのよ!」
そう言われた八幡は、即座に薔薇にこう返した。
「ああはいはい、かわいいかわいい」
「な、何よその心のこもっていない言い方は!たまには小猫を褒めなさいよ!」
「ああはいはい、褒めてる褒めてる、だからとりあえずさっさとGGOに戻れ」
「くっ……お、覚えてなさいよ!」
「ああはいはい、覚えてる覚えてる」
「こ、今度会った時には絶対に心のこもった言葉をよこしなさいよね!」
薔薇は悔しそうに通話を切り、そのままGGOに戻った。
八幡は、ACSねぇと呟くと、PCを開き、自分で作成したGGOのマップを開いた。
「世界樹要塞から反対方向……まさか一の砦か?」
そう言って八幡の指し示す場所には、砦の廃墟があった。
その名も一の砦、これは街から一番近くにある砦という意味だった。
大軍勢を迎え撃つ為に作られたという設定の砦で、両側に二重の堅固な城壁を持ち、
中は広いが城門は狭く、そこに至る外からの通路は左右が切り立った崖になっていた。
ここで待ち構えられたらかなりまずい事になるという、そんな施設だった。
「あそこに立てこもるという事はつまり……
そうか、あいつらついに、形振り構わず勝ちに来たか」
もし八幡らがその砦を攻めなかった場合、
当然八幡らと立てこもった者達は全員失格となる。
だが何組かでも平家軍の者が残っていれば、
例えば最近街の近くでうろうろしていると噂になっている、
源氏軍の白い髪の少女と交戦する事で参加資格を維持し、
双方の主力が全滅した所でその少女を倒せば平家軍の勝利が確定する。
もちろん八幡を倒した事によるボーナスは得られないが、
少なくとも最低限戦争に勝ったという結果は残る事になる。
「さすがにあの人数差だと、正面から攻め落とすのは無理だな……
とりあえずあいつの意には反する事になっちまうかもしれないが、
銃士Xと合流すべきか?そうすれば少なくともドローで終わると思うが」
そう呟いた八幡の目に、昔書いたのだろう、地図上のとある文字が飛び込んできた。
「これは……そうか、一ノ谷の戦いの逆落としみたいなものか、名前も似てるしな」
その後も八幡はうんうん唸っていたが、どうやら作戦が決まったようだ。
八幡はGGOにログインし、先ずロザリアに連絡をとった。
「どうだ?何か分かったか?」
「確かに噂が流れ始めたニャ、敵は廃棄された砦に立てこもったらしいニャ」
「おお、あまりの小猫のかわいさに一瞬気絶しそうになったわ、
それじゃあまた何かあったら連絡する」
「あっ、ちょっ……」
そして八幡は、通話を終えた後にぼそっと呟いた。
「そういうのは実際に俺の目の前でネコ耳メイド服を着た上でやれってんだよまったく、
そしたらさすがの俺もちゃんと褒めてやるんだがな」
実はこの呟きをたまたまベンケイが聞いており、
後日ACSでたまたまその話題を出した為、
その日のうちに薔薇は、自前のメイド服を購入する事となる。
シャナは仲間達が全員集まるまで、フローリアの協力を得ながら何か作業をしていた。
そして仲間達が全員揃ったのを見計らって、シャナはこう切り出した。
「どうやら平家軍が捨て身の作戦に出たらしい」
そしてシャナは、一の砦の情報と自身の考えを仲間達に伝えた。
「ああ、あそこか!これは厄介だな」
「どうするよ、あそこを正面から落とすのはさすがに無理だろ?」
「そこってそんなにやばい場所なのか?」
「とりあえず今、フローリアに協力してもらって作った立体図を出すから見てみてくれ」
そして空中に一の砦の立体図が表示された。それは即席で作ったにしてはいい出来で、
その砦の堅固さが嫌という程伝わってきた。
「これか……これはどうしようもないな」
「ですな、正面からだとさすがにどうしようもないですな」
コミケがそう言い、セバスがそれに同意した。
軍事の専門家が二人揃ってそう言った為、シャナは正攻法では無理だなと改めて思った。
「とりあえず俺も、正攻法でアレを落とすのは無理だと思う」
「って事は何か考えがあるんだね?」
「ああ、俺の考えはこうだ」
そしてシャナは、考えた作戦を仲間達に披露した。
「まじかよ、それは盲点だったわ……」
「確かにそれならいけるかもしれないな」
「正面を担当する人のリスクが高いけど……」
「シャナ、正面から仕掛ける役目は俺達にやらせてくれないか?」
その作戦を聞いたコミケがそう言い出した。
「皆、実は俺達は、どうしても外せない任……いや、仕事があって、
明日までしか戦いに参加出来ないんだ。だからこの危険な役目は、
死んでしまってもまったく問題が無い俺達にやらせてくれないか?
もちろん死んでも作戦は成功させるつもりだ」
そう言うコミケの瞳は燃えに燃えていた為、仲間達からは反対意見が出る事も無かった。
「よし、それじゃあ作戦も決まった所で、形の上でだが街に凱旋といくか」
そして源氏軍は、十台のハンヴィーに分乗して街へと向かった。
コミケとトミーはブラックに乗せてもらう事となり、
ケモナーは一人減った闇風達の所に混ぜてもらう事となった。
どうやら闇風とケモナーは性格的に相性がいいらしく、既に意気投合していた。
闇風が実はケモナーと同じ趣味を持っているという噂も流れたが、
その真偽はまだ確認されてはいない。
「おい、あれを見ろ」
「あれってまさかシャナか?おい皆、源氏軍が帰ってきたぞ!」
「え?もう戦争は終わり?」
「平家軍の奴らは夕方の間に街から出てったぞ」
「都落ちって奴?」
「さあな、ただ確かなのは、今目の前に源氏軍が勢揃いしてるって事だけだな」
平家軍としては、街に平家軍の者が残っている事を源氏軍に知られたくない為、
居残りの平家軍の者は、源氏軍の帰還を隠れて観察する事しか出来なかった。
こうして源氏軍は、一時的にではあるが、街へと帰還する事となった。