ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/17 句読点や細かい部分を修正


第354話 社長がモテすぎてむかつく乙女の会

 雪乃と杏の二人は、仲良く外でお昼を食べていた。

学食を利用する事も考えたのだが、色々聞かれる可能性もあり煩わしかったのだろう。

 

「ふふっ、今日は驚いたかしら?」

「うん、かなり!雪ノ下さんはソレイユの社長さんの妹だったんだね」

「ええ、いずれ私もソレイユに入社して、彼を支える事になると思うわ」

「支える?部長さんを?雪ノ下さんならもっと上にいけると思うけど……」

 

 雪乃の優秀さを知っていた杏は、何となしにそう質問した。

 

「部長?ああ……いいえ、彼は今は部長扱いだけど、

多分正式に入社したら直ぐに社長になると思うわ」

「ええっ!?そ、そうなの?」

「さっき言ってたでしょう?クルスさんは彼の秘書になる予定で入社したのよ」

 

 そう言われた杏は、先ほどの陽乃の言葉を思い出しながら言った。

 

「あっ、そういえば確かに言ってた!」

「まあそういう事よ、あなたも彼女の親友なら、ソレイユへの入社を目指してみる?」

 

 面白そうな表情でそう言った雪乃に、杏は困った顔でこう答えた。

 

「真面目に考えてみたいけど、実はうち、家業があるんだよね」

「あらそうなのね、ちなみに何を?」

「母が銀座でスナックをやってるの」

 

 その言葉に、雪乃は先日八幡から聞いたミサキの事を思い出した。

その説明によると、店の名前は確か彼女と同じ名前だったはず。

 

「ちなみに何ていうスナックなのかしら」

「美咲だよ、母の名前と一緒なの!」

 

 雪乃はその予想通りの返事に瞠目した。

 

「そう……これも運命なのかしらね」

「えっ?」

「いいえこっちの事よ。杏さんだったかしら、これからは私とも仲良くしてね」

「うん、クルスと三人で今度どこかに遊びに行こうよ!」

「ふふっ、楽しみにしているわ」

 

 この三人はこの日から、在学中はずっと仲良く過ごしていく事となる。

ちなみに男を一切寄せ付けない三人組としても有名になる事となった。

 

 

 

「初めましてキット、私は間宮クルスです。

今度八幡様の秘書を拝命する事になりますが、今後とも宜しくお願いします」

『これはご丁寧に有難うございます。それにしてもクルスは私が喋っても驚かないのですね』

「ええ、調べてあったので」

『なるほど』

 

 キットに乗り込んだ直後から、いきなりそうキットに挨拶するクルスの姿を見て、

さすがの八幡と陽乃も驚いた。

 

「おいマックス、お前キットの事も事前に調べてあったのか」

「ああ、やっとマックスと呼んでもらえました。

あの場だと仕方なかったとは言え、そう呼ばれない事が凄く残念だったんですよ。

で、その事ですが、はい、八幡様の事はかなり詳しいと自負しております」

「……いい加減その呼び方はやめないか?何かむずむずするんだが」

「いえ、公私の区切りはきっちりと付けないといけません」

 

 その言葉に八幡と陽乃は顔を見合わせた。

どうやら同じ事を考えたらしく、代表して八幡がこう言った。

 

「よし、ソレイユに着くまでこの車内は完全なプライベート空間とする。

それでマックス、最初に俺がお前の前に現れてからここまで、どう思ったんだ?」

「もう超凄いです、八幡様格好良すぎます、

あのクソ野郎に腕を掴まれた時は鳥肌が立ちましたけど、

まさかあそこで私を助けに来てくれるなんて思ってもいませんでした!

ああ、さすがは私の全てを捧げられるお方、もうこのマックスを八幡様の好きにして下さい!」

「…………………………えっと」

「はい何ですか?伽ですか?伽ですよね!?

そのまま妾にする勢いでも構いませんので思いっきりやっちゃって下さい!」

「…………………………やっぱりここは公の場って事で」

「大変失礼致しました。誠心誠意お仕え致しますので、どうかこのマックスをお見捨てなく」

 

 さすがの二人も、この豹変っぷりには呆気にとられたようだ。

 

「……姉さん、こいつはもしかして、定期的にガス抜きが必要ですかね」

「そうみたいね、これも社長の努めだと思って頑張ってね。

優秀な人材なんだし、絶対に逃がしちゃ駄目よ」

「明日奈に何て言えばいいですかね……」

「まあ実害が無ければいいんじゃない?多少のスキンシップなら許容範囲でしょ」

「…………はぁ、そうですね」

 

 そして八幡は、ついでとばかりにゲーム内モードで会話するようにクルスに言った。

 

「八幡様、了承」

「ふむ……これからソレイユに乗り込む訳だが、今の気分はどうだ?」

「緊張増大、不安」

「大丈夫だ、小猫が優しくお前を出迎えてくれるさ」

「小猫室長、興味、多分とてもかわいい人」

 

 そして八幡は、陽乃に振り返ってこう言った。

 

「どうです姉さん、面白い奴でしょう?」

「それは間違い無いわね、まさにソレイユに入社する為に生まれてきたような子ね」

 

 その高い評価に、クルスはとても嬉しそうに言った。

 

「過分な評価、感謝します」

「それじゃあもう仕事モードに戻していいからな」

「はい、それじゃあそうしますね、八幡様」

 

 そしてソレイユに着いた三人を薔薇が出迎えた。

 

「おう、出迎えご苦労」

「それじゃあ私はもう一度出るから、八幡君達の事は宜しくね」

「はい、分かりました」

 

 陽乃は他に用事があるらしく、別の公用車で再びどこかへ出掛けていった。

そして薔薇は、クルスの顔をしげしげと見つめながら言った。

 

「知っていたとはいえ、まるでゲームの中からキャラが抜け出してきたみたいね、

違うのは髪の色だけとかちょっと衝撃だわ」

「それを言ったらSAOも同じ事だろ、お前の時だって、

ゲーム内で思いっきり手加減無しでぶっ飛ばした奴が目の前に現れたから、

俺もちょっと気まずかったんだぞ」

「そ、その事はもういいじゃない!私の黒歴史を蒸し返さないで!」

 

 薔薇はそうおろおろしたした後に咳払いをし、クルスに挨拶をした。

 

「改めて初めまして、私が秘書室長(仮)の薔薇よ」

「かっこかり?まあ確かにまだそうだが」

「あっ、小猫室長だったんですか!お会いしたかったです小猫室長!

猫は猫でもアダルトな猫でしたね、思ったのとは違いましたが、

これがギャップ萌えというものなのですね……感服しました」

 

 そう呼ばれた薔薇は、こめかみをピクピクさせながらこう言った。

 

「わ、私の事は、薔薇室長と呼びなさい、いいわね?」

「あ、はい、そうび……」

「こいつの事は小猫室長と呼ぶんだぞ、いいな?」

「えっ?」

 

 そして八幡と薔薇、二人の顔を交互に見たクルスは、笑顔でこう言った。

 

「分かりました、小猫室長ですね!」

「ぐっ……」

「おう、そうだそうだ、それでいい」

 

 クルスにとって、どちらの言葉を優先させるかは自明の理であった。

もはやこの情勢を覆すのは叶わないと思い、薔薇は妥協してこう言うのが精一杯だった。

 

「み、身内しかいない時はそれでいいわ。でも他人がいる時は、ただ室長とだけ呼ぶのよ」

「分かりました!」

 

 八幡も、まあ仕方ないかという風に肩を竦め、その意見に納得する姿勢を見せた。

それでやっと薔薇は安心し、改めてクルスに手を差し出した。

 

「今日はもう一人の秘書候補も呼んであるわ、

三人で仲良くこのおっぱい星人を支えていきましょう」

「おい、唐突におかしな事を言うんじゃねえ!俺はそんなんじゃねえよ!

普通でいいんだ普通で!」

「何よ、女の子は男のそういう視線に敏感なのよ?

あんたの視線くらい気付いてるに決まってるじゃない」

「それは男の本能であって理性の部分ではない、

お前らを前にすると少しその頻度が増すだけで、それはあくまで反射の領域だ、

だから俺は何も悪くはない」

 

 そう主張する八幡に、クルスは真顔で言った。

 

「私は別に八幡様が喜んで頂けるなら、いつでもこの胸を見て頂けたらと」

「ほら、この子もそう言ってるわよ」

 

 そう調子に乗る薔薇に、八幡はぼそっとこう言った。

 

「お前の事は、雪乃に報告しておくからな」

「クルス、もうこの話題はおしまいよ、やはり八幡をこれ以上からかうのは良くないわ」

「はいっ!」

 

 薔薇は一瞬で代わり身を見せ、何も知らないクルスは素直にそう答えた。

八幡は内心で雪乃の存在に感謝しながらも、

こういう時にばかり雪乃を引き合いに出すのに気が引けたのか、

今度会った時は雪乃に優しくしなくてはと心に誓った。

そしてソレイユ本社の入り口を潜った三人の目に、

何か揉めているような受付の様子が飛び込んできた。

 

「……何だ?」

「何か揉めてる?」

「というかクレームのようだな、ガードマンもどうすればいいか分からずに、

判断を保留しているみたいだな」

 

 そのガードマンは、救いの神が現れたという風に薔薇の方を見た。

薔薇はそれに頷き、ガードマンに事情を尋ねる事にした。

八幡はそれを見て、薔薇の存在感が社内で増しているのを感じ、一人頷いた。

 

「どうしたの?」

「それが……」

 

 薔薇がガードマンに聞いた話だと、

クレームを付けているのはどうやら今年ソレイユの入社試験を落ちた者らしい。

で、たまたま受付の者が知り合いだったらしく、

しつこく食い下がって詳しい選考基準等の話を聞こうとしているようだ。

受付の者も、相手が知り合いだけに対応に苦慮しているらしい。

更に言うと、その時の採用担当者は陽乃自身であったらしく、今は不在である。

八幡はそれを聞き、先ほどは後方にいた為見えなかった受付の様子をもう一度眺めた。

 

「あれ、折本か、まだ研修中だったのか」

「ああ、研修は今日で最後のはずよ、彼女にとっては不運だったわね」

「それにしても折本の知り合い?って事は同じ学校の奴なのかな」

 

 八幡はそう思い、クレームを付けている者の方を見た。

その人物の奇妙な手の動きに記憶が刺激され、八幡はその人物の名を思い出した。

 

「玉縄じゃねえか……」

「知り合い?」

「ああ、海浜総合高校の元生徒会長だな、あそこにいる折本とは同級生のはずだ」

「あらあら、それは大変ね」

「まあとりあえず何を言っているか後ろで話を聞いてみるわ」

 

 そして八幡はこっそりと玉縄の後ろに付き、その言葉に耳を傾けた。

かおりも八幡の存在に気が付いたようだが、

ここで安易に八幡に頼るまいと一人で頑張る事にしたようだ。

 

「だから僕を入社させる事によって、御社には凄まじいシナジー効果が生まれるはずなんだ、

是非担当者にその事をお伝え頂きたい」

「ですから担当者は今外しておりまして、確かにそのお言葉はお伝えすると約束致しますが、

それで採用か不採用かが左右される事は無いと思います」

 

(うわぁ、こいつ何も変わってねえな……)

 

 八幡はそう思い、これは何も言っても無駄だと早々に判断した。

 

(とりあえず介入するか、折本の成長の機会を奪う事になるかもしれないが、

これは相手が悪すぎるな)

 

 そして八幡は、玉縄の肩をぽんぽんと叩いた。

 

「よお」

「誰だ、今はかおり君と大事な話を……って君は……ま、まさか」

「そのまさかだよ、久しぶりだな玉縄」

「な、何故君がここにいるんだい?」

「それは俺が、ソレイユの部長だからだな」

 

 そう言って八幡は、玉縄に名刺を差し出した。

 

「なっ……君は噂によるとまだ学生のはず、何故君がソレイユの部長に?」

「さあ、何でだろうな」

 

 そして八幡は、声を潜めながら玉縄に言った。

 

「しかしお前、どうしてそこまでうちに拘るんだ?

まさか折本が受付にいたから、どうしても同僚になりたいと思ったからじゃないよな?

確かにクリスマスイベントの時にお前が折本を見る目はそういう目だったが……」

「ええっ!?」

「何だ折本、気付いてなかったのか?」

 

 かおりはその言葉にこくこくと頷いた。

そして八幡は玉縄の顔を見たが、その顔は真っ赤に染まっていた。

 

「え、まじか……採用に関しては、冷たいようだがうちでは絶対に無理だ、諦めろ。

うちの基準はお前が想像する以上に厳しいんだ、

この折本は、実はその狭き門を潜り抜けた強者なんだぞ、

だからまあ、今日は最後にその思いの丈を折本に伝えてそれで引き下がってくれ。

その結果については俺は何も保障はしないがな、後はお前の意思に任せるさ」

 

 そう言って八幡は、入り口ホールにいた者を全員退去させた。

そしてその場に残されたのは、かおりと玉縄と、

遠くでガードマンの役目の代わりをする八幡だけとなった。

そして玉縄がかおりに何か伝え、かおりは八幡に手招きした。

 

「…………何だ?」

「いいからこっちこっち」

 

 そしてかおりは八幡にそっと寄り添うと、玉縄に頭を下げた。

 

「玉縄君の気持ちは嬉しいんだけど、私にはもうどうしようもなく好きな人がいるの、

だからその気持ちに応える事は出来ません、ごめんなさい」

「そ、そうか……今日は仕事の邪魔をして悪かったね、さようならかおり君」

「うん、さよなら……」

 

 そしてかおりは玉縄を見送り、同じように八幡も無言で玉縄を見送った。

 

「おい、お前の好きな奴って俺の事じゃないだろ?何で俺を呼んだんだよ」

「…………あ、やっぱり分かっちゃった?でも勘違いするのは向こうの勝手だよね?」

 

 かおりは少し間を開けた後にそう言った。

 

「まあいいや、研修最終日がこんな事になっちまったが、まさかやめるとか言わないよな?」

「うん、もちろんやめないよ、だってここで働くのは楽しいんだもん」

「そうか、それじゃあ俺は行くぞ、最後までしっかりな」

「うん、助けてくれてありがとうね、またね、比企谷……いえ、次期社長」

「おう、またな」

 

 その八幡の後姿に向け、かおりは小さい声でこう呟いた。

 

「勘違い?そんな訳無いじゃない、もう、モテるくせにこういう事には鈍感なんだから……」

 

 その姿を、薔薇とクルスがこっそりと物陰から見つめていた。

そしてクルスは薔薇に言った。

 

「小猫室長、あれって絶対そういう事ですよね」

「そうね、今日はあんたと南と飲みにいくつもりだったけど、あの子も誘う事にしましょう」

「分かりました、お供します。でも私はともかく小猫室長は明日の戦いを控えてるんで、

今日は絶対に飲みすぎないようにして下さいね」

 

 こうして第一回社長がモテすぎてむかつく乙女の会の開催が決まった。

この会はいずれ規模を大きくし、社内で一大勢力を築く事になる。

 

 

 

 そして薔薇とクルスと再合流した八幡は、久しぶりに南と言葉を交わし、

後は三人だけでという事でソレイユ本社を後にした。

明日はいよいよ戦争最終日、決戦の時である。


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