「シャナ様、ゼクシードをどうするの?」
「舞台は用意してやったんだ、あいつのお望み通り相手をしてやるさ」
「……シャナ様、どこを見てるの?」
銃士Xは、シャナが自分の方を見ないでそう言った為、首を傾げながらシャナに尋ねた。
「ん?MMOトゥデイのスタッフさんだな、要するに俺は今、
この様子を街で見ているユッコとハルカに向かって言っているって事だ。
そうすればゼクシードにも伝わるだろ?」
「なるほど」
街でいきなりシャナに名指しされた当の二人は、そのセリフを聞いて仰け反った。
「ちょ、ちょっとユッコ、いくらなんでもあいつ、化け物すぎるでしょう」
「多分推理の結果だとは思うけど、確かにちょっとね……」
そして二人は、顔を見合わせながら苦笑した。
「まあいっか、どうせこの事は伝えるつもりだったしね」
「どっちが勝つかな?」
「そんなの決まってるじゃない」
「だ、だよね、もちろん我らが……」
「あいつでしょ」
「デスヨネ……」
だが勝ち目がほぼ無くとも、伝えなくてはいけない事もある。
そして二人はゼクシードにこの事を伝え、事の成り行きを見守る事にした。
「そうか分かった。それなら堂々とあいつの前に姿を現す事にする。
どうせこの戦いは負けだし、俺の知名度が上がればもうそれでいい」
「清々しいくらい自分本位ですね」
「さっすがゼクシードさん、小物界の大物!」
「そんなに褒めるなって。それにしても今回の報酬は無しか……
二人には俺に惚れたばっかりに貧乏クジばかり引かせちまってすまん」
「「えっ?」」
「えっ?」
そしてしばらくの沈黙の後、慌てたようにゼクシードが言った。
「す、すまん、ちょっと言ってみたかっただけだ」
「ですよね、ああびっくりした」
「いくらゼクシードさんでも、そんな訳の分からない勘違いをするはずがないですよね!」
「お、おう……当然だ」
この時ゼクシードは少し涙目だったのだが、それは当然二人には分からなかった。
だが鋼のメンタルを誇るゼクシードは直ぐに立ち直り、張り切った口調で二人に言った。
「よし、それじゃあシャナの所に行ってくるわ」
「はい!」
「モニターで見てますからね!」
そしてゼクシードは、自らの銃を背中のホルスターに収めて堂々と歩き始めた。
予告通り一切の抵抗は無く、ゼクシードはすんなりと本陣に入る事が出来た。
「お前は……」
そんなゼクシードの前に、銃士Xが姿を見せた。
「こっち、シャナ様がお待ちかねよ」
「……分かった」
ゼクシードは、既に失格して自分には絶対に手が出せない立場の銃士Xに素直に従った。
シャナが奇襲を掛けてくる事も無いだろうから問題は無いだろう。
ゼクシードはそう考え、周囲をきょろきょろしながらこう呟いた。
「本当に誰もいないんだな」
「その代わり、あなたの仲間達が今まさに全滅しようとしている」
「遅かれ早かれそうなったさ、そもそも最初から勝てる見込みの無い戦いだ」
その言葉に銃士Xはきょとんとした。
「ならどうしてあなたは平家軍に参加したの?」
「そんなの決まってるだろ、平家軍じゃないとシャナと戦えねえからだ」
「そう、それは確かに真理」
銃士Xは納得したような顔で言った。
そしてゼクシードは、遂にシャナの前に立つ事となった。
「よぉ」
「おう」
「さて、やるか」
「だな、俺は今回はこれを使う」
そう言ってゼクシードが左手で取り出したのは、一振りの短剣だった。
「…………あ?」
「何だよ、何か文句でもあるのか?」
「いや、っていうかそもそもお前、短剣なんか使えるのか?」
「人並みにはな」
「まあ別に構わないが……俺は普通にこれを使うぞ」
そう言ってシャナが取り出したのはグロックだった。
「別に構わないぞ」
「そうか」
その様子を見ていた観客達は、当然のようにどよめいた。
「おいおい、いつもと逆じゃないかよ」
「ゼクシードが短剣?何の冗談だ?」
「この戦いはどうなっちまうんだよ……」
そして観客達はゴクリと唾を飲み込み、場は奇妙な静寂に包まれた。
「よしマックス、カウントだ。ゼクシードもそれでいいな?」
「おう、好きにカウントしてくれ」
その言葉を受け、銃士Xは右手を上げて手を開いた。
そして銃士Xは、指を一本づつ折りながらカウントを始めた。
「ファイブ、フォー、スリー、トゥー、ワン……」
そのカウントがワンになった瞬間、ゼクシードは空いた右手を腰の後ろに回し、
銃を抜いていきなりシャナに向けて発砲した。
「甘えよ!」
次の瞬間に水色の閃光が走り、ゼクシードの放った弾丸は二つに分かれ、
シャナの左右の後方へと飛んでいった。
「なっ……」
ゼクシードは次弾を放つ事も忘れ、その場に立ち尽くした。
それを見ていた街の者達も呆然とした。
そして何が起こったのかやっと脳が理解したのか、その場は驚愕に包まれた。
「お、おい今……」
「一発だけだけど弾丸を斬ったのか!?」
「確かにバレットラインが見えれば一発くらいは可能かもしれないけどよ……」
「本物の化け物かよ!」
だがこのプレイヤー達は知らない、世の中には更なる化け物が存在する事を。
彼らがそれを知るのはもう少し先の事である。
「卑怯者」
銃士Xが冷たい声でゼクシードにそう言い放った。
だがシャナは笑顔で銃士Xにこう話し掛けた。
「いやいやマックス、俺もこいつもカウント0で勝負開始だなんて一言も言ってないからな。
俺はカウントするように言っただけだし、こいつも好きにカウントしろと言っただけだ」
「でも……」
「形振り構わず勝利を掴みにくるこいつのこういう所、『嫌いじゃないぜ』」
シャナは闇風の真似をしてそう言った。
「まあゼクシードの銃がフルオートやセミオート射撃が出来ない事は、
さっき闇風からの通信を受けて知ってたからな、こうなる事が分かってれば、
一発だけなら何とでもなるさ」
「納得、さすがシャナ様、そして闇風えらい」
「何だよそのグロックは!」
ゼクシードは我に返り、シャナにそう言った。
「これか?これはシノンに借りたものだな。
どうだこの刀身、あいつの髪の色とそっくりで綺麗な色だろ?」
「そんな事は聞いてねえ!何でわざわざ他人の装備を借りてんだって聞いてるんだよ!」
「だってお前、俺がアハトXを使ったら勝負にならないじゃないかよ」
「なっ……いいからそっちを使え!俺と全力で戦えっつってんだよ!」
「別に今だって全力だっつ~の」
そしてシャナはグロックをしまい、アハトXを左右の手で構えた。
「ほれ、いつでもいいぞ」
「くそっ、なめやがって……」
そしてゼクシードは雄たけびを上げながらシャナに連続して銃弾を放った。
シャナはアハトXを合体させ、扇風機のようにクルクル回しながらその攻撃を防いだ。
「何だよそれ……あ、くそっ、もう弾が……」
「弾切れか?それじゃあ遠慮なく……」
「なっ、は、速っ……」
そしてシャナは瞬発力だけでゼクシードの下に跳躍し、ゼクシードの胴を一刀両断にした。
「ほれ終了だ、闇風、マックス、仇はとったからな」
「くっそ、勝てねえ……」
「まあ負ける気は無いが、何度でも付き合ってやるぞ。
ただし下らない噂が発端の今回の騒動みたいなのはもう勘弁だぞ」
「ちっ、分かってるよ」
そしてゼクシードは光の粒子となって消滅した。
その瞬間に、ゲーム全体にファンファーレと共にアナウンスが流れた。
『源平合戦は、源氏軍の勝利となりました。源平合戦は、源氏軍の勝利となりました』
シャナとゼクシードのあまりにもあっけない戦いに拍子抜けしていた者達も、
このアナウンスを聞いてテンションが上がったのか、
あちこちで大歓声が上がり、街は大騒ぎとなった。
「うおおおお、源氏軍!源氏軍!」
「やっぱり女のいる方が勝つ事になってるんだな……」
「四十倍の兵力を全滅させるとかまじかよ!」
「さすがは俺達のシャナだぜ!」
その当のシャナは、銃士Xに膝枕をされ、ダウンしている真っ最中だった。
「悪いなマックス、はぁ、もうこんなきついイベントは二度とごめんだぞ……
色々考えすぎて脳が沸騰しそうだわ」
「シャナ様は頑張った!しばらく戦いから離れてのんびりして下さい!」
「おう、遠慮なくそうさせてもらうわ……」
そして敵を全滅させた源氏軍の面々がシャナの下へと駆け付けた。
銃士Xはシズカの姿を見付けると、そちらに手を振りながら言った。
「シズカ様、ピンチヒッターの役目は果たしました、交代お願いします!
シャナ様がグロッキーです!」
「えっ?大丈夫なの?」
「ちょっと色々溜まってた疲労が出ただけだ、気にするな」
「う、うん、それじゃあとりあえず代わるね、銃士Xちゃん」
「正妻様も、私の事はマックスとお呼び下さい」
「あ、うん、分かった、これからも宜しくね、マックスちゃん」
「はい!」
そして源氏軍の者達は、シャナの下に集まってかわるがわる声を掛けた。
「おうシャナ、本当にお疲れ!」
「ダインか、今回は本当にありがとな」
「シャナさん大丈夫ですか?ゆっくり休んで下さいね」
「シュピーゲル、闇風の仇はとったぞ」
「ははっ、さすがのシャナも今回ばかりはダウンか」
「うるせえたらこ、そう思ったら俺の足でも揉め」
「あら、それなら私が……」
「い、いやミサキさん、冗談ですから大丈夫です、大丈夫ですから!」
「お前もやはり人間だったのか、最近人間じゃないんじゃないかと思い始めていたが……」
「先生……」
そして他の者達にも律儀に声を掛けたシャナは、
最後にその様子を撮影していたMMOトゥデイの者を呼んだ。
「いやぁ、実にいいものを見せてもらいました、
僕達に放送を任せてくれてありがとうございます、シャナさん」
「シンカーさん自らわざわざすみませんね」
実はその場でカメラを回していたのはシンカー本人であった。
「また何かイベントを企画するならいつでも声を掛けて下さいね」
「ははっ、もうしばらくは何も無いと思いますよ、さすがに疲れましたしね」
こうして長いようで短かった源平合戦は幕を閉じた。
源氏軍に所属した者達は、他のプレイヤーから一目置かれるようになり、
平家軍の者達は、愚か者の烙印を背負う事となった。
噂は完全に払拭され、当分は嫉妬以上の感情がシャナに向けられる事は無いだろう。
ユッコとハルカは、今回の結果について話をしていた。
「結局こうなるのよね」
「まあ仕方ないよユッコ、今回は私も心情的にはあっちが勝って良かったと思うもの」
「まあそうだよね、それじゃあとりあえずゼクシードさんを労いにいこっか」
「うん、卑怯な手を使った上に負けちゃったんだし、盛大にへこんでるだろうしね」
「あはははは、ゼクシードさんの株はもうストップ安だね」
「まあ今までと何も変わらないよ、それでもとりあえずうちの稼ぎ頭なんだし、
まだまだ頑張ってもらわないとね」
そして闇風は……
「お~いお~い、シャナ~!皆~!」
「や、闇風さん!僕は……僕は……」
「俺の意思を尊重してシャナに報せてくれたんだな、ありがとな、シュピーゲル」
「はい!」
そう明るい声で闇風に返事をしつつも、
シュピーゲルの心に生まれたゼクシードへの憎悪は確実に根付いていた。
そしてシャナはぶっきらぼうな態度で闇風に言った。
「……おい闇風、お前何でここにいるの?」
「死んで直ぐに街を飛び出してここまで走ってきたぜ!」
「まじかよ、元気だな……」
「そういうお前は随分疲れてるみたいだな、お疲れ!」
「うるさい黙れ、大声が頭に響く」
「わ、悪い」
そんな闇風に、シャナに膝枕をしているシズカが言った。
「大丈夫だよ闇風さん、こう見えてシャナは照れてるだけだから」
「おいシズカ……」
「そうなのか!ははっ、そんなツンデレなシャナも……」
そしてその場にいた源氏軍の者達は、声を合わせて一斉に言った。
「「「「「「「「「「嫌いじゃないぜ!」」」」」」」」」」
そしてそのままこの日は各自で解散という事になり、
源氏軍の者達は、ハンヴィーに分乗して街へと帰還を開始した。
そして闇風は、シャナと共にブラックに乗り込む栄誉を与えられた。
他に乗り込むのは最初の犠牲者であるロザリアと、シズカであった。
そしてシャナが、唐突に闇風にこう質問した。
「なぁ闇風、お前明るく振舞ってたけど、
本当はゼクシードに負けたのが悔しくて仕方ないんだろ?」
「……やっぱ分かるか?」
「まあな」
「正直多少の地形的不利があってもいけると思ってたんだけどな、
ちょっと調子に乗ってたかもしれん」
「まあドンマイだな、今度改めてまた挑めばいいさ」
「はぁ、最近はバイトの面接も落ちるし、あの馬鹿にも負けるし踏んだり蹴ったりだわ……」
闇風は落ち込んだ声でそう言った。
「バイト?」
「おう、さすがに最近ゲームのしすぎで手持ちがちょっと……な」
「そうか、それなら俺がバイトを紹介してやろうか?」
「え、まじで?多少時給が安くてもいいからお願いしたい!」
「時給は三千円だな、まあ長い時間は出来ないが」
「まじかよ!おいシャナ足を出せ、俺がなめて綺麗にするから!」
「お前な……」
そしてシャナはロザリアに指示を出した。
「という訳でロザリア、いいサンプルが手に入ったぞ、存分にこき使ってやれ」
「分かりました」
「えっ?えっ?どういう事?あー!そういえば戦争開始の時、
ロザリアちゃんはシャナの部下だって……」
「ええ、まあそういう事よ」
闇風はその言葉に納得したような顔をした。
「なるほどなるほど、それならシャナ、たらこの奴も誘っていいか?
あいつもこの前バイトの面接に落ちたらしいんだよ」
「ほう?ロザリア、いけるか?」
「優秀なプレイヤーの手はいくらでも必要なので問題無いわよ」
「そうか、よしオーケーだ」
「やったぜ!よしシャナ、たらこにも足をなめさせていいぞ!」
「お前な……」
こうしていくつか問題も残ったが、シャナ達は平和な日常へと復帰する事となった。