2018/06/17 句読点や細かい部分を修正
「いや何か、動きの限界を搾り出すって結構きついんだな」
「だな、まあ逆に自分にもこんな動きが出来るのかってちょっと驚いたぜ」
風太と大善の二人は休憩室でそんな会話を交わしていた。そしてそこに詩乃も加わった。
「闇風さんたらこさん、調子はどう?」
「おう、凄い楽しいぜ」
「しかしまさかシノンがいるとはなぁ」
「普段は家でやってるんだけど、ついつい興味本位でね。
ここだと飲み物は自由だし交通費も出るし、
たまに友達とかシャナもいるからそれはそれで楽しいんだけど」
詩乃はそう言って頬を赤らめた。とても分かり易い。
「そういやシャナは?」
「あ、えっと……い、いないのかな」
「そうか、シャナに会いたかったんだけどなぁ」
「まあたまに家じゃなくここで働けばいつか会えるだろ」
その会話を聞きながら、詩乃はちらっと田中の方を見て、あっと声を上げた。
田中は一般の女子社員達に囲まれ、何か会話をしているようだった。
「おおう、田中さんはやっぱモテるんだな」
「そ、そうね」
「いいなぁ、俺にも一人分けてくれないかなぁ」
そして二人が見守る中、その女子社員達は薔薇に追い払われて、笑顔で散っていった。
「おお、薔薇さん強えな!」
「でも他の人、皆笑ってたぜ、いい雰囲気の職場だよな」
「うん、それはそう思う」
薔薇は田中に何か言い、田中はそれに何か返事をした。
その瞬間に薔薇がまごまごしながら顔を赤くした。
「あっれ、薔薇ちゃんはシャナにベタ惚れだと思ってたけど、
田中さん相手でもあんな顔をするのか」
「あ~……あれは多分下の名前で呼ばれたのね」
「えっ、二人はそんなに親しいのか?」
「親しいというかいじられてるというか……」
その詩乃の言葉に、二人は俄然薔薇の本名に興味が沸いてきた。
「な、なあシノン、ロザリアちゃんの下の名前って?」
「バイトが終わった後にでも聞いてみれば?私が言うのもアレだし」
「そ、そうだな、ちょっと楽しみだな!」
「だな!」
そして三人は再びバイトに戻り、そして次の休憩時間が訪れた。
「休憩の回数が多いんだな」
「まあ適度に水分補給をしないといけないしね」
「まあそうだよな」
「あっ」
そして詩乃が再び何かに気付いたようにそう声を上げた。
見ると田中の横に黒髪の美しい女性が二人立っており、
二人はそのうちの一人に見覚えがあった。
「うお……あの子、銃士Xちゃんにそっくりじゃね?」
「まるでゲームの中から飛び出してきたみたいだな」
その二人の声が聞こえた訳ではないだろうが、
田中がその二人を連れてこちらに歩いてきた。
「闇風さん、たらこさん、こちらはえっと……」
「闇風、たらこ、来たんだ」
「ここでバイトを始めたのね、闇風さん、たらこさん」
「えっ?」
「お、俺達の事知ってんの?」
その言葉に二人の女性は顔を見合わせた。
「えっと……田中さん、どうすれば?」
「お二人の好きにすればいいと思いますよ」
「どうする?」
「まあ普通でいいんじゃないかしら?」
「了解」
そして風太と大善に、二人は順番に自己紹介をした。
「私は銃士X、理解?」
「ええええええええええ?」
「まじかよ……そんな事がありえるのか?」
「あ!確かに前、リアルでも同じ顔だって言ってたような……」
「ああ、言ってたな!でも確かその時何か……」
そして二人は視線を下に落とし、銃士Xの胸を見た。
その瞬間に二人はどっと肩を落とした。
「くそう、シャナの奴羨ましすぎるぜ……」
「まじかよ、古き言い伝えは本物だったのか……」
「あなた達、そろそろ私も自己紹介をしてもいいかしら?」
そんな二人の態度を見て、もう一人の女性がイラっとしたようにそう言った為、
二人は慌ててそちらに向き直った。
「す、すみません!」
「つ、つい……」
二人がそう頭を下げ、その女性も頭を切り替えたのか、笑顔で二人に言った。
「初めまして、私はニャンゴローよ」
「…………え?」
「…………はい?」
二人は目の前の女性とニャンゴローの姿がまったく結びつかず、しばし固まった。
それも当然だろう、ニャンゴローの見た目はこれぞギャルといった感じで、
その喋り方と相まって、間違っても目の前のこのお淑やかそうな美人とは結びつかない。
むしろシズカですと言われた方がしっくりくる。
「えっと……本当に?」
「ええ、私がニャンゴローよ」
「え、演技上手いっすね……」
「そうかしら、まああれは元ネタもあるし、そんなに大変ではないのだけれど」
「あなたはあの元のキャラを愛しすぎです、ニャンゴローさん」
その田中の言葉に、雪乃はぷくっと頬を膨らませながら言った。
「べ、別にいいじゃない、好きなものは好きなのよ」
「いや、まあいいんですけどね」
そこに更に二人の女性が姿を現した。
「田中く~ん!」
「田中さ~ん!」
「あ、残り二人も来たみたいですね」
その言葉に二人はそちらの方を向いた。そこにはタイプの違う美人と、
少し幼い気配を残している美人がおり、二人は笑顔でこちらに向かって歩いてきた。
「あ、さすがにこれは分かるぞ、シズカとベンケイだ!」
「だな、どう見てもあの変態じゃないしな!」
そう言う二人に、明日奈と小町はにこやかに挨拶をした。
「正解!私がシズカです、宜しくね、闇風さんたらこさん」
「私はベンケイです、宜しくお願いしますねお二人とも!」
実は四人はこれから遊びに行くらしく、
闇風と薄塩たらこの姿を見るついでにここを待ち合わせ場所にしたようだ。
これは八幡が、クルスを遊びに誘ってやってくれと頼んだからだった。
クルスはリアルでの友達が少なく、それを心配した八幡が、
せめて内輪だけでもと思って明日奈に頼み、今回それが実現したという訳なのだった。
ちなみに杏と詩乃も後で合流する事になっている。
「それじゃあ後の事は宜しくお願いしますね」
「うん、任せといて!」
「田中様、ありがとう」
「僕ごとき一社員にそんな敬称を付けなくてもいいですからね」
「あ、はい、分かりました」
その遣り取りの何が面白かったのか、女性陣は一斉に噴き出したが、
田中にじろっと睨まれて慌てて取り繕ったような笑顔を見せた。
「私も後で合流するから待っててね」
「うんシノン、待ってるから!」
そして四人は去っていき、残された三人は田中に話し掛けた。
「いいなぁ田中さん、毎日こんな感じ?」
「羨ましい……」
「まあ普段からこんな感じでモテモテよね、ねぇ?た・な・か・さん?」
「今のは別に僕がモテた訳じゃ……」
「くそっ、シャナは更にこの上をいくというのか!?この世の中は一体どうなってるんだ!」
「まああんた達も頑張りなさいよ」
「まあ俺達凡人には、何をどうすればいいかまったく分からないんだけどな……」
丁度その時遠くから別の女性の声が聞こえ、田中はビクっとし、慌てて三人にこう言った。
「すみません、ちょっと用事を思い出しました!僕はこれで失礼します!」
「え、あ、はい」
「そうですか、それじゃあまた!」
そんな田中を詩乃が呼びとめた。結果的にこれが田中の命取りになった。
「え?あ、ちょっと待ちなさいよ田中さん、いきなりどうしたの?」
「いや、本当にやばいんで……っていうか離せ!まずい、まずいって!」
その田中の豹変っぷりに驚いた風太と大善の目の前を、
女性らしき影が風のように通り過ぎた。
そしてその女性は田中に圧し掛かり、そのまま田中を押し倒した。
「ぐふふふふ、捕まえた!」
「くっそ、まさかこのタイミングでお前がここに来るとは、
離せこら、うお、変な所に触るな!」
「ぐふふふふ、良いではないか良いではないか!
このまま公衆の面前で二人のあられもない姿を見せつけてやろうよ!」
そう言ってその女性は、唇こそ田中に死守されて奪えなかったものの、
田中の首筋や耳に舌を這わせ、田中の全身をまさぐり始めた。
「て、てめえ、やめろっつってんだよ!」
「最近会えなくて欲求不満だったんだもん、これくらいいいじゃない!
入り口から中に入ったらシャナの匂いがしたからここまで走ってきたんだよ、シャナ!」
「「シャナ?????」」
「ちょ、ちょっとやめなさいピト、なんて羨ましい……じゃなかった、
シャナが困ってるでしょ!ほら離れなさい!」
「「ピト?????」」
「あっ……」
その二人の言葉に田中は頭を抱え、詩乃はエルザを引き離そうとする手を止め、
しまったといった感じで顔に手を当てた。
「あれ、えっと、田中さんがシャナで、この変態がピト?え?え?」
「まあ確かにこの変態っぷりはピトに間違い無さそうだが……え、あれ?田中さん?」
その言葉で初めて二人に気付いたのか、エルザはきょとんとした顔で風太と大善を見た。
「ねえシノのん、このいかにも脇役っぽい二人は誰?」
「えっと、闇風さんとたらこさん」
それでエルザは納得したのか、二人を見ながら言った。
「ああ、道理で童貞臭い気配がすると思った」
「ど、どどど童貞とは限んねーだろ!」
「そうだそうだ!素人童貞かもしれないだろ!」
「はいはい分かった分かった、それじゃあ今日のメインディッシュを……
そしてそのままシャナの赤ちゃんを我が身に……」
「ちょ、ちょっとピト、えっ、本当に?ま、まずい、それはまずいわよ!」
そう言ってエルザは八幡のズボンに手を掛けた。
その瞬間にエルザの体にどこからか飛来した鞭が巻きついた。
「きゃっ、何このご褒美!?でも今は駄目ぇ!」
「そこまでよピト、その先は私の方が優先よ!」
「お前どさくさ紛れに何言ってんだよ!遅いんだよロザリア!」
「ご、ごめんなさい、後ろを歩いてたはずのこの子がいつの間にかいなくなってたから、
多分ここだと思って慌てて走ってきたんだけど……」
「はぁ、せっかくここまで上手くやってきたのに、全部バレちまった」
そう言って八幡は、エルザの顔面にベアハッグをかけた。
「それもこれも全部お前のせいだな、ピト」
「ああん、シャナ、もっと!いい、凄くいいから!」
「うわ、手を舐めんな!この変態が!」
そのエルザの痴態に風太と大善はドン引きしていた。
「こ、これがピト……?」
「聞きしに勝る変態だな……俺達じゃ付いていけねえ世界だ……」
そして何とかエルザを引き剥がす事に成功した八幡は、
ポンポンと服の埃を払うと、少し離れた所に行ったあと再びこちらに引き返し、
爽やかな笑顔で二人に声を掛けた。
「よぉ、用事があって遅くなったわ、俺がシャナだ、宜しくな」
「いくら何でもそれは無理があるだろ!」
「そうだそうだ!田中さんを田中さんだと思ってた俺達の純情を返せ!」
二人は即座に突っ込み、薔薇と詩乃も呆れた顔で言った。
「あんたね……」
「いや、それは無い、無いわ」
ちなみに事情を知らないエルザは、
鞭で拘束されたまま地面に転がされてハァハァしていた。
「すまんすまん、ちょっと遊びが過ぎたか」
「本当の本当にシャナなんだよな?」
「おう、間違いないぞ」
「そ、そうか!会いたかったぜ!」
「俺もだ!」
風太と大善は、ここまでの経緯はともかく八幡に会えた喜びを素直に表現した。
そしてバイトは今日はここまでという事になり、全員応接室へと移動する事となった。
ちなみにエルザは、簀巻きにされたままであったが八幡に抱っこしてもらい、
ご満悦の様子であった。久々に登場した変態は、どうやらその変態度を増しているようだ。
こうして遂に二人は正式に八幡との対面を果たした。