ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/17 句読点や細かい部分を修正


第363話 小猫、倒れる

「比企谷く~ん!」

 

 ソレイユ内の受付近くで突然名前を呼ばれた八幡は、そちらに振り返った。

そこにはかおりと一緒に千佳がおり、千佳は嬉しそうに八幡に手を振っていた。

 

「お、仲町さん、来てたのか」

「うん、早速植木の配達にね!」

「数が多くて大変だろ?手伝おうか?…………折本が」

「え?手伝うの私?何それマジウケ……おっと、つい昔の癖が」

 

 八幡はそんなかおりの言葉に昔を思い出し、少し懐かしい気分になった。

そして今との違いに気付き、こんな質問をした。

 

「そういや折本は、昔はそういう喋り方だったよな。

それに一人称もあたしじゃなかったか?いつ頃からそうなったんだ?」

「大学に行った辺りから徐々にかな、もうすぐ社会人なんだからってね」

「なるほどな」

「かおりも変わったよね、あ、比企谷君、こっちの手伝いは、

臨時でバイトを雇ってるから大丈夫だよ。大変なのは最初だけだしね!」

「そうか、何かあったらいつでも言ってくれ」

「うん、ありがとう!」

 

 そして八幡はエレベーターで上に向かい、千佳はかおりにこう言った。

 

「それにしても今回の件は本当に驚いたよ」

「あ……ごめん、いきなりすぎた?」

「ううん、むしろうちみたいな一介の町の花屋がソレイユから仕事を受けていいのかなって、

あまりの幸運に夢じゃないかと思ったくらいだよ」

 

 千佳はやや興奮ぎみにそう言い、かおりもうんうんと頷いた。

 

「比企谷様々だね」

「うん、本当に感謝してるよ!でもこうなってみると、

高校の時の自分の男を見る目の無さが凄く情けなくなるよ」

「あ、それある……本当にあの頃の私達ってダメダメだったよね……」

「これからはその分反省して今後はもっと他人の内面も見ないとね」

「まあ今の比企谷は困った事に内面だけじゃないんだけどね」

「色々と大変ですなぁかおりさんや」

「まあ楽しくやらせていただいてますよ、千佳さんや」

 

 そして二人は顔を見合わせてプッと噴き出した後、

手を振って別れを告げ、それぞれの仕事に戻った。

 

 

 

「ふう、ここで最後っと」

 

 千佳は特にトラブルも無く、予定の場所全てに植木を設置した。

 

「後は最終チェックかな、確認したら後は一定期間ごとのメンテナンスか、

知り合いに会える機会も多くて楽しいし、この仕事、本当にもらえて良かった、ふふっ」

 

 そして千佳は軽い足取りで配置表を元にチェックを始めた。

そんな千佳が色々なデモが行われているイベントルームに来た時の事だ、

千佳はそこで見慣れた物を見て少し驚いた。それは海浜総合高校の制服だった。

 

「うわ、懐かしい……そっかこれ、企業見学だ」

 

 千佳は、自分はどこに行ったっけかなと昔を懐かしんでいたが、

その制服の人だかりの中に見知った顔を見付け、挨拶も兼ねて声を掛ける事にした。

 

「薔薇さん!」

「あら仲町さん、早速植木を納入して下さったのね、ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ当店をご贔屓頂きありがどうございます!」

「これからも末永くお願いしますね」

 

 千佳はそんな薔薇に憧れの視線を向けていた。

薔薇の、いかにも出来る女といった面しか見た事の無い千佳にとって、

薔薇は憧れの存在だった。

八幡辺りが聞いたら引っくり返るのだろうが、それが一般的な薔薇の評価という物だった。

薔薇は八幡絡みの案件以外では確かに優秀であった為、

出入りの業者や取引先からの評価はとても高いのである。

そんな薔薇を見て、千佳はある事に気が付いた。

 

(あれ……薔薇さん少し顔が赤い?それに足元がフラフラしてる?)

 

 千佳はそう思い、薔薇の動きを注視していたのだが、その時突然薔薇が倒れた。

 

「あっ、薔薇さん!」

 

 千佳は慌てて薔薇に駆け寄り、その額に手を当てた。

 

「熱っ」

 

 どうやら薔薇はかなりの熱があるようで、

千佳は慌てて携帯を取り出しかおりに連絡をとった。

そのかおりから連絡を受けたのか、直ぐに八幡がその場に現れた。

 

「仲町さん」

「比企谷君、何か様子が変だなと思ってたら、薔薇さんが突然倒れたの」

「そうか……薔薇は俺が病院に連れていく、ありがとな、仲町さん」

「ううん、私はかおりに連絡する事しか出来なかったから……」

「いやいや、本当に助かったよ、とりあえずそこの生徒達に事情を説明してくるから、

もう少しだけ薔薇の事を宜しく頼む」

「うん、任せて!」

 

 そして八幡は、海浜総合高校の生徒達に直ぐに代わりの者が来る事を伝え、

生徒達に頭を下げると、千佳の下に戻ってきた。

 

「よし、それじゃあ行ってくる」

「うん、薔薇さんの事をお願いね」

 

 そして八幡は薔薇を抱き上げ、立ち上がりながら千佳に言った。

 

「この恩は今度返すよ」

「ふふっ、気にしなくていいのに」

「そういう訳にもな」

「あは、それじゃあ肉でいいよ」

 

 千佳は冗談のつもりでそう言ったのだが、八幡は笑顔で千佳にこう言った。

 

「オーケーだ、任せろ」

「やだ、冗談だってば」

「おう、冗談だとは思ったけど、でもまあ今回はそれに乗らせてもらう。

近いうちに誘いの電話が折本からいくと思うから、楽しみに待っててくれよな」

「あ、ちょっと!」

「ははっ、またな、仲町さん」

「もう、分かった、楽しみにしとくね!」

「おう」

 

 そして八幡は薔薇を連れて去っていき、千佳はその背中を見ながら呟いた。

 

「ああもう、やっぱり比企谷君は人間が大きいなぁ」

 

 そして千佳は、気を取り直したように言った。

 

「さて、お仕事お仕事っと」

 

 千佳は八幡とは良き友人でいたいと思っていた為、

八幡の財布を当てにしていると思われないように一応気を遣っていたのだが、

やっぱりこうやって誘われるのは嬉しいようで、頬を綻ばせながら再び呟いた。

 

「肉っていうとやっぱ焼肉かなぁ、うん、かおりには今度沢山感謝してもらおう」

 

 

 

「小猫、おい小猫、大丈夫か?」

「んっ、あ、あれ、ここは……」

 

 薔薇は意識朦朧としていたが、どうやら一時的に覚醒したようで、

きょろきょろと辺りを見回した。そこはいかにも病院の待合室に見え、

薔薇はきょとんとした後に立ち上がろうとし、熱のせいかふらついた。

 

「まだ立つなって、もうすぐお前の番だから、もう少し我慢しろよな」

「ここは?」

「病院だ。お前、熱を出して倒れたんだぞ、覚えてないのか?」

「そういえば……」

 

 そして薔薇はハッとした顔で八幡に尋ねた。

 

「き、企業見学はどうなったの?」

「心配しなくても他の奴に任せてきた」

「ご、ごめんなさい……」

「何で謝る、これは最近お前に頼りすぎた俺のミスだ、

いいから今日はもう仕事の事は忘れて早く治す事に専念しろ」

 

 薔薇はその、頼りすぎという言葉に内心喜んでいた。

薔薇は、私は八幡にこんなに頼りにされているのよと叫びたい気持ちを我慢しながら、

大人しく医者に診察を受け、そのまま八幡に送られて今日は自宅へと戻る事となった。

途中コンビニに寄って軽い物を口にし、直ぐにもらった薬を飲んだ薔薇は、

薬の成分のせいか突然睡魔に襲われた。キットもいつもより注意して、

車を揺らさないように調節してくれていた為、薔薇は車の中でそのまま眠ってしまった。

 

 

 

 薔薇はまどろむ意識の中で、自分が八幡に抱かれているのを感じていた。

 

(多分家に着いたのね、ちゃんと片付けてあったはずだけど大丈夫かしら……)

 

 そして薔薇は、自分がベッドに寝かされているのを感じ、再び眠りについた。

 

 

 

 薔薇は夢の中で八幡に服を脱がされていた。

八幡は丁寧に薔薇の体の汗をぬぐい、再び薔薇に服を着させた。

夢の中の八幡は頑なに目を瞑り、薔薇の裸を見ないようにしているようだった。

 

(これは夢……?もう、夢の中でくらい見てくれてもいいじゃない……)

 

 薔薇はそう考え、再び眠りについた。

 

 

 

 薔薇は額に何か冷たい物が押し当てられるのを感じ、それに心地よさを感じた。

 

(これはきっとあの人の手……冷たいのに暖かい……)

 

 そして直後に薔薇の額にもっと冷たい物が乗せられ、それが何度も取り替えられた為、

薔薇は漠然と、自分が今看病されているのだと理解した。

だが睡魔には勝てず、薔薇は再びそのまま眠りについた。

 

 

 

「大分熱は下がったみたいだな、それにしてももうこんな時間か、

そろそろ一度起きてもらって、家に帰るべきかな……」

 

 そんな八幡の呟きが聞こえ、薔薇は体を起こそうとした。

だがいくら理性でそうしようと考えても、体はまったく言う事をきかなかった。

八幡に迷惑をかけたくないという気持ちと、このままずっと傍にいてほしいという気持ちが、

薔薇の中でせめぎあっていたからだ。

そして薔薇は曖昧な態度をとる事になってしまい、身じろぎした後にううんと声を出した。

薔薇の覚醒の気配を察知した八幡は、少し慌てたような様子で部屋の外へと出ていった。

その気配を感じて薔薇は一気に意識を覚醒させ、目を覚ました。

 

「な、何で何も言わずに外に出てっちゃうのよ……」

 

 そう不満げに呟いた薔薇は、大きく伸びをして、今の自分の状態を確認した。

服装は普通のパジャマであり、多分八幡が着替えさせたのだろうと思った。

下着は……何とつけていなかった。そして汗は綺麗に拭き取られており、

額の上にはまだ冷たいタオルが乗せられていた。それを確認した薔薇は、思わず赤面した。

 

「あれ、あいつにしては珍しく全部見られちゃった?

でも多分あいつはずっと目を瞑ってたんだろうな……

体を拭く時も、多分頑張って色々触らないようにしてくれたんだろうな……

もう、どうしてどこかに行っちゃったのよ……」

 

 その直後に入り口のチャイムが鳴った。薔薇はもしかしたらと思い、

急いで入り口へと向かい、外の画像を確認した。

そこにはすました顔の八幡が立っており、薔薇は何の冗談だろうと思いつつも、

八幡を部屋の中に招き入れた。

 

「お前を部屋に叩きこんでそのまま放置しておいたが、元気になったようだな」

 

 八幡が開口一番にそう言ったので、薔薇は噴き出しそうになった。

着替えまでさせているのにそれはいくらなんでも無理があるだろうと思いつつも、

薔薇は八幡に合わせて言った。

 

「そうだったの、おかげさまでかなり具合も良くなったわ、心配かけてごめんね」

「別に全然まったくちっとも心配なんかしていなかったが、

まあそれならそれでいい。明日は休みにするように姉さんには言っておいたから、

明日一日のんびりしていればいい」

 

 八幡は一気にそうまくしたてた。

薔薇は、もしかしてこれが八幡のツンデレ?などと考えながら、

八幡がどう答えるのか興味津々でこう尋ねた。

 

「あれ、でもいつの間にか誰かが着替えさせてくれたみたいだけど……」

「それはお前が無意識のうちに自分で着替えたに違いない、多分きっとそうだ」

 

(それはまあ無くはないけど……)

 

「汗も拭いてくれて、額にもまだ冷たいタオルが乗ってたんだけど」

「それもお前が無意識にやったに違いない。熱で朦朧としていても、

やるべき事は体が覚えてたって事だな、うんうんえらいぞ小猫」

 

(いやいやいや、それはさすがに苦しいでしょ!)

 

「下着もつけてないみたいなんだけど……」

「お前がいきなり下着を脱ぎだすからかなりびびったぞ。

まあ洗濯機に突っ込むくらいはやってやったけどな」

 

(目をつぶった八幡に脱がされる私ってちょっとぞくぞくする絵面よね……)

 

「……何か体中を誰かにまさぐられた気がしたんだけど」

「あ?俺はめちゃめちゃ慎重にどこにも触らないように作業したはずだ、

確かにその無駄に大きい胸にちょこっと触ったかもしれないが、

それはあくまで誤差の範囲だ、だからお前のそれはまったく気のせいだ。

それじゃあ俺はもう帰るからな、くれぐれも明日はゆっくり休めよ」

 

(思いっきり俺が作業したって言っちゃってるわよ!)

 

 八幡は額に汗をびっしょりかきながらそう言うだけ言って部屋を出ていこうとした。

薔薇は、やはりこれだけは言っておこうと思い、そんな八幡を呼び止めた。

 

「あ、ちょっと」

「何だ?他に何か用事でもあるのか?」

 

 そして薔薇は、胸を抱えて少し頬を赤らめながらこう言った。

 

「えっち」

「…………」

「…………」

 

 そしてしばしの沈黙の後、八幡は薔薇の肩をぽんと叩きながら言った。

 

「今度お前に似合う仕草の研究を一緒に手伝ってやるから、頑張ろうな」

 

 そう言って八幡は出ていき、薔薇は普通に八幡を見送った後、

そのままいそいそと自分のベッドに戻って横になった。

いつも通り八幡にいじられて終わったにも関わらず、

薔薇はどうやら上機嫌のようだった。

 

「もう、あんな赤い顔をしてたくせに虚勢を張って……」

 

 こうして薔薇は、熱で苦しんだ代わりに少しだけ幸せを得て、今回の騒動は収束した。


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