2018/06/18 句読点や細かい部分を修正
「今回の事は教訓ね」
「うちは別に厳しい社風じゃないんだがな……」
「むしろ進んで出勤したがる人が多いのが逆に問題なのかしらね」
「きっちり休むときは休むように徹底させるしかないか……」
薔薇の風邪を受け、八幡と陽乃は真剣に相談をしていた。
ソレイユは確かにいわゆるブラック企業とは程遠いが、
社員の士気が高すぎるのもそれはそれで問題なのであった。
「とりあえず他に問題なのはあいつか……」
「アルゴちゃんね」
「実際あいつが一日抜けたとして、どんな問題があるんだ?」
「別に無いわよ、本人が好きでここに居座ってるだけ」
「あいつは一体いつから家に帰ってないんだ?」
「少なくともあの子が会社にいなかった日を私は知らないわ」
「ヌシかよ……」
二人は今更ながらその事実に気付き、愕然とした。
「そもそもあいつはどこで寝てるんだ?」
「開発室の仮眠室なんじゃない?あそこは完全防音の個室が複数あるし」
「そのうちの一つがあいつの部屋になってやがるのか……」
「まあそれはそれでいいんだけど、どうしよっか、社員寮でも作る?」
その陽乃の言葉に、八幡は窓の外を見ながら答えた。
「確か隣の土地が売りに出てたよな」
「それならこのビルと直結出来るわよね」
「一階は当然コンビニだよな?」
「利益は別に無くてもいいんだし、独自ルートで仕入れの目処が立てば、
別にフランチャイズのコンビニじゃなくてもいいわよね?
家賃やフランチャイズ料がかからない分値段も下げられるし、
社員は社員証で、出入りの業者さんには何か認定証を発行して、
それで買い物が出来るようにしましょう。その場合は当然割引ね」
「それなら商品のラインナップはある程度社員の要望を反映出来るな。
宅配ボックスも完備させて、大きな荷物にも対応出来るように、
それ用のスペースや専用エレベーターに、台車があると便利だな」
「新入社員の入居にも対応出来るだろうし、いいんじゃないかしら。
そうだ、どうせなら社員食堂も移しましょうか、その分こっちのスペースが空くしね」
「後は社員からアイデアを募集するか」
サラっととんでもない提案が飛び交っているが、この二人はいたって真面目である。
そして困った事に、それは全て実現してしまうのだ。
もちろん社員達も巻き込んで、より洗練された形になる事は言うまでもない。
「それじゃあアルゴを叩きこむ社員寮の話はそれでいいか、問題は当面どうするかだな」
「そもそもあの子の現住所ってどうなってるのかしら」
「総務課に問い合わせるか」
そして総務課から返ってきた返事を聞いた二人は、深いため息をついた。
「まさか……」
「まんま開発室になってるとはな……」
「仕方ない、こうなったら直ぐ近くに部屋を借りて、無理やりそこに叩きこみましょう。
ここと直通回線を引いて、家でも仕事が出来るようにして……」
「あいつの代わりはいないから、多少特別待遇でもいいしな、それでいこう」
「後はそこそこの頻度でそこに帰らせる手段だけど」
「それは俺に任せてくれ、さすがのあいつも音を上げるようにしてみせるさ」
「分かったわ」
こうして計画はスタートし、ソレイユ社内はにわかに騒がしくなった。
「なんか社員寮のアイデアを募集してるんだってよ」
「今公開されてる建設予定施設だけでも十分だけどなぁ」
「家賃っていくらなのかしら」
「あの社長と次期社長だぞ、絶対に安いに決まってる」
「私入居したいな」
「よし、休憩時間に皆で相談しようぜ!」
そんな社内の喧騒を、アルゴは他人事のように聞いていた。
(社員寮?ふ~ん、まあオレっちには関係ないナ)
そんなアルゴの下に、八幡が訪れた。
「よぉアルゴ、今度社員寮を作る事にしたからな」
「噂は聞いてるぞ、随分派手にやってるみたいじゃないか。
まあオレっちには関係の無い話だけどナ」
「そうか……」
八幡は、そのアルゴの答えにやっぱりそうかと思い、仮眠室の方を観察した。
その一つにアルゴの名前が書いた札がかかっているのを見て、
八幡はあくまで自然な感じを装いながらアルゴに尋ねた。
「そういえばアルゴの家ってどこなんだ?」
「オレっちは実家を出ちまってるから、今はそこの仮眠室だナ」
(こいつ、当たり前のように……)
八幡はそう思いつつ、矢継ぎ早にアルゴに質問を浴びせた。
「洗濯とかはどうしてるんだ?」
「クリーニング業者に頼んでるゾ」
「飯は?」
「近くのコンビニで済ませてるナ」
「飲み物とかもか?」
「社内の自販があれば大体事足りるな、
特にハー坊が無理やり入れてくれたあのコーヒーが、脳に染み渡るようでいい感じだナ」
「おう、お前もあれの良さが分かるのか、あれはいいものだよな!
じゃなくて……掃除はちゃんとしてるのか?」
「まあそれなりニ」
「なるほど……」
そんな八幡を見て、アルゴが突然こう言い出してきた。
「何だ?ハー坊はそんなに乙女の秘密が気になるのカ?」
「俺は別にお前を乙女だと思った事は無いが……」
「ふ~ん、まあオレっちはそっち方面は別に気にしないけどナ」
そしてアルゴは、八幡の耳元でそっと囁いた。
「ちょっと内密の話がある、場所を移動するゾ」
「おお?お、おう」
そしてアルゴは立ち上がり、突然八幡の手を握ると、
直ぐ近くにいたイヴこと岡野舞衣に言った。
「マイマイ、オレっちちょっとハー坊を自宅に連れ込んでしっぽりやってくるから、
見て見ぬ振りをしててくれよナ」
「え、何それ?それなら私も混ぜて欲しいんだけど?もっと八幡様の事を色々知りたいし」
「遠慮しろ後輩、優先順位はオレっちが先だ」
「はいはい、ごゆっくり~」
八幡はその言葉に、その言い訳は誤解を生むだろうと思いつつも、
舞衣が別に驚く事も無く冗談だと思っているらしき反応をしていたので、
多分これはいつものアルゴなりの誤魔化し方なのだろうと思い、
一体何の話があるのだろうかと考えながら、素直にアルゴに従う事にした。
「今はマイマイって呼んでるのか?仲良くなったもんだな」
「さすがにネット上の名前で呼ぶのは対外的にはまずいだろ?
だからオレっちの事も、今は有子か、もしくは部長って呼ばせてるゾ」
「……ゆうこ?それがお前の本名か?」
「有無の有に、子って書いて有子、アルゴからとった偽名だゾ」
「あっそ……結局お前の本名って何なの?」
「オレっちを嫁の一人にしてくれればその時に分かるゾ」
「嫁の一人って何だよ、俺には嫁は明日奈しかいねえよ!?」
「はいはい、いいからこっちだこっチ」
そして八幡は、アルゴ専用の仮眠室へと案内される事となった。
「お前、ここでいつも寝泊りしてんのか……」
「狭い方が落ち着くんだよ、ハー坊も分かるだロ?」
「まあな」
そこはベッドとゴミ箱、それにノートPCと、衣類が収納されているのだろう、
小さなボックス類が置いてある、色気も何もない部屋があった。
「着替えはそのボックスの中か?」
「おう、こんな感じだゾ」
「あっ」
アルゴは八幡が止める間も無くいきなりそのボックスを開けた。
そこには思ったよりかわいいデザインの下着類が並んでおり、
八幡は慌ててそこから目を逸らした。
「子供かヨ」
「う、うるせえ、俺はそういうのを直視出来るような大人にはなりたくないんだよ」
「やれやれだナ」
そしてアルゴはそのボックスを閉じ、八幡の方に向き直った。
その瞬間にアルゴは『わざと』バランスを崩し、八幡を引っ張りながらベッドに倒れこんだ。
「おっト」
「うおっ」
八幡はアルゴに体重をかけないように、必死に手で自分の体を支えた。
そのせいでアルゴを押し倒すような格好になってしまったが、
アルゴの体に密着する事は何とか避けられた。
「危ない危ない、大丈夫か?」
「くふふふふ、かかったなハー坊」
「ああ?……うおっ」
そしてアルゴは両手で、八幡が自分の体を支えているその手を払いのけ、
そのせいで八幡は完全にアルゴに抱き付く格好となった。
「いきなり何をするんだお前は!」
「話があるから自宅に連れ込んでしっぽりやるって言っただろ?
それに一切抵抗しなかったのはハー坊じゃないかヨ」
「なっ……」
「さて、お膳立てしてやったんだ、オレっちへのご褒美をそろそろくれてもいいんだゾ」
「これのどこがご褒美なんだ……」
そう言ってアルゴから離れようとした八幡の体を、アルゴは両手両足でガッチリ拘束した。
「おいこら、この体制はやばいって」
「そう言いながら実は喜んでるんだろ?顔も赤いし心臓の鼓動も早くなってるゾ」
「この状況でそうならない方がおかしいだろ!」
「ふふん、これでもオレっちを乙女だと思わないのカ?」
その言葉で八幡は、このアルゴの行動の原因が先ほどの自分の言動にあるのだと理解した。
「悪かった、悪かったよ、お前は乙女だ、十分乙女だからそろそろ勘弁してくれ……うひっ」
そしてアルゴは八幡の耳を甘噛みしながら、その耳元で囁いた。
「そもそもハー坊は、薔薇ちゃんにばかりかまいすぎなんだぞ、
拾った小鼠はここにもいるって事をもっと自覚しろヨ」
「小鼠ってその表現はどうなんだよ、お前は俺の中では拾ったっていう感じじゃないんだが」
「そこが勘違いしてるんだよ、オレっちは脛に傷を持つ身で、
政府にもマークされちまってるから、もうここにしか居場所が無いんだよ。
だからちゃんとオレっちの事も、ハー坊が一生面倒を見るんだゾ」
その言葉に八幡は、確かに最近薔薇にばかり構いすぎていたかと少し反省した。
言われてみればその通りなのだ。アルゴの居場所はもうここにしか無い。
「悪かったよ、確かにその通りだ。これからはお前の事をもっと大切にする事にする」
「まだ分かってないな、ハー坊は薔薇っちにはもっとぞんざいな態度をとってるだろ?
オレっちにももっとそんな感じで接しろって言ってるんだゾ」
その意外な言葉に八幡はきょとんとした。
「え、お前まさかヤキモチ焼いてんのか?」
「うるさいうるさい、そんなハー坊はこうダ」
そしてアルゴは、八幡の首筋を甘噛みし、そのままガジガジとかじり始めた。
「ばっ、こらアルゴ、やめろ、やめろって、分かった、分かったから!」
「分かればいいんだぞ、今日はこのくらいにしておいてやるカ」
そう言ってアルゴは、やっと八幡を解放した。
「はぁ、お前な、面と向かって直接そう言えばいいだろ」
「そんな事恥ずかしくて出来るかってノ」
「今のは恥ずかしくないのかよ……」
「別に誰も見てないし、逆にこういう場所の方が簡単に言え…………マイマイ?」
アルゴは何故か疑問系でそう言いながら、八幡の後方を見た。
疑問に思った八幡がそちらを見ると、
部屋の入り口から舞衣がこちらの様子を伺っている姿が見えた。
「なっ……」
そして入り口のドアが開き、舞衣が顔を赤くしながらアルゴに問いかけてきた。
「有子、大人の階段、上っちゃった?」
「おう、もう腰がガクガクだぞ、こう見えてハー坊は激しいんだゾ」
「そ、そうなんだ……」
「おい舞衣、こいつの言う事を信じるんじゃねえ!
アルゴもアルゴで風評を広めようとしてるんじゃねえよ!」
「よしマイマイ、性的に満足したからオレっち仕事に戻るゾ」
「だから!」
「いいなぁ……八幡様、今度私にもお願いね?」
「だからそんな関係は何もねえって!」
だが八幡は気付いていなかった。この舞衣も、ある意味アルゴと同じ立場だという事を。
つまりいずれ舞衣もこのような行動に出る可能性があるのだ。
今後どうなるかは、八幡の舵取り次第なのであった。そしてそんな八幡にアルゴは言った。
「それじゃあ仕事に戻るぞ、また頼むな、ハー坊」
「またって何だよ!」
「はいはいさっさと出てった出てった、こっちは忙しいんだゾ」
そしてアルゴに開発室から追い出された八幡は、ぷるぷると震えながら呟いた。
「くっそ、今に見てろよ……絶対にあいつをひいひい言わせてやる……」
そう倫理的にどうなのかと誤解させるような事を言い、
八幡は着々と、アルゴの引越し計画の段取りを進める事を決意したのだった。
もちろんやられっぱなしな八幡ではありません。
まだお姫様抱っこもしていませんしね!