「えっ?ちょっとかおり、言ってる意味がよく分からないんだけど……」
「だから、ソレイユ本社の全フロアに植木を設置したいから、
それを全部千佳の家に頼めないかって話だってば、ちゃんと話聞いてる?」
「えっと……ソレイユ本社に……全部?え、嘘、何でただの受付嬢にそんな権限があるの?」
「何それウケる、私にそんな権限ある訳無いじゃない、
こんな事を簡単に言えるのはあいつしかいないでしょ」
「あ、もしかして比企谷君?あれ、何でうちが花屋だって知ってるの?」
「何言ってるの?マジウケる、京都で会った時に、千佳が自分で言ってたじゃない」
「あ…………」
ここで少し話は遡る。この日千佳は電話で、かおりとそんな会話を交わしていた。
「えっと、え?うちはただの町の花屋だよ?そんな幸せな事があっていいの?
そういう仕事は普通大手が受けるものだし、あの規模だと相当お金がかかるよ?」
「何であんたがこっちのお金の心配をしてるのよ……
そんなの比企谷がいいって言うんだからいいに決まってるじゃない。
ついでにそのメンテナンスもお願いしたいって言ってたわよ」
「メンテも!?年間の維持費がこれくらいかかるとして……
嘘、それだけでもうちの家は、慎ましく暮らしていけば食べていけちゃうんだけど……」
「良かったじゃない、とりあえず話は通したわよ」
「う、うん、ありがとう!両親と相談してみるね」
そして千佳は、慌てて二階にある自分の部屋から駆け下り、
息を切らせながら居間へと駆け下りた。
「お父さんお母さん、大変なの!」
「千佳、そんなに息を切らせてどうしたんだい?」
「もう、家の中を走るんじゃありません!」
「そんなのんびりした話じゃないんだよ!」
そして千佳は、ソレイユへの植木の納入とメンテナンスの事を両親に伝えた。
だが千佳の予想とは違い、両親はそれにあまりいい顔をしなかった。
「もう、どうして二人ともそんなに乗り気じゃないの?
せっかく比企谷君が、うちの為にいい話を持ってきてくれたのに」
「そうは言っても、なぁ?」
「そうそう、このご時勢にそんな都合のいい話なんて、絶対に裏があるに決まってるでしょ」
「千佳、お前もかおりちゃんも、その比企谷って人に騙されてるんじゃないのか?」
両親の危惧も分からないではない、確かに降って沸いたような話だからだ。
昔の千佳なら確かに同じような事を考えた可能性は否定出来ない。
だが今の千佳はもう八幡の事を知っている。今回の事でお礼を言ったとしても、
多分彼は少し照れた顔でこう言うに決まっているのだ。
『大変な事を頼んでしまってごめんな、俺で良かったら手伝おうか?』
そんな八幡の姿に、高校時代の八幡の姿がだぶる。
自分達がどんなに失礼な事を言ってもそれをそのまま受け入れ、
場の雰囲気を壊さないように我慢してくれていた八幡の姿がだ。
千佳は、何とか両親に同意してもらおうと必死に説得を開始した。
だが両親は最初から聞く耳を持たないように、頑なな態度を崩さなかった。
そして千佳は怒ったような顔で黙りこくると、肩を振るわせ始めた。
「比企谷君の事を知りもしないでよくもまあ……」
千佳からそんな呟きが聞こえ、両親はそんな千佳の顔を見てギョッとした。
千佳がぽろぽろと涙を流していたからだ。
「お、おい千佳……」
「もう、もう、何で分かってくれないの?彼はただ優しいだけなのに!
どうしてお父さんもお母さんも、物事を印象だけで決め付けて、
ちゃんと目の前の事実を見てくれないの?そんなの昔の私と同じじゃない!
私も昔、同じように彼を傷付けて、もう二度とそんな事はしないと誓ったのに、
どうしてそれをお父さんとお母さんが邪魔するの?」
「べ、別に私達はそんなつもりは……」
「つもりも何も、さっきから聞いてれば信用出来ないだのなんだの、
まったく話を聞く気が無いじゃない!馬鹿!お父さんとお母さんの馬鹿!」
そう言って千佳は、怒りと悲しみに包まれながら自分の部屋へと駆け込んだ。
後から後から涙が溢れて止まらない。
そして千佳は、自分が断った場合に八幡がどういう反応をするか考えた。
多分八幡は、困ったような顔でこう言うのだろう。
『そっか、確かにいきなりこんな事を言われても困るよな、本当にごめんな、仲町さん』
千佳は、自分が悪い訳でもないのに絶対に八幡が謝る事を確信していた。
「そういえば、京都で再会した時もいきなり謝られちゃったっけ、
悪いのは私だったっていうのに……」
そして千佳は、二度と彼に謝らせてはいけないと考え、
決意も新たに立ち上がると、涙を拭った。
「このくらいでくじけてたら、比企谷君に笑われちゃうね、
まあ彼は笑ったりしないで、そんな私を慰めてくれるんだろうけどさ。
ゲームの中に閉じ込められる絶望に比べたらこのくらいは何でもない、
頑張ってお父さんとお母さんを説得しなきゃ!」
千佳はそう前向きな気持ちになり、自分の頬を叩いた。
そんな時、千佳の部屋の扉がノックされた。
「千佳、千佳」
「ごめんよ、私達が悪かった」
千佳はその両親の言葉を受け、そっと扉を開けた。
そこには両親が、おろおろしたような顔で立っており、
二人は千佳が泣きやんでいるのを見てホッとした顔をした。
「二人ともごめんなさい、それじゃあ下で改めて話をしよっか」
「ああ、そうだな」
「ええ、そうしましょう」
千佳はそう言い、両親もそれに同意した。
そして居間に戻った後、千佳は説明を始めようとしたのだが、そんな千佳を両親が遮った。
「仕事の話よりも、先ずはその比企谷君の事を教えてくれないか?」
千佳はその言葉にきょとんとしたが、確かにその方がいいだろうと考え、
八幡について、自分が知っている限りの事を話す事にした。
そんな千佳の話を、両親は黙って聞いてくれた。
「……という訳でね、彼はソレイユの次期社長にして、英雄なんだよ!」
「そうか、あの事件の……」
「本当に凄い人なのね」
そう八幡の事を楽しそうに話す千佳を見て、両親は納得したように頷いた。
「そういえば前、かおりちゃんがうちに来て大泣きした事があったわよね」
「あ、うんそうそう、その時の相手が比企谷君かな、あの時は本当に大変だったよね、
かおりが『せっかく仲直り出来たのに』って言いながらうちで大泣きしちゃってさ。
そんなかおりも今は彼の会社で受付嬢をしてるんだよね、本当に幸せそうな顔でさ……」
その千佳の様子を見て、二人は顔を見合わせると、そっと千佳に尋ねてきた。
「もしかして千佳は、比企谷君の事が好きなのかい?」
「え?」
千佳はそんな事を聞かれたのは初めてだったので、
きょとんとした様子で何かを考え始めた。
「え、私が比企谷君と?あのメンバーを差し置いて?いやいや、無い無い、
でも想像してみるくらいなら……」
そして千佳は、八幡の隣に自分が笑顔で立っている姿を想像し、若干口元をにやけさせた。
だが直後に千佳は、かぶりを振って両親にこう答えた。
「私なんかじゃ無理無理、彼の周りには、それはそれは凄い女性が沢山いるんだもの。
でもそうだなぁ、もし彼がうちに婿入りしてくれる事になったら、
それはそれで絶対に私は幸せになれるって確信出来るくらいには好きかな。
あ、でも勘違いしないでよね、どっちかっていうと憧れてるって気持ちのが大きいんだから」
「なるほど」
確かに千佳の態度は、身近な好きな人に対するようなものではなく、
有名人に対する態度に見えた為、両親はその言葉に納得した。
「で、どうするの?」
「そうだな、この話、是非受けたいと先方にお伝えしてくれ」
「本当にいいの?」
「ええ、もちろんよ。これは私達も張り切らないといけないわね」
「お父さん、お母さん、ありがとう!」
そんな千佳の笑顔を見ながら、二人はとても嬉しそうに頷いた。
そして部屋に戻った千佳は、かおりに承諾の旨を伝え、その日は幸せな気分で眠りについた。
次の日千佳の下に、八幡から直接連絡が入った。
「もしもし、えと、比企谷ですが……こちらは仲町千佳さんの携帯で宜しいですか?」
そのかしこまった八幡の態度に、千佳は思わず噴き出した。
「ぷぷっ……あっとごめん、久しぶりだね比企谷君、
凄く丁寧な口調だったから、思わず噴き出しちゃった、ごめんね?」
「それな、よく言われるんだよ」
「そうなんだ?」
「ああ、だから気にしないでくれ。自分でも喋りながら、
これはちょっと丁寧すぎるかなって思ってるからさ」
「あは」
そして八幡は本題に入った。
「植木の納入の件で現地を見て欲しいんだが、今日って時間あったりしないか?」
「あ、うん、店番をお母さんに代わってもらうだけだからいつでも大丈夫だよ」
「それじゃあ今日会えないか?キットを迎えに寄越すから、乗ってくれるだけでいい」
千佳はその言葉に一瞬ドキリとしたが、
特に勘違いするような事も無く、普通にこう返事をした。
「うわぁ、キットに会うのも久しぶりだね!ありがとう、何時くらいかな?」
「それじゃあ……」
約束の時間の一時間前から、千佳は念入りに準備を始めた。
「ちょっと千佳、早くない?」
「いいの、大企業の社長になる人と会うんだから、それなりの格好をしないとだもん!」
「はいはい、こっちの事はいいから、楽しんできなさいね」
「そんなんじゃないもん、仕事だもん!」
「はいはい、仕事ね」
そして千佳はシャワーを浴び、まるで誰かとデートに行く前のように、
念入りに化粧をし、服を選んだ。
「これでもない、ううん、これ?これかな?昔かおりにも褒められたし。
ああっ、でもかおりは何でも基本褒めるからなぁ……」
そして千佳はうんうん唸った後、これならいいだろうという服に身を包み、
家の前でキットの到着を待った。そして時間ピッタリに、キットが姿を現した。
『千佳、お久しぶりです、お元気ですか?』
「うん!うわぁ、やっぱりキットは格好いいねぇ、私は元気だよ、京都以来だね、キット」
『ありがとうございます、本当に元気そうで良かったです。
そちらはお母様ですか?初めまして、私はキットです』
「こ、これはご丁寧に……」
千佳の母親は、驚きつつも何とかキットにそう挨拶をした。
そして千佳はごく自然な態度でキットに乗り込み、去っていった。
「比企谷君って私達の想像以上に本当に凄いのねぇ……
それにうちの子も、あんなに物怖じしない子だったかしら……」
母親はそう呟いた後、店番に戻りながらこう思った。
(それにしてもあんな千佳を見るのは久しぶりね、おめかししちゃってまあ……)
「ねぇキット、これからどこに向かうの?直接ソレイユ?」
『いいえ、八幡を拾わないといけないので、先ずは帰還者用学校ですね』
「あ、なるほど!」
『しかし今日はとてもかわいい格好をしていますね、千佳』
その言葉に千佳はのけぞった。まさかキットがお世辞を言うとは思わなかったからだ。
「キットはお世辞も言えるんだ……」
『私にそんな機能はついていません。
あくまで各種データから総合的に判断して、思った事をお伝えしているだけです』
「そっか……ふふ、素直に嬉しいかな」
『そう思って頂ければ、私も嬉しいです』
そして帰還者用学校に着き、車を降りた千佳に駆け寄ってくる者がいた、明日奈である。
「千佳、久しぶり!」
「明日奈!」
そのまま二人は抱き合い、再会を喜びあった。
「京都以来だね、元気だった?」
「うん、私はとても元気だよ。今回も比企谷君に大きな仕事をもらっちゃって、
本当に比企谷君には頭が上がらないよ」
「あは、そうみたいだね」
「で、その比企谷君は?」
「直ぐにここに来ると思うよ、今日は掃除当番なの」
「あ、そうなんだ、相変わらず真面目だね」
丁度その時、遠くから八幡が歩いてくるのが見えた。
隣には友達なのだろう、親しげな様子の者が三人と、
その後ろから何人もの生徒が付いてくるのが見えた。
「えっと、ねぇ明日奈、あの後ろの人だかりは?」
「あ、うん、まあ気にしなくていいかな、いつもの事だから」
「えっ、そうなの?」
「あは……まあ気にせず声を掛けてくれればいいと思うよ」
「あ、うん」
そして千佳は、八幡に手を振りながらその名前を呼んだ。
「比企谷く~ん!」
その瞬間に周囲の生徒達がざわつき、その視線が一斉に千佳に注がれた。