ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


第366話 千佳、頑張る

「えっ?」

 

 急に周囲の生徒達の視線に晒され、千佳は少し後ずさった。

そんな千佳の肩を、明日奈がぽんと叩いた。

 

「大丈夫大丈夫、いつもの事だから気にしない気にしない」

「い、いつもなんだ……」

 

 そうは言われたものの、こういった視線にまったく慣れていない千佳は、

平然としている事は出来なかった。

だが明日奈が隣にいる安心感もあり、千佳は気にしつつもそのまま手を振り続けた。

そんな二人の下に八幡達が合流し、千佳はやっと落ち着く事が出来た。

 

「ごめん仲町さん、ちょっと掃除で遅れちまった」

「あ、ううん、気にしないで」

「これは俺の親友の桐ヶ谷和人と篠崎里香、それに綾野珪子だ、

こちらは仲町千佳さん、俺の高校の時の友達だ」

 

 その、高校の時の友達という言葉に千佳は胸を熱くした。

あんな事があったのに自分を友達だと言い切ってくれる、その気持ちが千佳は嬉しかった。

 

「えっと、仲町さん、宜しく!」

「千佳でいいのかな?宜しくね」

「千佳さん、宜しくお願いします」

「こちらこそ宜しくね!」

 

 そして八幡はその理由と共に、これから千佳と一緒にソレイユへ向かう事を告げた。

 

「あそこのビル全体に植木って、大変なんじゃないのか?」

「一度設置しちゃえば後はメンテナンスと定期的に入れ替えするだけだから、

最初だけアルバイトを雇えば大丈夫だと思う」

 

 その言葉に八幡は、うんうんと頷きながら言った。

 

「よし和人、お前もバイトしろ」

「ええっ!?いや、まあ別にいいけどさ……」

「…………冗談のつもりだったんだが、本人はやる気みたいだな」

「冗談だったのかよ!」

 

 千佳は顔を綻ばせながら、そんな和人に言った。

 

「あは、今日詳しい状況が分かったら募集をかけるから、その時はお願いするかも。

多分日給一万くらいになると思うんだけど……」

「休憩はうちの休憩所を使えばいいし、飯はうちの社員食堂のタダ券をプレゼントするよ」

「わお、至れり尽くせりだね」

 

 そして和人も胸をドンと叩きながら言った。

 

「おう、任せてくれ!これ俺の連絡先だから、いつでも声を掛けてくれよな」

「うん、ありがとう和人君」

 

 そんな和人に、ニコニコしながら里香が言った。

 

「和人、しっかり働いて私達に美味しいものを奢るのよ」

「たかる気満々かよ!まあ別にいいけどさ……」

 

 千佳はその遣り取りを、自分がまるで高校生に戻ったかのように楽しんでいた。

そして八幡にも今はこんなに仲のいい友達が沢山いる事を嬉しく思った。

そして明日奈達四人に別れを告げ、八幡と一緒にキットに乗り込もうとした千佳は、

チラリと周りの生徒達に目をやった。そこから感じられる視線には覚えがあった。

 

(これ、高校の時にかおりと一緒にいた時にたまに感じてた視線と一緒だ……

羨望と嫉妬が入り混じったような、そんな感じ)

 

 千佳はそう思い、八幡の顔を改めて見つめた。

 

(これが今の比企谷君のポジションかぁ、やっぱり凄いなぁ……

昔感じてた視線とは桁が違うよ)

 

 そんな千佳に、八幡が声を掛けた。

 

「ん、仲町さん、どうかしたか?」

「ううん、ほら、あの生徒さん達はほっといていいのかなってちょっと思っただけ」

「ああ、あいつらな……あいつらは本当に俺達の事が好きすぎるんだよな……」

「あは、だから一緒にいる私にもこんなに視線が注がれちゃうんだ」

「ごめん、ちょっとうざかったか?」

「あ、違うの、ちょっとびっくりしただけだから気にしないで」

 

(ちょっとだけ優越感も感じちゃったけど、それくらいはいいよね、ふふっ)

 

「そうか、それじゃ行こうか」

「うん!仕事の時間だね!」

 

 そして二人は振り返って四人に手を振り、ソレイユへと向かった。

残された四人は、それを見送った後も会話を続けていた。

 

「ところで明日奈、仲町さん、おしゃれとか随分気合が入ってたように見えたけど、

もしかして彼女も八幡の事が好きなのか?」

 

 和人に突然そう言われ、明日奈は思いっきり仰け反った。

 

「もう、和人君たら、よりによってそれを私に聞く?」

「あ、いや、そっち方面だと明日奈が女性陣を仕切ってるように見えるからさ……」

「こら和人!デリカシーが無い!」

「そうですよ、さすがにそれは擁護出来ません!」

「わ、悪かったよ……」

 

 和人は三人から一斉攻撃をくらって小さくなった。そして里香が明日奈に尋ねた。

 

「で、どうなの?」

「そうだねぇ……あれは多分違うんじゃないかな、

千佳が八幡君を見る目って、有名人を見る時の目というか、

自分がファンのアーティストを見る目みたいな感じだし?」

「り、里香も普通に聞いてるじゃないかよ!それに何で明日奈も普通に答えてるんだよ!」

「え~?だって興味があったし」

「はい、今日の和人君いじり終了!」

「お前らな……」

 

 そして四人はとりとめのない話をしながら、駅に向かってのんびりと歩き出したのだった。

 

「しかし和人、よく仲町さんがおしゃれしてるって分かったね、鈍感なくせに」

「一言余計だよ!俺だってそのくらい分かるよ!」

「その癖自分の格好には無頓着なのよね」

「う……それは自覚してる……」

「あはははは」

 

 

 

 一方キットの車内では、八幡が千佳におずおずとこんな事を言っていた。

 

「そういえば仲町さん、今日の服装、凄く仲町さんに似合ってるな、

俺はそういうのには鈍いから、上手く説明出来ないんだが、何かいいなって思った」

 

 その八幡のお世辞も何もない正直な表現に、千佳は嬉しさを抑えられないように言った。

 

「普段あんまりそういう事を言わないって人にそう言ってもらえたってのが、

私としては一番嬉しいよ、ありがとう、比企谷君!」

「お、おう……そう思ってもらえたなら、思い切って言った甲斐があったってもんだ」

「ふふっ」

 

 

 

 そしてソレイユに着いた八幡と千佳は、薔薇の案内で社内を回り、

どこに植木を設置するのがいいか話し合った。

千佳は薔薇に渡された社内の見取り図に色々と記入しながら、うんうんと唸っていた。

 

「ここにはこれ、それにここにはこれっと……」

「何を置くかはある程度プロである仲町さんに任せるわ」

「はい、頑張って考えますね!」

 

 その会話を聞いていた八幡が、いきなりこんな提案をした。

 

「よし、ここには食虫植物を置くか」

「えっ?こ、ここって社長室の前じゃ……」

「あんたね、そんな事したらボスにセクハラされるわよ」

 

 そう呆れた顔で言う薔薇に、八幡は平然と言った。

 

「いいんだって、姉さんにはそれくらいがお似合いだ」

「聞こえてるわよ」

 

 その時突然社長室のドアが開き、中から陽乃が顔を出した。

 

「げっ、食虫植物!」 

「ふ~ん、八幡君は私にセクハラされたいんだ」

「普通セクハラは俺がするもんじゃないんですかね……」

「そんな度胸も無い癖に」

「よし薔薇、間接セクハラだ、姉さんの胸を揉め」

「あんたいきなり何を言い出すのよ、そんな事出来る訳無いでしょ!」

「あはっ、あははははは!」

 

 その遣り取りを聞いた千佳は、たまらず笑い出した。

そして千佳は慌てて口を押さえ、陽乃に謝った。

 

「あっとすみません、ご挨拶が遅れました、

私はフラワーショップ『ナカマチック』の仲町千佳と申します。

この度は大きな仕事を任せて頂いて、本当にありがとうございます、社長」

「あら、八幡君のお友達なのにとても礼儀正しいのね、こちらこそ宜しくね」

「一言余計だが、事実だからまあいいか」

「……あの、それと高校の時は比企谷君の事、色々すみませんでした。

葉山君に怒られた時、社長もあの場にいたと伺ってます、かおり共々本当に反省してます」

 

 その言葉に陽乃はきょとんとし、考え込んだ。

 

「かおりちゃん……?うちの受付の?あっ、あ~!

そういえばかおりちゃんにも初めて会った時に謝られたっけ、そっかそっか、あの時の子だ」 

「はい、本当にその節は……」

 

 そう頭を下げる千佳に、陽乃は鷹揚に手を振りながら言った。

 

「ああ、いいのよいいのよ、あの時は私も八幡君の事をあまり良く思ってなかったし、

わざと困らせようとした部分もあるしね」

「そ、そうなんですか?」

「ほら、だって八幡君って、なんか困らせたくなるじゃない?」

「本人の前でそういう事言うんじゃねえよ!おかげでこっちはいつも困ってるよ!」

 

 たまらず八幡がそう突っ込んだが、陽乃は気にせずケラケラと笑っていた。

 

「はぁ……」

 

 八幡はそうため息をついた後、尚も何か言おうとする千佳の方に向き直り、

千佳の唇の寸前に人差し指を差し出し、千佳が喋るのを止めながら言った。

 

「仲町さん、あの時の事は俺は何とも思ってないし、

むしろこっちが迷惑をかけたと申し訳ないくらいだ。

だからお互いその事は気にせず、今こうして仲良くなれた事だけを喜べばいいんじゃないか」

「う……うん!」

 

 そんな八幡に、千佳は嬉しそうにそう答えた。

 

「さて、それじゃ姉さん、さっさと仕事に戻れ」

「はぁい、それじゃ千佳ちゃん、頑張ってね」

「はい!」

 

 陽乃はそう言って、笑顔で千佳に手を振りながら部屋の中へ戻っていった。

どうやら陽乃も、昔はともかく今の千佳の事が気に入ったらしい。

八幡はそれを素直に喜びつつ、千佳と薔薇と三人で社内を全て回り、

何をどこに置くかの計画をきっちりと立て終わった。

 

「こんなもんか?」

「うん、結構絞ったつもりだけど、やっぱり多いね」

「それじゃあ仲町さん、見積もりと納品計画書は後日こちらに送ってね」

「はい、早急にお送りしますね!」

 

 そして薔薇は仕事へと戻り、八幡と千佳はキットの下へと向かった。

そして車に乗り込んだ後、八幡が思いついたように千佳に言った。

 

「そうだ仲町さん、もう一ヶ所、花か植木を置きたい場所があるんだが、

もうちょっと付き合ってもらってもいいか?」

「あ、うん、もちろんだよ、でもどこへ?」

「あ~……終末医療施設、かな」

「えっ?そこもソレイユの関連施設なの?」

「ああ。うちの中でもちょっと特殊な場所でな、変な奴は中に入れたくないんだよ」

「そ、そう」

 

 千佳は、そんな場所に自分なんかが足を踏み入れていいのかなと思ったが、

反面そんな場所に連れていってもらえる事に、少し喜びを感じてもいた。

そして現地に着いた千佳は、建物の表札を見た。

 

「眠りの森?」

「ああ、まだ移動が済んでないから、患者は二人しかいないけどな」

「あ、そうなんだ」

「さあ、中へ入ろう」

「う、うん」

 

 残念ながら経子は不在のようだったが、めぐりがいるとの事で、

八幡はめぐりの下に挨拶に向かった。

 

「め………………めぐり」

「今凄い間があったけど、良く出来ました!」

「勘弁してください、やっぱりまだ呼び捨てとか慣れないんですよ」

「まあそのうち慣れるでしょ、で、そちらの方は?」

「俺の友達で、折本の友達でもある仲町千佳さんです、花屋さんです。

こちらは城廻めぐりさん、俺の高校の時の先輩かな」

「仲町千佳です、宜しくお願いします」

「そっか、かおりちゃんのお友達なんだ。城廻めぐりです、宜しくね。

で、比企谷君、今日はどうしたの?」

「実はここに、花か植木を置けないかと思って」

「あ、それはいい考えだね、うちは特殊だから、室内には衛生的に難しいかもだけど、

部屋の中から緑が見えるってのはいいと思うよ」

 

 そうめぐりに言われた八幡は、ほっとした顔でこう言った。

 

「あの二人が目覚めた時、目の前にあるのが機械だけじゃ、やっぱり寂しいですからね」

「そういう事か、比企谷君はやっぱり優しいね」

 

 そう言われた八幡は、頭をかきながらめぐりに言った。

 

「それじゃあ仲町さんと一緒にちょっとあいつらの所に行ってきますね」

「うん」

 

 そして二人は廊下を進み、千佳は部屋の中にある建設中の設備を興味深そうに眺めた。

 

「これは何を作ってるの?」

「これか?そうだな……メディキュボイドって聞いた事あるか?」

 

 千佳は意外と博学のようで、その言葉に聞き覚えがあったようだ。

 

「あ、えっと、あの都市伝説の?」

「都市伝説?世間じゃそういう認識なのか?」

「うん、まとめサイトで見た」

「なるほど……で、これはその都市伝説の実物かな」

 

 千佳はそう言われ、さすがに驚いたようだった。

 

「ええっ?そ、そうなの?」

「ああ、これがメディキュボイドだ。患者が意識を失っていようが何しようが、

患者の意識を仮想世界に接続し続ける機械かな」

「意識を失っていても……?」

「ああ、ナーヴギアに使われていた技術なんだ。今はソレイユだけがこの技術を所持してる」

「そうなんだ……危なくない?」

「ああ、それは大丈夫だ。で、例の二人がいる部屋がここだ」

「あっ、本当だ……」

 

 そこには二人の少女がベッドに横たわっており、

その頭全体を覆うように、大きな機械が装着されていた。

 

「この二人は重い病気でな、もう一ヶ月くらいになるか、VR世界でずっと暮らしてるんだ」

「ずっと!?そ、そうなんだ……」

「まあ慣れちまうと外よりも快適らしいんだよな、俺もたまに会いに行ってるが」

「この状態で治療を?」

「ああ、患者さんが治療の過程で苦しんだりしないのがメディキュボイドの特性だしな」

「あ、そっか、そういう事なんだね」

「という訳で、この中から見える位置に何か置きたいんだよ、考えてもらってもいいか?」

「う、うん、私で良ければ」

「ありがとう、仲町さん」

 

 そう言う八幡の瞳はとても優しい光を湛えており、千佳は胸が熱くなった。

 

(やっぱり比企谷君は優しい)

 

「さて、今日は遅くなっちまって済まなかった、家まで送るよ」

「うん、ありがとう」

 

 そして去り際に千佳は双子の方に振り返り、心の中でエールを送った。

 

(私も二人のためにいい植物を選ぶから、二人とも頑張って)

 

 

 

 家に帰った後、千佳は両親に手伝ってもらって見積もりを出した。

その額は予想よりも高い額となり、千佳は少し焦ったのだが、

薔薇に連絡すると、正当な金額なので問題ないとの答えが返ってきた。

千佳は帰りの車の中で、両親の説得に少し手こずったという事を、

あくまで雑談として八幡に話していたのだが、八幡は千佳の両親を安心させる為だと言って、

契約内容に、ソレイユの側から契約を反故にした場合、違約金として、

三年分のメンテナンス費用分と同じ金額をソレイユが支払うという項目を付け加えていた。

それを見た千佳の両親は泣いて喜び、反対して悪かったと千佳に頭を下げた。

そしてその日の夜、千佳はベッドの中で八幡の事を考えていた。

 

「ここまでしてくれなくてもいいのに、私なんかの為に気を遣いすぎだよ。

ほんとにもう、一歩間違えたら好きになっちゃう所だよ……

……今だけは名前で呼んでもいいよね、ありがとう、おやすみなさい、八幡君」

 

 千佳は恥ずかしさで頬を染めながら、そのまま幸せな気分で眠りについたのだった。


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